長嶋茂雄の成績を2026年最新データで検証!通算2471安打・444本塁打と年度別記録の全貌
長嶋茂雄さんのプロ野球通算成績は、2186試合、2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305。1958年から1974年まで読売ジャイアンツ一筋で17年間プレーし、首位打者6回、最多安打10回、シーズンMVP5回、新人王、ベストナイン17回という輝かしい実績を残した。数字だけを見ても、日本プロ野球を代表する歴史的な打者だったことが分かる。
2026年現在、長嶋さんの現役時代の記録はすべて確定している。2025年6月3日に89歳で逝去した後も、その功績は野球界で受け継がれ、2026年からは日本野球機構(NPB)による「長嶋茂雄賞」も創設された。この記事では、NPB公式の年度別成績と野球殿堂博物館の記録を基に、通算打率、本塁打数、安打数、打点、主要タイトル、監督成績まで詳しく検証する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 通算成績:2186試合、2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305。
- 主要タイトル:首位打者6回、最多安打10回、MVP5回、新人王1回、ベストナイン17回。
- 監督成績:巨人監督として通算1034勝889敗59分、リーグ優勝5回、日本一2回。
【通算成績を徹底検証】長嶋茂雄の打率・安打数・本塁打数・打点は?

長嶋茂雄さんの現役生活は1958年から1974年まで。所属球団は読売ジャイアンツのみで、プロ通算17年間のすべてを巨人で過ごした。
NPB公式の個人年度別成績に掲載されている通算記録は次のとおり。2026年時点でも、この数字が長嶋さんの公式なプロ野球生涯成績となる。
| 記録項目 | 通算成績 |
|---|---|
| 所属球団 | 読売ジャイアンツ |
| 現役期間 | 1958~1974年 |
| 実働年数 | 17年間 |
| 出場試合 | 2186試合 |
| 打数 | 8094打数 |
| 通算安打数 | 2471安打 |
| 通算打率 | .305 |
| 通算本塁打数 | 444本 |
| 通算打点 | 1522打点 |
| 二塁打 | 418本 |
| 三塁打 | 74本 |
| 盗塁 | 190個 |
| 得点 | 1270得点 |
| 長打率 | .540 |
| 出塁率 | .379 |
特筆すべきは、通算打率が.300を超えているだけでなく、444本塁打と1522打点を同時に記録していることだ。安打を積み重ねる技術と、長打で試合を動かす力を兼ね備えていた。
さらに、通算190盗塁という数字も見逃せない。長嶋さんはホームランを打つだけの強打者ではなく、次の塁を積極的に狙う走塁能力も持っていた。
長打率.540と出塁率.379を単純に合計するとOPSは.919。打率だけでは捉えきれない攻撃面での貢献度も高い。
また、2471安打は名球会の入会基準となる通算2000安打を大きく上回る。1971年5月25日に通算2000安打を達成しており、長期間にわたって一線で結果を残したことが分かる。
【1958~1974年】長嶋茂雄の年度別成績を全17シーズン一覧で紹介

通算成績だけでは、長嶋さんがどの時期に最も力を発揮したのかは分かりにくい。そこで、NPB公式の個人年度別成績から、1958年の新人時代から1974年の引退シーズンまでを整理した。
以下は年度ごとの試合数、安打数、打率、本塁打、打点と、主なタイトルやキャリア上の出来事をまとめた一覧である。
| 年度 | 試合 | 安打 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 主な記録・出来事 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1958年 | 130 | 153 | .305 | 29 | 92 | 新人王、本塁打王、打点王、最多安打 |
| 1959年 | 124 | 150 | .334 | 27 | 82 | 首位打者、最多安打、天覧試合 |
| 1960年 | 126 | 151 | .334 | 16 | 64 | 首位打者、最多安打 |
| 1961年 | 130 | 158 | .353 | 28 | 86 | 首位打者、本塁打王、MVP、最多安打 |
| 1962年 | 134 | 151 | .288 | 25 | 80 | 最多安打 |
| 1963年 | 134 | 163 | .341 | 37 | 112 | 首位打者、最多安打、打点王、MVP |
| 1964年 | 133 | 144 | .314 | 31 | 90 | 打率3割、本塁打30本以上 |
| 1965年 | 131 | 151 | .300 | 17 | 80 | 巨人V9が始まる |
| 1966年 | 128 | 163 | .344 | 26 | 105 | 首位打者、最多安打、MVP |
| 1967年 | 122 | 134 | .283 | 19 | 77 | シーズン成績に変動 |
| 1968年 | 131 | 157 | .318 | 39 | 125 | 打点王、最多安打、MVP |
| 1969年 | 126 | 156 | .311 | 32 | 115 | 打点王、最多安打 |
| 1970年 | 127 | 128 | .269 | 22 | 105 | 打点王 |
| 1971年 | 130 | 155 | .320 | 34 | 86 | 首位打者、最多安打、MVP |
| 1972年 | 125 | 119 | .266 | 27 | 92 | ベテランとして活躍 |
| 1973年 | 127 | 130 | .269 | 20 | 76 | 巨人V9達成 |
| 1974年 | 128 | 108 | .244 | 15 | 55 | 現役引退 |
| 通算 | 2186 | 2471 | .305 | 444 | 1522 | 17年間・巨人一筋 |
出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績。タイトル・表彰の年次は野球殿堂博物館の記録に基づく。
最も打率が高かったのは1961年

長嶋さんのシーズン最高打率は、1961年の.353。この年は158安打、28本塁打、86打点を記録し、首位打者と本塁打王を獲得した。さらにシーズンMVPにも選ばれている。
打率.353は、単に安打を多く打っただけではなく、打席での対応力と安定感が非常に高かったことを示している。
年間最多本塁打は1968年の39本
本塁打数のシーズン自己最高は1968年の39本。この年は125打点も記録し、打点王とMVPを獲得した。
1968年の特徴は、長打力と得点機会での勝負強さが同時に発揮されたことだ。157安打、39本塁打、125打点という数字は、打線の中心を担う主砲としての存在感をよく表している。
年間最多安打は1963年と1966年の163安打
シーズン最多安打は1963年と1966年の163本。いずれも首位打者級の打率を残しており、安打を積み重ねる能力が長嶋さんの大きな武器だったことが分かる。
特に1963年は打率.341、37本塁打、112打点を記録。首位打者、打点王、MVPを獲得するなど、打者として非常に完成度の高いシーズンだった。
【タイトル・表彰】首位打者6回、最多安打10回、MVP5回の実績
長嶋茂雄さんの成績を語る際、通算安打や本塁打と並んで重要なのが個人タイトルと表彰の回数だ。
野球殿堂博物館の公式記録によると、長嶋さんは首位打者6回、最多安打10回、本塁打王2回、打点王5回を獲得。さらに新人王、最優秀選手5回、ベストナイン17回という実績を残している。
主要タイトル・表彰一覧
- 首位打者:6回(1959、1960、1961、1963、1966、1971年)
- 最多安打:10回(1958~1963、1966、1968、1969、1971年)
- 本塁打王:2回(1958、1961年)
- 打点王:5回(1958、1963、1968、1969、1970年)
- 最優秀選手(MVP):5回(1961、1963、1966、1968、1971年)
- 新人王:1回(1958年)
- ベストナイン:17回(1958~1974年、三塁手)
- ゴールデングラブ賞:2回(1972、1973年)
- 日本シリーズMVP:4回(1963、1965、1969、1970年)
新人王はプロ1年目の1958年に獲得
1958年、長嶋さんはプロ入り初年度から29本塁打、92打点を記録し、本塁打王と打点王の二冠を獲得した。打率も.305、37盗塁という成績を残し、新人王に選出された。
注目すべきなのは、プロの環境に慣れるための期間をほとんど必要とせず、入団直後からリーグを代表する打者として活躍した点だ。
ベストナイン17回は三塁手としての継続的な評価
ベストナインは、ポジションごとにシーズンを通じて優れた成績を残した選手が選ばれる表彰だ。
長嶋さんは1958年から1974年まで、現役17年間すべてで三塁手としてベストナインを受賞した。17年連続という実績は、特定の全盛期だけではなく、長期にわたってリーグを代表する選手であり続けたことを示している。
最多安打10回は連続記録にも注目
最多安打は1958年から1963年まで6年連続で記録し、その後も1966年、1968年、1969年、1971年に獲得した。
なお、当時は最多安打が現在のような連盟表彰のタイトルではなかった。NPBの記録を基にした獲得回数として10回と整理されている点は、記録を比較する際に知っておきたいポイントだ。
さらに、日本シリーズMVPを4回受賞していることも重要だ。NPBが2026年に公開した特集では、日本シリーズ通算68試合で打率.343、25本塁打という成績も紹介されている。レギュラーシーズンだけでなく、優勝を争う大舞台でも結果を残していた。
【立教大学から巨人へ】長嶋茂雄の現役時代とV9を支えた実力
長嶋茂雄さんの野球人生を理解するには、プロ入り前の立教大学時代と、読売ジャイアンツで過ごした17年間を分けて見る必要がある。
立教大学野球部で東京六大学野球のスターに
1936年2月20日、千葉県に生まれた長嶋さんは、佐倉第一高校を経て立教大学に進学した。
当時の東京六大学野球は非常に人気が高く、大学野球がプロ野球を上回る注目を集めることもあった。長嶋さんは立教大学で首位打者を2回獲得し、通算本塁打記録も更新。NPBの2026年の特集では、リーグ新記録となる8本塁打を記録したことも紹介されている。
大学時代から打撃力だけでなく、華のあるプレーで注目されていたことが、プロ入り後の人気につながった。
1958年のプロデビュー戦と新人時代
1958年4月5日、長嶋さんは巨人の一員として国鉄戦に出場した。相手投手は左腕のエース・金田正一。プロ初出場は4打席連続空振り三振という厳しい結果だった。
しかし、その苦いデビューからシーズンを終えるまでに29本塁打、92打点を記録。打率.305、37盗塁も残し、ルーキーとしては異例の活躍を見せた。
同年には一塁ベースの踏み忘れによって本塁打が取り消された「幻のホームラン事件」もあった。こうしたエピソードも含め、長嶋さんの新人時代はプロ野球史に残る印象的なシーズンとなった。
1959年の天覧試合で国民的スターへ
1959年6月25日、後楽園球場で昭和天皇・皇后両陛下を迎えた天覧試合が開催された。
この試合で長嶋さんは阪神の村山実投手からサヨナラ本塁打を放った。首位打者と最多安打も獲得した1959年は、成績面だけでなく、国民的スターとしての存在感を決定づけた年でもあった。
NPBの2026年1月30日付の特集でも、この天覧試合がプロ野球人気の拡大に大きな影響を与えた出来事として取り上げられている。
王貞治とのONコンビと巨人V9
長嶋さんを語るうえで欠かせない人物が、同じ巨人で活躍した王貞治さんだ。
長嶋さんと王さんは、打線の中心として「ON」と呼ばれるコンビを形成。1965年から1973年までの巨人の9年連続日本シリーズ優勝、いわゆるV9を支えた。
長嶋さんは三塁手として攻守に存在感を発揮し、王さんは本塁打を量産。異なる特徴を持つ2人が並ぶ打線は、当時の巨人を象徴する存在だった。
ここで注意したいのは、V9は長嶋さんが監督として達成した記録ではないという点だ。V9時代の長嶋さんは選手として活躍しており、巨人の監督に就任するのは1975年である。
【監督成績も検証】長嶋茂雄は巨人を何度優勝に導いた?
現役引退後の長嶋さんは、巨人の監督として2度の指揮を執った。監督在任期間は1975~1980年と1993~2001年で、合計15シーズンにわたる。
スポーツニッポンの記録集などに掲載された年度別監督成績によると、通算成績は次のとおりだ。
- 監督通算試合数:1982試合
- 通算勝利:1034勝
- 通算敗戦:889敗
- 通算引き分け:59分
- 通算勝率:.538
- セ・リーグ優勝:5回
- 日本シリーズ優勝:2回
第1次監督時代:1975~1980年
1975年、長嶋さんは巨人の監督に就任した。選手として圧倒的な人気と実績を持っていただけに、監督としても大きな注目を集めた。
しかし、監督1年目は47勝76敗7分でセ・リーグ6位。巨人は球団史上初の最下位に沈んだ。
その後、1976年と1977年に2年連続でリーグ優勝を達成。選手時代とは異なる立場でチームを立て直し、指導者としても実績を残した。
第2次監督時代:1993~2001年
1993年に再び巨人の監督へ就任。1994年には中日との優勝争いを制し、日本シリーズでも勝利して日本一を達成した。
さらに1996年にはリーグ優勝を果たし、1999年にはリーグ2位、2000年には再びリーグ優勝と日本一を達成。2001年まで監督を務めた。
特に2000年の日本シリーズでは、長嶋巨人と王貞治監督率いる福岡ダイエーホークスが対戦した。かつてONとして巨人の黄金時代を築いた2人が、それぞれ監督として日本シリーズで対決したことは、プロ野球史に残る出来事となった。
NPBの公式コメントでも、長嶋さんの監督実績としてリーグ優勝5回、日本一2回が挙げられている。
【2026年最新】長嶋茂雄の記録は現在どう評価されている?
長嶋茂雄さんは2025年6月3日に89歳で逝去した。野球殿堂博物館の公式プロフィールにも、1936年2月20日生まれ、2025年6月3日逝去と記載されている。
2026年現在、現役時代の通算記録に変更はない。NPBの個人年度別成績ページは2025年シーズン終了時点のデータを掲載しているが、1974年に引退した長嶋さんの生涯成績は確定した記録である。
2026年から「長嶋茂雄賞」が新設
2025年11月、日本野球機構は長嶋さんの功績を称えるため、新たに「長嶋茂雄賞」を創設すると発表した。
この賞は2026年シーズン以降を対象とし、12球団の野手の中から、走攻守で優れた活躍を見せ、グラウンド上のプレーでファンを魅了するなど、プロ野球の文化的価値の向上に貢献した選手を選ぶ制度だ。
選考は日本シリーズ終了後に行われ、シーズン終了後のNPB AWARDSで表彰する仕組みとなっている。正賞は記念メダル、副賞は賞金300万円と定められている。
この賞の特徴は、打率や本塁打数だけを評価するのではなく、走塁や守備を含めた野手としての総合的な魅力を重視することにある。
長嶋さん自身の現役時代を振り返ると、通算444本塁打という長打力だけでなく、190盗塁、三塁手としての守備記録、17年連続ベストナインなど、まさに走攻守を兼ね備えた選手だった。
長嶋茂雄の本当のすごさは数字とプレーの両方にある
NPBが2026年に公開した特集では、長嶋さんの三塁手としての守備記録にも注目している。
通算1767刺殺、5325補殺、434併殺はいずれもNPBの三塁手として歴代最高記録と紹介されている。
打撃面では通算2471安打、444本塁打、1522打点。守備面でも歴史的な数字を残していることから、長嶋さんを単なるホームランバッターとして評価するのは適切ではない。
また、1963年、1965年、1969年、1970年には日本シリーズMVPを獲得。大舞台での勝負強さも、長嶋さんの評価を支える重要な要素となっている。
【プロの結論】長嶋茂雄の成績から分かる歴史的な打者としての実力
長嶋茂雄さんの記録を評価する際には、単純な通算本塁打数や打率だけではなく、次の3つの視点が重要になる。
1. 高打率と長打力を両立した総合的な打撃力
通算打率.305、2471安打、444本塁打という数字は、長期間にわたって高い打撃水準を維持した証拠だ。
首位打者6回という実績はミート能力を示し、本塁打王2回と打点王5回という記録は長打力と得点生産能力を示している。
打率だけが高い巧打者でも、本塁打だけを量産する長距離打者でもない。複数の打撃指標で高い実績を残したことが、長嶋さんの特徴である。
2. 三塁手としての守備と走塁も評価する必要がある
長嶋さんの評価を打撃成績だけに限定すると、本来の実力を十分に理解できない。
190盗塁という数字に加え、三塁手としての守備記録も優れていた。ゴールデングラブ賞は2回だが、ベストナインは17年連続で獲得している。
現代の野球で選手の価値を評価する場合も、打撃だけでなく、守備位置、走塁、出場試合数、チームへの貢献度を合わせて見る必要がある。長嶋さんはその総合評価の重要性を示す代表的な選手だ。
3. 選手時代と監督時代を混同しない
長嶋さんには、現役選手としてのV9への貢献と、監督としてのリーグ優勝5回、日本一2回という異なる実績がある。
この2つは評価の対象が違う。現役時代は個人打撃成績や守備記録、監督時代はチームの勝敗や優勝回数を基準に見ると、長嶋さんのキャリア全体を正しく理解できる。
また、最多安打10回と首位打者6回も同じ意味ではない。最多安打は安打数、首位打者は打率を基準とする記録であり、別々に評価する必要がある。
数字を正確に読み分けることが、長嶋茂雄という選手の本当の価値を理解する近道となる。
長嶋茂雄の成績に関するよくある質問(FAQ)
Q1:長嶋茂雄のプロ野球通算成績は?
A1:1958~1974年の17年間で2186試合に出場し、2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305を記録した。所属球団は読売ジャイアンツのみ。
Q2:長嶋茂雄の首位打者とMVPはそれぞれ何回?
A2:首位打者は6回、シーズンMVPは5回。首位打者は1959、1960、1961、1963、1966、1971年、MVPは1961、1963、1966、1968、1971年に獲得した。
Q3:長嶋茂雄のシーズン最高打率と最多本塁打は?
A3:最高打率は1961年の.353。シーズン最多本塁打は1968年の39本で、この年には125打点も記録した。
Q4:長嶋茂雄は新人王を獲得している?
A4:1958年に新人王を獲得している。プロ1年目から29本塁打、92打点を記録し、本塁打王と打点王の二冠にも輝いた。
Q5:長嶋茂雄のベストナインは何回?
A5:17回。1958年から1974年まで、現役17年間連続で三塁手として選出された。
Q6:長嶋茂雄の監督としての通算成績は?
A6:巨人監督として通算1982試合を指揮し、1034勝889敗59分、勝率.538。セ・リーグ優勝5回、日本シリーズ優勝2回を達成した。
まとめ:長嶋茂雄の成績は2026年も色あせないプロ野球史の財産
長嶋茂雄さんの現役時代の成績は、通算2471安打、444本塁打、1522打点、打率.305。1958年から1974年までの17年間で、首位打者6回、最多安打10回、MVP5回、新人王1回、ベストナイン17回という圧倒的な実績を残した。
特に、1961年の打率.353、1963年の163安打、1968年の39本塁打と125打点は、打者としての能力を象徴する数字だ。
一方、守備や走塁でも高い能力を発揮し、巨人のV9を選手として支えた。引退後は監督として1034勝を挙げ、5度のリーグ優勝と2度の日本一を達成している。
2026年から始まった長嶋茂雄賞も、走攻守を兼ね備えた選手を評価する制度として、その野球観を次世代へ伝える役割を担う。
長嶋茂雄さんの成績を調べる際は、通算記録だけでなく年度別成績、個人タイトル、守備実績、監督成績を分けて確認することが大切だ。2471安打や444本塁打という数字の奥には、17年間にわたって球場を沸かせ続けた「ミスタープロ野球」の実力が刻まれている。