長嶋茂雄と王貞治のON時代とは?巨人V9の伝説と通算成績、2026年の継承を徹底解説
長嶋茂雄さんと王貞治さん。昭和のプロ野球を象徴する2人は、読売ジャイアンツの黄金時代を支えた「ON」として、日本野球史に残る数々の記録と伝説を築いた。1965年から1973年まで続いた巨人のV9(9年連続日本一)は、2人の圧倒的な打撃力と、川上哲治監督が率いたチーム全体の組織力が結実した歴史的偉業だった。
しかし、2025年6月3日、長嶋さんは89歳で逝去した。その後、日本野球機構(NPB)は功績をたたえる「長嶋茂雄賞」の創設を発表。2026年シーズンから新たな表彰制度がスタートし、王さんも選考委員に名を連ねている。2026年10月31日現在、王さんは福岡ソフトバンクホークスの取締役会長として球界に関わり続けている。2人の現役時代の関係、通算成績の違い、心に残るエピソード、そして次世代への継承を振り返る。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- ON時代:長嶋茂雄さんと王貞治さんは、1965~1973年の巨人V9を支えた中心選手。王さんが主に3番、長嶋さんが主に4番を担った。
- 通算成績:長嶋さんは444本塁打、王さんは868本塁打。異なる打撃スタイルでプロ野球史に残る記録を打ち立てた。
- 2025~2026年:長嶋さんは2025年6月3日に89歳で逝去。2026年から長嶋茂雄賞が始まり、王さんら5人が選考委員を務める。
【ON時代の正体】長嶋茂雄と王貞治は巨人V9で何を成し遂げたのか

「ミスター」と「世界のホームラン王」が生んだ最強のコンビ

長嶋茂雄さんは1936年2月20日生まれ、千葉県出身。立教大学を経て1958年に巨人へ入団した。右投右打の三塁手として、華麗な守備と勝負強い打撃、走塁を兼ね備え、プロ野球ファンを魅了した。
一方、王貞治さんは1940年5月20日生まれ、東京都出身。早稲田実業から1959年に巨人へ入団し、左投左打の一塁手として活躍した。独特の一本足打法を確立し、長距離打者として圧倒的な存在感を発揮。868本という前人未到の通算本塁打記録を残している。
2人の関係を理解するうえで重要なのが、単に同じチームに所属していたという事実だけではない。打撃の特徴も性格的な印象も異なる2人が、互いの能力を最大限に引き出す打線の中核を担っていたことだ。
V9時代の象徴的な打順は、3番・王貞治、4番・長嶋茂雄。王さんが出塁や長打で好機を作り、後ろに控える長嶋さんが勝負強い打撃で得点につなげる形が、巨人打線の大きな武器になった。
2016年にニッポン放送の特別番組で行われたインタビューでは、長嶋さん自身が2人の打順について振り返っている。
「王さんが3番、私が4番。」
長嶋さんは3番を打った経験もあると説明しながら、王さんとの組み合わせをON時代の象徴として語った。4番を担うことについても、大きな喜びであり、重要な役割だったと振り返っている。
背番号1と背番号3が象徴するもの
2人を語るうえで欠かせないのが、巨人の永久欠番となった背番号だ。
- 王貞治さん:背番号1
- 長嶋茂雄さん:背番号3
背番号1は世界記録を打ち立てたホームラン王の象徴であり、背番号3は華麗なプレーと圧倒的なスター性を備えたミスタープロ野球の象徴となった。
この2つの番号は、単なる選手の識別番号を超え、巨人の黄金時代そのものを表す存在になっている。
【巨人V9の真実】1965~1973年の9連覇を支えたON砲とチーム力
V9は9年連続でリーグ優勝と日本一を達成した歴史的記録
巨人のV9とは、1965年から1973年までの9年間、セ・リーグ優勝と日本シリーズ制覇を連続して達成した偉業を指す。
指揮を執ったのは川上哲治監督。現役時代に「打撃の神様」と呼ばれた川上監督は、選手個人の能力だけに頼らず、守備、走塁、戦術、選手起用を組み合わせたチームづくりを進めた。
その中心にいたのがON砲だった。王さんの本塁打と長嶋さんの勝負強い打撃は、相手投手にとって大きな脅威だった。どちらか一方を抑えても、もう一方が得点に絡む可能性が残る。打線の中心に2人が並ぶこと自体が、巨人の大きな強みだった。
ONだけでは達成できなかったV9
ただし、9連覇を2人だけの功績として捉えるのは正確ではない。
V9を支えたのは、柴田勲さん、高田繁さん、土井正三さん、森昌彦さんらをはじめとする野手陣、そして堀内恒夫さんらの投手陣だった。守備で失点を防ぎ、走塁で相手を揺さぶり、投手陣がリードを守る。こうした役割分担があってこそ、長期にわたる勝利が実現した。
2016年のインタビューで王さんは、9連覇を振り返り、毎年の戦いが決して簡単ではなかったことを説明している。巨人を倒そうと各球団がエース級の投手をぶつけてくるため、常に緊張感のある試合を戦っていたという。
この証言から分かるのは、V9が戦力差だけで実現した記録ではないということだ。絶えず対策される立場にありながら、選手が技術を磨き、チームとして対応し続けたことに本当の価値がある。
V9はON砲の個人能力、川上監督の指導、投手陣と守備陣の安定感が組み合わさって成立した、組織としての偉業だった。
【成績徹底比較】長嶋茂雄444本塁打と王貞治868本塁打の違い
通算成績では王貞治が本塁打・安打・打点で上回る
長嶋茂雄さんと王貞治さんの通算成績を比較すると、王さんが本塁打、安打、打点、出場試合数で上回っている。一方、長嶋さんは打率.305を記録し、通算444本塁打という歴史的な数字を残した。
以下は日本野球機構の公式記録と野球殿堂博物館の選手プロフィールに基づく比較だ。
| 比較項目 | 長嶋茂雄 | 王貞治 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1936年2月20日 | 1940年5月20日 |
| 巨人在籍期間 | 1958~1974年 | 1959~1980年 |
| 主な守備位置 | 三塁手 | 一塁手 |
| 背番号 | 3 | 1 |
| 通算試合数 | 2,186試合 | 2,831試合 |
| 通算安打 | 2,471安打 | 2,786安打 |
| 通算打率 | .305 | .301 |
| 通算本塁打 | 444本 | 868本 |
| 通算打点 | 1,522打点 | 2,170打点 |
| 通算盗塁 | 190盗塁 | 84盗塁 |
| 首位打者 | 6回 | 5回 |
| 本塁打王 | 2回 | 15回 |
| 打点王 | 5回 | 13回 |
| 最優秀選手(MVP) | 5回 | 9回 |
| 三冠王 | 0回 | 2回 |
V9期間だけを比較しても王の本塁打力と長嶋の存在感が際立つ
1965~1973年のV9期間に限定した成績も興味深い。
週刊ベースボールONLINEがV9期間の公式戦記録を集計した記事によると、長嶋さんは1,147試合に出場して1,293安打、236本塁打、861打点、打率.298を記録。王さんは1,177試合で1,245安打、415本塁打、978打点、打率.320を残した。
この9年間だけでも王さんは415本塁打を記録している。長嶋さんも236本塁打を放ち、打率.298という高い水準を維持した。2人が同じ打線に並んでいたことが、相手投手にどれほどの圧力を与えたかが数字から見えてくる。
記録の優劣だけでは測れない2人の価値
本塁打数だけを見れば、王さんが長嶋さんを大きく上回る。しかし、長嶋さんには三塁手としての守備力、走塁、打率、勝負どころでの集中力という別の評価軸がある。
王さんは一本足打法を完成させ、選球眼と長打力を兼ね備えた打者として歴史的な数字を積み上げた。王さんの868本塁打はNPBの通算本塁打記録であり、現在も破られていない。
長嶋さんは、安打を打つだけではなく、走攻守のあらゆる局面で試合の流れを変えられる選手だった。首位打者6回、最多安打10回、ベストナイン17回という実績も、その総合力を裏付けている。
王さんは歴史的な数字で圧倒したホームラン王、長嶋さんは攻守走とスター性を兼ね備えた総合型の名選手。2人を同じ物差しだけで比較しないことが、ON時代を正しく理解するポイントだ。
【忘れられないエピソード】王貞治が語った長嶋茂雄との特別な関係
1968年9月18日、王の負傷直後に長嶋が放った35号3ラン
2人の関係を象徴するエピソードとして知られるのが、1968年9月18日の阪神戦だ。
日刊スポーツが2025年6月3日に報じた王さんの回顧によると、この日のダブルヘッダー第2試合で王さんは頭部に死球を受け、病院へ向かった。その直後、長嶋さんが35号3ランを放った。
その場面を直接見ていなかった王さんだったが、長嶋さんが自分の悔しさを晴らすような一発を打ってくれたと受け止めていた。
「僕にとっては、そういう僕の代わりに恨みを晴らしてくれることをやってくれる特別な人だった」
王さんのこの言葉には、単なるチームメートという関係を超えた信頼が表れている。
長嶋の明るさと王の冷静さが生んだ相互補完
同じ日、王さんは長嶋さんの人柄についても語った。グラウンドでの能力だけでなく、ユーモアや明るさがあり、周囲から自然と愛される存在だったという。
長嶋さんは、プレーそのものが観客を引きつける選手だった。華麗な三塁守備、思い切りのよいスイング、全力疾走。何かが起こるのではないかと期待させるプレーが、ファンの記憶に残った。
王さんは、技術を磨き続け、記録を積み上げる努力型のホームラン打者として評価された。一本足打法という独自の技術を完成させた背景には、試行錯誤と継続的な鍛錬があった。
2人は同じポジションを争う選手ではなく、異なる持ち味を生かして巨人の中心を担った。互いを意識するライバルでありながら、チームの勝利を目指す同志でもあったのだ。
国民栄誉賞でも野球史に残る存在感
2人の功績はプロ野球の記録だけにとどまらない。
王さんは1977年9月5日、通算756号本塁打による世界記録達成を受け、国民栄誉賞の第1号受賞者となった。
長嶋さんは2013年5月5日、松井秀喜さんとともに国民栄誉賞を受賞した。内閣府の受賞者一覧には、長嶋さんについて「我が国野球史上に残る輝かしい功績と顕著な貢献」と記されている。
王さんが記録で、長嶋さんが記録と国民的な人気の両面で野球の価値を広げたことは、2人の功績を考えるうえで重要だ。
【2025年6月3日の別れ】長嶋茂雄の逝去と王貞治が示した継承
89歳で逝去、ミスタープロ野球が残したもの
2025年6月3日午前6時39分、長嶋茂雄さんは肺炎のため東京都内の病院で亡くなった。89歳だった。読売新聞グループ本社、読売巨人軍、オフィスエヌによる連名発表を、報道各社が伝えた。
長嶋さんは2004年3月に脳梗塞を発症し、右半身にまひが残った。その後もリハビリに取り組み、球界との関わりを続けた。2007年には巨人のキャンプを視察するまで回復し、2013年には松井秀喜さんとの国民栄誉賞受賞という大きな節目を迎えている。
選手としては1958年から1974年まで巨人一筋でプレー。引退後は1975~1980年、1993~2001年の2期にわたり監督を務め、リーグ優勝5回、日本一2回を達成した。
野球殿堂博物館の記録にも、選手としての444本塁打だけでなく、三塁手としての守備実績や監督としての経歴が残されている。長嶋さんの功績は、一人のスター選手という枠に収まらない。
2025年8月16日の追悼試合で王が着用した背番号3
長嶋さんの逝去後、巨人は2025年8月16日に東京ドームで追悼試合を開催した。
この試合で注目されたのが、王さんのユニホームだった。王さんは通常の背番号1ではなく、長嶋さんを象徴する背番号3のユニホームでセレモニアルピッチに登場した。
日刊スポーツによると、王さんは長嶋さんを思いながら、これからも皆で気持ちを盛り上げていってほしいという趣旨の言葉を残した。
王さんが背番号1ではなく3を選んだことは、2人の関係を象徴する印象的な場面となった。自分自身の栄光を示す番号ではなく、長年ともに戦った相棒の番号を身に着ける。その行動には、ON時代をともに生きた王さんならではの思いが込められていた。
【2026年最新】長嶋茂雄賞の創設と王貞治の現在
NPBが創設した長嶋茂雄賞とは?
2025年11月10日、日本野球機構は長嶋さんの功績をたたえる「長嶋茂雄賞」の創設を正式に発表した。制定したのはNPB、読売新聞社、日本テレビ放送網の3者だ。
対象となるのは、NPB12球団に所属する野手。2026年シーズン以降の公式戦とポストシーズンで、走攻守にわたって顕著な活躍を見せ、グラウンド上のプレーでファンを魅了するなど、プロ野球の文化的価値を高めた選手が選ばれる。
注目したいのは、打率や本塁打数などの単独記録だけを評価する賞ではないという点だ。長嶋さんの魅力は、数字に表れる実力だけでなく、走塁、守備、勝負どころのプレー、観客を引きつける存在感にもあった。
そのため、長嶋茂雄賞は、数字とプレーの魅力を総合的に評価する賞として設計されている。
2026年の選考委員は王貞治ら5人
2026年3月2日、NPBは長嶋茂雄賞の選考委員5人を発表した。
- 王貞治さん
- 山本浩二さん
- 岡田彰布さん
- 栗山英樹さん
- 松井稼頭央さん
長嶋さんとV9時代をともにした王さんに加え、異なる世代の名選手や指導者が選考に参加する構成となった。長嶋さんと直接プレーした経験を持つ世代の視点と、後の時代に野球界を支えた世代の視点を組み合わせる意味がある。
選考委員会は日本シリーズ終了後に開かれ、表彰はシーズン終了後の「NPB AWARDS」で実施される。正賞はメダル、副賞は賞金300万円だ。
2026年10月31日現在、初代受賞者の発表・表彰はまだ行われていない。NPBが公表している「NPB AWARDS 2026」の開催予定日は11月25日(水)。初代受賞者が誰になるかは、2026年シーズンの大きな注目点となっている。
王貞治は2026年現在もソフトバンクの取締役会長
2026年現在、王さんは福岡ソフトバンクホークス株式会社の取締役会長を務めている。巨人時代の868本塁打という実績だけでなく、監督としても巨人、ダイエー、ソフトバンク、日本代表を率いた経験を持つ。
監督としては1995年から2008年までダイエー・ソフトバンクを指揮し、リーグ優勝4回、日本シリーズ優勝2回を達成。2006年には日本代表監督として第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に導いた。
2026年には長嶋茂雄賞の選考委員としても活動している。長嶋さんとともにプレーした時代を知る王さんが、次の世代の野手を評価する立場にいることは、この賞の象徴的な意味を強めている。
【プロの結論】ON時代の功績は記録だけでなく野球の文化を変えたこと
長嶋と王は比較するより、違いを理解することで価値が見える
長嶋茂雄さんと王貞治さんの成績を比較すると、王さんの868本塁打という数字が際立つ。しかし、野球選手としての評価は本塁打数だけでは決まらない。
長嶋さんは三塁手としての守備力、打率、走塁、勝負強さ、観客を熱狂させるプレーを持っていた。王さんは一本足打法を確立し、長期間にわたって本塁打と打点を積み重ねた。
この違いを理解すると、ONという組み合わせがなぜ強かったのかが見えてくる。似た能力を持つ2人が並んでいたのではない。異なる能力を持つ2人が、それぞれの強みを最大化していたのだ。
長嶋茂雄賞が受け継ぐべきもの
長嶋茂雄賞の価値は、単に故人の名前を冠した表彰制度を設けることだけではない。
現代のプロ野球では、打率、本塁打、OPS、守備指標など、選手の能力を数値で分析する手法が広く使われている。数字による評価は選手の実力を客観的に捉えるうえで欠かせない。
一方、長嶋さんが体現した野球の魅力には、記録だけでは測れない要素があった。全力疾走で観客を沸かせる姿、難しい打球に飛び込む守備、勝負どころでの一打、そしてスタジアム全体を盛り上げる存在感だ。
2026年に始まった長嶋茂雄賞は、こうした野球の多面的な価値を次世代に伝える役割を担っている。
評価する際に注目したいのは、次の3点だ。
- 走攻守の総合力:打撃成績だけでなく、走塁や守備でもチームに貢献しているか。
- 試合を動かすプレー:重要な場面で観客を沸かせ、試合の流れを変えるプレーを見せているか。
- 野球文化への貢献:ファンに感動を与え、プロ野球の魅力や価値を高めているか。
この3つの視点は、長嶋さんが選手として残した足跡を理解するうえでも、2026年以降の選手を評価するうえでも有効だ。
【長嶋茂雄と王貞治】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:長嶋茂雄と王貞治はどちらがホームランを多く打った?
A1:王貞治さんが多い。王さんはNPB通算868本塁打、長嶋さんは444本塁打を記録した。王さんはNPB歴代最多の通算本塁打記録を持つ。
Q2:ONとは何の略?
A2:王貞治さんの「O」と長嶋茂雄さんの「N」を組み合わせた呼称。巨人の中心打者として3番・王、4番・長嶋を担ったコンビをON砲と呼んだ。
Q3:巨人のV9はいつ達成された?
A3:1965年から1973年までの9年間。川上哲治監督のもと、巨人がセ・リーグ優勝と日本シリーズ制覇を9年連続で達成した。
Q4:長嶋茂雄さんはいつ亡くなった?
A4:2025年6月3日。肺炎のため89歳で逝去した。読売新聞グループ本社、読売巨人軍、オフィスエヌが連名で発表した。
Q5:長嶋茂雄賞はどのような選手が対象?
A5:NPB12球団の野手が対象。公式戦とポストシーズンで走攻守に顕著な活躍を見せ、プレーでファンを魅了し、プロ野球の文化的価値向上に貢献した選手が選ばれる。
Q6:2026年の長嶋茂雄賞の選考委員は誰?
A6:王貞治さん、山本浩二さん、岡田彰布さん、栗山英樹さん、松井稼頭央さんの5人。2026年10月31日時点で初代受賞者の発表はなく、NPB AWARDS 2026は11月25日に開催予定となっている。
Q7:王貞治さんは2026年現在何をしている?
A7:福岡ソフトバンクホークス株式会社の取締役会長を務めている。また、長嶋茂雄賞の選考委員として、次世代の野手を評価する立場にもある。
まとめ:長嶋茂雄と王貞治が築いた伝説は2026年から次の世代へ
長嶋茂雄さんと王貞治さんは、巨人のONとして1965~1973年のV9を支え、日本プロ野球の歴史に大きな足跡を残した。長嶋さんの通算444本塁打と王さんの868本塁打は、異なる個性と能力が生み出した偉大な記録である。
2025年6月3日に長嶋さんが89歳で逝去したことは、日本野球界にとって大きな節目となった。一方、2026年に始まった長嶋茂雄賞は、走攻守の実力だけでなく、ファンを魅了するプレーを次世代に受け継ぐための新たな制度となった。
そして、選考委員の一人である王さんは、2026年現在もソフトバンクの取締役会長として球界に関わり続けている。
ON時代の本当の価値は、2人が残した数字だけではない。互いの個性を認め合い、競い合いながらチームを勝利に導き、野球を多くの人々に愛される文化へと押し上げたことにある。
背番号1と背番号3が象徴する伝説は、過去の栄光として閉じられるものではない。2026年の長嶋茂雄賞を通じて、次の時代のスター選手たちへと受け継がれていく。
長嶋茂雄と王貞治。2人が築いたON時代は、日本野球がこれからも語り継ぐべき黄金の歴史である。
主な確認資料・出典
- 日本野球機構(NPB):長嶋茂雄賞の創設・選考委員・表彰概要
- NPB公式個人年度別成績:長嶋茂雄、王貞治
- 野球殿堂博物館:両氏の経歴・通算成績・タイトル
- 内閣府:国民栄誉賞受賞者一覧
- ニッポン放送:2016年の長嶋・王インタビュー
- 日刊スポーツ:2025年6月3日の王氏の追悼コメント、2025年8月16日の追悼試合報道
- 読売ジャイアンツ:長嶋茂雄終身名誉監督追悼ページ