岩友親方は元碧山?元木村山との違い、名跡継承と2026年の現在を徹底解説

目次

2026年現在、「岩友親方」と検索すると、元関脇・碧山の古田亘右親方と、元前頭・木村山の岩友親方という2人の名前が出てくる。実は、どちらも間違いではない。岩友という同じ年寄名跡を、異なる時期に襲名した別々の人物だからだ。

現在の岩友親方は、ブルガリア出身で最高位関脇まで昇進した元碧山の古田亘右親方である。2024年9月24日に日本相撲協会が引退と岩友襲名を正式に承認した。先代は元木村山の岩友守親方で、2024年7月6日に42歳で亡くなっている。2026年2月には大相撲トーナメントのOB戦にも出場し、勝利を収めた。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 現在の岩友親方:元関脇・碧山の古田亘右親方。2026年10月時点で40歳。
  • 元木村山の岩友親方:先代の木村守親方。2024年7月6日に42歳で逝去し、同年9月に元碧山が名跡を継承した。
  • 2026年の活動:春日野部屋で若手の指導を続け、2月8日の大相撲トーナメントOB戦では大山親方に勝利した。

【まず結論】2026年現在の岩友親方は元関脇・碧山の古田亘右

岩友親方

現在の岩友親方を知るうえで、最初に押さえておきたいのが、日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている情報だ。

協会の年寄プロフィールでは、岩友亘右(いわとも・こうすけ)という名前で紹介されており、本名は古田亘右。現役時代の四股名は碧山で、最高位は関脇だった。

つまり、2026年に「岩友親方は誰?」という疑問への答えは、元関脇・碧山の古田亘右親方となる。

基本プロフィールを整理すると、次のとおりだ。

  • 現在の親方名:岩友亘右
  • 読み方:いわとも・こうすけ
  • 本名:古田亘右(ふるた・こうすけ)
  • 現役時代の四股名:碧山
  • 生年月日:1986年6月19日
  • 2026年10月30日時点の年齢:40歳
  • 出身地:ブルガリア・ヤンボル
  • 所属:春日野部屋
  • 現役最高位:関脇
  • 引退:2024年9月場所

ここで注意したいのは、「岩友」が現役時代の四股名ではないことだ。力士として土俵に上がっていたときは碧山、引退後に日本相撲協会の年寄名跡を襲名してからは岩友親方と呼ばれている。

また、古田亘右という名前は、現役時代の碧山の本名でもある。したがって、「古田亘右」「碧山」「岩友親方」は、いずれも現在の岩友親方を指す名前としてつながっている。

【検証資料 1】岩友親方の当時の様子・関連報道写真(出典:中日スポーツ)

【混同を解消】元木村山の岩友親方とは何が違う?2人のプロフィール比較

岩友親方

岩友親方の検索結果が分かりにくくなる最大の理由は、2024年に同じ名跡を引き継ぐ出来事があったことだ。

元木村山の岩友親方と元碧山の岩友親方は同一人物ではない。先代が亡くなった後、元碧山が同じ年寄名跡を襲名したという関係にある。

両者の違いを比較すると、人物の取り違えを防ぎやすい。

比較項目 現在の岩友親方 先代の岩友親方
人物 元碧山 元木村山
親方名 岩友亘右 岩友守
本名 古田亘右 木村守
現役時代の四股名 碧山 木村山
生年月日 1986年6月19日 1981年7月13日
出身地 ブルガリア・ヤンボル 和歌山県御坊市
現役最高位 関脇 西前頭7枚目
初土俵 2009年7月場所 2004年3月場所
現役引退 2024年9月場所 2014年1月場所
主な戦歴 613勝607敗35休 343勝328敗7休
2026年時点の状況 現役の年寄・岩友 2024年7月6日逝去(42歳)

元木村山の岩友親方はどんな人物だったのか

岩友親方

先代の岩友親方は、1981年7月13日生まれ、和歌山県御坊市出身の木村守さんだ。

相撲の強豪として知られる箕島高校から東洋大学に進学し、2004年春場所で春日野部屋から初土俵を踏んだ。現役時代は木村山の四股名で活躍し、突き押しを得意とする力士だった。

2008年初場所で新十両、同年名古屋場所で新入幕。幕内在位は16場所で、最高位は西前頭7枚目だった。2014年初場所限りで現役を引退し、年寄・岩友を襲名。その後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたった。

現役引退後は、相撲協会の公式YouTubeチャンネル「親方ちゃんねる」でも活躍。軽快なトーク力を持ち、相撲ファンから親しまれていた。

さらに、両国国技館の相撲ガチャなど、観客が楽しめる企画にもアイデアを発揮した。土俵上の指導だけでなく、相撲を観戦する人々に向けたサービスの充実にも貢献した人物だった。

日本相撲協会は2024年7月6日、年寄・岩友守(元木村山)の逝去を公式に発表した。享年42。先代の岩友親方の存在が、現在の岩友親方を理解するうえで欠かせない理由でもある。

2人の違いを見分ける最も簡単な方法

ニュース記事の表記を確認するときは、親方名だけでなく、現役時代の四股名を確認するのが確実だ。

  • 「元碧山」「元関脇」と書かれていれば、現在の岩友親方。
  • 「元木村山」「本名・木村守」「42歳で逝去」と書かれていれば、先代の岩友親方。

同じ岩友という名前でも、現役時代の四股名と本名を照らし合わせれば、2人を混同することはない。

【経歴と年齢】古田亘右親方はブルガリア出身の元関脇・碧山

現在の岩友親方である古田亘右親方は、1986年6月19日にブルガリアのヤンボルで生まれた。

日本の相撲界に入るきっかけには、同じブルガリア出身で先に活躍していた元大関・琴欧洲の存在があった。外国出身力士として日本の伝統的な相撲に飛び込み、長い現役生活を送った人物である。

2009年に初土俵、2011年に新入幕

碧山は2009年7月場所、田子ノ浦部屋から初土俵を踏んだ。その後、2011年7月場所で新十両、同年11月場所で新入幕を果たしている。

当初は旧田子ノ浦部屋に所属していたが、師匠だった元久島海の田子ノ浦親方が2012年2月に急逝。後継者が不在となったことから春日野部屋へ転籍した。

転籍後は、栃ノ心や栃煌山ら同部屋の関取と稽古を重ね、実力を伸ばしていった。

2012年に新三役、2014年には関脇へ昇進

碧山の持ち味は、191センチ、181キロという恵まれた体格を生かした突き、押しの力強さだ。組んだ場合には右四つからの攻めも見せた。

2012年秋場所で新三役に昇進。その後、2014年九州場所で新関脇となり、最高位の関脇まで上り詰めた。

日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている戦歴は、次のとおりだ。

  • 生涯戦歴:613勝607敗35休(90場所)
  • 幕内戦歴:504勝528敗33休(71場所)
  • 敢闘賞:4回
  • 技能賞:1回
  • 金星:1個
  • 幕下優勝:1回
  • 最高位:関脇

幕内優勝こそなかったものの、幕内で71場所を戦い、三賞も複数回受賞した。長期間にわたり幕内で活躍した実績は、外国出身力士としての適応力と、地道な稽古の積み重ねを示している。

本名はなぜ古田亘右になったのか

碧山は2022年3月16日付で日本国籍を取得した。日本相撲協会は同年4月18日、氏名をそれまでのダニエル・イヴァノフから古田亘右に変更したと発表している。

「古田」という姓は、以前から碧山を支えてきた後援者の名字を受け継いだものだと日刊スポーツが報じている。

この日本国籍取得は、引退後に親方として日本相撲協会に残るための重要な条件を満たす出来事でもあった。年寄名跡を襲名して親方として活動する道が開かれたのである。

【検証資料 2】岩友親方の活動歴およびメディア掲載記録(出典:スポニチ / Yahoo!ニュース)

【岩友名跡の継承】木村山から碧山へ受け継がれた経緯

岩友親方という呼び名が2人の人物に結びついている背景には、日本相撲協会の年寄名跡制度がある。

年寄名跡は、現役を引退した力士が親方として協会に残る際に襲名する名前だ。現役時代の四股名とは異なるもので、同じ名跡を時期を分けて別の親方が名乗ることがある。

岩友もその一つであり、元木村山の岩友守親方から元碧山の岩友亘右親方へと襲名者が変わった。

岩友名跡が引き継がれた時系列

  • 2014年1月:元木村山が現役を引退し、年寄・岩友を襲名。
  • 2024年7月6日:先代の岩友守親方が42歳で逝去。
  • 2024年9月場所:元碧山が現役最後の場所を迎え、5勝10敗で終える。
  • 2024年9月24日:日本相撲協会の理事会が元関脇・碧山の引退と年寄・岩友襲名を承認。
  • 2025年9月7日:両国国技館で碧山引退・岩友襲名披露断髪式を開催。
  • 2026年2月8日:第50回日本大相撲トーナメントのOB力士特別対決に出場し勝利。

特に重要なのが、2024年9月24日の日本相撲協会による公式発表だ。

協会は、元関脇・碧山について、本名を古田亘右と明記したうえで、引退と年寄・岩友の襲名を承認したと公表している。

したがって、現在の岩友親方が元碧山であることは、報道上の通称やファンの呼び方だけではなく、協会の正式な記録によって確認できる。

また、先代の岩友親方が亡くなった後に名跡を引き継いだという経緯からも、2人の関係は名跡の継承であり、同一人物の改名ではないことが分かる。

【引退後の活動】2025年の断髪式と2026年OB戦で見せた姿

2024年9月に現役を引退した碧山は、すぐに親方として後進の指導にあたる立場となった。しかし、力士時代の象徴ともいえる大銀杏との別れは、翌2025年まで待つことになった。

2025年9月7日、両国国技館で断髪式

元碧山の岩友親方は、2025年9月7日に東京・両国国技館で断髪式を行った。

日刊スポーツの報道によると、当日は約280人がはさみを入れ、最後は師匠の春日野親方(元関脇・栃乃和歌)が止めばさみを入れた。

同じブルガリア出身で、角界入りのきっかけにもなった先輩の鳴戸親方(元大関・琴欧洲)も参加。鳴戸親方にはさみを入れてもらった際には、15年余りの現役生活を思い出し、大粒の涙を流した。

断髪式後には、来日した当初、日本語や文化に慣れず、周囲との会話が難しかったことも振り返っている。稽古の厳しさだけでなく、言葉の壁を乗り越えてきた年月が、まげとの別れによって改めてよみがえったようだ。

断髪式は、単に髪を切る儀式ではない。力士としての現役生活に正式な区切りをつけ、親方として新たな人生を歩み始める節目でもある。

2026年2月8日のOB戦で大山親方に勝利

2026年の岩友親方を語るうえで注目したいのが、2月8日に両国国技館で開催された第50回日本大相撲トーナメントだ。

この大会では親方同士によるOB力士特別対決が行われ、元関脇・碧山の岩友親方は、元小結・北勝富士の大山親方と対戦した。

結果は岩友親方の勝利。現役時代に培った力強さと相撲勘を、引退後の土俵でも披露した。

日刊スポーツの取材に対して、岩友親方は稽古場での指導を踏まえて次のように話している。

「毎日、部屋でも教習所でも若い衆に胸を出しているんで。お互い、ケガがないようにやりました」

また、同報道では、現役引退後も体重は160キロあると伝えられた。

現役を退いても、日常的に若い力士と稽古を重ねていることが、このOB戦での勝利につながったと考えられる。単なる記念イベントへの参加ではなく、指導者として相撲に向き合い続けている姿がうかがえる出来事だった。

【検証資料 3】岩友親方に関する近況・インタビュー報道記録(出典:日刊スポーツ / Yahoo!ニュース)

【2026年最新】岩友親方の現在と春日野部屋での役割

2026年10月現在、岩友親方は春日野部屋に所属する年寄として活動している。

日本相撲協会の公式サイトでは、春日野部屋の年寄一覧に岩友亘右の名前が掲載されている。現役時代の実績を生かしながら、若手力士を育てる立場にある。

春日野部屋の師匠と岩友親方の違い

ここで注意したいのが、「春日野部屋の親方」という表現だ。

春日野部屋には複数の年寄が所属しているが、部屋全体を統括する師匠は春日野親方(元関脇・栃乃和歌)である。

岩友親方は春日野部屋付きの親方であり、部屋の師匠そのものではない。部屋付き親方として、稽古や若手の指導などに携わる立場だ。

この違いを理解しておけば、「岩友親方が春日野部屋を継いだ」「岩友親方が部屋の師匠になった」といった誤解を避けられる。

日本相撲協会の職務分掌にも名前が掲載

日本相撲協会の公式な職務分掌では、岩友親方の担当として次の内容が掲載されている。

  • 教習所:決まり手係
  • 指導普及部
  • 社会貢献部

教習所の決まり手係は、相撲の技や取組の理解に関わる役割だ。現役時代に土俵で培った経験を、相撲の技術や知識を伝える仕事に生かすことができる。

また、指導普及部や社会貢献部の職務も担っている。協会の仕事は部屋での稽古指導だけではなく、相撲の普及や社会との関わりにも広がっている。

元碧山の経験が指導者として生きる理由

岩友親方の強みは、外国出身力士として日本の相撲文化に適応し、関脇まで昇進した経験にある。

言葉や文化の違いを乗り越え、田子ノ浦部屋から春日野部屋への転籍も経験した。さらに、幕内で71場所を戦った実績がある。

若手力士を指導する際には、技術だけでなく、長く相撲を続けるための体づくりや精神面の維持も重要になる。15年以上にわたって土俵に立ち続けた経験は、そうした面でも生かされるはずだ。

2026年のOB戦で見せた勝利と、教習所や部屋で若手に胸を出す日々は、現役時代から指導者へと役割が変わっても、相撲に対する姿勢が変わっていないことを示している。

【岩友親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:現在の岩友親方は元碧山ですか?それとも元木村山ですか?
A1:2026年現在の岩友親方は、元関脇・碧山の古田亘右親方です。元木村山の岩友守親方は先代で、2024年7月6日に42歳で亡くなりました。同年9月24日に元碧山の岩友襲名が承認されています。

Q2:岩友親方の本名と年齢は?
A2:本名は古田亘右(ふるた・こうすけ)です。1986年6月19日生まれで、2026年10月30日時点では40歳です。ブルガリアのヤンボル出身です。

Q3:岩友親方は現役を引退していますか?
A3:はい。2024年9月場所を最後に現役を引退しました。最高位は関脇で、現在は春日野部屋付きの親方として若手の指導などに携わっています。2025年9月7日には両国国技館で断髪式を行いました。

Q4:岩友親方は2026年のOB戦に出場しましたか?
A4:出場しています。2026年2月8日の第50回日本大相撲トーナメントで、大山親方(元北勝富士)と対戦し勝利しました。

Q5:岩友親方は春日野部屋の師匠ですか?
A5:いいえ。岩友親方は春日野部屋付きの年寄です。部屋の師匠は春日野親方(元関脇・栃乃和歌)です。

まとめ:岩友親方は元碧山、名跡の歴史を受け継ぐ40歳の指導者

2026年現在の岩友親方は、元関脇・碧山の古田亘右親方である。1986年生まれの40歳で、ブルガリア出身ながら日本の相撲界で長年活躍し、最高位関脇まで昇進した実績を持つ。

一方、元木村山の岩友守親方は先代にあたり、2014年から岩友の名跡を名乗っていたが、2024年7月に42歳で逝去した。その後、元碧山が同年9月に名跡を継承したことで、現在の岩友親方が誕生した。

2025年9月の断髪式を経て、2026年2月にはOB戦でも勝利。現在は春日野部屋での若手指導に加え、日本相撲協会の教習所や指導普及部などの職務にも携わっている。

岩友親方を調べる際に覚えておきたいのは、「元碧山=現在の岩友親方」「元木村山=先代の岩友親方」という関係だ。同じ名跡を受け継いだ2人の経歴を区別することで、ニュースや相撲協会の公式プロフィールも正確に理解できる。

先代が築いた岩友の名跡を受け継ぎ、現役時代の経験を若い力士たちに伝えていく。2026年の岩友親方は、土俵で戦う力士から、次の世代を育てる指導者へと新たな役割を担っている。

主な事実確認資料: 日本相撲協会公式プロフィール・協会告知・春日野部屋紹介・職務分掌、日刊スポーツの2024年引退報道、2025年断髪式報道、2026年OB戦報道など。