ヒップアップ芸人の現在は?3人の経歴と訃報、解散理由を2026年最新解説
「ヒップアップ芸人」とは、島崎俊郎・川上泰生・小林すすむの3人で結成された、昭和を代表するお笑いトリオです。1979年の結成後、フジテレビ系『オレたちひょうきん族』や『THE MANZAI』などで活躍し、独特の青春コントや音楽を取り入れた芸風で人気を集めました。
しかし、メンバーの小林すすむさんは2012年、島崎俊郎さんは2023年に亡くなっています。2026年10月現在、3人のうち公開情報から存命を確認できるメンバーは川上泰生さんです。かつての人気トリオはなぜ活動を終えたのか、残されたメンバーは現在どうしているのか。結成から全盛期、メンバーのプロフィール、相次いだ訃報までを振り返ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- メンバー:島崎俊郎・川上泰生・小林すすむの3人で、1979年に結成。
- 代表的な活躍:『オレたちひょうきん族』や『THE MANZAI』に出演。島崎俊郎さんのアダモちゃんも大きな話題に。
- 現在:小林すすむさんは2012年、島崎俊郎さんは2023年に死去。川上泰生さんが唯一の存命メンバーとして知られる。
【ヒップアップ芸人とは?1979年結成の伝説的お笑いトリオ】
ヒップアップは、島崎俊郎さん、川上泰生さん、小林すすむさんによるお笑いトリオです。結成は1979年。漫才ブームが盛り上がる1980年代初頭にテレビで存在感を高めました。
当時の芸風は、一般的な漫才とは少し異なります。ギターの伴奏を取り入れ、青春ドラマを思わせる設定でコントを展開する音曲的なスタイルが特徴でした。3人それぞれの個性を生かし、歌や身体表現を組み合わせることで、テレビ画面でも印象に残る笑いを生み出していました。
朝日新聞社系のニュースメディア「withnews」の芸人史に関する解説でも、ヒップアップは1980年代初頭に『THE MANZAI』で青春コントを披露し、人気を獲得したトリオとして紹介されています。漫才ブームの中で、コントを中心とした別の笑いの形を見せた存在でした。
また、1983年4月に放送された関西テレビの『花王名人劇場 あなたが選ぶ花王名人大賞』では、ヒップアップが新人賞を受賞しています。放送ライブラリーの番組記録にも受賞者として名前が残っており、当時の活躍を裏付ける実績の一つです。
【ヒップアップのメンバー3人のプロフィールと芸歴】

ヒップアップの魅力は、3人が異なる個性と役割を持っていたことにもあります。島崎俊郎さんは身体を使った強烈なキャラクター、小林すすむさんはギターや俳優としての表現力、川上泰生さんはネタ作りなどでグループを支えました。
島崎俊郎:アダモちゃんで一世を風靡したリーダー

島崎俊郎(しまざき・としろう)さんは、1955年3月18日生まれ。1979年にヒップアップを結成し、リーダーを務めました。
芸能界入りのきっかけは、クレイジーキャッツのハナ肇さんの付き人を志願したことでした。その後、川上泰生さんらと活動を始め、テレビのバラエティー番組で知名度を高めます。
島崎さんを語るうえで欠かせないのが、『オレたちひょうきん族』から生まれたアダモちゃんです。独特のメイク、奇抜な衣装、予測できない動きと「ペイッ!」という掛け声が特徴で、番組を代表するキャラクターの一つになりました。
トリオでの活動だけでなく、タレントとしても『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『笑っていいとも!』などに出演。アダモちゃんのイメージが強い一方、長くテレビの第一線で活動した人物でした。
川上泰生:ネタ作りにも関わった唯一の存命メンバー
川上泰生(かわかみ・やすお)さんは、1953年8月30日生まれ、大分県大分市出身です。2026年10月時点で73歳になります。
ヒップアップでは島崎さん、小林さんとともにコントを披露し、ネタ作りにも関わった人物として知られています。特に島崎さんのアダモステにつながるアイデアにも関与したとする芸能資料があります。
トリオとしての活動が落ち着いた後は、福岡を中心とする九州地方で活動。FBS福岡放送の『めんたいワイド』など、地域のテレビ番組への出演歴があります。
福岡を拠点とする芸能プロダクションPINESは、2011年12月に川上さんの所属を発表。当時、テレビやラジオへの出演だけでなく、イベントMCやナレーションなど幅広い活動を案内していました。
現在については、2026年の具体的なレギュラー番組や出演スケジュールを示す新しい公式情報が限られています。そのため、過去の福岡での活動実績と、現在の出演状況は分けて理解する必要があります。
小林すすむ:トリオ活動後は俳優としても活躍
小林すすむ(こばやし・すすむ)さんは、ヒップアップのメンバーであり、後年は俳優としても高い知名度を得た人物です。本名は小林進です。
トリオではギター演奏などを担当し、島崎さんや川上さんのコントを支えました。1980年代にはお笑い芸人として活躍し、1990年代以降は俳優としての仕事も増えていきます。
代表的な出演作には、ドラマ・映画『踊る大捜査線』シリーズやドラマ『花より男子』があります。『踊る大捜査線』では中西盗犯係長役、『花より男子』ではヒロインの父親役を演じました。
コミカルな演技だけでなく、作品に自然になじむ脇役としても評価され、芸人から俳優へと活動の幅を広げた存在でした。
【ヒップアップの芸歴・経歴を年表で整理】
ヒップアップの歴史を理解するには、結成からテレビ出演、メンバーそれぞれの活動、そして2人の訃報までを時系列で見ると分かりやすくなります。
| 時期 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1979年 | ヒップアップ結成 | 島崎俊郎・川上泰生・小林すすむの3人で活動開始。 |
| 1980年代初頭 | テレビ出演が増加 | 『THE MANZAI』などで青春コントを披露。 |
| 1981年 | 『オレたちひょうきん族』放送開始 | 番組内の演芸コーナーなどで活躍。 |
| 1983年 | 花王名人大賞 | 第3回の新人賞を受賞。 |
| 1985年 | アダモちゃんが人気に | 島崎俊郎さんの個性的なキャラクターが話題に。 |
| 1990年代以降 | 個人活動が中心に | 小林さんは俳優、島崎さんはタレント、川上さんは九州を中心に活動。 |
| 2012年5月16日 | 小林すすむさん死去 | 胃がんと肝硬変のため58歳で死去。 |
| 2023年12月6日 | 島崎俊郎さん死去 | 急性心不全のため68歳で死去。 |
| 2026年10月 | 現在の状況 | 川上泰生さんが公開情報上、唯一の存命メンバー。 |
この年表から分かるのは、ヒップアップが単に一時代のブームで終わったグループではないということです。テレビで人気を得た後も、メンバーそれぞれが芸能界で異なる道を歩みました。
特に小林さんの俳優転身は、トリオ時代の経験が個人の芸能活動へとつながった例です。島崎さんもアダモちゃんという強いキャラクターを獲得し、グループの枠を超えて認知されるようになりました。
【代表ネタは?オレたちひょうきん族とアダモちゃん誕生の裏側】
ヒップアップの代表的な芸風は、ギター伴奏を取り入れた青春コントです。3人が舞台上で物語を演じ、歌や身体表現を交えながら笑いにつなげる構成でした。
青春コントと音楽を組み合わせた独自のスタイル
ヒップアップのコントは、青春ドラマを思わせる設定が特徴でした。ギターを演奏する小林さんと、演技や動きで笑いを作る島崎さん、川上さんという組み合わせが、トリオならではの表現を生み出していました。
単に3人が順番にギャグを披露するのではなく、設定を作り、場面を展開し、音楽的な演出で締める。その構成は、現在のストーリー型コントにも通じる部分があります。
『オレたちひょうきん族』では、ヒップアップ独自の演芸コーナーでも活躍しました。番組のディレクターを務めた三宅恵介さんの回顧によると、当時のヒップアップには『笑ってる場合ですよ』で5週勝ち抜いた実績があり、番組冒頭のライブコーナーにも出演していました。
アダモちゃんはどのように誕生した?
島崎俊郎さんの代表的キャラクターであるアダモちゃんは、当初から完成された設定があったわけではありません。
2023年12月、集英社オンラインの追悼記事では、『オレたちひょうきん族』のディレクターだった三宅恵介さんが誕生の経緯を振り返っています。
きっかけは『タケちゃんマン』の撮影でした。グループサウンズが解散するドラマ設定で、出演者が色黒のメイクと長髪のかつらを着けていたところ、ビートたけしさんが島崎さんにポリネシアンダンサーを演じるよう提案したといいます。
次の撮影では、島崎さんが独特の衣装とメイクで登場。台本には踊って変わったことを言う程度の指示しかなく、最後に一言を求められた島崎さんがアドリブで「ペイッ!アダモステ」と叫びました。
その場の笑いが次の出演につながり、キャラクターとして定着していきました。つまり、アダモちゃんは緻密に作り込まれた企画というより、番組の即興性と島崎さん自身の表現力から生まれた存在だったのです。
日刊スポーツの報道によると、アダモちゃんの原型が登場したのは1985年2月2日。島崎さんは2000年にはユニット「アダモす」を結成し、CDも発売しています。ヒップアップのメンバーとしてだけでなく、個人のキャラクターでも長く記憶されることになりました。
【ヒップアップのメンバーの訃報と2026年現在の生存者】
ヒップアップについて検索する人が特に気にしているのが、メンバーの現在と相次いだ訃報です。3人のうち2人が亡くなっており、それぞれの死去は大手メディアでも報じられました。
小林すすむさんは2012年5月16日に58歳で死去
小林すすむさんは、2012年5月16日午後10時45分、東京都三鷹市の病院で亡くなりました。58歳でした。
日刊スポーツは、死因について胃がんと肝硬変と報道しています。また、シネマトゥデイによると、小林さんは数年前から病を患っており、2012年2月に映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』の撮影を終えた後、病院で余命2~3週間との診断を受けていたと、所属事務所の担当者が説明していました。
同作は小林さんの遺作となりました。亡くなる直前まで俳優として仕事に取り組んでいたことが分かります。
訃報が伝えられた当時は、ヒップアップ時代を知るファンだけでなく、俳優としての小林さんを知るドラマ・映画ファンからも惜しむ声が寄せられました。
島崎俊郎さんは2023年12月6日に68歳で死去
島崎俊郎さんは、2023年12月6日、東京都内の自宅で急性心不全のため亡くなりました。68歳でした。
2023年12月7日の日刊スポーツなどの報道によって訃報が伝えられ、島崎さんが1979年にヒップアップを結成したことや、アダモちゃんとして人気を得た経歴も改めて紹介されました。
公益財団法人日本尊厳死協会も、島崎さんが68歳で2023年12月6日に急性心不全のため亡くなったことを記録しています。
島崎さんは亡くなる直前まで仕事をしていたと報じられています。突然の訃報は、長年テレビで親しまれてきたアダモちゃんのファンにも大きな衝撃を与えました。
2026年現在の生存者は川上泰生さん
小林すすむさんが2012年に亡くなり、島崎俊郎さんも2023年に亡くなったことで、ヒップアップのメンバーは川上泰生さんのみとなりました。
川上さんは1953年8月30日生まれで、2026年10月現在73歳です。福岡を中心とした地域で活動してきた経歴があり、PINESへの所属も公表されていました。
ただし、現在の活動については注意が必要です。2011年の所属発表ではテレビ・ラジオ出演、イベントMC、ナレーションなどが紹介されていますが、2026年の具体的なレギュラー番組や出演予定については、最新の公表資料が限られています。
したがって、川上さんが唯一の存命メンバーであることと、現在どの番組で活動しているかという情報は分けて捉える必要があります。
【ヒップアップはなぜ解散した?活動終了の理由と3人のその後】
ヒップアップの解散理由を調べると、正式な解散発表があったのか、メンバー間で何か問題があったのかという疑問に行き着きます。
しかし、主要な訃報記事や経歴紹介で確認できるのは、1979年の結成、テレビでの活躍、そしてメンバーそれぞれの個人活動です。明確な解散日や、メンバー間のトラブルを原因とする公式発表は確認できません。
そのため、ヒップアップは突然の正式解散というよりも、各メンバーが異なる活動の道へ進む中で、トリオとしての活動が徐々に見られなくなったグループと理解するのが自然です。
メンバーそれぞれが別の分野で活動
活動形態が変わっていった背景には、それぞれの仕事の広がりがありました。
島崎俊郎さんはアダモちゃんなどのキャラクターでタレントとして活動し、小林すすむさんはドラマや映画への出演を増やして俳優としての地位を築きました。川上泰生さんは九州地方に活動の場を移し、地域のテレビ番組やイベントなどで活動してきました。
3人が別々の仕事に取り組むようになれば、かつてのように定期的にトリオとして舞台やテレビに出演する機会は減っていきます。
つまり、解散理由を特定の事件や不仲に結びつける根拠はなく、個人活動への移行と時間の経過によってグループとしての露出が減ったという経緯が中心です。
解散と活動休止は同じ意味ではない
芸能界では、グループの解散が公式に発表される場合もあれば、活動を続ける機会がなくなり、実質的に活動休止状態になる場合もあります。
ヒップアップについては、明確な解散日を伴う公式発表よりも、各メンバーの個人活動が中心になった経緯が知られています。そのため、「何年何月に解散した」と断定するよりも、自然にトリオとしての活動が途絶えていったと理解するのが適切です。
メンバーの訃報によって再結成が難しくなった現在も、ヒップアップという名前は1980年代のお笑いを象徴するグループの一つとして残っています。
【ヒップアップ芸人に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ヒップアップのメンバー3人は誰ですか?
A1:島崎俊郎さん、川上泰生さん、小林すすむさんの3人です。1979年に結成され、1980年代に『THE MANZAI』や『オレたちひょうきん族』などで活躍しました。
Q2:ヒップアップの現在の生存者は誰ですか?
A2:川上泰生さんです。小林すすむさんは2012年、島崎俊郎さんは2023年に亡くなっており、川上さんが唯一の存命メンバーとして知られています。
Q3:島崎俊郎さんの死因は何ですか?
A3:2023年12月6日に急性心不全のため68歳で亡くなりました。東京都内の自宅で亡くなったことが報道されています。
Q4:小林すすむさんの死因は何ですか?
A4:2012年5月16日に58歳で亡くなりました。日刊スポーツは胃がんと肝硬変、当時の報道では胃がんや肝臓がんについても伝えられています。
Q5:島崎俊郎さんのアダモちゃんはいつ誕生しましたか?
A5:1985年2月2日に『オレたちひょうきん族』の「タケちゃんマン」から生まれたキャラクターです。撮影中のアドリブがきっかけとなり、人気を獲得しました。
Q6:ヒップアップが解散した理由は何ですか?
A6:正式な解散日や具体的な解散理由を示す公式発表は確認されていません。島崎さん、小林さん、川上さんがそれぞれ個人活動に進み、トリオとしての活動が自然に途絶えたと理解されています。
Q7:川上泰生さんは2026年現在、何をしていますか?
A7:福岡を中心とした地域で活動してきた経歴があります。PINESへの所属や、テレビ・ラジオ出演、イベントMC、ナレーションなどの活動が過去に公表されています。2026年現在の具体的なレギュラー出演情報については、最新の公式発表を確認する必要があります。
まとめ:ヒップアップの功績と2026年現在のメンバー事情
ヒップアップは、島崎俊郎さん、川上泰生さん、小林すすむさんの3人によって1979年に結成されたお笑いトリオです。『THE MANZAI』や『オレたちひょうきん族』で青春コントを披露し、音楽とコントを融合させた独自の芸風で1980年代のお笑い界を盛り上げました。
島崎さんはアダモちゃんとして国民的な知名度を得て、小林さんは俳優として『踊る大捜査線』や『花より男子』などに出演。川上さんも福岡を中心に活動の幅を広げてきました。
一方、小林さんは2012年、島崎さんは2023年に亡くなっています。2026年10月現在、3人の中で唯一の存命メンバーとして知られるのが川上泰生さんです。
ヒップアップの歴史を振り返る際に大切なのは、単にメンバーの訃報や解散の有無だけを見るのではなく、3人それぞれが残した芸能活動の功績にも目を向けることです。青春コント、アダモちゃん、俳優としての名演技。活動の形は変わっても、ヒップアップが昭和のお笑いに残した足跡は、今も多くの視聴者の記憶に刻まれています。
編集上の重要な参照資料
- 日刊スポーツ:島崎俊郎さんの訃報、結成経緯、アダモちゃんの誕生時期。
- 日本尊厳死協会:島崎さんの逝去日と死因。
- 日刊スポーツ・シネマトゥデイ:小林すすむさんの訃報、死因、俳優歴。
- 放送ライブラリー:1983年の花王名人大賞新人賞の記録。
- 集英社オンライン:『オレたちひょうきん族』ディレクター三宅恵介さんによるアダモちゃん誕生秘話。
- PINES・WEBザテレビジョン:川上泰生さんの所属・プロフィール情報。