追手風親方の本名・年齢・大翔山の戦歴は?敗血症からの復帰と2026年の役職を徹底解説

目次

2026年11月現在、追手風親方は日本相撲協会の理事を務める、元幕内力士・大翔山(だいしょうやま)です。本名は山崎直樹(やまざきなおき)。1966年7月7日生まれで、現在60歳です。追手風部屋の師匠として大栄翔、翔猿、日翔志らを育て、協会では名古屋場所の地方場所部長という重要な役職も担っています。

一方、2026年3月には、敗血症で約4カ月間入院し、手術を5~6回受けていたことが報道されました。3場所連続の休場を経て春場所で職務に復帰したことも、大きな関心を集めています。現役時代の実績から病気療養、復帰後の活動、追手風部屋の現在まで、2026年11月1日時点の日本相撲協会の公式情報と報道をもとに整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 本名・年齢:山崎直樹、1966年7月7日生まれの60歳。元前頭2枚目の大翔山です。
  • 病気と復帰:敗血症で約4カ月入院し、5~6回の手術を経験。2026年3月8日の春場所初日に職務復帰しました。
  • 現在の役職:日本相撲協会の理事で、名古屋場所担当の地方場所部長。追手風部屋の師匠も続けています。

【プロフィール】追手風親方の本名・年齢・生年月日は?

追手風親方

追手風親方の人物像を理解するうえで、まず押さえておきたいのが、本名と現役時代の四股名、現在の年齢です。

日本相撲協会の公式年寄プロフィールには、追手風直樹の本名、生年月日、出身地、現役時代の記録が掲載されています。

追手風親方の基本プロフィール

追手風親方
  • 現在の年寄名:追手風直樹
  • 本名:山崎直樹
  • 現役時代の四股名:大翔山(だいしょうやま)
  • 生年月日:1966年7月7日
  • 年齢:60歳(2026年11月1日時点)
  • 出身地:石川県鳳珠郡穴水町
  • 出身大学:日本大学経済学部
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 現在の役職:日本相撲協会理事

現役時代の四股名である大翔山と、現在の追手風という年寄名を混同しないことがポイントです。大翔山は力士として土俵に上がっていた時代の名前であり、追手風は引退後に襲名した親方としての名前です。

また、追手風親方は石川県鳳珠郡穴水町の出身です。大学卒業後に角界へ入り、学生相撲で培った実力を大相撲でも発揮しました。日本大学卒業時には学生横綱やアマチュア横綱など、合計12のタイトルを獲得したと部屋公式プロフィールで紹介されています。

日本相撲協会の公式プロフィールでも、本名、生年月日、出身地、年寄名が確認できます。年齢については、2026年7月7日に60歳の誕生日を迎えています。

【検証資料 1】追手風親方の当時の様子・関連報道写真(出典:中日スポーツ)

【現役時代】元大翔山の経歴と戦歴・成績を詳しく解説

追手風親方

追手風親方は、引退後に指導者としての道を歩んできましたが、現役時代も幕内で存在感を示した力士でした。

日本大学から幕下付け出しで初土俵

山崎直樹は日本大学経済学部を卒業した1989年、幕下付け出しで初土俵を踏みました。学生相撲で実績を残した選手が、大学卒業後に大相撲へ進むという経歴です。

初土俵から約1年4カ月後の1990年5月場所で新十両に昇進。同年9月場所には新入幕を果たしました。大学相撲で培った実力を、短期間でプロの土俵に適応させたことが分かります。

最高位は前頭2枚目、金星3個を獲得

大翔山の最高位は前頭2枚目です。幕内では22場所にわたって土俵に上がり、通算153勝176敗1休を記録しました。

幕内優勝こそありませんでしたが、十両優勝1回、幕下優勝2回、敢闘賞1回という実績があります。さらに、横綱を破った際に与えられる金星も3個獲得しました。

得意技は右四つ、寄り切り、下手投げ。相手の懐に入って組み、力を伝えて勝負を決める相撲が持ち味でした。

大翔山の現役時代の主な記録

  • 初土俵:1989年1月場所
  • 新十両:1990年5月場所
  • 新入幕:1990年9月場所
  • 最高位:前頭2枚目
  • 引退場所:1995年11月場所
  • 生涯戦歴:266勝252敗33休(42場所)
  • 幕内戦歴:153勝176敗1休(22場所)
  • 十両優勝:1回
  • 幕下優勝:2回
  • 敢闘賞:1回
  • 金星:3個

特筆すべきなのは、幕内での成績だけでなく、十両と幕下でも優勝経験があることです。各段階で結果を残しながら番付を上げた、実績のある力士でした。

1995年11月場所を最後に現役を引退。その後、年寄名跡を襲名し、1998年には追手風部屋を創設しました。現役時代の経験を後進の育成へとつなげていったのです。

なお、引退については、追手風部屋公式サイトの本人挨拶で、病気とけがによって思いどおりに動かなくなった身体との戦いがあったことが振り返られています。

【2026年最新】追手風親方の病気は敗血症?3場所休場からの復帰を時系列で解説

2026年に追手風親方の名前が大きく報道された理由の一つが、敗血症による長期療養です。

2026年3月8日付の日刊スポーツの報道によると、追手風親方は敗血症を患い、約4カ月間入院していました。手術も複数回受けており、療養期間は決して短いものではありませんでした。

敗血症で約4カ月間入院、手術は5~6回

病状について追手風親方本人が報道陣に説明した内容は、次のとおりです。

「約4カ月間入院した。手術は5、6回受けた。まだ体調が100%じゃない」

この説明から分かるのは、単なる短期間の体調不良ではなく、長期入院と複数回の手術を必要とする深刻な療養だったということです。

敗血症は、感染症に対する身体の反応が制御できなくなり、臓器障害などを引き起こす可能性がある重篤な状態です。ただし、追手風親方の具体的な感染源や発症の経緯、手術内容については、報道で詳しく明らかにされていません。

日刊スポーツによれば、入院によって体重は大きく変わらなかった一方、足腰の筋力が落ち、復帰時点でも杖を使っていました。本人も体調が完全には戻っていないことを明かしています。

3場所連続休場から2026年3月8日に職務復帰

療養期間中、追手風親方は3場所連続で休場していました。そして、2026年3月8日の大相撲春場所初日、エディオンアリーナ大阪で職務に復帰しました。

復帰初日に担当したのは、会場の木戸でのチケット確認です。午前8時45分から約1時間半、来場者のチケットのもぎりを務めました。

これは、単に会場に姿を見せたというだけではありません。長期入院と手術を経て、実際に日本相撲協会の現場業務に戻ったことを示す出来事でした。

療養中は北陣親方(元遠藤)が部屋を支えた

追手風親方の療養中、追手風部屋の稽古を支えていたのが、元小結・遠藤の北陣親方です。

北陣親方は2025年11月1日に現役を引退し、年寄「北陣」を襲名しました。日本相撲協会の公式発表でも、遠藤の引退と北陣襲名が承認されたことが確認できます。

日刊スポーツの2026年3月8日の記事では、北陣親方が部屋付き親方として稽古を見ていたことが紹介されました。追手風親方も、北陣親方に巡業などの仕事を覚え、早く一人前になってほしいという期待を寄せています。

師匠が長期間不在となる状況で、部屋付き親方が稽古や指導を支える。部屋の運営を継続するうえで、親方同士の役割分担が重要になることを示した事例です。

なお、2026年3月の復帰時点では本人が完全回復していないと説明していました。その後、6月には名古屋場所担当部長として会場準備に携わり、7月の名古屋場所でも担当部長として活動したことが報じられています。11月1日現在、日本相撲協会の公式職務分掌にも理事として掲載されています。

【検証資料 2】追手風親方の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【日本相撲協会】追手風親方は理事で名古屋場所の担当部長

追手風親方は追手風部屋の師匠という立場だけでなく、日本相撲協会の理事としても活動しています。

2026年3月25日、日本相撲協会は新理事の職務分掌を承認しました。この人事により、追手風親方は地方場所部長(名古屋)を担当することになりました。

理事として担当する名古屋場所の運営

地方場所部長は、東京以外で開催される本場所の運営に関係する役職です。追手風親方の場合は、愛知県で開催される名古屋場所が担当となります。

2026年6月17日には、名古屋市のIGアリーナに設置された御免札の関連行事に出席。日刊スポーツの報道では、今年から名古屋場所担当部長を務めることになった本人が、準備の進捗について説明しています。

同報道によると、名古屋場所の15日間のチケットはすでに完売していました。追手風親方は、場所の見どころや力士たちの活躍に期待を寄せていました。

また、2026年7月11日の土俵祭にも名古屋場所担当部長として出席したことが報じられています。春場所で職務復帰してから約4カ月後には、地方場所の運営を担う立場で活動していたことになります。

2026年11月現在の協会内での立場

日本相撲協会の公式職務分掌では、追手風直樹は理事として掲載され、担当職務は地方場所部長(名古屋)です。

ここで重要なのは、追手風親方が単に部屋の師匠として弟子を育てるだけではなく、協会全体の運営にも関わる立場にあることです。

名古屋場所の準備、会場運営、興行の円滑な進行など、担当部長として関係する業務は幅広くなります。現役時代の経験と長年の部屋運営で培った知識が、協会での仕事にも生かされる立場です。

【追手風部屋】歴代師匠・所属力士と遠藤(北陣親方)の関係

追手風親方を語るうえで欠かせないのが、埼玉県草加市にある追手風部屋です。

現在の追手風部屋は、元大翔山の追手風親方が1998年10月に友綱部屋から独立して創設しました。師匠は第11代追手風直樹で、2026年現在も創設者本人が指導を続けています。現在の部屋については、創設以来、師匠の交代はありません。

追手風部屋の所在地

〒340-0022 埼玉県草加市瀬崎5-32-22

日本相撲協会の公式部屋紹介ページにも、この所在地が掲載されています。部屋は埼玉県草加市を拠点としており、日々の稽古を通じて所属力士を育成しています。

追手風部屋の人物・関係者一覧

人物・組織 関係 2026年時点の状況
追手風直樹 部屋の師匠・創設者 元前頭2枚目大翔山。日本相撲協会理事
大栄翔 所属力士 2026年11月場所は西前頭4枚目
翔猿 所属力士 2026年11月場所は西十両2枚目
日翔志 所属力士 2026年11月場所は西十両7枚目
北陣聖大(元遠藤) 部屋付き親方 元小結。2025年11月に引退し、北陣を襲名
日本相撲協会 所属団体 追手風親方が理事・名古屋場所担当部長を務める

この関係を整理すると、追手風部屋は追手風親方が師匠として運営し、大栄翔、翔猿、日翔志らが現役力士として所属する一方、北陣親方が部屋付き親方として指導を支える体制になっています。

大栄翔は部屋を代表する実力者

大栄翔は追手風部屋を代表する力士の一人です。最高位は関脇で、2021年1月場所には幕内初優勝を達成しました。

持ち味は力強い突き押し相撲です。立ち合いから相手を押し込む攻撃的な取り口で、幕内上位でも実績を残してきました。

2026年11月場所の番付では西前頭4枚目となっています。2026年9月場所は西小結で5勝10敗となり、番付を下げて次の場所に臨むことになりました。

翔猿と日翔志も追手風部屋の関取

翔猿は小柄な体格を生かした機動力のある相撲で知られる力士です。幕内で活躍した実績を持ち、2026年11月場所では西十両2枚目に位置しています。

2026年9月場所は4勝11敗で、11月場所は十両から再出発することになりました。幕内復帰を目指すうえで、今後の成績が注目されます。

一方の日翔志は、2026年9月場所に西十両11枚目で9勝6敗と勝ち越し、11月場所は西十両7枚目へと番付を上げました。追手風部屋の次世代を担う力士として期待されます。

遠藤は引退後、北陣親方として後進を指導

遠藤は追手風部屋に所属していた元小結で、2025年11月1日に現役を引退しました。引退と同時に年寄「北陣」を襲名し、現在は追手風部屋の部屋付き親方として活動しています。

現役時代は技能賞4回、金星7個を獲得した実績の持ち主です。長年幕内で活躍し、人気と実力を兼ね備えた力士でした。

追手風親方が療養していた期間に稽古を見ていたことからも、北陣親方は部屋の運営を支える重要な存在です。

なお、遠藤は引退後に追手風部屋を離れたわけではありません。日本相撲協会の公式プロフィールでも、北陣親方の所属部屋は追手風とされています。

【検証資料 3】追手風親方に関する近況・インタビュー報道記録(出典:スポーツ報知 / Yahoo!ニュース)

【プロの結論】2026年の追手風親方を理解する3つの重要ポイント

追手風親方の2026年の活動を理解するには、単に「元大翔山」「敗血症から復帰した親方」という情報だけでなく、現役時代から現在までの流れを見ることが大切です。

1. 現役時代の実績が指導者としての土台になっている

大翔山は最高位前頭2枚目、金星3個、十両優勝1回という実績を持つ力士でした。大学相撲で培った経験も含め、競技者としての知識と経験は豊富です。

現役引退後に部屋を創設し、大栄翔などの関取を育ててきた経歴を考えると、追手風親方の大きな功績は、自身の現役時代の実績を次世代の力士育成につなげたことにあります。

2. 敗血症からの復帰は確認できるが、完全回復とは別問題

2026年3月の報道では、約4カ月の入院と5~6回の手術、足腰の筋力低下が明らかになりました。本人は当時、体調が100%ではないと説明しています。

その後、名古屋場所担当部長として実務に復帰し、協会の公式職務分掌にも名前が掲載されています。したがって、職務復帰そのものは確認できます。

一方で、2026年11月1日までに、体調が完全に回復したとする詳細な医学的発表は確認できません。職務に復帰したことと、健康状態が完全に元どおりになったことは分けて考える必要があります。

3. 追手風部屋は師匠と部屋付き親方の協力で支えられている

追手風部屋には大栄翔、翔猿、日翔志という関取が所属しています。さらに、元遠藤の北陣親方も部屋付き親方として後進の指導に携わっています。

師匠一人だけですべてを担うのではなく、経験豊富な親方がそれぞれの役割を果たすことは、相撲部屋の継続的な運営にとって重要です。

追手風親方が療養していた間にも部屋の稽古が続けられたことは、その体制が機能した具体例といえます。

また、2026年11月場所の番付を見ると、大栄翔は幕内、翔猿と日翔志は十両に位置しています。部屋としては、現役力士の番付上昇と次世代の関取育成が今後の大きなテーマです。

追手風親方に関するよくある質問(FAQ)

Q1:追手風親方の本名と年齢は何歳ですか?
A1:本名は山崎直樹です。1966年7月7日生まれで、2026年11月1日時点で60歳です。現役時代は大翔山という四股名で、最高位は前頭2枚目でした。

Q2:追手風親方の病気は敗血症だったのですか?現在は復帰していますか?
A2:はい。2026年3月の日刊スポーツの報道で、本人が敗血症だったことを明かしています。約4カ月入院し、5~6回の手術を受けました。3場所連続の休場を経て、2026年3月8日の春場所初日に職務復帰しています。その後は名古屋場所担当部長として活動しています。

Q3:追手風部屋には誰が所属していますか?元遠藤は現在どうしていますか?
A3:2026年11月場所の主な関取は、大栄翔、翔猿、日翔志の3人です。元小結・遠藤は2025年11月に引退し、年寄「北陣」を襲名しました。現在は追手風部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっています。

まとめ:追手風親方の現在は理事・名古屋場所担当部長としての新たな歩み

追手風親方は、本名・山崎直樹、1966年7月7日生まれの60歳です。現役時代は大翔山として最高位前頭2枚目まで昇進し、通算266勝252敗33休、金星3個という成績を残しました。

引退後は1998年に追手風部屋を創設し、大栄翔、翔猿、日翔志らを育成。2026年には日本相撲協会の理事として、名古屋場所担当の地方場所部長を務めています。

2026年3月には敗血症による約4カ月の入院と複数回の手術を経験したことが明らかになりました。しかし、3場所連続休場から春場所で職務復帰し、その後は名古屋場所の運営にも携わっています。

追手風親方を理解するうえで重要なのは、元幕内力士としての実績、長年にわたる部屋の指導者としての歩み、そして日本相撲協会の理事としての役割を一体で見ることです。

今後は健康面に配慮しながら、追手風部屋の力士たちがどこまで番付を伸ばすのか、また協会の運営でどのような役割を果たしていくのかが注目されます。

現役時代に果たせなかった夢を弟子たちに託すという本人の姿勢は、追手風部屋の育成方針にもつながっています。2026年以降も、師匠として、そして協会理事としての活動から目が離せません。

主な事実確認資料: 日本相撲協会の年寄プロフィール・追手風部屋公式情報・理事職務分掌、追手風部屋公式サイト、日刊スポーツの2026年3月8日および6月17日の報道を参照しています。