村上虹郎の親は誰?父・村上淳と母・UAの結婚・離婚、家族関係を徹底解説
村上虹郎の親は、俳優の村上淳(むらかみ・じゅん)と、シンガーソングライターのUA(ウーア)です。父は映画やドラマで独特の存在感を放つ実力派俳優、母は「情熱」「ミルクティー」などの楽曲で知られる人気アーティスト。芸能界を代表する個性派の両親を持つ二世俳優として、村上虹郎はデビュー当初から注目を集めてきました。
2人は1996年に結婚し、2006年8月に離婚。虹郎は両親が多忙だった幼少期に祖母に育てられ、離婚後は母・UAのもとで生活しました。一方、父・村上淳とも定期的に会い、成長するにつれて親子関係を深めていきました。さらに2026年2月には、母・UAのデビュー30周年記念アルバム『NEWME』に収録された「ZOMBIE feat. 村上虹郎」で、音楽作品としての母子共演が実現しています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】 - 父親は俳優・村上淳、母親は歌手・UA。 1996年に結婚し、1997年に長男の虹郎が誕生した。 - 両親は2006年8月に離婚。 虹郎は母に引き取られ、幼少期は祖母にも支えられて育った。 - 2026年はUAとの音楽共演が実現。 「ZOMBIE feat. 村上虹郎」で歌唱とミュージックビデオに参加した。
【村上虹郎の親は誰?父・村上淳と母・UAのプロフィール】

父は俳優、母はシンガーソングライター。異なる表現の世界で活躍する2人の間に生まれたのが村上虹郎です。
父親は実力派俳優の村上淳

1973年7月23日生まれ・大阪府出身
俳優・モデル。1990年代から映画やテレビドラマで活躍し、個性的な役柄や存在感のある演技で知られる。
村上淳は、モデル活動を経て俳優の道に進んだ人物です。1993年に映画デビューし、1990年代後半から映画界で存在感を高めました。
代表作には、映画『ナビィの恋』『バウンス ko GALS』『新・仁義なき戦い。』などがあります。
2000年には『ナビィの恋』『新・仁義なき戦い。』『不貞の季節』での演技が評価され、第22回ヨコハマ映画祭助演男優賞を受賞しました。
息子の虹郎とは、2014年公開の映画『2つ目の窓』で実の父子として共演。現実でも父と息子である2人が、劇中でも離れて暮らす父子を演じたことで話題になりました。
村上淳の所属事務所ディケイドの公式プロフィールにも、俳優としての出演歴や受賞歴が掲載されています。
母親は個性派シンガーソングライターのUA
1972年3月11日生まれ・大阪府出身
1995年に「HORIZON」でデビュー。独特の歌声とジャンルにとらわれない音楽性で知られる。
母親のUAは、1996年にシングル「情熱」がヒットし、全国的な知名度を獲得しました。
その後も「悲しみジョニー」「ミルクティー」などの楽曲を発表。バンドAJICOでの活動や、映画・テレビ番組への出演など、音楽以外の分野でも才能を発揮しています。
UAの公式プロフィールによると、1995年6月に「HORIZON」でデビューし、1996年にはファーストアルバム『11』をリリース。音楽活動が大きく広がった時期に村上淳と結婚し、第一子を迎えています。
興味深いのは、虹郎の名前も母・UAが名付けたことです。
2016年のJ-WAVEの親子出演では、虹郎自身が名前について語り、現在では自分の名前を堂々と名乗れるようになったという心境を明かしています。
村上虹郎の基本プロフィール
1997年3月17日生まれ・東京都出身
2014年公開の映画『2つ目の窓』で主演デビュー。映画・ドラマを中心に活動する俳優。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 村上虹郎 |
| 生年月日 | 1997年3月17日 |
| 出身地 | 東京都 |
| 父親 | 村上淳 |
| 母親 | UA |
| 俳優デビュー | 2014年 |
| デビュー作品 | 映画『2つ目の窓』 |
| 主な受賞歴 | 日本アカデミー賞優秀助演男優賞など |
所属事務所ディケイドの公式プロフィールでは、映画『武曲 MUKOKU』『孤狼の血 LEVEL2』などの出演歴と受賞歴が紹介されています。
【村上淳とUAは1996年に結婚!2006年の離婚までの経緯】
村上虹郎の家族について検索すると、必ず話題になるのが両親の結婚と離婚です。
父・村上淳と母・UAは1996年に結婚しました。当時は、俳優と個性派シンガーという異なるジャンルで活躍する2人の結婚として注目を集めました。
1996年に結婚、翌1997年に虹郎が誕生
1996年はUAにとって音楽活動の大きな転換期でした。
6月に発表した「情熱」がヒットし、音楽アーティストとして全国的な人気を獲得。その年に村上淳と結婚し、翌1997年3月17日に長男の村上虹郎が誕生しました。
両親ともに表現者として多忙な生活を送っていたこともあり、虹郎は一般的な家庭とは少し異なる環境で幼少期を過ごしました。
2006年8月に離婚
2人の結婚生活は約10年で終わりを迎えます。
2006年8月、村上淳とUAは離婚。 当時9歳だった虹郎は母親のUAに引き取られました。
離婚後、虹郎は母親と暮らしながら、父親とも交流を続けていきます。
離婚理由は公表されている?
読者が特に気になるのが、村上淳とUAがなぜ離婚したのかという点です。
しかし、2人が離婚に至った具体的な理由について、本人たちが詳細を明らかにした情報は確認できません。
2014年公開の映画『2つ目の窓』では、虹郎が演じる少年が、父親役の村上淳に母親と別れた理由を尋ねる場面があります。
このシーンについて、映画公開時のトークイベントでは、河瀬直美監督から虹郎に質問するよう促すメモが渡されたという舞台裏が紹介されました。
村上淳は劇中で、UAとの出会いについて話したエピソードを明かしています。ただし、これは両親の離婚理由を公式に説明したものではありません。映画のストーリーと現実の夫婦関係をそのまま同一視することはできないのです。
したがって、性格の不一致や仕事上のすれ違いなど、具体的な理由を断定することはできません。
【祖母に育てられた幼少期|離婚後の村上虹郎の生活】
村上虹郎の生い立ちを理解するうえで欠かせないのが、祖母の存在です。
両親が多忙で、祖母と過ごす時間が長かった
2018年11月放送の日本テレビ系『しゃべくり007』に父・村上淳と出演した際、虹郎は幼少期について振り返りました。
父親も母親も仕事で忙しく、幼いころはほとんど祖母に育てられていたという内容を語っています。
当時の虹郎は、親に対して十分に育ててもらえなかったという寂しさや不満を抱いていたことも明かしました。
このエピソードから見えてくるのは、著名人の子どもであっても、親と過ごす時間が必ずしも十分に確保されるわけではないという現実です。
芸能活動を続ける両親のもとで育った虹郎にとって、祖母は幼少期の生活を支える大きな存在だったと考えられます。
離婚後は母・UAに引き取られた
2006年8月の離婚後、虹郎はUAのもとで生活しました。
その後、UAは都会を離れ、自然と向き合う暮らしへと生活の軸を移していきます。
2011年にはUAと虹郎が沖縄へ移住。その後、虹郎はカナダへの留学も経験しています。
2013年6月には、映画『2つ目の窓』への出演に向けて留学先のカナダから帰国したことが日刊スポーツのプロフィール記事でも紹介されています。
父・村上淳との交流はどう続いた?
離婚によって父子関係が完全に途切れたわけではありません。
2018年の『しゃべくり007』では、虹郎が離婚後に電車で父親のもとへ月に1回ほど通っていたことを振り返りました。
当初は父親に対する複雑な感情もあったものの、会う時間を重ねることで、父親がどのような人なのかを理解するようになったといいます。
2014年の映画『2つ目の窓』での共演も、父子関係を考えるうえで象徴的な出来事です。
現実の親子が、映画の中でも離れて暮らす父と息子を演じたことは、作品に独特のリアリティーを与えました。
【村上虹郎の家族構成・親子関係を年表と一覧表で整理】
ここまでの情報を整理すると、村上虹郎の家族関係は次のようになります。
村上虹郎の家族構成
| 家族 | 人物・関係 |
|---|---|
| 父親 | 村上淳・俳優 |
| 母親 | UA・歌手 |
| 本人 | 村上虹郎・1997年生まれ |
| 祖母 | 幼少期の養育を支えた存在 |
| 母親の再婚後の家族 | UAはその後再婚し、4児の母となっている |
UAは村上淳との離婚後、別の男性と再婚しています。2026年のデイリースポーツの報道では、UAは3男1女の母として紹介されています。
つまり、虹郎はUAの第一子であり、母親の再婚後には3人のきょうだいがいる家庭で育ったことになります。
家族の出来事と親子共演の年表
| 年 | 出来事 | 家族関係のポイント |
|---|---|---|
| 1996年 | 村上淳とUAが結婚 | 2人の結婚が報じられる |
| 1997年 | 村上虹郎が誕生 | 2人の長男として誕生 |
| 2006年8月 | 両親が離婚 | 虹郎はUAに引き取られる |
| 2011年 | UAと沖縄へ移住 | 母子で生活環境を変える |
| 2014年 | 『2つ目の窓』公開 | 虹郎が俳優デビュー、父と共演 |
| 2016年 | J-WAVE親子出演 | UAと虹郎が関係や信頼について語る |
| 2018年 | 『しゃべくり007』出演 | 父子で幼少期や交流を振り返る |
| 2026年2月 | 『NEWME』発売 | 「ZOMBIE feat. 村上虹郎」で母子が音楽共演 |
この年表から分かるのは、離婚後も父親との交流が続き、母親とも時間をかけて信頼関係を築いてきたということです。
家族の形は変わっても、親子それぞれの関係が継続してきたことが、虹郎のこれまでの発言や共演歴から読み取れます。
母・UAとの関係は良好?
母子関係については、2016年5月のJ-WAVEの特別番組で、2人が率直に語っています。
UAによれば、虹郎には長い反抗期があり、以前は衝突することも多かったそうです。
しかし、虹郎が俳優として社会に出て経験を積むにつれて、関係は少しずつ変化していきました。
虹郎自身も、母親とは言葉を交わさなくても互いの考えが分かるほどの信頼関係があるという趣旨の話をしています。
また、UAは虹郎が芸能界に入った際、親の七光りと評価されることを心配していたことも明かしています。
単に有名な母親と息子という関係ではなく、表現者同士として互いを理解する関係へと変わっていったことが分かります。
【親の七光りだけではない?村上虹郎の俳優としての実力】
村上虹郎は、俳優の父と人気歌手の母を持つ二世俳優としてデビューしました。
そのため、デビュー当初から親の知名度によって注目を集めたという見方もありました。
しかし、実際のキャリアを振り返ると、単純に親の名前だけで評価されてきた俳優ではありません。
デビュー作『2つ目の窓』でカンヌ国際映画祭へ
2014年公開
河瀬直美監督作品。村上虹郎が主演し、実父の村上淳と劇中でも父子を演じた。
『2つ目の窓』は、第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された作品です。
虹郎は演技経験がほとんどない状態から主人公に抜てきされ、映画初出演にして主演という異例のスタートを切りました。
映画のキャスティングについて河瀬監督は、両親が有名だからという理由で主演に選んだのではなく、本人の存在感を評価したと説明しています。
この作品で父親役を演じたのが実父の村上淳だったことも、作品に注目が集まった理由の一つでした。
日本アカデミー賞などの受賞歴
虹郎の俳優としての評価は、デビュー後の出演作と受賞歴にも表れています。
代表的な作品には次のようなものがあります。
- 『2つ目の窓』(2014年):映画初主演
- 『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年):若手俳優として注目
- 『武曲 MUKOKU』(2017年):第41回日本アカデミー賞優秀助演男優賞
- 『銃』(2018年):主演を務める
- 『孤狼の血 LEVEL2』(2021年):第45回日本アカデミー賞優秀助演男優賞
- 『カムカムエヴリバディ』(2021年):NHK連続テレビ小説に出演
特に『武曲 MUKOKU』と『孤狼の血 LEVEL2』での受賞は、俳優としての実力を評価するうえで重要な実績です。
二世俳優という評価との向き合い方
虹郎自身も、二世俳優と呼ばれることについて過去のインタビューで語っています。
2017年のananのインタビューでは、両親の存在は自分を語るうえで切り離せないとしながらも、時間をかけて自分の実力で両親を超えていくという考えを示しました。
この発言からは、親の名前を否定するのではなく、自分自身の演技によって評価を獲得しようとする姿勢がうかがえます。
親が有名であることは、芸能界で注目を集めるきっかけにはなります。しかし、長期的な評価を決めるのは出演作品での表現力や実績です。
村上虹郎の場合、デビュー時の話題性と、その後の受賞歴を分けて考えることが、キャリアを正しく理解するポイントになります。
【2026年最新】UAと村上虹郎が「ZOMBIE」で母子初の音楽共演!
2026年、村上虹郎の家族関係を語るうえで大きな話題になったのが、母・UAとの音楽共演です。
2026年2月18日『NEWME』をリリース
UAは2026年2月18日、デビュー30周年記念アルバム『NEWME』を発売しました。
全11曲を収録した同作には、藤原さくらやMFSなどのアーティストに加え、長男の村上虹郎が参加した「ZOMBIE feat. 村上虹郎」が収録されています。
UAの公式サイトでも、虹郎が参加する楽曲として正式に紹介されています。
「ZOMBIE feat. 村上虹郎」はどんな作品?
この曲では、UAが歌詞を担当し、虹郎がボーカルとして参加しています。
さらに、公式ミュージックビデオにも虹郎が出演しました。
映像を手掛けたのは映像作家のMIZUNO CABBAGEです。
インターネットやSNSを通じて多様な個性に触れ、自分自身のアイデンティティーを模索する姿を、ゾンビというモチーフを使って表現しています。
楽曲のテーマと、俳優として独自の表現を追求してきた虹郎の存在が重なる作品です。
UAが自ら息子に出演を依頼
2026年3月12日放送のフジテレビ系『ノンストップ!』では、UAが親子共演の裏側を語りました。
UAは、虹郎の声が以前から好きだったことや、俳優を目指す前には本人が音楽をやりたいと話していたことを振り返っています。
今回の参加については、UA自身が虹郎に直接相談したそうです。
虹郎は依頼を快諾。これを受けてUAは男性ボーカルのパートを大きく書き換え、より直接的なメッセージを込めた楽曲に仕上げました。
親が子どもに出演を依頼するというより、1人のアーティストが別の表現者に参加をお願いする形になったことが印象的です。
なお、2016年にはJ-WAVEの番組で親子出演しています。2026年の「ZOMBIE」は、親子として初めて顔を合わせたという意味ではなく、歌唱やミュージックビデオを含む本格的な音楽作品での共演として捉えるのが正確です。
村上虹郎の2026年現在の活動
2023年3月、虹郎は心身の不調を理由に俳優活動を休養しました。
その後、2025年にはドラマや映画の撮影に参加するなど、徐々に活動を再開。TOKYO FMのポッドキャストでは「模索ラジオ 村上虹郎」もスタートしました。
2026年にはNHKの国際共同制作ドラマ『ロスト・アンド・ファウンド~君を探して』に出演しています。所属事務所の発表では、3月18日と25日にBSP4Kで放送されました。
一方、2026年6月には、2024年の交際相手とのトラブルをめぐり、傷害容疑で警視庁から書類送検されたと報道されました。
所属事務所は当時の交際相手とのトラブルを認め、本人が反省している旨を説明して謝罪。虹郎自身も6月28日にXで謝罪コメントを発表し、近い将来自身の言葉で説明したいとの意向を示しました。
この報道を受け、テレビ東京は出演予定だったドラマ『ストレンジ-伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-』第1話「幻痛屋敷」の放送と配信を見送りました。
なお、書類送検は警察が捜査書類や証拠を検察に送る手続きであり、それだけで起訴や有罪判決が確定するわけではありません。
2026年の村上虹郎は、母との音楽共演や俳優としての活動再開という動きがある一方、報道された問題への対応も問われる状況にあります。
【村上虹郎の親に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:村上虹郎の父親と母親は誰ですか?
A1:父親は俳優の村上淳、母親はシンガーソングライターのUAです。2人は1996年に結婚し、1997年に長男の村上虹郎が誕生しました。
Q2:村上虹郎の両親はなぜ離婚したのですか?
A2:村上淳とUAは2006年8月に離婚しています。ただし、具体的な離婚理由は公表されていません。仕事上のすれ違いや性格の不一致などを確定情報として扱うことはできません。
Q3:村上虹郎は祖母に育てられたのですか?
A3:はい。2018年のテレビ番組で、父母ともに多忙だったため、幼少期はほとんど祖母に育てられたと本人が語っています。両親の離婚後は母・UAに引き取られ、父・村上淳とも定期的に交流していました。
まとめ:【プロの結論】村上虹郎の家族関係と2026年の現在
村上虹郎の親は、俳優の村上淳と歌手のUAです。
1996年に結婚した2人は、1997年に虹郎を授かりましたが、2006年8月に離婚。その後、虹郎は母親のもとで育ち、幼少期には祖母の支えも受けていました。
父親との関係も途切れたわけではなく、月に1回ほど電車で会いに行くなど、少しずつ親子の交流を続けてきました。
母親との関係についても、思春期の反抗期を経て、互いの仕事や価値観を理解する関係へと変化しています。
そして2026年2月には、UAのアルバム『NEWME』に収録された「ZOMBIE feat. 村上虹郎」で母子共演が実現しました。
村上虹郎の家族を理解するうえで押さえておきたいのは、次の3点です。
- 両親は有名人だが、離婚後も父母それぞれとの関係を築いてきたこと。
- 幼少期の祖母との生活や親との距離感が、本人の過去の発言にも表れていること。
- 二世俳優という立場だけでなく、自身の受賞歴や作品、2026年の音楽活動も含めて評価する必要があること。
村上虹郎の歩みは、両親の知名度だけでは説明できません。家族との関係に向き合いながら、自分自身の表現を模索してきた俳優です。今後は俳優としての活動だけでなく、UAとの音楽的なつながりにも注目が集まりそうです。