二階俊博の息子は何人?3人の名前・経歴と2026年の後継者問題を徹底解説
二階俊博氏には息子が何人いるのか、名前や学歴、現在の活動はどうなっているのか。自民党の元幹事長として長年にわたり和歌山の政界に影響力を持ってきた二階俊博氏には、長男・二階俊樹氏、次男・二階直哉氏、三男・二階伸康氏の3人の息子がいます。
なかでも注目されてきたのが、父の政治地盤を引き継ぐとみられていた三男の伸康氏です。しかし、2016年の長男・俊樹氏の御坊市長選挙、2024年の伸康氏の衆議院選挙、2025年の参議院選挙と、それぞれの選挙結果には厳しい現実も表れています。2026年には和歌山市長選への出馬をめぐる観測も報じられました。
3人の経歴、二階家の家系図、妻・怜子さんとの家族関係、そして2026年10月現在の後継者問題まで、選挙結果や公表された経歴をもとに整理します。
📌 この記事の重要ポイントまとめ - 息子は3人: 長男・二階俊樹、次男・二階直哉、三男・二階伸康。 - 政治との関わり: 俊樹氏は御坊市長選に出馬、直哉氏は経済産業大臣秘書官、伸康氏はANA勤務を経て父の公設第一秘書を務めた。 - 後継者問題の現状: 伸康氏は2024年衆院選と2025年参院選に連続して落選。2026年現在、国会議員としての議席は獲得していない。
【家族構成】二階俊博の息子は3人!名前と妻・怜子との関係

二階俊博氏の息子は3人です。
それぞれの名前と続柄は次のとおりです。
- 長男:二階俊樹(にかい・としき)
- 次男:二階直哉(にかい・なおや)
- 三男:二階伸康(にかい・のぶやす)
3人の母親は、二階俊博氏の妻だった怜子さんです。
地元紙の日高新報によると、怜子さんは2018年12月26日に77歳で亡くなりました。2019年2月には御坊市民文化会館で偲ぶ会が開かれ、政界や財界、地元関係者など約5,000人が参列したと報じられています。
同紙の記事では、怜子さんが3人の子どもの母親として家庭を守り、長年にわたって夫の政治活動を支えてきたことも紹介されています。
二階家の家系図

二階家の家族関係を整理すると、次のようになります。
二階俊太郎
二階俊博氏の父・元和歌山県議会議員
二階俊博
元自民党幹事長・元衆議院議員
妻:怜子さん(2018年12月26日逝去)
長男
俊樹
元父の秘書・御坊市長選出馬
次男
直哉
元経済産業大臣秘書官
三男
伸康
元ANA社員・元公設第一秘書
二階俊博氏自身も、政治家の家庭に生まれています。
父の俊太郎氏は和歌山県議会議員や村長などを務めた人物です。俊博氏は和歌山県御坊市出身で、1975年に和歌山県議会議員となり、1983年に衆議院議員に初当選しました。
つまり、二階家の政治との関わりは俊博氏の代に始まったものではありません。父から子へと続く、和歌山県に根を張った政治家一族という背景があります。
【3人を比較】二階俊樹・二階直哉・二階伸康の経歴と学歴

3人の息子は、それぞれ異なる経歴を持っています。
長男は地方政治への挑戦、次男は中央省庁での勤務経験、三男は民間企業から父の政治秘書へという道を歩みました。
公表されている情報を比較すると、次のようになります。
長男・二階俊樹の経歴と学歴
長男の二階俊樹氏は、父・俊博氏の政治活動を支えてきた人物です。
父の秘書を務め、地元和歌山で政治活動に関わってきました。2016年には、地元の御坊市長選挙に無所属新人として立候補しています。
学歴については、早稲田大学理工学部卒業とする二次情報が複数見られます。ただし、本人の公式プロフィールや公的な選挙資料で確認できる学歴情報は限られています。
俊樹氏が広く知られるきっかけとなったのは、2016年の御坊市長選挙でした。
当時、現職の柏木征夫氏との一騎打ちとなりましたが、結果は柏木氏が9,375票、俊樹氏が5,886票。3,489票差で敗れています。
父の政治的影響力が強い地域であっても、親族だからといって自動的に支持を得られるわけではないことを示す選挙でした。
次男・二階直哉の経歴と現在
次男の二階直哉氏は、3人のなかでも一般に公開されているプロフィールが少ない人物です。
確認できる重要な経歴の一つが、父・俊博氏が経済産業大臣を務めていた時期の大臣秘書官です。
2008年8月から2009年9月まで秘書官を務めました。経済産業省関係の人事資料にも、二階直哉氏の秘書官就任記録が残っています。
その後については、2018年の週刊誌報道で、経済産業省所管の一般社団法人の理事やコンサルティング業に携わっていたと紹介されています。
一方、2026年現在の勤務先や具体的な役職については、広く確認できる最新の公式プロフィールが見当たりません。
学歴についても確かな公表情報は限られています。
そのため、直哉氏については、政治家として選挙に出た兄弟とは異なり、官公庁での勤務経験と民間での活動が確認できる人物として整理するのが適切です。
三男・二階伸康の経歴と学歴
3人のなかで、現在の二階家の政治的後継者問題と最も深く関係しているのが三男の二階伸康氏です。
1978年1月4日生まれで、和歌山県御坊市出身。日高高校を卒業後、青山学院大学法学部公法学科に進学し、2001年3月に卒業しました。
大学卒業後は全日本空輸(ANA)に入社しています。
その後、2014年9月から父・俊博氏の公設第一秘書を務めました。父が自民党総務会長や幹事長として活動していた時期にも、政治活動を支えてきた人物です。
伸康氏の経歴で注目したいのは、民間企業で働いた経験を持つことです。
政治家の家に生まれたものの、最初から政治の世界に入ったわけではありません。ANA勤務を経て秘書となり、父の政治活動を間近で支えた後、自ら国政選挙に挑戦しました。
2024年5月には衆議院選挙への立候補を表明し、政治家としての第一歩を踏み出します。
【選挙結果を検証】俊樹の御坊市長選と伸康の2024年・2025年の挑戦
二階家の後継者問題を理解するうえで、選挙結果は欠かせません。
俊樹氏の地方選挙への挑戦から、伸康氏の国政進出までを時系列で確認します。
2016年:長男・俊樹は御坊市長選で敗北
2016年5月22日に投開票された御坊市長選挙には、現職の柏木征夫氏と新人の二階俊樹氏が立候補しました。
柏木氏は7選を目指す現職で、俊樹氏は元代議士秘書という肩書で選挙に臨みました。
結果は次のとおりです。
- 柏木征夫氏:9,375票
- 二階俊樹氏:5,886票
投票率は78.1%でした。
俊樹氏は自民党・公明党の推薦を受けていたと選挙関連報道で伝えられていますが、現職の柏木氏が約3,500票の差をつけて勝利しました。
この結果は、二階家の政治地盤が強いとされる御坊市でも、選挙の勝敗が簡単には決まらないことを示しました。
2024年:三男・伸康が衆議院選挙に初挑戦
2024年3月、二階俊博氏は政治資金問題をめぐる責任を取るとして、次期衆議院選挙への不出馬を表明しました。
その後継候補として名前が挙がったのが、三男の伸康氏です。
2024年5月17日、伸康氏は和歌山県田辺市で記者会見を開き、新しい和歌山2区からの立候補を表明しました。
同年8月には自民党が和歌山2区の支部長に選任。父の政治地盤を引き継ぐ形で選挙戦に臨みました。
しかし、2024年10月27日の衆議院選挙では、無所属で出馬した世耕弘成氏に敗れました。
| 候補者 | 党派 | 得票数 |
|---|---|---|
| 世耕弘成氏 | 無所属 | 101,739票 |
| 二階伸康氏 | 自民党 | 71,114票 |
| 新古祐子氏 | 立憲民主党 | 33,147票 |
| 楠本文郎氏 | 共産党 | 19,062票 |
| 高橋秀彰氏 | 諸派 | 6,033票 |
世耕氏との差は30,625票でした。
伸康氏は比例代表との重複立候補もしていましたが、比例復活もできず落選しました。
この選挙は、二階家の政治的後継者をめぐる最初の大きな試練となりました。
2025年:参議院選挙にくら替え出馬
衆院選で敗れた伸康氏は、2025年の参議院選挙に挑戦します。
2025年2月9日、自民党和歌山県連は参議院選挙の和歌山選挙区で伸康氏を推薦する方針を決定しました。
県連の役員らによる候補者選考では、伸康氏が82票、対抗する望月良男氏が46票を獲得。伸康氏が党公認候補として推薦されることになりました。
3月6日には正式に立候補を表明しました。
ところが、7月20日の投開票では、無所属新人の望月良男氏が141,604票を獲得して当選。
二階伸康氏は107,390票で敗れました。
| 候補者 | 党派 | 得票数 |
|---|---|---|
| 望月良男氏 | 無所属 | 141,604票 |
| 二階伸康氏 | 自民党 | 107,390票 |
| 林元政子氏 | 参政党 | 87,328票 |
| 浦平美博氏 | 日本維新の会 | 53,655票 |
| 前久氏 | 共産党 | 29,881票 |
| 末吉亜矢氏 | 無所属 | 15,298票 |
| 本間奈々氏 | NHK党 | 7,000票 |
望月氏との差は34,214票です。
注目すべきなのは、2024年と2025年の2回にわたって、伸康氏が国政選挙で議席を獲得できなかったことです。
衆院選では世耕氏、参院選では望月氏という異なる候補に敗れました。
これは単なる選挙戦術の問題だけではなく、和歌山の政治勢力図や有権者の判断が二階家の後継者構想に大きく影響していることを示しています。
【二階家の政治地盤】なぜ和歌山で後継者問題が注目されるのか
二階俊博氏は、長年にわたり和歌山県を中心に政治活動を続けてきました。
1975年に和歌山県議会議員となり、1983年には衆議院議員に初当選。その後、運輸大臣、経済産業大臣、自民党総務会長、幹事長などを歴任しています。
特に2016年から2021年まで務めた自民党幹事長時代には、党内でも大きな影響力を持つ存在でした。
二階家の政治基盤は個人の知名度だけではない
二階家の政治的な強さを考えるとき、重要なのは地元の政治ネットワークです。
具体的には、次のような要素があります。
- 地元の自治体議員との関係
- 地域の経済団体や各種団体とのつながり
- 長年の選挙活動によって築かれた後援会組織
- 国政での経験を通じて形成された政治的な人脈
こうした基盤は、長年の政治活動を通じて形成されてきたものです。
しかし、地盤があることと、後継候補が選挙で勝てることは別問題です。
2016年の俊樹氏の御坊市長選、2024年の伸康氏の衆院選、2025年の参院選は、その違いを示す事例となりました。
伸康氏が後継者候補になった理由
伸康氏が後継者候補として浮上した大きな理由は、父の公設第一秘書を約10年間務めてきたことです。
政治家の秘書は、選挙区の事情や地元議員との関係、後援会活動、国会議員としての政策活動などを間近で経験する立場です。
伸康氏は、ANAでの勤務を経て2014年から父の秘書となり、二階俊博氏の政治活動を支えてきました。
その経験が、父の引退後に国政へ挑戦する際の基盤になったと考えられます。
ただし、父の後援会や政治ネットワークを引き継ぐことと、有権者から独立した政治家として信頼を得ることは同じではありません。
世襲への評価や政治資金問題への不信感など、候補者本人だけでは解決できない課題もあります。
【2026年最新】二階俊博の息子は現在何をしている?後継者問題の行方
2026年10月現在、二階家の後継者問題は、まだ決着していません。
特に注目されているのが三男・伸康氏の今後です。
伸康氏は2026年も政治活動を続けている?
2026年5月1日付の和歌山県報には、自由民主党和歌山県参議院選挙区第一支部の代表者として、二階伸康氏の名前が掲載されています。
一方、同資料では同支部の政治団体区分について、2026年1月1日付で国会議員関係政治団体以外の政治団体に変更されたことも記録されています。
この記録から分かるのは、伸康氏が2026年にも和歌山の政治組織に関わっているということです。
ただし、国会議員として当選したわけではありません。
2026年の和歌山市長選への出馬説はどうなった?
2026年3月、日刊ゲンダイは、二階伸康氏が和歌山市長選に出馬する可能性をめぐる地元政界の観測を報じました。
2025年の参院選で落選した後、地方選挙への挑戦を期待する声が一部にあったという内容です。
しかし、実際の2026年8月9日投開票の和歌山市長選挙には、伸康氏は立候補していません。
和歌山放送が報じた候補者は、尾﨑太郎氏、浜田真輔氏、芝本和己氏、旅田卓宗氏、片桐章浩氏、幸前青空氏の6人でした。
つまり、2026年の市長選出馬説は、実際の立候補にはつながりませんでした。
二階俊博の後継者は伸康で決まりなのか?
現状では、伸康氏が二階家の政治的後継者として確定したとは言えません。
理由は大きく3つあります。
1つ目は、国政選挙で2回連続して敗れていること。
2024年衆院選、2025年参院選の両方で議席を獲得できませんでした。
2つ目は、世襲への評価が選挙結果に影響すること。
父の知名度や政治的な人脈がある一方で、候補者本人の実績や政策への評価も問われます。
3つ目は、地方政治における新しい勢力との競争です。
2025年参院選では、無所属の望月良男氏が自民党公認の伸康氏を破りました。これは、政党の推薦や政治家一族の知名度だけでは当選が保証されないことを示しています。
今後、伸康氏が再び国政に挑戦するのか、地方政治に軸足を移すのか、それとも政治活動のあり方を変えるのかが注目点です。
【評判と実態】二階俊博の息子たちは世間からどう見られている?
二階家の息子たちに対する評価を考える際、単純に「人気がある」「評判が悪い」と決めつけることはできません。
それぞれ政治との関わり方が違い、公開されている情報の量にも差があります。
長男・俊樹氏については、2016年の御坊市長選での敗北が代表的な出来事です。
次男・直哉氏については、経済産業大臣秘書官としての経歴や、その後の民間活動が報道されていますが、本人の現在の活動を継続的に評価できる公開情報は多くありません。
三男・伸康氏については、2024年と2025年の国政選挙の結果が、政治家としての評価を考える重要な材料になります。
評価する際に注目したい3つのポイント
① 親の知名度と本人の実績を分けて考える
二階俊博氏は長年にわたり国政で活躍してきました。しかし、息子たちの実績はそれぞれ別に評価する必要があります。
② 選挙結果を客観的に見る
選挙では、知名度だけでなく、政策、地域活動、候補者への信頼、対立候補の実績などが結果に影響します。
俊樹氏と伸康氏の選挙結果は、二階家の政治基盤があっても当選が約束されているわけではないことを示しています。
③ 公開情報の少なさを悪評と混同しない
特に次男・直哉氏については、現在の活動や個人的な評判に関する情報が限られています。
情報が少ないこと自体を、問題行動や政治的な評価の根拠にすることはできません。
二階家の息子たちを評価するうえでは、確認できる経歴、実際の選挙結果、本人の公的な活動を分けて見ることが大切です。
【よくある質問】二階俊博の息子に関するFAQ
Q1:二階俊博の息子は何人いますか?
A1:3人です。長男が二階俊樹氏、次男が二階直哉氏、三男が二階伸康氏です。3人とも妻の怜子さんとの間に生まれた息子です。
Q2:二階俊博の息子で後継者とされているのは誰ですか?
A2:三男の二階伸康氏です。父の公設第一秘書を務め、2024年衆院選と2025年参院選に出馬しました。ただし、両選挙とも落選しており、政治的後継者として確定したわけではありません。
Q3:二階俊樹は御坊市長選挙で当選しましたか?
A3:当選していません。2016年5月22日の御坊市長選挙では、現職の柏木征夫氏が9,375票、二階俊樹氏が5,886票を獲得し、柏木氏が当選しました。
Q4:二階直哉の職業は何ですか?
A4:2008年から2009年まで経済産業大臣秘書官を務めた経歴があります。その後は一般社団法人の理事やコンサルティング業に従事していたと報道されています。2026年現在の具体的な勤務先は広く公表されていません。
Q5:二階伸康はANA出身ですか?
A5:はい。青山学院大学法学部を卒業後、全日本空輸(ANA)に勤務しました。その後、2014年9月から父・二階俊博氏の公設第一秘書を務めています。
Q6:二階伸康は2025年の参議院選挙で当選しましたか?
A6:当選していません。2025年7月20日の和歌山県選挙区では、141,604票を獲得した望月良男氏が当選し、二階伸康氏は107,390票で落選しました。
Q7:二階俊博の妻・怜子さんは現在も健在ですか?
A7:怜子さんは2018年12月26日に77歳で亡くなっています。2019年2月には御坊市で偲ぶ会が開かれました。
まとめ:二階俊博の息子3人と2026年の後継者問題
二階俊博氏には、長男・俊樹氏、次男・直哉氏、三男・伸康氏の3人の息子がいます。
それぞれの経歴を振り返ると、政治家の秘書として活動した俊樹氏、経済産業大臣秘書官を経験した直哉氏、ANA勤務から父の公設第一秘書を経て国政選挙に挑戦した伸康氏と、異なる道を歩んできました。
特に注目されるのは、三男・伸康氏の政治的な動向です。
2024年の衆議院選挙では世耕弘成氏に敗れ、2025年の参議院選挙では望月良男氏に敗れました。2026年の和歌山市長選にも出馬していません。
2026年10月現在、二階家の政治的後継者が正式に決まったとは言えず、伸康氏の今後の活動も焦点の一つです。
二階俊博氏が築いた政治地盤を、息子たちがどのように引き継ぐのか。それとも新しい政治勢力へと移っていくのか。
これからの二階家を理解するには、親子関係や家系図だけでなく、実際の選挙結果と地元・和歌山の政治情勢をあわせて見ていく必要があります。