四十住さくらの現在は?東京五輪金メダルからパリ五輪10位、2026年の挑戦を徹底解説

目次

四十住さくら(よそずみ・さくら)選手は、2021年の東京オリンピックでスケートボード女子パークの初代金メダリストとなった日本を代表するプロスケートボーダーだ。2002年3月15日生まれ、和歌山県岩出市出身。2026年10月現在は24歳で、第一生命所属の選手として競技活動を続けている。

東京五輪での金メダル獲得後、パリ五輪では予選敗退の10位に終わり、さらに2023年に負った右膝の後十字靭帯断裂という大怪我にも苦しんだ。競技から約2カ月間完全に離れた時期もあったが、2025年のX Games大阪大会では銀メダルを獲得。2026年7月にはX Games千葉大会でテレビ初のスケートボード解説にも挑戦した。挫折を経て変化した競技への向き合い方と、次世代の育成に向けた新たな目標が注目されている。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • プロフィール:四十住さくらは「よそずみ・さくら」と読み、2002年3月15日生まれ。和歌山県岩出市出身の女子パーク選手。
  • 五輪の実績:東京2020で女子パーク初代金メダリストに輝いた一方、パリ2024では右膝の大怪我を乗り越えて出場し、10位で予選敗退。
  • 怪我からの再出発:パリ五輪後には約2カ月間競技から離れたが、子どもたちとの交流をきっかけに復帰。
  • 2025年の実績:X Games大阪大会の女子パークで銀メダルを獲得。
  • 2026年の活動:X Games千葉大会でテレビ初のスケートボード解説を担当し、競技者以外の立場にも活動を広げた。
  • 今後の目標:自身の競技活動に加え、次世代のスケーターを支え、新しい競技文化を築くことにも意欲を示している。

【プロフィール】四十住さくらの読み方・年齢・出身地・所属先を総まとめ

四十住さくら

四十住さくら選手の名前は、初見では読み方が難しい名字の一つだ。正しい読み方は「よそずみ・さくら」。女子スケートボードのパーク種目で世界的な実績を持ち、東京五輪の金メダリストとして知られている。

生年月日と基本プロフィール

四十住さくら

2026年10月30日現在、24歳。生まれ育った和歌山県岩出市は、彼女の競技人生を語るうえで欠かせない場所でもある。

  • 名前:四十住さくら(よそずみ・さくら)
  • 生年月日:2002年3月15日
  • 年齢:24歳(2026年10月現在)
  • 出身地:和歌山県岩出市
  • 競技:スケートボード・パーク
  • 所属:第一生命保険
  • 主な実績:東京2020オリンピック女子パーク金メダル、X Games大阪2025女子パーク銀メダル

生年月日と五輪成績は日本オリンピック委員会(JOC)の選手プロフィールにも掲載されている。出身地や競技歴については所属マネジメント事務所のプロフィールでも紹介されている。

所属先は第一生命。2023年に所属契約を締結

四十住さくら

四十住選手は2023年5月、第一生命保険との所属契約を発表した。同社は、競技を通じて世界に挑戦したいという本人の意向と、スケートボードを幅広い人々に普及させたいという思いに共感し、支援を決めた。

第一生命の公式プロフィールでは、2018年の世界選手権とアジア大会での金メダル、東京五輪での金メダル、2022年X Games千葉大会での優勝、2025年X Games大阪大会での銀メダルなどが紹介されている。

所属契約は単なるスポンサー関係にとどまらない。競技者としての挑戦を支えると同時に、スケートボードの魅力を広める活動を後押しする役割も担っている。

【検証資料 1】四十住さくらの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【経歴・年表】兄の影響で始めたスケートボードから東京五輪金メダルへ

四十住さくら選手がスケートボードを始めたのは小学6年生の夏ごろ。競技を始めるきっかけとなったのは、13歳年上の兄だった。

兄がスケートボードを楽しむ姿を見て、自分も一緒に滑りたいと思ったことが原点だ。当初は競技者を目指していたわけではなく、身近な家族と遊ぶことが出発点だった。

2018年、国内外の主要大会で一気に頭角を現す

本格的に競技へ取り組むようになると、上達のスピードは速かった。2016年には全日本アマチュアのレディース部門で優勝。2017年以降は海外大会にも活動の場を広げ、2018年には日本選手権、アジア競技大会、世界選手権で優勝を重ねた。

同年のX Gamesミネアポリス大会でも銅メダルを獲得。国際舞台で実力を証明し、東京五輪でのメダル候補として注目を集める存在になった。

四十住さくらの主な競技経歴と転換点

時期 出来事・大会 主な実績・意味
小学6年生 スケートボードを開始 13歳年上の兄の影響で競技に出会う
2016年 全日本アマチュア大会 レディース部門で優勝
2018年 日本選手権・アジア大会 女子パークで優勝
2018年 X Gamesミネアポリス 銅メダル獲得
2018年 世界選手権・南京 金メダル獲得
2021年 東京2020オリンピック 女子パーク初代金メダリスト
2022年 X Games千葉 女子パーク優勝
2023年5月 右膝後十字靭帯断裂 長期離脱を余儀なくされる
2024年8月 パリ2024オリンピック 女子パーク10位、予選敗退
2025年6月 X Games大阪 女子パーク銀メダル
2026年7月5日 X Games千葉 テレビで初のスケートボード解説を担当

特筆すべきは、競技歴が比較的短い段階で世界の頂点に到達したことだ。幼少期から競技を続ける選手が多いスケートボード界で、小学6年生から始めて世界選手権や五輪を制した経歴は異例ともいえる。

東京五輪で見せた大技540

四十住選手の名前を世界に知らしめた最大の舞台が、2021年の東京2020オリンピックだった。

女子パークでは、複雑な形状のコースを利用しながらジャンプや回転技を組み合わせ、技の難度や完成度を競う。四十住選手は一回転半に相当する540(ファイブフォーティー)を武器に、圧倒的な演技を披露した。

東京大会はスケートボードがオリンピックの正式競技として初めて採用された大会でもある。その女子パークで初代金メダリストとなったことは、日本のスケートボード史に残る快挙だった。

金メダル獲得後は、競技関係者だけでなく一般の人々からも声をかけられるようになったという。東京都の公式メディアによる2026年のインタビューでも、本人は五輪の影響力を後から実感したと振り返っている。

【怪我と挫折】右膝の後十字靭帯断裂からパリ五輪10位、競技を離れた2カ月

東京五輪で頂点に立った四十住選手だが、その後の道のりは決して順調ではなかった。大きな転機となったのが、2023年5月に負った右膝の後十字靭帯断裂だった。

2023年5月の大怪我で約半年間スケートボードができない状態に

後十字靭帯は膝関節を安定させる重要な靭帯の一つ。ジャンプや着地、急激な方向転換が繰り返されるスケートボードでは、膝の安定性が競技パフォーマンスに直結する。

四十住選手はこの怪我によって約半年間、十分に滑ることができなくなった。本人も当時の状況について、技の精度を取り戻せるのか、再び大会に出られるのかという不安があったと振り返っている。

パリ五輪の出場権を争う重要な時期に長期間の離脱を強いられたことは、競技人生における大きな試練だった。

また、怪我からの復帰にあたっては、従来の練習方法にも変化が生まれた。以前は長時間滑り続ける練習が中心だったが、復帰後は身体の状態を考慮し、トレーニングを組み合わせるようになった。

本人はヴァンズのインタビューで、以前は8時間滑っていた練習を、2時間程度に集中して取り組む形に変えたことも明かしている。単純な練習量ではなく、身体の状態と技の完成度を意識する方向への転換だった。

パリ五輪は10位で予選敗退。東京五輪連覇はならず

怪我から復帰した四十住選手は、2024年8月のパリ2024オリンピックに出場した。

しかし、結果は女子パーク10位で予選敗退。東京大会の金メダリストとして連覇を目指していたが、決勝進出には届かなかった。

JOCの公式競技結果でも、女子パークの最終順位は10位、記録は予選敗退と記載されている。

この結果を理解するうえで重要なのは、単に東京五輪から順位を落としたという点だけではない。怪我による約半年のブランク、技の精度を戻す難しさ、競技レベルの上昇、若い選手たちの台頭など、複数の要素が重なっていた。

特に女子パークは10代の有力選手が多く、世界の競技水準が急速に上がっている。東京五輪で金メダルを獲得した実績があっても、次の大会で同じ結果を得られるとは限らない厳しい世界だ。

パリ五輪後、約2カ月間ボードから完全に離れた理由

パリ五輪での予選敗退は、四十住選手の心にも大きな影響を与えた。

2026年8月5日公開の東京都公式メディア「TOKYO UPDATES」のインタビューによると、本人は3年間努力してきたことが報われなかったという思いから、強く落ち込んだという。

そして、パリ大会で使用したスケートボードを人に譲り、約2カ月間、競技から完全に離れることを選んだ。

この期間は、単なる休養ではなかった。家族に連れられて旅行へ出かけたり、人生で初めてカラオケに行ったりと、それまで競技中心だった生活から少し距離を置いた。

東京都のインタビューでは、当時の心境を次のように振り返っている。

「結果が全てじゃないんだって気づかされました」

転機となったのは、長野県で開催された子ども向けのスケートボードイベントだった。普段から世話になっていたパークのオーナーから誘われ、滑るかどうかも決めないまま会場を訪れた。

そこで待っていたのは、結果や順位に関係なく、四十住選手と一緒に滑りたいと集まってくる子どもたちだった。

金メダリストだから応援するのではなく、スケートボードを楽しむ一人の選手として一緒に過ごしたい。そんな子どもたちとの交流が、彼女の気持ちを変えていった。

この出来事によって、スケートボードを始めたころの純粋な楽しさを思い出し、再び競技に向き合う気持ちが生まれたという。

なお、約半年間滑れなかったのは2023年の怪我による離脱であり、約2カ月間競技から離れたのは2024年パリ五輪後の精神的な休養である。この2つは時期も理由も異なる。

【検証資料 2】四十住さくらの活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【2026年最新】四十住さくらの現在は?X Games大阪銀メダルと千葉大会初解説

2026年現在の四十住さくら選手は、競技生活を続けながら、スケートボードの魅力を伝える活動にも取り組んでいる。

2025年にはX Games大阪大会で銀メダルを獲得。さらに2026年には、同大会の千葉大会でテレビ初のスケートボード解説を担当した。東京五輪の金メダリストが、競技者としてだけでなく、競技を伝える側にも活動を広げたことは注目すべき変化だ。

2025年X Games大阪大会で女子パーク銀メダル

2025年6月22日、大阪市の京セラドーム大阪で開催されたX Games大阪大会の女子パーク決勝で、四十住選手は2位となり銀メダルを獲得した。

優勝はパリ五輪金メダリストのアリサ・トルー(オーストラリア)。3位には草木ひなの選手、4位には開心那選手が入った。

この結果は、東京五輪後の苦しい時期を経て、世界トップレベルの大会で再び表彰台に立ったことを示すものだ。

2025年4月の大会記者会見では、地元に近い大阪で開催されることへの思いと、再び金メダルを目指す意欲を語っていた。実際の結果は銀メダルだったが、世界の強豪と競い合い、上位に食い込む実力を改めて示した。

2026年7月、X Games千葉大会でテレビ初解説

2026年7月4日・5日に幕張メッセで開催されたX Games CHIBA 2026では、四十住選手が新たな役割に挑戦した。

大会公式の7月1日付発表によると、7月5日の放送でゲスト解説を担当。テレビでスケートボードの解説をするのは今回が初めてだった。

放送では男子ストリートを中心に、競技者として培った知識や経験を伝える立場を務めた。日テレジータスの番組情報にも、東京五輪金メダリストの四十住さくらがゲスト解説として出演することが記載されている。

これまで自ら技を披露して勝負してきた選手が、今度は技の難しさや競技の魅力を視聴者に伝える側に回ったことは、キャリアの新しい展開といえる。

解説の経験は、今後の競技活動にも意味を持つ可能性がある。自分の技術を言葉にすることは、技の構造や選手の判断を改めて理解する機会にもなるからだ。

2026年現在も競技を継続。練習と日常のバランスを重視

東京都の2026年8月のインタビューでは、四十住選手は毎日約4時間の集中した練習を続けていると紹介されている。

一方で、家族とカラオケに行ったり、友人と食事をしたりする時間も大切にしているという。

かつては競技のために生活の大部分を費やしていたが、怪我や五輪での挫折を経て、身体だけでなく気持ちの状態も大切にするようになった。

2026年5月12日に公開された第一生命グループの公式対談でも、四十住選手は怪我や敗戦で気持ちが落ち込むことはあるものの、その経験を通じて初心に戻ることができると話している。

したがって、2026年の彼女を単純に「五輪金メダリストの復活」とだけ捉えるのは十分ではない。競技者としての再挑戦と、次世代に競技をつなぐ新しい役割を並行して模索している段階にある。

【家族・兄の支え】四十住さくらを世界一に導いた環境と次世代への思い

四十住選手の競技人生を理解するうえで、家族の存在は非常に大きい。

特に兄の影響でスケートボードを始め、両親の協力によって練習環境を確保できたことが、世界の舞台に進む土台になった。

13歳年上の兄がスケートボードを始めるきっかけ

四十住選手の兄は本人より13歳年上。兄がスケートボードで遊ぶ姿を見て、自分も一緒に滑りたいと思ったことが始まりだった。

東京都の公式インタビューでは、兄と滑りたいという気持ちからボードを手にした当時の様子が紹介されている。最初は誰かに手をつないでもらったり、つかまったりしながら乗っていたが、練習を続けるうちに自分で滑れるようになった。

兄の存在は競技への入口だっただけではない。2026年5月の第一生命グループの対談では、家族が競技を続けるかどうか話し合った際、兄が「いけるとこまで応援したれよ」と後押ししたエピソードも語られている。

両親の協力が支えた厳しい練習生活

当初、両親は娘がスケートボードに夢中になることに反対していた。怪我への心配に加え、当時は女の子がスケートボードをすることに対する理解も十分ではなかったためだ。

しかし、四十住選手の意志は固かった。中学校入学前の家族会議で、遊びではなく本気で日本一を目指す覚悟を伝えたことが、家族の協力を得る転機となった。

その後は母親が車を運転し、三重県や兵庫県などのスケートパークへ練習に連れていった。学校や塾の勉強を終えてから遠方のパークへ向かい、夜遅くまで練習する生活が続いた。

父親も遠征費を支えるために働き、家族全員が競技を支える体制を築いていた。

2026年5月の第一生命グループの対談では、四十住選手自身が、普段から母親と一緒に行動し、良いことも悪いこともすべて話していると明かしている。

東京五輪の金メダルは本人の努力だけでなく、家族の長年の支援によって実現したものでもある。

次世代の育成に力を入れる理由

四十住選手が現在大切にしているテーマの一つが、次世代のスケーターたちへの支援だ。

パリ五輪後に競技から離れていた際、自分を再びスケートボードへ戻してくれたのは子どもたちだった。その経験は、競技に対する考え方を大きく変えた。

第一生命グループの公式対談では、本人は女子スケーターの中で年上や同年代の選手が少なく、先輩の姿を参考にできる機会が限られていると語っている。そのため、自分が新しい道を切り開き、次の世代に選択肢を示したいという考えを持つようになった。

特に印象的なのは、後輩たちから自分も技術を学び、刺激を受けているという点だ。教える側と教わる側を固定せず、互いに成長できる関係を築こうとしている。

東京都のインタビューでは、次世代の選手に向けて、誰かの真似ではなく、自分にしかできないオリジナルの技を開発してほしいという考えも示している。

これは単に若手を育てたいという話にとどまらない。スケートボードを競技成績だけで評価するのではなく、個人のスタイルや創造性を大切にするカルチャーとして発展させたいという思いが込められている。

【検証資料 3】四十住さくらに関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【プロの結論】四十住さくらの本当の強さは金メダルの先にある

四十住さくら選手の競技人生を振り返ると、東京五輪の金メダルだけでは説明できない変化が見えてくる。

小学6年生から始めた競技で世界一になり、右膝の大怪我を経験し、パリ五輪で予選敗退。その後は約2カ月間ボードから離れ、子どもたちとの交流を通じて再び競技への情熱を取り戻した。

そして2025年にはX Games大阪大会で銀メダルを獲得し、2026年にはテレビ初解説を担当した。

この歩みから読み取れる重要なポイントは、トップアスリートのキャリアは、競技成績だけで一直線に評価できるものではないということだ。

① 怪我を経て練習の質を見直した

長時間滑ることを中心としていた練習から、身体の状態を考えたトレーニングへと変化した。競技を長く続けるには、技術だけでなく身体の管理や休養も欠かせない。

② 五輪の結果だけに依存しない競技人生へ

パリ五輪の10位という結果は、東京五輪の金メダルと比較すれば厳しいものだった。しかし、その経験を通じて、勝敗以外にもスケートボードを続ける理由があることに気づいた。

③ 選手から次世代を支える存在へ

2026年の初解説は、競技者として培った経験を視聴者や後輩に伝える新しい機会になった。競技を続けながら、次世代に影響を与える役割も担うことは、日本の女子スケートボード界にとっても意味がある。

また、競技の普及には選手個人の活躍だけでなく、練習場所やスクール、地域の受け入れ環境も必要だ。四十住選手自身も東京都のインタビューで、正式に許可を得て滑れる場所を街の中にも増やしてほしいという期待を語っている。

金メダリストの経験を次の世代へつなげるには、技術を教えることだけでなく、安心して競技を始められる環境を整えることも重要になる。

【よくある質問】四十住さくらの現在・年齢・家族・競技に関するFAQ

Q1:四十住さくらの読み方は?
A1:正しくは「よそずみ・さくら」。四十住という名字は珍しく、読み方を検索する人も多い。

Q2:四十住さくらは2026年現在何歳?
A2:2002年3月15日生まれの24歳。2026年10月30日時点で24歳となっている。

Q3:四十住さくらの出身地はどこ?
A3:和歌山県岩出市。兄の影響で小学6年生のときにスケートボードを始めた。

Q4:東京五輪では何のメダルを獲得した?
A4:2021年の東京2020オリンピック、スケートボード女子パークで金メダルを獲得した。女子パークの初代オリンピック金メダリストである。

Q5:パリ五輪で予選敗退した理由は?
A5:最終順位は10位。2023年5月の右膝後十字靭帯断裂による長期離脱や、復帰後の技の精度の回復などが競技に影響した。競技レベルの上昇や若手選手の台頭も背景にある。

Q6:怪我から復帰するまで何カ月かかった?
A6:2023年の怪我では約半年間滑れない時期があった。その後復帰してパリ五輪に出場している。なお、パリ五輪後には別に約2カ月間、競技から完全に離れた時期があった。

Q7:2025年のX Games大阪大会の結果は?
A7:2025年6月22日の女子パーク決勝で2位となり、銀メダルを獲得した。

Q8:2026年のX Games千葉大会では何をした?
A8:2026年7月5日に開催されたX Games CHIBA 2026で、テレビ初のスケートボード解説を担当した。ゲスト解説として男子ストリートの競技を伝えた。

Q9:四十住さくらの兄はどんな人?
A9:13歳年上の兄で、四十住選手がスケートボードを始めるきっかけを作った人物。家族会議の際にも競技継続を後押ししたエピソードが紹介されている。

Q10:四十住さくらは引退した?
A10:2026年10月現在、引退したという公式発表は確認されていない。2025年のX Games大阪大会で銀メダルを獲得し、2026年にはX Games千葉大会で解説も担当している。競技活動と普及活動の両面で歩みを続けている。

まとめ:四十住さくらは挫折を乗り越え、新しいスケートボード人生へ

四十住さくら選手は、2002年3月15日生まれ、和歌山県岩出市出身のスケートボード女子パーク選手。兄の影響で小学6年生から競技を始め、2018年には世界選手権やアジア大会を制覇。2021年の東京五輪では女子パーク初代金メダリストに輝いた。

一方、2023年の右膝後十字靭帯断裂、2024年パリ五輪での10位という結果は、輝かしい実績の裏にある厳しい現実を浮き彫りにした。約2カ月間競技から離れた時期を経て、子どもたちとの交流から再び滑る楽しさを取り戻したことも、大きな転換点だった。

2025年のX Games大阪大会での銀メダル、2026年のX Games千葉大会でのテレビ初解説は、その後の歩みを象徴している。

現在の四十住選手にとって、目指すものは単に次の大会で勝つことだけではない。自分だけの滑りを追求しながら、若い選手たちが新しい技やスタイルに挑戦できる環境をつくることにも目を向けている。

東京五輪の金メダルは彼女のキャリアにおける大きな到達点だった。しかし、パリ五輪の挫折を経た2026年の姿からは、その金メダルを過去の栄光にせず、新たな挑戦の出発点に変えようとする意志が伝わってくる。

四十住さくらの現在を知るうえで注目すべきなのは、過去の金メダルだけではない。競技を楽しむ原点を取り戻し、次の世代に何を残していくのかという、これからの活動そのものだ。

主な参照資料: JOCの選手プロフィール・五輪公式競技結果、東京都「TOKYO UPDATES」(2026年8月5日)、第一生命グループ公式対談(2026年5月12日)、X Games公式発表(2026年7月1日)、第一生命の所属選手紹介、ヴァンズ公式インタビュー。