はなしょーの解散理由は?THE W準優勝から2026年最新の2人の現在まで徹底解説

目次

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お笑いコンビ「はなしょー」は、杵渕はなと山田しょうこの2人によって2012年に結成された女性お笑いコンビです。独特の乙女コントで注目を集め、2019年には「女芸人No.1決定戦 THE W」で準優勝。2020年にはワタナベお笑いNo.1決定戦でも優勝を果たしました。しかし、人気と実績を積み重ねるなか、2022年4月6日に突然の解散を発表しています。

気になるのは、なぜ解散したのか、2人の仲に何があったのかという点でしょう。さらに2026年10月には、杵渕はなが改名後に活動していたコンビ「ぷぅ」も解散を発表。山田しょうこは「承子クラーケン」として独自の芸風を確立しています。現在の2人はどのような活動を続けているのでしょうか。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

- 結成と実績: 2012年にワタナベコメディスクール17期生として結成。2019年のTHE Wで準優勝。
- 解散理由: 2022年4月6日に解散を発表。公式発表では具体的な理由は明かされていないが、後年の発信には創作面での衝突を示す情報がある。
- 2026年最新情報: 杵渕はなは「ぷぅ」の解散後も芸人活動を継続。山田しょうこは承子クラーケンとしてフリーで活動中。

【まず結論】はなしょーは2022年4月6日に解散!2人のプロフィールと現在

はなしょ ー

はなしょーは、杵渕はなと山田しょうこの2人からなる女性お笑いコンビです。ワタナベエンターテインメントに所属し、コントを中心に活動していました。

コンビとしての活動期間は2012年から2022年まで。約10年間にわたって舞台やテレビ番組に出演し、女芸人の賞レースでも実績を残しました。

2人の基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。

項目 杵渕はな 山田しょうこ
コンビ時代の芸名 杵渕はな 山田しょうこ
現在の芸名 ぷぅのはな(2026年10月時点) 承子クラーケン
生年月日 1993年5月24日 1987年6月11日
出身地 埼玉県 埼玉県
養成所 ワタナベコメディスクール17期 ワタナベコメディスクール17期
コンビ解散後 ピン芸人・別コンビで活動 フリーのピン芸人
2026年の状況 ぷぅ解散後も芸人活動を継続 個人名義でライブなどに出演

2人は2022年4月6日、それぞれのSNSを通じて解散を報告しました。

杵渕はなは、今後について「2人別々で芸人を続けていく」という趣旨を伝え、山田しょうこも芸人活動を継続することを明らかにしています。

ここで押さえておきたいのは、はなしょーの解散は2人の芸人引退を意味するものではなかったという点です。

2026年現在も、それぞれ異なる芸名とスタイルで活動を続けています。さらに杵渕はなについては、2026年10月28日に新たなコンビの解散という動きもありました。

【結成からブレイクまで】ワタナベコメディスクール17期生が生んだ乙女コント

はなしょ ー

はなしょーの結成は2012年

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はなしょーが結成されたのは2012年です。

2人はワタナベコメディスクール17期生として出会いました。養成所で経験を積むなかでコンビを結成し、女性芸人としての活動をスタートさせます。

コンビ名は、2人の名前である「はな」と「しょうこ」を組み合わせたものです。

杵渕はなは1993年生まれ、山田しょうこは1987年生まれ。年齢は約6歳離れていますが、同じ養成所で芸人としての基礎を学び、コンビとして成長していきました。

独自の持ち味は「乙女コント」

はなしょーを語るうえで欠かせないのが、女性の心理を題材にしたコントです。

特に「乙女コント」と呼ばれるスタイルでは、女子学生の恋愛や友人関係、嫉妬、勘違いといった身近な感情をコミカルに表現していました。

単純に女性らしさを強調するだけではなく、思春期特有の繊細さや、本人にとっては深刻でも周囲から見ると滑稽な感情を笑いに変える点が特徴でした。

ネタ作りでは杵渕はなが中心的な役割を担い、山田しょうこが内容を調整する形で完成させていたと紹介されています。

こうした役割分担が、2人ならではの掛け合いにつながっていました。

2015年「おもしろ荘」出演で知名度が上昇

2015年には、日本テレビ系の「ぐるぐるナインティナイン おもしろ荘」に出演。

若手芸人が注目を集めるきっかけとなる番組への出演によって、はなしょーの知名度も上昇しました。

その後、テレビ出演やライブ活動を重ね、2017年には「女芸人No.1決定戦 THE W」の決勝に進出します。

養成所時代から積み上げてきたコントの実力が、全国的な舞台で認められるようになった時期です。

【実績と年表】THE W 2019準優勝から解散、2026年最新情報まで

はなしょーの活動を時系列で整理すると、コンビとしての成長と解散後の方向転換がよく分かります。

年月 出来事 内容・意味
2012年 はなしょー結成 ワタナベコメディスクール17期生として活動開始
2015年 おもしろ荘出演 テレビを通じて知名度が上昇
2017年 THE W決勝進出 初の決勝進出
2019年12月 THE W準優勝 3時のヒロインと最終決戦で対戦
2020年2月 ワタナベお笑いNo.1決定戦優勝 115組が参加した大会で初優勝
2021年 THE W準決勝進出 コンビとして賞レースに挑戦
2022年4月6日 はなしょー解散 それぞれ芸人活動を継続
2024年4月 はなが太田プロへ移籍 芸名を「はな」に変更
2025年7月 承子クラーケンがMXグランプリ7月ラウンド優勝 ピン芸人として注目を集める
2026年10月28日 ぷぅ解散発表 はなは芸名を当面「ぷぅのはな」として活動継続

THE W 2019では3時のヒロインと優勝を争う

はなしょー最大の実績といえるのが、2019年の「女芸人No.1決定戦 THE W」準優勝です。

同大会では、627組のエントリーから選ばれた決勝進出者がA・Bブロックに分かれて対戦しました。

はなしょーはBブロックで、おかずクラブ、阿佐ヶ谷姉妹、つぼみ大革命、紺野ぶるまらを破り、最終決戦へ進出。

決勝では嫁姑を題材にしたコントなどを披露し、強い存在感を見せました。

しかし、最終決戦で対戦した3時のヒロインに6対1で敗れ、惜しくも準優勝となります。

優勝には届かなかったものの、決勝まで勝ち上がった実力は大きな評価を受けました。

2020年には所属事務所の大会で優勝

THE W準優勝の翌年、2020年2月17日には「ワタナベお笑いNo.1決定戦2020」で優勝。

参加した115組の頂点に立ち、賞金100万円を獲得しました。

決勝では嫁姑問題をテーマにしたネタを披露し、GパンパンダやAマッソらを破っています。

THE Wでの準優勝に続いて事務所内の大会でも頂点に立ったことから、はなしょーは実力派女性コンビとして存在感を高めました。

お笑いナタリーや日刊スポーツの当時の報道にも、2017年のTHE W決勝進出、2019年の準優勝、2020年の事務所大会優勝という実績が記録されています。

【解散理由を検証】なぜ順調だったはなしょーは別々の道を選んだのか

2022年4月6日に突然の解散発表

2022年4月6日、杵渕はなと山田しょうこは、それぞれのSNSでコンビ解散を発表しました。

杵渕は、応援してくれたファンや関係者への感謝を伝えたうえで、これからは別々に芸人を続けていくと説明。

山田も解散を報告し、今後も2人それぞれの活動を応援してほしいという趣旨のメッセージを発信しました。

この発表では、解散に至った具体的な理由や、どちらが解散を切り出したのかといった詳細は公表されていません。

後年の発信から見えてくる創作面のすれ違い

一方、解散後の山田しょうこの活動や発言に関連する情報をたどると、コンビ時代の方向性について考える手掛かりがあります。

2023年3月に配信された音声番組「大久保健の承子クラーケンに聞こう」では、はなしょーの解散までの経緯が話題として取り上げられました。

番組の紹介文には、コロナ禍を経て芽生えたお笑いへの自我や、相方との衝突、ピン芸人になって芸風が大きく変化したことなどが記されています。

この内容からは、単純な仕事上の事情だけでなく、芸人として表現したいことや創作方針の違いも背景にあったことがうかがえます。

ただし、番組紹介文は2022年の解散発表に添えられた公式説明ではありません。解散理由を一つに限定して断定することはできません。

「THE W準優勝なのになぜ解散?」という疑問の答え

賞レースで結果を残したコンビが、その後も必ず同じ形で活動を続けられるわけではありません。

はなしょーの場合、THE W準優勝や事務所大会優勝という実績があっても、2人が芸人として目指す方向や表現したい笑いが変化していた可能性があります。

特にコントは、ネタの発想や演出、役割分担など、コンビ内で共有する創作上の価値観が重要になるジャンルです。

一方が新しい表現を追求したいと考え、もう一方が異なる方向を望めば、過去に大きな実績を残していてもコンビとしての継続が難しくなることはあります。

はなしょーの解散は、賞レースの結果だけでは芸人同士の関係や活動の方向性を説明できない事例といえます。

【杵渕はなの現在】「はな」に改名、ぷぅ解散後の2026年最新活動

2022年の解散後はピン芸人として活動

はなしょー解散後、杵渕はなはピン芸人として活動を続けました。

コンビ時代からネタ作りを担い、歌唱力や身体表現なども持ち味としていた人物です。

2022年以降は、コンビ時代とは異なる形で自身の個性を生かす道を進みました。

2024年4月に太田プロへ移籍、芸名を「はな」に変更

2024年4月には大きな転機が訪れます。

杵渕はなは、太田プロダクションへの移籍を発表しました。

新たな活動の場となったのは、お笑いコンビ「ぷぅ」です。相方はエブリデイ竹内で、2人はコンビとして活動することになりました。

このタイミングで芸名も変更されています。

従来の「杵渕はな」から、シンプルな「はな」へと改名。TBS NEWS DIGの2024年4月10日の報道によると、本人は読みやすさを理由に挙げていました。

ワタナベエンターテインメントから太田プロダクションへの移籍も含め、芸人として新しいスタートを切った時期です。

2026年10月28日、コンビ「ぷぅ」も解散を発表

そして2026年10月28日、再び大きなニュースが発表されました。

エブリデイ竹内とはなによる男女コンビ「ぷぅ」が解散を発表したのです。

日刊スポーツの報道によると、エブリデイ竹内は解散の理由について、現状のままでは売れないかもしれないと考えたことが大きかったと説明。自身から解散を提案し、はなに受け入れてもらったと明かしました。

一方、はなもSNSで解散を報告しています。

2人はユニット期間を含めた約4年間の活動を振り返り、互いへの感謝を伝えました。今後についても、芸人活動を続ける意向を示しています。

今回の解散については、少なくとも公表された説明から、はなしょー解散時とは異なる経緯が読み取れます。

2026年10月現在の芸名は「ぷぅのはな」

もう一つ注目したいのが、はなの芸名です。

2026年10月28日の解散報告では、本人が芸名「ぷぅのはな」をしばらく変更せずに活動する意向を示しています。

その理由は、R-1グランプリにすでにその名前でエントリーしていたためです。

つまり、芸名の変更を含めた新しい活動方針は、今後の展開を待つ段階にあります。

2026年10月31日時点で整理すると、次のとおりです。

- 元はなしょーの杵渕はな。
- 2024年に「はな」へ改名し、太田プロに移籍。
- エブリデイ竹内と「ぷぅ」として活動。
- 2026年10月28日にぷぅの解散を発表。
- 当面は「ぷぅのはな」の芸名を維持して芸人活動を継続。
- 最後のコンビ出演は11月9日の事務所ライブを予定。

はなしょー、ぷぅと2度のコンビ解散を経験しながらも、芸人としての活動を続ける姿勢が印象的です。

【山田しょうこの現在】承子クラーケンに改名!フリー芸人として独自路線へ

解散後に芸名を承子クラーケンへ変更

山田しょうこも、はなしょー解散後に活動スタイルを大きく変えました。

現在の芸名は「承子クラーケン(しょうこクラーケン)」です。

かつての山田しょうこを知る人にとっては、かなりインパクトのある改名でしょう。

コンビ時代の落ち着いた印象とは異なり、個性的なキャラクターと強烈な表現を前面に押し出すピン芸人へと変化しています。

2025年7月のデイリースポーツの記事では、サイドを刈り上げた金髪スタイルや、女子プロレスラーを思わせるビジュアル、変顔を交えたパワー系のネタが紹介されました。

以前のはなしょーとは異なる方向性を打ち出していることが分かります。

2025年「MXグランプリ」で7月ラウンド優勝

承子クラーケンの活動で注目されたのが、TOKYO MXの「MXグランプリ~異端芸人決定戦~」です。

2025年7月27日に放送された7月ラウンドで優勝し、決勝進出を果たしました。

ケンドーコバヤシがMCを務める同番組は、個性的な芸人たちがネタやキャラクターで競い合う企画です。

承子クラーケンは、その独自の存在感で結果を残しました。

ただし、ここで注意したいのは、優勝したのは7月ラウンドであり、MXグランプリ全体の優勝者ではないという点です。

TOKYO MXの公式大会結果によると、2025年9月6日の決勝ラウンドで優勝したのは池城どんぐしでした。

この区別は、検索結果や記事の見出しだけを見た場合に混同しやすいポイントです。

2026年もフリーのピン芸人としてライブ活動

2026年現在、承子クラーケンはフリーのお笑い芸人として活動しています。

本人のnoteでは、2026年9月28日に10月・11月の出演予定を公開。

10月30日には、自身が主催するライブ「どうして会議室で血が流れるんだ!」の開催を告知していました。

ほかにも寄席やネタライブ、大喜利企画など、さまざまな舞台への出演予定が掲載されています。

さらに11月の予定にはR-1グランプリの一回戦に関する記載もあり、ピン芸人として新たな挑戦を続けている様子がうかがえます。

コンビ時代の「山田しょうこ」と、現在の「承子クラーケン」は、同じ人物でありながら表現の方向性が大きく異なります。

過去の知名度だけに頼るのではなく、自分の個性を前面に出した活動を続けている点が特徴です。

【プロの結論】はなしょーの解散から見える2人の芸人人生と今後

はなしょーの歩みを振り返ると、2012年の結成から2022年の解散まで、決して平坦ではない10年間だったことが分かります。

2019年のTHE W準優勝、2020年のワタナベお笑いNo.1決定戦優勝という実績は、現在も2人のキャリアを語るうえで欠かせません。

しかし、2022年の解散後、2人はそれぞれ異なる道を選びました。

杵渕はなは「はな」への改名や事務所移籍を経験し、ぷぅでの活動を経て、2026年10月には再びピンでの活動に向かう転機を迎えています。

一方、山田しょうこは「承子クラーケン」として、コンビ時代とは大きく異なる芸風を確立。個人の表現力を生かした活動を続けています。

芸人のキャリアを評価するとき、賞レースの順位だけを見るのでは十分ではありません。

重要なのは、過去の成功をどう生かし、環境や表現したい笑いの変化にどう対応するかという点です。

はなしょーの2人は、コンビとしての成功をそれぞれの個人活動につなげてきました。

2026年の最新情報を追う際には、次の3点を押さえておくと情報を整理しやすくなります。

- 過去のコンビ名と現在の芸名を区別する: 杵渕はなは「はな」、2026年10月時点では「ぷぅのはな」。山田しょうこは「承子クラーケン」。
- 解散理由と本人の活動状況を混同しない: はなしょーの解散理由は公式発表で特定されていない。
- 賞レースの結果は大会公式情報で確認する: 承子クラーケンのMXグランプリ7月ラウンド優勝と、決勝大会の優勝は別の結果。

2人が再び同じコンビを組むかどうかについて、具体的な発表はありません。

ただ、はなしょーというコンビが残した実績と、解散後も芸人として挑戦を続ける2人の姿は、それぞれの現在の活動にもつながっています。

はなしょーに関するよくある質問(FAQ)

Q1:はなしょーの解散理由は不仲だったからですか?

A1:2022年4月6日の公式発表では、不仲が原因とは説明されていません。後年の山田しょうこの出演番組では、相方との衝突や創作面での葛藤が話題になっていますが、解散理由を単純に不仲だけで説明することはできません。

Q2:はなしょーの杵渕はなは現在何をしていますか?

A2:2024年に芸名を「はな」に変更し、太田プロダクションへ移籍しました。その後、エブリデイ竹内とのコンビ「ぷぅ」で活動しましたが、2026年10月28日に解散を発表。現在は「ぷぅのはな」の芸名を当面維持し、芸人活動を続ける意向です。

Q3:山田しょうこの現在の芸名は何ですか?

A3:現在は「承子クラーケン」という芸名で活動しています。フリーのピン芸人として、個性的なキャラクターやパワー系のネタを披露し、ライブや賞レースにも挑戦しています。

Q4:はなしょーはTHE Wで優勝したことがありますか?

A4:THE Wで優勝したことはありません。2019年大会で準優勝し、最終決戦では3時のヒロインに敗れました。ただし、2020年のワタナベお笑いNo.1決定戦では優勝しています。

Q5:はなしょーはいつ結成され、いつ解散しましたか?

A5:2012年にワタナベコメディスクール17期生の杵渕はなと山田しょうこが結成し、2022年4月6日に解散を発表しました。約10年間のコンビ活動でした。

まとめ:はなしょーの2人は解散後もそれぞれの舞台で挑戦を続けている

はなしょーは、2012年に結成され、2019年のTHE W準優勝や2020年のワタナベお笑いNo.1決定戦優勝などの実績を残した女性お笑いコンビです。

2022年4月6日に解散しましたが、2人とも芸人活動を継続しています。

杵渕はなは「はな」へ改名して太田プロに移籍し、エブリデイ竹内との「ぷぅ」を経て、2026年10月28日に再びコンビ解散を発表しました。現在は「ぷぅのはな」の名前を当面維持する意向です。

山田しょうこは「承子クラーケン」としてフリーのピン芸人となり、独自のキャラクターと芸風で活動しています。

はなしょーの歴史は2022年に終わりましたが、2人の芸人人生は終わっていません。 2019年の準優勝という共通の実績を持ちながら、異なる表現の道を進む2人の今後にも注目です。