【引退後の第二章】小田急バレーボール部の監督から指導者へ

目次

江上由美さんの経歴で興味深いのは、1984年のロサンゼルス五輪を区切りに競技生活を終えた後、指導者として新しい役割を担ったことです。

小田急ジュノーの監督に就任

江上由美バレーボール

ロサンゼルス五輪後、江上さんは小田急の女子バレーボールチームの監督に就任しました。

小田急は新しい女子チームを立ち上げ、競技力の向上を目指していました。国際経験豊富な江上さんが指導者として迎えられたことは、チームづくりにとって大きな意味を持っていました。

ところが、1988年ソウル五輪を前に全日本女子から復帰を求められます。

2022年の文藝春秋の連載記事では、引退後に小田急の監督となった江上さんが、チームを立ち上げたばかりの状況で代表復帰を決断するまでの経緯が紹介されています。

選手として再びコートに立つことは、本人にとってもチームにとっても簡単な決断ではありませんでした。

それでも復帰を選び、ソウル五輪に出場したことは、彼女の競技人生を特徴づけるエピソードです。

日本バレーボール協会公認講師としての活動

江上由美バレーボール

競技生活を終えた後も、江上さんはバレーボールの指導に携わってきました。

2021年4月の丸光産業のインタビューでは、日本バレーボール協会公認講師、小田急バレーボールクリニック主任講師として紹介されています。

同社の教材紹介ページには、約17年間にわたって小田急のバレーボールクリニックで主任コーチを務めてきたことも記載されています。

この活動の特徴は、トップ選手向けの高度な技術だけでなく、一般の競技者にも理解しやすい指導を重視している点です。

ママさんバレーへの指導で大切にしていること

江上由美バレーボール

江上さんの指導活動を語るうえで、ママさんバレーは重要なテーマです。

2021年のインタビューでは、20代から70代まで幅広い年代の競技者が参加していることや、90歳でコートに立つ人に出会った経験についても語っています。

また、初心者に向けて、次のような考え方を伝えています。

「できないことよりも、できることを一つ見付けていただいて、参加していただければいいのかなと思っています」

【検証資料 1】江上由美バレーボールの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

丸山由美さんインタビュー(2021年4月27日)より

この考え方は、現役時代のプレースタイルとも通じるものがあります。

自分の身長だけで勝負するのではなく、読みやタイミングという強みを伸ばして世界と戦った江上さん。指導者になってからも、選手それぞれの得意分野を見つけることを大切にしています。

同インタビューでは、バレーボールは勝敗だけでなく、人とのつながりやコミュニケーションも魅力だと話しています。

【2026年最新】ドリーム・バレーボールin富士宮に江上由美が参加!

2026年7月開催済み

2026年の江上由美さんの活動を知るうえで、具体的なニュースが静岡県富士宮市の「宝くじスポーツフェア ドリーム・バレーボールin富士宮」です。

富士宮市の公式発表によると、イベントは2026年7月18日・19日に開催されました。

会場は富士宮市民体育館。江上さんは元日本代表選手で構成されたドリームチームに参加し、チームのキャプテンを務めました。

富士宮イベントの開催内容

富士宮市の発表に掲載された開催内容は次のとおりです。

項目 内容
イベント名 宝くじスポーツフェア ドリーム・バレーボールin富士宮
開催日 2026年7月18日・19日
会場 富士宮市民体育館
チーム監督 植田辰哉
江上由美の役割 ドリームチーム選手・キャプテン
7月19日の来場者 823人
バレーボール教室 地元のママさんチーム、小中学生など約160人が対象

ドリームチームにはどんな選手が参加した?

富士宮市の公式発表に掲載されたドリームチームの選手は、次のとおりです。

- 江上由美
- 山下美弥子
- ヨーコ・ゼッターランド
- 田中姿子
- 狩野美雪
- 佐野優子
- 横山雅美
- 落合真理
- 井上香織
- 石田瑞穂
- 狩野舞子
- 鳥越未玖

監督は元男子日本代表監督の植田辰哉さんでした。

時代の異なる日本代表経験者が集まり、世代を超えて交流するチームとなりました。

ママさんバレーと小中学生に直接指導

7月19日のバレーボール教室では、ドリームチームの選手12人が参加者を指導しました。

対象となったのは、市内のママさんバレーチームや小中学生など約160人です。

指導内容には、レシーブやアタックの基礎、実戦的な技術が含まれていました。

また、開会式では富士宮市長から江上キャプテンに花束と富士宮やきそばが贈られています。

これは単に有名選手がイベントに登場したというだけではありません。江上さんが長年取り組んできたバレーボールの普及や指導活動が、地域スポーツの現場で具体化した出来事です。

7月19日の来場者は823人。富士宮市はイベントが盛況のうちに終了したと発表しています。

2026年は富士宮以外でも活動が確認できる

2026年1月31日には、千葉県ママさんバレーボール連盟の創立50周年記念イベントにも、丸山由美さんの名前で講師として掲載されました。

会場は千葉ポートアリーナで、トークショーとバレーボール教室が企画されていました。

さらに、山口県萩市の2026年10月24日・25日のドリーム・バレーボールにも参加選手として告知されていました。ただし、萩市は10月25日の開催予定プログラムについて、台風30号の接近による荒天予想を理由に中止を発表しています。富士宮の開催実績とは別のイベントです。

こうした2026年の動きを見ると、江上さんは現役時代の実績を紹介されるだけの存在ではなく、地域のバレーボール普及活動にも参加していることが分かります。

【誤解を解消】江上由美の経歴で間違えやすい4つのポイント

インターネットで江上由美さんを調べると、名前やオリンピックの成績、引退後の肩書きなどで混乱しやすい部分があります。

1. 江上由美と丸山由美は別人ではない

前述のとおり、江上由美さんと丸山由美さんは同一人物です。

1984年のロサンゼルス五輪では江上由美、1988年のソウル五輪では丸山由美として記録されています。

日本バレーボール協会の公式選手名簿で確認できるため、名前が異なることを理由に別人と判断するのは誤りです。

2. 銅メダルを獲得したのは1984年ロサンゼルス五輪

オリンピックの実績を整理すると、次のようになります。

- 1984年ロサンゼルス五輪:日本女子3位、銅メダル
- 1988年ソウル五輪:日本女子4位

ソウル五輪でもメダルを獲得したわけではありません。

日本バレーボール協会の大会記録には、ソウル大会で日本が準決勝でペルーに2対3で敗れ、3位決定戦でも中国に0対3で敗れたことが記録されています。

3. 小田急の監督は現役引退後の一時期の役割

江上さんはロサンゼルス五輪後、小田急の女子チームで監督を務めました。

しかし、1987年には現役復帰し、翌1988年のソウル五輪に選手として出場しています。

そのため、小田急の監督という経歴だけを見て、競技生活を完全に終えていたと理解するのは正確ではありません。

4. 1977年ワールドカップと1981年ワールドカップは成績が違う

1977年大会は日本が優勝し、1981年大会は準優勝でした。

どちらにも江上さんが出場していますが、同じ大会の実績ではありません。

日本バレーボール協会の公式記録を参照すれば、両大会の結果を区別できます。

【プロの結論】江上由美の本当の功績は選手から指導者への継承にある

江上由美さんのバレーボール人生を振り返ると、単にオリンピックで銅メダルを獲得した名選手という説明だけでは、その魅力を十分に伝えられません。

注目すべきなのは、3つの能力です。

第一に、身体的な条件を技術で補う力。

175cmという身長で世界の大型選手と対峙し、ブロック賞を4度獲得しました。相手を読む力と跳ぶタイミングを磨くことで、センターとして高い評価を得ています。

第二に、チームをまとめるリーダーシップ。

1982年から全日本女子の主将を務め、ロサンゼルス五輪とソウル五輪の2大会に出場しました。一度引退した後に復帰し、再び主将として代表を支えた経験も特筆すべき点です。

第三に、競技経験を一般の選手へ伝える指導力。

小田急の指導活動やママさんバレーのクリニック、2026年のドリーム・バレーボールへの参加は、競技者としての経験を次の世代や地域の愛好者に伝える活動です。

特に、初心者にも自分の得意分野を見つけてほしいという指導方針には、江上さん自身が世界の舞台で培ってきた技術の本質が表れています。

バレーボールの指導者として江上さんの活動を知りたい場合は、肩書きだけで判断するのではなく、実際の指導イベントや講習会の記録を見ることが大切です。

2026年の富士宮イベントは、その活動を知るうえで具体的な実績の一つになっています。

【江上由美のバレーボール】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:江上由美さんは現在、何歳ですか?

A1:1957年11月30日生まれです。2026年10月現在は68歳で、2026年11月30日に69歳を迎えます。

Q2:江上由美さんはロサンゼルス五輪で何のメダルを獲得しましたか?

A2:1984年ロサンゼルスオリンピックで女子日本代表の主将を務め、銅メダルを獲得しました。

Q3:丸山由美さんと江上由美さんは同じ選手ですか?

A3:同一人物です。江上由美は旧姓で、結婚後は丸山由美の名前でも活動しています。1988年ソウル五輪の日本代表名簿には丸山由美として登録されています。

Q4:江上由美さんは2026年もバレーボールに関わっていますか?

A4:はい。2026年1月の千葉県ママさんバレーボール連盟の記念教室や、7月のドリーム・バレーボールin富士宮への参加が確認できます。

Q5:江上由美さんは小田急の監督だったのですか?

A5:はい。ロサンゼルス五輪後に小田急の女子チームの監督を務め、その後1987年に現役復帰。1988年のソウル五輪には小田急所属の選手として出場しました。

Q6:江上由美さんのポジションは何ですか?

A6:センターです。ブロックを得意とし、日本リーグで4度のブロック賞を受賞しています。サーブやスパイクでも個人タイトルを獲得しました。

まとめ:江上由美の輝かしい戦績と2026年の現在

江上由美さんは、日立時代から全日本女子の主将、ロサンゼルス五輪の銅メダリスト、ソウル五輪への復帰出場まで、長く日本の女子バレーボール界を支えた選手です。

その後は小田急の監督やバレーボール指導者として活動し、ママさんバレーの普及にも携わってきました。

2026年7月のドリーム・バレーボールin富士宮では、ドリームチームのキャプテンとして参加。823人が来場したイベントで、地域の競技者や子どもたちとの交流を実現しています。

江上由美という名前と丸山由美という名前の両方を知っておくと、現役時代から現在までの情報を整理しやすくなります。

ロサンゼルス五輪の銅メダルだけでなく、引退と復帰、そして指導者としての歩みまで含めてこそ、江上由美さんのバレーボール人生の全体像が見えてきます。

主な参考資料:公益財団法人日本バレーボール協会「国際大会記録」、富士宮市公式イベント報告、千葉県ママさんバレーボール連盟資料、Olympedia、スポーツナビ、丸光産業インタビュー、文藝春秋。