【関口照生のプロフィール】年齢・学歴・写真家としての経歴
関口照生は、広告写真から人物ドキュメンタリーまで幅広い分野を手がけてきた写真家だ。芸能人の配偶者という肩書きだけでは、その仕事の全体像は見えてこない。
公式プロフィールによると、東京都生まれで明治大学を卒業。日本写真家協会(JPS)の会員として紹介されている。講師紹介資料では、明治大学文学部考古学専攻を卒業した経歴も掲載されている。
基本プロフィール

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 関口照生(せきぐち・てるお) |
| 生年月日 | 1938年11月13日 |
| 年齢 | 87歳(2026年10月30日現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 最終学歴 | 明治大学卒業 |
| 専攻 | 文学部考古学専攻 |
| 職業 | 写真家・フォトグラファー |
| 所属・資格 | 日本写真家協会会員 |
| 妻 | 竹下景子 |
| 長男 | 関口まなと |
| 次男 | 関口アナン |
出典:関口照生公式プロフィール、日本タレント名鑑、講演依頼.comなど。
写真家としての出発点は1960年

関口のキャリアをたどると、1960年に写真家・柴田信夫氏に師事したことが大きな出発点となる。
その後、1965年に渡欧。帰国後はレコードジャケット、カレンダー、ポスター、テレビCMなどの広告写真を手がけるようになった。カレンダー展や電通賞などの受賞歴も講師紹介資料に記載されている。
広告写真の仕事で求められるのは、商品や人物の魅力を限られた画面の中で最大限に伝える技術だ。一方、海外取材では、撮影対象の文化や生活環境を理解し、自然な表情を引き出すことが求められる。
関口は、この異なる二つの領域を経験してきた。広告分野で培った構図や光の扱いを、人物を中心としたドキュメンタリー写真にも生かしてきたことが、作品の特徴を理解する手がかりになる。
【経歴と人物相関】関口照生を形づくった人物・作品の関係

関口照生の仕事は、師匠、家族、海外取材、写真作品という複数のつながりから理解できる。特に竹下景子との関係は、夫婦というだけでなく、写真集の共同制作にも広がっている。
主要な人物・作品との関係を整理すると、次のようになる。
この関係図から分かるのは、関口が広告写真家、海外取材を続けるドキュメンタリー作家、家族と共同制作する写真家という複数の顔を持っていることだ。
【写真家としての代表作】地球の笑顔・支倉の道に込めた視点
関口照生の写真家としての仕事を語るうえで、特に重要なのが「地球の笑顔」と「支倉の道」である。
1. 地球の笑顔|世界の人々の暮らしを写すライフワーク
「地球の笑顔」は、関口が世界各地を訪れ、そこで暮らす人々の生活や表情を記録してきた写真シリーズだ。
公式プロフィールには、取材先として次の地域が挙げられている。
- 中国の少数民族が暮らす地域
- カナダ北極圏
- アフリカのカラハリ砂漠
- グアテマラ
- コスタリカ
- ミャンマー
- キューバ
- ブータン
これらは単なる観光地の記録ではない。地域ごとに異なる生活文化や自然環境の中で、人々がどのように暮らしているのかを写真で伝える取り組みである。
2007年には横浜赤レンガ倉庫で「旅からの視点 地球の笑顔」の写真展が開催された。展示作品には北極圏、中国の奥地、砂漠、熱帯雨林などで撮影された写真が含まれていた。
その後も全国各地で展示が続き、2015年には三重県立総合博物館で関連展示が開催されている。2022年には豊島区の区制90周年記念事業としても紹介された。
このシリーズの魅力は、異文化を珍しいものとして消費するのではなく、そこに生きる人々の日常を記録している点にある。
2. 支倉の道|歴史上の人物の足跡を写真で追う
もう一つの重要な作品が、写真展「支倉の道(El camino de Hasekura)」だ。
これは、江戸時代初期に慶長遣欧使節を率いてヨーロッパへ渡った支倉常長の足跡を追った写真プロジェクトである。
2013年の日本スペイン交流400周年を背景に制作され、仙台や東京、スペインのマドリードなどで展示が行われた。2015年にもスペインのバリャドリッドで展示されている。
「地球の笑顔」が現在を生きる人々の暮らしを撮影するシリーズだとすれば、「支倉の道」は歴史と土地の記憶を写真でつなぐプロジェクトといえる。
撮影対象は違っても、現地に足を運び、その場所に残された背景を伝えるという姿勢には共通点がある。
3. 2025年の写真展「心景色」
2025年には、関口照生写真展「心景色(こころげしき)」が開催された。会期は2025年11月7日から30日まで、会場は丸の内フォトギャラリー/アートスペース丸の内だった。日本写真家協会の会員向け情報にも開催告知が掲載されている。
この展示について、関口本人は次のように説明している。
僕は風景写真家ではない。長らく人間を撮る方に力を入れてきた。
出典:公益社団法人日本写真家協会「関口照生写真展『心景色』開催のお知らせ」2025年10月8日。
各地で人物を撮影する合間に心に響いた景色を、自然・人・建物を問わずスナップしたという。人物写真を中心に活動してきた関口が、旅の途中で出会った風景にも目を向けた展示だった。
【写真集と映画EDEN】広告写真から小笠原のドキュメンタリーまで
関口照生の作品には、自身の写真集だけでなく、著名人の写真集や家族との共同制作もある。
主な写真集・写真作品
公式プロフィールなどに掲載されている主な作品は以下のとおりだ。
- 「火のラティード」:関口照生の作品集。
- 「膳のパフォーマンス」:食文化や料理に関わる作品。
- 「地球の笑顔」:海外取材を通じた人物・生活文化の写真シリーズ。
- 「支倉の道」:支倉常長の足跡をたどった写真作品。
- 「ハロープラスワン」:竹下景子との共著。
- 「ファミリーへウエルカム」:竹下景子との共著。
また、人物撮影の仕事として、泉谷しげるの「百面相」、名取裕子の「序の舞」、かたせ梨乃の「DAY FOR NIGHT」なども公式プロフィールに掲載されている。
ここで注目したいのは、作品の種類が大きく二つに分かれることだ。
一つは、世界各地の暮らしや歴史を自らの視点で記録したオリジナル作品。もう一つは、俳優や著名人の魅力を写真で表現する商業写真の仕事である。
両方を長年手がけてきたことが、関口の写真家としての活動範囲を広げている。
映画EDENは小笠原の自然を記録したドキュメンタリー
関口の経歴で見逃せないのが、映画「EDEN」の監督経験だ。
公式プロフィールと写真関連の作家紹介では、関口が小笠原を題材にしたドキュメンタリー映画「EDEN」を監督したと記載されている。講演依頼.comの作品紹介では、小笠原16ミリ映画として紹介されている。
小笠原の自然や島の姿を記録したこの作品は、2011年12月にDVD「EDEN/BONIN」として発売された。小笠原の4時間に及ぶ16ミリフィルムをもとに制作された映像作品である。
なお、映画の検索では同じ「EDEN」というタイトルの別作品と混同される場合がある。2012年公開の劇映画「EDEN」は、武正晴監督による別作品であり、関口が監督した小笠原ドキュメンタリーとは異なる。
この区別は重要だ。関口の「EDEN」を探す場合は、小笠原、BONIN、16ミリ映画という情報を手がかりにすると作品を取り違えにくい。
【竹下景子との結婚と馴れ初め】15歳差の夫婦をつないだ写真撮影
関口照生が広く知られる理由の一つが、女優・竹下景子との結婚だ。二人の出会いは、竹下が芸能活動を始めた1970年代にさかのぼる。
出会いは1973年の銀行広告撮影
日刊ゲンダイの過去記事などによると、二人が知り合ったのは1973年。竹下が銀行のキャンペーンに関わった際、そのポスター撮影を担当したのが関口だった。
仕事をきっかけに知り合った二人は、食事や飲みに出かける友人関係から親しくなっていった。その後、1978年には関口が竹下の写真集「水中花」の撮影を担当している。
仕事上の出会いから長い時間をかけて関係を深めたことが、二人の馴れ初めの特徴だ。
1984年4月に結婚、プロポーズは竹下景子から
二人が結婚したのは1984年4月。関口は1938年生まれ、竹下は1953年生まれで、年齢差は15歳だ。結婚当時、竹下は30歳だった。
プロポーズについては、竹下自身が2018年のテレビ朝日系「徹子の部屋」でエピソードを明かしている。
当時、二人は友人から譲り受けたハスキー犬を飼っていた。竹下は犬に関する話をきっかけに、関口に「犬のお父さんになってください」という趣旨の言葉を伝えたという。これが実質的な逆プロポーズになった。
長い交際期間を経て、竹下から結婚への意思を伝えたというエピソードは、二人の関係を知るうえで印象的な出来事だ。
2025年に語られた夫婦円満の秘訣
結婚後も二人は長く夫婦生活を続けている。2025年2月11日放送の「徹子の部屋」で、竹下は関口について、料理を作ることも食べることも好きな人だと紹介した。
また、帰宅後に一緒に食事をし、その日にあったことや愛犬の話をする時間が大切だと語っている。
この放送時点で結婚41年。2026年10月現在では結婚42年目を迎えている。
長い結婚生活を支えてきたものとして、竹下の発言から見えてくるのは、特別なイベントよりも日々の食事や会話を積み重ねる夫婦の姿だ。
子供は2人|関口まなとと関口アナン
関口照生と竹下景子の間には、2人の息子がいる。長男は関口まなと、次男は関口アナンで、どちらも俳優として活動している。
長男・関口まなと
関口まなとは1986年3月20日生まれの俳優。イギリスで学び、ロンドン大学心理学科を卒業したほか、現地の俳優養成機関でも演技を学んだ。映画「47RONIN」や「太陽の蓋」「サムライマラソン」「総理の夫」などの出演歴が所属事務所のプロフィールに掲載されている。
海外での生活や英語力を生かし、国内外の作品に参加してきた俳優だ。
次男・関口アナン
関口アナンは1988年9月17日生まれの俳優。以前は「関口アナム」の芸名で活動していた。武蔵野美術大学で映像を学んだ経歴があり、映像制作への関心を持ちながら俳優の道へ進んだ。
映画やテレビドラマ、舞台などに出演しており、2026年公開作品「遺愛」の出演情報も映画データベースに掲載されている。
2018年の「徹子の部屋」では、竹下が息子二人の俳優志望について、当初は予想していなかったと振り返っている。長男は海外留学から戻った後、次男は大学で映像を学ぶ中で、それぞれ俳優になる意思を伝えたという。
写真家の父と女優の母を持つ二人だが、父の写真家としての道をそのまま継ぐのではなく、それぞれ演技の世界を選んだ点も興味深い。
【2026年現在の関口照生】87歳を迎えた写真家の最新活動
2026年10月30日現在、関口照生は87歳。1938年11月13日生まれのため、2026年11月13日に88歳の誕生日を迎える。
現在の活動を知るうえで参考になるのが、本人の公式サイトに掲載された展覧会履歴と、日本写真家協会などが発信した写真展情報だ。
2024年から2025年までの活動
近年の主な展示・活動を整理すると、次のとおりである。
- 2024年11月:駐日キューバ共和国大使館で「Buena Vista de Cuba! 素晴らしき、キューバ」を開催。
- 2025年3月:愛・地球博記念公園の地球市民交流センターで「愛・地球 笑顔のリレー」に参加。
- 2025年11月:丸の内フォトギャラリー/アートスペース丸の内で写真展「心景色」を開催。
これらは公式サイトの経歴欄および日本写真家協会の展示告知に掲載された情報だ。
2026年開催の新たな個展については、現時点で日程や会場を特定できる公表情報は見当たらない。一方で、2025年まで写真展を継続してきた記録があり、写真家として長年積み上げてきた活動の軌跡は公式資料から確認できる。
現在の人物像を理解する3つのポイント
関口照生の現在を理解するには、次の3点を押さえておきたい。
第一に、芸能人の夫という肩書きだけでは説明できない写真家であること。広告写真、人物写真、海外取材、写真展と、活動領域は幅広い。
第二に、海外取材を長期的なライフワークとしてきたこと。中国やカナダ、アフリカ、キューバなど、訪問先は多様であり、地域ごとの生活文化を記録してきた。
第三に、作品の発表方法が一つではないこと。写真集、個展、共同制作、ドキュメンタリー映像など、写真を起点に複数の表現方法を展開してきた。
2025年の「心景色」展で示されたように、人物を撮ることを軸にしながら、旅の途中で出会う自然や建物にも視線を向けている。年齢だけで活動を語るのではなく、どのようなテーマを追い続けているのかを見ることが、現在の関口を理解する近道になる。
【関口照生に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:関口照生の年齢は何歳ですか?
A1:1938年11月13日生まれです。2026年10月30日現在87歳で、2026年11月13日に88歳になります。
Q2:関口照生と竹下景子の結婚はいつですか?
A2:1984年4月です。二人は1973年ごろ、銀行広告の撮影をきっかけに知り合い、長い交際期間を経て結婚しました。
Q3:関口照生の子供は何人ですか?
A3:2人です。長男は俳優の関口まなと、次男は俳優の関口アナンです。
Q4:関口照生の代表作は何ですか?
A4:「地球の笑顔」「支倉の道」「火のラティード」などがあります。竹下景子との共著「ハロープラスワン」も代表的な出版物です。
Q5:関口照生の映画EDENとは何ですか?
A5:小笠原の自然や島の姿を記録した16ミリのドキュメンタリー作品です。2011年には「EDEN/BONIN」としてDVD化されています。2012年公開の同名劇映画とは別作品です。
Q6:関口照生は明治大学出身ですか?
A6:はい。明治大学卒業で、講師紹介資料には文学部考古学専攻と記載されています。その後、1960年に写真家・柴田信夫氏に師事しました。
Q7:関口照生は2026年現在も写真家として活動していますか?
A7:2025年には写真展「心景色」が開催されています。2026年10月現在、87歳です。2026年の新たな個展については、日程を特定できる公表情報は確認されていません。
まとめ:【プロの結論】関口照生の本当の魅力は写真に記録された人間と文化にある
関口照生は、竹下景子の夫として知られる一方、長年にわたって広告写真や人物撮影、海外ドキュメンタリーに取り組んできた写真家である。
明治大学卒業後、柴田信夫氏に師事し、広告写真の分野で経験を積んだ。その後、中国の少数民族、カナダ北極圏、カラハリ砂漠、ミャンマー、キューバ、ブータンなどを訪れ、「地球の笑顔」という長期的な写真シリーズを発表してきた。
また、2013年の「支倉の道」では歴史的な人物の足跡を追い、小笠原のドキュメンタリー映画「EDEN」では写真とは異なる映像表現にも挑戦している。
私生活では1984年に竹下景子と結婚。二人の息子である関口まなとと関口アナンも、それぞれ俳優として活動している。2025年のテレビ出演では、結婚41年を迎えた夫婦の日常について竹下が語っていた。
関口照生の人物像を理解するうえで大切なのは、家族関係と写真家としての実績を分けて見ることだ。竹下景子の夫という知名度の背景には、世界各地で人々の生活を撮り続け、写真集や展示という形で作品を発表してきた独自のキャリアがある。
2026年現在87歳。関口照生の歩みを知るなら、年齢や家族構成だけでなく、「地球の笑顔」や「支倉の道」、そして「心景色」といった作品を通じて、彼が何を見つめ、何を伝えようとしてきたのかに注目したい。