【日高裕次郎のプロフィール】年齢・出身地・身長など基本情報
日高裕次郎さんは、男子バレーボールとビーチバレーの両方で競技経験を持つ元アスリートです。妻の木村沙織さんも元日本代表選手であり、夫婦ともにバレーボール界を知る存在です。
まず、公開されているプロフィールを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 日高裕次郎(ひだか・ゆうじろう) |
| 生年月日 | 1986年11月21日 |
| 年齢 | 39歳(2026年10月30日現在) |
| 出身地 | 鹿児島県霧島市 |
| 身長 | 191cm(2014年のパナソニック加入時の発表) |
| 出身高校 | 鹿児島商業高等学校 |
| 出身大学 | 日本体育大学 |
| 競技歴 | インドアバレーボール、ビーチバレー |
| 妻 | 木村沙織 |
| 子供 | 長男・煌太郎くん |
| 主な所属歴 | NECブルーロケッツ、パナソニックパンサーズ |
身長については、資料によって188cm、191cm、192cmと記載に違いがあります。バレーボールマガジンが伝えた2014年のパナソニック新加入選手発表では191cmとされています。
出身地は鹿児島県霧島市。地元の国分南中学校を経て鹿児島商業高校へ進学し、日本体育大学で競技力を磨きました。
1986年生まれで、2026年11月21日に40歳を迎えます。
【バレーボール経歴】鹿児島商業高校から日本体育大学、NECへ
日高さんの競技人生を語るうえで欠かせないのが、大学時代の実績と、所属チームの廃部を経験したキャリアの転換です。
鹿児島商業高校で競技に打ち込む

鹿児島県で育った日高さんは、鹿児島商業高校でバレーボールに取り組みました。
高校時代からビーチバレーにも関心があったそうです。2014年のバレーボールマガジンのインタビューでは、鹿児島県内で強かった鹿屋体育大学のビーチバレーを見て、競技に興味を持ったと振り返っています。
ただし、高校時代からビーチバレーを実際にプレーしていたわけではありません。本人は当時について、観戦する立場だったと説明しています。
日本体育大学では全日本インカレ2連覇

鹿児島商業高校を卒業後、日本体育大学へ進学。
大学時代はミドルブロッカーとして活躍し、3年時と4年時に全日本インカレを2連覇しました。
2014年のインタビューでは、4年時の決勝についても具体的に振り返っています。
準決勝で足首を捻挫したものの、決勝ではフル出場。東海大学との試合を3対1で制し、優勝を果たしました。
このエピソードからは、身体的な苦境に直面しても試合に向き合う当時の姿勢が伝わります。
NECブルーロケッツ入団と突然の廃部
大学4年時には、内定選手としてNECブルーロケッツでプレーしました。
ところが、2009年にチームの廃部が決定します。
日刊スポーツの2009年4月22日の報道によると、NEC男子バレーボール部は経営環境の悪化による経費削減を理由に、同年5月の大会を最後に廃部することになりました。
大学から実業団へ進み、トップレベルで競技を続けようとしていた日高さんにとって、大きな転換点だったことは間違いありません。
ビーチバレーへの転向とロンドン五輪への挑戦
NECの最後の試合を終えた日高さんは、ビーチバレーへ転向します。
2014年の本人インタビューによれば、ビーチバレーの大会には2009年の6月から7月ごろには出場していました。
転向後は青木晋平選手とペアを組み、2012年ロンドン五輪を目指します。
この挑戦で重要なのが、五輪出場権をめぐる代表決定戦です。
2012年6月、中国・福州市で開催されたアジア大陸予選では、日本代表として出場した選手たちが日本の出場枠獲得に貢献しました。
しかし、7月4日に行われた日本代表ペア決定戦では、青木・日高組が朝日健太郎・白鳥勝浩組に敗れ、ロンドン五輪への出場は実現しませんでした。
日本オリンピック委員会の当時の報道でも、朝日・白鳥組が2対0で勝利したことが確認できます。
五輪出場を目前にしながら届かなかった経験は、競技人生の大きな節目となりました。
パナソニックパンサーズへの復帰
2014年8月6日、パナソニックは日高さんの新加入を発表しました。
ポジションはミドルブロッカー、背番号は10番です。
ビーチバレーで約5〜6年間活動した後、再びインドアバレーの世界に戻ることになりました。
当時のインタビューでは、本人もパナソニックでチームの優勝や3冠を目指したいと語っています。
一方、2015年9月の日刊スポーツの記事では、すでにパナソニックを退団したことが報じられています。
このように、日高さんの競技人生は、単純に一つのチームで長くプレーした経歴ではありません。環境の変化に応じて、インドアとビーチの両方に挑戦してきた点に特徴があります。
【日高裕次郎の競技歴年表】キャリアの転換点を一覧で整理
これまでの経歴を時系列で見ると、競技人生の流れがより明確になります。
| 時期 | 出来事 | 主なポイント |
|---|---|---|
| 1986年11月21日 | 鹿児島県で誕生 | 鹿児島県霧島市出身 |
| 高校時代 | 鹿児島商業高校 | インドアバレーに取り組む |
| 大学時代 | 日本体育大学 | 全日本インカレ2連覇 |
| 2009年 | NECブルーロケッツの廃部 | ビーチバレーへ転向 |
| 2012年7月 | ロンドン五輪代表決定戦 | 青木晋平選手とのペアで出場 |
| 2014年8月 | パナソニックパンサーズ入団 | インドアバレーへ復帰 |
| 2015年 | パナソニック退団が報道される | 競技キャリアの転換期 |
| 2016年12月31日 | 木村沙織さんと結婚 | 夫婦として新生活をスタート |
| 2019年 | 夫婦でカフェ事業を開始 | 大阪でSunnyを運営 |
| 2023年2月28日 | 長男が誕生 | 煌太郎くんと命名 |
| 2023年12月 | 大阪のカフェが閉店 | 生活拠点を関東へ移す |
| 2026年10月25日 | OCEANSのインタビュー掲載 | 古着と家族との暮らしを紹介 |
この年表で注目したいのは、2009年と2014年です。
NECの廃部によってビーチバレーへ転向し、その後パナソニックへの入団によってインドアへ戻りました。
競技環境が変わるたびに新しい道を選択してきたことが、日高さんのキャリアを特徴づけています。
【木村沙織との結婚・子供】息子の煌太郎くんとの家族生活
日高裕次郎さんの名前が広く知られるようになった理由の一つが、元女子バレーボール日本代表・木村沙織さんとの結婚です。
木村沙織さんとの結婚は2016年12月31日
2人が結婚を発表したのは、2016年12月31日です。
木村さんは自身の公式ブログで年内に結婚したことを報告し、すでに入籍を済ませて2人で新生活を始めていると明かしました。
日刊スポーツの2017年1月1日の報道では、相手が日高裕次郎さんであることが紹介されています。
2人は同じ1986年生まれで、いずれもバレーボールの競技経験を持つアスリート同士です。
木村さんは日本代表として4大会連続でオリンピックに出場し、2012年ロンドン五輪では銅メダルを獲得した選手です。
一方の日高さんも、大学バレー、実業団、ビーチバレーという異なる環境で競技に取り組んできました。
競技者としての経験を共有できることは、2人の関係を理解するうえでも興味深いポイントです。
息子・煌太郎くんは2023年2月28日生まれ
2023年2月28日、木村さんは第1子となる男の子を出産したことを発表しました。
名前は煌太郎(こうたろう)くんです。
名前は祖父が命名したことも公表されています。
出産の報告では、妊娠中から出産までの出来事を振り返り、無事に生まれてきた息子への思いを伝えていました。
2026年10月現在、煌太郎くんは3歳です。
2026年は親子でファッションや遊びを楽しむ日々
2026年10月25日公開のOCEANSのインタビューでは、日高さんが息子と一緒に撮影現場に登場しています。
記事では、親子でネイビーを取り入れたコーディネートを楽しむ姿が紹介されました。
また、親子で出かける機会も多く、この夏にはよみうりランドのプールに何度も行ったそうです。
煌太郎くんは水遊びが気に入り、何度もプールに行きたいと希望していたと紹介されています。
印象的なのは、日高さんが子供に自分の趣味を無理に押しつけようとはしていないことです。
本人は、車やバイク、洋服など自分の好きなものに息子も興味を持ってくれたらうれしいと話しています。
親子で同じ趣味を持つことだけを求めるのではなく、子供自身の興味を尊重しながら一緒に楽しむ。そんな父親像が2026年のインタビューから伝わってきます。
【日高裕次郎の現在】GOOPARSと古着ファッションへのこだわり
2026年の日高さんを語るうえで外せないのが、古着への強いこだわりです。
OCEANSの2026年10月25日の記事では、日高さんのワードローブの約90%が古着だと紹介されました。
単に古い服を集めるだけではなく、アイテムが持つ背景や年代、デザインを楽しんでいるのが特徴です。
古着好きの原点は仮面ライダーとハーレー
日高さんのファッションへの関心は、子供時代にさかのぼります。
OCEANSのインタビューによると、最初のきっかけは仮面ライダーが乗るバイクへの憧れでした。
学生時代にはハーレー・ダビッドソンの専門誌「VIBES」を読み、その格好よさに惹かれたそうです。
さらに、裏原宿のファッションシーンでハーレーに乗る人たちの姿を見たことが、服への関心につながりました。
ただし、鹿児島で育ち、学生時代はスポーツに集中していたため、ファッションに本格的にのめり込んだのは日本体育大学への進学後だったと振り返っています。
古着に詳しい年上の友人との出会いも、趣味を深めるきっかけになりました。
2026年のインタビューで紹介された愛用品
OCEANSの記事では、日高さんの実際の着こなしや愛用品も紹介されています。
特に注目したいのは、アメリカのワークウェアや企業ユニフォームを取り入れたスタイルです。
- パブスト・ブルーリボンのユニフォーム: デリバリースタッフが着用していたジャケットやシャツを愛用。
- ベン・デイビスのフリスコパンツ: 1990年代のアイテムを着用。
- アイパスのシューズ: 高校時代に流行したスケートシューズを現在になって楽しんでいる。
- ヴィンテージキャップ: 1980年代のパブスト・ブルーリボンのキャップなどを愛用。
- セイコーのブラックボーイ: 1990年代の中古自動巻きダイバーズウォッチ。
- ウォレットチェーン: テンダーロインとホザーナのコラボアイテムを使用。
特に興味深いのが、企業ユニフォームへのこだわりです。
一般的には作業着として扱われる服も、日高さんはデザインやワッペンの配置、色のバランスを含めてファッションとして楽しんでいます。
新品の高級ブランドを中心に組み立てるのではなく、年代や背景の異なるアイテムを組み合わせるスタイルです。
父親になって変わったファッション
2026年のインタビューでは、子供が生まれてから身につけなくなったものについても触れています。
日高さんは、子供に当たる可能性があるため、ジュエリーを身につけなくなったと説明しました。
一方、キャップは息子と兼用しているそうです。
もともとは自分用に購入したヴィンテージキャップが、煌太郎くんにも合うサイズだったことから親子で共有するようになりました。
また、息子は靴を自分の服装に合わせて選ぶようになったそうです。
親の趣味を自然に受け継いでいくような日常が、インタビューの中で紹介されています。
夫婦で創設したアパレルブランドGOOPARS
日高さんの現在を理解するうえでは、木村沙織さんと共同で創設したライフスタイルアパレルブランド「GOOPARS(グーパーズ)」も見逃せません。
公式サイトでは、2人がブランドを創設したことが紹介されています。
ブランドのデザインのベースになっているのは、1980年代後半から2000年代にかけてのアメリカンスポーツやアメリカントラディショナルです。
当時のアイテムを参考にしながら、GOOPARSらしいオリジナルリメイクを加えるというコンセプトを掲げています。
日高さんが2026年のインタビューで語った古着へのこだわりとも、方向性が重なっています。
競技生活で培ったスポーツへの理解と、長年積み重ねてきたファッションへの関心。その両方が現在のライフスタイルに結びついていると考えられます。
夫婦経営のカフェは2023年に閉店
日高さんと木村さんは、大阪でカフェ・バー「Sunny -ThirtyTwo-Club」を運営していたことでも知られています。
2019年から始まった店舗は、2023年末に営業を終了しました。
木村さんは2023年1月の発表で、大阪を離れることを閉店の理由として説明しています。
さらに2024年2月の集英社オンラインのインタビューでは、子供が生まれたことをきっかけに子育て中心の生活へ移行し、夫婦で話し合って関東圏に生活拠点を移したと明かしました。
そのため、カフェの閉店を経営上のトラブルや夫婦関係の問題と結びつけるのは適切ではありません。
公表されている経緯からは、家族のライフステージに合わせて生活環境を変えたことが読み取れます。
【プロの結論】日高裕次郎の魅力は競技人生と現在のライフスタイルにある
日高裕次郎さんの経歴を振り返ると、単に木村沙織さんの夫という立場だけでは説明できない人物像が浮かび上がります。
日本体育大学で全日本インカレ2連覇を経験し、NECブルーロケッツの廃部を機にビーチバレーへ転向。さらに五輪を目指し、パナソニックパンサーズで再びインドア競技に挑戦しました。
競技環境の変化に対応してきた経験は、現在の生活にもつながっているように見えます。
特に興味深いのは、スポーツとファッションという一見異なる分野が、日高さんの中では自然につながっていることです。
2026年のOCEANSのインタビューでは、古着を楽しみながら息子との時間を大切にする姿が紹介されました。
ここから読み取れるのは、現役時代の実績だけではなく、自分の好きなものを持ち続け、家族と共有していく現在の生き方です。
また、読者が日高さんについて情報を調べる際には、次の3点を押さえておくと理解しやすくなります。
1. 競技歴と現在の活動を区別する: NECやパナソニックでの所属は過去の競技歴であり、2026年の最新記事では元選手として紹介されています。
2. 家族情報は公表された内容を基準にする: 木村沙織さんとの結婚、長男・煌太郎くんの誕生は報道や本人発信で確認できる事実です。
3. 現在の仕事を一つに決めつけない: GOOPARSの共同創設は公式情報で確認できますが、個人の具体的な職業上の肩書や収入などは公表されていません。
日高さんの魅力は、過去のスポーツ実績と現在の暮らしの両方にあります。
【日高裕次郎に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:日高裕次郎は何歳ですか?
A1:1986年11月21日生まれで、2026年10月30日現在39歳です。
Q2:日高裕次郎の身長は何cmですか?
A2:2014年のパナソニック加入時の発表では191cmです。資料によって188cmや192cmという記載もあります。
Q3:日高裕次郎と木村沙織はいつ結婚しましたか?
A3:2016年12月31日に結婚を発表しました。2人は同じ1986年生まれの元バレーボール選手です。
Q4:日高裕次郎に子供はいますか?
A4:います。2023年2月28日に長男が誕生し、煌太郎(こうたろう)くんと名付けられました。2026年10月現在は3歳です。
Q5:日高裕次郎は現在何をしていますか?
A5:2026年10月のOCEANSのインタビューでは、家族との暮らしや古着を楽しむ日常が紹介されています。また、妻の木村沙織さんとライフスタイルアパレルブランドGOOPARSを共同創設しています。
Q6:日高裕次郎はオリンピックに出場しましたか?
A6:オリンピックへの出場はありません。2012年ロンドン五輪のビーチバレー男子日本代表決定戦に青木晋平選手とのペアで出場しましたが、朝日健太郎・白鳥勝浩組に敗れました。
Q7:日高裕次郎の出身高校と大学はどこですか?
A7:鹿児島商業高等学校と日本体育大学です。大学時代には全日本インカレ2連覇を達成しています。
まとめ:日高裕次郎の2026年現在は家族と趣味を大切にする暮らし
日高裕次郎さんは、鹿児島県霧島市出身の元バレーボール・ビーチバレー選手です。
日本体育大学で全日本インカレ2連覇を達成し、NECブルーロケッツ、ビーチバレー、パナソニックパンサーズと異なる競技環境を経験しました。
プライベートでは2016年に木村沙織さんと結婚し、2023年には長男の煌太郎くんが誕生しています。
そして2026年10月25日公開のOCEANSのインタビューでは、約90%が古着というワードローブや、息子とファッションを楽しむ日常が紹介されました。
夫婦で創設したGOOPARSの活動も含め、現在の日高さんはスポーツだけでなく、ファッションや家族との時間にも自分らしい価値観を持つ人物として紹介されています。
現役時代の競技実績を知ることで、現在のライフスタイルに込められたこだわりも、より深く理解できるはずです。
主な確認資料