遠藤聖大の現在は北陣親方!2025年引退理由と両膝手術、通算成績を徹底解説

目次

2026年10月現在、元小結・遠藤聖大は現役を引退し、年寄「北陣」を襲名して追手風部屋に所属しています。2025年11月1日に日本相撲協会から引退と年寄襲名が正式に発表され、現在は後進の指導や本場所の業務、テレビ解説などに携わっています。

遠藤が引退を決断した背景には、長年抱えていた両膝の故障と、2025年7月・9月に相次いで受けた手術がありました。現役最後の出場となった2025年5月場所では9勝6敗と勝ち越しており、最後まで土俵への復帰を目指していたことも明らかになっています。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 現在:2026年現在は年寄「北陣」として追手風部屋に所属し、後進の指導などに従事。
  • 引退理由:慢性的な両膝の故障。2025年7月に右膝、9月に左膝を手術した後、復帰を目指すリハビリの過程で引退を決断。
  • 現役時代の実績:最高位は小結。通算527勝494敗88休、金星7個、三賞6回を記録。

【2026年現在】遠藤聖大は北陣親方として追手風部屋に所属

遠藤聖大

遠藤聖大は、2025年11月場所をもって現役を引退し、現在は北陣親方として相撲界で活動しています。

日本相撲協会の年寄プロフィールによると、本名は遠藤聖大のままで、年寄名は北陣聖大。所属部屋は現役時代と同じ追手風部屋です。

北陣親方の2026年最新プロフィール

遠藤聖大
  • 本名:遠藤聖大(えんどう・しょうた)
  • 年寄名:北陣聖大(きたじん)
  • 生年月日:1990年10月19日
  • 年齢:36歳(2026年10月31日現在)
  • 出身地:石川県鳳珠郡穴水町
  • 身長:184cm
  • 体重:144kg
  • 所属部屋:追手風部屋
  • 現役時代の最高位:小結
  • 引退場所:2025年11月場所

現役時代は本名と同じ「遠藤」という四股名で土俵に上がっていましたが、引退後は年寄名である「北陣」を名乗っています。

2026年3月24日には、大阪阿倍野キャンパス(明浄学院高等学校・藍野大学短期大学部)を表敬訪問しました。同校が3月27日に公開した公式のお知らせでは、北陣親方が追手風部屋で後進の指導にあたるほか、本場所の警備担当やテレビ解説などにも携わっていることが紹介されています。

学生や教職員に向けた講話も行い、努力を継続することの大切さや礼節を重んじる姿勢について話しました。

つまり、北陣親方は単に現役を退いた元力士ではありません。これまで土俵で培った経験を、指導や相撲協会の業務を通じて次世代へ伝える立場に移っています。

【検証資料 1】遠藤聖大の当時の様子・関連報道写真(出典:中日スポーツ)

【引退理由】遠藤聖大を引退に導いた両膝の手術と復帰への苦闘

遠藤聖大

遠藤の引退理由として大きかったのが、慢性的に痛めていた両膝の状態です。

2025年は、遠藤にとって現役生活を続けるうえで大きな転換点となりました。右膝と左膝の両方に手術が必要となり、復帰を目指したリハビリにも取り組みましたが、最終的には引退という決断に至っています。

2025年7月に右膝、9月に左膝を手術

スポニチなどの報道によると、遠藤は2025年7月10日に東京都内で右膝の手術を受けました。

このため、7月の名古屋場所は全休。さらに9月の秋場所も、左膝の手術を受けた影響で休場しました。

両膝の手術によって2場所連続で全休となり、長年維持してきた関取の地位にも影響が及びます。

2025年11月の九州場所では、番付が東幕下3枚目まで下降しました。2013年の名古屋場所から守っていた関取の座を失うことになったのです。

幕下10枚目格付け出しで初土俵を踏んで以来、約12年半にわたり関取として活躍してきた遠藤にとって、大きな節目でした。

引退会見で明かした決断までの気持ち

2025年11月9日、遠藤は北陣親方として福岡市内で引退会見を開きました。

デイリースポーツが報じた会見では、手術後も土俵への復帰を目指してリハビリを続けていたことを明かしています。

「手術をして、もう一度土俵に戻るつもりでリハビリしてきたが、だんだん気持ちが変わった」

この言葉から分かるのは、遠藤が最初から引退を決めていたわけではないということです。

手術を受けた段階では、再び力士として土俵に立つことを目標にしていました。しかし、リハビリを続けるなかで、自身の身体の状態や今後の相撲人生について考え、気持ちが変化していったと説明しています。

会見では、師匠の追手風親方から「よく頑張った」「お疲れさま」と声をかけられたことも明かしました。また、家族と一緒に引退を決めたことも語っています。

最後の出場場所は2025年5月場所

遠藤が最後に土俵へ上がったのは、2025年5月の夏場所です。

当時は東前頭11枚目で、成績は9勝6敗。見事に勝ち越して場所を終えています。

この結果だけを見ると、まだ現役を続けられる可能性があったようにも感じられます。しかし、慢性的な膝の痛みを抱えながら相撲を取り続けることと、手術後に以前のような相撲を取り戻すことは別の問題でした。

引退の背景には、単なる番付の下降ではなく、長年の故障、両膝の手術、復帰に向けたリハビリ、そして本人の気持ちの変化が重なっていたのです。

【プロフィール・経歴年表】遠藤聖大の生い立ちから小結への出世

遠藤聖大は1990年10月19日、石川県鳳珠郡穴水町に生まれました。

幼い頃から相撲に親しみ、金沢学院東高校を経て日本大学へ進学。大学時代にはアマチュア横綱に輝くなど、学生相撲でも高い実績を残しました。

プロ入り後は、幕下付け出しという有利な資格を得て初土俵を踏み、短期間で幕内まで駆け上がります。そのスピード出世は、当時の大相撲でも大きな話題となりました。

遠藤の主な経歴と転換点

時期 出来事 主な実績・意味
1990年10月19日 石川県穴水町で誕生 本名は遠藤聖大
学生時代 金沢学院東高校・日本大学 大学時代にアマチュア横綱を獲得
2013年3月 初土俵 幕下10枚目格付け出しでデビュー
2013年7月 新十両 14勝1敗で十両優勝
2013年9月 新入幕 所要3場所で幕内入り
2014年5月 初金星 横綱・鶴竜を破る
2018年5月 新小結 現役時代の最高位に到達
2025年5月 最後の出場場所 9勝6敗で勝ち越し
2025年7月・9月 両膝を手術 名古屋場所・秋場所を全休
2025年11月1日 現役引退・北陣襲名 日本相撲協会の理事会で承認

史上最速のスピード出世で注目を集める

遠藤の出世で特に注目されたのが、2013年のデビュー直後です。

2013年3月場所に幕下10枚目格付け出しで初土俵を踏むと、同年7月場所で新十両に昇進。新十両の場所では14勝1敗という好成績で優勝を果たしました。

そして2013年9月場所には新入幕。初土俵からわずか3場所で幕内に到達するという、当時の史上最速記録を打ち立てました。

当時は、まだ髷を結えない「ざんばら髪」で幕内の土俵に上がる姿も話題となりました。相撲の技術だけでなく、若々しい風貌や端正な顔立ちも注目され、デビュー直後から多くのファンを獲得します。

【検証資料 2】遠藤聖大の活動歴およびメディア掲載記録(出典:中日スポーツ)

【現役時代の実績】通算527勝494敗88休、金星7個の価値

遠藤の現役時代を振り返るうえで欠かせないのが、日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている戦歴です。

最高位は小結。横綱や大関には昇進しなかったものの、幕内で69場所を務め、金星7個と三賞6回を獲得しました。

遠藤聖大の公式通算成績

  • 生涯戦歴:527勝494敗88休(75場所)
  • 幕内戦歴:480勝482敗73休(69場所)
  • 最高位:小結
  • 金星:7個
  • 殊勲賞:1回
  • 敢闘賞:1回
  • 技能賞:4回
  • 十両優勝:1回
  • 幕内優勝:0回

これらは日本相撲協会が公開している公式プロフィールの数字です。特に通算成績は、引退後の評価を考えるうえでも重要な基準になります。

金星7個は横綱を破った実績の証し

遠藤の実績で際立つのが、金星7個という記録です。

金星とは、平幕の力士が横綱に勝った際に与えられる特別な記録です。単純な勝利数とは異なり、最高位の横綱を相手に勝利した実績を示します。

遠藤が初めて金星を獲得したのは2014年5月場所。横綱・鶴竜を破り、初土俵から8場所目という早い段階で大きな記録を残しました。

その後も横綱相手に勝利を重ね、最終的に金星7個を獲得しています。

小結という最高位だけを見ると、遠藤の実績を十分に理解できません。横綱戦での勝負強さを示す金星7個は、彼の現役時代を象徴する数字の一つです。

三賞6回が示す技能と勝負強さ

遠藤は三賞を合計6回受賞しています。

内訳は殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞4回です。なかでも技能賞を4回受賞している点は、相撲の技術面で高い評価を受けていたことを示しています。

幕内優勝こそありませんでしたが、相手の力を利用した攻めや、まわしを取ってからの巧みな技術で存在感を示してきました。

通算527勝という数字は、単に長く現役を続けた結果だけではありません。幕内で69場所を務め、横綱との対戦や三役経験を積み重ねてきたキャリアの証しでもあります。

【取り口を分析】遠藤の得意技は突っ張り・左四つ・寄り

遠藤が相撲ファンから評価されていた理由の一つが、正攻法を基本としながらも、状況に応じて攻め方を変えられる技術でした。

日本相撲協会の公式プロフィールに記載されている得意技は、突っ張り・左四つ・寄りです。

突っ張りで相手との距離をつくる

突っ張りは、相手の胸や肩を手のひらで押して攻める技術です。

相手に簡単にまわしを取らせず、自分に有利な距離を保ちながら攻めることができます。遠藤はこうした押しの攻めも得意としていました。

左四つからの攻めと寄り

遠藤の取り口を語るうえで欠かせないのが左四つです。

左四つは、左手を相手の右脇側に差す組み手です。相手との組み方や体勢によって攻めの選択肢が変わり、力だけではなく技術が求められます。

まわしを取った後は、相手の重心や体勢を見極めながら寄りにつなげる相撲を見せました。

日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている決まり手の傾向でも、寄り切りが34%で最も多く、押し出しが15%、叩き込みが13%となっています。

この数字からも、遠藤が組んで前に出る相撲と、押しの攻めを組み合わせていたことがうかがえます。

華やかな大技だけで勝負するタイプではなく、基本技術を積み重ねて相手を崩す。こうした相撲のスタイルが、好角家からも評価されていました。

【検証資料 3】遠藤聖大に関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【北陣親方への転身】襲名の経緯と引退後の活動

遠藤が引退後に名乗ることになったのが、年寄「北陣」です。

日本相撲協会は2025年11月1日、理事会で元小結・遠藤の現役引退と年寄北陣の襲名を承認したと公式に発表しました。

2025年11月1日に北陣襲名が正式承認

2025年10月27日には、遠藤が現役引退を決意したとの報道が出ていました。その後、11月1日に日本相撲協会が正式発表を行い、北陣の襲名も同時に承認しています。

この発表によって、遠藤の力士としてのキャリアに区切りがつき、親方としての新しい活動が始まりました。

なお、協会の公式発表で確認できるのは、引退と北陣襲名が理事会で承認されたという事実です。年寄名跡の取得交渉や、襲名に至る個別の調整過程については、同発表には詳細が記載されていません。

北陣親方は追手風部屋の部屋付き親方

北陣親方は、現役時代から所属していた追手風部屋に残り、部屋付き親方として活動しています。

ここで押さえておきたいのは、北陣親方が追手風部屋の師匠に就任したわけではないという点です。

日本相撲協会の部屋紹介では、追手風親方(元幕内・大翔山)が師匠として掲載され、北陣親方は年寄として所属しています。

つまり、北陣親方は部屋の運営や後進の指導を担う立場であり、部屋そのものの師匠とは役割が異なります。

引退後は後進の指導や本場所の警備、テレビ解説も

北陣親方の引退後の活動は、2026年3月に公開された藍野大学短期大学部の公式情報でも紹介されています。

同校の発表によると、北陣親方は追手風部屋で後進の指導を行うほか、本場所の警備担当やテレビ解説などにも携わっています。

現役時代に土俵上で経験してきた勝負の厳しさや、故障と向き合いながら競技を続けた経験は、若い力士を指導するうえでも生かされる可能性があります。

また、テレビ解説では、力士として実際に土俵に立っていた経験をもとに、取組や技術を伝える役割も期待されます。

2026年現在の北陣親方は、現役時代の実績を背景に、指導者・協会員として活動の幅を広げている段階です。

【よくある誤解を整理】遠藤聖大の現在と引退に関する事実

遠藤の引退後について調べると、現役時代の記録と親方としての現在が混同されることがあります。特に、引退時期や最高位、現在の所属については整理しておく必要があります。

2025年11月場所に出場して引退したわけではない

遠藤の引退場所は2025年11月場所ですが、最後に実際に出場したのは同年5月場所です。

7月と9月の場所を全休し、11月場所の番付発表後に現役引退が決まりました。そのため、11月場所で取組を行ってから引退したわけではありません。

最高位は大関ではなく小結

遠藤は横綱を破る金星を7個獲得した実績がありますが、現役時代の最高位は小結です。

金星7個という記録と、三役の最高位は別の評価項目です。横綱戦での実績が豊富だったことと、大関以上に昇進したことは同じ意味ではありません。

引退後も追手風部屋との関係は続いている

現役を引退したことで追手風部屋を離れたわけではありません。2026年の日本相撲協会公式プロフィールでも、北陣親方の所属部屋は追手風とされています。

したがって、現在の遠藤を表す際には「元小結・遠藤の北陣親方」という呼び方が適切です。

【遠藤聖大の現在に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:遠藤聖大は現在何をしていますか?
A1:2026年現在は年寄「北陣」として追手風部屋に所属しています。後進の指導、本場所の警備、テレビ解説などに携わっています。

Q2:遠藤聖大の引退理由は何ですか?
A2:慢性的な両膝の故障が大きな理由です。2025年7月に右膝、9月に左膝の手術を受け、復帰に向けてリハビリを続けていましたが、その過程で気持ちが変わり、引退を決断しました。

Q3:遠藤聖大の通算成績と最高位は?
A3:日本相撲協会の公式記録では、通算527勝494敗88休(75場所)。幕内成績は480勝482敗73休(69場所)で、最高位は小結です。金星7個、殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞4回を獲得しています。

まとめ:遠藤聖大は北陣親方として新たな相撲人生へ

遠藤聖大は、2025年11月1日に現役引退と年寄「北陣」の襲名が正式に承認され、2026年現在は追手風部屋の親方として活動しています。

引退の背景には、慢性的な両膝の故障がありました。2025年7月の右膝手術、9月の左膝手術を経て、復帰を目指すリハビリの過程で引退を決断しています。

現役時代の最高位は小結。通算527勝494敗88休、金星7個、三賞6回という実績を残しました。2013年の初土俵からわずか3場所で幕内に昇進したスピード出世や、横綱を相手にした勝負強さも印象的な記録です。

特に注目したいのは、遠藤が最後まで復帰を目指していたことです。引退会見で語った言葉からも、現役続行への思いと、長年相撲に向き合ってきた姿勢が伝わります。

現在は自らが土俵に立つ立場から、若い力士を育て、大相撲を支える立場へと変わりました。

今後の北陣親方を知るうえでは、現役時代の勝敗や金星だけでなく、追手風部屋での指導、本場所での業務、テレビ解説などの活動にも注目したいところです。遠藤聖大の相撲人生は、北陣親方として新たな段階を迎えています。

主な事実確認資料: 日本相撲協会の公式力士プロフィール・年寄プロフィール・引退および襲名発表、2025年11月の引退会見報道、2026年3月の藍野大学短期大学部公式発表。