【常滑川まこととは何者?】大竹まことがテレビで暴れた背景
1988年の騒動を理解するうえで欠かせないのが、大竹のテレビ上の別人格ともいえる「常滑川まこと」だ。
大竹はシティボーイズとしての活動とは別に、テレビのバラエティ番組では過激な言動を売りにしたキャラクターを作っていた。代表的な出演番組が、フジテレビ系の『夕やけニャンニャン』である。
2025年3月の『あちこちオードリー』で、大竹自身がこのキャラクターについて説明している。テレビでは最初から怒っているような人物を演じ、劇場に戻れば舞台を楽しみにしている観客がいるという考えがあったという。
つまり、テレビでの破天荒な振る舞いは、単なる本人の性格だけではなく、番組内での役割や芸風として形成されていた。
昭和のバラエティ番組にあった過激な演出

1980年代のバラエティ番組では、出演者同士の口論や身体を張った掛け合いが、番組の見せ場として扱われることがあった。
大竹のような強烈なキャラクターは、視聴者に強い印象を残す一方、演者同士の信頼関係や現場の安全性が揺らぐ危険も抱えていた。
今回の騒動は、その危うさが表面化したケースと捉えられる。最初の挑発が番組上の掛け合いだったとしても、相手の衣装を引きはがし、セットを壊すところまで進めば、笑いの範囲を超えた問題になる。
2025年のテレビ東京による回顧記事でも、大竹がテレビでは破天荒なキャラクターを演じていた背景と、日本テレビから出入り禁止になった経緯が紹介されている。
【共演NG説の真相】2008年・2009年の再共演で何が変わった?
大竹と山瀬の不仲説を考える際、重要な証言を残しているのが山瀬本人だ。
2011年のTechinsightの記事によると、山瀬は騒動後、しばらくの間、所属事務所の判断によって大竹との共演が避けられていたと説明している。
ここで注目したいのは、共演を避けていた主体について、山瀬が「会社の方で共演させなかった」と説明していることだ。これを山瀬本人が生涯にわたって大竹を拒絶していたという話に置き換えるのは正確ではない。
2008年『ドリーム・プレス社』で再び共演
長い空白を経て、2008年にはTBS系『ドリーム・プレス社』で2人が再び共演したとされる。
1988年の騒動から約20年。所属事務所の担当者が変わり、当時の事情を知らない関係者も増えていくなかで、仕事上の共演が実現した。
この再共演は、過去の出来事が永久に仕事上の障壁になるわけではないことを示す節目だった。
2009年『ぴったんこカン・カン』でも共演
2009年にはTBS系『ぴったんこカン・カン』でも共演。大竹と山瀬が再び同じ番組に出演する機会が生まれた。
さらに2011年の『スパモク!!』では、過去の喧嘩映像が紹介され、山瀬本人がその場でコメントしている。
Techinsightによると、山瀬は別の仕事で大竹と隣の席になった際、普通に仕事をしたとも語っている。
「仕方がないので、隣に座って普通に仕事しましたよ。」
これは当事者の山瀬による説明として重要だ。少なくとも、過去の騒動を理由に、どのような仕事でも大竹を拒否する状態が続いていたわけではない。
【2025年に大竹まことが事件を回顧】日テレ出入り禁止の真相
1988年の騒動が改めて話題になったのは、2025年3月5日放送のテレビ東京系『あちこちオードリー』だった。
出演したのは大竹まこと、きたろう、斉木しげるのシティボーイズ3人。結成の経緯やテレビでの活動、過去の破天荒なエピソードなどが話題になった。
オードリーの春日俊彰が、セットを壊したことや山瀬を泣かせたことに触れると、大竹は「思い出したくないこと言うなよ」と苦笑いした。
そして、1988年の出来事について、番組は録画だったという点を指摘し、日本テレビが放送したことにも言及した。その一方、自身が日本テレビから出入り禁止になったことも明かしている。
大竹が語った「俺だけ出られなかった」出来事
番組で特に印象的だったのが、日本テレビで実際に出入り禁止を経験したときの話だ。
ある日、大竹はきたろう、斉木しげる、いとうせいこうとともに、日本テレビの番組に出演することになった。
リハーサルが終わり、本番に入ろうとしたところ、入口でスタッフから呼び止められたという。ほかのメンバーはそのままスタジオへ入っていったが、大竹だけは出演できなかった。
大竹は、この出来事によって初めて、自分が日本テレビから出入り禁止になっていることを実感したと振り返った。
この話は、単なる芸能界の噂ではなく、2025年の放送で大竹本人が語った経験である。
2025年の発言は山瀬への謝罪だったのか
ここは誤解しやすいポイントだ。
大竹は当時のテレビでの振る舞いについて、ヒール役を演じることで番組を成立させようとしていたと説明した。また、『夕やけニャンニャン』については生放送だったことを踏まえ、自分が悪かったと認めている。
「まあ『夕ニャン』は生だから、あれは俺が悪かった」
ただし、この発言は『夕やけニャンニャン』での振る舞いについてのものだ。『タモリのいたずら大全集』で山瀬に対して行った行為について、2025年に山瀬本人へ直接謝罪したと確認できる発言ではない。
この区別は大切である。大竹が過去の行動を振り返り、自分の非を認めたことと、特定の相手に対する謝罪が行われたことは、同じ意味ではない。
一方で、当時のヒール役を続けようとした自分の考え方や、テレビ局との関係を振り返る発言からは、若い頃の芸風を現在の視点で捉え直している様子もうかがえる。
【2026年現在の関係】大竹まことと山瀬まみは和解している?
2026年10月現在、2人の関係を考えるうえで、最も確かな材料は2008年以降の再共演と、2011年に山瀬本人が語った仕事上の対応だ。
少なくとも、1988年の出来事を理由に、現在も一切共演できない関係が続いていると判断する根拠は乏しい。
不仲説と確認できる事実の違い
ネット上では、2人が長年不仲だったという説明や、山瀬が大竹を共演NGにしていたという話が繰り返されている。
しかし、実際の経緯を分解すると、次のように整理できる。
- 1988年:番組内で大きなトラブルが発生した。
- その後:山瀬の所属事務所が一定期間、2人の共演を避けていた。
- 2008年・2009年:TBS系番組で再共演した。
- 2011年:山瀬が過去の出来事を振り返り、同じ仕事現場で普通に対応したことも説明した。
- 2025年:大竹が日本テレビ出入り禁止の経験をテレビで回顧した。
この経過から見ると、当初の共演回避には事務所の判断という仕事上の事情があり、年月の経過とともに共演が実現したと考えるのが自然だ。
現在も親しい友人なのか
一方、再共演したからといって、現在も頻繁に私的な交流がある、あるいは親友関係にあるとまではいえない。
2026年10月時点で、2人が定期的に共演していることや、現在の親密な交友関係を裏付ける新たな本人発言は確認できない。
したがって、現在の関係について最も妥当なのは、過去に仕事上の共演回避があったものの、再共演を経て、少なくとも公の仕事で一緒になることが不可能な関係ではなくなった、という評価だ。
「今も犬猿の仲」という説明も、「現在は親友」という説明も、確認できる事実を超えてしまう。
【よくある質問】大竹まことと山瀬まみの関係に関するFAQ
Q1:大竹まことと山瀬まみの喧嘩は何年に起きた?
A1:1988年に日本テレビ系『タモリのいたずら大全集』で起きた騒動として知られています。大竹が山瀬を挑発し、身体的な攻防に発展。山瀬が泣き、大竹が番組セットを破壊したと報じられています。
Q2:山瀬まみが泣いた理由は?
A2:大竹との口論が激しくなり、押し倒されて衣装を引きはがされるような状況になったためです。単なる口喧嘩ではなく、予想を超えた行動にショックを受けたことが背景にあります。
Q3:大竹まことと山瀬まみは現在も共演NG?
A3:現在も共演NGが続いていると裏付ける情報はありません。2008年の『ドリーム・プレス社』、2009年の『ぴったんこカン・カン』などで再共演しています。
Q4:大竹まことは2025年に何を語った?
A4:2025年3月5日放送の『あちこちオードリー』で、山瀬まみを泣かせた過去や日本テレビから出入り禁止になった経験を振り返りました。また、『夕やけニャンニャン』での生放送中の振る舞いについて、自分が悪かったと認めています。
Q5:大竹まことはなぜ日本テレビを出入り禁止になった?
A5:1988年の『タモリのいたずら大全集』で山瀬との騒動を起こし、番組セットを破壊したことが理由として知られています。2025年の本人の回顧でも、出入り禁止になった事実が語られました。
Q6:常滑川まこととは誰?
A6:大竹まことが1980年代のテレビ番組で使用していた破天荒なキャラクター名です。特にフジテレビ系『夕やけニャンニャン』での活動が知られています。
まとめ:【プロの結論】共演NG説だけでは見えない2人の関係
大竹まことと山瀬まみの関係を理解する鍵は、1988年の騒動を単なる芸能人同士の喧嘩として片付けないことにある。
当時18歳だった山瀬は、大竹の過激な掛け合いのなかで衣装を引きはがされ、涙を見せることになった。その後、山瀬の所属事務所が共演を避ける期間があり、日本テレビでも大竹の出演が制限された。
しかし、2008年と2009年の再共演、2011年の山瀬本人による振り返りは、2人の関係が過去の騒動だけで固定されていないことを示している。
さらに2025年には、大竹本人が『あちこちオードリー』で当時の出来事を回顧した。ヒール役としての芸風、テレビ局との関係、そして自身の過去の行動に対する反省が語られたことは、この騒動を改めて考える材料になった。
この話から読み取れるのは、テレビにおける過激なキャラクターと、出演者本人の尊厳や安全を守ることは別問題だということだ。かつては笑いとして受け止められた演出でも、時間が経てば、その現場で何が起きていたのかを改めて検証する必要がある。
2026年現在、2人の関係を「不仲が続いている」と決めつけることはできない。確かなのは、一度は大きな溝が生まれたものの、年月を経て仕事上の再共演が実現し、過去の騒動もテレビで語られるようになったという事実だ。
1988年の号泣事件は、大竹まことの破天荒な芸風を象徴するエピソードであると同時に、昭和のテレビバラエティが抱えていた危うさを今に伝える出来事でもある。
主な参考資料:テレビ東京「テレ東プラス」(2025年3月6日)、女性自身(2025年3月6日)、デイリースポーツ(2025年3月7日)、Techinsight(2011年11月26日)。