【くも膜下出血と水頭症】米良美一さんが受けた3回の手術とは?
米良さんの闘病で特に深刻だったのが、くも膜下出血の手術後に発症した水頭症です。
1回目:くも膜下出血に対する緊急手術

2014年12月8日、米良さんは東京都内の自宅で倒れているところをマネージャーに発見されました。
当時の報道によると、診断は左側のくも膜下出血。意識が戻らないまま年を越し、生死の境をさまよう状態が続きました。
2026年のメディカルドックのインタビューでは、本人が発症から約14時間後に緊急手術を受けたと説明しています。
手術方法は開頭クリッピング術です。
これは頭蓋骨を開き、破裂した脳動脈瘤の根元を金属製のクリップで挟み、再出血を防ぐ治療法です。
2回目:後遺症として発症した水頭症の手術
緊急手術を乗り越えた米良さんでしたが、次に問題となったのが水頭症でした。
水頭症とは、脳や脊髄の周囲を循環している脳脊髄液(髄液)の流れや吸収が障害され、頭蓋内に過剰にたまる病気です。
くも膜下出血の後に起こることもあり、意識障害や歩行障害などにつながる場合があります。
米良さんの場合、2015年1月8日にシャント挿入手術を受けました。
シャント手術は、たまった髄液を体内の別の場所へ流すための管を設置する治療です。慶應義塾大学病院の医療情報サイトでも、水頭症の代表的な治療法として紹介されています。
2016年の日刊ゲンダイのインタビューでは、本人が当時の状況を振り返っています。
意識がはっきりしない状態が約2週間続き、手術をするかどうかの判断を迫られたそうです。
最終的に手術を決断したのは母親でした。
母親が医師に手術を依頼したことについて、米良さんは深い感謝を語っています。
3回目:動脈瘤に対する追加の治療
さらに、2026年更新のメディカルドックのインタビューでは、米良さんは手術を合計3回受けたと説明しています。
3回目は、最初の手術で留置したクリップが発症から約1年後に動いて外れていたため、再治療としてコイル塞栓術を受けたというものです。
コイル塞栓術は、カテーテルを血管内に通し、動脈瘤の内部に金属製のコイルを詰めて血流を遮断する方法です。
つまり、米良さんの手術歴は次の3段階に整理できます。
- 1回目:開頭クリッピング術による緊急治療
- 2回目:水頭症に対するシャント手術
- 3回目:動脈瘤へのコイル塞栓術による追加治療
2015年当時の報道では2回の手術が中心に伝えられていましたが、後年の本人の証言によって、その後の追加治療も明らかになっています。
【米良美一さんのリハビリと後遺症】歌声を取り戻すまでの苦労
手術が終われば、すぐに元の生活へ戻れるわけではありません。
米良さんにとって大きな課題となったのは、歩行能力の回復と歌声の再建でした。
身体機能と脳の働きを取り戻すリハビリ
2015年1月19日、米良さんは宮崎市内の病院へ転院しました。
その後、2カ月以上の入院生活を送り、3月25日に退院。宮崎の実家でリハビリを続けることになります。
日刊ゲンダイの2016年のインタビューでは、入院中のリハビリについて具体的に説明しています。
取り組んでいたのは、身体面と頭脳面の両方でした。
身体面のリハビリ
- 歩行能力を取り戻す運動
- 筋力をつけるトレーニング
- 階段の上り下り
- マッサージ
- 左右の脚の筋力バランスの調整
頭脳面のリハビリ
- パズル
- 漢字の練習
- 頭を使うトレーニング
退院後も自宅にリハビリの先生を招き、継続的に身体機能の回復に取り組んでいました。
歌手にとって最大の課題は声の回復だった
米良さんはカウンターテナー歌手です。
高い音域を自在に操る声は、長年の訓練によって培われた大切な表現手段です。
しかし、病気から回復する過程では、以前のように思いどおりの声を出せない時期がありました。
2015年8月26日の日刊スポーツによると、米良さんは5月の連休明けから発声の専門家が作成したメニューに沿って歌のトレーニングを開始。
本人は歌声の回復をスポーツ選手の競技復帰に例え、自分を「喉のアスリート」と表現していました。
一気に元の状態へ戻そうとせず、身体と心の状態を確かめながら練習を進めたのです。
この慎重な取り組みが、復帰への大切な一歩になりました。
後遺症は現在も残っているのか?
気になるのが、くも膜下出血による後遺症です。
2015年9月14日、オリコンニュースの取材に対し、米良さんは当初は軽い麻痺があったものの、当時はすでに麻痺がなくなったと説明しました。
一方、歌声は完全に戻ったわけではなく、回復度を6〜7割程度と表現しています。
そして、2026年更新のメディカルドックのインタビューでは、さらに踏み込んだ近況を語っています。
くも膜下出血による体調不良や日常生活での困りごとは、今はまったくありません。
本人によれば、現在も注意が必要なのは、先天性骨形成不全症による骨折のリスクです。骨がもろく、関節の可動域にも制限があるため、転倒や衝撃には気を配って生活しているとのことです。
ここで区別したいのは、くも膜下出血の後遺症が日常生活上なくなったという本人の説明と、先天性骨形成不全症が治ったという意味は異なることです。
脳の病気から回復した後も、生まれつきの疾患とは付き合い続けています。
【もののけ姫の歌手・米良美一】病気を乗り越えた音楽活動と経歴
米良美一さんの代表的な活動
米良さんを語るうえで欠かせないのが、映画『
1997年に公開された同作で主題歌を歌い、その透明感のある高音域と独特の歌唱表現によって、幅広い世代に知られるようになりました。
公式プロフィールによると、米良さんは1994年に洗足学園音楽大学を首席で卒業。オランダ政府給費留学生としてアムステルダム音楽院にも留学しています。
その後、バッハ・コレギウム・ジャパンの定期公演で教会カンタータを歌い、音楽家としてのキャリアを築きました。
くも膜下出血から273日でステージに復帰
2015年9月6日、米良さんは群馬県の玉村町文化センターで仕事復帰を果たしました。
発症から273日ぶりのステージです。
復帰公演では作曲家の宮川彬良さんと共演し、「ふたりの歌謡ショウ」に出演しました。
日刊スポーツによると、当時の歌声は7割以上まで回復していたとのことです。
米良さんは、病気を抱えながら乗り越えようとしている人に希望を感じてもらいたいという思いも語っていました。
復帰までの期間を振り返ると、単純に歌声が戻ったから舞台に立てたという話ではありません。
歩行や筋力の回復、発声トレーニング、心理的な準備など、複数の課題を乗り越えた結果でした。
講演活動やラジオにも活躍の場を広げる
米良さんの活動は、コンサートだけではありません。
2007年には自叙伝『天使の声~生きながら生まれ変わる』を出版。自身の人生経験を伝える講演活動にも取り組んできました。
さらに、2022年にはMRTラジオで「米良美一のビューティフルライフ」がスタートしました。
2023年には宮崎県の初代「みやざき読書アンバサダー」に就任。読み聞かせと歌を組み合わせたコンサートなど、音楽以外の文化活動にも参加しています。
闘病経験を経た後も、歌うことに加え、言葉や朗読を通じて人とつながる活動を続けている点が特徴です。
【米良美一さんの現在】2026年の体調・コンサート・出演情報
米良さんは現在も歌手として活動しています。
その根拠となるのが、本人の公式サイトに掲載されている2026年の出演情報です。
2026年の主な活動
| 時期 | 活動内容 | 会場・概要 |
|---|---|---|
| 2月21日 | ファミリーコンサート | 宮崎県・都城市総合文化ホール |
| 5月11日 | 母の日コンサート | 東京・Hakuju Hall |
| 8月22日 | 京都・祇園初ライブ | 京都・祇園JTN |
| 9月14日 | 敬老の日コンサート | 東京・Hakuju Hall |
| 10月12日 | Fill RECO FES 2026 | 大阪府泉佐野市 |
| 10月30日 | 特別コンサート | 客船・飛鳥Ⅱ |
また、公式サイトには、10月30日の飛鳥Ⅱでの特別コンサートに加えて、11月5日の福岡での朗読・対談・コンサート、12月4日の大阪でのトーク&コンサート、12月6日の兵庫での講演、12月12日のクリスマスコンサートなども掲載されています。
現在もラジオ番組を担当
現在の活動を知るうえで、ラジオ番組も見逃せません。
公式サイトによると、MRTラジオの「米良美一のビューティフルライフ」は毎週土曜日の午前11時45分から放送されています。
音楽だけでなく、米良さんの語りや人柄に触れられる番組です。
2026年現在の体調をどう判断すべきか
現在の体調については、2026年のメディカルドックで本人が、くも膜下出血による日常生活上の不調はないと説明しています。
加えて、公式サイトに複数のコンサートや講演の予定が掲載されていることからも、歌手・講演者として活動を続けていることが分かります。
ただし、公演予定があることと、すべての身体的な症状が消失したことは同じではありません。
特に先天性骨形成不全症については、本人も骨折への注意を続けていると話しています。
2026年現在の米良さんは、くも膜下出血から回復して音楽活動を続ける一方、生まれつきの骨の疾患とは引き続き付き合っているというのが、公開情報から読み取れる姿です。
【プロの結論】米良美一さんの闘病から分かる3つの重要なポイント
米良さんの病歴を整理すると、検索で混同されやすい情報がいくつかあります。
特に重要なのは、次の3点です。
1. 先天性骨形成不全症とくも膜下出血は別の病気
前者は生まれつきの骨の疾患、後者は脳の血管が破れて起こる病気です。骨形成不全症がくも膜下出血の原因になったとする根拠はありません。
2. 発症は2015年ではなく、当時の報道では2014年12月
2015年は、水頭症の手術、退院、リハビリ、ステージ復帰があった年です。後年の記事には発症年の食い違いがあるため、当時の報道を基準に時系列を理解することが大切です。
3. 復帰後も病気との付き合いは続いている
くも膜下出血による日常生活上の不調はないと本人が説明していますが、先天性骨形成不全症による骨折リスクには今も注意しています。
米良さんの歩みから読み取れるのは、病気を経験した人の回復を、単純に「完治した」「元通りになった」という言葉だけでは説明できないということです。
歌声の回復には時間がかかり、身体機能のリハビリも必要でした。それでも、本人がステージに立つという目標を持ち、少しずつ活動を取り戻していったことには大きな意味があります。
【米良美一の病気】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:米良美一さんは何の病気ですか?
A1:幼少期から先天性骨形成不全症を抱えています。また、2014年12月8日にくも膜下出血を発症し、水頭症も併発しました。
Q2:米良美一さんがくも膜下出血を発症したのは2015年ですか?
A2:当時の日刊スポーツなどの報道によると、発症は2014年12月8日です。2015年には水頭症の手術やリハビリ、復帰公演がありました。
Q3:米良美一さんは水頭症で手術を受けたのですか?
A3:はい。2015年1月8日にシャント挿入手術を受けています。後年の本人の説明では、くも膜下出血に関する手術は合計3回です。
Q4:米良美一さんに現在も後遺症はありますか?
A4:2026年のインタビューでは、くも膜下出血による日常生活上の困りごとはないと本人が説明しています。一方、先天性骨形成不全症による骨折リスクには引き続き注意しています。
Q5:米良美一さんは現在も歌手活動をしていますか?
A5:はい。2026年も公式サイトにコンサートや講演の出演情報が掲載されています。ラジオ番組「米良美一のビューティフルライフ」も継続しています。
Q6:米良美一さんが歌った『もののけ姫』の主題歌はいつの作品ですか?
A6:1997年公開の映画『もののけ姫』の主題歌です。米良さんの代表的な歌唱作品として現在も広く知られています。
まとめ:米良美一さんは病気を乗り越え、2026年も音楽活動を継続
米良美一さんは、幼少期から先天性骨形成不全症と向き合い、2014年12月にはくも膜下出血という命に関わる病気を経験しました。
水頭症の併発、3回にわたる手術、歩行や発声のリハビリなど、復帰までの道のりは決して平坦ではありませんでした。
それでも2015年9月にステージへ復帰し、その後もコンサートや講演、ラジオなど活動の幅を広げています。
2026年10月現在、本人はくも膜下出血による日常生活上の不調はないと語っており、公式サイトでも複数の出演予定が確認できます。
『もののけ姫』で知られる美しい歌声の背景には、音楽家としての研鑽だけでなく、長い闘病と地道なリハビリの時間がありました。
米良美一さんの現在を理解するうえでは、過去の病気だけに注目するのではなく、病気と付き合いながら音楽を届け続ける現在の姿にも目を向けたいところです。