【一覧】ホジキンリンパ腫を公表した有名人は誰?代表的な4人

目次

ホジキンリンパ腫の闘病を公表した人物として、特に確認できる代表例が次の4人です。

1.渡利璃穏(わたり・りお)|日本人レスリング選手

ホジキンリンパ腫有名人


渡利璃穏

- 職業:女子レスリング選手
- 公表:2016年11月
- 病名:ホジキンリンパ腫
- 復帰:2018年6月
- 引退表明:2019年11月

渡利璃穏は、2016年のリオデジャネイロ五輪に女子レスリング75キロ級で出場した日本代表選手です。

五輪前の検査で胸部に異常が見つかり、大会後の2016年9月に受けた細胞検査でホジキンリンパ腫と判明しました。同年11月24日、日本レスリング協会の栄和人強化本部長が本人の了承を得て病状を公表しています。

治療では抗がん剤を使用。副作用による全身の痛みや手の腫れなどに苦しみながら、愛知県で通院治療を続けました。

日刊スポーツの2018年6月16日の報道では、治療中の孤独や精神的な苦しさについても本人が振り返っています。

大きな転機となったのは2018年6月の全日本選抜選手権です。

約1年10カ月ぶりの実戦復帰となった大会で、女子68キロ級の決勝に進出。原千晶選手を3対2で破り、見事に優勝しました。

さらに同年10月の世界選手権代表にも選ばれています。

2019年には現役引退を正式表明

渡利は2019年11月、所属先の公式サイトで年内いっぱいで競技人生を終えると発表しました。

引退理由として挙げたのは、けがが増え、競技を続けたい気持ちと身体の状態にずれが生まれたことです。

つまり、ホジキンリンパ腫の治療から復帰し、再び日本一になった後、別の競技上の事情も踏まえて引退を決断したという経緯です。

2026年現在、確認できる公表情報では、現役レスリング選手としては活動を終了しています。引退と病気の再発を結び付ける根拠はありません。

2.デルタ・グッドレム|18歳で診断されたオーストラリアの歌手


デルタ・グッドレム

- 職業:歌手・俳優
- 診断・公表:2003年7月
- 当時の年齢:18歳
- 治療:化学療法・放射線治療
- その後:寛解を経て音楽活動に復帰

デルタ・グッドレムは、オーストラリアを代表する歌手・俳優の一人です。

代表作には、2003年に発表したデビューアルバム『Innocent Eyes』があります。オーストラリアの音楽チャートで大きな成功を収め、世界的な注目を集めました。

しかし、その成功とほぼ同じ時期に病気が発覚します。

2003年7月11日、所属レコード会社を通じて、ホジキンリンパ腫と診断されたことが公表されました。当時は18歳でした。

オーストラリア放送協会ABCの報道によると、当初は予備検査で病気の可能性が示され、シドニーの病院で追加検査と治療を受けていました。

治療後は寛解し、音楽活動へ復帰

デルタは化学療法と放射線治療を受けました。

2004年11月のアイリッシュ・タイムズのインタビューでは、すでに寛解して音楽活動に復帰したことが報じられています。

病気によって活動を中断したものの、デビューアルバムはその間も成功を続け、復帰後の音楽活動を支える存在になりました。

2023年には英紙ガーディアンのインタビューで、当時の闘病や復帰について改めて語っています。

なお、2018年には唾液腺の摘出手術を受け、舌の神経麻痺によって発話や歌唱が困難になった経験も明かしています。

これはホジキンリンパ腫の再発ではなく、別の健康問題です。両者を混同しないことが大切です。

2026年現在も歌手・俳優としてのキャリアを持つ人物ですが、過去の寛解報告だけで現在の医学的な状態まで断定することはできません。

3.マイケル・C・ホール|『デクスター』主演俳優


マイケル・C・ホール

- 職業:俳優
- 診断・公表:2010年1月
- 当時の年齢:38歳
- 病名:ホジキンリンパ腫
- その後:寛解、俳優活動を継続

マイケル・C・ホールは、海外ドラマ『デクスター』で主人公デクスター・モーガンを演じたアメリカの俳優です。

そのほか、HBOのドラマ『シックス・フィート・アンダー』でデヴィッド・フィッシャー役を演じたことでも知られています。

2010年1月、ホジキンリンパ腫の治療を受けていることが公表されました。

当時38歳で、出演中だった『デクスター』の撮影期間とも重なっていました。

AP通信の報道によると、本人の広報担当者は病気が完全寛解の状態にあり、予定どおり治療を続けていると説明しました。

化学療法を受けながらゴールデングローブ賞に出席

注目されたのは、治療中も俳優としての活動を続けたことです。

2010年のゴールデングローブ賞では、化学療法を受けている最中にもかかわらず、ニット帽を着用して授賞式に出席しました。

当時の報道では、治療を続けながら第5シーズンの撮影に戻る予定も伝えられています。

2021年のガーディアンのインタビューでは、2010年の診断から約10年間、寛解を維持していたことが紹介されました。

マイケル・C・ホールの事例は、治療期間中にも仕事との両立を図り、長期的に俳優活動を続けたケースです。

4.ヴィヴィアン・キャンベル|デフ・レパードのギタリスト


ヴィヴィアン・キャンベル

- 職業:ギタリスト
- 病気の公表:2013年
- 病名:ホジキンリンパ腫
- 2025年:ドナーによる造血幹細胞移植後に寛解を報告
- 2026年:再発を公表

ヴィヴィアン・キャンベルは、世界的なロックバンド「デフ・レパード」のギタリストです。

1992年に同バンドへ加入し、長年にわたって活動してきました。

2013年にホジキンリンパ腫の闘病を公表。その後も治療を続けながら、ライブや音楽活動に取り組んできました。

2023年11月には、リンパ腫支援団体Lymphoma Actionのインタビューで、長年の治療経験を振り返っています。

免疫療法などを受けながら、病気と付き合い、ツアー活動を続けていたことも明かされました。

2025年4月に完全寛解を報告

長期間にわたる治療の後、2025年1月にドナーからの造血幹細胞移植を受けました。

その後、4月中旬に実施したPET検査でがんの兆候が認められなかったと報告。6月には、12年以上の闘病を経て初めて完全寛解に至ったことを公表しました。

このニュースは、音楽メディアや海外の芸能メディアでも大きく報じられました。

2026年8月に再発を公表

しかし、2026年8月、状況が再び変わります。

ローリングストーン誌などの報道によると、キャンベルは8月12日にエルサルバドルのラジオ局YSKLのインタビューに出演し、2025年1月に受けたドナー移植が長期的な寛解につながらず、がんが再発したと明らかにしました。

現在は病状を管理するための治療を続けており、数年以内に別のドナーによる再移植を検討する可能性にも言及しています。

一方、デフ・レパードやサイドプロジェクトのLast in Lineでの活動、ラリー走行なども続けていると語っています。

この経過は、完全寛解と再発が必ずしも相反するものではないことを示す事例です。


【人物別比較】4人の公表時期・治療・復帰の経緯を一覧で整理

ここまで紹介した4人の経緯を時系列で整理します。

人物 公表・診断時期 治療・闘病の経緯 復帰・2026年現在
渡利璃穏 2016年 抗がん剤・放射線治療 2018年に競技復帰・優勝。2019年引退
デルタ・グッドレム 2003年 化学療法・放射線治療 2004年に寛解が報じられ、音楽活動に復帰
マイケル・C・ホール 2010年 化学療法など 寛解を報告。2021年には約10年間の寛解が紹介された
ヴィヴィアン・キャンベル 2013年に公表 化学療法・免疫療法・造血幹細胞移植 2025年に寛解を報告後、2026年8月に再発を公表

この比較から読み取れるのは、同じホジキンリンパ腫でも、治療にかかる期間や社会復帰のタイミング、長期的な経過は大きく異なるということです。

特に渡利璃穏のように競技へ復帰した例もあれば、ヴィヴィアン・キャンベルのように長期間にわたって再発と治療を繰り返す例もあります。

有名人の闘病歴を比較するときは、単純に「復帰した」「治った」という結果だけでなく、どのような治療を受け、その後どのような経過をたどったかまで確認する必要があります。

【病気の基礎知識】ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫の違い

ホジキンリンパ腫を調べていると、必ず目にするのが「非ホジキンリンパ腫」という病名です。

両者は同じ悪性リンパ腫に分類されますが、医学的には異なる病型です。

ホジキンリンパ腫とは?

ホジキンリンパ腫は、リンパ球に由来する血液のがんです。

特徴的なのは、古典的ホジキンリンパ腫の場合、病理検査でホジキン細胞やリード・シュテルンベルグ細胞(RS細胞)が確認されることです。

主な特徴は次のとおりです。

- 若年成人と50〜60歳代に発症のピークがある
- 首や鎖骨上などのリンパ節の腫れが初発症状になることが多い
- 病理組織検査によって診断する
- 化学療法や放射線治療などによって治癒を目指す

日本血液学会の2024年版診療ガイドラインによると、日本では悪性リンパ腫全体の約3〜6%を占めています。

また、約75%の患者で首や鎖骨上のリンパ節の腫れが発見時に認められるとされています。

非ホジキンリンパ腫とは?

非ホジキンリンパ腫は、ホジキンリンパ腫以外の多様なリンパ腫をまとめた分類です。

B細胞、T細胞、NK細胞など、がん化した細胞の種類によって分類されます。

ホジキンリンパ腫とは異なり、進行の速さや治療への反応も病型によって大きく違います。

国立がん研究センターの解説では、日本人の悪性リンパ腫の9割以上が非ホジキンリンパ腫とされています。

2つの病気の違いを比較

比較項目 ホジキンリンパ腫 非ホジキンリンパ腫
分類 独立した病型 多数の病型の総称
特徴的な細胞 RS細胞など 病型ごとに異なる
主な由来 Bリンパ球 B・T・NK細胞など
日本での割合 悪性リンパ腫全体の約3〜6% 9割以上
治療 化学療法・放射線治療など 化学療法・分子標的薬など
予後 治癒を目指せる病型 病型・悪性度によって異なる

重要なのは、非ホジキンリンパ腫を一つの病気として扱わないことです。

同じ悪性リンパ腫でも、種類によって治療方針も予後も変わります。病名の一部だけを見て、ほかの患者や有名人の経過と比較するのは適切ではありません。

【治療と生存率】寛解・再発をどう理解すればよい?

ホジキンリンパ腫は、治療の進歩によって治癒を目指せる病気です。

ただし、すべての患者が同じ治療を受けるわけではありません。

ホジキンリンパ腫の主な治療方法

治療方針は、病型や病期、年齢、身体の状態などを踏まえて決定されます。

国立がん研究センターが紹介している主な治療は次のとおりです。

治療方法 内容
ABVD療法 複数の抗がん薬を組み合わせる治療
A-AVD療法 分子標的薬と抗がん薬を組み合わせる治療
放射線治療 病変のある部位に放射線を照射する
造血幹細胞移植 再発・難治例などで検討される治療

一般的に、I期・II期の限局期ではABVD療法、または化学療法と放射線治療の組み合わせが選択肢になります。

III期・IV期の進行期ではA-AVD療法やABVD療法などが検討されます。

治療効果が十分でない場合や再発した場合には、造血幹細胞移植が選択肢になることもあります。

2026年時点でも、治療方法は病型や患者の状態に合わせて選択されます。海外の最新治療成績と日本国内の標準治療を同一視せず、担当医と治療方針を確認することが大切です。

ホジキンリンパ腫の5年生存率は?

治療成績を把握する際に参考になるのが、5年相対生存率です。

米国国立がん研究所のSEER統計によると、2016〜2022年に診断された患者のホジキンリンパ腫の5年相対生存率は89.3%です。

病期別では次のような数値が公表されています。

病期 5年相対生存率
I期 92.7%
II期 95.4%
III期 87.7%
IV期 82.8%

ただし、これらは米国の患者集団を対象とした統計です。日本人患者個人の生存率を示す数字ではありません。

また、5年相対生存率は集団全体の傾向を示す指標であり、個人の寿命や治癒を保証するものではありません。

寛解と完治は同じではない

ホジキンリンパ腫を理解するうえで、特に大切なのが「寛解」という言葉です。

寛解とは、治療によって検査上、がんの病変が認められなくなった状態を指します。

完全寛解になった場合でも、将来的な再発の可能性がゼロになるわけではありません。

ヴィヴィアン・キャンベルの経過は、その違いをよく表しています。

- 2025年1月:ドナーからの造血幹細胞移植
- 2025年4月:PET検査で病変が認められない状態を報告
- 2025年6月:完全寛解を公表
- 2026年8月:病気の再発を公表

寛解後も再発の有無を確認するため、定期的な通院や検査が必要です。

国立がん研究センターは、リンパ腫の治療後も完全奏効となった後に再発する可能性があり、一定期間は3〜6カ月ごとの通院などによる経過観察が必要と説明しています。

また、治療終了後も二次がん、心機能障害、不妊などの晩期合併症に注意する必要があります。

【誤解を解消】有名人が復帰したからといって全員が同じ経過をたどるわけではない

ホジキンリンパ腫の有名人を調べる際、特に注意したい誤解が3つあります。

誤解1:寛解すれば二度と再発しない

寛解は検査上の病変消失を示すものであり、再発の可能性は残ります。ヴィヴィアン・キャンベルの2026年の公表が、その実例です。

誤解2:ホジキンリンパ腫はすべて同じ治療で治る

病型や病期によって治療方法は異なります。患者の年齢や健康状態も治療選択に影響します。

誤解3:芸能人やスポーツ選手が復帰できたなら、自分も同じ期間で復帰できる

渡利璃穏は治療後に競技へ復帰しましたが、デルタ・グッドレムやマイケル・C・ホールとは年齢も職業も治療経過も異なります。

有名人の事例は病気を理解するきっかけになりますが、個人の治療計画や予後を判断する材料として、そのまま当てはめることはできません。

【2026年最新】ホジキンリンパ腫を公表した有名人の現在と注目点

2026年10月時点で、4人の公表情報から押さえておきたいポイントを整理します。

- 渡利璃穏: 2018年に競技復帰して全日本選抜選手権で優勝。2019年に現役引退を正式表明。
- デルタ・グッドレム: 2004年に寛解が報じられ、その後も音楽活動を継続。
- マイケル・C・ホール: 2010年に治療中の寛解を公表。2021年には約10年間の寛解が紹介された。
- ヴィヴィアン・キャンベル: 2025年に完全寛解を報告した後、2026年8月に再発を公表。治療を続けながら音楽活動も継続。

この4人の経過で特に注目すべきなのは、治療が終わった後の人生もそれぞれ違うという点です。

渡利は競技復帰後に引退というキャリアの区切りを迎えました。デルタは音楽活動を続け、マイケルは俳優として仕事を継続。ヴィヴィアンは再発後も演奏活動を続けています。

病気を公表したことと、その後の活動をどう選択するかは別の問題です。

また、本人が公表していない健康状態やプライベートな事情を、過去の報道だけから推測することも適切ではありません。

【プロの結論】有名人の闘病歴から学ぶべき3つのこと

ホジキンリンパ腫を公表した有名人の事例を比較すると、重要なポイントは次の3つです。

1. 診断名だけで経過を判断しない。 病型や病期、治療内容によって見通しは異なる。
2. 寛解後も経過観察を続ける。 病変が消失しても再発や晩期合併症への注意は必要。
3. 治療後の人生は一人ひとり異なる。 仕事や競技への復帰時期、生活の選択は個人の状態によって変わる。

有名人の経験を知ることは、病気への理解を深める助けになります。しかし、最終的に必要なのは個人の病状に合った医療判断です。

【よくある質問】ホジキンリンパ腫の有名人に関するFAQ

Q1:ホジキンリンパ腫を公表した日本人の有名人は誰ですか?

渡利璃穏が代表的な人物です。2016年のリオ五輪後にホジキンリンパ腫と判明し、抗がん剤や放射線による治療を受けました。2018年にはレスリング競技に復帰し、全日本選抜選手権で優勝しています。

Q2:ホジキンリンパ腫を公表した海外の芸能人は誰ですか?

デルタ・グッドレム、マイケル・C・ホール、ヴィヴィアン・キャンベルが代表例です。歌手、俳優、ギタリストと、それぞれ異なる分野で活躍しています。

Q3:ホジキンリンパ腫は治る病気ですか?

治癒を目指せる病気です。化学療法や放射線治療などが行われ、病型や病期によって治療方針が異なります。ただし、寛解後も再発する可能性があるため、定期的な経過観察が必要です。

Q4:ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫は同じ病気ですか?

同じ悪性リンパ腫に分類されますが、異なる病型です。特徴的な細胞や病理組織像、治療方法などに違いがあります。

Q5:ホジキンリンパ腫の寛解後に再発することはありますか?

あります。ヴィヴィアン・キャンベルは2025年に完全寛解を報告した後、2026年8月に再発を公表しました。寛解後も定期的な検査を続けることが重要です。

Q6:2026年現在、ヴィヴィアン・キャンベルはどうしていますか?

2026年8月のインタビューで再発を公表し、病状を管理するための治療を続けていると説明しました。一方、デフ・レパードやLast in Lineでの活動も続けています。

まとめ:ホジキンリンパ腫を公表した有名人4人の現在と闘病から分かること

ホジキンリンパ腫を公表した有名人として、渡利璃穏、デルタ・グッドレム、マイケル・C・ホール、ヴィヴィアン・キャンベルの4人を紹介しました。

それぞれの経過を振り返ると、治療を乗り越えて競技や芸能活動に復帰した人もいれば、長期的な治療と再発に向き合いながら活動を続ける人もいます。

2026年の大きな注目点は、ヴィヴィアン・キャンベルが2025年に完全寛解を報告した後、2026年8月に再発を公表したことです。

このニュースは、ホジキンリンパ腫における寛解と再発の違いを理解するうえでも重要な事例となりました。

ホジキンリンパ腫は治癒を目指せる病気であり、治療方法も進歩しています。一方で、病型や病期によって治療経過は異なり、治療終了後も継続的な健康管理が欠かせません。

有名人の闘病経験を単なるニュースとして消費するのではなく、病気への理解や患者への支援につなげていくことが大切です。


主な参考資料:日本血液学会「造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版」、国立がん研究センター「がん情報サービス」、日本オリンピック委員会、島根県、日刊スポーツ、AP通信、ABC News、The Guardian、Lymphoma Action、Rolling Stone、Louder、米国国立がん研究所SEER統計。