DA PUMP初期メンバー4人は誰?3人の脱退理由と2026年の6人体制を徹底解説
DA PUMPの初期メンバーは、ISSA・SHINOBU・YUKINARI・KENの4人です。1996年に沖縄出身のメンバーで結成され、翌1997年6月に「Feelin' Good ~It's PARADISE~」でメジャーデビュー。ISSAの歌唱力と3人のダンスパフォーマンスを武器に、1990年代後半の音楽シーンを代表するダンス&ボーカルグループへと成長しました。
その後、SHINOBUが2006年、YUKINARIが2008年、KENが2009年に相次いで脱退。結成当初から残ったメンバーはISSAだけになりました。しかし、グループは新メンバーを迎えて再出発し、2018年の「U.S.A.」の大ヒットを経て、2026年現在はISSA・YORI・TOMO・KIMI・U-YEAH・KENZOの6人体制で活動を続けています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 初期メンバー:ISSA・SHINOBU・YUKINARI・KENの沖縄出身4人で、1996年に結成。
- 脱退の時期:SHINOBUは2006年、YUKINARIは2008年、KENは2009年。それぞれ異なる事情があった。
- 2026年の現体制:ISSA・YORI・TOMO・KIMI・U-YEAH・KENZOの6人。初期メンバーからはISSAが唯一在籍している。
【初期メンバー一覧】DA PUMPを作った4人の名前とプロフィール

DA PUMPの原点となった4人は、全員が沖縄アクターズスクールに関係するメンバーです。ISSAがボーカルを担当し、SHINOBU・YUKINARI・KENがダンスやラップなどを担うスタイルで活動していました。
1.ISSA(辺土名一茶)|唯一残った初期メンバーでリーダー
ISSAは1978年12月9日生まれ、沖縄県出身。DA PUMPのリーダーであり、グループのメインボーカルを務めています。
1996年にDA PUMPを結成し、1997年にデビュー。伸びやかな歌声と、激しいダンスを踊りながらも安定した歌唱力を維持するパフォーマンスが大きな特徴です。
初期の4人体制から現在までグループに在籍し続けている唯一のメンバーでもあります。SHINOBU、YUKINARI、KENの脱退後もグループを支え、2008年以降の大規模なメンバー再編や2018年の再ブレイクを経験しました。
公式プロフィールでは、音楽活動に加えてミュージカル『ロッキーホラーショー』や『ピーターパン』への出演など、幅広い活動も紹介されています。
2.SHINOBU(宮良忍)|沖縄・小浜島で民宿を営む元メンバー
SHINOBUの本名は宮良忍。沖縄県出身で、DA PUMPの初期メンバーとしてダンスやパフォーマンスを担当しました。
1997年のデビューからグループを支え、1998年から2002年までのNHK紅白歌合戦5年連続出場も経験しています。
2005年に道路交通法違反(酒酔い運転)で逮捕され、約3か月の活動謹慎となりました。その後も活動を自粛する期間が続き、2006年4月7日に正式な脱退が発表されました。
当時の公式発表では、脱退理由として個人の音楽活動を追求したいという本人の意向が説明されています。活動自粛に至った経緯と、最終的な脱退理由は分けて理解する必要があります。
現在は沖縄県の小浜島に戻り、実家の「民宿宮良」を経営。2025年11月のCHANTO WEBのインタビューでは、宿の経営やクルージング事業について語っています。芸能界を離れた後も、音楽活動や元メンバーとの交流を続けています。
3.YUKINARI(玉城幸也)|音楽活動と沖縄での地域貢献
YUKINARIの本名は玉城幸也。DA PUMP結成前からKENとともに活動していたメンバーで、初期グループの形成に深く関わっています。
1997年のデビュー以降、ダンスやラップを含むパフォーマンスでグループを支えました。しかし、2008年12月に脱退を発表。新しいDA PUMPがパフォーマンスを重視する方向へ再編されるなかで、本人が考える音楽活動との方向性の違いが表面化しました。
脱退時の本人コメントでは、メンバーと何度も話し合ったことや、自分自身の音楽活動を行うために充電期間が必要と判断したことが説明されています。
「一度、充電期間が必要だと判断しました」
これは当時のYUKINARI本人の脱退コメントに含まれる説明です。
脱退後は沖縄へ戻り、音楽活動や事業に取り組みました。2021年の日刊ゲンダイのインタビューでは、若い音楽活動者への楽曲提供や、元DA PUMPメンバーとのユニット活動についても振り返っています。
さらに、2019年からは沖縄県内の子どもの貧困問題に関心を持ち、沖縄フューチャーボランティアベースボールの活動を開始。2024年5月には、子どもの貧困や教育格差の解決を目指すチャリティーパーティーの発起人代表を務めました。
4.KEN(奥本健)|楽曲制作や振付にも関わった初期メンバー
KENの本名は奥本健。YUKINARIとともにDA PUMP結成以前から活動していたメンバーです。
ダンスだけでなく、楽曲の作詞・作曲や振付など、グループのクリエイティブ面にも深く関わりました。特に2003年以降のセルフプロデュース路線では、その制作能力が重要な役割を果たしています。
2009年12月5日、公式サイトを通じて脱退を発表。ISSAと話し合いを重ねた結果、思想や音楽的な方向性の違いが生じたことが理由として説明されました。
脱退後も音楽とダンスの世界で活動を継続。元DA PUMPのYUKINARIとともに音楽ユニット「琉-UNIT」を結成したほか、ソロアーティスト、振付師、演出家、ダンススクール運営などにも取り組んでいます。
TuneCore Japanのアーティスト情報では、2024年に「This is how we do it」「また明日」、2025年5月には「夜風に吹かれて(Cover)」をリリースした記録が確認できます。
なお、現在のDA PUMPに所属するKENZOとは別人です。KENは初期メンバーの奥本健、KENZOは2008年以降に加入した現メンバーです。
【結成からデビューまで】1996年の沖縄から1997年のメジャーデビューへ
DA PUMPの歴史を理解するには、1997年のデビューだけでなく、その前年に始まった沖縄での活動にも注目する必要があります。
初期メンバーのうち、KENとYUKINARIは先にコンビとして活動していました。その後、SHINOBUとISSAが加わり、4人体制のグループへと発展します。
沖縄アクターズスクールで培った歌とダンスの技術を土台に、上京後のレッスンやライブ活動を経て、DA PUMPとしてのデビューに至りました。結成当初は「KOOZ」や「Billy The Kids」といった名称で活動していた時期もあります。
デビュー曲は「Feelin' Good ~It's PARADISE~」
1997年6月、DA PUMPはシングル「Feelin' Good ~It's PARADISE~」でメジャーデビューしました。
音楽プロデュースを担当したのは、m.c.A・Tこと富樫明生です。日本語ラップとダンスミュージックを融合させた音楽性が、初期DA PUMPの魅力を引き出しました。
デビュー後は「ごきげんだぜっ!~Nothing But Something~」「Rhapsody in Blue」「We can't stop the music」「if...」などのヒット曲を発表。1998年にはNHK紅白歌合戦に初出場し、2002年まで5年連続出場を果たしています。
2001年に発売されたベストアルバム『Da Best of Da Pump』は128万枚を売り上げました。初期4人の時代が、DA PUMPの人気を確立した重要な期間だったことが分かります。
また、2003年以降はセルフプロデュースにも取り組み、ISSAの歌唱、KENの制作面での貢献、メンバーそれぞれの表現力がグループの音楽性を広げていきました。
【メンバー変遷年表】SHINOBU・YUKINARI・KENはいつ脱退した?
DA PUMPの初期メンバーが4人から1人になった過程には、それぞれ異なる転機がありました。特に2006年から2009年は、グループの方向性そのものが変わった時期です。
3人の脱退理由を整理すると、単純な不仲や一つの出来事だけでは説明できません。活動自粛からの進路変更、音楽制作とパフォーマンスの方向性の違い、メンバー間の話し合いなど、個別の背景があります。
| 時期 | 出来事・メンバー | 背景・ポイント |
|---|---|---|
| 1996年 | DA PUMP結成 | ISSA・SHINOBU・YUKINARI・KENの4人 |
| 1997年6月 | メジャーデビュー | 「Feelin' Good ~It's PARADISE~」を発売 |
| 2005年2月 | SHINOBUが活動謹慎 | 酒酔い運転による逮捕を受けて活動を自粛 |
| 2006年4月 | SHINOBU脱退 | 個人の音楽活動を追求する意向を表明 |
| 2008年12月 | YUKINARI脱退 | 音楽活動の方向性や充電期間をめぐる判断 |
| 2009年 | 新メンバー加入・9人体制 | ISSAとKENに7人が加わり再始動 |
| 2009年12月5日 | KEN脱退 | ISSAとの思想・音楽的方向性の違い |
| 2014年1月 | KAZUMA卒業 | 俳優・ダンサーとして個人活動に挑戦 |
| 2021年4月末 | DAICHI卒業 | 持病のヘルニア悪化によりパフォーマンス継続が困難に |
| 2021年5月以降 | 現在の6人体制 | ISSA・YORI・TOMO・KIMI・U-YEAH・KENZO |
SHINOBUの脱退理由は活動自粛と個人の音楽活動
SHINOBUについては、2005年の逮捕と2006年の正式脱退を混同しないことが大切です。
2005年の出来事を受けて活動を自粛し、その後もグループへの復帰が進まない状態が続きました。2006年4月の正式発表では、本人が個人の音楽活動を追求したいという意向を示したことが説明されています。
つまり、活動自粛に至った直接のきっかけと、最終的にグループを離れることになった進路上の判断は、別の段階として捉えるべきです。
YUKINARIの脱退理由は音楽活動の方向性の違い
2008年12月のYUKINARI脱退では、DA PUMPの再編成が大きな背景にありました。
当時、ISSAとKENはダンスパフォーマンスを重視する新しいグループを構想していました。一方、YUKINARIは音楽制作など、自身の音楽活動について考える時間を必要としていました。
当時の報道でも、パフォーマンス重視の再編と音楽制作を重視するYUKINARIとの方向性の違いが伝えられています。
また、2018年のテレビ出演時には、脱退後に沖縄へ戻ったことや、子育てを考えた生活についても本人が振り返っています。ただし、脱退そのものの理由と、その後の生活拠点を沖縄にした理由は区別して理解する必要があります。
KENの脱退理由はISSAとの音楽的な方向性の違い
KENの脱退については、2009年12月5日付の公式発表に本人の説明が残っています。
「思想や音楽的な方向性の違いが生じ」
KENは、SHINOBUやYUKINARIが脱退した後も、ISSAと2人でDA PUMPを続けていこうと話し合っていたことを明かしています。しかし、今後のグループのあり方について協議を重ねた結果、脱退という結論に至りました。
本人は脱退後も音楽やダンスに携わり、若い世代の育成や音楽制作を続けたいという意向を示していました。実際に、その後もアーティストとして活動しています。
【元メンバー3人の現在】SHINOBU・YUKINARI・KENは何をしている?
初期メンバー3人は、DA PUMP脱退後もそれぞれの道を歩んでいます。共通しているのは、グループ在籍時に培った音楽やエンターテインメントの経験を、異なる仕事や活動に生かしていることです。
SHINOBUは小浜島で「民宿宮良」を経営
SHINOBUこと宮良忍は、芸能界を離れた後、沖縄県の小浜島に戻りました。現在は実家の民宿を引き継ぎ、「民宿宮良」を経営しています。
2025年のCHANTO WEBのインタビューによると、宿を引き継いでから13年ほどが経過し、クルージングを中心とした観光サービスにも力を入れています。
2025年にはクラウドファンディングで調達した資金を活用して船を新調。宿泊客を海へ案内するなど、島の自然を生かした事業を展開しています。
興味深いのは、本人が現在の民宿経営について、DA PUMP時代の活動とつながるエンターテインメントとして捉えている点です。歌やダンスで人を楽しませていた経験が、現在の接客や観光サービスにも生きています。
また、元メンバーとの交流も続いており、芸能界との関係を完全に断ち切ったわけではありません。
YUKINARIは沖縄で音楽活動と社会貢献に取り組む
YUKINARIは脱退後、沖縄を拠点に活動してきました。音楽活動では、KENとともに「琉-UNIT」を結成し、インディーズでの楽曲制作やライブ活動などを経験しています。
その後は沖縄で事業にも挑戦。2021年の日刊ゲンダイのインタビューでは、飲食・エンターテインメント関連の事業を経験したことや、経営上の苦労についても語っています。
近年の注目すべき活動が、子どもの貧困や教育格差の解決を目指す取り組みです。琉球新報の2024年5月の報道では、YUKINARIが2019年から沖縄フューチャーボランティアベースボールの活動を始めたことが紹介されました。
同団体は募金活動やチャリティーイベントなどを実施しており、YUKINARIは発起人代表として地域社会への貢献にも取り組んでいます。
KENはソロアーティスト・振付師・演出家として活動
KENこと奥本健は、DA PUMPを離れた後もダンスと音楽を中心に活動を継続しています。
KENの特徴は、初期DA PUMP時代から培ってきた振付や楽曲制作の経験を、個人の仕事に発展させていることです。
TuneCore Japanのアーティストプロフィールでは、アーティスト活動のほか、メジャーアーティストへの振付、ステージ演出、ダンサーやアーティストの育成などが紹介されています。
また、2024年と2025年にもソロ名義で楽曲をリリース。2026年現在も、DA PUMP脱退後に築いた音楽活動を続けていることが分かります。
KENとYUKINARIは、同じグループの初期メンバーとして活動した後も音楽ユニットを組んでいます。DA PUMPというグループを離れても、2人の音楽的なつながりは続いています。
【2026年最新】DA PUMPの現メンバー6人と歴代メンバーの変遷
DA PUMPは初期の4人組から、複数回のメンバー変更を経て現在の6人体制になりました。
特に2008年の再編成は大きな転換点です。ISSAとKENを中心に7人の新メンバーが加入し、9人組として再スタートしました。
2008年に加入した7人が新生DA PUMPを支えた
新たに加わったメンバーは、YORI・TOMO・KIMI・U-YEAH・KENZO・DAICHI・KAZUMAの7人です。
2009年には新体制で「SUMMER RIDER」を発売。初期の4人組とは異なり、人数を生かした大規模なダンスパフォーマンスを特徴とするグループへと変化していきました。
同年12月にはKENが脱退。その後、2014年1月にはKAZUMAが卒業し、7人体制となります。
2018年には「U.S.A.」が大ヒット。DA PUMPは音楽番組や大型イベントへの出演を増やし、再び幅広い世代から注目されました。
2021年5月から現在の6人体制へ
2021年にはDAICHIが卒業しました。所属事務所の2021年4月1日の公式発表では、長年の持病であるヘルニアの悪化によってパフォーマンスの継続が難しくなったことが理由として説明されています。
これに伴い、同年5月から現在の6人体制となりました。
2026年現在のDA PUMPメンバーは次の6人です。
- ISSA:リーダー・ボーカル。初期メンバーから唯一在籍。
- YORI:2008年加入。ダンスパフォーマンスを担当。
- TOMO:2008年加入。ダンスを中心に活動。
- KIMI:2008年加入。ダンスやラップなどでグループを支える。
- U-YEAH:2008年加入。ダンスパフォーマンスを担当。
- KENZO:2008年加入。世界的なダンスコンテストでの実績を持つダンサー。
現在のメンバー構成は、DA PUMP公式サイトのプロフィールにも掲載されています。
なお、初期メンバーのKEN(奥本健)と現在のKENZOは別人です。名前が似ているため、歴代メンバーを調べる際には注意したいポイントです。
【プロの結論】DA PUMPの初期4人と現在の6人体制は何が違う?
DA PUMPの歴史を振り返ると、単なるメンバー交代ではなく、グループの表現方法そのものが変化してきたことが分かります。
初期の4人組は、ISSAのボーカルとSHINOBU・YUKINARI・KENのダンスやラップを組み合わせたスタイルが特徴でした。沖縄アクターズスクールで育まれた個々の能力と、m.c.A・Tによる音楽プロデュースが、デビュー当初の個性を形作りました。
一方、2008年以降はダンスの専門性や人数を生かしたステージパフォーマンスへと軸足を移します。新メンバーの加入によって、より多彩なダンス表現が可能になりました。
2018年の「U.S.A.」のヒットは、こうした長期的な変化の先に生まれた成果でもあります。
もう一つ見逃せないのは、初期メンバーそれぞれの現在です。SHINOBUは民宿経営、YUKINARIは音楽活動や地域貢献、KENは振付や音楽制作など、異なる分野で経験を生かしています。
したがって、初期DA PUMPを知りたい人は、4人の名前だけでなく、次の3つのポイントを押さえるとグループの歴史を理解しやすくなります。
- 結成当初:沖縄アクターズスクールを背景にした4人の個性と音楽性。
- 2006~2009年:3人の脱退と、パフォーマンス重視のグループへの再編。
- 2021~2026年:DAICHIの卒業後に確立された6人体制と、現在まで続く活動。
初期の4人組を知っているファンにとっても、現在の6人からDA PUMPを知ったファンにとっても、メンバーの変遷を理解することは、グループの音楽的な進化を楽しむ手がかりになります。
DA PUMPの初期メンバーに関するよくある質問(FAQ)
Q1:DA PUMPの初期メンバーは誰ですか?
A1:ISSA・SHINOBU・YUKINARI・KENの4人です。全員が沖縄アクターズスクールに関係するメンバーで、1996年に結成され、1997年6月にデビューしました。
Q2:DA PUMPの初期メンバーで現在も残っているのは誰ですか?
A2:ISSAだけです。SHINOBUは2006年、YUKINARIは2008年、KENは2009年に脱退しました。ISSAは現在もリーダー兼ボーカルとして活動しています。
Q3:SHINOBUの脱退理由と現在の仕事は何ですか?
A3:2005年の酒酔い運転による逮捕後、活動自粛を経て2006年4月に正式脱退しました。現在は沖縄県小浜島で民宿宮良を経営しています。
Q4:YUKINARIの脱退理由は不仲だったからですか?
A4:公式コメントでは、音楽活動について悩み、メンバーとの話し合いを重ねた末の決断と説明されています。パフォーマンスを重視する新体制との方向性の違いが背景にあり、不仲だけを理由とする説明は適切ではありません。
Q5:KENは現在何をしていますか?
A5:奥本健としてソロ音楽活動、振付、演出、ダンサー育成などに取り組んでいます。YUKINARIとともに琉-UNITを結成した経歴もあります。
Q6:2026年現在のDA PUMPは何人ですか?
A6:6人です。ISSA・YORI・TOMO・KIMI・U-YEAH・KENZOの6人で活動しています。2021年5月に現在の体制となりました。
Q7:DA PUMPのデビュー曲は何ですか?
A7:1997年6月発売の「Feelin' Good ~It's PARADISE~」です。m.c.A・Tこと富樫明生が音楽プロデュースを担当しました。
まとめ:DA PUMP初期4人の歴史は現在の6人体制につながっている
DA PUMPの初期メンバーは、ISSA・SHINOBU・YUKINARI・KENの4人です。1996年の結成から1997年のデビューを経て、1990年代後半から2000年代初頭の音楽シーンで存在感を発揮しました。
その後、SHINOBUが2006年、YUKINARIが2008年、KENが2009年に脱退。それぞれが異なる理由でグループを離れましたが、音楽やダンス、地域活動などを通じて新たなキャリアを築いています。
ISSAは初期メンバー唯一の在籍者としてグループを守り続け、2008年以降に加入したメンバーとともに新しいDA PUMPを作り上げてきました。
2026年現在の6人体制は、1996年から続くグループの歴史の延長線上にあります。初期4人の時代と現在のパフォーマンスを聴き比べることで、DA PUMPが積み重ねてきた音楽性と進化を、より深く楽しめるはずです。
主な情報確認先
- DA PUMP公式プロフィール・公式ファンクラブプロフィール
- DA PUMP公式のKEN脱退発表(2009年12月5日)
- DA PUMP公式のDAICHI卒業発表(2021年4月1日)
- スポニチ、音楽ナタリー、BARKSの過去の脱退報道
- CHANTO WEBの宮良忍インタビュー(2025年11月)
- 琉球新報のYUKINARIの地域貢献活動に関する報道(2024年5月)
- TuneCore Japanの奥本健アーティストプロフィール(2026年確認)