吉永小百合は2026年10月現在81歳!生年月日から125本目の映画まで徹底解説
吉永小百合さんは、2026年10月30日現在、81歳です。1945年3月13日生まれで、1957年にラジオドラマ『赤胴鈴之助』で芸能界にデビュー。映画『朝を呼ぶ口笛』で映画初出演を果たし、1962年の『キューポラのある街』で一躍国民的スターとなりました。
80年以上の人生のうち、約70年を芸能活動とともに歩んできた吉永さん。早稲田大学への進学、1973年の結婚、夫・岡田太郎さんとの生活、そして2027年公開予定の映画『母の待つ里』まで、その年齢と経歴には数々の節目があります。現在の活動や若い頃の代表作も含め、2026年最新の情報を時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の年齢:1945年3月13日生まれ。2026年10月30日現在81歳。
- 芸能界デビュー:1957年のラジオドラマ『赤胴鈴之助』。映画デビューは1959年。
- 代表作:『キューポラのある街』『愛と死をみつめて』『母べえ』『こんにちは、母さん』など。
- 学歴:早稲田大学第二文学部を1969年に卒業。
- 結婚・家族:1973年に岡田太郎さんと結婚。夫は2024年に94歳で死去。夫婦に子供はいない。
- 最新の映画情報:2025年公開の『てっぺんの向こうにあなたがいる』が124本目。125本目は『母の待つ里』で、2027年秋公開予定。
【2026年最新】吉永小百合は何歳?生年月日と年齢の数え方

吉永小百合さんは、1945年3月13日生まれの81歳です。東京都出身で、2026年3月13日に81歳の誕生日を迎えました。
年齢は、誕生日を迎えるごとに1歳加算する満年齢で計算します。2026年10月30日は誕生日をすでに過ぎているため、81歳です。
インターネット上では80歳と紹介されているプロフィールも見かけますが、これは2025年3月13日から2026年3月12日までの年齢です。2026年10月時点の最新年齢とは異なります。
吉永さんは、終戦の年に生まれた世代です。昭和、平成、令和という3つの時代を映画界の第一線で歩み続けてきたことも、そのキャリアを語るうえで欠かせません。
2026年3月の日刊スポーツ創刊80周年企画のインタビューでも、吉永さんは映画人生を振り返っています。1957年のデビューから、2025年公開の124本目の映画まで、長い年月にわたって映画の現場に立ち続けています。
【デビューから現在まで】吉永小百合の経歴・出演歴を年表で整理
吉永小百合さんの芸能活動は、1950年代後半に始まりました。ラジオドラマで経験を積み、映画界に進出すると、1960年代には日活を代表する青春スターとして人気を確立します。
特に1962年の『キューポラのある街』は、吉永さんの名前を全国に広めた重要な作品です。その後も数多くの映画に出演し、主演女優として長いキャリアを築いてきました。
主な経歴を時系列でまとめると、次のとおりです。
| 年 | 主な出来事・作品 | 経歴上の意味 |
|---|---|---|
| 1945年 | 3月13日、東京都で誕生 | 吉永小百合の生年月日 |
| 1957年 | ラジオドラマ『赤胴鈴之助』 | 芸能界デビュー |
| 1959年 | 映画『朝を呼ぶ口笛』 | 映画初出演 |
| 1962年 | 『キューポラのある街』 | ブルーリボン賞主演女優賞を受賞 |
| 1965年 | 早稲田大学第二文学部に入学 | 俳優業と学業を両立 |
| 1969年 | 早稲田大学卒業 | 第二文学部で学業を修了 |
| 1973年 | 岡田太郎さんと結婚 | 8月に結婚を発表 |
| 1980年 | 映画『動乱』 | 高倉健さんとの初共演作 |
| 2014年 | 『ふしぎな岬の物語』 | 企画・主演を担当 |
| 2023年 | 『こんにちは、母さん』 | 主演を務めた話題作 |
| 2025年 | 『てっぺんの向こうにあなたがいる』 | 映画出演124本目 |
| 2026年 | 『母の待つ里』映画化発表 | 125本目の出演作として発表 |
| 2027年予定 | 『母の待つ里』 | 秋公開予定 |
この年表から分かるのは、吉永さんのキャリアが単純な人気女優の歩みにとどまらないことです。映画出演だけでなく、大学での学び、作品の企画、社会的な活動など、長い年月をかけて表現者としての領域を広げてきました。
【若い頃の吉永小百合】『キューポラのある街』から代表作まで
16歳から映画界の注目を集めた青春スター
吉永さんが若い頃に人気を集めた背景には、日活青春映画での活躍があります。
1959年の『朝を呼ぶ口笛』で映画に初出演し、翌1960年には映画『ガラスの中の少女』で初主演。日活に入社した後は、次々と映画に出演するようになりました。
日刊スポーツの2026年のインタビューによると、1961年には年間16本もの映画に出演していたといいます。当時は睡眠時間も限られるほど多忙で、若くして映画界の中心的な存在になっていました。
代表作『キューポラのある街』で国民的な人気を獲得
1962年公開の『キューポラのある街』は、吉永小百合さんの代表作として知られています。
浦山桐郎監督が手がけたこの作品で、吉永さんは鋳物工場の町に暮らす少女・ジュンを演じました。社会的な背景を持つ青春映画で、当時の若者や映画ファンから大きな支持を集めました。
この演技によって、第13回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。若手俳優から実力派へと成長する大きな転機になりました。
その後の代表的な映画出演歴
吉永さんは青春映画だけにとどまらず、文学作品の映画化や社会派作品、家族をテーマにした作品など、幅広いジャンルに挑戦しています。
- 『愛と死をみつめて』(1964年):難病を抱える少女を演じ、幅広い観客の心をつかんだ作品。
- 『男はつらいよ 柴又慕情』(1972年):寅さんシリーズで歌子役を演じた代表的な出演作。
- 『動乱』(1980年):高倉健さんと初共演。吉永さん自身も大きな転機として振り返った作品。
- 『細雪』(1983年):谷崎潤一郎の小説を原作とする文芸映画。
- 『おはん』(1984年):日本映画を代表する文芸作品の一つ。
- 『北の零年』(2005年):明治初期の北海道を舞台にした歴史ドラマ。
- 『母べえ』(2008年):山田洋次監督作品で、家族の絆と戦争の時代を描いた映画。
- 『北のカナリアたち』(2012年):阪本順治監督との代表的な共演作。
- 『母と暮せば』(2015年):山田洋次監督作品で、原爆投下後の長崎を舞台にした物語。
- 『こんにちは、母さん』(2023年):山田洋次監督作品で、母親役を演じた話題作。
2023年の『こんにちは、母さん』でもブルーリボン賞主演女優賞を受賞しています。1962年の『キューポラのある街』から令和の作品まで、時代をまたいで評価され続けていることが特徴です。
【早稲田大学出身】吉永小百合は学業と芸能活動をどう両立した?
吉永小百合さんの経歴で、映画出演と並んで注目されるのが早稲田大学への進学です。
吉永さんは1965年に早稲田大学第二文学部へ入学し、西洋史を専攻しました。映画の撮影や芸能活動を続けながら大学に通い、1969年に卒業しています。
早稲田大学が公開した芸術功労者の顕彰資料によると、吉永さんは仕事を終えてから授業に出席し、空き時間には図書館で勉強を続けていました。卒業論文にも取り組み、1969年には次席で卒業しています。
「働きながら一生懸命勉強したことは、今でも私の宝物になっています」
これは2021年の早稲田大学芸術功労者表彰式で、吉永さんが学生生活を振り返った際の言葉です。
仕事と学業を両立させた経験は、彼女の人物像を理解するうえでも重要です。人気が高まっていた時期に大学進学を選び、学ぶ時間を確保したことは、俳優としてのキャリアだけを優先しなかった姿勢を示しています。
早稲田大学は同年、吉永さんを芸術功労者として表彰しました。映画界への長年の貢献に加え、大学での学びも評価されています。
【結婚・夫・子供】吉永小百合の家族と岡田太郎さんとの関係
1973年に岡田太郎さんと結婚
吉永小百合さんは1973年8月、当時フジテレビのプロデューサーだった岡田太郎さんと結婚しました。
岡田さんは吉永さんより15歳年上で、結婚当時は43歳。吉永さんは28歳でした。岡田さんはその後、共同テレビジョンの社長や会長などを歴任したテレビ業界の人物です。
結婚当時は人気絶頂期だったこともあり、大きな話題になりました。日刊スポーツの報道では、周囲の反対もある中で結婚を決断した経緯が紹介されています。
夫・岡田太郎さんは2024年に死去
岡田太郎さんは2024年9月3日、胆のうがんのため94歳で亡くなりました。フジテレビが9月13日に訃報を公表し、葬儀は故人の遺志によって家族葬として執り行われたと発表しています。
吉永さんは夫の訃報に際し、病気の経過と最期を看取ったことを直筆のメッセージで伝えました。
約50年間にわたる結婚生活をともにした岡田さんは、吉永さんにとって大きな存在でした。2025年の家庭画報のインタビューでも、亡き夫への思いが語られています。
吉永小百合に子供はいる?
吉永小百合さんと岡田太郎さんの間に子供はいません。
この点については、2014年の映画『ふしぎな岬の物語』公開時に、吉永さん自身が日刊スポーツの取材で夫婦生活について語っています。
夫婦に子供がいなかったことで、穏やかに暮らすことができ、旅行や仕事にも取り組みやすかったという趣旨の話をしていました。
子供を持たなかった理由について、外部から一つの事情に決めつけることはできません。本人が公の場で語った夫婦生活の内容を尊重することが大切です。
なお、ネット上では家族構成に関するさまざまな情報が見られますが、確認できる本人の発言や報道と、出所のはっきりしない情報は区別して受け取る必要があります。
【2026年最新の活動】125本目の映画『母の待つ里』と今後の予定
2026年10月現在、吉永小百合さんの活動で特に注目されているのが、映画『母の待つ里』です。
2026年8月28日、映画化が正式発表されました。主演は吉永小百合さんで、同作は映画出演125本目に当たる記念作です。
『てっぺんの向こうにあなたがいる』が124本目
直前の出演作は、2025年10月31日公開の映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』です。
この作品では、女性として初めてエベレスト登頂を果たした登山家・田部井淳子さんをモデルにした多部純子を演じました。監督は阪本順治さん。佐藤浩市さん、天海祐希さん、のんさんらが出演しています。
吉永さんにとって124本目の映画出演作であり、実在の登山家をモデルにした人物を演じるという、新たな挑戦でもありました。
125本目の映画『母の待つ里』とは?
次の出演作となる『母の待つ里』は、作家・浅田次郎さんの同名小説を原作とする映画です。
吉永さんが演じるのは、物語の中心人物となる「ちよ」。孤独を抱えた人々が、母の待つ故郷へ帰ることで、それぞれの人生や心境に変化が生まれていく物語です。
制作陣には、次の人物が名を連ねています。
- 主演:吉永小百合
- 原作:浅田次郎
- 監督:前田哲
- 脚本:小山薫堂
- 吉永さんの役:ちよ
吉永さんと前田哲監督が組むのは今回が初めてです。また、浅田次郎作品への映画出演も初めてとなります。
映画の制作発表では、吉永さんは次のようにコメントしています。
「浅田先生原作の映画に初めて出演させていただくことになり、うれしくて舞い上がっています」
映画の撮影は2026年5月に岩手県遠野市を中心に始まり、春・夏の撮影は7月に終了したと発表されました。秋・冬の場面を撮影し、2027年1月に撮了する予定です。
公開予定は2027年秋。したがって、2026年10月現在はすでに公開された映画ではなく、今後公開される125本目の出演作として位置づけるのが正確です。
映画以外の活動にも注目
吉永さんは映画俳優としてだけでなく、朗読活動にも取り組んできました。ビクターエンタテインメントの公式プロフィールによると、1986年に原爆詩の朗読を始め、2011年の東日本大震災以降は福島の詩人や子供たちの詩も朗読しています。
映画出演と並行して、平和や戦争の記憶を伝える表現活動を続けてきたことも、吉永さんの長いキャリアを特徴づけています。
2026年3月の日刊スポーツのインタビューでは、毎朝新聞を読む習慣についても語っていました。映画に関する記事を大切にし、紙媒体への思いを明かす姿からは、長く映画界に身を置いてきた人ならではの仕事への向き合い方が伝わります。
【吉永小百合の年齢と経歴】長く第一線で活躍できる理由
吉永小百合さんのキャリアを振り返ると、単に若い頃から人気があったというだけでは説明できない特徴が見えてきます。
第一に、作品選びの幅広さです。青春映画のスターとして出発した後、社会派作品、文芸映画、家族ドラマ、実在人物をモデルにした作品など、年齢や時代に応じてさまざまな役柄に挑戦してきました。
2025年の家庭画報のインタビューでは、出演作を決める際の基準として、演じる役を好きになれるかどうかを挙げています。役への共感を重視する姿勢は、作品選びに一貫した軸があることを示しています。
第二に、俳優という仕事への継続的な関わり方です。2014年の『ふしぎな岬の物語』では企画・主演も担当しました。単に与えられた役を演じるだけでなく、作品づくりに関わる立場も経験しています。
第三に、映画以外の活動を大切にしている点です。大学で学んだ経験、朗読活動、平和への思いなど、映画の外にも長年続けてきた表現の場があります。
2026年に81歳を迎えても125本目の映画に挑戦している事実は、年齢だけでは俳優としての活動を測れないことを示しています。作品ごとに役柄を選び、新しい監督や原作者との出会いを重ねることが、長いキャリアを支えているのでしょう。
【吉永小百合の年齢・経歴】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:吉永小百合は2026年10月現在何歳ですか?
A1:1945年3月13日生まれで、2026年10月30日現在81歳です。2026年3月13日に81歳の誕生日を迎えました。
Q2:吉永小百合のデビュー作は何ですか?
A2:1957年のラジオドラマ『赤胴鈴之助』が芸能界デビュー作です。映画デビューは1959年の『朝を呼ぶ口笛』です。
Q3:吉永小百合は早稲田大学を卒業していますか?
A3:はい。1965年に早稲田大学第二文学部へ入学し、1969年に卒業しています。西洋史を専攻し、俳優業と学業を両立しました。
Q4:吉永小百合の夫は誰ですか?
A4:1973年に結婚した元共同テレビジョン社長・会長の岡田太郎さんです。岡田さんは2024年9月3日に94歳で亡くなりました。
Q5:吉永小百合に子供はいますか?
A5:岡田太郎さんとの間に子供はいません。吉永さん自身も、過去のインタビューで夫婦生活について語っています。
Q6:吉永小百合の最新映画は『母の待つ里』ですか?
A6:2026年10月現在、公開済みの直近の出演作は2025年公開の『てっぺんの向こうにあなたがいる』です。『母の待つ里』は125本目の出演作として発表された新作で、2027年秋公開予定です。
Q7:吉永小百合は映画に何本出演していますか?
A7:2025年公開の『てっぺんの向こうにあなたがいる』が124本目で、2026年に映画化が発表された『母の待つ里』が125本目の出演作です。
まとめ:吉永小百合は81歳、125本目の映画へ新たな挑戦
吉永小百合さんは、1945年3月13日生まれの81歳です。1957年にラジオドラマでデビューし、1959年に映画界へ進出。1962年の『キューポラのある街』で人気を確立して以来、約70年にわたって俳優として活動してきました。
早稲田大学第二文学部を卒業した知的な一面や、1973年に結婚した岡田太郎さんとの長い夫婦生活、映画以外の朗読活動なども、彼女の人生を形づくる重要な要素です。
そして2026年には、125本目となる映画『母の待つ里』の制作が発表されました。2027年秋の公開に向けて進むこの作品は、81歳を迎えた吉永さんの新たな節目となります。
吉永小百合さんの年齢を調べる際は、生年月日と確認する年月日を照らし合わせることが基本です。また、映画出演歴については、公開済みの124本目と、これから公開される125本目を区別すると、最新の活動を正しく理解できます。
年齢を重ねても新しい作品に挑戦し続ける吉永小百合さん。これまでの代表作だけでなく、次の映画でどのような演技を見せるのかにも注目が集まっています。