【2026年現在】済美高校野球部監督は田坂僚馬氏!現在の指導体制を解説

目次

2026年11月現在、済美高校野球部の監督は田坂僚馬氏です。済美高校の公式部活動紹介では、監督として田坂氏、責任教師として乗松征記氏、副部長として山本篤志氏と和田蓮次郎氏が掲載されています。

ここで注目したいのが、乗松氏が現在の監督ではなく、責任教師という立場でチームを支えている点です。2014年に上甲正典氏の後任として監督に就任した人物ですが、現在の役職は当時とは異なります。

済美高校野球部の公式紹介には、単に試合で勝つことだけでなく、礼儀や協調性、自立心といった人間的成長も大切にするという考え方が示されています。

また、公式ページに掲載されている部員数は60人です。田坂監督のもと、野球の技術と人間的な成長の両方を重視するチームづくりが続いています。

【田坂僚馬の経歴】2004年センバツ優勝メンバーから母校の監督へ

済美高校野球部監督

田坂僚馬氏の大きな特徴は、済美高校野球部が全国に名を知られるきっかけとなった2004年の優勝を、選手として経験していることです。

2004年は済美高校の初代甲子園メンバー

済美高校野球部監督

田坂氏は済美高校野球部の第1期生として野球に取り組みました。

2004年の第76回選抜高校野球大会では、上甲正典監督のもとでチームの優勝を経験しています。当時の登録メンバーでは三塁手として名を連ねていました。

済美は初出場ながら決勝まで勝ち進み、愛工大名電を6対5で破って初優勝。さらに同年夏の全国高校野球選手権大会でも決勝に進出し、駒大苫小牧に10対13で敗れたものの準優勝を果たしました。

田坂氏は、この春夏の快進撃を選手として経験した世代です。

東洋大学と社会人野球を経て指導者の道へ

済美高校野球部監督

高校卒業後は東洋大学へ進学。その後、社会人野球チームの熊本ゴールデンラークスでもプレーしました。

選手として大学・社会人野球を経験した後、2012年4月に母校の済美高校へコーチとして戻ります。

2015年4月には同校の商業科教諭となり、2016年7月には野球部長に就任しました。

つまり、田坂氏は突然監督に抜てきされた人物ではありません。選手として済美の黄金期を経験し、大学・社会人野球で研さんを積み、母校で約10年間にわたって指導者として経験を重ねてきた人物です。

2022年5月に監督就任

2022年5月、当時監督だった中矢太氏の退任を受け、田坂氏が新監督に就任しました。

当時35歳だった田坂氏は、2004年のセンバツ優勝メンバーから母校の指揮官へと立場を変えました。

この交代には、済美高校の野球を選手として知り、上甲監督の指導を受けた世代がチームを率いるという意味があります。

2025年には、監督として母校を7年ぶり7度目の夏の甲子園出場へ導きました。選手時代に経験した甲子園の舞台へ、今度は指導者として戻ったことになります。

【歴代監督の交代】上甲正典・乗松征記・中矢太・田坂僚馬の系譜

済美高校野球部の歴史を理解するには、監督交代の経緯を押さえる必要があります。

2002年に創部された野球部を全国的な強豪に育てたのが上甲正典氏です。その後、乗松征記氏、中矢太氏、田坂僚馬氏へと指導体制が引き継がれてきました。

済美高校野球部の歴代監督・関係者一覧

時期 監督・人物 主な経歴・実績
2001年10月~2014年 上甲正典 初代監督。2004年センバツ優勝、同年夏準優勝、2013年センバツ準優勝。
2014年~2016年 乗松征記 上甲氏の後任。松山商出身で、女子ソフトボール部の指導経験も持つ。
2016年~2022年5月 中矢太 2003年から済美のコーチを務め、2016年に監督就任。2018年夏の甲子園ベスト4。
2022年5月~現在 田坂僚馬 2004年センバツ優勝メンバー。2022年に監督就任し、2025年夏の甲子園出場を実現。

初代監督・上甲正典が築いた済美の黄金期

上甲正典氏は、済美高校野球部の歴史を語るうえで欠かせない指導者です。

2001年10月に初代監督へ就任し、創部間もないチームを全国で戦える強豪へ育てました。

上甲氏は済美以前にも宇和島東高校で監督を務め、1988年の選抜高校野球大会で初出場初優勝を達成しています。

済美でも2004年春に初出場初優勝を果たし、2つの高校でセンバツ初出場初優勝という実績を残しました。

さらに、2013年春には安樂智大投手を擁して準優勝。複数の世代で甲子園上位進出を実現した指導実績は際立っています。

2014年9月2日に67歳で亡くなり、済美高校では後任の監督を選ぶことになりました。

乗松征記氏は上甲監督の後任としてチームを引き継いだ

2014年9月13日、済美高校は乗松征記氏の新監督就任を発表しました。

乗松氏は松山市出身で、松山商業高校時代には野球部主将として1984年の春夏甲子園に出場。夏はベスト8まで進出しています。

大学卒業後は日本通運を経て、1992年から済美高校に着任しました。

野球部監督に就任する以前は、同校の女子ソフトボール部を約20年間指導し、インターハイにも6回導いた実績があります。

一方、高校野球の指導経験はありませんでした。

就任当時の済美野球部は、部内いじめ問題による1年間の対外試合禁止処分を受けた直後でした。乗松氏に求められたのは、上甲氏の残した競技面の伝統を受け継ぐだけでなく、チームの信頼回復にも取り組むことでした。

その後、2016年7月に中矢太氏が新監督に就任しています。

中矢太氏は2018年夏の甲子園ベスト4を達成

中矢太氏は明徳義塾高校、専修大学を経て、2003年9月に済美高校の野球部コーチに就任しました。

上甲氏のもとで指導経験を積み、2016年7月に監督へ昇格。田坂氏は当時、野球部長を務めていました。

中矢監督の代表的な実績が、2018年夏の第100回全国高校野球選手権記念大会でのベスト4です。

特に2回戦の星稜戦は、延長13回タイブレークの末、逆転サヨナラ満塁本塁打で勝利した試合として知られています。

済美はその勢いで準々決勝も突破し、準決勝では大阪桐蔭に2対5で敗れました。

上甲氏が築いた済美の伝統を引き継ぎ、再び全国の上位に進出させた監督といえます。

【甲子園成績】2004年初優勝から2013年準優勝、2018年ベスト4まで

済美高校野球部の甲子園実績は、創部からの歴史を考えると非常に華やかです。

特に2004年は、春夏連続で甲子園の決勝に進出した記念すべき年でした。

2004年センバツは初出場初優勝

第76回選抜高校野球大会で、済美は初出場ながら快進撃を続けました。

決勝までの5試合を勝ち抜き、愛工大名電との決勝戦を6対5で制しました。

当時の主な選手には、のちにプロ野球でも活躍した福井優也氏や鵜久森淳志氏らがいます。田坂監督も、この優勝メンバーの一人です。

同年夏には第86回全国高校野球選手権大会にも初出場。再び決勝へ進み、駒大苫小牧との激しい試合を展開しましたが、10対13で敗れ準優勝となりました。

春の優勝と夏の準優勝を同じ年に達成したことは、済美の知名度を全国区に押し上げました。

2013年選抜は安樂智大を擁して準優勝

2013年の第85回選抜高校野球大会では、当時2年生だった安樂智大投手が注目を集めました。

済美は強豪校との対戦を勝ち抜いて決勝に進出しましたが、浦和学院に1対17で敗れ、準優勝となりました。

優勝には届かなかったものの、上甲監督の指導力と済美の全国的な競争力を改めて印象づけた大会です。

2018年夏は中矢監督のもとで4強入り

第100回全国高校野球選手権記念大会では、中矢監督率いる済美がベスト4に進出しました。

特に星稜との2回戦は、延長13回のタイブレークで劇的な逆転サヨナラ勝ちを収めました。

準々決勝の報徳学園戦にも3対2で勝利し、準決勝まで進出。最後は大阪桐蔭に敗れましたが、全国に済美の存在感を示しました。

この大会は、上甲監督の時代に続く済美の甲子園実績として、歴代監督の評価を考える際にも重要です。

【2025年夏と2026年の戦績】田坂監督のチームは現在どこまで進んだ?

田坂監督の指導体制を評価するうえで、2025年と2026年の戦績は重要です。

2025年は7年ぶり7度目の夏の甲子園出場

2025年7月29日、済美は愛媛大会決勝で松山商と対戦しました。

試合は4対3で済美が勝利。7年ぶり7度目となる夏の甲子園出場を決めました。

田坂監督にとっては、選手時代に経験した甲子園へ、今度は監督として戻る機会となりました。

しかし、第107回全国高校野球選手権大会では、初戦で東洋大姫路と対戦し、3対5で敗退しています。

接戦となったものの、甲子園での勝利には届きませんでした。

2026年夏は愛媛大会ベスト8

2026年の第108回全国高校野球選手権愛媛大会では、済美は1回戦の松山工戦を11対4、2回戦の今治工戦を7対0、3回戦の今治西戦を4対1で勝ち進みました。

しかし、7月22日の準々決勝で小松高校に0対3で敗れ、ベスト8で大会を終えています。

前年の甲子園出場から、連続して全国大会へ進むことはできませんでした。

2026年秋は愛媛県3位、四国大会ベスト8

秋季大会では、済美は愛媛県大会の3位決定戦で松山中央を2対1で破り、3位となりました。

その後の秋季四国大会では、10月24日の初戦で蓬莱に4対3で勝利。

しかし、10月25日の準々決勝では明徳義塾に4対5で惜敗しました。

2026年11月1日時点で確認できる秋季四国大会の結果は、この準々決勝敗退です。

2025年の夏の甲子園出場、2026年の県大会ベスト8、秋季四国大会ベスト8という流れから、田坂監督のチームは県内外の強豪との競争を続けています。

【中矢太前監督の退任理由】上甲正典氏との師弟関係も検証

監督交代について検索する人が特に気にしているのが、中矢太氏の退任理由です。

2022年5月の報道では、中矢氏が退任し、田坂氏が後任となったことが伝えられています。

ただし、当時の報道では退任の具体的な理由までは明らかにされていません。

そのため、成績不振や学校との対立、健康問題などを退任理由として断定することはできません。

中矢氏は2018年に甲子園ベスト4を達成した実績を持つ監督です。退任の事実と、その理由についての推測は分けて理解する必要があります。

田坂僚馬氏と上甲正典氏は選手・指導者としてつながる師弟関係

田坂監督と上甲氏の関係は、単に同じ高校に所属していたというものではありません。

田坂氏は2004年のセンバツ優勝メンバーとして、上甲監督の指導を受けました。

その後、大学・社会人野球を経て2012年に母校へ戻り、上甲氏のもとでコーチとして指導経験を積んでいます。

つまり、選手時代の恩師から、今度は指導者として野球を学ぶ機会を得た人物です。

済美高校は2025年7月31日付の学校公式情報でも、田坂監督のインタビュー記事を紹介しています。その見出しは「恩師しのび偉大さ実感」。上甲氏の存在が田坂監督にとって大きな意味を持っていることがうかがえます。

この関係を踏まえると、田坂監督の就任は、済美の伝統を知る卒業生がチームを引き継ぐという意味合いを持っています。

【済美高校野球部監督】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:済美高校野球部の現在の監督は誰ですか?

A1:2026年11月現在、田坂僚馬氏です。2022年5月に就任し、2004年センバツ優勝メンバーでもあります。

Q2:田坂僚馬監督は上甲正典監督の教え子ですか?

A2:はい。田坂氏は2004年のセンバツ優勝メンバーとして上甲氏の指導を受け、その後2012年に母校へ戻ってコーチを務めました。選手と指導者の両方の立場で上甲氏と関わっています。

Q3:中矢太前監督が退任した理由は何ですか?

A3:2022年5月の退任報道では、具体的な理由は公表されていません。退任そのものは報道されていますが、特定の原因を断定できる情報はありません。

Q4:乗松征記氏は現在も済美高校野球部に関わっていますか?

A4:はい。済美高校の公式部活動紹介では、2026年時点で責任教師として掲載されています。ただし、現在の監督は田坂氏です。

Q5:済美高校野球部の最高成績は何ですか?

A5:2004年春の第76回選抜高校野球大会での優勝です。同年夏にも準優勝を果たし、2013年春は準優勝、2018年夏はベスト4に進出しています。

Q6:済美高校は2025年夏の甲子園でどうなりましたか?

A6:7年ぶり7度目の出場を果たしましたが、1回戦で東洋大姫路に3対5で敗れました。

Q7:済美高校野球部の2026年最新成績は?

A7:2026年夏の愛媛大会は準々決勝で小松に敗れてベスト8。秋季愛媛大会では3位となり、秋季四国大会では準々決勝で明徳義塾に4対5で敗れています。

まとめ:済美高校野球部は田坂僚馬監督のもとで新たな歴史へ

2026年現在、済美高校野球部を率いているのは田坂僚馬監督です。

田坂氏は2004年センバツ初出場初優勝のメンバーであり、上甲正典氏の教えを受けた卒業生でもあります。大学・社会人野球を経験し、2012年に母校へ戻ってから指導者としての道を歩んできました。

済美高校の歴代監督を振り返ると、それぞれが異なる形でチームの歴史を築いています。

- 上甲正典氏: 済美を全国屈指の強豪に育て、2004年センバツ優勝を達成。
- 乗松征記氏: 上甲氏の後任としてチームを引き継いだ指導者。
- 中矢太氏: 2018年夏の甲子園ベスト4を達成。
- 田坂僚馬氏: 2004年の優勝メンバーから監督となり、2025年に母校を甲子園へ導いた。

2026年の戦績だけを見ると、夏は愛媛大会ベスト8、秋は四国大会ベスト8という結果です。過去の甲子園実績と比較すれば、さらなる上位進出が期待される段階にあります。

ただし、監督の評価は単年度の勝敗だけで決まるものではありません。選手の育成、県内での競争力、卒業後の進路、そして済美らしい野球の継承も重要な判断材料です。

2004年の栄光を知る田坂監督が、次の世代にどのようなチームを残していくのか。済美高校野球部の今後は、歴代監督が築いた伝統と新しい指導体制の両面から注目されます。

主な確認資料・出典

- 済美高校公式サイト「野球部」および2025・2026年の大会報告。
- 愛媛新聞の監督交代報道(2014年・2016年・2022年)。
- 日刊スポーツ、デイリースポーツの監督経歴・甲子園関連報道。
- 松山市公式発表、2025年夏の甲子園出場記録。
- 2026年大会結果(スポーツナビ・高校野球ドットコム)。