紫雷美央の現在は?2026年の試合出場、引退理由や夫・タンク永井との関係を徹底解説
女子プロレスラーとして2007年にデビューし、2015年に現役を引退した紫雷美央(しらい・みお)。妹の紫雷イオとの姉妹タッグ、華名(現在のASUKA)とのユニット「トリプルテイルズ」、そして女子プロレス界初とされた4団体同時所属など、独自のキャリアを築いてきた人物だ。
引退後はレフェリーやコーチとして活動していたが、2024年6月に選手活動の再開を宣言。2025年にはアイスリボンを退団してフリーランスとなり、2026年も複数の大会に出場している。夫は元プロレスラーのタンク永井で、3人の子供を育てる母親でもある。現在の活動から結婚、家族、引退の背景まで、これまでの歩みを整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の活動:2015年の引退後、2024年に選手活動を本格的に再開。2026年10月にも試合に出場している。
- 結婚相手:夫は元KAIENTAI DOJO・2AWのプロレスラー、タンク永井。2015年に結婚し、3人の子供がいる。
- 経歴の特徴:妹の紫雷イオとの姉妹タッグやトリプルテイルズ、OZアカデミー・WAVE・アイスリボン・ユニオンの4団体同時所属で知られる。
【2026年最新】紫雷美央は現在何をしている?現役レスラーとしてリングに復帰

2026年の紫雷美央は、過去にレフェリーとして培った経験を持ちながら、プロレスラーとしても試合に出場している。2015年の引退をもってプロレスから完全に離れたわけではなく、リングを支える立場を経験した後、再び自ら戦う道を選んだ。
大きな転機となったのは2024年6月23日。アイスリボン後楽園ホール大会「雨のち、リボン2024」で、ウナギ・サヤカと組み、真白優希が保持するトライアングルリボン王座に挑戦した。
試合後、ウナギ・サヤカからレフェリーなのか選手なのか分からないという趣旨の問いを受けた美央は、レフェリーと選手の両方を続ける考えを示した。
「私みたいな存在がプロレス界の安全を上げると思っている」
これは2024年6月の復帰宣言を報じたバトル・ニュースで紹介された発言だ。単に自分が再び試合をしたいというだけではなく、負傷や欠場によって選手が不足したときにも、安心して戻ってこられる環境をつくりたいという考えが背景にあった。
2026年も試合出場を継続

2026年の活動を示す具体的な実績として、6月20日のアイスリボン旗揚げ20周年記念大会が挙げられる。北沢タウンホールで開催された同大会では、勝愛実とタッグを組み、トトロさつき&YuuRI組と対戦。13分25秒、勝愛実が体固めで勝利を収めた。
さらに、9月18日のSEAdLINNNG新木場大会にも出場。VENY、望天セレネ、MIRAIと組んで6人タッグマッチに参加している。
そして、2026年10月23日の「SEAdLINNNG~SHINKIBA SERIES 2026 Vol.6~」では、陽岬来永とのタッグで真琴&VENY組と対戦した。試合は13分55秒、VENYのフライング・ニールキックからの片エビ固めで敗れている。
つまり、2026年の紫雷美央は過去の実績だけで語られる元レスラーではない。実際に大会へ出場し、他団体の選手とも対戦する現役のプロレスラーとして活動している。
【経歴・年表】2007年デビューから4団体同時所属、2015年引退まで
紫雷美央は1988年2月14日生まれ、神奈川県鎌倉市出身。2026年10月時点で38歳となる。リングネームには「紫雷美央」のほか「MIO」があり、特にレフェリーとして活動していた時期にはMIOの名前が使われた。
プロレスデビューは2007年3月4日。橋本友彦プロデュース興行「MAKEHEN」で、妹の紫雷イオとともにリングに立った。
その後は所属団体にとらわれない活動を展開。2014年にはOZアカデミー、プロレスリングWAVE、アイスリボン、ユニオンプロレスという4団体との同時所属契約を結び、女子プロレス界でも異例の存在となった。
紫雷美央の主要キャリア年表
| 時期 | 出来事 | 主な内容・実績 |
|---|---|---|
| 1988年2月14日 | 誕生 | 神奈川県鎌倉市出身 |
| 2007年3月4日 | プロレスデビュー | MAKEHENで妹の紫雷イオとともにデビュー |
| 2009年 | フリー転向 | 妹とともにTEAM MAKEHENを退団 |
| 2010年頃 | トリプルテイルズで活動 | 紫雷イオ、華名とユニットを結成 |
| 2014年1月 | 4団体同時所属 | OZアカデミー、WAVE、アイスリボン、ユニオン |
| 2015年2月 | 引退を発表 | 首の負傷を理由に引退を決断 |
| 2015年9月20日 | 現役引退 | M.I.O.後楽園ホール大会で最後の3試合 |
| 2015年12月31日 | レフェリーデビュー | MIO名義でアイスリボンの大会に参加 |
| 2016年9月 | アイスリボン所属 | レフェリー、リングアナ、コーチとして活動 |
| 2020年8月9日 | 1日限定復帰 | アイスリボン横浜文化体育館大会に出場 |
| 2024年6月23日 | 選手活動再開を宣言 | レフェリーとレスラーの二刀流を表明 |
| 2024年12月31日 | アイスリボン退団 | RIBBONMANIA2024に出場 |
| 2025年以降 | フリーランス活動 | 選手・レフェリーとして活動 |
| 2026年10月23日 | SEAdLINNNG出場 | 陽岬来永と組んで真琴&VENYと対戦 |
この経歴で注目したいのは、紫雷美央が一つの団体でキャリアを積み上げる一般的なスタイルとは異なる道を歩んできたことだ。
2014年の4団体同時所属は、単なる複数団体へのスポット参戦とは異なる。複数の団体と所属契約を結び、それぞれのリングで活動するという特殊な立場だった。
2015年には、そのキャリアを締めくくる自主興行「M.I.O」を開催。後楽園ホールで行われた引退大会では、タッグマッチ、シングルマッチ、6人タッグマッチの3試合に出場した。
アイスリボン公式プロフィールにも、4団体所属レスラーとして各団体のタイトルを獲得した実績が記載されている。複数の団体で実績を残したことが、彼女のキャリアを特徴づけている。
【引退理由の真相】結婚だけではない、首の負傷と安全への決断
紫雷美央の引退理由として最も重要なのは、首の負傷だ。
2015年2月、M.I.O興行に関する会見で引退を発表した際、理由として挙げたのは首のケガだった。2007年3月のデビューから約8年半、複数団体を渡り歩きながら試合を続けてきたが、身体への負担は大きくなっていた。
デイリースポーツの2015年9月の報道によると、引退セレモニーでは身体がボロボロになるまで走り切ったという趣旨の言葉を残している。
また、引退後の取材では、首の状態が悪いことを理由に、周囲に迷惑をかけたり、リング上で事故を起こしたりすることを避けたかったと説明した。
「首が悪く、迷惑をかけたくない」
スポーツナビの引退試合に関する報道でも、首の状態と安全面への懸念が紹介されている。
引退発表と結婚発表は別の出来事
ここで整理しておきたいのが、結婚と引退の関係だ。
2015年9月20日の引退大会で美央は結婚を発表した。そのため、結婚を機にプロレスを辞めたという印象を持つ人も少なくない。
しかし、引退そのものは同年2月に首の負傷を理由として発表されていた。つまり、結婚発表と引退決断は時系列上、別の出来事として捉える必要がある。
引退試合では3試合を戦い抜き、最後に結婚を報告。リング上でのキャリアを終える節目と、新しい家庭生活の始まりを同じ日に迎えた。
引退はプロレスとの決別ではなかった
紫雷美央のその後の活動を見ると、2015年の引退はプロレス界から完全に離れる決断ではなかったことが分かる。
選手としての身体的負担を避けながら、レフェリーやコーチという別の役割でプロレスに関わり続けた。競技者としての経験を、試合を成立させる側や後進を育てる側で生かす方向に転換したのである。
この転身が、2024年の選手活動再開につながっていく。
【レフェリー・アイスリボン】MIOへの転身と2024年のプロレス復帰
2015年9月に選手を引退した美央は、同年12月31日にMIO名義でレフェリーデビューを果たした。
リング上で試合をする立場から、試合の進行や安全を支える立場へと役割を変えたのである。
2016年2月14日にはKAIENTAI DOJOの大会でリングアナウンサーとしてもデビュー。同年9月1日付でアイスリボン所属となり、レフェリー、リングアナウンサーに加えてプロレスサークルのコーチも担当するようになった。
アイスリボンで後進育成に携わる
アイスリボンでの活動は、単に試合を裁くことだけではなかった。
選手としてリングに立った経験、複数団体で活動した経験、観客を楽しませるマイクパフォーマンスなどを生かし、若手選手の育成にも関わった。
また、現役時代から培ってきた話術を生かして番組MCなども担当。プロレスラー時代とは異なる形で、自身の経験を業界に還元していた。
2020年には1日限定でリング復帰
選手としての活動が完全に途絶えていたわけではない。
2020年8月9日、アイスリボン横浜文化体育館大会で、欠場選手の代役として1日限定の復帰を果たした。バトル・ニュースは、この大会で約5年ぶりに選手としてリングに立ったことを報じている。
ただし、この段階では本格的な現役復帰を宣言したわけではなく、欠場選手を補うための限定的な出場だった。
2024年6月、レフェリーと選手の二刀流を宣言
本格的な転機は2024年6月23日のアイスリボン後楽園大会だった。
ウナギ・サヤカと組んでトライアングルリボン王座に挑戦した美央は、試合後に今後も選手として活動する意思を示した。
この宣言の背景には、当時のアイスリボンが抱えていた選手の欠場や人員面の問題もあった。自らリングに立つことで、選手が安心して休み、再び戻ってこられる環境をつくりたいという考えがあった。
同年8月24日には、ウナギ・サヤカと組んでインターナショナル・リボンタッグ王座にも挑戦している。
2024年末にアイスリボンを退団、2025年からフリーへ
2024年10月30日、美央は年内でアイスリボンを退団することを発表した。12月31日のRIBBONMANIA2024では咲蘭とタッグを組み、星いぶき&ウナギ・サヤカ組と対戦している。
これにより、2016年から続いたアイスリボン所属という立場に区切りをつけた。
2025年以降はフリーランスとして活動。特定団体に所属する形ではなく、他団体の大会にも出場するスタイルへ移行している。
2026年の試合出場は、このフリーランスとしての活動が継続していることを示すものだ。
【結婚相手・子供】夫はタンク永井!3人の子育てと夫婦の歩み
紫雷美央の結婚相手は、元プロレスラーのタンク永井だ。
タンク永井はKAIENTAI DOJOで活躍し、その後2AWでも主力選手として活動したヘビー級レスラー。力強いファイトスタイルで知られ、2012年10月14日にプロレスデビューしている。
美央は2015年9月20日の引退試合後に結婚を発表。当初は相手の名前を明かさなかったが、その後、タンク永井との結婚が報じられた。
2015年10月には結婚式を開催。美央自身のオフィシャルブログでも、10月16日に式を挙げたことを報告している。
タンク永井との間には3人の子供
夫婦には3人の子供がいる。2024年のバトル・ニュースによる復帰宣言の記事でも、美央が3人の子供を育てていることが紹介された。
家族について広く知られるきっかけの一つとなったのが、2021年12月13日のタンク永井の引退会見だ。
この会見でタンクは、美央が第三子を妊娠していることを明かした。妊娠中の体調不良もあり、家族を支えるためにプロレスラーを引退する決断をしたと説明している。
2022年2月13日には、2AWの大会で引退試合を実施。約9年間のプロレスラー生活に幕を下ろした。
プロレス格闘技DXやバトル・ニュースの報道では、当時、二人の子供と誕生を控えた第三子を含む家族を支えることが、引退を決めた大きな理由として伝えられている。
夫婦それぞれが選んだ引退と復帰
興味深いのは、夫婦がそれぞれ異なるタイミングでプロレスラーとしてのキャリアに区切りをつけたことだ。
美央は2015年、首の負傷を理由に選手を引退。その後はレフェリーやコーチとして活動し、2024年に再び選手としてリングに戻った。
一方、タンク永井は2022年、第三子の妊娠と家庭を支える必要性を背景に現役を退いた。
二人ともプロレスに深く関わってきた人物だが、家族の状況や身体的な負担に応じて、それぞれの働き方を選択してきた。
子供たちの名前や学校、日常生活などについては、本人たちが広く公表している情報は限られている。家族のプライバシーに関わる詳細よりも、夫婦がそれぞれの立場でプロレスとの関係を続けてきた点に注目したい。
【紫雷イオとの姉妹関係】トリプルテイルズと別々のプロレス人生
紫雷美央を語るうえで欠かせない人物が、実妹の紫雷イオだ。
紫雷イオは現在、IYO SKYのリングネームでも知られる世界的な女子プロレスラー。姉妹は2007年3月4日に同じ興行でデビューし、初期には「紫雷姉妹」としてタッグを組んで活動していた。
当時から妹のイオは高い身体能力と華麗な空中技で注目され、美央は試合運びや話術、観客を引きつけるキャラクターで存在感を発揮した。
華名を加えたトリプルテイルズ
2010年頃には、妹の紫雷イオと華名を加えたユニット「トリプルテイルズ」を結成した。
華名は後にWWEでASUKAとして活躍する選手である。3人は女子プロレス界でも存在感のあるユニットとして、複数の団体で活動した。
しかし、2011年にはイオがユニットを離れ、スターダムへの参戦を本格化させるなど、それぞれの進む道が分かれていく。
美央は複数団体への参戦や4団体同時所属という独自路線を選択。一方のイオは一つの団体で頂点を目指す方向へ進んだ。
姉妹仲が悪かったという噂は本当?
2015年には姉妹対決が大きな話題となり、リング上での激しい攻防や、それまでの活動方針の違いから、姉妹の不仲説が取り上げられることもあった。
ただし、2015年2月に掲載されたスポーツナビの紫雷イオへのインタビューでは、姉妹として仲が悪いわけではないと説明されている。正月に一緒に過ごしたことや、祖母の見舞いに行ったことなども語られていた。
一方で、プロレスに関しては意見が衝突することもあったという。姉妹としての関係と、同じ業界で競い合うプロレスラーとしての関係を分けていたことがうかがえる。
実際、2015年7月26日にはスターダム後楽園大会で約4年ぶりの姉妹タッグが実現。美央の引退を前に、妹イオと最後の姉妹タッグを披露した。
この出来事からも、二人の関係を単純な不仲という言葉だけで説明することはできない。それぞれが自分の目標を追いながら、姉妹としてのつながりも持ち続けてきたのである。
【紫雷美央に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:紫雷美央は2026年現在もプロレスラーとして活動していますか?
A1:はい。2024年6月に選手活動の再開を宣言し、2025年からはフリーランスとして活動しています。2026年10月23日にもSEAdLINNNGの大会に出場しています。
Q2:紫雷美央の結婚相手は誰ですか?
A2:元プロレスラーのタンク永井です。2015年に結婚し、3人の子供を育てています。タンク永井は2022年2月にプロレスラーを引退しました。
Q3:紫雷美央の引退理由は何ですか?
A3:2015年の引退理由は首の負傷です。身体の状態が悪化し、リング上で事故を起こすことや周囲に迷惑をかけることを避けるため、現役生活に区切りをつけました。結婚発表は引退試合当日に行われています。
まとめ:紫雷美央の現在は引退を経て再びリングに立つ新しいキャリア
紫雷美央のキャリアは、2007年のデビュー、紫雷姉妹やトリプルテイルズでの活動、2014年の4団体同時所属、2015年の引退、レフェリーへの転身、そして2024年の選手活動再開という大きな転換点で構成されている。
2026年にはアイスリボンやSEAdLINNNGなどの大会に出場。2015年に引退した選手が、レフェリーやコーチとしての経験を経て再びリングで戦っている点は、彼女のキャリアを特徴づける部分だ。
私生活ではタンク永井と結婚し、3人の子供を育てている。夫も2022年に引退しており、夫婦それぞれが家庭とプロレスとの向き合い方を選択してきた。
【プロの結論】
紫雷美央の歩みから読み取れるのは、プロレスラーとしてのキャリアが、必ずしも選手として試合を続けることだけで成り立つわけではないということだ。
身体的な事情から一度リングを離れても、レフェリー、リングアナウンサー、コーチという役割を通じて業界に関わり続けることができる。そして、経験を積んだ後に再び選手として挑戦する道もある。
2015年の引退と2024年の復帰は矛盾する出来事ではない。異なる立場からプロレスを経験したからこそ、現在の活動につながっている。
今後の注目点は、フリーランスとしてどの団体のリングに上がるのか、レフェリーとしての経験を選手活動にどう生かしていくのかという部分だ。2026年も続く紫雷美央の挑戦は、引退後のキャリア形成という視点からも興味深い。
主な確認資料: アイスリボン公式プロフィール・大会結果、SEAdLINNNG公式大会情報、デイリースポーツ、スポーツナビ、バトル・ニュース、プロレス格闘技DX、本人のオフィシャルブログ。