【再婚の真相】2021年に復縁した理由と「高市拓」への改姓

目次

2017年に離婚した2人が、なぜ2021年末に再婚したのでしょうか。

【検証資料 1】山本拓高市早苗の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

復縁の大きな転機となったのは、2021年の自民党総裁選です。高市氏が初めて総裁選に立候補した際、山本氏は離婚後でありながら高市氏を支援しました。

山本拓氏が高市早苗氏を再び支援した理由

山本拓高市早苗

当時の山本氏は二階派に所属していました。一方、高市氏は安倍晋三元首相の支援を受けて総裁選に挑戦していました。

高市氏が2025年に日刊スポーツで紹介された過去のインタビューで説明したところによると、山本氏は所属派閥の動向とは異なる形で高市氏を応援する意思を示したといいます。

その後の衆院選で山本氏は比例代表の名簿順位が低く、落選しました。高市氏は、この結果について自分を応援したことが影響したとの認識を語っています。

選挙後、山本氏は議員宿舎を短期間で退去する必要があり、高市氏に荷物を置かせてほしいと頼みました。高市氏は、かつて自分が落選したときに山本氏に支えてもらったことも重ね合わせ、再び一緒に暮らすようになった経緯を明かしています。

再婚を後押しした安倍晋三氏の存在

山本拓高市早苗

再婚の経緯で興味深いのが、安倍晋三元首相の存在です。

高市氏は、山本氏が再び夫婦となることや、高市姓を名乗ることについて安倍氏に相談したと説明しています。その際、安倍氏から前向きな反応があったといいます。

2021年の総裁選で高市氏を支えた山本氏と、その関係を再構築しようとした高市氏。政治活動を通じて互いの存在を再認識したことが、再婚につながった背景として読み取れます。

なぜ山本拓氏は「高市拓」に改姓したのか?

山本拓高市早苗

再婚に伴う大きな変化が、山本氏の姓です。

2人は再婚後、山本氏が高市姓を名乗る形を選びました。山本氏は2025年10月22日放送の日本テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」のインタビューで、姓の決め方について説明しています。

その方法は、夫婦2人でじゃんけんをするというもの。勝った方の姓を採用する約束で勝負し、山本氏が負けたため、高市姓を名乗ることになったと語りました。

この改姓によって、山本氏の戸籍上の氏名は高市拓となりました。報道では、従来から知られている山本拓という名前が引き続き使われています。

また、2026年3月16日の参議院予算委員会で高市首相は、最初の結婚時には戸籍上の氏が山本となり、社会生活では高市姓を通称として使用していたと説明しました。

つまり、今回の再婚では高市氏が再び姓を変更するのではなく、山本氏が姓を変えることで、現在の夫婦の氏が高市に統一されています。

この経緯は、単なる珍しい夫婦エピソードにとどまりません。政治家として長年使ってきた名前と、戸籍上の氏名、婚姻による姓の変更という、日本の夫婦同姓制度に関わる問題を考える材料にもなっています。

【2026年最新】山本拓の現在と高市早苗首相との公邸生活

2026年10月31日現在、高市早苗氏は第105代内閣総理大臣として在職しています。首相官邸の公式記録では、2026年9月17日に第2次高市改造内閣が発足したことも確認できます。

その夫である山本氏は、元衆議院議員として政治の第一線を退き、妻を支える立場にあります。2025年10月21日の首相就任によって、日本初の「ファースト・ジェントルマン」としても注目されました。

ファーストジェントルマンとしての立場

2025年10月、共同通信の取材に応じた山本氏は、妻について勉強熱心で、部屋には書類や書籍が多いと紹介しました。

また、自身は欧米の首脳の配偶者とは異なり、目立たずに妻を支えたいという考えを示し、「ステルス旦那」という表現を使いました。

これは、首相の夫として公の場に頻繁に登場するよりも、私生活を支える役割を優先したいという姿勢を示すものです。なお、ファースト・ジェントルマンは報道などで使われる呼称であり、法律上の公職や独立した政府の役職ではありません。

2025年12月29日に首相公邸へ転居

高市首相夫妻は、2025年12月29日に東京・赤坂の衆議院議員宿舎から首相公邸に転居しました。

首相が公邸に住む理由には、危機管理への対応があります。首相官邸に隣接する公邸で暮らせば、大規模災害や緊急事態が起きた際にも迅速に対応しやすくなります。

転居時には、山本氏の健康状態を考慮して公邸のバリアフリー改修が行われたという報道もありました。しかし、2026年1月9日、高市首相は自身のSNSでこれを否定。官邸事務所に確認した結果、実施されたのは居住者交代に伴う通常の修繕や清掃であり、バリアフリー工事は含まれていなかったと説明しました。

山本氏も2026年5月のインタビューで、本人のための特別な改修はなかったと説明しています。

2026年5月の20時間インタビューで明かした健康状態

2026年の大きな話題となったのが、山本氏がジャーナリストの河野嘉誠氏によるロングインタビューに応じたことです。

2026年5月8日公開の「文藝春秋PLUS」などで紹介された取材は、電話による計11回、累計約20時間に及びました。山本氏が自ら健康状態や夫婦関係、公邸での生活を詳しく語った貴重な機会です。

山本氏は2025年2月に脳梗塞を発症していました。発症後は約1か月入院し、その後もリハビリに取り組んだと説明しています。本人によれば症状は比較的軽く、回復も予想より早かったものの、足首付近にはしびれが残っていました。

さらに、2025年夏には歩行器を使った歩行練習中に転倒し、尾骨を骨折。その影響でリハビリが中断し、脚の筋力が落ちたことも明かしています。

現在はどこまで回復している?

2026年5月のインタビューで、山本氏は自宅では歩行器を使用していると説明しました。一方、上半身は基本的に問題なく、手すりを使えば自分でシャワーを浴びることも、トイレを利用することもできると語っています。

発症直後に自宅へ戻った時期は、入浴時に危険があったため高市氏が手伝っていたそうです。しかし、インタビュー時点では身の回りのことを自分でできるようになり、妻に介助を頼む必要はほとんどないと説明しています。

また、2026年3月の高市首相の訪米については同行する案もあったものの、飛行機のタラップを降りるのに時間がかかることから見送ったといいます。現在も歩行や筋力の回復に取り組んでいる状況です。

首相公邸での夫婦生活はどのようなもの?

同インタビューでは、首相公邸での日常生活についても具体的な話が出ています。

山本氏によると、公邸は警備が厳しく、建物への出入りにも制限があります。週1回、掃除を担当する人が来る一方、料理人はおらず、食事は自分で用意する必要があるとのことです。

ピザを注文する場合でも、配達員の名前を事前に確認する必要があるというエピソードからは、首相公邸ならではの警備体制がうかがえます。

一方、公邸の廊下が広いことは、歩行器を使って生活する山本氏にとって、日常的なリハビリにも役立っているそうです。

高市首相の仕事についても、山本氏は自宅に仕事を持ち帰り、自分の部屋で原稿や書類に向き合っていると紹介しています。公邸での生活は、首相としての仕事と夫婦の日常が隣り合う環境になっています。

2026年5月の取材では、山本氏はメディアへの出演を今後控えたいという意向も示しました。表舞台に立つより、妻の政治活動を陰から支えるという姿勢は、首相就任時に語った「ステルス旦那」という言葉にも通じています。

【よくある誤解を整理】山本拓と高市早苗について知っておきたいこと

2人の結婚歴や再婚の経緯については、検索結果や見出しだけを見ると誤解しやすい部分もあります。特に、離婚理由、再婚時期、改姓、現在の夫婦生活は分けて理解する必要があります。

よくある疑問・誤解 報道・公的記録で確認できる内容
離婚は不仲が原因だった? 公式発表では政治的スタンスの違いが理由。私生活は円満だったと説明。
離婚後は絶縁していた? 2021年の総裁選で山本氏が高市氏を支援。
再婚時に高市氏が山本姓になった? 再婚後は山本氏が高市姓を名乗った。
山本氏は現在も国会議員? 2024年の衆院選でも落選し、現在は元衆院議員。
首相公邸は夫のために改修された? 高市首相と山本氏の双方が特別なバリアフリー改修を否定。
山本氏は現在も全面的な介護が必要? 2026年5月の本人談では、歩行器を使用しながら身の回りのことは自分でできている。

特に注意したいのは、離婚後の関係を「完全に縁が切れた」と決めつけないことです。また、2026年の健康状態についても、2025年の発症直後の報道だけで判断せず、本人がその後に語った回復状況を踏まえる必要があります。

【山本拓と高市早苗の関係】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:山本拓と高市早苗は現在も夫婦ですか?
A1:はい。2人は2017年に離婚しましたが、2021年末に再婚しています。2026年5月にも山本氏が夫婦関係や公邸生活についてインタビューで語っています。

Q2:高市早苗と山本拓の離婚理由は何ですか?
A2:2017年7月に発表された連名コメントでは、互いの政治的スタンスの違いが大きかったことを理由として説明しています。私生活については円満だったとしています。

Q3:山本拓が高市拓に改姓したのはなぜですか?
A3:2021年末の再婚時、夫婦でじゃんけんをして姓を決めたためです。山本氏が負けたことで高市姓を名乗ることになりました。

まとめ:山本拓と高市早苗の関係から見える夫婦の現在

山本拓氏と高市早苗首相の関係は、2004年の結婚から2017年の離婚、2021年末の再婚という経緯をたどっています。

最初の結婚は、山本氏の電撃的なプロポーズと料理を通じた支え合いが印象的でした。一方、離婚の理由は政治的スタンスの違い。2012年の総裁選でも支持する候補が分かれるなど、政治家としての考え方には違いがありました。

しかし、離婚後も山本氏は2021年の高市氏の総裁選を支援し、衆院選後の生活環境の変化などを経て、再び夫婦となりました。再婚時には山本氏が高市姓に変更し、現在は高市拓という戸籍上の氏名になっています。

2026年の注目点は、山本氏の健康回復と首相公邸での生活です。5月のロングインタビューでは、脳梗塞後のリハビリや歩行器を使った生活、身の回りのことを自分で行えるまでに回復した状況が明かされました。

また、妻が首相として公務に取り組む一方、夫は表舞台に出過ぎず、家庭から支える姿勢を示しています。

【プロの結論】2人の関係を理解する3つのポイント

第一に、離婚理由と再婚理由を混同しないこと。2017年の離婚は政治的スタンスの違いによるものであり、2021年の再婚は総裁選での支援や生活環境の変化など、複数の出来事を経て実現しました。

第二に、山本拓氏を首相の夫という肩書きだけで評価しないこと。8回の衆議院議員当選や農林水産副大臣の経験を持つ政治家であり、独自の政治活動を積み重ねてきた人物です。

第三に、2026年の夫婦の姿は、政治と家庭の両立という視点から見ること。高市首相の公務、山本氏のリハビリ、首相公邸での共同生活という現実があります。かつて政治的な違いで別れた2人が、現在はそれぞれの立場を保ちながら生活している点に、この夫婦の特徴があります。

今後も注目されるのは、高市首相の政治活動だけではありません。山本氏の健康状態や本人が望む「ステルス旦那」としての支え方、そして夫婦がどのような生活を築いていくのかという点です。