【2026年最新】上重聡の現在は?フリーアナウンサーとしての活動と出演番組
2026年10月現在、上重聡さんは日本テレビを離れ、フリーアナウンサーとして活動しています。
1980年5月2日生まれ、大阪府八尾市出身。2026年10月時点で46歳です。PL学園高校、立教大学コミュニティ福祉学部を卒業し、2003年に日本テレビへ入社しました。
2026年10月には「5時に夢中!」にゲスト出演

2026年の活動を象徴する出来事が、10月16日のTOKYO MX「5時に夢中!」への出演です。
この日は元NHKアナウンサーの青井実さんと共演。2人は2003年にそれぞれ日本テレビとNHKへ入社した同世代で、学生時代のアナウンサー採用試験でも顔を合わせていた関係です。
番組では、青井さんがフジテレビ系「Live News イット!」のMCを務めていることに触れ、上重さんは自身の状況を自虐的に表現しました。
「青井君はイット、僕はニート」
さらに、同じ時期にフリーへ転身した藤井貴彦さんの「news zero」と、自身の仕事がない状況を掛け合わせたトークでもスタジオを笑わせています。
ただし、これは番組内の自虐的なジョークです。実際に仕事をしていないという意味ではありません。
2026年5月8日にも同番組へゲスト出演しており、TOKYO MXとの接点はフリー転身後の活動の一つになっています。なお、確認できる出演はゲストとしてのもので、同番組の固定レギュラーという意味ではありません。
フリー転身後に広がった仕事
上重さんの活動はテレビ出演だけではありません。
2025年4月の「5時に夢中!」では、フリー転身後の仕事として次のような活動が紹介されました。
- メジャーリーグ関連の実況
- 上原浩治さんのYouTubeチャンネルへのレギュラー出演
- 全国各地での講演会
- 新人アナウンサーなどを対象とした研修
特に、野球経験を生かしたスポーツ関連の仕事は、局アナ時代から培ってきた専門性を直接生かせる分野です。
「ズームイン!!サタデー」「シューイチ」で培った経験

日本テレビ時代の代表的な担当番組も振り返っておきましょう。
「ズームイン!!サタデー」では5代目総合司会を務めました。日刊スポーツ系の報道では、司会を担当した期間は6年間とされています。
また、「スッキリ」ではMCを担当し、「シューイチ」でもキャスターとして出演。スポーツ実況だけでなく、情報番組やバラエティーまで幅広く経験してきました。
「ズームイン!!」の決めポーズは、フリー転身後の講演会でも披露しているそうです。過去の看板番組で築いた知名度を、新しい仕事にもつなげています。
【退社理由を検証】上重聡はなぜ21年間勤めた日本テレビを辞めたのか
上重聡さんが日本テレビの退社を発表したのは、2024年1月22日。実際の退社日は2024年3月31日です。
2003年の入社から約21年間在籍したテレビ局を離れる決断は、アナウンサー業界でも注目を集めました。
本人が語った退社の理由は「新しい挑戦」
2024年1月、上重さんは日本テレビを通じて退社メッセージを公表しました。
その中で、野球選手がメジャーリーグへ挑戦する際の言葉を自分自身にも問いかけ、退社を決断したと説明しています。
「もう1度自分自身に負荷を掛けて、さまざまな挑戦をしていきたいと思っています」
【検証資料 1】上重聡の当時の様子・関連報道写真(出典:スポーツ報知 / Yahoo!ニュース)
この言葉から読み取れるのは、安定した会社員としてのキャリアを続けるよりも、厳しい環境で自分の可能性を試したいという思いです。
さらに、2024年1月28日放送の「シューイチ」では、本人が退社について生報告しました。
年齢を意識したことや、高校1年生の野球部員に戻ったような気持ちで一から努力したいという考えも明かしています。
当時、フリー転身後の具体的な仕事は決まっておらず、本人も厳しい道になることを理解していたと話しました。
退社は突然の思いつきではなかった
2024年4月に松坂大輔さんのYouTubeチャンネルへ出演した際には、30代前半からフリー転身に挑戦したい気持ちがあったと説明しています。
局アナを日本のプロ野球選手、フリーアナウンサーをメジャーリーグへ挑戦する選手になぞらえ、より厳しい環境へ身を置くことに関心を持っていたそうです。
日本テレビに残れば安定した立場やキャリアを維持できる一方、それでよいのかという自問もあったと語っています。
退社理由を整理すると、次のようになります。
- キャリアへの挑戦: 30代前半から抱いていたフリー転身への思い。
- 年齢への意識: 40代を迎える前後で、もう一度新しい環境に飛び込む決断。
- 安定より挑戦: 局アナとしての地位にとどまらず、自分の力で仕事を獲得する道を選択。
- 野球選手から受けた影響: メジャーリーグへ挑戦する選手の姿勢を、自分自身の決断に重ねたこと。
したがって、退社理由を特定の番組の降板や一つのトラブルだけに結びつけるのは正確ではありません。本人が公表した中心的な理由は、あくまで新しい挑戦です。
【経歴・年表】上重聡のプロフィールとキャリアの転換点
上重さんの魅力を理解するには、野球選手としての実績とアナウンサーとしての経歴を分けずに見る必要があります。
特に、学生時代の野球経験は、後のスポーツ実況やアスリートへのインタビューに生きています。
上重聡の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 上重聡(かみしげ・さとし) |
| 生年月日 | 1980年5月2日 |
| 2026年の年齢 | 46歳 |
| 出身地 | 大阪府八尾市 |
| 高校 | PL学園高校 |
| 大学 | 立教大学コミュニティ福祉学部 |
| 日本テレビ入社 | 2003年 |
| 日本テレビ退社 | 2024年3月31日 |
| 現在の肩書 | フリーアナウンサー |
| 主な特技 | 野球・料理・ゴルフ |
上重聡の経歴年表
| 年・時期 | 出来事 | 主な実績・備考 |
|---|---|---|
| 1980年 | 大阪府八尾市に誕生 | 5月2日生まれ |
| 1996年 | PL学園で甲子園出場 | 1年夏にベンチ入り |
| 1998年春 | センバツ出場 | ベスト4 |
| 1998年夏 | 夏の甲子園出場 | 横浜高校と延長17回の激闘 |
| 2000年10月 | 立教大学で完全試合 | 対東大戦で達成 |
| 2003年 | 日本テレビ入社 | アナウンサーとして活動開始 |
| 在籍期間中 | 看板番組を担当 | ズムサタ、スッキリ、シューイチなど |
| 2024年3月 | 日本テレビ退社 | フリーアナウンサーへ転身 |
| 2025年 | 活動の幅を拡大 | MLB実況、YouTube、講演会など |
| 2026年10月 | 5時に夢中!出演 | 青井実さんらと共演 |
この経歴で注目したいのは、上重さんが野球で実績を残した後、単にスポーツアナウンサーの道だけを選んだわけではないことです。
情報番組の司会やバラエティー出演も経験し、スポーツと一般視聴者をつなぐ役割を担ってきました。フリー転身後も、その複数の経験が仕事の選択肢になっています。
【野球人生の真実】PL学園で松坂大輔と対戦、立教大学では完全試合
上重聡さんを語るうえで欠かせないのが、高校・大学時代の野球実績です。
特に1998年のPL学園対横浜高校の試合は、高校野球史に残る名勝負として知られています。
PL学園では甲子園に3度出場
上重さんは大阪の名門・PL学園高校に進学しました。
公式プロフィールには、次の甲子園実績が掲載されています。
- 第78回全国高等学校野球選手権大会:ベスト16
- 第70回選抜高等学校野球大会:ベスト4
- 第80回全国高等学校野球選手権大会:ベスト8
ただし、PL学園で最初から順風満帆だったわけではありません。
本人の著書『怪物と闘ったPLのエース』によると、入学当初、同学年の投手の中での評価は6番目。1年夏には甲子園のベンチ入りを果たしたものの、2年夏はメンバーから外れ、スタンドから応援する立場でした。
名門校でエースになるまでには、厳しい競争と挫折があったのです。
松坂大輔との延長17回の死闘
最も有名なのが、1998年8月20日に行われた夏の甲子園準々決勝です。
対戦相手は、松坂大輔さんを擁する横浜高校でした。
PL学園は春のセンバツでも横浜に敗れており、夏はその雪辱を期しての再戦でした。
試合は9回を終えて5対5。延長戦に突入しても両校が譲らず、11回と16回には互いに得点を奪い合いました。
そして、延長17回。
PL学園は上重さんが7回から救援登板していましたが、最後は横浜の常盤良太選手に2ランホームランを浴びます。
試合結果は横浜9-7PL学園。
3時間37分に及ぶ激闘は、横浜高校の勝利で幕を閉じました。
興味深いのは、上重さん自身が後年、この試合を単純な敗北としてだけ振り返っていないことです。
2025年の日刊ゲンダイのインタビューでは、松坂さんと投げ合う時間そのものに充実感があり、試合が終わることに寂しさを感じていたと振り返りました。
高校野球の大舞台で、相手の実力を認めながら勝負を楽しんでいたことが伝わるエピソードです。
立教大学では36年ぶりの完全試合
高校卒業後、上重さんは立教大学へ進学。コミュニティ福祉学部に在籍し、東京六大学野球で投手として活躍しました。
そして、2000年10月22日、対東京大学戦で歴史的な記録を達成します。
立教大学が7対0で勝利したこの試合で、上重さんは27人の打者を一人も出塁させず、完全試合を成し遂げました。
東京六大学野球の公式記録室によると、記録は次のとおりです。
- 試合日:2000年10月22日
- 対戦相手:東京大学
- 試合結果:立教大学7-0東京大学
- 投球数:87球
- 奪三振:7
- 打者数:27人
- 記録:完全試合
この記録は、1964年春に慶應義塾大学の渡辺泰輔投手が達成して以来、36年ぶり、史上2人目の快挙でした。
一方で、本人の著書によれば、この完全試合に至るまでには投手としての不調やイップス、外野手への転向なども経験しています。
華やかな記録の裏に、苦しい時期があったことも上重さんの野球人生を理解するうえで重要です。
【結婚・妻の真相】上重聡は独身?結婚相手や過去の交際報道を整理
上重聡さんについて検索されることが多いのが、結婚や妻の存在です。
結論からいうと、2026年10月時点で、結婚を発表したという確かな公表情報は確認できません。妻がいるとする確かな情報もありません。
過去に結婚間近と報じられた女性は安座間美優
モデルとして活動する安座間美優さんは、過去に上重さんとの交際が報じられた人物です。
2人は日本テレビ系「ズームイン!!サタデー」での共演をきっかけに、2011年に交際が報じられました。
その後、交際を公にし、結婚間近とも伝えられた時期がありました。
しかし、2019年7月、日刊スポーツなどが2人の破局を報道。約8年間の交際に終止符が打たれたと伝えています。
ここで押さえておきたいのは、安座間さんは上重さんの元交際相手であり、妻ではないという点です。
過去の結婚報道と実際の結婚を混同しないようにする必要があります。
本人が明かした結婚願望と独身の理由
2024年7月、上重さんはYouTubeチャンネル「DELISH KITCHEN」の「タイムマシーン3号のお料理向上委員会」に出演し、結婚願望について語りました。
結婚願望そのものはあるものの、当時はフリー転身直後で生活や仕事の安定に不安を感じていたといいます。
本人は、その心境を次のように説明しています。
「自分で生きていくことで精いっぱい。フリーなので、まだ安定してなく他人の人生を背負う資格がないんじゃないかなと…」
また、料理や家事が好きで、結婚相手には家事を無理に担ってもらわなくてもよいという考えも明かしました。
この発言から見えてくるのは、結婚そのものを否定しているわけではないということです。
仕事が不安定な時期に、家庭を持つ責任をどう考えるか。フリー転身という大きな変化の中で、本人なりに将来を考えていたことがうかがえます。
独身でいることは仕事だけが理由なのか
独身の理由を一つに断定することはできません。
本人が公に語ったのは、仕事の安定性や生活への責任に関する考えです。性格や恋愛観、家庭環境などを理由として決めつける根拠はありません。
2026年現在も、結婚相手や妻についての新たな公式発表は確認できません。プライベートについては、本人が公表した内容と過去の報道を区別して理解することが大切です。
【年収・収入】上重聡のフリー転身後の稼ぎと評判
フリーアナウンサーへの転身で気になるのが、収入の変化です。
局アナ時代は会社員として給与を受け取る立場でしたが、フリー転身後は出演料、実況、講演会など、仕事ごとの報酬が収入の中心になります。
上重さんは、転身直後から収入について率直に語ってきました。
2024年に明かした月収と仕事の単価
2024年7月放送の日本テレビ系「行列のできる相談所」では、フリー転身後の仕事について具体的な金額を公表しています。
| 仕事の種類 | 当時明かした金額・実績 |
|---|---|
| YouTube出演 | 1本3万~5万円 |
| 4月以降のYouTube出演 | 約20本 |
| 講演会 | 1回30万~50万円 |
| 講演会の出演実績 | 6本 |
| 2024年6月の最高月収 | 250万円 |
当時は事務所に所属せず、マネジャーも置かずに仕事を管理していたと説明しています。
ただし、ここで注意したいのは、250万円が毎月の収入ではないということです。
本人も、月によって仕事量が異なり、収入に不安があると話していました。最高月収をそのまま年収に換算することはできません。
2025年には日本テレビ時代の年収を上回ったと告白
転機となったのが、フリー転身から約1年が経過した2025年4月18日の「5時に夢中!」への出演です。
番組で日本テレビ時代と現在の年収を比較する質問を受け、上重さんは会社員時代を若干上回ったと説明しました。
さらに、講演会については収入源の大きな部分を占めているとも明かしています。
当時はメジャーリーグ実況や上原浩治さんのYouTubeチャンネルへのレギュラー出演など、仕事の幅も広がっていました。
したがって、上重さんの年収については次のように整理できます。
- 2024年:仕事の獲得に苦労しながら、YouTubeや講演会などで収入を確保。
- 2024年6月:本人が最高月収250万円を公表。
- 2025年4月:会社員時代の年収を若干上回ったと発言。
- 2026年:具体的な年間収入や最新の月収は公表されていない。
2026年の正確な年収は非公表です。 2025年の発言を現在の確定年収として扱うこともできません。
フリー転身後の評判は?苦労を笑いに変える姿勢
上重さんのフリー転身後の特徴として挙げられるのが、仕事の不安や失敗を隠さず、トークの材料にしていることです。
2024年4月に「5時に夢中!」へ初出演した際には、フリー転身後の仕事がまだ決まっていない状況を番組内でいじられました。
当時は「後悔しかない」と自虐的に語る場面もありましたが、厳しい状況をそのまま笑いに変える姿勢が印象に残りました。
2026年10月16日の同番組でも、青井実さんとの比較を笑いに変えています。
このような出演から見えてくるのは、従来のスポーツ実況や情報番組のキャスターという枠にとどまらず、バラエティーでのトーク力も生かそうとしている姿です。
一方で、現時点では「5時に夢中!」の固定MCや大型情報番組のレギュラーキャスターとして定着したとまではいえません。
フリーアナウンサーとしての評価ポイント
上重さんの今後を考えるうえでは、次の3点が判断材料になります。
1. 野球の専門知識
PL学園、立教大学、プロ野球実況など、実体験に基づく野球知識があります。選手の心理や高校野球の歴史を伝えられることは、大きな強みです。
2. 情報番組の進行経験
「ズームイン!!サタデー」や「スッキリ」で培った司会経験は、情報番組やイベントの進行でも生かせます。
3. バラエティーへの対応力
フリー転身後は、自虐や共演者との掛け合いも積極的に披露しています。局アナ時代のイメージに縛られず、仕事の幅を広げようとする姿勢が特徴です。
今後、スポーツ実況と情報番組の両方で安定したレギュラーを獲得できるかが、キャリアの大きなポイントになりそうです。
【プロの結論】上重聡のキャリアから見えるフリー転身の意味
上重聡さんの経歴を振り返ると、共通して見えてくるのは、安定した立場にとどまらず、何度も新しい環境に挑んできた姿勢です。
PL学園では投手としての序列に苦しみ、甲子園では松坂大輔さんとの激闘を経験。立教大学ではイップスなどの挫折を乗り越え、完全試合を達成しました。
日本テレビでは21年間、スポーツ実況や情報番組の司会を経験しましたが、最終的には会社員という安定した立場を手放しました。
フリー転身直後には仕事がなく、本人も不安を口にしていました。それでも講演会やスポーツ実況、YouTube出演など、少しずつ仕事を広げています。
ここで注目したいのは、フリーアナウンサーとしての成功を、単純にテレビ出演の本数だけで判断できないことです。
テレビ局に所属していれば、番組編成や社内の役割によって仕事が決まる側面があります。一方、フリーでは本人の専門性、知名度、営業力、仕事の継続性が直接問われます。
上重さんの場合、野球という明確な専門領域と、長年のテレビ出演で培った進行能力の両方を持っています。
今後の評価を左右するのは、これらの強みをどれだけ継続的な仕事につなげられるかです。
【よくある質問】上重聡の現在に関するFAQ
Q1:上重聡は2026年現在、何をしている?
A1:フリーアナウンサーとして活動しています。スポーツ実況、YouTube出演、講演会などの実績があり、2026年10月16日にはTOKYO MX「5時に夢中!」にゲスト出演しました。
Q2:上重聡は日本テレビをなぜ退社した?
A2:本人は、安定した環境を離れ、自分自身に負荷をかけて新しいことに挑戦したいと説明しています。2024年3月31日に退社しました。
Q3:上重聡は結婚している?妻は誰?
A3:2026年10月時点で結婚の公表は確認できません。過去にはモデルの安座間美優さんとの交際が報じられましたが、2019年に破局が報道されています。
Q4:上重聡が独身でいる理由は?
A4:2024年の本人発言では、フリー転身後の仕事や生活が安定しておらず、他人の人生を背負うことへの不安を語っています。ただし、結婚願望自体はあると話していました。
Q5:上重聡の年収はいくら?
A5:2026年の正確な年収は非公表です。2024年には最高月収250万円、2025年にはフリー転身後の年収が日本テレビ時代を若干上回ったと明かしています。
Q6:上重聡と松坂大輔の関係は?
A6:1998年夏の甲子園準々決勝で、PL学園と横浜高校の選手として対戦しました。延長17回の激闘は高校野球史に残る名勝負として知られています。
Q7:上重聡は立教大学で何を達成した?
A7:2000年10月22日の東京大学戦で完全試合を達成しました。87球、7奪三振、27人の打者を完全に抑えた記録です。
まとめ:上重聡は2026年も新しいキャリアに挑戦中
上重聡さんは2024年3月末に日本テレビを退社し、フリーアナウンサーとして新しい道を歩み始めました。
2026年10月には「5時に夢中!」へのゲスト出演もあり、局アナ時代の情報番組やスポーツ実況とは異なる一面を見せています。
結婚については、過去に安座間美優さんとの交際が報じられたものの、2019年に破局。2024年には本人が結婚願望を明かしつつ、仕事の安定への不安も語っていました。
年収については2025年に会社員時代を若干上回ったと発言していますが、2026年の具体的な金額は公表されていません。
PL学園での甲子園出場、松坂大輔さんとの延長17回、立教大学での完全試合、そして日本テレビでの21年間。上重さんのキャリアには、成功だけでなく挫折や再挑戦の歴史があります。
フリーアナウンサーとして今後どのような番組やスポーツ関連の仕事を獲得していくのか。野球で培った経験とテレビで磨いた伝える力を、次のステージでどう生かすのかが注目されます。