【日本人女性宇宙飛行士の歴代一覧】向井千秋・山崎直子・米田あゆの経歴と実績
日本人女性宇宙飛行士の歴史を語るうえで欠かせないのが、向井千秋、山崎直子、米田あゆの3人だ。
ただし、3人の宇宙での経験は同じではない。向井と山崎は実際に宇宙飛行を経験しており、米田は宇宙飛行士として認定された後、将来のミッションに向けた訓練を続けている。
1. 向井千秋:日本人女性初、アジア人初の女性宇宙飛行士

- 1952年、群馬県館林市生まれ
- 慶應義塾大学医学部卒業
- 1985年、宇宙飛行士に選定
- 1994年・1998年に宇宙飛行
向井千秋は、医師としての専門性を宇宙開発に生かした人物だ。
1977年に慶應義塾大学医学部を卒業し、医師免許を取得。その後、同大学医学部外科学教室で診療に従事した。1985年には、当時の宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)から宇宙飛行士候補者に選ばれている。
大きな転機となったのは1994年7月のスペースシャトル「コロンビア号」への搭乗だ。
第2次国際微小重力実験室計画(IML-2/STS-65)に参加し、アジア人初の女性宇宙飛行士として宇宙へ飛び立った。
注目すべきは、宇宙で実施した科学実験の内容である。
JAXAの経歴資料によると、向井は微小重力環境を利用して、材料科学、流体科学、宇宙生物学、宇宙医学などに関する82テーマの実験を遂行した。
1998年10月には、STS-95ミッションで再び宇宙へ。NASAのジョン・グレン宇宙飛行士らとともに、ライフサイエンスや宇宙医学に関する実験を担当した。
JAXAの2026年1月時点の宇宙滞在実績では、搭乗回数は2回、滞在時間は合計567時間39分、日数にして23.7日となっている。
現在の活動については、JAXA特別参与、東京理科大学副学長としての肩書が公式プロフィールに掲載されている。宇宙飛行の経験を、研究や教育、宇宙医学の発展につなげている人物だ。
2. 山崎直子:ISSでロボットアーム操作や物資移送を担当
- 1970年、千葉県松戸市生まれ
- 東京大学工学部航空学科卒業
- 1999年、宇宙飛行士候補者に選定
- 2010年、STS-131ミッションに参加
山崎直子は、宇宙工学を専門とする技術者出身の宇宙飛行士だ。
1993年に東京大学工学部航空学科を卒業し、1996年には同大学大学院の航空宇宙工学専攻修士課程を修了。NASDAに入った後は、国際宇宙ステーションに取り付けられる日本実験棟「きぼう」の開発業務などに携わった。
1999年に宇宙飛行士候補者として選ばれ、2001年に正式認定。2006年にはNASAのスペースシャトル・ミッションスペシャリストとしても認定された。
そして2010年4月、スペースシャトル「ディスカバリー号」によるSTS-131ミッションに参加する。
山崎が担当した仕事は、単にISSに滞在することではなかった。
- ISSへの物資移送作業全体の取りまとめ
- ISSのロボットアームの操作
- スペースシャトル側のロボットアームの操作
- ISSの設備や物資に関する共同作業
特に注目されたのは、ISSに長期滞在していた野口聡一との同時滞在だ。
このミッションでは、日本人宇宙飛行士が初めて2人同時に軌道上で活動した。異なる宇宙機関の飛行士が協力する国際宇宙開発の現場で、日本人同士の連携が実現したのである。
JAXAの公式データによると、山崎の宇宙滞在は1回、合計362時間47分。15.1日間に相当する。ISSでの滞在時間は245時間08分となっている。
2011年8月にJAXAを退職した後は、東京大学で航空宇宙工学に関する研究に従事した。
3. 米田あゆ:医師から宇宙飛行士へ転身した新世代

- 1995年生まれ
- 東京大学医学部医学科卒業
- 2023年4月、JAXA入構
- 2024年10月、宇宙飛行士に認定
米田あゆの経歴で特徴的なのは、宇宙開発の技術者ではなく、医師としてキャリアを積んできたことだ。
2019年3月に東京大学医学部医学科を卒業。同年4月には東京大学医学部附属病院に入職した。
その後、日本赤十字社医療センターでの勤務を経て、2022年10月には虎の門病院に派遣されている。
2023年4月、JAXAに入構し、宇宙飛行士候補者として基礎訓練を開始した。
そして2024年10月21日付で正式に宇宙飛行士として認定された。
JAXAの2024年10月22日付プレスリリースによれば、米田と諏訪理はISSでの活動だけでなく、月周回有人拠点「ゲートウェイ」や月面活動などを想定した基礎訓練項目をすべて修了し、審査を経て認定された。
【2026年最新】米田あゆの現在は?宇宙飛行に向けた訓練状況
2026年10月現在、米田あゆはJAXAの現役宇宙飛行士として活動している。
JAXAの公式プロフィールには、現在の状況について「アサインメントに向け訓練中」と掲載されている。
ここでいうアサインメントとは、宇宙飛行士が特定の宇宙ミッションに任命されることだ。
つまり、2024年に宇宙飛行士として認定されたことと、実際の宇宙飛行が決定したことは別の段階にある。
2026年の注目活動は米国での水上サバイバル訓練
2026年の活動で特に注目したいのが、米国で実施された水上サバイバル訓練だ。
JAXAは2026年8月26日付の活動レポートで、米田と諏訪が参加した訓練の内容を公開している。
その経過を整理すると、次のようになる。
- 2026年2月: NASAジョンソン宇宙センターのNBL(中性浮力訓練施設)で水上サバイバル訓練を実施。
- 2026年4月: 米国フロリダ州ペンサコーラの米海軍航空基地で、NASAの宇宙飛行士候補者と合同訓練を実施。
- 2026年8月26日: JAXAがペンサコーラでの訓練レポートを公開。
ペンサコーラでの訓練期間は約1週間だった。
主な内容は以下のとおり。
水上サバイバル訓練
航空機が緊急事態で水上に不時着した場合を想定し、機体からの脱出や救助を待つ間の行動を学ぶ。
パラシュート訓練
降下中に発生するパラシュートの異常などを想定し、状況を判断して対応する能力を養う。
救出訓練
着水後に負傷者が発生したケースを想定し、複数人で救急の初期対応を行う。
ダンカー訓練
ヘリコプターの不時着水を想定した模擬装置を使用し、装置が水中で逆さになった状態から脱出する。
この訓練で重要なのは、泳ぐ能力だけではない。視界や方向感覚が制限される状況でも、冷静に判断し、仲間と協力して行動する能力が問われる。
JAXAのレポートでは、米田と諏訪がNASAの候補者と合同で訓練したことも紹介されている。日本国内だけで完結せず、国際的な宇宙飛行士養成プログラムに参加している点も特徴だ。
米田あゆはいつ宇宙へ行く?
2026年10月30日時点で、JAXAの公開プロフィールには、米田の具体的な初飛行日や搭乗ミッションは掲載されていない。
そのため、2026年中の宇宙飛行が決定していると受け取るのは正確ではない。
ただし、飛行実績がないことは、宇宙飛行士としての活動が始まっていないことを意味しない。
宇宙飛行士は、ミッションに任命されるまでの間も、専門技能の維持、緊急事態への対応、国際協力、地上での技術支援など、さまざまな業務を担う。
米田の場合、医師としての経験を持ちながら、宇宙医学や有人宇宙活動に必要な知識を身につけていることが強みとなる。
今後の注目点は、ISSへの搭乗機会だけではない。月周回有人拠点ゲートウェイや将来の月面探査に、どのような役割で関わっていくかも重要だ。
【歴代3人を比較】日本人女性宇宙飛行士の年表と搭乗実績
ここまで紹介した3人の関係を、年代と実績で比較してみよう。
出典:JAXA宇宙飛行士プロフィール、JAXA「データで見る有人宇宙活動」(宇宙滞在実績は2026年1月現在)。
この比較から分かるのは、3人がそれぞれ異なる専門性を宇宙開発に持ち込んでいることだ。
- 向井千秋は医学・生命科学の専門家。
- 山崎直子は航空宇宙工学と宇宙機運用の専門家。
- 米田あゆは医療現場での経験を持つ新世代の宇宙飛行士。
また、誤解しやすい点が一つある。
向井千秋の宇宙飛行実績とISS搭乗実績は同じではない。
向井が搭乗したのはスペースシャトルのSTS-65とSTS-95であり、ISSに長期滞在したわけではない。一方、山崎は2010年のSTS-131でISSを訪れている。
この違いを押さえると、日本人女性宇宙飛行士の歴史をより正確に理解できる。
【世界初の女性宇宙飛行士】ワレンチナ・テレシコワから現在まで
日本人女性宇宙飛行士の歴史を理解するには、世界の女性宇宙飛行士の歩みも知っておきたい。
女性が宇宙へ行くことは、現在では珍しいことではなくなった。しかし、その実現には先駆者たちの挑戦があった。
1963年:ワレンチナ・テレシコワが世界初の女性宇宙飛行士に
1963年6月16日、ソ連の宇宙船ボストーク6号に搭乗。世界で初めて宇宙飛行を経験した女性となった。
当時の宇宙開発競争は、米ソ冷戦の影響を強く受けていた。
ソ連は1961年にユーリ・ガガーリンを人類初の宇宙飛行士として送り出した後、女性宇宙飛行士の選抜にも着手した。
NASAの歴史資料によると、テレシコワは約400人の候補者から選考され、1962年に女性候補者5人の一人として選ばれた。
1963年6月16日、ボストーク6号で宇宙へ。地球を48周し、約3日間の飛行を終えて6月19日に帰還した。
女性が宇宙へ行けることを世界に示した歴史的な飛行だった。
世界の女性宇宙飛行士が切り開いた主な記録
- 1963年: ワレンチナ・テレシコワが世界初の女性宇宙飛行を達成。
- 1983年: サリー・ライドが米国人女性として初めて宇宙へ。
- 1984年: スベトラーナ・サビツカヤが女性初の船外活動を実施。
- 1994年: 向井千秋がアジア人初の女性宇宙飛行士として飛行。
- 2019年: クリスティーナ・コックとジェシカ・メイヤーが史上初の女性だけによる船外活動を実施。
特に2019年の女性2人による船外活動は、宇宙開発の現場で女性が重要な役割を担っていることを示す象徴的な出来事となった。
女性宇宙飛行士は男性と何が違う?
基本的な仕事や求められる専門能力に、性別による本質的な違いはない。
宇宙飛行士に必要なのは、科学技術の知識、健康管理、機器の操作能力、国際的な協調性、緊急事態への対応力などだ。
女性宇宙飛行士の活躍は、女性だから特別な任務を担うという話ではない。個人の専門性と能力に応じて、科学実験やISSの運用、船外活動などを担当している。
宇宙開発における男女共同参画は、単に女性の搭乗者数を増やすことではなく、多様な専門性を持つ人材がミッションに参加できる環境を整えることにもつながる。
【宇宙飛行士になるには女性でもなれる?】JAXAの応募資格・選抜試験・訓練内容
女性が宇宙飛行士を目指す場合、まず知っておきたいのがJAXAの応募資格と選抜制度だ。
宇宙飛行士になるために、女性専用の別資格が設けられているわけではない。
JAXAの宇宙飛行士応募資格
JAXAが公開している2021年度の宇宙飛行士募集要項に基づく主な条件は次のとおり。
- 日本国籍を有していること。
- 2021年度末時点で3年以上の実務経験があること。
- 指定された医学的条件を満たしていること。
修士号取得者は1年、博士号取得者は3年の実務経験に相当する扱いだった。
身体条件には、身長149.5~190.5cm、両眼の遠距離矯正視力1.0以上、正常な色覚、正常な聴力などが含まれていた。
ただし、これは2021年度募集時の条件であり、次回の募集で同じ基準が採用されるとは限らない。
選抜試験はどのように進む?
2021年度の募集では、過去最多となる4,127人が応募した。
内訳は男性3,204人、女性919人、その他を選択した人が4人だった。
JAXAの発表によれば、応募者から書類選抜、英語試験、一般教養・専門的な試験、医学検査、面接、心理的適性評価などを含む複数段階の選考が行われた。
最終的に2023年2月、米田あゆと諏訪理の2人が候補者に選ばれた。
応募者数と最終選抜者数の差からも、非常に競争率の高い選考であることが分かる。
宇宙飛行士の訓練内容は?
宇宙飛行士候補者に選ばれた後も、すぐに宇宙へ行けるわけではない。
JAXAの説明では、基礎訓練は約2年間にわたり、次の4分野を中心に進められる。
1. 宇宙開発の基礎知識: JAXAの業務、航空宇宙工学、宇宙機の仕組み。
2. ISSのシステム理解: 国際宇宙ステーションと日本実験棟「きぼう」の設備・運用。
3. 科学分野の学習: 材料科学、流体科学、ライフサイエンス、宇宙医学など。
4. 実践的な能力訓練: 体力づくり、健康管理、語学、航空機操縦、一般サバイバル技術、スキューバなど。
基礎訓練を修了して審査を通過すると、正式な宇宙飛行士として認定される。
しかし、その後も訓練は続く。
ミッションに任命されれば、さらに約1~2年間、搭乗する宇宙船やISSの運用、ロボットアーム、船外活動などの専門訓練を受ける。
米田あゆが2026年に取り組んでいる水上サバイバル訓練も、こうした長期的な養成プロセスの一部に当たる。
次回のJAXA宇宙飛行士募集はいつ?
JAXAのFAQでは、2021年以降、約5年おきの募集を予定していると説明している。
ただし、2026年10月30日時点で次回募集の具体的な開始日や新しい応募条件は公表されていない。
募集時期だけを頼りにするのではなく、日頃から専門分野の実績、英語力、健康管理、チームでの業務経験を積み重ねることが現実的な準備となる。
【女性宇宙飛行士の仕事内容と実態】ISSでの任務と今後の展望
宇宙飛行士というと、無重力空間で活動したり、窓から地球を眺めたりする姿を想像する人も多い。
しかし、実際の仕事は科学実験、機器の操作、設備管理、緊急対応など多岐にわたる。
ISSでの主な仕事
国際宇宙ステーション(ISS)は、地上から約400km上空を周回する有人実験施設だ。日本、米国、ロシア、欧州、カナダなどの国際協力によって運用されている。
日本の実験棟「きぼう」もISSの一部を構成している。
宇宙飛行士が担当する仕事には、次のようなものがある。
1. 科学実験
微小重力や宇宙特有の環境を利用して、物理学、医学、生物学などの研究を実施する。
2. ISSの設備管理
生命維持システムや実験装置の状態を確認し、必要に応じて修理・保全を行う。
3. ロボットアームの操作
ISSの外部にある設備や補給機などを扱うため、ロボットアームを操作する。
4. 船外活動
宇宙服を着用し、ISSの外で機器の設置や修理などを行う。
5. 地上管制チームとの連携
地上の管制官や研究者と連携し、実験の進行や設備の状況を共有する。
宇宙飛行士は宇宙に行っていない期間も仕事をしている
ここは意外と知られていない部分だ。
JAXAによると、過去の実績では、宇宙飛行士が実際に宇宙へ行く機会は5~10年に1回程度となるケースもある。
その間、宇宙飛行士は地上で次のような仕事を担う。
- 将来のミッションに向けた訓練
- ISSで使用する実験装置の開発支援
- 運用計画の立案
- 宇宙滞在中の飛行士への地上支援
- 宇宙開発に関する教育・広報活動
したがって、米田あゆが2026年時点で宇宙へ行っていなくても、宇宙飛行士としての仕事をしていないわけではない。
むしろ、飛行前の訓練や地上業務は、宇宙ミッションを安全に遂行するために欠かせない仕事なのである。
日本人女性宇宙飛行士の今後はどうなる?
今後の大きなテーマは、ISSでの活動から月探査へと有人宇宙開発の領域が広がっていくことだ。
JAXAは米国主導の月探査計画や月周回有人拠点ゲートウェイへの参加を進めている。
2024年に認定された米田あゆも、こうした将来のミッションを視野に入れて訓練している。
向井千秋が医師として宇宙医学を切り開き、山崎直子が宇宙工学とISS運用の経験を積み重ねてきたように、今後も異なる専門性を持つ女性が宇宙開発に参加することが期待される。
【プロの結論】女性宇宙飛行士の価値は飛行回数だけでは測れない
日本人女性宇宙飛行士の歩みから見えてくるのは、宇宙開発に必要なのは特定の職業や学歴だけではないということだ。
医師としての経験を持つ向井千秋と米田あゆ、航空宇宙工学を専門とした山崎直子。それぞれ異なるキャリアを持ちながら、宇宙という共通の舞台で役割を果たしている。
宇宙飛行士を評価するとき、搭乗回数や宇宙滞在日数だけに注目するのは十分ではない。
実験で何を明らかにしたのか、どのような技術を運用したのか、地上で次の世代の宇宙開発にどう貢献したのか。そうした視点を加えることで、女性宇宙飛行士の本当の仕事が見えてくる。
【宇宙飛行士女性】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日本人女性宇宙飛行士は歴代何人いますか?
日本人女性で宇宙飛行を経験したのは、向井千秋と山崎直子の2人です。2024年に米田あゆがJAXA宇宙飛行士に認定され、2026年現在はこの3人が日本人女性宇宙飛行士の歴史を代表する存在となっています。
Q2:日本人女性で最初に宇宙へ行ったのは誰ですか?
向井千秋です。1994年7月、スペースシャトル「コロンビア号」のSTS-65ミッションに参加し、アジア人初の女性宇宙飛行士となりました。
Q3:米田あゆは宇宙に行きましたか?
2026年10月30日時点で、宇宙飛行の実績はありません。2024年10月に正式認定され、現在はミッションへの任命に向けた訓練を続けています。
Q4:女性でもJAXAの宇宙飛行士になれますか?
なれます。JAXAの宇宙飛行士選抜では、性別ではなく、専門能力、実務経験、健康状態、コミュニケーション能力などが評価されます。
Q5:世界初の女性宇宙飛行士は誰ですか?
ソ連のワレンチナ・テレシコワです。1963年6月16日にボストーク6号で宇宙へ行き、地球を48周しました。
Q6:宇宙飛行士になるには理系大学を卒業する必要がありますか?
直近の2021年度JAXA募集では、応募資格として実務経験や医学的条件が定められていました。従来の募集と条件が異なるため、理系大学の卒業だけを絶対条件と考えるのは正確ではありません。次回募集の正式な要項を確認する必要があります。
Q7:宇宙飛行士は宇宙に行っていない間、何をしていますか?
訓練、ISSの運用支援、実験装置の開発、ミッション計画、教育・広報活動などを行います。宇宙に滞在している時間だけが仕事ではありません。
まとめ:日本人女性宇宙飛行士の歴史は米田あゆから次の時代へ
日本人女性宇宙飛行士の歴史は、1994年にアジア人初の女性宇宙飛行士となった向井千秋から始まり、2010年にISSで活動した山崎直子へとつながってきた。
そして2024年10月、医師出身の米田あゆが正式な宇宙飛行士に認定された。
2026年10月現在、米田は米国での水上サバイバル訓練などを経験しながら、将来のミッションに向けて準備を進めている。初飛行の具体的な日程はまだ公表されていないものの、JAXAの活動報告からは着実に経験を積み重ねている様子が分かる。
今後、女性宇宙飛行士の活躍を追う際には、次の3点に注目したい。
- 飛行実績: ISSや将来の月探査ミッションへの搭乗が決まるか。
- 専門性: 医学、工学、科学などの知識が宇宙開発にどう生かされるか。
- 国際協力: NASAなどの海外機関と連携し、どのような任務を担うか。
向井千秋と山崎直子が築いた実績は、日本人女性の宇宙進出の歴史そのものだ。そして米田あゆの挑戦は、その歴史をさらに先へ進める可能性を持っている。
宇宙飛行士という仕事の本質は、宇宙へ行くことだけではない。地上での準備、科学研究、国際協力を通じて、人類の活動領域を広げていくことにある。