【2026年最新】常盤山親方の現在は湊川部屋付き参与!定年後も指導を継続

目次

2026年10月現在、常盤山親方は日本相撲協会の再雇用制度による参与として、湊川部屋に在籍しています。

【検証資料 1】常盤山親方の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

日本相撲協会の公式プロフィールでは、年寄・常盤山太一の役職は「参与」と記載されています。師匠の立場は元大関・貴景勝の湊川親方に引き継がれましたが、常盤山親方自身も角界に残り、後進の指導を続けています。

2026年3月1日に65歳で定年を迎える

常盤山親方

常盤山親方の本名は金尾隆。1961年3月1日生まれで、2026年3月1日に満65歳となりました。

日本相撲協会では、親方の定年を原則65歳としています。ただし、希望する親方が定年後も協会に残れる再雇用制度が設けられており、参与として最長70歳まで在籍できます。

この制度によって、常盤山親方は定年を迎えても相撲界で活動する道を選びました。単に役職を残すだけではなく、長年育ててきた弟子たちとの関係を継続できる点にも意味があります。

定年後の指導活動は5年間を予定

常盤山親方

2026年5月1日付のタウンニュース川崎区・幸区版は、4月22日に地元川崎市で開催された常盤山親方の慰労会を報じています。

記事によると、慰労会には相撲関係者や地元の知人、好角家など約50人が出席。常盤山親方は、部屋を貴景勝に引き継いだことを報告したうえで、今後の指導についても意欲を示しました。

「うるさく嫌がられない程度に行って指導する」

同記事では、今後5年間にわたって湊川部屋に足を運び、指導を続ける意向が伝えられています。

これは定年後の活動を考えるうえで重要な情報です。常盤山親方は部屋の経営権を譲ったものの、指導者としての役割まで手放したわけではありません。新師匠の湊川親方を支えながら、長年の経験を若い力士たちに伝えていくことになります。

【元小結・隆三杉の経歴】現役時代はどんな力士だった?

常盤山親方


常盤山親方(元小結・隆三杉)

本名:金尾隆
生年月日:1961年3月1日
出身地:神奈川県
所属部屋:二子山部屋
最高位:小結

常盤山親方は、現役時代に隆三杉(たかみすぎ)の四股名で活躍した元力士です。

入門先は、元横綱・初代若乃花が師匠を務めた二子山部屋。初代若乃花は「土俵の鬼」と呼ばれた名横綱で、厳しい稽古と勝負への執念で知られました。

隆三杉は、そうした伝統を持つ部屋で力士としての基礎を身につけ、約20年にわたる現役生活を送りました。

15歳で初土俵、29歳で念願の小結に昇進

隆三杉が初土俵を踏んだのは1976年3月場所です。当時15歳。最初は本名の金尾隆で土俵に上がり、その後、二子錦を経て隆三杉の四股名を名乗るようになりました。

1981年1月場所に新十両、同年7月場所には新入幕を果たします。若くして関取となったものの、幕内上位での地位を確立するまでには長い時間がかかりました。

大きな節目となったのは1991年1月場所です。29歳で念願の小結に昇進しました。新入幕から58場所目での三役入りであり、地道に番付を上げてきた力士人生を象徴する出来事でした。

最高位の小結在位は2場所。1995年11月場所を最後に現役を引退しました。

隆三杉の現役時代の成績

日本相撲協会の力士プロフィールに掲載されている生涯戦歴は、720勝753敗46休です。幕内在位は71場所に及びます。

幕内優勝こそありませんでしたが、十両優勝1回、金星1個を記録しています。横綱や大関として華々しい優勝を重ねたタイプではなく、長い期間にわたって幕内と十両で戦い続けた実績が特徴です。

引退後は年寄名跡を取得し、親方として後進の育成に携わりました。現役時代に培った経験が、その後の部屋運営や弟子の指導につながっていきます。

【部屋継承の歴史】千賀ノ浦部屋から常盤山部屋へ

常盤山親方の親方人生を理解するうえで欠かせないのが、2016年の千賀ノ浦部屋継承です。

隆三杉は引退後、二子山部屋から貴乃花部屋へと続く系譜の中で部屋付き親方を務めていました。2016年には新たな部屋の師匠となり、そこから大きく運命が変わります。

2016年4月、千賀ノ浦部屋を継承

日本相撲協会は2016年4月8日、理事会で年寄名跡の交換と千賀ノ浦部屋の継承を承認しました。

それまで千賀ノ浦親方を務めていた元関脇・舛田山が常盤山の名跡を継承し、元小結・隆三杉が千賀ノ浦の名跡を継承。隆三杉が千賀ノ浦部屋の新師匠となりました。

これは単なる名称変更ではありません。所属する一門も異なる部屋を引き継ぐ形であり、当時の報道でも異例の継承として取り上げられました。

日刊スポーツの2016年4月8日付報道によると、力士たちが混乱しないよう、合併ではなく既存の部屋をそのまま引き継ぐ形が選ばれました。

2020年11月、常盤山部屋に名称変更

千賀ノ浦部屋という名称が使われたのは、2016年から2020年までです。

2020年11月26日、日本相撲協会は再び年寄名跡の交換を承認しました。隆三杉は常盤山の名跡を再び襲名し、部屋の名称も千賀ノ浦部屋から常盤山部屋へ変更されました。

この変更によって、常盤山親方は自らが率いる部屋に常盤山の名前を戻すことになりました。貴景勝や隆の勝らが所属していた部屋の名称も、以後は常盤山部屋として定着します。

【2018年の転機】貴乃花部屋の力士受け入れと貴景勝の成長

常盤山親方の師匠としての評価を語る際、2018年10月の貴乃花部屋の力士受け入れは外せません。

当時、元横綱・貴乃花が率いていた貴乃花部屋は、師匠の退職によって消滅することになりました。所属力士たちは新たな所属先を必要としており、その受け入れ先となったのが千賀ノ浦部屋でした。

8人の力士と裏方2人を受け入れた決断

2018年10月1日、日本相撲協会の臨時理事会は、貴乃花部屋に所属していた力士8人と床山、世話人の計10人の千賀ノ浦部屋への転属を承認しました。

これに伴い、貴乃花親方の退職届も受理され、貴乃花部屋は消滅しました。

翌2日には旧貴乃花部屋から千賀ノ浦部屋への引っ越しが行われ、3日から新体制での稽古が始まりました。

日刊スポーツなどの当時の報道によると、移籍した力士の中には小結・貴景勝、幕内・貴ノ岩、十両・貴源治らがいました。

師匠として迎え入れた常盤山親方にとっては、従来の弟子に加えて新たな力士たちを支える大きな転換点でした。

常盤山親方と関係者の歴史を一覧で整理

ここまでの出来事を、主要人物や部屋の継承関係とともに整理すると次のようになります。

時期 人物・部屋 出来事と関係性 1976年 隆三杉・二子山部屋 初代若乃花が師匠を務めた二子山部屋に入門。 1991年 隆三杉 小結に昇進。現役時代の最高位に到達。 1995年 隆三杉 11月場所を最後に現役引退。 2016年4月 千賀ノ浦部屋 常盤山親方が千賀ノ浦部屋を継承し、師匠に就任。 2018年10月 貴乃花部屋 力士8人と裏方2人を千賀ノ浦部屋に受け入れる。 2020年11月 常盤山部屋 年寄名跡を交換し、部屋名を常盤山部屋に変更。 2024年9月 貴景勝 現役を引退。後に湊川親方を襲名。 2026年1月26日 湊川部屋 湊川親方が常盤山部屋を継承。 2026年3月1日 常盤山親方 65歳で定年。再雇用の参与として協会に残る。

出典:日本相撲協会の理事会発表、公式プロフィール、共同通信・日刊スポーツなどの報道をもとに整理。

貴景勝の優勝4回を支えた師弟関係

常盤山親方が受け入れた旧貴乃花部屋の力士の中でも、特に大きな存在となったのが貴景勝です。

貴景勝は2018年に千賀ノ浦部屋へ移籍。その後、常盤山部屋の力士として大関まで昇進し、幕内優勝4回を記録しました。

日本相撲協会の公式プロフィールによると、貴景勝の最高位は大関。2019年5月場所に新大関となり、2024年9月場所を最後に現役を引退しています。

生涯戦歴は441勝254敗116休。殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞2回という実績も残しました。

2026年1月24日の定年前記者会見で、常盤山親方は約50年間の歩みを振り返り、貴景勝の優勝4回について感慨を示しました。

「貴景勝が優勝4回もの幸せを運んでくれた」

この言葉から伝わるのは、単に強い力士を育てたという喜びだけではありません。部屋の継承や環境の変化を経験する中で、弟子が大関まで成長し、優勝を重ねたことへの師匠としての誇りです。

【2026年1月26日】湊川親方が常盤山部屋を継承した理由

常盤山親方の定年に先立って決まったのが、元大関・貴景勝による部屋の継承です。

2025年11月27日、日本相撲協会は理事会で、湊川親方が2026年1月26日付で常盤山部屋を継承し、湊川部屋とすることを承認しました。

継承が定年前の1月に設定されたのは、2026年3月1日に常盤山親方が65歳を迎えることが背景にあります。師匠の定年を見据え、部屋の運営を円滑に引き継ぐための体制変更でした。

湊川親方は元大関・貴景勝

新しい師匠となった湊川親方は、現役時代に貴景勝の四股名で活躍した元大関です。

貴景勝は2024年9月場所で現役を引退し、年寄・湊川を襲名しました。常盤山部屋付きの親方として後進の指導に携わった後、師匠の定年に伴って部屋を継承することになりました。

現役時代に優勝4回を経験した元大関が、自ら所属していた部屋の師匠になるという流れは、師弟関係の継続という点でも注目されます。

2026年1月29日には、湊川親方が初めて師匠会に出席。先代から預かった弟子たちと向き合う決意を語りました。

隆の勝らの所属はどうなった?

部屋の名称と師匠が変わっても、所属力士全員が別の部屋へ移ったわけではありません。

日本相撲協会の2025年11月27日付発表では、常盤山部屋に所属していた力士8人のうち、隆の勝、若ノ勝、貴健斗、新隆山、隆勝生、優力勝、貴大将、隆太陸らが湊川部屋に所属することになりました。

一方、行司の木村秀朗と呼び出しの広は玉ノ井部屋へ、床山の床千は木瀬部屋へ、世話人の栃の山は山響部屋へ、それぞれ転籍することも承認されました。

特に注目したいのが隆の勝です。常盤山部屋時代から所属してきた力士で、部屋の新体制でも湊川親方のもとで現役を続けています。

部屋の名前は変わりましたが、力士の育成環境や師弟関係がすべてリセットされたわけではありません。常盤山親方が築いてきた部屋の土台を引き継ぎ、湊川親方が新しい世代の指導者として運営を担う形です。

【プロの結論】常盤山親方の定年後は相撲部屋の世代交代を象徴する

今回の常盤山部屋から湊川部屋への継承には、大相撲の部屋運営における世代交代の特徴が表れています。

65歳の定年は指導者としての完全引退ではない

まず理解しておきたいのは、日本相撲協会の定年と、相撲の指導活動からの引退は同じ意味ではないということです。

65歳で師匠としての立場を退いても、再雇用によって参与として協会に残ることができます。常盤山親方もこの仕組みを利用し、湊川部屋での指導活動を継続しています。

この制度には、長年の経験や技術を次世代に伝える機会を確保する意味があります。特に相撲部屋では、力士の育成だけでなく、稽古場の運営、弟子との関係構築、生活面の指導など、経験が求められる仕事が数多くあります。

常盤山親方から湊川親方への継承で注目すべき3つの点

今回の継承で評価したいポイントは、次の3つです。

1. 部屋の継続性

常盤山部屋に所属していた力士の多くが、そのまま湊川部屋に残りました。師匠の交代による環境の変化を抑え、力士たちが競技に集中しやすい体制を維持しています。

2. 経験者による新師匠のサポート

湊川親方は元大関という実績を持つ一方、師匠としては新しい立場です。長年部屋を運営してきた常盤山親方が参与として残ることは、技術指導だけでなく、部屋運営のノウハウを引き継ぐ意味でも大きいと考えられます。

3. 弟子から師匠への世代交代

かつて常盤山親方の指導を受けた貴景勝が、今度は弟子を育てる立場になりました。師匠から弟子へ、さらに次の世代へと指導の経験が受け継がれていく構図です。

今後の注目は隆の勝と若い力士たちの成長

湊川部屋の今後を占ううえでは、隆の勝をはじめとする所属力士の活躍が重要です。

元大関の湊川親方がどのような指導方針で部屋を成長させるのか。そして常盤山親方が参与としてどのように助言し、若い力士たちを支えるのか。

この2人の役割分担は、2026年以降の湊川部屋を見守るうえで注目したいポイントです。

湊川部屋の公式サイトでも、常盤山親方から部屋を継承した経緯が紹介され、隆の勝らの力士紹介や部屋の活動が掲載されています。

【常盤山親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:常盤山親方は2026年現在、何をしていますか?

A1:2026年3月1日に65歳の定年を迎え、再雇用制度による参与として湊川部屋に在籍しています。元大関・貴景勝が師匠を務める部屋で、引き続き後進の指導に携わっています。

Q2:常盤山親方は定年後、再雇用されましたか?

A2:はい。日本相撲協会の公式プロフィールでは、年寄・常盤山太一の役職が参与とされています。再雇用制度によって最長70歳まで協会に在籍できる仕組みです。

Q3:常盤山親方は元小結・隆三杉ですか?

A3:その通りです。本名は金尾隆で、最高位は小結。1976年3月に初土俵を踏み、1995年11月場所で引退しました。生涯戦歴は720勝753敗46休です。

Q4:千賀ノ浦部屋はなぜ常盤山部屋になったのですか?

A4:2016年に隆三杉が千賀ノ浦部屋を継承し、2020年11月に元関脇・舛田山との年寄名跡交換によって常盤山を襲名したためです。同日付で千賀ノ浦部屋も常盤山部屋に改称されました。

Q5:常盤山親方と貴景勝の関係は?

A5:貴景勝は2018年10月に旧貴乃花部屋から千賀ノ浦部屋へ移籍し、常盤山親方のもとで大関に昇進しました。幕内優勝4回を達成した後、2024年9月に現役を引退。2026年1月26日には湊川親方として常盤山部屋を継承しました。

Q6:常盤山親方は今後も湊川部屋で指導しますか?

A6:2026年5月のタウンニュースの報道では、常盤山親方は今後5年間にわたって部屋に足を運び、指導を続ける意向を示しています。参与として在籍しながら、新師匠や所属力士を支える活動が注目されます。

まとめ:常盤山親方は定年後も湊川部屋を支える存在

常盤山親方の歩みを振り返ると、元小結・隆三杉としての現役時代から、千賀ノ浦部屋の継承、貴乃花部屋の力士受け入れ、常盤山部屋の運営まで、幾度もの転換点を経験してきたことが分かります。

特に、貴景勝を大関に育て、幕内優勝4回を経験したことは、師匠としての大きな実績です。

2026年1月26日には、その貴景勝が湊川親方として常盤山部屋を継承。そして3月1日、常盤山親方は65歳の定年を迎え、参与として新たな立場から弟子たちを支えることになりました。

現在の常盤山親方は、部屋のトップではありません。しかし、長年の指導経験を持つ先代師匠として、湊川部屋にとって重要な存在であり続けています。

これからの注目点は、湊川親方がどのような部屋を築いていくのか、そして隆の勝らの力士たちがどこまで成長するのかという点です。

師匠から弟子へ、そして弟子から次の世代へ。常盤山親方が築いた約50年の相撲人生は、湊川部屋という新しい舞台で引き継がれています。

定年は一つの区切りですが、常盤山親方の指導者としての役割はまだ続いています。


主な情報源・参考資料

- 日本相撲協会「協会からのお知らせ」(2016年4月8日、2018年10月1日、2020年11月26日、2025年11月27日)
- 日本相撲協会「湊川部屋」公式プロフィール
- 日本相撲協会「歴代大関・貴景勝」公式プロフィール
- 共同通信配信・千葉日報「常盤山親方が定年『やり切った』」(2026年1月24日)
- スポニチアネックス(2025年11月27日、2026年1月29日)
- タウンニュース川崎区・幸区版「常盤山親方、定年迎え慰労会 地元川崎で労ねぎらう」(2026年5月1日)