照ノ富士引退の理由と現在は?2026年の伊勢ヶ濱親方・襲名披露まで徹底解説

目次

2025年1月17日、第73代横綱・照ノ富士が現役引退を発表した。幕内優勝10回を誇り、大関から序二段まで転落しながら再び横綱に上り詰めた名力士の引退は、大相撲ファンに大きな衝撃を与えた。引退の背景には、長年苦しんできた両膝の故障や腰の痛み、糖尿病などの健康問題があった。

2026年現在、照ノ富士は伊勢ヶ濱親方として伊勢ヶ濱部屋を継承し、後進の育成に取り組んでいる。2026年1月31日には両国国技館で引退・襲名披露大相撲が開催され、最後の横綱土俵入りと断髪式が行われた。さらに2026年4月には親方としての指導をめぐる協会の処分もあり、新たな立場での課題も浮かび上がっている。

📌 この記事の重要ポイントまとめ

照ノ富士引退

- 引退日は2025年1月17日: 初場所での休場と長年の膝・腰の故障が決断につながった。
- 幕内優勝は通算10回: 序二段まで転落した後、再入幕場所で優勝するという前例の少ない復活を遂げた。
- 2026年は伊勢ヶ濱部屋の師匠: 2025年6月に部屋を継承し、2026年1月31日に引退・襲名披露大相撲を開催した。

【引退の真相】照ノ富士が2025年1月17日に現役を退いた理由とは?

照ノ富士引退

照ノ富士の引退は、突然の決断のように見えた。しかし、その背景には、長期間にわたる身体的な負担と、横綱として土俵に立ち続けることへの責任感があった。

初場所で3場所ぶりに復帰するも、5日目から休場

照ノ富士引退

2025年1月の初場所は、照ノ富士にとって再起を目指す重要な場所だった。

それまで2場所連続で全休していた照ノ富士は、3場所ぶりに本場所へ復帰。ところが、初日には小結・若隆景に敗れ、4日目には翔猿にも敗れて2勝2敗となった。

そして1月16日、5日目からの休場が発表された。

このとき問題となっていたのが右膝の状態だった。

場所前の稽古で右膝に水がたまり、稽古総見では腫れによって膝が曲がらなくなったという。さらに、右膝をかばう動作によって腰にも痛みが生じていた。

師匠だった伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)は、当時の報道陣に対し、右膝の腫れと腰の負傷について説明している。

横綱として勝負できる身体の状態に戻すことが難しくなっていたことが、休場の大きな背景だった。

両膝の故障・腰痛・糖尿病が重なった長い闘い

照ノ富士を苦しめていたのは、2025年初場所での右膝の痛みだけではない。

現役時代を通じて、次のような健康上の問題を抱えていた。

- 両膝の慢性的な故障
- 膝の手術を必要とするほどの負傷
- 腰の痛み
- 持病の糖尿病
- 長期間の休場による実戦感覚や体力の維持の難しさ

特に両膝の故障は深刻だった。

2018年には両膝の手術を受け、その後は長期休場を余儀なくされた。大関からの陥落だけでなく、番付は序二段にまで落ち込んだ。

さらに、相撲は立ち合いから相手の圧力を受け止め、踏ん張りながら攻める競技である。膝の故障は、照ノ富士の得意とする右四つからの寄りにも大きな影響を及ぼす。

膝をかばえば腰にも負担がかかる。複数の故障を抱えながら、横綱として求められる相撲を続けることは容易ではなかった。

糖尿病も現役時代の苦難を語るうえで欠かせない持病だ。ただし、2025年1月の引退については、直近の膝と腰の負傷、体力面の限界が具体的に説明されている。

【奇跡の復活】照ノ富士の幕内優勝10回と横綱までの軌跡

照ノ富士の評価を考えるうえで、欠かせないのが序二段からの復活劇だ。

単に横綱になっただけではない。一度は大関から陥落し、幕下を経て序二段まで落ちた力士が、再び幕内優勝を果たし、最終的に横綱へ昇進したのである。

大関から序二段へ転落した苦難の時代

照ノ富士は2011年5月の技量審査場所で初土俵を踏んだ。

2015年3月には新三役、同年5月場所では関脇として12勝3敗を記録し、初の幕内優勝を達成。23歳で大関に昇進するなど、早くから将来を期待される存在だった。

しかし、その後は両膝の負傷や糖尿病などが重なり、2017年秋場所には大関からの陥落が決まった。

2018年には両膝の手術を受け、同年7月場所から4場所連続で全休。番付はついに序二段まで下がった。

幕内優勝経験者が序二段まで転落するという厳しい状況だったが、照ノ富士は土俵に戻る道を選んだ。

序二段から7場所で幕内復帰、そして再入幕優勝

2019年3月場所、西序二段48枚目で復帰した照ノ富士は7戦全勝を記録した。

その後も着実に番付を上げ、2020年1月には十両優勝。同年7月場所には14場所ぶりに幕内へ復帰し、13勝2敗で優勝を果たした。

序二段まで落ちた元大関が、再入幕の場所で幕内優勝を成し遂げたことは、相撲史に残る復活劇となった。

その後も優勝を重ね、2021年9月場所には第73代横綱に昇進。2021年11月場所では15戦全勝の優勝も達成している。

照ノ富士の主な経歴・成績年表

時期 主な出来事 意義・実績
2011年5月 初土俵 力士人生のスタート
2015年5月 幕内初優勝 関脇で12勝3敗
2015年7月 大関昇進 23歳で大関に
2017年秋 大関から陥落 膝の故障や糖尿病などが影響
2018年 両膝の手術 長期休場、序二段まで転落
2019年3月 序二段で復帰 7戦全勝
2020年1月 十両優勝 幕内復帰への足掛かり
2020年7月 幕内復帰・優勝 13勝2敗で復活優勝
2021年5月 大関復帰 再び大関の地位へ
2021年9月 第73代横綱に昇進 最高位に到達
2021年11月 幕内優勝 15戦全勝
2024年7月 幕内10回目の優勝 通算10度目の幕内制覇
2025年1月17日 現役引退 年寄・照ノ富士を襲名
2025年6月9日 伊勢ヶ濱部屋を継承 10代伊勢ヶ濱を襲名
2026年1月31日 引退・襲名披露大相撲 最後の横綱土俵入りと断髪式

日本相撲協会の公式プロフィールによると、照ノ富士の主な通算成績は次のとおり。

- 幕内優勝:10回
- 十両優勝:2回
- 幕下優勝:1回
- 生涯戦歴:523勝275敗231休
- 生涯在位:82場所
- 横綱在位:2021年9月~2025年1月

特筆すべきなのは、優勝10回という数字だけではない。大関から序二段まで転落し、そこから再び横綱になったという経歴そのものが、照ノ富士の競技人生を際立たせている。

【引退会見】照ノ富士本人が語った決断の経緯と本音

2025年1月17日、照ノ富士は両国国技館で引退会見を開いた。

会見には師匠の伊勢ヶ濱親方も同席。14年間の現役生活を振り返りながら、引退を決断した理由を説明した。

「これ以上、中途半端な気持ちと体で土俵に上がれない」

引退の理由について、照ノ富士は次のように語った。

これ以上、中途半端な気持ちと体で土俵に上がれないと思い、決断した。

スポニチなどの報道によると、照ノ富士はできる限りのことを尽くしてきたものの、思うような相撲が取れなくなったことを引退の理由として挙げた。

また、引退を決めるまでの経緯についても明かしている。

初日に若隆景に敗れた後、師匠に対して「もう1回負けたら引退したいと思います」と伝えていたという。

つまり、初場所の休場が発表された1月16日だけで引退を思いついたわけではない。初日の取組後には、すでに進退を意識していた。

横綱としての責任を最後まで意識していた

照ノ富士は会見で、14年間の力士生活を「激しい相撲人生だった」と振り返った。

横綱は番付の頂点に立つ存在であり、勝敗だけでなく、相撲内容や土俵上での姿勢も注目される。

故障を抱えながら出場を続けることと、横綱として納得できる相撲を取ること。その両立が難しくなったことが、引退を決断する大きな要因だった。

会見での言葉から伝わるのは、単に身体が限界を迎えたという事情だけではない。自分が納得できる状態で土俵に立てなくなった以上、現役を続けるべきではないという本人なりの判断だった。

なお、日本相撲協会は同日の理事会で引退と年寄・照ノ富士の襲名を承認した。照ノ富士は引退後、後進の指導に携わる道へ進んだ。

【2026年最新】照ノ富士の現在は伊勢ヶ濱親方!部屋継承と襲名の全貌

2026年現在、照ノ富士は伊勢ヶ濱親方として活動している。

ここで押さえておきたいのは、引退直後の年寄名と、現在の年寄名が異なる点だ。

2025年6月9日に伊勢ヶ濱部屋を正式継承

引退直後の2025年1月17日に承認された年寄名は「照ノ富士」だった。

引退後は部屋付き親方として後進の指導に携わっていたが、2025年6月、日本相撲協会の臨時理事会で大きな人事が決まった。

日本相撲協会の2025年6月9日付の発表によると、次の年寄名跡継承と部屋継承が承認された。

- 元横綱・旭富士の伊勢ヶ濱親方が宮城野を継承襲名
- 元横綱・照ノ富士の年寄・照ノ富士が伊勢ヶ濱を継承襲名
- 照ノ富士が伊勢ヶ濱部屋を正式に継承

これにより、照ノ富士は10代伊勢ヶ濱となった。

師匠から弟子へ、伊勢ヶ濱の名跡と部屋の伝統が引き継がれたのである。

2026年1月31日に襲名披露大相撲と断髪式を開催

照ノ富士の引退を締めくくる大きな節目となったのが、2026年1月31日の「照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」だ。

会場は東京・両国国技館。

当日の主な行事は次のとおりだった。

- 午前10時:開場
- 午前11時:取組開始
- 午前11時45分ごろ:照ノ富士最後の土俵入り
- 正午ごろ:断髪式
- 午後2時30分ごろ:幕内土俵入り・横綱土俵入り
- 午後4時ごろ:終了予定

断髪式では約330人がはさみを入れた。

最後の止めばさみを担当したのは、先代師匠の宮城野親方(元横綱・旭富士)。現役時代から照ノ富士を支えてきた師匠の手によって、大銀杏に別れを告げた。

断髪式後には整髪を行い、タキシード姿で土俵に上がった伊勢ヶ濱親方が挨拶。弟子たちとともに新たな指導者としての決意を示した。

この式典は、単なる引退セレモニーではない。横綱としての現役生活に区切りをつけ、伊勢ヶ濱部屋の師匠として新しい人生を歩むことを広く示す場となった。

引退相撲と部屋継承は別の出来事

ここは混同されやすいポイントだ。

伊勢ヶ濱部屋の継承と伊勢ヶ濱襲名が正式に承認されたのは2025年6月9日。一方、2026年1月31日は引退相撲と襲名披露を行った日である。

つまり、2026年1月31日に初めて部屋を継承したわけではない。

すでに師匠として活動していた伊勢ヶ濱親方が、引退相撲と断髪式を通じて、現役時代に別れを告げたというのが正確な経緯だ。

【現在の評価】伊勢ヶ濱親方としての指導と2026年の新たな課題

照ノ富士の現役時代は、故障からの復活と優勝10回という輝かしい実績で彩られている。

しかし、親方としての評価は、現役時代の実績だけで決まるものではない。

部屋の運営、弟子の育成、協会の規律を守ることなど、現役力士とは異なる責任が伴う。

伊勢ヶ濱部屋の師匠として後進を指導

伊勢ヶ濱部屋は、長い歴史を持つ相撲部屋だ。

照ノ富士は、その伝統を引き継ぐ立場となった。

自らが大関から序二段へ転落し、再び横綱まで上り詰めた経験は、力士を指導するうえで大きな財産になる。

特に、負傷による休場や番付降下を経験した力士にとって、照ノ富士の競技人生は現実的な参考になるはずだ。

ただし、本人の経験をそのまま弟子に当てはめるのではなく、それぞれの体格や能力、故障の状態に合わせた指導が求められる。

2026年4月には弟子への暴力問題で協会処分

2026年現在の伊勢ヶ濱親方を語るうえで、もう一つ重要な出来事がある。

2026年2月、伊勢ヶ濱親方が弟子の幕内・伯乃富士に暴力を振るった問題が明らかになった。

日本相撲協会は事情聴取と調査を行い、同年4月9日の臨時理事会で処分を発表した。

処分内容は次のとおり。

- 委員待遇年寄から年寄への2階級降格
- 報酬10%減額を3カ月間
- 伊勢ヶ濱部屋の師匠は継続

協会は、自ら事実を報告したことや常習性がなかったことなどを考慮して処分を決定したと報じられている。

この問題は、現役時代の栄光とは切り離して考える必要がある。横綱としての実績が大きいからこそ、指導者としての行動にも厳しい責任が求められる。

2026年10月現在、伊勢ヶ濱部屋の公式所属者一覧では、伊勢ヶ濱春雄が師匠として掲載されている。

照ノ富士にとって、今後の評価を左右するのは、弟子の成長と部屋運営を通じて、信頼をどのように積み重ねていくかという点だ。

【よくある質問】照ノ富士の引退に関するFAQ

Q1:照ノ富士が引退したのはいつですか?

A1:2025年1月17日です。初場所で5日目から休場した後、同日の日本相撲協会の理事会で引退と年寄・照ノ富士の襲名が承認されました。

Q2:照ノ富士の引退理由は何ですか?

A2:主な理由は両膝の故障、腰の痛み、体力面の限界です。長年苦しんできた糖尿病も現役生活に影響した健康問題の一つでした。本人は思うような相撲が取れなくなり、中途半端な状態で土俵に立つべきではないと判断したことを説明しています。

Q3:照ノ富士の幕内優勝は何回ですか?

A3:通算10回です。2015年5月に初優勝し、2020年7月には序二段から復帰した後の再入幕場所で優勝しました。最後の10回目の優勝は2024年7月場所です。

Q4:照ノ富士は現在、何という名前の親方ですか?

A4:2026年現在は伊勢ヶ濱親方です。2025年1月の引退時には年寄・照ノ富士を襲名しましたが、同年6月9日に伊勢ヶ濱の名跡を継承し、伊勢ヶ濱部屋の師匠となりました。

Q5:照ノ富士の断髪式はいつ行われましたか?

A5:2026年1月31日、東京・両国国技館で開催されました。最後の横綱土俵入りと断髪式が行われ、約330人がはさみを入れました。

Q6:照ノ富士はなぜ序二段まで落ちたのですか?

A6:両膝の負傷や糖尿病などによって休場が続いたためです。2018年には両膝の手術を受け、長期休場によって番付が序二段まで下がりました。その後、2019年3月に復帰し、2020年7月には幕内優勝を達成しました。

まとめ:照ノ富士の引退は終わりではなく、新たな相撲人生の始まり

照ノ富士の現役引退は、2025年1月17日。初場所での休場を経て、両膝や腰の故障、体力面の限界を考慮した決断だった。

しかし、その14年間の力士人生は、引退という一つの出来事だけでは語り尽くせない。

大関から序二段まで転落しながら、再入幕場所で優勝。さらに第73代横綱に昇進し、幕内優勝10回という実績を残した。

2025年6月には伊勢ヶ濱部屋を継承し、2026年1月31日には両国国技館で最後の横綱土俵入りと断髪式を終えた。

一方、2026年4月には弟子への暴力問題で協会処分を受けるなど、指導者としての責任も問われている。

照ノ富士の現在を理解するには、横綱としての輝かしい記録だけでなく、伊勢ヶ濱親方として直面する課題にも目を向ける必要がある。

土俵で10度の優勝を成し遂げた元横綱が、今度は師匠としてどのような力士を育て、伊勢ヶ濱部屋の伝統を次世代につないでいくのか。現役引退後の照ノ富士の歩みも、今後の大相撲を見守るうえで注目すべきテーマとなっている。

主な確認資料:日本相撲協会公式プロフィール・引退承認発表・部屋継承発表、伊勢ヶ濱部屋公式発表・所属者一覧、スポニチ、日刊スポーツ、デイリースポーツ、TBS NEWS DIG。