照ノ富士春雄の現在は?2026年の暴力問題と処分、横綱復活の軌跡を徹底解説
第73代横綱・照ノ富士春雄は、2025年1月17日に現役を引退し、現在は伊勢ヶ濱春雄親方として伊勢ヶ濱部屋を率いている。幕内優勝10回、序二段までの転落から横綱へ返り咲いた異例の経歴を持つ元横綱だ。しかし、2026年2月には弟子の伯乃富士に対する暴力問題が発覚。4月9日、日本相撲協会から2階級降格と報酬減額の処分を受けた。
2026年11月現在、照ノ富士は親方として指導を続けている。引退理由となった膝と腰の故障、糖尿病との闘い、伊勢ヶ濱部屋の継承、伯乃富士への暴力問題と協会処分まで、現役時代の実績と引退後の動向を時系列で整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在:2025年6月に伊勢ヶ濱部屋を継承し、伊勢ヶ濱春雄親方として後進を指導している。
- 引退理由:2025年1月、両膝の故障や腰痛などで本来の相撲が取れなくなり、現役引退を決断した。
- 2026年の暴力問題:弟子の伯乃富士への暴力が発覚し、4月9日に2階級降格と3か月間の報酬10%減額が決定した。
- 現役時代の実績:第73代横綱、幕内優勝10回、生涯戦歴523勝275敗231休。
- 引退相撲:2026年1月31日に両国国技館で最後の横綱土俵入りと断髪式を実施した。
【2026年最新】照ノ富士春雄の現在は何をしている?伊勢ヶ濱親方としての活動

2026年11月現在、照ノ富士春雄は現役力士ではなく、日本相撲協会に所属する年寄・伊勢ヶ濱春雄として活動している。
日本相撲協会の年寄プロフィールでは、本名は杉野森正山、生年月日は1991年11月29日、出身地はモンゴル・ウランバートルと登録されている。現役時代の四股名である「照ノ富士」から、現在は「伊勢ヶ濱春雄」へと年寄名が変わった。
2025年6月に伊勢ヶ濱部屋を継承

照ノ富士が引退後に部屋を継承した背景には、長年師匠を務めた元横綱・旭富士の定年がある。
日本相撲協会は2025年6月9日付で、元横綱旭富士の伊勢ヶ濱親方が年寄・宮城野を襲名し、元横綱照ノ富士の年寄・照ノ富士が伊勢ヶ濱を襲名すると同時に、伊勢ヶ濱部屋を継承することを承認した。
これにより、照ノ富士は現役時代に指導を受けた師匠の部屋を引き継ぐ立場となった。かつて自分を横綱まで育てた指導者から、今度は自らが弟子を育てる側に回ったのである。
2026年11月時点の伊勢ヶ濱部屋公式所属者一覧でも、伊勢ヶ濱春雄は「師匠」として掲載されている。熱海富士、尊富士、伯乃富士、錦富士、翠富士、炎鵬ら、多くの力士が所属する部屋を率いている。
ただし、2026年4月の暴力問題を受け、部屋の指導体制には変更が加えられた。日本相撲協会と一門による監督の下、部屋付き親方4人と伊勢ヶ濱親方が協力する集団指導体制が設けられている。
2026年現在のプロフィール

- 現在の年寄名:伊勢ヶ濱春雄
- 現役時代の四股名:照ノ富士春雄
- 本名:杉野森正山
- 生年月日:1991年11月29日
- 年齢:34歳(2026年11月1日時点)
- 出身地:モンゴル・ウランバートル
- 最高位:第73代横綱
- 現役引退:2025年1月場所
- 現在の所属:伊勢ヶ濱部屋
- 現在の役割:伊勢ヶ濱部屋師匠
現役時代の実績だけでなく、部屋の経営と弟子の育成、協会から求められる指導責任を担うことが、現在の照ノ富士の仕事となっている。
出典:日本相撲協会「年寄プロフィール」、伊勢ヶ濱部屋公式所属者一覧、2025年6月9日付の協会発表。
【引退理由と経緯】照ノ富士はなぜ2025年1月に現役を退いたのか
照ノ富士が引退を決断した最大の理由は、長年にわたる膝の故障と腰の痛み、そして身体的な限界だった。
2025年1月場所は、2場所連続の全休から復帰を目指した場所だった。しかし、復帰後も本来の力を発揮できず、初日から若隆景に敗れ、4日目には翔猿にも敗戦。2勝2敗となった。
さらに、場所前から右膝に水がたまり、稽古で腫れが悪化。膝をかばう動きによって腰にも負担がかかっていた。
引退を決めたのは初日の敗戦後
2025年1月17日、照ノ富士は両国国技館で引退会見を開いた。初日の敗戦後、師匠だった伊勢ヶ濱親方(元横綱旭富士)に、自分の進退について伝えていたことも明かしている。
「これ以上、中途半端な気持ちと体で土俵に上がれないと思い、決断した」
この言葉には、横綱として土俵に立つ以上、十分な状態で相撲を取りたいという本人の覚悟が表れている。
単に勝てなくなったから引退したわけではない。横綱として求められる相撲を続けられるか、自分自身の身体と向き合ったうえでの決断だった。
引退を決めるまでの具体的な流れ
- 2025年1月12日:初場所初日に若隆景に敗れる。師匠に進退について相談。
- 1月15日:翔猿との取組に敗れ、2勝2敗となる。
- 1月16日:右膝と腰の痛みを理由に5日目から休場。
- 1月17日:日本相撲協会が引退と年寄「照ノ富士」の襲名を承認。本人が引退会見を実施。
日本相撲協会の発表によれば、引退が承認されたのは2025年1月17日の理事会だった。
横綱在位は2021年9月から2025年1月までの21場所。休場の多さはあったものの、出場した場所では圧倒的な強さを見せ、横綱として幕内優勝6回を記録した。
出典:日本相撲協会の引退・年寄承認発表、2025年1月17日の引退会見、TBS NEWS DIGの引退特集。
【生涯戦歴・経歴年表】第73代横綱・照ノ富士の幕内優勝10回と実績
照ノ富士は、2011年5月に初土俵を踏み、約10年後の2021年9月に第73代横綱へ昇進した。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、生涯戦歴は523勝275敗231休(82場所)。幕内優勝10回という実績を残している。
照ノ富士の基本戦績
- 最高位:第73代横綱
- 幕内優勝:10回
- 十両優勝:2回
- 幕下優勝:1回
- 殊勲賞:3回
- 敢闘賞:3回
- 技能賞:3回
- 生涯戦歴:523勝275敗231休
- 幕内戦歴:366勝207敗197休
- 横綱在位:21場所
モンゴル出身の少年から日本の横綱へ
照ノ富士の本名は杉野森正山。モンゴル名はガントルガ・ガンエルデネで、モンゴルの首都ウランバートル出身だ。
2010年、18歳で来日。鳥取城北高校に編入学し、相撲に打ち込んだ。同校では団体戦優勝に貢献するなど、早くから大きな身体能力を発揮していた。
2011年5月の技量審査場所で初土俵を踏み、当初は「若三勝」という四股名で間垣部屋に所属。部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋へ移籍し、十両昇進に合わせて「照ノ富士」に改名した。
その後は順調に番付を上げ、2015年には大関へ昇進。2021年には念願の横綱の地位に到達した。
照ノ富士の主要経歴・転換点一覧
| 時期 | 出来事 | 主な意味・実績 |
|---|---|---|
| 1991年11月 | モンゴル・ウランバートルで誕生 | 本名は杉野森正山。モンゴル名はガントルガ・ガンエルデネ |
| 2010年 | 来日・鳥取城北高校へ | 日本で相撲の道を本格的に歩み始める |
| 2011年5月 | 初土俵 | 間垣部屋で若三勝としてスタート |
| 2013年9月 | 新十両 | 照ノ富士へ改名 |
| 2015年5月 | 幕内初優勝 | 関脇で初の賜杯を獲得 |
| 2015年7月 | 大関昇進 | 将来の横綱候補として注目される |
| 2017~2019年 | 膝の負傷・糖尿病の悪化 | 序二段48枚目まで転落 |
| 2020年7月 | 幕内復帰後に優勝 | 復活を印象づける2度目の幕内優勝 |
| 2021年9月 | 第73代横綱に昇進 | 大関からの再昇進を経て横綱へ |
| 2025年1月17日 | 現役引退 | 年寄「照ノ富士」を襲名 |
| 2025年6月9日 | 伊勢ヶ濱部屋を継承 | 伊勢ヶ濱春雄として師匠に就任 |
| 2026年1月31日 | 引退相撲・断髪式 | 両国国技館で最後の横綱土俵入り |
| 2026年4月9日 | 暴力問題の協会処分 | 2階級降格・報酬10%減額3か月 |
この年表から分かるのは、照ノ富士のキャリアが単純な出世街道ではなかったということだ。大関昇進後に序二段まで落ち、そこから横綱に到達した経歴は、相撲界でも極めて異例である。
出典:日本相撲協会公式力士プロフィール、歴代横綱プロフィール、TBS NEWS DIG、鳥取県内の報道。
【序二段から横綱へ】照ノ富士の怪我と糖尿病、驚異の復活劇
照ノ富士を語るうえで欠かせないのが、大関から序二段まで転落した後の復活劇だ。
一般的に、大関まで昇進した力士が序二段まで落ちることは極めて珍しい。照ノ富士の場合、原因となったのは両膝の故障と糖尿病の悪化だった。
2017年から続いた左膝の負傷
2017年の名古屋場所、大関在位13場所目に左膝を負傷。その後、糖尿病も悪化し、途中休場や負け越しが続いた。
2018年夏場所では再び左膝を痛め、手術に踏み切った。この時点ですでに十両まで番付を落としており、その後は4場所連続で全休。2019年春場所では序二段48枚目まで転落した。
身体的な故障だけでなく、番付が下がり続ける精神的な負担も大きかったと考えられる。実際、本人は引退会見で、序二段まで落ちた後に土俵へ戻った一番を特別な取組として挙げている。
復活の鍵は相撲のスタイルを変えたこと
大関時代の照ノ富士は、恵まれた体格と圧倒的な力を生かした豪快な相撲が持ち味だった。しかし、膝を痛めた後は以前と同じ取り口を続けることが難しくなった。
そこで取り入れたのが、師匠の指導による低い姿勢と安定した体勢を重視する相撲だった。
- 腰を落として膝を曲げる。
- 前傾姿勢を保つ。
- 脇を固めて相手に差されにくくする。
- 力任せではなく、相手の体勢を崩してから攻める。
身体能力に頼るだけではなく、故障した身体でも勝つための相撲へと進化させたのである。
5場所で十両復帰、2021年に横綱昇進
序二段から再起を目指した照ノ富士は、5場所で十両へ復帰。その後も着実に番付を上げ、2020年7月場所では幕内復帰後初優勝を達成した。
2021年春場所後には3度目の幕内優勝を経て大関に再昇進。同年名古屋場所後に横綱昇進を決め、9月場所から第73代横綱として土俵に立った。
大関から序二段に転落し、再び大関、そして横綱へ。照ノ富士の最大の功績は、10回の幕内優勝だけでなく、この復活の過程そのものにある。
なお、糖尿病や膝の状態が引退後にどの程度改善したかについては、具体的な最新の医学的情報は公表されていない。現役時代の闘病歴と現在の健康状態は分けて考える必要がある。
出典:TBS NEWS DIG「横綱・照ノ富士、相撲人生を完全燃焼」、日本相撲協会公式戦歴。
【2026年の暴力問題】照ノ富士と伯乃富士に何があった?協会処分の真相
2026年、伊勢ヶ濱親方として指導する立場にあった照ノ富士は、弟子の伯乃富士に暴力を振るった問題で日本相撲協会から処分を受けた。
この問題は、単純に親方が弟子を殴ったというだけではない。発端となった伯乃富士の不適切行為、親方による暴力、協会の調査と処分、そして部屋全体の指導体制の見直しという複数の問題が重なっている。
発端は2026年2月21日の会員制ラウンジでの出来事
日本相撲協会のコンプライアンス委員会による調査結果をまとめた4月9日の発表によると、問題が起きたのは2026年2月21日午前3時ごろ。
伊勢ヶ濱親方、伯乃富士、同部屋の錦富士、後援者らが東京都港区内の会員制ラウンジで会合していた。
その際、泥酔状態だった伯乃富士が、後援者の知人女性に対して太ももを触るなどの不適切行為を行った。後援者の怒鳴り声を聞いた伊勢ヶ濱親方は、伯乃富士に問題が起きたことを認識した。
伯乃富士は一度店外に出されたが、親方は泥酔した状態で外に出すと新たなトラブルにつながる可能性があると判断し、店内に戻させたという。
照ノ富士は伯乃富士に2回の暴力を振るった
協会の調査結果によると、親方は伯乃富士を隣に座らせ、飲酒や女性への不適切行為について注意した。
しかし、口頭での注意だけでは同じ失敗を繰り返すと考えた親方は、座った状態の伯乃富士に対し、拳で左頬付近を1回殴り、続けて平手で顔面を1回叩いた。
つまり、協会が認定した暴力は合計2回。伯乃富士はその場で伊勢ヶ濱親方と後援者に謝罪したとされる。
親方は2月23日に協会のコンプライアンス部長へ自ら電話で報告し、翌24日には伯乃富士と錦富士を伴って協会で事情聴取を受けた。
2月27日には報道陣の取材に対して暴力行為を認め、次のように謝罪している。
「責任のない行動を取ってしまった」
出典:共同通信、スポニチアネックス、2026年2月27日の伊勢ヶ濱親方の取材対応。
日本相撲協会が2026年4月9日に発表した処分内容
日本相撲協会はコンプライアンス委員会の調査結果と答申を踏まえ、2026年4月9日の臨時理事会で処分を決定した。
伊勢ヶ濱親方に対する処分は2階級降格と報酬10%減額(3か月間)である。
- 処分前:委員待遇年寄
- 処分後:年寄
- 降格:2階級
- 報酬減額:10%
- 減額期間:3か月
協会は、師匠という指導者の立場にある者が弟子に直接暴力を振るうことは、暴力禁止規程に違反する行為であり、許されないと判断した。
一方で、暴力が単発的だったこと、常習性が認められなかったこと、自ら協会に報告したこと、本人が事実を認めて反省していることなども処分の判断材料となった。
伯乃富士への処分は厳重注意
伯乃富士についても、女性に対する不適切行為が協会のコンプライアンス規程などに違反すると判断された。
しかし、過去に懲戒処分歴がなかったこと、本人が反省していたこと、女性が協会に対して伯乃富士への処分を求めていなかったことなどを考慮し、懲戒処分ではなく八角理事長による厳重注意となった。
ここで重要なのは、伯乃富士の行為があったからといって、親方による暴力が正当化されたわけではないという点だ。協会も、両者の行為を別々の規程に照らして判断している。
伊勢ヶ濱部屋の指導体制も変更
今回の問題では、親方個人への処分だけでなく、伊勢ヶ濱部屋の運営にも変更が加えられた。
協会は当面、伊勢ヶ濱部屋を日本相撲協会と一門の指導・監督下に置き、定期的に状況を確認する方針を示した。
さらに、部屋付き親方4人と伊勢ヶ濱親方が協力する集団指導体制を採用。稽古場だけでなく、弟子たちの生活全般についても複数の親方が指導・監督することになった。
2026年3月の春場所では、伊勢ヶ濱親方は親方としての館内業務を休む措置を受けていたが、部屋での指導は続けていた。
4月9日の処分後も師匠の立場は交代せず、伊勢ヶ濱部屋の責任者を継続している。2026年11月現在の部屋公式所属者一覧にも、伊勢ヶ濱春雄が師匠として掲載されている。
今回の問題は、暴力を禁じる相撲協会の方針と、伝統的な師弟関係における指導のあり方を改めて問うものとなった。
出典:日本相撲協会「協会員の暴力行為に対する処分について」(2026年4月9日)、日刊スポーツ、伊勢ヶ濱部屋公式所属者一覧。
【引退相撲・断髪式】2026年1月31日に照ノ富士が最後の土俵入り
照ノ富士の引退相撲と断髪式は、2026年1月31日に東京・両国国技館で開催された。
この催しは「照ノ富士引退・伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」として行われ、現役時代の最後を飾る横綱土俵入りと断髪式が実施された。
約330人が断髪式に参加
断髪式には、相撲界だけでなく各競技や芸能界などからも多くの関係者が出席した。
日刊スポーツなどの報道によると、はさみを入れた参加者は約330人。柔道の阿部一二三・阿部詩兄妹、ボクシングの中谷潤人、ラグビーの稲垣啓太、サッカーの小野伸二、元横綱白鵬ら、幅広い分野の著名人が参加した。
最後は、現役時代の師匠だった元横綱旭富士の宮城野親方が止めばさみを入れ、照ノ富士は長年守り続けたまげに別れを告げた。
引退相撲は現役生活への正式な区切り
引退相撲は、単に髪を切るだけの行事ではない。現役力士としての最後の土俵入りや取組、断髪を通して、これまで支えてきた関係者やファンに感謝を伝える節目となる。
照ノ富士にとっては、序二段まで落ちた苦しい時期から、10度の幕内優勝を重ねて第73代横綱まで上り詰めた14年間の力士生活を締めくくる機会だった。
伊勢ヶ濱部屋の公式発表でも、2026年1月31日の催しは終了したことが確認できる。したがって、2026年11月現在、断髪式は今後の予定ではなく、すでに終了した行事である。
出典:日本相撲協会「照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」、日刊スポーツ、2026年1月31日付報道。
【プロの結論】照ノ富士の本当の功績と親方としての今後の課題
照ノ富士の相撲人生を評価する際、幕内優勝10回や第73代横綱という肩書だけに注目するのは十分ではない。
本当に特徴的なのは、故障による転落を経験した後、相撲の取り口そのものを変えて再び頂点に到達したことだ。
照ノ富士の功績を評価する3つの視点
1. 番付の転落から横綱への復帰
大関から序二段まで落ちた力士が、再び大関へ昇進し、横綱にまで上り詰めた。単純な勝ち星以上に、競技者としての適応力と精神力を示した経歴である。
2. 身体の変化に合わせた相撲の進化
力任せの取り口から、低い姿勢と安定した体勢を重視する相撲へ転換した。自身の弱点を理解し、技術的な修正を重ねたことが復活を支えた。
3. 横綱から師匠への転身
2025年6月に伊勢ヶ濱部屋を継承し、現役時代に自分を育てた部屋を率いることになった。次世代の力士を育てる役割を担うことは、現役時代とは異なる新たな挑戦だ。
2026年の暴力問題が突きつけた課題
一方で、2026年の暴力問題は、照ノ富士の指導者としての評価に大きな影響を与えた。
現役時代に不屈の精神を示した横綱であっても、師匠という立場では弟子の行動を管理し、問題が起きた際には規程に沿って対応しなければならない。
弟子への指導に必要なのは、厳しさだけではない。暴力を用いずに規律を守らせる仕組み、弟子が問題を相談できる環境、親方同士が互いに監督する体制が欠かせない。
今回、協会が集団指導体制を導入したことは、個人の経験や判断に依存した指導から、複数の親方による組織的な指導へ移行する契機となる。
照ノ富士が今後、部屋の師匠として信頼を取り戻せるかどうかは、処分を受けた事実だけでなく、その後の指導体制や弟子たちの育成、再発防止への取り組みによって評価されることになる。
照ノ富士春雄に関するよくある質問(FAQ)
Q1:照ノ富士は2026年現在、何をしていますか?
A1:現役を引退し、伊勢ヶ濱春雄親方として伊勢ヶ濱部屋の師匠を務めています。2026年4月の処分後も師匠を継続しており、協会と一門の監督下で部屋付き親方4人と協力する集団指導体制が設けられています。
Q2:照ノ富士の引退理由は何ですか?
A2:長年の両膝の故障や腰痛などによって、本来の相撲を取ることが難しくなったためです。2025年1月場所で復帰しましたが、右膝と腰の痛みで5日目から休場し、1月17日に引退を発表しました。
Q3:照ノ富士の本名は何ですか?
A3:杉野森正山(すぎのもり・せいざん)です。モンゴル名はガントルガ・ガンエルデネで、1991年11月29日にモンゴルのウランバートルで生まれました。
Q4:照ノ富士は伯乃富士に何をしたのですか?
A4:2026年2月21日、会員制ラウンジでの会合中、弟子の伯乃富士に対して拳で左頬付近を1回殴り、平手で顔面を1回叩きました。発端には伯乃富士が女性に対して行った不適切行為がありましたが、親方の暴力も協会規程違反と認定されました。
Q5:照ノ富士の暴力問題に対する協会処分は何ですか?
A5:2026年4月9日、委員待遇年寄から年寄への2階級降格と、報酬10%減額を3か月間行う処分が決まりました。伯乃富士には八角理事長による厳重注意が科されました。
Q6:照ノ富士の幕内優勝は何回ですか?
A6:幕内優勝は10回です。日本相撲協会の公式プロフィールでは、生涯戦歴523勝275敗231休、幕内戦歴366勝207敗197休と記録されています。
Q7:照ノ富士の断髪式はいつ行われましたか?
A7:2026年1月31日に両国国技館で行われました。最後の横綱土俵入りに続いて断髪式が実施され、約330人がはさみを入れました。
Q8:照ノ富士は序二段まで落ちてから、どうやって横綱になったのですか?
A8:膝の手術や糖尿病の悪化で序二段48枚目まで転落しましたが、師匠の指導を受けて低い姿勢を重視する相撲に転換しました。5場所で十両に復帰し、2020年7月に幕内優勝。2021年に大関へ再昇進し、同年9月に第73代横綱となりました。
まとめ:照ノ富士春雄の現在は親方としての第二の相撲人生
照ノ富士春雄は、2025年1月17日に現役を引退した後、2025年6月9日に伊勢ヶ濱部屋を継承。現在は伊勢ヶ濱春雄親方として、弟子の育成に取り組んでいる。
現役時代には幕内優勝10回を達成し、大関から序二段まで転落した後、第73代横綱にまで復活した。その歩みは、相撲界に残る印象的な復活劇の一つだ。
しかし、2026年2月の伯乃富士への暴力問題では、4月9日に2階級降格と報酬10%減額3か月の処分を受けた。師匠としての責任を問われ、部屋も協会と一門の監督下で集団指導体制へ移行している。
2026年11月現在、照ノ富士は師匠の立場を継続している。今後の評価を左右するのは、横綱時代の実績だけではない。弟子たちが安心して成長できる環境を築き、再発防止を実現できるかどうかだ。
土俵上で何度も困難を乗り越えた元横綱が、今度は指導者としてどのような成果を残すのか。照ノ富士の第二の相撲人生は、これからも注目される。