【2026年10月現在】大仁田厚は69歳、サスケとの電流爆破戦に勝利

目次

大仁田厚は1957年10月25日生まれ。2026年10月31日現在、69歳だ。長崎県出身で、全日本プロレスへの入門を経て、FMW創設者、元参議院議員という異色の経歴を持つ。

2026年10月25日に川崎市富士見公園で開催された「FMWE第16戦~HARDCORE BIRTHDAY~」は、大仁田にとって69歳の誕生日を飾る大会だった。メインイベントでは、みちのくプロレスのザ・グレート・サスケと電流爆破デスマッチで対戦した。

69歳の誕生日に実現した約10年半ぶりの電流爆破シングル戦

大仁田厚現在

大仁田とサスケの電流爆破によるシングル対決は、今回が4度目。1994年、2003年、2016年に続く因縁のカードだった。2017年にも両者はシングルで対戦しているが、電流爆破形式では約10年半ぶりの再戦となった。

試合は雨が降る屋外特設リングで行われた。電流爆破バット、有刺鉄線ボード、電流爆破イスなどが登場し、両者とも一歩も引かない展開に。大仁田は途中で自らも爆破の衝撃を受けながら、最後は有刺鉄線ボード上へのボディースラムでサスケを沈めた。

試合結果は20分16秒、体固めで大仁田厚の勝利。69歳の誕生日を白星で飾った。

試合後、大仁田は長年のライバルであるサスケをたたえ、将来的にはタッグを組みたいという考えも口にした。サスケも「今日死ぬかと思いました。でも、私は生きてます!」と激闘を振り返った。

この試合で注目したいのは、単なるベテラン同士の再戦ではないことだ。FMWを立ち上げた大仁田と、その影響を受けて地方発のプロレス文化を築いたサスケが、インディープロレスの歴史を象徴するカードを再び実現させた点にある。

本人が語った現役続行への意思

大仁田厚現在

試合後の取材で、大仁田は今後の活動について明確な意欲を示した。

「俺はプロレスが好きだし、やれるところまでやってみようと思います。来年、全国で古希電流爆破をやってみたい」

この発言は、2026年10月26日付のスポーツ報道でも紹介された。少なくとも現在、本人が引退を前提に活動しているわけではない。

2027年には70歳を迎える。大仁田が掲げた「古希電流爆破」は、年齢を節目にした新たな興行構想だ。大阪、名古屋、そしてFMW時代の思い出が残る川崎の富士通スタジアム川崎などが開催候補として挙がっている。

ただし、これらは本人が語った構想であり、開催日や対戦カードが確定した大会ではない。今後のFMWE公式発表が注目される。

【頚椎損傷から復帰】2026年1月の負傷と2月のリング復帰

大仁田厚現在

69歳で電流爆破デスマッチに勝利した大仁田だが、2026年は決して順風満帆なスタートではなかった。年明け早々、試合中のアクシデントによって首を負傷している。

1月18日の広島大会でテーブル技に失敗

2026年1月18日、広島プロレスフェスティバルのメインイベントに出場した大仁田は、得意技のテーブルパイルドライバーを仕掛けようとした際、机から足を滑らせて落下した。

リング上で一時動けなくなるほどのアクシデントとなり、ファンや関係者に心配が広がった。

翌19日には本人がXで状況を説明。20日に病院で検査を受けた結果、頚椎損傷と診断され、全治2週間と発表された。

大仁田は当時、次のように話している。

「落ちた時、意識が飛んだ。ヤバイ!と焦ったけれど、折れていなくてホッとしました。だけど首が回らない。しばらくのんびりします」

幸い、報道された診断では骨折には至らなかった。ただし、首の負傷はプロレスラーにとって重大な問題であり、復帰には慎重な判断が求められる。

2月10日に回復を報告、23日に本格復帰

2月10日、ENCOUNTの報道によると、大仁田は順調に回復していることを明かした。

特に注目されたのは、首のサポーターについての発言だ。

「もうサポーター無しでも大丈夫です」

本人は、日頃から首を鍛えていたことや、長年の経験で身についた受け身が役立ったと振り返っている。

そして、2月23日、大阪府堺市の堺サンスクエアで開催された「堺プロレス第一弾」に出場。これが頚椎損傷からの本格的な復帰戦となった。

大仁田はBADMAX藤永、谷嵜なおきと組み、雷神矢口、スミヒデアキ、枚方兄さん組と6人タッグで対戦した。

しかし、復帰戦は黒星。試合後には「満足な試合ができず、すみませんでした!」と頭を下げ、本調子ではないことへの悔しさをにじませた。

この時点では、負傷前と同じコンディションに戻ったとは言い切れなかった。それでも、その後もリングへの出場を続け、10月25日にはザ・グレート・サスケとの電流爆破戦を制している。

1月の負傷から約9か月。復帰戦での敗北を経て、69歳の誕生日に勝利を収めたことは、2026年の大仁田を語るうえで大きな転換点となった。

【検証資料 1】大仁田厚現在の当時の様子・関連報道写真(出典:日刊スポーツ / Yahoo!ニュース)

【FMWからFMWEへ】大仁田厚の経歴と電流爆破の歴史

大仁田厚の現在を理解するには、彼がなぜ電流爆破デスマッチにこだわるのかを知る必要がある。

その原点は、1989年に旗揚げしたFMWにある。

全日本プロレス時代からFMW創設まで

大仁田は1973年、15歳で全日本プロレスに入門した。ジャイアント馬場の付き人を務め、海外修行も経験。1982年にはNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得している。

ところが1983年、左膝蓋骨の粉砕骨折という大けがを負った。これが原因で1985年1月に一度目の引退を余儀なくされる。

その後、プロレスへの情熱を捨てきれず復帰。1989年には自らFMWを設立した。

当初のFMWは、従来のメジャー団体とは異なる独創的な興行を展開していた。男女混合タッグやハードコア路線など、既存のプロレスの枠に収まらない挑戦を続けた。

1990年8月4日、電流爆破デスマッチ誕生

大仁田の代名詞となったのが、1990年8月4日に東京・レールシティ汐留で行われたノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチだ。

対戦相手はターザン後藤。通常のリングロープを取り外し、有刺鉄線を設置したうえで爆破装置を組み込むという、当時としては極めて異色の試合形式だった。

この試合はプロレス大賞で年間最高試合賞とMVPを受賞。大仁田とFMWの存在を広く知らしめる大きな転機になった。

電流爆破は、その後もバット、イス、ボード、金網などを取り入れながら発展していった。

大仁田厚オフィシャルサイトでも、電流爆破は1990年の誕生から進化を続ける独自の創造物として紹介されている。2021年には電流爆破を中心とするFMWEを旗揚げし、現在の活動につながっている。

大仁田厚と関係者・団体のつながり

時期 人物・団体 関係・主な出来事
1973年 全日本プロレス 15歳で入門。ジャイアント馬場の付き人を務める。
1982年 NWA インターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得。
1985年 全日本プロレス 左膝の重傷を経て一度目の引退。
1989年 FMW 自ら団体を設立し、独自のハードコア路線を展開。
1990年 ターザン後藤 初のノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチで対戦。
1994~2026年 ザ・グレート・サスケ 電流爆破によるシングル対戦を重ねる。2026年10月25日は大仁田が勝利。
2017~2018年 引退・復帰 2017年に7度目の引退。翌2018年に復帰。
2021年 FMWE 新団体を旗揚げ。電流爆破を軸に興行を展開。
2026年 FMWE 69歳の誕生日にサスケとの電流爆破戦を開催。

特にザ・グレート・サスケとの関係は興味深い。

サスケは大仁田の影響を強く受け、岩手を拠点とするみちのくプロレスを設立した人物だ。両者は単なる対戦相手ではなく、日本のインディープロレスの発展を語るうえで欠かせない存在でもある。

2026年の再戦で大仁田が「今度はタッグを組もうよ」と呼びかけたのも、長年にわたる両者の関係を考えると象徴的な発言だった。

【引退説の真相】大仁田厚はなぜ何度も引退と復帰を繰り返すのか

大仁田厚について検索すると、引退、復帰、再引退という言葉が繰り返し登場する。

これは単なるネット上の噂ではない。実際に大仁田は、長いプロレス人生の中で何度も引退を表明し、その後リングへ戻ってきた。

2017年には7度目の引退を発表

大仁田が大きな注目を集めたのが、2017年10月31日の後楽園ホール大会だ。

還暦を迎える年に7度目の引退を表明し、引退試合を開催した。当時は本人も完全引退を強調しており、長年のプロレス人生に区切りをつける姿が報じられた。

しかし、2018年10月28日には再びリングに復帰している。

つまり、現在の活動は2017年の引退宣言を撤回したというだけではなく、2018年の復帰を経て、2021年のFMWE旗揚げへと続く長い活動の延長線上にある。

引退と復帰を繰り返す理由

2017年の引退前後に行われた日刊スポーツのインタビューで、大仁田はプロレスを続ける理由について、自身にとってプロレスは生きることそのものだという趣旨を語っている。

大仁田にとって、プロレスは単なる職業ではない。人生の苦境や病気、けがを経験する中で、自分自身を表現する場所でもあった。

1993年には敗血症で生死の境をさまよい、1983年には左膝の重傷で引退。2026年にも頚椎損傷を経験している。

こうした経歴を振り返ると、引退宣言と復帰を単純に話題作りとして片付けることはできない。本人がその時々の状況や気持ちに応じて、リングとの距離を決めてきた歴史がある。

2026年10月31日現在、新たな引退発表はなく、本人は現役続行の意思を示している。したがって、現在引退しているという情報は正確ではない。

【検証資料 2】大仁田厚現在の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【2026年11月の試合予定】ネパール復興支援とFMWE堺大会

2026年10月25日の川崎大会で勝利した大仁田には、すでに次の活動予定がある。

なかでも注目されているのが、海外での復興支援プロレスへの参加だ。

11月14日、ネパール・カトマンズで復興支援プロレス

2026年8月25日、大仁田は都内で記者会見を行い、11月14日にネパールの首都カトマンズで開催される復興支援プロレス「レスリングファイヤー」への参戦を発表した。

この大会は、ネパールの復興支援活動を行う竹井隆史氏らが企画したものだ。

主催側は、2015年の大地震以降の復旧の遅れや、その後の自然災害、社会情勢の混乱によって観光業が打撃を受けていることを説明。プロレスを通じて現地の人々を元気づけ、観光の魅力を発信する狙いを掲げている。

大仁田は櫻井匠とタッグを組み、バレットフロ、X組と対戦する予定だ。

試合では日本から有刺鉄線やバット、バケツなどを持ち込む構想も明らかにした。日本の電流爆破文化をそのまま持ち込むというより、現地でハードコアプロレスの魅力を伝える試みといえる。

さらに、現地の児童養護施設「チルドレンズホーム」を訪問する予定も発表されている。エル・パンディータも同行する構想が明かされ、子どもたちとの交流も予定されている。

大仁田は会見で、将来的にはネパールでも電流爆破を実現したいという夢を語った。

11月23日にはFMWE堺大会も開催予定

国内では、FMWE公式サイトが2026年11月23日の堺大会を告知している。

大会名は「なくそうイジメ!FMWE地方応援プロレス in 堺・第5回・堺超革命!電流爆破プロレス」。会場は大阪府堺市の大浜相撲場で、12時開場、13時開始の予定だ。

この大会は大仁田が率いるFMWEの地方応援プロレスとして開催される。10月31日時点で確認できる公式告知では大会開催が発表されているが、個別の対戦カードについては最新の公式発表を確認する必要がある。

2027年3月ごろのネパール再訪構想も

10月25日の試合後、大仁田は2027年3月ごろにもネパールへ復興支援で訪問したいという考えを語っている。

11月14日の大会だけで終わらせず、現地との関係を継続していく可能性がある点も注目したい。ただし、2027年3月の再訪や大会については、具体的な日程が確定した段階ではない。

【2027年の古希電流爆破】70歳でもリングに立つ構想の意味

大仁田厚の今後を考えるうえで、最大の注目点は2027年の古希電流爆破だ。

1957年10月25日生まれの大仁田は、2027年10月25日に70歳を迎える。古希という人生の節目に、自らの代名詞である電流爆破を全国規模で開催したいと考えている。

大阪・名古屋・川崎が開催候補

2026年10月の試合後の報道では、古希電流爆破の開催候補として大阪、名古屋、富士通スタジアム川崎が挙げられている。

特に川崎は、FMW時代から大仁田にとって縁の深い場所だ。旧川崎球場での興行は、FMWの歴史を語るうえでも象徴的な出来事だった。

富士通スタジアム川崎を候補に挙げているのは、単に大きな会場で興行を行いたいからではない。自身のプロレス人生の原点を振り返り、ファンとともに節目を迎えたいという意味合いも読み取れる。

ただし、2027年の各大会は現段階では構想であり、会場予約や正式な開催日、対戦カードまで決まったわけではない。

69歳の現役続行が示すもの

プロレスは身体への負担が大きい競技だ。特に大仁田が得意とする電流爆破デスマッチは、有刺鉄線や爆破装置などを用いる特殊な試合形式であり、通常の試合以上に安全管理が求められる。

2026年1月の頚椎損傷は、そのリスクを改めて浮き彫りにした出来事だった。

一方で、大仁田は電流爆破を単なる刺激的な演出として扱っているわけではない。自身の公式サイトでは、地方創生やいじめ撲滅といったテーマとプロレスを結びつける取り組みも紹介している。

実際、FMWEの地方大会は地域の会場で開催され、地元の観客と接点を持つ興行として続いている。

70歳を目前にしてもリングに立とうとする背景には、プロレスを通じて地域を盛り上げたいという活動方針と、自分自身の生き方をリングで示したいという思いが重なっている。

2027年の古希電流爆破が実現すれば、単なる記念興行ではなく、FMWから続く大仁田のプロレス人生を振り返る節目になるはずだ。

【検証資料 3】大仁田厚現在に関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【プロの結論】大仁田厚の現在を判断する3つのポイント

2026年の大仁田厚を理解するには、次の3点を押さえておきたい。

第一に、現在も現役であること。69歳の誕生日にザ・グレート・サスケとの電流爆破デスマッチを制し、本人も現役続行を表明している。

第二に、頚椎損傷から復帰していること。2026年1月に首を負傷したものの、2月23日にリングへ戻り、その後も試合を続けている。復帰した事実と、医学的にあらゆるリスクがなくなったことは別であり、体調管理は今後も重要な課題だ。

第三に、2027年の古希電流爆破は構想段階であること。本人は全国開催への意欲を示しているが、具体的な興行日程は今後の公式発表を待つ必要がある。

情報を見極める際には、次のように整理すると分かりやすい。

  • 現役続行:本人が2026年10月に明言。
  • サスケ戦の勝利:2026年10月25日の試合結果として報道済み。
  • ネパール大会:11月14日の参戦発表あり。
  • FMWE堺大会:11月23日の開催を公式告知済み。
  • 2027年古希電流爆破:本人の開催意向は確認できるが、具体的な日程は未確定。

この区別ができれば、引退説や今後の試合予定について、古い情報と最新情報を混同せずに済む。

大仁田厚の現在に関するよくある質問(FAQ)

Q1:大仁田厚は2026年現在、何歳ですか?

A1:1957年10月25日生まれで、2026年10月25日に69歳になった。2027年10月25日に70歳を迎える。

Q2:大仁田厚は引退したのですか?

A2:現在は引退していない。2017年10月31日に7度目の引退を表明したが、2018年10月28日に復帰。2026年10月にはサスケとの電流爆破デスマッチに勝利し、現役続行を明言している。

Q3:頚椎損傷は治ったのですか?

A3:2026年1月に頚椎損傷と診断されたが、2月23日にリングへ復帰している。10月25日にも試合に出場して勝利した。ただし、医学的な完全治癒についての新たな診断発表とは区別する必要がある。

Q4:大仁田厚の次の試合はいつですか?

A4:2026年11月14日にネパール・カトマンズの復興支援プロレス「レスリングファイヤー」への参戦が発表されている。また、11月23日にはFMWEの堺大会が予定されている。

Q5:2027年の古希電流爆破は開催決定していますか?

A5:本人は全国開催への意欲を示しており、大阪、名古屋、富士通スタジアム川崎などを候補に挙げている。ただし、具体的な開催日や対戦カードは正式決定していない。

Q6:大仁田厚が率いるFMWEとは何ですか?

A6:FMWEは2021年7月4日に旗揚げされた、大仁田厚が率いるプロレス団体だ。FMWで生まれた電流爆破デスマッチを中心に、ハードコアプロレスや地方応援興行などを展開している。

まとめ:69歳の大仁田厚は現役続行、2027年の古希電流爆破に注目

2026年10月31日現在、大仁田厚は69歳で現役プロレスラーとして活動している。

2026年1月の頚椎損傷というアクシデントを経験しながら、2月にリングへ復帰。10月25日にはザ・グレート・サスケとの電流爆破デスマッチに勝利し、誕生日を白星で飾った。

今後は11月14日のネパール復興支援プロレス、11月23日のFMWE堺大会が注目される。さらに2027年には、70歳を迎える節目として全国で古希電流爆破を開催する構想も掲げている。

何度も引退と復帰を経験し、負傷を乗り越えながらリングに戻ってきた大仁田厚。FMW創設から電流爆破の誕生、FMWEの旗揚げまで、その歩みは日本のインディープロレスの歴史とも重なる。

70歳を目前にした現在も、本人の中でプロレスへの情熱は消えていない。2027年の古希電流爆破がどのような形で実現するのか。大仁田厚の次の挑戦から目が離せない。

主な確認資料: 大仁田厚オフィシャルサイトのプロフィール・電流爆破の歴史、FMWE公式大会告知、日刊スポーツ・ENCOUNT・バトルニュースの負傷と復帰報道、スポニチ・東スポWEBの2026年10月大会報道。