【本人に似ていない?】西郷隆盛の写真が残っていない理由と肖像の謎
上野の西郷隆盛像をめぐって、もう一つよく検索される疑問があります。
それは、銅像の顔は本当に西郷隆盛本人に似ているのかという問題です。
実は、西郷隆盛の容姿を正確に再現することは、制作当時から難しい課題でした。
なぜ西郷隆盛の写真は存在しないのか

西郷隆盛は1828年に生まれ、1877年に亡くなりました。
この時代、日本にはすでに写真技術が伝わっていました。しかし、西郷本人のものと確実に認められる写真は現存していません。
鹿児島県立図書館の資料でも、西郷の写真は存在せず、現代に伝わる代表的な肖像画はイタリア人画家エドアルド・キヨソネによるものと説明されています。
西郷が写真嫌いだったという説は広く知られていますが、写真が残らなかった具体的な事情については、単一の理由に決められません。
重要なのは、写真が残っていないため、後世の人々は肖像画や関係者の証言を手掛かりに西郷の容姿を想像するしかなかったという点です。
有名な肖像画は弟と従弟の顔を参考にしていた

西郷隆盛の肖像画として広く知られているのが、イタリア人画家のキヨソネが描いた作品です。
この肖像画は、本人を直接モデルにして描かれたものではありません。
鹿児島県の教育資料によると、制作時には西郷の弟である西郷従道と、従弟の大山巌の顔が参考にされました。
具体的には、従道の顔の上半分と、大山巌の顔の下半分を組み合わせ、さらに西郷の親族や旧知の人物から意見を聞いて完成させたとされています。
このため、単純に二人の顔を合成しただけの肖像画ではなく、周囲の人々の記憶や証言も反映された作品です。
西郷隆盛像が本人に似ていないと言われる理由

上野の銅像が本人に似ているかどうかは、現在でも興味を引くテーマです。
理由は主に3つあります。
1. 本人の写真がない: 彫刻家が直接確認できる写真資料が存在しなかった。
2. 肖像画を参考にした: 顔の造形には、親族の顔を参考にしたキヨソネの肖像画が使われた。
3. 表現方法が独特: 軍服姿ではなく、着流し姿で犬を連れた日常的な姿が採用された。
藝大アートプラザの解説によれば、高村光雲は肖像画だけでなく、西郷の知人や血縁者にも話を聞きながら制作を進めたとされています。
また、国立国会図書館の人物解説には、除幕式に出席した西郷の妻イト(糸子)が、像を見て「宿んしはこげんなお人じゃなかったこてぇ」と語ったという逸話も紹介されています。
実際に西郷を知っていた家族から見ても、完成した銅像には違和感があったことがうかがえます。
ここで押さえておきたいのは、上野の西郷隆盛像が、写真を忠実に再現した肖像彫刻ではないということです。
むしろ、明治維新を支えた政治家・軍人としての西郷だけでなく、犬を連れて狩猟を楽しむ人間としての西郷を後世に伝える記念碑なのです。
【2026年最新】西郷隆盛像の高さ・場所・アクセスと見どころ
2026年に上野を訪れる人にとっても、西郷隆盛像は気軽に立ち寄れる歴史スポットです。
ここでは東京都建設局と台東区公式観光情報に掲載されている基本情報を整理します。
西郷隆盛像の高さは約3.7m
上野恩賜公園の公式ホームページでは、像の寸法が次のように公表されています。
- 身長:370.1cm
- 胸囲:256.7cm
- 足の長さ:55.1cm
台東区の公式観光情報でも、高さ3.7m、胸囲約2.6mと案内されています。
実際に現地で見上げると、写真で見る以上の大きさを感じられます。
西郷隆盛像がある場所は上野恩賜公園の山王台広場
像が立っているのは、東京都台東区上野公園にある上野恩賜公園の山王台広場です。
この場所は、上野駅と不忍池に挟まれた台地上に位置しています。
国立国会図書館の案内によると、西郷像は上野広小路を見渡すように南を向いています。
また、像の近くには西郷の生涯や銅像建立の由来を記した銘板があります。
銘板には、西郷が大切にした言葉として知られる「敬天愛人」も記されています。訪問時には、像の正面だけでなく、銘板にも注目すると理解が深まります。
JR上野駅・京成上野駅からのアクセス
西郷隆盛銅像 基本情報
所在地
東京都台東区上野公園1
電車でのアクセス
- JR上野駅から徒歩約1分
- 京成上野駅から徒歩約1分
見学のポイント
- 像の高さ:約3.7m
- 所在地:上野恩賜公園・山王台広場
- 見どころ:和装姿、愛犬の犬像、銘板
台東区公式観光情報・国立国会図書館の案内を基に整理。
JR上野駅からは、しのばず口側から向かうと便利です。国立国会図書館の案内では、上野駅側からエレベーターを利用して山王台広場へアクセスできることも紹介されています。
京成上野駅からも徒歩約1分と近く、上野周辺の散策の途中に立ち寄りやすい場所です。
【上野の西郷隆盛像】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上野の西郷隆盛像を作った作者は誰ですか?
A1:西郷隆盛本人の彫刻は高村光雲が制作を主導しました。傍らにいる犬の彫刻は後藤貞行が担当し、鋳造には岡崎雪声が関わったとされています。
Q2:西郷隆盛像はいつ完成しましたか?
A2:1898年(明治31年)12月18日に除幕式が行われました。西郷の死から21年後に公開された銅像です。
Q3:西郷隆盛像はなぜ上野にあるのですか?
A3:1868年の上野戦争で、薩摩藩兵が彰義隊と戦った歴史的な土地だからです。皇居前も候補に挙がりましたが、関係者による議論を経て上野が選ばれました。
Q4:西郷隆盛像の犬の名前は何ですか?
A4:一般にはツンとして紹介されています。ただし、銅像の犬の直接の制作モデルについては、別の薩摩犬だったとする図書館の調査記録もあります。
Q5:西郷隆盛像の高さは何メートルですか?
A5:東京都建設局の公式情報では370.1cm、約3.7mです。胸囲は256.7cm、足の長さは55.1cmです。
Q6:西郷隆盛の写真は本当に残っていないのですか?
A6:本人の写真と確実に認められるものは現存していません。有名な肖像画は、弟の西郷従道や従弟の大山巌の顔を参考にして描かれたものです。
Q7:西郷隆盛像はどこにあり、最寄り駅から何分ですか?
A7:東京都台東区の上野恩賜公園、山王台広場にあります。JR上野駅、京成上野駅からそれぞれ徒歩約1分です。
まとめ:上野の西郷隆盛像は明治維新と日本近代彫刻を伝える歴史遺産
上野の西郷隆盛像は、単に明治維新の英雄を称えるためだけに建てられた銅像ではありません。
その背景には、戊辰戦争の上野戦争、西郷隆盛の名誉回復、旧友や関係者による顕彰運動、そして明治時代の彫刻・鋳造技術の発展があります。
最後に、この記事で押さえておきたいポイントを整理します。
- 作者: 高村光雲が西郷本体、後藤貞行が犬を担当。
- 建立年: 1898年12月18日に除幕。
- 設置理由: 上野戦争で薩摩軍が戦ったゆかりの土地だったため。
- 犬の名前: 一般にはツン。ただし制作時の直接モデルには別の薩摩犬説がある。
- 服装: 軍服ではなく、犬とともにうさぎ狩りへ向かう和装姿。
- 高さ: 370.1cm。
- アクセス: JR上野駅・京成上野駅から徒歩約1分。
特に注目したいのは、西郷隆盛の写真が残っていないにもかかわらず、この銅像が100年以上にわたって人々に親しまれてきたことです。
本人の正確な顔を再現することが難しかったからこそ、肖像画、関係者の記憶、彫刻家の表現力を通じて、西郷という人物のイメージが形づくられました。
2026年に上野恩賜公園を訪れる際は、ぜひ犬の姿や腰のうさぎ罠、銘板の「敬天愛人」にも目を向けてみてください。銅像の前に立つだけでは気づかなかった、明治日本の歴史と西郷隆盛の人間的な一面が見えてきます。