西野亮廣とキングコングの現在は?結成秘話から活動休止の真相、2027年ツアーまで徹底解説
2026年現在、お笑いコンビ「キングコング」は、結成から27年目を迎えた。西野亮廣は絵本作家・映画製作者・実業家として活動の幅を広げ、相方の梶原雄太は「カジサック」としてYouTubeを中心に活躍している。一時は梶原の失踪によってコンビ活動が約3か月間休止するという危機も経験したが、現在も2人の関係は続いている。
大きな注目を集めているのが、2026年3月27日に公開された映画『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』と、2027年春に開催が決定したキングコングの全国漫才ツアーだ。かつて『はねるのトびら』で全国的な人気を獲得した2人は、なぜ別々の道を歩みながらもコンビを続けているのか。1999年の結成から活動休止の真相、2026年の最新動向までを時系列で整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 結成の経緯: 1999年9月、吉本興業の養成所NSCで出会った西野亮廣と梶原雄太がキングコングを結成した。
- 活動休止の真相: 2003年、仕事量とプレッシャーによって梶原が失踪。約2〜3か月の活動休止を経てコンビは再始動した。
- 2026年の現在: 西野は映画・絵本・事業を展開し、梶原とはYouTubeチャンネル「毎週キングコング」で交流を継続している。
- 2027年の予定: 2月から4月にかけて、東京・宮城・大阪・福岡・愛知・兵庫の6会場で全国漫才ツアーを開催する。
【結成秘話】西野亮廣と梶原雄太がキングコングを結成した理由

キングコングは、西野亮廣と梶原雄太による吉本興業所属のお笑いコンビとして1999年9月に結成された。
2人の出会いは、吉本興業の芸人養成所であるNSC大阪校22期。最初からコンビを組んでいたわけではなく、それぞれ別の相方と活動していた時期がある。
2人を結びつけた共通の経験

西野は当初、特定のコンビを組むことを前提にNSCへ入ったわけではなかった。一方、梶原も別のコンビで活動していた。
その後、それぞれが以前のコンビを解散。あるオーディションでの経験などを経て、2人の距離が縮まっていった。
結成の象徴的なエピソードとして知られているのが、西野の地元である兵庫県川西市での出来事だ。
西野がバイクで梶原を高台へ連れて行き、夜景を眺めながら大勢の人を笑わせることの難しさについて話したところ、梶原が自分たちならできるという趣旨の返答をしたという。
このエピソードは西野自身のブログにも記されており、文藝春秋の人物取材でも紹介されている。
単に芸風が合ったというだけでなく、2人が同じ方向を向いていたことが結成のきっかけになった。
結成直後から異例のスピードで売れた理由

キングコングは結成直後から高い評価を獲得した。
西野は漫才のネタ作りとツッコミを担当し、梶原はボケとして存在感を発揮。西野によると、初めて披露した漫才から養成所内で高い評価を受け、通常より長い持ち時間を与えられたこともあったという。
2000年には、NSC在学中にNHK上方漫才コンテストで最優秀賞を受賞。結成から間もない若手コンビとしては非常に目立つ実績だった。
さらに2001年には『はねるのトびら』への出演が始まり、M-1グランプリでも決勝進出を果たしている。
キングコングの特徴は、漫才の技術だけではなく、若さと勢いを前面に出したキャラクター性にもあった。早い段階でテレビ番組に進出できたことが、その後の全国的な知名度につながっていく。
【経歴・年表】はねるのトびらからM-1グランプリ2007まで
キングコングのキャリアを振り返るうえで欠かせないのが、フジテレビのバラエティ番組『はねるのトびら』と、漫才日本一を競うM-1グランプリだ。
キングコングの主な活動と転換点
| 年代 | 出来事 | 内容・意義 |
|---|---|---|
| 1999年9月 | コンビ結成 | NSC大阪校で出会った西野と梶原が結成 |
| 2000年 | NHK上方漫才コンテスト | NSC在学中に最優秀賞を受賞 |
| 2001年 | はねるのトびら開始 | 深夜番組への出演で全国進出の足掛かりをつかむ |
| 2001年 | M-1グランプリ | 初めて決勝進出 |
| 2003年 | コンビ活動休止 | 梶原の失踪を受けて約3か月間休止 |
| 2004年 | はねるのトびら | 全国ネットでの放送へ |
| 2005年 | ゴールデン進出 | 人気バラエティ番組として知名度が拡大 |
| 2007年 | M-1グランプリ | 決勝3位、650点を獲得 |
| 2009年 | 絵本作家として活動 | 西野が初の絵本を出版 |
| 2013年 | YouTube活動 | 毎日キングコングの配信を開始 |
| 2016年 | えんとつ町のプペル | 絵本を発表し、大きな反響を獲得 |
| 2017年 | CHIMNEY TOWN | 西野が代表を務める会社を設立 |
| 2026年 | 映画最新作 | 約束の時計台が3月27日公開 |
| 2027年 | 全国漫才ツアー | 6会場で開催予定 |
※西野亮廣の公式プロフィール、フジテレビ、M-1グランプリ公式記録などを基に整理。
はねるのトびらで全国的な人気を獲得
『はねるのトびら』は2001年に深夜番組としてスタートした。
キングコングのほか、ロバート、ドランクドラゴン、北陽、インパルスなど、当時の若手芸人たちが出演。ショートコントや企画を中心に、若い視聴者から支持を集めた。
2004年には全国ネットでの放送へ移行し、2005年にはゴールデンタイムに進出した。
番組は2012年9月26日に最終回を迎えたが、11年以上にわたる放送を通じてキングコングの知名度を大きく押し上げた。
特に西野は番組内で進行役としても存在感を発揮し、梶原は身体能力や表情を生かしたコントで人気を獲得した。
この時代のキングコングは、漫才師としてだけではなく、テレビバラエティを担う若手タレントとしても評価されていた。
M-1グランプリ2007で3位を獲得
キングコングの漫才師としての実力を語るうえで重要なのが、2007年12月23日に開催されたM-1グランプリ決勝だ。
この大会でキングコングは650点を獲得し、最終順位は3位だった。
優勝はサンドウィッチマン、2位はトータルテンボス。キングコングは惜しくも優勝を逃したものの、決勝の舞台で強い印象を残した。
| 順位 | コンビ名 | 得点 |
|---|---|---|
| 1位 | サンドウィッチマン | 651点 |
| 2位 | トータルテンボス | 646点 |
| 3位 | キングコング | 650点 |
キングコングの650点は、1位のサンドウィッチマンにわずか1点及ばない高得点だった。
ただし、最終順位は最終決戦の投票によって決まるため、単純な得点順とは異なる。
この結果からも、キングコングがテレビタレントとしてだけではなく、漫才コンビとして高い評価を受けていたことが分かる。
【活動休止の真相】梶原雄太の失踪と西野亮廣が待ち続けた約3か月
キングコングの歴史で大きな転換点となったのが、2003年の梶原雄太の失踪騒動だ。
当時の2人は人気絶頂期にあり、テレビやラジオのレギュラー番組を複数抱えていた。しかし、順調に見えた芸能活動の裏側では、過密スケジュールと仕事へのプレッシャーが積み重なっていた。
梶原が失踪した理由は仕事量と精神的な負担
2019年にテレビ朝日の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』へ出演した梶原は、当時の失踪について振り返っている。
本人が説明した理由は、仕事量が多すぎて限界を超えてしまったことだった。
2002年には9本のレギュラー番組を抱えるほどの売れっ子になっていたが、若くして急激に仕事が増えたことで、経験不足や仕事へのプレッシャーも大きくなっていった。
西野も自身のブログで、経験やネタの蓄積が追いつかないまま仕事が増え続けた当時の状況を振り返っている。
梶原は2003年春ごろ、突然仕事を休み、芸能界から姿を消した。
当初は周囲との連絡を絶ち、カラオケボックスにこもっていたことも後に明らかになっている。報道や本人の回顧によれば、仕事から離れた期間は約2か月半に及んだ。
活動休止によってレギュラー番組を失う
梶原の失踪を受け、キングコングはコンビとしての活動休止を決定した。
西野の公式ブログによると、この決定によってレギュラー番組8〜9本を含む、ほぼすべての仕事を失ったという。
当時の状況は、単なる一時的なスケジュール変更ではなかった。人気コンビとして築き上げてきた仕事の基盤が、一気に崩れてしまったのである。
それでも西野は、梶原が戻ってくる場所を残すため、マネージャーと相談して待つことを選んだ。
自分だけで活動を続けてしまえば、梶原が復帰しにくくなる可能性があると考えたためだ。
この判断は、後のキングコングの関係を考えるうえでも重要な出来事となった。
梶原の復帰と西野の対応
約2か月半の休養を経て、梶原は復帰を決意する。
2013年に出演した読売テレビの番組では、梶原自身が西野に謝罪するまでの経緯を語っている。
梶原が西野に連絡し、謝罪のために会いに行くと、西野は怒鳴ったり責めたりするのではなく、独特の冗談を交えて迎えたという。
西野も後年のテレビ番組やブログで、この出来事を振り返っている。
復帰後、キングコングは再び活動を開始。2005年には『はねるのトびら』がゴールデンタイムに進出し、コンビとして大きな成功を収めた。
この経験は、西野自身の人生観にも影響を与えた。
一度すべての仕事を失った経験があったからこそ、テレビの仕事だけに依存しない生き方を選べたと、本人はブログで説明している。
つまり、2003年の活動休止はキングコングにとって危機だった一方、西野が絵本や映画の世界へ進む遠因にもなった。
【不仲説を検証】西野亮廣と梶原雄太のコンビ仲は本当に悪いのか
キングコングについて検索すると、不仲説や解散説が見つかることがある。
その背景には、2人の活動スタイルが大きく異なることや、西野がテレビ出演を減らして独自の活動に軸足を移したことがある。
しかし、現在の活動を確認すると、コンビとしての関係は継続している。
それぞれ異なる道を歩む2人
西野は絵本作家、映画製作者、実業家として活動。一方、梶原はカジサック名義でYouTubeを中心に活動している。
仕事の方向性が異なるため、テレビで2人が一緒に出演する機会は以前より少なくなった。
また、2026年3月には西野がフジテレビの番組で、同期芸人との関係について梶原の名前を挙げ、「会話しないレベル」と話したことも報じられた。
ただし、この発言だけを切り取って、コンビが不仲であると判断するのは早計だ。
毎週キングコングが示す2人の現在の関係
現在の関係を知るうえで重要なのが、YouTubeチャンネル「毎週キングコング」だ。
このチャンネルは2013年に配信を開始。2人が日常の出来事や仕事、芸能界の話題などを自由に語る場として続いている。
2026年3月のENCOUNTのインタビューでは、西野がキングコングとしての活動について語っている。
特に注目されたのは、西野が海外に滞在している場合でも、YouTubeの収録のために日本へ戻ってくるというエピソードだ。
オンライン通話でも収録できるにもかかわらず、直接会うことを選んでいるという。
西野は梶原との付き合いが25年以上になることにも触れ、長年の縁を大切にしている姿勢を示した。
これは、単なる仕事上の付き合いだけでは説明しにくい関係性だ。
不仲説と実際の活動を比較
| 検証ポイント | 確認できる事実 | 判断 |
|---|---|---|
| 不仲説 | テレビで互いをいじる発言がある | 発言だけでは判断できない |
| 活動休止 | 2003年に約3か月間休止 | 過去の出来事 |
| YouTube | 毎週キングコングを継続 | 現在も共同活動 |
| 直接の交流 | 西野が収録のために帰国することもある | 関係を維持している |
| 全国ツアー | 2027年に漫才ツアーを開催予定 | コンビ活動が継続 |
2025年3月には、西野のSNSでの「重要な報告」という予告が解散・活動休止の憶測を呼んだこともあった。しかし、その後、西野本人が解散や活動休止の事実はないと訂正している。
こうした経緯も、不仲説や解散説が生まれる背景の一つだろう。
実際には、2人が毎週顔を合わせる場を持ち、2027年の漫才ツアーまで計画している。現在のキングコングは、以前と同じ活動スタイルではないものの、コンビとしての関係を維持している。
【2026年最新】西野亮廣の現在は?CHIMNEY TOWNと映画活動
西野亮廣の現在を理解するには、お笑い芸人という肩書きだけでは不十分だ。
現在の西野は、絵本作家、映画製作者、舞台プロデューサー、実業家という複数の顔を持っている。
CHIMNEY TOWNの代表としてエンタメ事業を展開
西野は2017年10月に設立された株式会社CHIMNEY TOWNの代表取締役社長を務めている。
同社は、映画や舞台、イベントなどのエンターテインメント事業を展開しており、西野が手がける作品やプロジェクトの重要な事業基盤となっている。
また、オンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」も運営している。
西野の特徴は、自分一人で作品を完成させるというより、多くのクリエイターやスタッフと協力して大規模なエンターテインメントを生み出す点にある。
絵本から映画、ミュージカル、イベントへと作品の世界を広げる手法は、従来の芸人の活動領域を大きく超えている。
絵本作家としての代表作はえんとつ町のプペル
西野は2009年に初の絵本『Dr.インクの星空キネマ』を出版した。
その後、『オルゴールワールド』などの作品を発表し、2016年には代表作となる『えんとつ町のプペル』を世に送り出した。
同作は独特の世界観と緻密なビジュアルで注目を集め、累計発行部数80万部を突破した。
2020年にはアニメーション映画化され、日本国内で196万人を動員。日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞するなど、大きな成果を残した。
さらに歌舞伎やバレエ、ミュージカルなどにも展開され、絵本の枠を超えたコンテンツとして成長している。
2026年3月公開『約束の時計台』の内容
2026年の大きな話題となったのが、続編となる『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』だ。
2026年3月27日に全国公開され、西野が製作総指揮・原作・脚本を担当。監督は廣田裕介、アニメーション制作はSTUDIO4℃が務めた。
物語の中心となるのは、親友プペルを失った少年ルビッチだ。
再会を諦めて前へ進もうとしたルビッチは、時を支配する異世界「千年砦」に迷い込む。そこで、11時59分で止まった不思議な時計台と、100年間約束を信じて待ち続ける男ガスに出会う。
主な声の出演者は以下のとおり。
- 永瀬ゆずな:ルビッチ
- 窪田正孝:プペル
- MEGUMI:モフ
- 小芝風花:ナギ
- 梶原雄太:ヒモサック
梶原も声優として作品に参加している点は、キングコングのファンにとって見逃せないポイントだ。
さらに、2026年10月30日には、公式サイトで富川国際アニメーション映画祭(BIAF)の審査員特別賞受賞が発表された。
ベルリン国際映画祭への正式出品やアヌシー国際アニメーション映画祭での特別上映選出など、海外での展開も進んでいる。
映画を中心に、作品の世界観を国内外へ広げていることが、西野の現在の大きな特徴だ。
【2027年最新情報】キングコング全国漫才ツアーが決定!2人の新たな挑戦
2026年8月24日、西野は自身の公式ブログで、キングコングの2027年春の全国漫才ツアー開催を発表した。
結成から四半世紀以上が経過した2人が、改めて漫才を中心に全国を回るという計画だ。
2027年全国漫才ツアーの日程・会場
公式発表による開催日程は次のとおり。
| 開催日 | 都道府県 | 会場 |
|---|---|---|
| 2027年2月11日(木・祝) | 東京 | 浅草公会堂 |
| 2027年2月13日(土) | 宮城 | 電力ホール |
| 2027年2月20日(土) | 大阪 | 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ |
| 2027年2月24日(水) | 福岡 | SAWARAYA福岡県立ももち文化センター |
| 2027年3月6日(土) | 愛知 | ウインクあいち |
| 2027年4月2日(金) | 兵庫 | 川西市キセラホール |
全6会場で開催される予定だ。
なぜ今、漫才ツアーなのか
今回のツアーについて、西野は公式ブログで企画の背景を説明している。
当初は、少ない舞台装置やスタッフで追加公演もしやすい舞台形式を検討していたという。
しかし、2人がやりたいことやファンが求めるものを考えた結果、最終的に漫才へと方向性が定まった。
特に興味深いのが、現在のキングコングの漫才をどう再構築するかという問題だ。
西野によれば、キングコングのネタは基本的に西野が書いており、梶原がそこに独自の色を加えるスタイルだった。
一方、現在はYouTubeを通じて梶原の素のキャラクターが広く知られている。
そのため、昔と同じ漫才のキャラクターをそのまま再現するのではなく、現在の梶原の魅力を生かした新しい漫才を目指す考えを示している。
これは単なる懐かしさを売りにしたツアーではない。
若手時代からテレビで活躍してきた2人が、現在の自分たちに合った漫才を作り直す挑戦でもある。
2027年ツアーが示すキングコングの現在地
西野は絵本や映画、舞台などの制作を続け、梶原はYouTubeを中心に活動している。
それぞれの個人活動が確立された今、キングコングとして再び漫才をすることには独自の意味がある。
特に今回のツアーでは、コンビの原点である漫才を通じて、現在の2人がどのような掛け合いを見せるのかが注目される。
2026年8月の公式発表では、追加公演にも対応しやすい形式を検討していたことも明かされている。
長年のファンにとっては懐かしい舞台であり、若い世代にとっては現在のキングコングを知る機会になるだろう。
【よくある質問】西野亮廣とキングコングに関するFAQ
Q1:西野亮廣と梶原雄太は現在もキングコングとして活動していますか?
A1:活動を続けている。YouTubeチャンネル「毎週キングコング」で定期的に共演しているほか、2027年春には全国漫才ツアーの開催も決定している。
Q2:キングコングが活動休止した理由は何ですか?
A2:2003年に梶原雄太が過密な仕事量や精神的なプレッシャーによって限界を迎え、突然仕事から離れたためだ。約2〜3か月の活動休止を経て復帰した。
Q3:西野亮廣は現在何をしている人ですか?
A3:お笑い芸人としての活動に加え、絵本作家、映画製作者、実業家として活動している。株式会社CHIMNEY TOWNの代表取締役社長を務め、映画『えんとつ町のプペル』シリーズなどを手がけている。
Q4:キングコングの2027年全国漫才ツアーはどこで開催されますか?
A4:東京、宮城、大阪、福岡、愛知、兵庫の6会場で開催予定だ。初日は2027年2月11日の東京・浅草公会堂となっている。
Q5:キングコングのM-1グランプリ最高順位は何位ですか?
A5:2007年大会の3位だ。決勝では650点を獲得し、サンドウィッチマン、トータルテンボスとともに最終決戦へ進出した。
まとめ:西野亮廣とキングコングは新しいステージへ
西野亮廣と梶原雄太によるキングコングは、1999年の結成以来、テレビ、漫才、YouTube、映画など、さまざまな分野で活動してきた。
2003年には梶原の失踪によってコンビ活動が約3か月間休止する危機を迎えたが、西野が復帰を待ち、2人は再びコンビとして歩み始めた。
その後、西野は絵本作家・実業家として独自の道を切り開き、梶原はカジサックとしてYouTubeで新しい人気を獲得した。
2026年には『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』が公開され、2027年には全国6会場での漫才ツアーが予定されている。
キングコングの現在を理解するうえで大切なのは、2人が同じ仕事をしているかどうかだけで判断しないことだ。
それぞれが個人として活動の幅を広げながらも、YouTubeや漫才という形でコンビの時間を共有している。その関係こそが、現在のキングコングの特徴といえる。
テレビ全盛期の人気コンビが、長い時間を経て再びセンターマイクの前に立つ。2027年の全国漫才ツアーは、キングコングの過去を懐かしむだけでなく、これからの2人を知るための新たな節目になりそうだ。