琴ノ若晴將の現在は?関脇時代の戦歴785勝と金星8個、佐渡ヶ嶽親方の歩みを徹底解説
琴ノ若晴將(ことのわか・てるまさ)は、山形県尾花沢市出身の元大相撲力士です。現役時代は最高位・関脇まで昇進し、生涯戦歴785勝764敗100休、金星8個という実績を残しました。2005年11月場所に現役を引退し、現在は佐渡ヶ嶽親方として佐渡ヶ嶽部屋を率いています。
2026年現在は日本相撲協会の理事も務め、相撲界の運営にも携わっています。また、息子は大関・琴櫻将傑です。父から息子へと受け継がれた「琴ノ若」の四股名や、母方の祖父である第53代横綱・琴櫻との関係も、この一家を語るうえで欠かせません。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 読み方・出身:琴ノ若晴將は「ことのわか・てるまさ」。1968年生まれ、山形県尾花沢市出身。
- 現役時代の実績:最高位は関脇。生涯戦歴785勝764敗100休、金星8個を記録。
- 引退と現在:2005年11月に引退し、佐渡ヶ嶽部屋を継承。2026年現在は親方・日本相撲協会理事として活動。
- 家族関係:息子は大関・琴櫻将傑。元横綱・琴櫻は息子の母方の祖父にあたる。
【基本プロフィール】琴ノ若晴將の読み方・出身地・本名を紹介
琴ノ若晴將は、1968年5月15日生まれ。山形県尾花沢市出身の元大相撲力士です。日本相撲協会の公式プロフィールでは、読み方は「ことのわか・てるまさ」とされています。
本名は鎌谷満也。現役時代は佐渡ヶ嶽部屋に所属し、身長191cm、体重181kgという恵まれた体格を生かした相撲で活躍しました。
現役時代の四股名は琴ノ若晴將。最高位は関脇で、横綱や大関と対戦する幕内上位でも長く土俵を務めた力士です。
琴ノ若晴將の基本情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 琴ノ若晴將 |
| 読み方 | ことのわか・てるまさ |
| 本名 | 鎌谷満也 |
| 生年月日 | 1968年5月15日 |
| 出身地 | 山形県尾花沢市 |
| 身長 | 191cm |
| 体重 | 181kg |
| 所属部屋 | 佐渡ヶ嶽部屋 |
| 最高位 | 関脇 |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 初土俵 | 1984年5月場所 |
| 引退場所 | 2005年11月場所 |
| 現在の年寄名 | 佐渡ヶ嶽 |
出典は日本相撲協会の力士プロフィールおよび年寄プロフィールです。
【経歴・生涯戦歴】785勝764敗100休と金星8個の実績

琴ノ若晴將は1984年5月場所に初土俵を踏みました。佐渡ヶ嶽部屋で力をつけ、1990年7月場所に新十両、同年11月場所には新入幕を果たしています。
1993年9月場所には新三役に昇進。最高位の関脇まで上り詰めました。幕内で90場所を務めた長い現役生活も特徴です。
公式記録に残る主な戦績
日本相撲協会の年寄プロフィールに掲載されている主な記録は次のとおりです。
| 記録項目 | 成績 | 意味 |
|---|---|---|
| 生涯戦歴 | 785勝764敗100休 | 130場所の通算成績 |
| 幕内戦歴 | 608勝657敗84休 | 幕内90場所の成績 |
| 金星 | 8個 | 横綱から挙げた殊勲の白星 |
| 殊勲賞 | 2回 | 殊勲力士としての評価 |
| 敢闘賞 | 5回 | 敢闘精神を評価された実績 |
| 技能賞 | 0回 | 公式記録上の受賞数 |
| 三段目優勝 | 2回 | 下位時代の優勝実績 |
| 幕内優勝 | 0回 | 幕内最高優勝はなし |
特に注目したいのが金星8個という記録です。金星とは、平幕力士が横綱に勝った場合に与えられる特別な記録です。横綱と対戦する機会が多い幕内上位で結果を残さなければ獲得できません。
幕内優勝こそありませんでしたが、金星8個、殊勲賞2回、敢闘賞5回という記録は、上位陣を脅かす実力を持っていたことを示しています。
また、生涯戦歴の数字だけを見ると勝ち星と負け星が近いものの、130場所にわたって幕内を中心に戦い続けたことに大きな意味があります。長期にわたる現役生活そのものが、琴ノ若の大きな実績でした。
【得意技を分析】右四つ・寄りを軸にした大型力士の相撲
琴ノ若晴將の得意技は、右四つと寄りです。191cm、181kgという体格を生かし、相手と組み合ってから前に出る正攻法の相撲を得意としていました。
右四つとはどのような形か
右四つは、右手を相手の左脇に差して組む四つ身の形です。相手の上体を制しながら、自分が有利な姿勢をつくります。
琴ノ若はこの形から相手を十分に組み止め、寄り切る攻めを得意としていました。単に体重をぶつけるのではなく、組み手を確保してから前進することが持ち味でした。
寄り切りと上手投げも武器
佐渡ヶ嶽部屋の公式紹介では、現役時代の琴ノ若について、大きな体を生かした寄りや上手投げが魅力だったと紹介されています。
日本相撲協会の決まり手傾向でも、寄り切りが38%、上手投げが24%、送り出しが11%と記録されています。
特に注目されるのが、長期戦での粘り強さです。佐渡ヶ嶽部屋の公式紹介では、長い取組でのスタミナと集中力から「ミスター1分」というニックネームでも知られていたと説明されています。
短時間で勝負を決めるだけではなく、組んでから相手の動きを見極め、最後まで自分の形を崩さずに攻める。こうした相撲が、長く幕内で戦えた理由の一つでした。
【四股名の変遷】今野から琴今野、琴の若、琴乃若、琴ノ若へ
琴ノ若晴將の現役時代を振り返る際、見逃せないのが四股名の変遷です。
日本相撲協会の公式プロフィールには、次の5つの四股名が掲載されています。
今野 → 琴今野 → 琴の若 → 琴乃若 → 琴ノ若
最終的に定着したのが「琴ノ若」です。現在の息子・琴櫻将傑がかつて名乗っていた四股名にもつながるため、親子の相撲人生を理解するうえでも重要なポイントです。
息子にも受け継がれた琴ノ若の名前
息子の琴櫻将傑は、2015年11月場所に「琴鎌谷」の四股名で初土俵を踏みました。その後、2019年7月場所に新十両へ昇進した際、父親の四股名である「琴ノ若」を継承しました。
2024年3月場所で大関に昇進した後、同年5月場所から「琴櫻将傑」に改名しています。
これは単なる改名ではありません。父の名前を大関まで引き上げたうえで、母方の祖父である第53代横綱・琴櫻の名跡を受け継ぐという、親子三代にわたる相撲一家の歴史を象徴する出来事でした。
なお、父の四股名は「琴ノ若晴將」、息子の現在の四股名は「琴櫻将傑」です。漢字が似ているため混同されがちですが、別々の人物です。
【2005年の引退】琴ノ若晴將が佐渡ヶ嶽部屋を継承した理由
琴ノ若晴將が現役を引退したのは、2005年11月場所です。佐渡ヶ嶽部屋の公式紹介によると、九州場所13日目に引退を表明しました。
この引退には、当時の佐渡ヶ嶽部屋の事情が深く関係していました。
先代・佐渡ヶ嶽親方の定年退職と部屋の継承
当時の佐渡ヶ嶽部屋を率いていたのは、第53代横綱・琴櫻として知られる先代佐渡ヶ嶽親方でした。
2005年11月、先代親方が日本相撲協会の停年を迎えることになり、部屋の後継者が必要になりました。そこで、元関脇・琴ノ若が現役を引退し、年寄名跡「佐渡ヶ嶽」を襲名。部屋を引き継ぐことになったのです。
つまり、琴ノ若の引退は、単に現役生活に区切りをつけるというだけではありませんでした。師匠から部屋を受け継ぎ、今度は自ら後進を育てる立場へ移る大きな転換点だったのです。
2005年11月の引退以降、琴ノ若は佐渡ヶ嶽親方として部屋の運営と力士の育成に携わってきました。
【2026年現在】佐渡ヶ嶽親方の役職と部屋での活動
2026年10月現在、琴ノ若晴將は佐渡ヶ嶽親方として活動しています。日本相撲協会の年寄プロフィールでは、年寄名は「佐渡ヶ嶽 満宗」、役職は理事と記載されています。
1968年5月15日生まれのため、2026年10月時点で58歳です。現役時代の関脇という肩書だけでなく、現在は日本相撲協会の運営を担う立場にもあります。
日本相撲協会で担う重要な職務
日本相撲協会の2026年現在の職務分掌では、佐渡ヶ嶽親方は次の役割を担っています。
- 危機管理部長
- コンプライアンス部長
- 総合企画部長
- 監察委員長
- 博物館運営委員
これらは、相撲部屋の指導だけにとどまらない役割です。協会全体の危機管理、法令や規則の順守、組織運営の企画、監察など、相撲界の制度を支える仕事にも関わっています。
佐渡ヶ嶽部屋の師匠としての役割
佐渡ヶ嶽部屋は千葉県松戸市に拠点を置く相撲部屋です。日本相撲協会の公式部屋紹介でも、師匠として佐渡ヶ嶽親方の名前が掲載されています。
部屋の公式サイトでは、先代佐渡ヶ嶽親方が築いた伝統を引き継ぎながら、新弟子の発掘や育成にも力を入れていることが紹介されています。
現役時代に幕内90場所を経験し、長い期間にわたって土俵を務めた佐渡ヶ嶽親方にとって、自らの経験を若い力士に伝えることは重要な仕事です。
また、現在は協会理事としての仕事もあるため、部屋の師匠と協会運営の双方を担う立場にあります。
【息子は大関・琴櫻】父親の琴ノ若晴將と三代続く相撲一家
琴ノ若晴將の息子は、現役大関の琴櫻将傑です。父親が元関脇・琴ノ若であり、母方の祖父が第53代横綱・琴櫻という相撲一家に生まれました。
この親子関係は、松戸市や尾花沢市の自治体広報でも紹介されています。
琴櫻将傑の父親は元関脇・琴ノ若
琴櫻将傑は1997年11月19日生まれ、千葉県松戸市出身です。本名は鎌谷将且。父親の琴ノ若晴將が師匠を務める佐渡ヶ嶽部屋に入門しました。
2015年11月場所に初土俵を踏み、2019年7月場所に新十両へ昇進。父の四股名を継いで「琴ノ若」と名乗りました。
その後、2024年1月場所で13勝を挙げ、同年3月場所に新大関として昇進。さらに同年5月場所から、母方の祖父の四股名である「琴櫻」を襲名しました。
祖父は第53代横綱・琴櫻
琴櫻将傑の母方の祖父は、第53代横綱・琴櫻です。先代佐渡ヶ嶽親方として佐渡ヶ嶽部屋を率いた人物でもあります。
したがって、関係を整理すると次のようになります。
- 父:元関脇・琴ノ若晴將(現・佐渡ヶ嶽親方)
- 母方の祖父:第53代横綱・琴櫻(先代佐渡ヶ嶽親方)
- 本人:大関・琴櫻将傑
父は関脇、祖父は横綱、そして息子は大関という、非常に珍しい相撲一家です。
特に注目されるのは、息子が父の四股名を継承して大関へ昇進し、その後に祖父の四股名を受け継いだことです。名前の継承そのものが、佐渡ヶ嶽部屋の歴史と家族のつながりを表しています。
【琴ノ若晴將に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:琴ノ若晴將の読み方は何ですか?
A1:ことのわか・てるまさです。日本相撲協会の公式プロフィールにも、この読み方が掲載されています。
Q2:琴ノ若晴將の最高位は何ですか?
A2:最高位は関脇です。横綱・大関と対戦する幕内上位でも活躍し、金星8個を獲得しました。
Q3:琴ノ若晴將の生涯戦歴は?
A3:785勝764敗100休です。130場所の通算成績で、幕内戦歴は608勝657敗84休となっています。
Q4:琴ノ若晴將はいつ引退しましたか?
A4:2005年11月場所です。九州場所13日目に引退を表明し、年寄名跡「佐渡ヶ嶽」を襲名して部屋を継承しました。
Q5:2026年現在の琴ノ若晴將は何をしていますか?
A5:佐渡ヶ嶽親方として佐渡ヶ嶽部屋を率いています。また、日本相撲協会の理事として危機管理やコンプライアンスなどの職務も担っています。
Q6:琴ノ若晴將の息子は誰ですか?
A6:大関・琴櫻将傑です。かつて父の四股名である「琴ノ若」を名乗り、2024年5月場所から祖父の四股名「琴櫻」を襲名しました。
Q7:琴ノ若晴將と横綱・琴櫻は親子ですか?
A7:琴ノ若晴將と第53代横綱・琴櫻は親子ではありません。琴櫻は琴ノ若晴將の息子・琴櫻将傑にとって母方の祖父にあたります。
まとめ:琴ノ若晴將の功績は現役引退後も受け継がれている
琴ノ若晴將は、最高位関脇まで昇進し、生涯戦歴785勝764敗100休、金星8個という記録を残した元力士です。右四つ・寄りを得意とし、幕内90場所を務めた息の長い力士として知られています。
2005年11月の引退は、先代佐渡ヶ嶽親方の停年に伴う部屋の継承という大きな節目でもありました。その後は佐渡ヶ嶽親方として後進を育て、2026年現在は日本相撲協会の理事として組織運営にも携わっています。
そして息子の琴櫻将傑は、父の四股名を受け継いで大関に昇進し、祖父の四股名を襲名しました。
琴ノ若晴將の歩みを理解するうえで重要なのは、現役時代の成績だけではありません。関脇として築いた実績、2005年の部屋継承、親方としての指導、そして息子へとつながる四股名の歴史です。
一人の力士の引退で終わることなく、次の世代へと相撲の伝統をつないでいく。その歩みこそが、2026年現在の佐渡ヶ嶽親方を語るうえで欠かせない要素となっています。
主な事実確認資料: 日本相撲協会公式プロフィール・年寄プロフィール・職務分掌、佐渡ヶ嶽部屋公式サイト、松戸市・尾花沢市の自治体資料。