きんさんぎんさんの現在は?107歳・108歳の生涯とCM・CDデビュー、長寿の秘訣を徹底解説

目次

「きんは100歳、ぎんも100歳」という親しみやすいフレーズと、愛らしい笑顔で日本中を魅了した双子姉妹、きんさん・ぎんさん。姉の成田きんさんと妹の蟹江ぎんさんは、1892年(明治25年)8月1日に生まれ、1991年のNHK報道をきっかけに全国的な人気者となりました。100歳を超えてからテレビCMやバラエティー番組に出演し、CDデビューまで果たした二人の姿は、1990年代を象徴する社会現象の一つとして記憶されています。

2026年現在、二人はすでに故人です。きんさんは2000年1月23日に107歳で、ぎんさんは2001年2月28日に108歳で亡くなりました。しかし、二人が残した長寿の記録や、ぎんさんの娘4姉妹、ダスキンのCM、毎日30分の散歩といったエピソードは、今も多くの人に語り継がれています。生い立ちからブームの舞台裏、家族との関係、健康長寿を支えた日常まで、その歩みを振り返ります。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 二人の生涯:1892年生まれ。成田きんさんは107歳、蟹江ぎんさんは108歳で逝去。
  • 人気のきっかけ:1991年9月のNHK報道から注目され、ダスキンのCMや1992年のCDデビューで全国的な人気を獲得。
  • 長寿の秘訣:ぎんさんは毎日30分の散歩を習慣にし、バランスのよい食事や家族との交流も大切にしていた。

【2026年現在】きんさんぎんさんは何歳まで生きた?二人の生涯と最期

きんさんぎんさん

きんさんぎんさんは、愛知県の農家に生まれた双子姉妹です。1892年8月1日、現在の名古屋市緑区にあたる愛知県鳴海の地で誕生しました。

本名は、姉が成田きん(なりた・きん)さん、妹が蟹江ぎん(かにえ・ぎん)さん。結婚後はそれぞれの姓を名乗り、長年にわたって家庭を築きました。

姉・成田きんさんの生涯

きんさんぎんさん

成田きんさんは1892年8月1日生まれ。幼少期は農家の家庭で育ち、姉妹の中では活発な性格だったと伝えられています。

若くして結婚し、子どもを育てながら家庭生活を送っていました。100歳を迎えるまでは、全国的に知られる芸能人だったわけではありません。むしろ、長い人生の大半を一般の人として暮らしていました。

転機は90代後半から訪れます。テレビ報道によって全国的な注目を集めるようになると、CMやテレビ番組への出演が増加。100歳を超えてから新しい仕事に挑戦する姿が話題になりました。

一方、きんさんは100歳を過ぎてから歩く練習にも取り組んでいます。妹のぎんさんが散歩する姿に刺激を受け、自分も歩けるように訓練したことが、NHKのドキュメンタリーにも記録されています。

2000年1月23日、きんさんは名古屋市内の自宅で亡くなりました。享年は満107歳。共同通信の当時の報道によると、死因は心不全でした。

妹・蟹江ぎんさんの生涯

きんさんぎんさん

蟹江ぎんさんも、1892年8月1日生まれです。姉のきんさんと同じ日に生まれ、農家で育ちました。

ぎんさんは22歳のときに見合いで結婚し、5人の娘をもうけています。そのうち一人は幼少期に病気で亡くなり、後に「ぎんさんの娘4姉妹」として知られる4人が成長しました。

ぎんさんの特徴は、100歳を超えても自分の足で歩き、日常生活への関心を失わなかったことです。テレビ出演が増えた後も、散歩や食事などの習慣を大切にしていました。

2000年1月に姉のきんさんが亡くなると、ぎんさんは精神的なショックを受け、次第に体調を崩していきます。長年連れ添った双子の姉を失った影響は大きかったと、当時の医療関係者や報道で伝えられています。

そして2001年2月28日、ぎんさんも自宅で亡くなりました。享年は満108歳。最期は4人の娘に見守られていたことが、CBCテレビのドキュメンタリーにも記録されています。

1892年から2001年まで、二人は明治・大正・昭和・平成という時代を生き抜きました。きんさんの死後、妹のぎんさんが約1年1か月生きたことも、二人の人生を語るうえで忘れられない出来事です。

【検証資料 1】きんさんぎんさんの当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【ブームの経緯】1991年のNHK報道からCM出演まで何があった?

きんさんぎんさんが全国的な知名度を得たきっかけは、1991年9月15日の敬老の日に放送されたNHK名古屋発のニュースでした。

当時、二人は数え年で100歳を迎える双子姉妹として紹介されました。高齢の姉妹がそろって元気に暮らす姿や、自然体の受け答えが視聴者の関心を集めたのです。

文藝春秋に掲載された元カタログハウス社長・斎藤駿氏の回想によると、このニュースを見た翌朝には、広告代理店を通じて二人へのCM出演依頼が進められました。

テレビ出演の依頼には家族の心配もあった

興味深いのは、最初から家族が広告出演に積極的だったわけではないことです。

斎藤氏の回想では、家族は高齢の親をCMに出演させることで、親を利用して収入を得ていると周囲から思われることを心配していたといいます。

そこで出演料を地元自治体に寄付する案が提案され、出演に向けた話し合いが進みました。このエピソードからも、二人のテレビ出演が単なる話題づくりではなく、家族の理解を得ながら実現したことが分かります。

ダスキンのCMで全国的な人気者に

きんさんぎんさんの名前を一気に広めた代表的な仕事が、ダスキンのテレビCMです。

ダスキン公式発表によると、二人は1991年から1992年にかけて同社のテレビCMに出演しました。

特に印象的だったのが、ダスキンの問い合わせ番号「100番」に掛けたキャッチフレーズです。

「きんは100歳、ぎんも100歳」

二人の掛け合いと親しみやすい名古屋弁、そして100歳という年齢を前面に出した広告表現が相まって、CMは大きな反響を呼びました。

広告の成功には、二人の年齢だけでなく、作り込まれたタレントらしさとは異なる自然な魅力がありました。視聴者にとって、二人は遠い世界の芸能人ではなく、身近なおばあちゃんのような存在だったのです。

さらに、ダスキンの広告記録には当時のCMコピーも残っています。企業の電話番号と二人の年齢を結び付けた発想は、現在の広告史から見ても印象的な事例です。

【年表で解説】きんさんぎんさんのCM・CDデビュー・ギネス記録

二人の歩みを時系列で整理すると、100歳前後の短い期間に、テレビ報道、広告、音楽、長寿記録といった複数の分野で注目を集めたことが分かります。

年月・時期 出来事 内容・意味
1892年8月1日 誕生 愛知県鳴海の農家に双子姉妹として誕生。
1991年9月15日 NHKニュースで紹介 敬老の日の報道をきっかけに全国的な注目を集める。
1991~1992年 ダスキンCM出演 「きんは100歳、ぎんも100歳」のフレーズが話題に。
1992年 CDデビュー 「きんちゃんぎんちゃん」名義で「きんちゃんとぎんちゃん」を発売。
1992年9月15日 NHK特集番組 『きんさんぎんさん100歳の時間』が放送される。
2000年1月23日 きんさん逝去 107歳で生涯を閉じる。
2001年2月28日 ぎんさん逝去 108歳で生涯を閉じる。
2021年9月 双子の長寿記録更新 炭山ウメノさん・兒玉コウメさんがギネス世界記録に認定され、二人の記録を更新。

「きんちゃんぎんちゃん」としてCDデビュー

テレビCMで人気を集めた二人は、1992年に音楽の世界にも進出しました。

アーティスト名は「きんちゃんぎんちゃん」。発売されたCDのタイトルは『きんちゃんとぎんちゃん』です。

日本記録認定協会は、二人を「日本最高齢でデビューしたアーティスト」として紹介しています。記録数値は100歳で、オリコンチャートにもランクインした作品として記録されています。

ここで押さえておきたいのは、アーティスト名とCDのタイトルが異なることです。検索では両方の表記が使われますが、同じデビュー作品を指しています。

また、1892年8月1日生まれという生年月日から満年齢を計算すると、1992年2月の発売時点では99歳で、同年8月に満100歳となります。当時の「100歳デビュー」という紹介には、年齢の数え方や広告上の呼称が関係している点にも注意が必要です。

きんさんぎんさんのギネス記録は現在も残っている?

二人は長寿の双子として、世界的にも知られる存在でした。成田きんさんが107歳175日まで生きた記録は、世界最高齢の双子に関する記録として知られています。

しかし、2021年9月に記録は更新されました。

ギネスワールドレコーズは、香川県出身の炭山ウメノさんと兒玉コウメさんを、史上最高齢の一卵性双生児などとして認定しました。認定時の年齢は107歳330日で、きんさん・ぎんさんの記録を上回っています。

つまり、きんさんぎんさんは長寿双子の歴史に名を残した記録保持者でしたが、2026年現在の記録保持者ではありません。

なお、CDデビューに関する日本記録認定協会の記録と、双子の長寿に関するギネス世界記録は別のものです。両者を混同しないことが、二人の実績を正しく理解するポイントです。

【検証資料 2】きんさんぎんさんの活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【家族の現在につながる話題】ぎんさんの娘4姉妹とは誰?

きんさんぎんさん本人だけでなく、その家族にも注目が集まりました。特に話題になったのが、蟹江ぎんさんの娘4姉妹です。

ぎんさんには5人の娘がいましたが、次女は幼少期に病気で亡くなっています。そのため、成長して後にメディアなどで紹介されたのが、長女・三女・四女・五女にあたる4人の姉妹です。

ぎんさんの娘4姉妹の名前

放送ライブラリーに登録されている東海ラジオのドキュメンタリー『まっと長生き ぎんさんと娘たち』では、次の4人が紹介されています。

  • 長女:矢野年子さん
  • 三女:津田千多代さん
  • 四女:佐野百合子さん
  • 五女:蟹江美根代さん

4人は母親が亡くなった後も、母の思い出や健康長寿について取り上げられる機会がありました。

2010年5月23日に放送された東海ラジオの番組では、4人の娘が母・ぎんさんの思い出を語っています。番組概要によると、姉妹はそろって元気に暮らし、毎日集まって縁側でお茶を飲む生活を送っていました。

母親の思い出だけでなく、家族としてどのように日々を過ごしてきたのかという点も、番組の重要なテーマでした。

2018年には娘たちもダスキンの広告に登場

きんさん・ぎんさんのCM出演から長い年月がたった2018年、ダスキンは再び家族に注目した企業広告を制作しました。

起用されたのは、ぎんさんの娘である津田千多代さんと蟹江美根代さんです。当時、千多代さんは100歳、美根代さんは94歳でした。

ダスキンの公式ニュースリリースによると、撮影を担当したのは写真家の篠山紀信さん。さらに、撮影場所は1991年当時のテレビCMと同じ場所が選ばれました。

親子2代にわたって同じ企業広告に登場するという企画は、きんさんぎんさんの人気が一時的なブームにとどまらず、家族の歴史として受け継がれていたことを感じさせます。

2018年の広告は、単なる懐かしさを狙った企画ではありません。人生100年時代という社会的なテーマに、実際に100歳を迎えた娘たちの姿を重ねた点に特徴がありました。

【長寿の秘訣】ぎんさんの毎日30分の散歩と食生活に迫る

きんさんぎんさんについて調べる人が特に関心を持つのが、二人が100歳を超えても元気に生活できた理由です。

その手掛かりとなるのが、ぎんさんの主治医や病理解剖を担当した医師による記録です。2004年に全日本民医連の機関誌で公開された記事には、ぎんさんの身体的な特徴や生活習慣が詳しく紹介されています。

毎日30分の散歩を続けていた

ぎんさんの生活習慣としてよく知られているのが、100歳を超えても続けていた散歩です。

同記事によると、ぎんさんは毎日30分程度の散歩を日課にしていました。自宅の2階にある仏壇まで階段を上り下りすることも習慣だったとされています。

散歩は単に外の空気を吸うための時間ではありません。足腰を鍛え、自分で移動できる状態を維持するための日常的な活動でもありました。

ぎんさんが大切にしていた考え方は、次の言葉に表れています。

「人間は足から死ぬ」

「長生きは気力だがね!」

これらの言葉は、ぎんさんの運動習慣と前向きな生活姿勢を象徴しています。

好き嫌いの少ない食事と魚・お茶

食生活についても、ぎんさんには特徴がありました。

医師による記録では、ぎんさんは好き嫌いが少なく、さまざまな食材を食べていたと紹介されています。特に魚料理が好きで、魚介類を日常的に食べていました。

また、お茶を何杯も飲む習慣もありました。記事では、魚を中心とした食生活や日本茶に含まれるカテキンなどが、健康状態を考えるうえで注目されています。

さらに、家族全員で食卓を囲むことも日課でした。本人だけが特別な健康食を食べるのではなく、子どもや孫、ひ孫たちと一緒に食事をする生活が続いていたのです。

病理解剖で分かった108歳の身体の特徴

ぎんさんの長寿を考えるうえで興味深いのが、亡くなった後に行われた病理解剖の結果です。

2001年2月28日に亡くなったぎんさんについて、病理医が身体を調べたところ、特に注目されたのが動脈の状態でした。

担当した病理医の記録によると、108歳という年齢にもかかわらず、動脈は柔らかく、動脈硬化の程度が比較的軽かったといいます。

その状態は当時、新聞などで「肉体年齢は80歳」「体は20歳若かった」と紹介されました。

もちろん、これは病理解剖で確認された個人の身体的特徴を表現したものであり、医学的に全身の年齢を80歳と測定したという意味ではありません。

同じ記録では、ぎんさんは105歳ごろまで比較的しっかりとした生活を送り、姉のきんさんが亡くなった後には精神的な落ち込みも見られたとされています。

きんさんも100歳を超えてから歩く練習を始めた

妹のぎんさんが散歩を続けていた一方、姉のきんさんも運動習慣を身につけていました。

NHKの1992年の特集番組では、ぎんさんの散歩する姿に刺激を受けたきんさんが歩行訓練を始めたことが紹介されています。

また、健康長寿に関する医師の解説では、きんさんが90代後半から下半身の筋力トレーニングを続け、100歳を超えてからも歩く練習に取り組んだことが取り上げられています。

二人の共通点は、年齢を理由に新しい習慣を諦めなかったことです。特別な健康法を追い求めるより、日々の生活の中で体を動かすことを大切にしていました。

【検証資料 3】きんさんぎんさんに関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【プロの結論】きんさんぎんさんが今も語り継がれる本当の理由

きんさんぎんさんの人気を、単に「100歳を超えた双子が珍しかったから」と説明するだけでは十分ではありません。

二人のブームには、1990年代のテレビメディア、広告業界の表現手法、そして高齢化社会に対する日本人の意識が深く関係していました。

100歳を超えてから人生が広がる姿が新鮮だった

1991年当時、100歳を超える人が現在ほど身近な存在ではありませんでした。そのため、100歳を迎える双子姉妹が元気に会話し、日常生活を送る姿は、テレビ視聴者に強い印象を与えました。

さらに、二人はテレビに出演するために若々しく振る舞っていたわけではありません。自然な名古屋弁や、互いに遠慮のない掛け合いが、そのまま魅力になっていました。

広告会社にとっても、二人の個性は大きな強みでした。年齢という数字だけでなく、視聴者が覚えやすいキャッチフレーズと、二人の実際の人柄を組み合わせることで、強い記憶に残るCMが生まれたのです。

長寿記録だけでは測れない二人の価値

きんさんぎんさんは、長寿双子としての記録を残しました。しかし、2021年にはその記録も更新されています。

それでも二人の名前が忘れられないのは、記録そのものよりも、100歳を超えてから新しい仕事や活動に挑戦した姿が多くの人の記憶に残っているからです。

テレビ出演、CM、CDデビューという経験は、一般的な人生のキャリアとは大きく異なります。人生の終盤に新しい役割を持ち、社会との接点を広げていったことが、二人の生涯を特別なものにしました。

健康長寿のエピソードを参考にするときの判断基準

二人の生活から参考にできるのは、散歩、食事、家族との交流、日常への関心といった具体的な習慣です。

  • 運動:毎日の生活に無理のない歩行や身体活動を取り入れる。
  • 食事:特定の食品に偏らず、さまざまな食材を食べる。
  • 交流:家族や周囲の人と会話し、食事を楽しむ。
  • 意欲:年齢にかかわらず、自分でできることや興味のあることを続ける。

ただし、きんさんぎんさんの例だけで、散歩や特定の食材が107歳・108歳まで生きる直接的な原因だったと断定することはできません。遺伝的な要因、生活環境、医療、個人差など、長寿にはさまざまな要素が関係します。

二人の生き方から学べるのは、長寿のための万能な方法ではなく、日々の生活を楽しみながら、自分の身体を動かし続ける姿勢です。

【きんさんぎんさん】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:きんさんぎんさんは2026年現在も生きていますか?
A1:二人とも故人です。成田きんさんは2000年1月23日に107歳で、蟹江ぎんさんは2001年2月28日に108歳で亡くなりました。

Q2:きんさんとぎんさんは何歳まで生きましたか?
A2:姉のきんさんは満107歳、妹のぎんさんは満108歳まで生きました。二人は1892年8月1日生まれの双子姉妹です。

Q3:ぎんさんの娘は何人で、4姉妹の名前は何ですか?
A3:ぎんさんには5人の娘がいましたが、次女は幼少期に亡くなっています。後に4姉妹として知られたのは、長女の矢野年子さん、三女の津田千多代さん、四女の佐野百合子さん、五女の蟹江美根代さんです。

まとめ:きんさんぎんさんが残した長寿と人生のメッセージ

きんさんぎんさんこと成田きんさん・蟹江ぎんさんは、1892年8月1日に生まれ、107歳と108歳という長い人生を歩みました。

1991年9月のNHK報道をきっかけに全国的な人気を獲得し、ダスキンのCMやテレビ番組に出演。1992年には「きんちゃんぎんちゃん」としてCDデビューも果たしました。

また、ぎんさんの娘4姉妹も母親の思い出や長寿の暮らしぶりを伝え、2018年には娘の千多代さんと美根代さんがダスキンの企業広告に登場しています。

毎日30分の散歩、バランスのよい食事、家族との食卓、そして何事にも関心を持つ姿勢。二人の生活には、現在にも通じる健康的な暮らしのヒントがありました。

きんさんぎんさんの本当の功績は、長寿記録だけではありません。100歳を超えても人生には新しい出会いや挑戦があり、毎日の暮らしを楽しめることを、日本中に伝えた点にあります。

二人が残した笑顔と生き方は、2026年になった今も、年齢を重ねることの豊かさを考えるうえで大切な記憶として残っています。