バッドボーイズ清人の現在は?結婚・子ども・母親との再会と芸歴を徹底解説

目次

お笑いコンビ「バッドボーイズ」の清人は、2026年10月現在、どのような活動を続けているのでしょうか。相方の佐田正樹と1997年にコンビを結成し、福岡吉本から東京へ進出した清人は、テレビや舞台だけでなく、ラジオ、地域活動、漫画の執筆などにも活動の幅を広げています。

本名として知られる大溝清人のプロフィール、妻との結婚、娘と息子の2人の子ども、幼少期に母親がいないと聞かされて育った経験、そして2024年に刊行したコミックエッセイ『おばあちゃんこ』。2025年の本人インタビューと吉本興業の公式プロフィール、2026年のラジオ活動などを手掛かりに、芸人としての歩みと家族への思いを整理します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • プロフィール:清人は1978年9月3日生まれの福岡県福岡市出身。2026年10月現在48歳。
  • 芸歴:1997年4月に佐田正樹とバッドボーイズを結成。福岡吉本8期生として活動を始めた。
  • 現在:2026年もかつしかFMのレギュラー番組「どっぷり!葛飾人」などで活動している。
  • 家族:2009年に一般女性との結婚を発表。娘と息子の2人の子どもがいる。
  • 生い立ち:目の不自由な祖母に育てられ、小学3年生のときに実母が生きていると知らされた。
  • 著書:2024年3月22日、幼少期の祖母との暮らしを描いた『おばあちゃんこ』をKADOKAWAから出版。

【プロフィール】バッドボーイズ清人の本名・年齢・出身地は?

バッドボーイズ清人

清人は、お笑いコンビ・バッドボーイズのボケとネタ作りを担当する芸人です。独特の柔らかい語り口やイラストの才能でも知られ、幼少期の経験を題材にした作品も発表しています。

本名として知られる名前は大溝清人(おおみぞ・きよと)。芸名は「清人」です。2010年に刊行した自伝的小説『ダブル★ピース』などでも大溝清人の名前が使われています。

吉本興業の公式プロフィールに掲載された基本情報

バッドボーイズ清人

吉本興業の公式プロフィールによると、清人は1978年9月3日生まれ。福岡県福岡市出身で、福岡吉本8期生です。

項目 プロフィール
芸名 清人(きよと)
名前 大溝清人
生年月日 1978年9月3日
年齢 48歳(2026年10月30日時点)
出身地 福岡県福岡市
身長 167cm
血液型 A型
所属 吉本興業
芸歴の出発点 福岡吉本8期
趣味 絵を描く、SMAP、一人飲み
特技 絵の早描き、似顔絵

プロフィールで目を引くのは、絵を描くことが趣味であるだけでなく、絵の早描きや似顔絵を特技としている点です。これは単なるプライベートの趣味にとどまりません。後に漫画家として作品を発表することにもつながっています。

また、清人はお笑いコンビとしての活動と並行して、単独での舞台企画やラジオ出演にも取り組んできました。吉本興業の公式プロフィールには、清人プロデュースのユニットコント「UTAGE」なども掲載されています。

つまり、清人の活動を漫才だけで捉えると、その表現者としての一面を見落としてしまいます。お笑い、イラスト、文章、地域密着型のラジオという複数の領域が、現在の仕事を形作っています。

【検証資料 1】バッドボーイズ清人の当時の様子・関連報道写真(出典:Yahoo!ニュース)

【芸歴・経歴】バッドボーイズは1997年結成!佐田正樹との関係

バッドボーイズ清人

バッドボーイズの歴史を語るうえで欠かせない人物が、相方の佐田正樹です。2人は福岡県出身で、高校時代の同級生。同じ暴走族に所属していたという共通点もあります。

清人と佐田正樹はどのように出会った?

2025年10月16日公開のCHANTO WEBのインタビューで、清人は高校時代の佐田との関係を詳しく振り返っています。

当初、佐田は別の暴走族に所属していましたが、周辺グループが統合される過程で、清人が所属していた福岡連合に加わったといいます。

清人にとって、当時の佐田は元気で目立つタイプ。積極的に話しかけてくる佐田に対し、内向的な性格だった清人は、最初は少し苦手意識を持っていたそうです。

ところが、次第に仲良くなり、互いの家に泊まりに行くほどの関係になりました。高校時代には、売店の人気商品を買うために授業終了のチャイム前から競争していたというエピソードも残っています。

2人の関係は、単に同じ暴走族に所属していたというだけではありません。高校生活をともに過ごした友人であり、後に芸人として人生を歩むことになる相棒でもあります。

恩師の紹介がコンビ結成のきっかけに

バッドボーイズ結成の裏側には、高校時代の恩師の存在がありました。

清人は高校の芸能講座でお笑いに興味を持ち、講師の岡野先生の勧めで漫才を始めました。当初は幼なじみとコンビを組み、福岡吉本主催のコンテストで優勝。その後、相方が芸人になる道を選ばなかったため、新しい活動方法を模索することになります。

一方、佐田も高校の進路相談で俳優になりたいと話していました。その際、岡野先生から清人とコンビを組んで漫才をしてはどうかと勧められ、佐田が清人に電話をかけたことが転機となりました。

2人はネタ作りを始め、吉本興業主催の「東京ドーム漫才決戦」に福岡予選から参加。予選を通過して東京ドームで漫才を披露したことが、福岡吉本所属への道につながりました。

バッドボーイズの主要な経歴・年表

時期 出来事 主な内容
1978年 清人誕生 福岡県福岡市で生まれる
高校時代 佐田正樹と交流 同級生として出会い、同じ暴走族に所属
1997年4月 コンビ結成 吉本興業公式プロフィールに記載
福岡時代 福岡吉本に所属 福岡を拠点に芸人活動を開始
2002年 東京進出 活動拠点を東京へ移す
2005年 『10カラット』 若手芸人によるバラエティ番組に出演
2008年10月 『AKBINGO!』 AKB48の冠バラエティ番組でMCを担当
2009年10月 清人が結婚発表 『AKBINGO!』内で一般女性との結婚を報告
2016年6月 『AKBINGO!』MC終了 長年担当した番組を卒業
2024年3月22日 『おばあちゃんこ』発売 初のコミックエッセイを刊行
2025年10月 家族についての取材 幼少期、母親との再会、妻や子どもについて語る
2026年10月 ラジオ・地域活動 かつしかFMの番組や公開収録に出演

なお、結成年については資料間に若干の表記の違いがあります。2010年の女性自身の記事では1996年結成と紹介されていますが、吉本興業の現在の公式プロフィールは1997年4月を結成年月としています。現在の公式情報を基準にする場合は1997年が該当します。

『AKBINGO!』での活躍が知名度を広げた

東京進出後、バッドボーイズはオーディションやテレビ出演を重ねていきました。

2005年にはTBSの『10カラット』でレギュラーに選ばれ、その後、2008年10月から2016年6月まで日本テレビ系『AKBINGO!』のMCを担当しました。

AKB48のメンバーと長期間にわたって番組を進行した経験は、コンビの知名度を広げる大きな実績です。特に、佐田の豪快なキャラクターと清人の柔らかな受け答えは、番組内で異なる個性を生かす役割を担っていました。

バッドボーイズは、元暴走族という過去を笑いに変えるだけでなく、バラエティ番組の進行役としてもキャリアを築いたコンビです。

【2026年最新】清人の現在は?ラジオや地域活動でも活躍

2026年10月現在の清人は、かつしかFMのレギュラー番組を中心に、地域に根差した活動を続けています。

テレビで見かける機会だけを基準にすると、以前より露出が少なくなったように感じる人もいるかもしれません。しかし、実際の活動を追うと、ラジオ、イベント、地域の事業者との交流など、別の形で仕事を継続していることが分かります。

かつしかFM「バッドボーイズ清人のどっぷり!葛飾人」

現在の代表的な活動の一つが、かつしかFMの「バッドボーイズ清人のどっぷり!葛飾人」です。

番組では、アシスタントの石川ことみとともに、葛飾区内の企業や地域産業に関わる人々を紹介しています。

番組の特徴は、芸能人がゲストを迎えてトークする一般的なラジオ番組とは少し異なる点です。葛飾区のものづくりや地域の取り組み、SDGsなどをテーマに、地元の人々の仕事や活動を掘り下げています。

かつしかFMの公式番組紹介では、清人は葛飾産業SDGsアンバサダーとしても活動。地域の産業関係者に話を聞き、葛飾の魅力を伝える役割を担っています。

2026年10月16日には葛飾区産業フェアで公開収録

2026年の具体的な活動として注目されるのが、10月16日に開催された第42回葛飾区産業フェアでの公開収録です。

番組は13時30分から14時まで特設ステージで収録され、清人のほか、石川ことみ、吉本興業の中村ひでゆき、葛飾区関係者、地域企業の担当者らが参加しました。

公開収録では、SDGsをクイズ形式で学ぶ企画も行われました。まいぷれ葛飾の現地レポートでは、出演者同士の掛け合いや会場の様子が紹介されています。収録内容は2026年11月3日放送予定と案内されています。

また、かつしかFMの公式番組ページでは、2026年10月にも毎週火曜日21時から21時30分まで放送していることが確認できます。

ヤングケアラーについての講演活動も

清人の現在を考えるうえで、もう一つ重要なのがヤングケアラーに関する活動です。

幼少期、目の不自由な祖母の買い物や外出を手伝い、家庭内でもさまざまな役割を担っていた清人は、自身の経験をもとに講演活動も行っています。

2024年11月には、RKB毎日放送の報道としてTBS NEWS DIGが、福岡市で清人がヤングケアラーについて講演したことを紹介しました。

本人は2025年のCHANTO WEBのインタビューでも、幼少期の経験をテーマに講演依頼を受けることがあると話しています。

ここで注目したいのは、過去の経験を単なる苦労話として語るのではなく、現在の子どもたちや家族を取り巻く問題を考える機会につなげている点です。

テレビのバラエティで培った話術と、自分自身の経験を言葉にする力。その両方が、現在の清人の活動を支えています。

【検証資料 2】バッドボーイズ清人の活動歴およびメディア掲載記録(出典:Yahoo!ニュース)

【結婚・妻・子ども】清人の家族構成と夫婦エピソード

清人は結婚しており、妻と娘、息子の4人家族です。

結婚を発表したのは2009年10月。日本テレビ系『AKBINGO!』の放送内で、一般女性との結婚を報告しました。当時のスポーツニッポンの報道によると、所属事務所は発表時点ではまだ入籍前で、年内の入籍と翌年1月中旬の挙式を予定していると説明していました。

妻は福岡出身の一般女性

妻について詳しく語られたのが、2025年10月16日公開のCHANTO WEBのインタビューです。

清人によると、2人の出会いは、先輩芸人との待ち合わせのために初めて訪れたバーでした。そこで福岡出身の女性から声をかけられたことがきっかけとなり、交際へ発展したといいます。

妻は当時、北九州から東京に1年間限定で上京していました。東京に住み続けるためには両親の理解も必要だったことから、交際開始後わずか1か月で双方の親に会うことになったそうです。

2人の関係を象徴するエピソードとして紹介されたのが、清人が妻を福岡の実家へ連れて行ったときの出来事です。

清人の実家は、幼少期から経済的に厳しい生活を送っていた場所。妻を連れて帰ることに不安があったものの、ありのままの家庭環境を見てもらおうと考えたといいます。

そこで出されたのは、見た目も調理環境もかなり独特な魚料理でした。初対面の親族が作った鍋を前に、妻は率先して食べ、おいしいと伝えてくれたそうです。

清人は、その姿を見て、この人となら結婚しても大丈夫だと感じたと振り返っています。

夫婦の関係を語る際に印象的なのは、華やかなデートや高価なプレゼントではなく、家族のありのままの姿を受け入れてくれたことが、結婚を決める大きな要因になった点です。

子どもは娘と息子の2人

清人には、娘と息子が1人ずついます。

2025年10月のインタビューでは、当時、娘が中学3年生、息子が中学2年生だったことを明かしました。子どもの名前や詳しい個人情報は公表されていません。

清人が語った子育ての特徴は、子どもに対して必要以上に怒らないことです。社会的に絶対にしてはいけないことをした場合は別として、日常的なしつけで怒ることはあまりないと話しています。

その背景には、自身の幼少期があります。

目の不自由な祖母の世話をし、家庭内で気をつかいながら過ごした子ども時代。そうした経験があるからこそ、子どもたちのちょっとした失敗を大きな問題として捉えないのかもしれません。

また、清人は子どもたちとできるだけ一緒に遊ぶことを大切にしているそうです。福岡で近所の人たちに助けられながら育った経験から、現在もパパ友やママ友との付き合いを重視していると語っています。

清人を取り巻く人物・家族関係一覧

本人のインタビューや公式プロフィール、著書の紹介を整理すると、清人の人生に関わる人物とその関係は次のようになります。

人物・作品 清人との関係 確認できるエピソード
佐田正樹 相方・高校時代の同級生 1997年にバッドボーイズを結成
妻 配偶者 福岡出身の一般女性。2009年に結婚を発表
娘 長女 2025年の取材時には中学3年生
息子 長男 2025年の取材時には中学2年生
哲子ばあちゃん 祖母・母親代わり 目が不自由で、幼少期の清人を育てた
実母 母親 小学3年生のときに生存を知らされ、28年ぶりに再会
父親 実父 福岡での幼少期をともに過ごした家族
『おばあちゃんこ』 自伝的コミックエッセイ 祖母との暮らしを描いた2024年刊行作品

清人の家族については、本人が取材で明かした範囲で妻や子どもとの暮らしが伝えられています。妻や子どもの一般人としての生活を守りながら、家族のエピソードを必要な範囲で紹介する姿勢も特徴的です。

【生い立ち・実家】祖母に育てられた幼少期と母親との28年ぶりの再会

清人の人物像を理解するうえで欠かせないのが、福岡で過ごした幼少期です。

テレビで見せる穏やかな話し方や、家族を題材にした作品の温かさ。その背景には、目の不自由な祖母と過ごした時間があります。

7畳一間に5人暮らしだった幼少期

清人は、福岡の港町で父親と2人のおじ、そして祖母と暮らしていました。

CHANTO WEBの2025年の取材によると、住んでいたのは隙間風が吹き込む7畳一間の家。経済的に厳しく、食べるものにも困ることがあったといいます。

家庭で母親代わりとなっていたのは、目の不自由な祖母の哲子さんでした。清人は買い物や外出の際に祖母の手を引き、日常生活を手伝っていました。

保育園時代は人見知りで、友達の輪に入ることが苦手だったそうです。周囲の大人に気をつかい、友達と遊ぶ時間よりも家の手伝いを優先することも少なくありませんでした。

興味深いのは、高校時代に暴走族に所属していたことと、家庭での生活が必ずしも矛盾していなかった点です。

本人のインタビューによると、仲の良い先輩や友人が暴走族だったことが参加のきっかけでした。しかし、集会の途中でも祖母のために夜中のゴミ出しをするなど、家の手伝いは続けていたといいます。

バイクも盗まず、父親名義のローンを組んで購入し、アルバイト代から返済していました。免許も教習所で取得し、交通信号を守ることも意識していたそうです。

こうしたエピソードからは、周囲から抱かれる不良芸人というイメージだけでは説明できない、清人の几帳面さや家庭への責任感が見えてきます。

小学3年生で知らされた母親の真実

清人は物心がついたころから、母親は自分を産んですぐに亡くなったと聞かされて育ちました。

ところが、小学3年生のある日、父親から実母は生きていると知らされます。

きっかけは、授業参観でした。ほかの子どもたちの保護者は母親が多いなか、清人の参観日に来るのは祖母。周囲から目立つこともあり、母親がいればいいのにと思った気持ちを父親に伝えたところ、実母の存在を知らされたのです。

父親は、母親と別れた経緯を子どもにも分かるように説明し、母親のもとへ行く選択肢もあると伝えたといいます。

しかし、清人にとっては、目の不自由な祖母が自分を育ててくれたという事実が大きく、すぐに母親と暮らすという選択は考えられませんでした。

その後、母親から電話がかかってくる時期もありましたが、家庭内の複雑な事情などから連絡は途絶えてしまいます。

テレビ出演をきっかけに28年ぶりの再会

大人になった清人は、芸人として活動しながら母親の所在を探した時期もありました。福岡の市役所などを訪ねたものの、居場所を突き止めることはできず、20歳を区切りに母親探しをやめたと2025年のインタビューで明かしています。

転機になったのは、テレビ番組への出演でした。

父親との親子漫才企画に出演した映像を母親が見て、吉本興業に連絡してきたのです。当時、バッドボーイズは『AKBINGO!』のMCを担当していました。

吉本興業の社員から母親の連絡について知らされた清人は、自分の意思で電話をかけました。

小学生のころ以来、28年ぶりに母親と話すことになったのです。

さらに、その後は『AKBINGO!』の企画を通じて対面する機会も実現しました。複数の女性のなかからAKB48のメンバーが母親を見つけるという内容で、テレビを通じた親子の再会が演出されました。

ただし、清人自身が思い描いていたような、再会した瞬間に抱き合って涙を流すという展開にはなりませんでした。

長い年月の間に、清人のなかで理想の母親像ができあがっていたこともあり、実際に会ったときには複雑な気持ちがあったと語っています。

再会後も連絡を取るようになりましたが、母親との関係は必ずしも単純なものではありません。育ててもらった記憶のない相手と、血のつながりだけで親子関係を築く難しさも、本人の言葉から伝わってきます。

祖母との別れと8年半にわたる介護費用の負担

清人にとって、祖母は幼少期の保護者というだけではありませんでした。

祖母が高齢になってからは、老人ホームに入居するための費用も負担していました。

2025年のCHANTO WEBのインタビューでは、祖母が亡くなるまでの約8年半、施設の費用を払い続け、面会にも通っていたと明かしています。

費用は月額約8万円。当時は芸人としての収入が安定せず、月のギャラが10万円に満たないこともあったそうです。それでも、支払いを滞納しながら何とか祖母の生活を支え続けました。

祖母は91歳で亡くなりました。清人が35〜36歳のころだったといいます。

この経験は、後に『おばあちゃんこ』を描く動機にもつながっています。家族の思い出を共有できる人が少なくなっていくなかで、自分が覚えている祖母との生活を作品として残したいと考えたのです。

【検証資料 3】バッドボーイズ清人に関する近況・インタビュー報道記録(出典:Yahoo!ニュース)

【著書・漫画家活動】『おばあちゃんこ』と『ダブル★ピース』に込めた思い

清人は芸人としての活動だけでなく、執筆や漫画制作にも取り組んできました。

その代表的な作品が、2010年の自伝的小説『ダブル★ピース』と、2024年のコミックエッセイ『おばあちゃんこ』です。

2010年に自伝的小説『ダブル★ピース』を出版

清人は2010年1月、自身の幼少期から芸人になるまでを描いた自伝的小説『ダブル★ピース』をワニブックスから刊行しました。

作品には、目の不自由な祖母との暮らし、福岡での家庭環境、暴走族時代の経験、そしてお笑いを目指すまでの歩みが描かれています。

当時の女性自身のインタビューでも、祖母への思いや執筆に込めた気持ちが紹介されました。

芸人が自身の過去を文章にすること自体は珍しくありませんが、清人の場合、幼少期の生活や家族との関係が、その後の表現活動の重要な題材になっています。

2024年3月22日発売『おばあちゃんこ』とは?

清人が漫画家として新たな一歩を踏み出した作品が、KADOKAWAから発売された『おばあちゃんこ』です。

発売日は2024年3月22日。漫画制作時には「おおみぞきよと」という名義を使用しています。

項目 作品情報
タイトル おばあちゃんこ
著者 おおみぞきよと
出版社 KADOKAWA
発売日 2024年3月22日
ジャンル コミックエッセイ
判型 A5判
ページ数 160ページ
刊行時の定価 1,320円(税込)
ISBN 9784048976930

物語の中心にいるのは、小学生のきよっぴと、親代わりとなった哲子ばあちゃんです。

目が不自由な祖母と、経済的に苦しい家庭。さらに、祖母の息子である3人のおじたちとの共同生活など、福岡で過ごした幼少期の日常が描かれています。

作品には、決して恵まれているとはいえない家庭環境のなかにも、家族の不器用な優しさや笑いが存在していたことが表現されています。

特に重要なのは、清人が作品を描いた理由です。

2025年の取材で本人は、祖母との思い出を共有できる人が少なくなり、父親も認知症が進行していることから、当時の生活を覚えているのは自分だけになってしまったという趣旨を語っています。

自分の記憶が誰にも残らなければ、家族の過去が報われない。だからこそ漫画という形に残そうと考えたのです。

『おばあちゃんこ』は単なる貧乏エピソード集ではない

この作品を読む際に注目したいのは、貧しさや不自由さだけを描いているわけではないことです。

祖母との生活には、買い物の手伝いや日々の家事、家族のちょっとした衝突など、さまざまな出来事がありました。

そうした日常を、清人自身の視点とユーモアで表現しているところに作品の特徴があります。

また、幼少期の体験を現在のヤングケアラーに関する講演活動へとつなげていることも、清人の表現活動を理解するうえで大切なポイントです。

芸人として笑いを届けることと、自身の経験を漫画や言葉で伝えること。別々に見える2つの活動には、身近な人々の姿を観察し、そこにある面白さや人間らしさを表現するという共通点があります。

【プロの結論】バッドボーイズ清人の人物像を理解する3つのポイント

清人の経歴を振り返ると、単に元暴走族出身のお笑い芸人という肩書きでは、その人物像を十分に説明できないことが分かります。

2026年の活動、家族との関係、著書、これまでの芸歴を総合すると、次の3点が特に重要です。

1. テレビ出演だけで芸能活動を判断しない

『AKBINGO!』のMC時代は、テレビでの露出を通じて広く知られる存在でした。しかし、現在はラジオや地域活動、講演などにも活動領域が広がっています。

2026年10月のかつしかFMの公開収録は、その具体例です。地元企業や地域産業を紹介する番組を継続していることからも、現在の清人をテレビ出演の有無だけで評価するのは適切ではありません。

2. 元暴走族というイメージだけで人物像を決めつけない

佐田正樹と同じ暴走族に所属していた過去は、バッドボーイズの知名度を高めた大きな要素です。

しかし、清人のインタビューからは、祖母の手伝いを優先し、家族の事情を理解して行動していた一面も確認できます。

本人の話によれば、暴走族の集会中にゴミ出しのために帰宅することもありました。こうした日常のエピソードは、従来の不良芸人というイメージとは違う側面を伝えています。

3. 家族の記憶を次の世代に残す表現者でもある

『おばあちゃんこ』は、清人の漫画家としての活動を象徴する作品です。

祖母との生活を描いた背景には、家族の記憶を残したいという思いがありました。また、子育てについても、自分が経験した家庭環境を振り返りながら、子どもたちと一緒に過ごす時間を大切にしていると話しています。

清人の現在を理解するには、芸歴だけでなく、家庭での経験がどのように現在の仕事や表現に結び付いているかを見る必要があります。

お笑い芸人、ラジオパーソナリティ、漫画家、そして2人の子どもを育てる父親。複数の役割を持ちながら活動を続けていることこそ、現在の清人を特徴づける部分です。

【バッドボーイズ清人に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:バッドボーイズ清人の本名は何ですか?
A1:大溝清人(おおみぞきよと)です。芸名は清人で、著書や過去の報道では大溝清人の名前でも紹介されています。

Q2:清人は結婚していますか?妻や子どもは?
A2:2009年10月に一般女性との結婚を発表しています。妻は福岡出身で、子どもは娘と息子の2人です。2025年のインタビューでは、娘が中学3年生、息子が中学2年生と明かしています。

Q3:清人は2026年現在、何をしていますか?
A3:吉本興業に所属し、芸人として活動しています。かつしかFMの「バッドボーイズ清人のどっぷり!葛飾人」では地域の企業や産業を紹介する活動を継続。2026年10月にも公開収録に出演しています。

Q4:清人の母親とは再会したのですか?
A4:はい。小学3年生のころに母親が生きていると知らされ、その後長く離れていましたが、テレビ出演をきっかけに連絡がつながりました。本人の2025年のインタビューでは、28年ぶりの連絡と番組企画での再会について語られています。

Q5:清人の著書『おばあちゃんこ』はいつ発売されましたか?
A5:2024年3月22日にKADOKAWAから発売されました。目の不自由な祖母と暮らした福岡での幼少期を題材にした、160ページのコミックエッセイです。

まとめ:【プロの結論】清人の現在は芸人としての活動と家族の記憶を伝える歩み

バッドボーイズの清人は、1978年生まれの福岡県福岡市出身。佐田正樹と1997年にコンビを結成し、福岡吉本から東京へ進出しました。『10カラット』や『AKBINGO!』などのテレビ番組で活躍し、長年にわたってお笑い界で活動を続けています。

私生活では一般女性と結婚し、娘と息子の2人を育てる父親です。妻との出会いや実家でのエピソードからは、家族のありのままの姿を受け入れることを大切にする一面が伝わってきます。

また、目の不自由な祖母に育てられた経験や、28年ぶりの母親との再会など、幼少期から現在に至るまでの家族の歩みも、本人の言葉によって明らかになっています。

2026年10月現在は、かつしかFMのレギュラー番組や地域イベントへの出演など、テレビ以外の活動にも力を入れています。2024年に刊行した『おばあちゃんこ』も、芸人としての表現力と漫画家としての才能を示す作品です。

清人の魅力は、元暴走族という過去やテレビでのキャラクターだけではありません。家族との記憶を笑いに変え、作品に残し、自分の経験を社会に伝えていく姿勢にもあります。

これからもバッドボーイズとしての活動に加え、ラジオ、漫画、講演など、清人ならではの表現の広がりに注目したいところです。