【被害が表面化しにくい理由】相談件数25%増と行きずり犯罪3倍の真相
災害時の性暴力を理解するうえで、被害そのものと同じくらい重要なのが、なぜ被害者が声を上げられないのかという問題だ。
災害時には、通常の生活であれば利用できる相談窓口や医療機関、住居、経済的な支援が十分に機能しないことがある。被害者は加害者から離れることも、安心して相談することも難しくなる。
被害を相談できない5つの背景

1. 命が助かっただけでもありがたいという心理
被災者自身が家族や住居を失い、周囲にも深刻な被害がある状況では、自分の性被害を訴えることに罪悪感を抱く場合がある。
「もっと大変な人がいる」「今は我慢するしかない」という心理が、相談を遅らせる要因になる。
2. 加害者と生活空間を共有している
避難所では、被害者と加害者が同じ空間で生活する可能性がある。
加害者が避難所のリーダーや物資担当者など、一定の影響力を持っている場合、被害を申告することで居場所や支援を失うのではないかという恐怖も生まれる。
3. プライバシーが確保できない
避難所では周囲との距離が近く、相談内容を他人に聞かれる可能性がある。
特に性被害については、家族や知人、避難所の管理者に知られることを恐れ、相談を避けるケースも考えられる。
4. 通信手段や相談先を失っている
減災と男女共同参画研修推進センターは、災害時に相談が難しくなる要因として、携帯電話の紛失や充電切れ、相談先が分からないことなどを挙げている。
5. 被害を訴えることで二次被害を受ける
被害を打ち明けた際に、被害者側に落ち度があったかのように扱われたり、周囲から疑われたりすることも、相談を妨げる要因になる。
性暴力の責任は加害者にある。被災者の服装や行動、避難生活の状況を理由に被害者を責めることは許されない。
「災害時の行きずりの性犯罪3倍」は日本の統計なのか
インターネット上では、「災害時には行きずりの性犯罪が3倍になる」という数字が紹介されることがある。
この数字には、重要な出典上の背景がある。
もとになっているのは、1989年に米国カリフォルニア州で発生したロマ・プリータ地震の後、1990年にまとめられた女性への暴力に関する調査報告だ。
1997年にサンフランシスコで支援施設を視察したウィメンズネット・こうべの正井禮子氏が、この報告書を入手した経緯について、三重県男女共同参画センターの公開講座でも紹介している。
同報告の紹介内容には、次の指摘がある。
- 平常時には顔見知りによるレイプが多い一方、災害時には行きずりの犯行が多くなり、3倍に上った。
- 過去の性的暴行や性的虐待によるトラウマに苦しむ女性からの電話相談が25%増加した。
- 児童虐待やDVに関する問題も報告された。
- DVによる保護命令の申請が50%増加した。
ここで重要なのは、これらが日本の阪神・淡路大震災や東日本大震災の発生率を示す数字ではないことだ。
また、25%増加したというのは、過去の性暴力や性的虐待のトラウマに苦しむ女性からの電話相談についての数字であり、新たな性犯罪の発生件数が25%増えたという意味ではない。
したがって、「日本の震災ではレイプが必ず3倍になる」「性犯罪全体が3倍になる」と解釈するのは誤りだ。
一方、この米国の報告が示した重要な教訓は、災害によって過去のトラウマが再び表面化することや、女性への暴力を災害救援の一部として予防する必要性である。
被害者の沈黙を防ぐには何が必要か
被害者に「勇気を出して相談してほしい」と呼びかけるだけでは不十分だ。
安心して相談できる環境、加害者から離れられる住居、経済的な支援、専門家による心理的ケアが必要になる。
東日本大震災女性支援ネットワークの報告書でも、被害者が安心して相談できる場所に加え、加害者と離れた地域で暮らすための住宅提供や経済的支援の必要性が指摘されている。
被害を表面化させる責任を被害者だけに負わせず、相談を受け止める側の体制を整えることが、再発防止の出発点となる。
【池田恵子教授の見解と2026年の研究】防災とジェンダーの新たな課題
災害時の性暴力と防災政策を考えるうえで、重要な研究者の一人が静岡大学の池田恵子教授だ。
池田教授は災害社会学・ジェンダー研究を専門とし、東日本大震災以降、災害対応に女性や多様な立場の人々の視点を取り入れる研究に取り組んできた。
池田恵子教授とはどのような研究者なのか
静岡大学グローバル共創科学部教授
専門:災害社会学、ジェンダー研究、地域防災、災害・復興政策
研究テーマ:女性や多様な人々の視点を取り入れた防災体制の構築
静岡大学の教員データベースによると、池田教授は災害・防災・復興とジェンダーを研究テーマに掲げている。
東日本大震災後の調査研究だけでなく、令和6年能登半島地震における女性の経験と災害対応についても研究を進めている。
内閣府男女共同参画局が実施した「令和6年度 男女共同参画の視点からの能登半島地震対応状況調査」では、池田教授が検討会の座長を務めた。
2026年7月31日の報道で再び注目された避難所の性暴力
2026年7月31日付の朝日新聞は、「避難所で性暴力を生まないために 東日本大震災の経験生かした対策を」と題した記事を掲載した。
同記事では、東日本大震災で女性と子どもへの暴力に関する調査に携わった池田教授に、被害の実態と防止策について話を聞いている。
この記事が取り上げたのは、過去の被害事例だけではない。
災害時には、性被害が平常時以上に声を上げにくい状況に置かれることがある。避難所での生活環境や運営体制を見直し、被害を生まない仕組みを整えることが課題となっている。
池田教授の研究から見える3つの重要課題
静岡大学の公式研究情報からは、池田教授の取り組みが、調査結果をまとめる段階から、実際の防災政策や避難所運営に反映する段階へ進んでいることが分かる。
① 災害時の性暴力を防止するための実践的研究
2025年度から2029年度までの研究課題として「災害時の性暴力防止・対応策の実践的導入:静岡県におけるアクション・リサーチ」が進められている。
被災地の調査結果を活用し、行政や関係機関との連携を通して、実際に運用できる防止策を検討する研究だ。
② 命・健康・尊厳を守る避難所運営
2024年度から2025年度、さらに2025年度から2026年2月にかけて、静岡県の関係部局や助産師会などと連携し、避難所運営の実践的研修モジュール開発に取り組んでいる。
避難所で必要なのは、単に寝る場所や食事を提供することではない。
女性、子ども、妊産婦、高齢者、障害のある人など、それぞれの立場に応じた安全と尊厳を確保することが求められる。
③ 女性を支援対象だけでなく防災の担い手にする
災害時の女性への配慮が進んでも、意思決定に女性が参加できなければ、実際のニーズが避難所運営に反映されない可能性がある。
池田教授の研究では、地域防災に女性が主体的に参加する仕組みづくりも重要なテーマになっている。
この考え方は、女性だけを守るという発想から、誰もが安全な避難環境をつくるという防災政策への転換につながる。
【2026年最新の性暴力対策】避難所で実施すべき7つの防止策
2026年現在、災害時の性暴力対策は、避難所の設備改善だけでなく、運営組織、相談体制、地域の防災教育まで含めた総合的な取り組みとして位置づけられている。
内閣府男女共同参画局の「男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン」は、地方自治体が取り組むべき具体的な項目を整理している。
1. トイレ・更衣室・入浴施設の安全性を確保する
避難所の設計で最初に取り組むべきなのが、日常的に使用する設備の安全性だ。
具体的には、次のような対策が必要になる。
- 男女別のトイレや更衣室、入浴施設を設置する。
- トイレまでの通路に十分な照明を設ける。
- 人目につきにくい死角を減らす。
- 鍵や仕切りによってプライバシーを確保する。
- 女性用トイレや更衣室の安全確認を女性スタッフも担当する。
- 車いす利用者や性的マイノリティーにも配慮した個室設備を設ける。
内閣府は、避難者が入所してからでは施設の配置を変更しにくいため、避難所を開設する段階から女性の視点を取り入れる必要性を示している。
2. 女性を避難所運営の意思決定に参加させる
避難所の責任者や運営委員会が男性だけで構成されていると、女性が感じる不安や必要な対策が十分に反映されない可能性がある。
減災と男女共同参画研修推進センターは、避難所の管理責任者に男女双方を配置し、運営組織への女性の参画を促すことを提案している。
同センターが示す目標の一つは、運営組織における女性の割合を少なくとも3割以上とすることだ。
重要なのは、単に女性の人数を増やすことではなく、設備の配置や物資の配布、夜間の防犯対策などの意思決定に実際に参加できるようにすることだ。
3. 男女ペアによる巡回と防犯体制を整える
避難所の巡回警備は男女ペアで行うことが推奨されている。
女性用トイレや更衣室など、女性が利用する場所の安全確認には女性スタッフも参加する。
また、防犯ブザーやホイッスルの配布、夜間の照明確保、巡回ルートの見直しなどを組み合わせることが有効だ。
防犯対策は、女性や子どもにだけ注意を求めるのではなく、避難所全体で実施する必要がある。
4. 女性専用の相談窓口とプライバシーを守る仕組みをつくる
相談体制では、女性相談員や専門知識を持つ支援者の配置が重要になる。
相談場所は、周囲の人に話を聞かれないよう、プライバシーが確保された空間に設ける。
また、電話だけでなく、対面やSNSなど複数の相談手段を用意することで、通信環境や心理的な事情に応じて利用できるようにする。
被害の相談を受けた際には、本人の意思を尊重し、警察、医療機関、女性支援団体などにつなぐ仕組みも必要だ。
5. 支援者やボランティアへの教育を徹底する
被害事例には、支援者やボランティアによる加害も含まれている。
そのため、避難者だけでなく、支援に関わるすべての人に対して、性暴力防止の研修を行うことが求められる。
具体的には、次の内容が考えられる。
- 同意のない性的言動や身体接触を認めない。
- 支援物資や住居の提供を性的な要求と結びつけない。
- 相談者の秘密を守る。
- 被害者を責めない。
- 加害の疑いがある場合の報告・対応手順を明確にする。
支援する立場にある人にも行動規範を設けることが、信頼できる支援体制につながる。
6. 在宅避難者や車中泊避難者も対策の対象にする
避難所にいない人への支援も忘れてはならない。
自宅で避難生活を送る人、車中泊を続ける人、親戚宅や知人宅に身を寄せる人も、性暴力やDVのリスクに直面する可能性がある。
特に、仮設住宅や車中泊の場所では、周囲の目が届きにくいことや、相談先が分からないことが問題になる。
避難所を拠点に相談情報や支援物資を配布し、避難所外の被災者にも支援を届ける仕組みが必要だ。
7. 避難者名簿と個人情報を適切に管理する
DVやストーカーの被害者が避難している場合、避難先や居場所が加害者に知られることで、さらなる被害につながるおそれがある。
そのため、避難者名簿には個人情報の開示・非開示について本人の意思を確認する仕組みが必要だ。
避難者の氏名や居場所を誰でも閲覧できる状態にしないことも、重要な安全対策となる。
2026年に確認できる対策の進展と残された課題
内閣府男女共同参画局は、2026年7月に2025年の地方自治体の取り組み状況をまとめたフォローアップ調査を公表した。
その結果からは、制度整備が進む一方、現場の研修や人員体制には大きな課題が残っていることが分かる。
2026年7月公表・自治体の防災と男女共同参画に関する調査
10.4%
2025年に男女共同参画の視点による防災研修を1回以上実施した市区町村89.6%
同研修を実施していない市区町村47.3%
防災・危機管理部局に女性職員がいない市区町村の割合44.3%
避難所運営マニュアルに女性への暴力・セクハラ防止策を記載した市区町村の割合
出典:内閣府男女共同参画局「地方公共団体における男女共同参画の視点からの防災・復興に係る取組状況について」(2026年7月)。44.3%はマニュアルを作成・修正したと回答した1,544市区町村が対象。
特に注目したいのが、研修実施率の低さだ。
2025年中に男女共同参画の視点を取り入れた防災研修を1回以上実施した市区町村は、1,741自治体のうち181自治体にとどまった。
また、防災・危機管理部局に女性職員が一人もいない自治体は824自治体に上る。
さらに、避難所運営マニュアルに女性への暴力やセクシュアルハラスメント防止の安全対策を記載している自治体は、マニュアルを作成・修正した自治体の44.3%だった。
これらの数字は、ガイドラインが存在することと、現場で実際に対策が運用されていることには隔たりがあると示している。
2026年の自治体による新たな取り組み
2025年8月25日には、内閣府の防災・復興ガイドラインの備蓄チェックシートに、使い捨て下着などが追記された。
2025年11月7日には、授乳アセスメントシートも更新されている。
さらに、熊本県は2026年9月14日に避難所での性被害防止に関する案内を更新した。
同県の啓発資料では、同意のない性的行為として、盗撮、つきまとい、性的言動なども性暴力に含まれることを明示している。
こうした取り組みは、性暴力を強姦などの重大事件だけに限定せず、日常的な嫌がらせやプライバシー侵害まで含めて防止する方向性を示している。
2026年の課題は、こうした制度や啓発を、すべての自治体と避難所で実際に機能させることだ。
【震災レイプに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:震災レイプは東日本大震災でも実際に発生したのですか?
東日本大震災女性支援ネットワークの調査では、避難所や親戚宅、仮設住宅などでの性暴力が報告されている。82件の被害事例が集められ、その中には強姦・強姦未遂、性的嫌がらせ、子どもへの性的被害などが含まれていた。
Q2:災害時には性犯罪が通常の3倍になるというのは本当ですか?
「3倍」という数字は、1989年の米国ロマ・プリータ地震後の調査報告に由来する。日本の阪神・淡路大震災や東日本大震災で性犯罪全体が3倍になったことを示す公式統計ではない。日本の災害に一律に当てはめることはできない。
Q3:震災時の性被害はなぜ警察に届け出られないのですか?
避難先を失う不安、加害者との生活上の関係、周囲に知られる恐怖、プライバシーの不足、相談先の不明などが理由として挙げられる。被害を受けても、すぐに警察へ届け出られる環境が整っているとは限らない。
Q4:池田恵子教授は現在どのような研究をしていますか?
静岡大学で災害社会学とジェンダー研究に取り組んでいる。2025年度から2029年度までの研究課題として、静岡県における災害時の性暴力防止・対応策の実践的導入を進めている。避難所運営の研修開発や能登半島地震の調査にも関わっている。
Q5:避難所で性暴力を防ぐために最も重要なことは何ですか?
安全な施設設計と、女性を含む多様な人々が運営に参加できる体制づくりだ。照明、防犯巡回、男女別設備、プライバシー確保、専門相談窓口、支援者への研修を組み合わせる必要がある。被害者個人の注意だけに頼る対策では不十分だ。
Q6:性暴力の被害に遭った場合、どこに相談できますか?
内閣府が案内する性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの全国共通番号は、#8891(はやくワンストップ)。医療的支援、心理的支援、法律相談、警察への同行支援などにつながる。警察への相談窓口は#8103(ハートさん)でも受け付けている。被害を受けた人の年齢や性別を問わず相談できる。
まとめ:震災時の性被害を繰り返さないために必要な判断基準
震災レイプと呼ばれる災害時の性暴力は、阪神・淡路大震災から東日本大震災へと続く被害証言や調査によって、その実態の一部が明らかになってきた。
東日本大震災女性支援ネットワークの調査で報告された82件の事例は、避難所や避難先が必ずしも安全な場所ではなかったことを示している。
一方、警察庁の2011年資料に記載された認知件数の減少や、避難所での性犯罪が把握されていないという記述も重要な事実だ。犯罪統計と被害事例調査は、それぞれ異なる側面を捉えている。
また、行きずりの性犯罪3倍、過去の性暴力によるトラウマ相談25%増という数字は、1989年の米国の地震後の調査に由来する。日本国内の発生率として扱うことはできない。
2026年には、池田恵子教授らによる研究や内閣府のガイドライン、自治体の防止策が進んでいる。しかし、自治体の研修実施率や女性の防災部局への参画状況を見ると、実践にはまだ大きな差がある。
今後の防災政策を評価する際には、次の5点が判断基準になる。
1. 避難所のトイレ、入浴施設、更衣室の安全性が確保されているか。
2. 女性や多様な立場の人が避難所運営の意思決定に参加しているか。
3. 被害を秘密に相談できる窓口と専門的な支援体制があるか。
4. 在宅避難者や車中泊避難者にも防犯・相談支援が届いているか。
5. ガイドラインが実際の訓練や避難所運営に反映され、継続的に検証されているか。
防災とは、災害から命を守るだけではなく、被災後の生活においても人間の尊厳を守ることだ。
性暴力を被災者の自己防衛に委ねるのではなく、行政、警察、医療機関、地域住民、支援団体が責任を共有する。その仕組みを平時から整えることこそ、阪神・淡路大震災と東日本大震災の経験を次の災害に生かすために必要な取り組みである。