佐々木朗希の高校は大船渡!163キロの記録と甲子園を逃した決勝の真相
MLBロサンゼルス・ドジャースでプレーする佐々木朗希投手。高校時代に最速163キロを記録し、「令和の怪物」として全国的な注目を集めた彼が通っていたのは、岩手県大船渡市にある岩手県立大船渡高校です。
しかし、佐々木朗希の高校野球生活には、華々しい球速記録だけでなく、故障と隣り合わせの成長過程、甲子園出場を懸けた2019年岩手大会決勝での登板回避、そして高校野球を終えた後のU-18日本代表選出とドラフト1位指名という、大きな転換点がありました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 出身高校:岩手県立大船渡高校。2017年4月に入学し、3年間を過ごした。
- 高校最速163キロ:2019年4月6日のU-18日本代表候補合宿の紅白戦で計測。公式戦では同年7月に160キロを記録した。
- 甲子園出場:高校3年間を通じて出場経験はない。2019年7月25日の岩手大会決勝で花巻東に敗れた。
- 登板回避の理由:國保陽平監督が故障予防を最優先し、球数、登板間隔、気温などを考慮して決断した。
- 卒業後の進路:2019年ドラフトで4球団が競合し、千葉ロッテマリーンズが1位指名。2026年現在はドジャース所属。
【出身高校はどこ?】佐々木朗希が通った岩手県立大船渡高校の基本情報

佐々木朗希の出身高校は、岩手県大船渡市にある岩手県立大船渡高校です。読み方は「いわてけんりつおおふなとこうこう」。地元岩手の高校で野球に打ち込み、プロ入りへの道を切り開きました。
2001年11月3日、岩手県陸前高田市生まれの佐々木は、大船渡市立第一中学校を経て、2017年4月に大船渡高校へ進学しています。中学時代は軟式野球部に所属し、Kボールの選抜チーム「オール気仙」でも活動していました。
大船渡市の公式プロフィールにも、第一中学校から大船渡高校へ進んだ経歴が掲載されています。中学時代には県大会優勝や東北大会準優勝などを経験し、早くから将来を期待される投手でした。
なぜ大船渡高校を選んだのか
佐々木朗希は、全国的な強豪校への進学ではなく、地元岩手の大船渡高校で高校野球に取り組む道を選びました。
大船渡高校時代の佐々木は、入学当初の成長について「思い描いていたよりも順調に、思った以上に成長できた」と振り返っています。一方、本人は高校生活が決して順風満帆ではなかったことも明かしています。
高校野球専門の取材記事では、入学後も身体の成長に伴う痛みや故障への不安を抱えていたことが紹介されています。1年生の秋には腰の痛みで野球に十分取り組めない時期もありました。
大船渡高校での3年間は、単に球速を伸ばした時間ではありません。身体の成長と向き合いながら、投手としての能力を高めていった期間でもあったのです。
【高校時代の成績・経歴】大船渡高校で残した驚異的な投球記録
佐々木朗希の高校時代を語るうえで欠かせないのが、2019年夏の岩手県大会です。特に4回戦の盛岡第四戦と準決勝の一関工戦は、その実力を数字で示した代表的な試合でした。
日刊スポーツの2019年7月26日付報道によると、佐々木は最後の夏の岩手大会で4試合に登板し、29イニング、435球、被安打9、失点2、奪三振51という成績を残しています。
高校時代の全公式戦を合算した通算成績と混同してはいけませんが、最後の夏だけでも圧倒的な投球内容だったことが分かります。
2019年岩手大会の主な登板記録
| 日程・試合 | 投球内容 | 主な結果・注目点 |
|---|---|---|
| 7月16日・2回戦 | 2回19球 | 遠野緑峰戦で勝利 |
| 7月18日・3回戦 | 6回93球 | 一戸戦で勝利 |
| 7月21日・4回戦 | 12回194球 | 盛岡第四戦で21奪三振、4対2で勝利 |
| 7月22日・準々決勝 | 登板なし | 久慈戦はチームが延長11回で勝利 |
| 7月24日・準決勝 | 9回129球 | 一関工戦で完封勝利 |
| 7月25日・決勝 | 登板なし | 花巻東に2対12で敗退 |
この記録で特に目を引くのは、7月21日の盛岡第四戦です。佐々木は延長12回を投げ抜き、194球、21奪三振という驚異的な数字を残しました。
さらに、7月24日の準決勝では一関工を相手に129球で完封。チームを決勝へ導き、甲子園まであと1勝というところまで迫りました。
一方で、この登板間隔と投球数は、決勝での起用判断にも大きく関係していきます。佐々木の最後の夏は、圧倒的な実力と選手の身体を守る難しさが同時に表れた大会でした。
【高校最速163キロの真相】公式戦160キロとの違いを解説
佐々木朗希の名前を全国に知らしめた記録の一つが、高校時代に計測した163キロです。
2019年4月6日、奈良県内で行われたU-18高校日本代表候補の第1次合宿。紅白戦に登板した佐々木は、日米12球団44人のスカウトが見守るなか、自己最速となる163キロを計測しました。
日刊スポーツの当時の報道によると、この登板では161キロも2球記録。2イニングで6者連続三振を奪うなど、強烈な印象を残しました。
163キロは公式戦で記録した数字なのか
ここで押さえておきたいのが、163キロと160キロの違いです。
163キロはU-18日本代表候補合宿で行われた紅白戦での計測です。高校野球の公式大会で記録した球速ではなく、報道や野球専門メディアでは非公式の計測として区別されています。
一方、公式戦での高校生最速記録として注目されたのは、2019年7月21日の岩手大会4回戦です。
盛岡第四戦の8回、佐々木は160キロを計測しました。当時の大谷翔平が花巻東高校時代に記録した公式戦160キロに並ぶ数字でした。
スポニチはこの試合について、佐々木が延長12回194球を投げ、毎回の21奪三振を記録したと報じています。
163キロと160キロの比較
両方の記録を整理すると、次のようになります。
- 163キロ:2019年4月6日、U-18日本代表候補合宿の紅白戦で計測。
- 160キロ:2019年7月21日、岩手大会4回戦の盛岡第四戦で計測。
つまり、「佐々木朗希は高校時代に163キロを投げた」という情報は正しいものの、「公式戦で163キロを記録した」という説明は正確ではありません。
計測された状況を区別することで、佐々木が残した高校野球史に残る記録の価値も、より正確に理解できます。
【甲子園出場経験はなし】2019年岩手大会決勝・花巻東高校戦の結末
佐々木朗希は、高校3年間を通じて春夏の甲子園に出場していません。
高校最後の夏、2019年の岩手大会では決勝まで勝ち進みましたが、最後に立ちはだかったのが花巻東高校でした。
2019年7月25日、岩手県営野球場で行われた第101回全国高等学校野球選手権岩手大会の決勝戦。大船渡高校は花巻東高校と対戦しました。
大船渡が勝てば、1984年以来となる35年ぶり2度目の夏の甲子園出場でした。
佐々木は先発メンバーから外れ、試合にも出場しなかった
試合前に発表された大船渡の先発メンバーに、エース佐々木の名前はありませんでした。
それまで4番打者としても出場していた佐々木は、この決勝では投手として登板しなかっただけでなく、打者としても出場しませんでした。
大船渡は代わって柴田貴広が先発し、七回から前川が登板。しかし、花巻東の攻撃を抑えられず、試合は花巻東12対2大船渡で終了しました。
この結果、大船渡高校の甲子園出場は実現せず、佐々木の高校野球生活も幕を閉じました。
本人は甲子園への思いをどう語ったのか
決勝後、佐々木は登板できなかったことについて、自身の率直な気持ちを語っています。
「高校野球をやっている以上、試合に出たいのは普通のこと。投げたい気持ちはあった」
一方で、監督の判断を受け入れる姿勢も示しました。
「監督の判断なのでしょうがないと思います」
さらに、チームメートについては「誇らしく思います」と語り、地元の仲間と過ごした大船渡での高校生活を選んでよかったという思いも明かしました。
この発言から見えてくるのは、佐々木自身にも甲子園で投げたいという強い願いがあったことです。登板回避を本人が望んでいたと単純に解釈することはできません。
【國保陽平監督の登板回避理由】故障予防と球数・登板間隔の判断
2019年岩手大会決勝で最も議論を呼んだのが、國保陽平監督による佐々木の登板回避でした。
甲子園まであと1勝。しかもチームの絶対的エースであり、4番打者でもある佐々木を、投手としても野手としても起用しなかった判断は、当時の高校野球界で大きな議論になりました。
國保監督が説明した3つの判断材料
國保監督は試合後、登板させなかった理由を次のように説明しています。
「故障を防ぐため」
日刊スポーツの2019年7月25日付報道によると、監督は具体的な判断材料として、以下の点を挙げました。
- 球数:直前の試合までに投げた球数。
- 登板間隔:連続して試合に登板することによる身体への負担。
- 気温:決勝当日の暑さによるコンディションへの影響。
特に注目すべきなのは、決勝前日の準決勝で佐々木が129球を投げて完封していたことです。
さらに、4回戦では延長12回194球という負担の大きい投球を経験していました。準々決勝では登板を回避したものの、決勝までの連戦を考慮する必要がありました。
右肘の違和感も報道されていた
登板回避の背景には、身体の状態に関する報道もありました。
2019年7月26日付の日刊スポーツは、佐々木が準決勝前に医療班へ右肘内側の違和感を訴えていたと報道しています。
一方、國保監督は決勝後の説明で、筋肉の張り程度であり、特に痛みがあったわけではないと話していました。
両者を合わせて考えると、明確な重傷が確認されていたというより、投球による蓄積疲労や身体の不安を含めたコンディション管理が問題になっていたと考えられます。
監督は本人の希望だけで決めていたわけではない
決勝前日の7月24日に公開されたSportivaの取材記事では、國保監督が投手起用の判断基準について詳しく説明しています。
監督によれば、本人の言葉だけでなく、理学療法士、医師、トレーナーからの助言なども判断材料にしていたとのことです。
また、球場の雰囲気や相手チームの対策、チームのモチベーションなども含めて総合的に判断していました。
これは、本人が投げたいと希望したからといって、必ずしも登板させるわけではないという考え方です。
高校生は身体が成長する段階にあり、160キロを超える速球を投げる投手であれば、投球による身体への負担も無視できません。
甲子園出場というチームの目標と、将来のプロ野球選手としての可能性。その両方を考慮したうえで、國保監督は決勝での起用を見送りました。
この判断は当時、賛否両論を巻き起こしましたが、高校野球における投手の球数管理や選手の将来を優先する指導について、社会的な議論を広げるきっかけにもなりました。
【U-18日本代表から2019年ドラフトへ】高校卒業後の進路
甲子園出場を逃した佐々木朗希ですが、高校野球の舞台を離れた後も、世代を代表する投手として注目を集め続けました。
2019年8月には、韓国で開催された第29回WBSC U-18ベースボールワールドカップに日本代表として参加。高校日本代表の一員として国際大会を経験しています。
U-18ワールドカップでは1イニングに登板
佐々木は2019年9月6日の韓国戦に先発しましたが、1イニング19球を投げたところで降板しました。
侍ジャパン公式の試合記録では、1イニング、打者4人、被安打0、奪三振1、与四球1、失点0という内容が確認できます。
この大会では右手中指の血マメの影響もあり、登板機会は限られました。高校最後の夏に続き、身体のコンディションが投球機会を左右した時期でもありました。
2019年ドラフトで4球団が競合
2019年10月17日に開催されたプロ野球ドラフト会議では、佐々木朗希の将来性が高く評価されました。
佐々木には4球団が1位指名で競合。抽選の結果、千葉ロッテマリーンズが交渉権を獲得しました。
この年は星稜高校の奥川恭伸、東邦高校の石川昂弥なども注目されたドラフトでしたが、佐々木も高校球界を代表する目玉選手の一人でした。
甲子園出場経験がないにもかかわらず、4球団が競合したことは、球速だけでなく、将来的な成長への期待がいかに大きかったかを示しています。
2026年現在はドジャースでプレー
佐々木は2020年にロッテへ入団。その後、2022年には完全試合を達成し、2023年にはWBC日本代表として世界一を経験しました。
2025年にはロサンゼルス・ドジャースへ移籍し、同年3月にメジャーデビュー。2026年現在もドジャースの投手としてプレーしています。
MLB公式選手プロフィールにも、大船渡高校から千葉ロッテマリーンズを経てドジャースへ進んだ経歴が掲載されています。
高校時代に甲子園のマウンドへ立てなかった佐々木は、その後、プロ野球とメジャーリーグという舞台でキャリアを積み重ねています。
【佐々木朗希の高校に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:佐々木朗希の出身高校はどこですか?
A1:岩手県立大船渡高校です。2017年4月に入学し、2019年夏まで野球部で活動しました。
Q2:佐々木朗希は高校時代に甲子園へ出場しましたか?
A2:甲子園出場経験はありません。2019年7月25日の岩手大会決勝で花巻東高校に2対12で敗れ、甲子園出場を逃しました。
Q3:佐々木朗希の高校時代の最速は何キロですか?
A3:非公式の紅白戦で163キロを記録しています。2019年4月6日のU-18日本代表候補合宿で計測された数字です。公式戦では2019年7月21日の岩手大会4回戦で160キロを記録しました。
Q4:國保陽平監督が決勝で佐々木朗希を登板させなかった理由は何ですか?
A4:故障予防が主な理由です。直前の試合での投球数、登板間隔、当日の気温などを総合的に考慮した判断でした。準決勝前に右肘の違和感を訴えていたとの報道もあります。
Q5:佐々木朗希の出身中学はどこですか?
A5:大船渡市立第一中学校です。中学時代は軟式野球部に所属し、Kボールの選抜チームでも活動していました。
Q6:佐々木朗希は高校卒業後、どの球団に入団しましたか?
A6:2019年のドラフト会議で4球団競合の末、千葉ロッテマリーンズから1位指名を受けました。2025年からはロサンゼルス・ドジャースに所属しています。
まとめ:【プロの結論】佐々木朗希の高校時代は163キロだけでは語れない
佐々木朗希の出身高校は、岩手県立大船渡高校です。高校時代には非公式の紅白戦で163キロ、公式戦で160キロを記録し、最後の夏の岩手大会では29イニング、51奪三振という圧倒的な成績を残しました。
しかし、甲子園出場という夢は実現しませんでした。2019年7月25日の花巻東高校との決勝では、國保陽平監督が故障予防を優先して佐々木の登板を回避。チームは2対12で敗れ、高校野球生活を終えました。
この出来事を評価する際には、次の3つの視点が重要です。
- 記録の正確性:163キロは代表候補合宿の紅白戦、160キロは公式戦での記録である。
- 登板回避の背景:単純な故障の有無だけでなく、194球の登板や準決勝の129球、登板間隔、気温などが関係していた。
- 高校時代の評価:甲子園出場の有無だけでなく、投球能力、身体の成長、チームへの貢献、プロへの進路も含めて評価する必要がある。
佐々木朗希の高校時代は、甲子園出場という結果だけを見れば、悔しさの残る3年間だったかもしれません。しかし、U-18日本代表への選出、4球団競合のドラフト1位という実績は、大船渡高校で積み重ねた努力が高く評価されていたことを物語っています。
高校時代の163キロという数字だけでなく、故障と向き合い、最後の夏に登板を回避され、それでもプロの世界へ進んだ経歴まで知ることで、「令和の怪物」と呼ばれる佐々木朗希の原点が見えてきます。
2026年、ドジャースで挑戦を続ける佐々木朗希。そのキャリアを振り返るとき、大船渡高校で過ごした3年間は、今も彼の野球人生を語るうえで欠かせない出発点です。
主な事実確認資料
- 大船渡市公式「大船渡アスリート応援団公認アスリート」
- 日刊スポーツ(2019年4月6日の163キロ計測、7月の岩手大会、決勝後の監督説明)
- スポニチ(2019年7月21日の160キロ・194球)
- Sportiva(國保監督の投手起用方針)
- 侍ジャパン公式(2019年U-18日本代表プロフィール・試合記録)
- 日本野球機構・侍ジャパン公式(2019年ドラフト)
- MLB公式選手プロフィール(2026年所属・選手情報)