尾上菊之助の家系図を2026年最新整理!親子同時襲名と音羽屋・播磨屋の関係を徹底解説

目次

2026年現在、歌舞伎界の名門・音羽屋で大きな節目となったのが、2025年5月に行われた親子同時襲名です。これまで五代目尾上菊之助として活躍してきた俳優が八代目尾上菊五郎を襲名し、その長男が六代目尾上菊之助となりました。

家系をたどると、父は七代目尾上菊五郎、母は女優の富司純子、姉は女優の寺島しのぶ。妻の波野瓔子は二代目中村吉右衛門の娘であり、息子の六代目尾上菊之助には、音羽屋と播磨屋という二つの歌舞伎名門につながる家族背景があります。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

  • 現在の尾上菊之助:2025年に八代目尾上菊五郎を襲名した父に代わり、長男が六代目尾上菊之助を名乗っている。
  • 家族構成:父は七代目尾上菊五郎、母は富司純子、姉は寺島しのぶ、妻は波野瓔子、息子は六代目尾上菊之助。
  • 名門同士のつながり:妻の父は二代目中村吉右衛門。音羽屋と播磨屋が婚姻関係で結ばれている。

【2026年最新】尾上菊之助の現在の名前は?2025年の襲名で何が変わった?

尾上菊之助家系図

最初に整理したいのは、「尾上菊之助」という名前が2025年を境に誰を指すようになったのかという点です。

2025年5月以前、尾上菊之助といえば、七代目尾上菊五郎の長男である歌舞伎俳優を指していました。しかし、2025年5月の襲名によって、この人物は八代目尾上菊五郎となりました。

その後、長男の尾上丑之助が六代目尾上菊之助を襲名しています。つまり、2026年現在、現役の尾上菊之助は父親から息子へと世代交代しているのです。

八代目尾上菊五郎のプロフィール


- 本名:寺嶋和康
- 生年月日:1977年8月1日
- 父:七代目尾上菊五郎
- 母:富司純子
- 姉:寺島しのぶ
- 妻:波野瓔子
- 屋号:音羽屋
- 旧名:五代目尾上菊之助

1984年2月、歌舞伎座『絵本牛若丸』で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台を踏みました。1996年5月には『弁天娘女男白浪』などで五代目尾上菊之助を襲名しています。

立役と女方の双方を演じ、古典歌舞伎だけでなく、新作歌舞伎にも積極的に取り組んできました。『NINAGAWA十二夜』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーX』など、伝統芸能の枠を広げる作品にも出演しています。

2025年5月、團菊祭五月大歌舞伎で八代目尾上菊五郎を襲名。長年親しまれた菊之助の名前から、父が受け継いできた菊五郎の大名跡へと歩みを進めました。

六代目尾上菊之助のプロフィール


- 本名:寺嶋和史
- 生年月日:2013年11月28日
- 父:八代目尾上菊五郎
- 母:波野瓔子
- 祖父:七代目尾上菊五郎、二代目中村吉右衛門
- 旧名:七代目尾上丑之助
- 屋号:音羽屋

2016年5月、歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』で寺嶋和史の名前で初お目見得。2019年5月には『絵本牛若丸』で七代目尾上丑之助を襲名し、初舞台を踏みました。

そして2025年、父と同時に襲名。2026年現在は六代目尾上菊之助として、歌舞伎俳優としての歩みを進めています。

ここで注意したいのは、父の本名が寺嶋和康、息子の本名が寺嶋和史という点です。名前が似ているため、検索結果や古いプロフィールでは混同されることがあります。

【家系図】父・七代目尾上菊五郎から母・富司純子、姉・寺島しのぶまで

尾上菊之助家の家系図を理解するには、まず七代目尾上菊五郎と富司純子の夫婦を起点に考えると分かりやすくなります。

二人の子どもは、長女の寺島しのぶと長男の八代目尾上菊五郎です。八代目は波野瓔子と結婚し、長男の六代目尾上菊之助をもうけています。

父親は七代目尾上菊五郎

八代目尾上菊五郎の父親は、歌舞伎界を代表する名優の一人である七代目尾上菊五郎です。

1942年10月2日生まれ。本名は寺嶋秀幸。七代目尾上梅幸の長男として生まれ、1948年に五代目尾上丑之助、1965年に四代目尾上菊之助、1973年に七代目尾上菊五郎を襲名しました。

2025年に息子が八代目を襲名した後も、本人は七代目尾上菊五郎として舞台に出演しています。つまり、七代目と八代目は親子でありながら、2026年現在もそれぞれ異なる代数の名前を名乗っています。

母親は女優の富司純子


七代目尾上菊五郎の妻であり、寺島しのぶと八代目尾上菊五郎の母親。映画・テレビで長く活躍してきた女優。

富司純子は、映画界で活躍した女優です。七代目尾上菊五郎との結婚後は、歌舞伎役者の妻として家庭を支えながら、自身も俳優として活動してきました。

二人の間には、1972年生まれの長女・寺島しのぶと、1977年生まれの長男・八代目尾上菊五郎がいます。

富司純子は、六代目尾上菊之助にとって父方の祖母にあたります。また、寺島しのぶの息子である尾上眞秀にとっても祖母です。

姉は女優の寺島しのぶ


1972年生まれ。八代目尾上菊五郎の実姉。舞台・映画・テレビドラマで活躍する女優。

寺島しのぶは、七代目尾上菊五郎と富司純子の長女です。歌舞伎の家に生まれましたが、弟とは異なる道を選び、女優として独自のキャリアを築きました。

2003年公開の映画『赤目四十八瀧心中未遂』『ヴァイブレータ』などで高い評価を受け、第27回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しています。

寺島しのぶの長男が歌舞伎俳優の初代尾上眞秀です。そのため、眞秀は八代目尾上菊五郎の甥にあたります。

家系図を人物別に整理

ここまでの関係を、現在の芸名と旧名を併記して整理すると次のようになります。

人物 家族関係・現在の立場 七代目尾上菊五郎 八代目の父。六代目菊之助の父方の祖父。 富司純子 七代目の妻。八代目の母、六代目菊之助の父方の祖母。 寺島しのぶ 八代目の実姉。初代尾上眞秀の母。 八代目尾上菊五郎 七代目の長男。旧名は五代目尾上菊之助。波野瓔子の夫。 波野瓔子 八代目の妻。二代目中村吉右衛門の四女。 二代目中村吉右衛門 波野瓔子の父。六代目菊之助の母方の祖父。屋号は播磨屋。 六代目尾上菊之助 八代目の長男。本名は寺嶋和史。旧名は七代目尾上丑之助。 初代尾上眞秀 寺島しのぶの長男。八代目の甥、六代目菊之助のいとこ。

歌舞伎俳優名鑑や日本俳優協会のプロフィールを照らし合わせると、六代目菊之助は七代目尾上菊五郎と二代目中村吉右衛門という二人の著名な歌舞伎俳優を祖父に持つことが分かります。

【妻と子供】波野瓔子は二代目中村吉右衛門の娘!息子は何人?

八代目尾上菊五郎の妻は、波野瓔子(なみの・ようこ)です。彼女は歌舞伎界の名優として知られた二代目中村吉右衛門の四女で、音羽屋と播磨屋をつなぐ重要な人物です。

妻・波野瓔子との結婚

2013年2月、五代目尾上菊之助だった八代目は、二代目中村吉右衛門の四女・波野瓔子と結婚しました。

当時の報道によると、二人は同じ梨園で育った幼なじみです。結婚に際しては、七代目尾上菊五郎と中村吉右衛門も関係者として同席し、歌舞伎界の名門同士の結婚として注目されました。

波野瓔子は青山学院大学文学部を卒業し、結婚前には銀座の専門店・和光に勤務していたことも報じられています。

息子は六代目尾上菊之助

2013年11月28日、夫妻の間に第一子となる男児が誕生しました。名前は寺嶋和史(てらじま・かずふみ)です。

松竹の発表をもとにした当時の報道では、誕生時の体重は2928グラム。父親の本名である寺嶋和康から一字を取って名付けられたことも伝えられました。

その後、2016年に初お目見得、2019年に七代目尾上丑之助として初舞台を経験し、2025年に六代目尾上菊之助となりました。

2026年現在、公表されている家族情報で確認できる八代目の子どもは、この長男・六代目尾上菊之助です。

祖父は七代目尾上菊五郎と二代目中村吉右衛門

六代目尾上菊之助の家系で特に注目されるのが、父方と母方の祖父です。

父方の祖父は七代目尾上菊五郎。父方の祖母は富司純子です。一方、母方の祖父は二代目中村吉右衛門で、播磨屋の名跡を背負った歌舞伎界の大名優でした。

つまり六代目は、父方から音羽屋の芸と名跡を受け継ぐ一方、母方からは播磨屋につながる家族関係を持っています。

二代目中村吉右衛門は2021年11月28日に亡くなっていますが、六代目にとっては母方の祖父であり、歌舞伎界における大切な存在です。

【2025年親子同時襲名】八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助への継承

2025年の襲名は、尾上家の歴史を語るうえで大きな転換点です。

これまで七代目尾上菊五郎が名乗っていた菊五郎の名跡を、長男が八代目として継承。同時に、長男が名乗っていた菊之助の名前を、その息子が六代目として受け継ぎました。

親子それぞれの襲名前後

襲名の経緯を整理すると、次のようになります。

- 1984年2月:長男が六代目尾上丑之助として初舞台。
- 1996年5月:長男が五代目尾上菊之助を襲名。
- 2016年5月:孫が寺嶋和史として初お目見得。
- 2019年5月:孫が七代目尾上丑之助として初舞台。
- 2025年5月:父が八代目尾上菊五郎、息子が六代目尾上菊之助を同時襲名。
- 2025年6月:歌舞伎座で親子による襲名披露狂言が続いた。
- 2026年7月31日:全国巡業を含む八代目の襲名披露興行が大千秋楽を迎えた。

松竹の公式情報によると、2025年5月・6月の歌舞伎座では襲名披露狂言として『京鹿子娘二人道成寺』『弁天娘女男白浪』『菅原伝授手習鑑』『連獅子』などが上演されました。

特に『連獅子』では、父と息子が親子の獅子の精を演じました。親から子へと芸を受け継ぐという歌舞伎の伝統を、舞台そのものによって表現した演目として注目されました。

七代目尾上菊五郎は引退したのか?

ここで間違えやすいのが、七代目尾上菊五郎の現在の立場です。

八代目が誕生したからといって、七代目が八代目に名前を譲って引退したわけではありません。松竹の襲名発表でも、七代目は今後も七代目尾上菊五郎として舞台を勤めることが示されています。

実際、2026年10月の歌舞伎座公演案内にも七代目と八代目の名前が並んでいます。2026年11月の公演では八代目が『仮名手本忠臣蔵』に出演予定です。親子それぞれが異なる代数の名跡を持ち、同じ歌舞伎界で活動しているのです。

【音羽屋と播磨屋】尾上菊五郎家と中村吉右衛門家の関係とは?

尾上菊之助の家系図を調べる人が特に気になるのが、音羽屋と播磨屋の関係です。

この二つは歌舞伎界で知られる屋号です。今回の家族関係では、八代目尾上菊五郎と波野瓔子の結婚を通じて、音羽屋と播磨屋が親族関係で結ばれました。

音羽屋とは?

は、尾上菊五郎家を代表する屋号です。

その歴史は古く、初代尾上菊五郎は1717年に生まれました。三代目、五代目、六代目などの名優が、それぞれの時代に菊五郎の名跡と芸を発展させています。

国立劇場の文化デジタルライブラリーでは、尾上家を江戸歌舞伎の名門として紹介し、世話物を得意とする家柄であったことや、代々の得意芸を集めた『新古演劇十種』についても解説しています。

播磨屋とは?

は、二代目中村吉右衛門が名乗っていた屋号です。


- 本名:波野辰次郎
- 生年月日:1944年5月22日
- 没年月日:2021年11月28日
- 屋号:播磨屋
- 妻:藤間正子
- 娘:波野瓔子ほか

二代目中村吉右衛門は、1944年に初代松本白鸚(八代目松本幸四郎)の次男として生まれました。その後、母方の祖父である初代中村吉右衛門の養子となり、1966年に二代目中村吉右衛門を襲名しています。

この経歴は、歌舞伎の名跡が単純な父子の血縁だけで継承されるわけではないことを示しています。養子縁組によって家の名跡を継ぐケースもあるのです。

音羽屋と播磨屋はどのようにつながった?

両家を結びつけたのが、二代目中村吉右衛門の四女・波野瓔子です。

瓔子が五代目尾上菊之助と結婚したことで、音羽屋と播磨屋は婚姻関係になりました。そして二人の間に生まれた長男が六代目尾上菊之助です。

この関係を整理すると、次のようになります。

- 七代目尾上菊五郎の長男が八代目尾上菊五郎。
- 八代目の妻が二代目中村吉右衛門の娘・波野瓔子。
- 二人の長男が六代目尾上菊之助。
- 六代目は七代目尾上菊五郎と二代目中村吉右衛門の孫。

ただし、屋号と血縁は同じ意味ではありません。六代目は音羽屋の家に生まれ、母方の祖父を通じて播磨屋につながっています。二つの屋号を持つ家に生まれたという意味ではなく、婚姻を通じて二つの名門の親族関係が成立しているという理解が正確です。

【歴代の尾上菊五郎】名跡はどのように受け継がれてきた?

尾上菊之助家系図を理解するには、菊五郎という名前の歴史も知っておきたいところです。

歌舞伎における名跡とは、俳優が代々受け継いでいく芸名です。単に名前を変更するだけでなく、その名跡に結びついた芸風、演目、家の伝統、観客からの期待も引き継ぎます。

尾上菊五郎の歴代と現在の継承者

初代尾上菊五郎は江戸時代の俳優で、1717年に生まれました。その後、三代目や五代目などの名優が名跡を発展させ、近代歌舞伎を代表する名前の一つとなりました。

特に五代目尾上菊五郎は明治時代を代表する名優であり、六代目尾上菊五郎も大正から昭和にかけて活躍しました。現在の七代目、八代目へと続く名跡の重みは、こうした歴史に支えられています。

七代目と八代目の襲名の違い

七代目尾上菊五郎は、1948年に五代目尾上丑之助、1965年に四代目尾上菊之助、1973年に七代目尾上菊五郎を襲名しました。

その長男である八代目尾上菊五郎も、1984年に六代目尾上丑之助、1996年に五代目尾上菊之助を名乗り、2025年に八代目尾上菊五郎となっています。

一方、息子は2019年に七代目尾上丑之助を名乗り、2025年に六代目尾上菊之助となりました。

このように、尾上丑之助、尾上菊之助、尾上菊五郎という名前は、同じ人物が成長や芸歴に応じて受け継いでいく名跡です。数字だけを追うと混乱しがちですが、本人の本名と襲名歴を一緒に見ると関係を整理できます。

【プロの結論】歌舞伎の家系図は血縁と芸の継承を分けて読む

尾上家の家系図から読み取れる重要なポイントは、歌舞伎の継承には二つの側面があるということです。

一つは、親から子、祖父から孫へとつながる血縁関係。もう一つは、名跡や屋号、家の芸を次世代に伝える芸の継承です。

たとえば、六代目尾上菊之助は七代目尾上菊五郎の孫であり、八代目尾上菊五郎の長男です。さらに母方では二代目中村吉右衛門の孫にあたります。

しかし、名前を受け継いだことだけで、その俳優の芸が完成するわけではありません。歴代の名優が築いてきた芸を舞台で実践し、観客に認められて初めて、その名跡の価値が次の時代へつながっていきます。

2025年の親子同時襲名は、まさに血縁と芸の継承が重なった象徴的な出来事だったのです。

【よくある質問】尾上菊之助の家系図に関するFAQ

Q1:2026年現在、尾上菊之助は誰ですか?

A1:2025年5月に六代目尾上菊之助を襲名した、八代目尾上菊五郎の長男です。父親は以前、五代目尾上菊之助を名乗っていました。

Q2:八代目尾上菊五郎の父親と母親は誰ですか?

A2:父親は七代目尾上菊五郎、母親は女優の富司純子です。姉は女優の寺島しのぶです。

Q3:尾上菊之助の妻は誰ですか?

A3:妻は波野瓔子です。二代目中村吉右衛門の四女で、2013年に結婚しました。

Q4:六代目尾上菊之助の本名は何ですか?

A4:寺嶋和史です。2019年には七代目尾上丑之助を名乗って初舞台を踏み、2025年に六代目尾上菊之助を襲名しました。

Q5:寺島しのぶの息子・寺島眞秀は尾上菊之助とどのような関係ですか?

A5:寺島しのぶは八代目尾上菊五郎の実姉です。そのため、長男の初代尾上眞秀は八代目の甥にあたり、六代目尾上菊之助とはいとこ同士です。

Q6:尾上菊之助と中村吉右衛門は血縁関係がありますか?

A6:六代目尾上菊之助の母・波野瓔子の父親が二代目中村吉右衛門です。そのため、六代目にとって吉右衛門は母方の祖父にあたります。

Q7:七代目尾上菊五郎は八代目に襲名したのですか?

A7:いいえ。2025年に八代目を襲名したのは七代目の長男です。父親は2026年現在も七代目尾上菊五郎として活動しています。

まとめ:尾上菊之助の家系図から見える音羽屋の次世代と歌舞伎の未来

2026年現在の尾上菊之助家系図を整理すると、中心にいるのは八代目尾上菊五郎と、その長男である六代目尾上菊之助です。

八代目は七代目尾上菊五郎と富司純子の長男で、姉は寺島しのぶ。妻は二代目中村吉右衛門の四女・波野瓔子で、二人の長男が六代目尾上菊之助です。

また、寺島しのぶの息子である初代尾上眞秀も、同じ尾上家につながる次世代の歌舞伎俳優です。

2025年の親子同時襲名によって、父から息子へと菊之助の名跡が受け継がれ、父は八代目菊五郎、息子は六代目菊之助として新しい時代を迎えました。

音羽屋と播磨屋という二つの名門のつながりも、この家系図を特徴づける重要な要素です。単なる有名人の親族関係ではなく、長い歴史を持つ歌舞伎の名跡と芸が、婚姻や世代交代を通じて受け継がれている点に注目したいところです。

今後は八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助、そして初代尾上眞秀という世代の異なる俳優たちが、それぞれどのような芸を築いていくのか。音羽屋の新しい歴史は、まだ始まったばかりです。