尾上菊五郎は七代目と八代目のどちら?2025年襲名の理由と2026年公演を徹底解説

目次

2026年現在、「尾上菊五郎」という名前を調べると、七代目と八代目の情報が混在している。2025年5月、長年この名跡を守ってきた尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を襲名し、その長男も六代目尾上菊之助を襲名したためだ。一方、父である七代目尾上菊五郎は引退したわけではなく、七代目の名を保ったまま舞台に立ち続けている。

両者はどのような親子関係にあり、なぜ同じ時期に襲名が行われたのか。七代目と八代目の本名、年齢、経歴、家系図、歴代の菊五郎の歩みを整理する。さらに、2026年10月30日現在の活動状況と、11月に予定されている歌舞伎座公演まで詳しく紹介する。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

- 要点1: 2025年5月に尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を襲名。現在の尾上菊五郎は八代目を指す。
- 要点2: 七代目尾上菊五郎は八代目の実父であり、襲名後も七代目として舞台活動を継続している。
- 要点3: 八代目の長男は六代目尾上菊之助を襲名。2026年11月には歌舞伎座で『仮名手本忠臣蔵』に出演予定。

【2026年最新】尾上菊五郎は七代目と八代目のどちらを指す?

尾上菊五郎

最初に押さえておきたいのは、2025年の襲名によって、尾上菊五郎という名跡が八代目へ引き継がれたという事実だ。

ただし、七代目が亡くなったり、完全に引退したりしたわけではない。現在も七代目と八代目の両者が、それぞれの代数を名乗って歌舞伎界で活動している。

七代目と八代目の違い

2026年10月30日現在の基本情報は次のとおり。

項目 七代目尾上菊五郎 八代目尾上菊五郎
本名 寺嶋秀幸 寺嶋和康
生年月日 1942年10月2日 1977年8月1日
年齢 84歳 49歳
続柄 八代目の父 七代目の長男
襲名前の芸名 四代目尾上菊之助 五代目尾上菊之助
菊五郎襲名 1973年 2025年
屋号 音羽屋 音羽屋
主な特徴 江戸の粋を体現する幅広い芸 古典から新作まで挑戦する芸域

七代目のプロフィールは本人の公式サイトや日本俳優協会の記録、八代目のプロフィールは襲名関連の公式資料などで確認できる。

この比較で特に重要なのは、八代目は七代目の長男であり、親子で同じ名跡を異なる代数として名乗っている点だ。

2025年に何が変わったのか

2025年5月、歌舞伎座で行われた襲名披露により、五代目尾上菊之助が八代目尾上菊五郎となった。

同時に、これまで尾上丑之助を名乗っていた長男も六代目尾上菊之助を襲名した。

つまり、今回の襲名では次の二つの世代交代が行われた。

- 父:五代目尾上菊之助から八代目尾上菊五郎へ。
- 息子:七代目尾上丑之助から六代目尾上菊之助へ。

一方、従来の七代目尾上菊五郎は、その名を維持して舞台を続けることになった。

松竹の公式歌舞伎情報サイト「歌舞伎美人」でも、七代目は今後も七代目として舞台を勤めることが発表されている。

このため、2026年の検索では「尾上菊五郎」という名前だけで人物を判断せず、七代目・八代目の表記を確認することが大切だ。

【七代目尾上菊五郎】本名・年齢・経歴と現在の活動

七代目尾上菊五郎は、戦後から平成、令和に至るまで歌舞伎界を代表してきた名優の一人である。

長年にわたり女方と立役の双方で存在感を発揮し、音羽屋の芸を受け継いできた。

七代目の本名と年齢

七代目の本名は寺嶋秀幸(てらじま・ひでゆき)。

1942年10月2日、七代目尾上梅幸の長男として東京に生まれた。2026年10月30日現在、84歳である。

1948年4月、新橋演舞場の『助六曲輪菊』で五代目尾上丑之助を名乗り、初舞台を踏んだ。

その後、1965年4月には歌舞伎座の『対面』などで四代目尾上菊之助を襲名。若手俳優として注目を集め、翌1966年にはNHK大河ドラマ『源義経』で主演を務めた。

そして1973年10月・11月、歌舞伎座で七代目尾上菊五郎を襲名する。

この襲名から2025年まで、52年間にわたって七代目の名を背負ってきた。

女方から立役へ広げた芸域

七代目の大きな特徴は、女方と立役の双方を高い水準で演じてきたことだ。

若い頃は女方として経験を積み、1980年代に入ると立役にも比重を移していった。

代表的な役柄には、次のようなものがある。

- 『魚屋宗五郎』の宗五郎
- 『義経千本桜』の佐藤忠信
- 『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子
- 『雪暮夜入谷畦道』の片岡直次郎

世話物では江戸の町人の気質や人情を表現し、時代物では大きな人物の風格を見せる。女方として培った表現力も、立役としての演技に生かされてきた。

また、古典作品だけでなく、長く上演されていなかった演目の復活にも取り組んでいる。

2005年には蜷川幸雄演出の『NINAGAWA 十二夜』にも関わり、歌舞伎とシェイクスピア劇の融合という新たな舞台表現にも挑戦した。

七代目の受賞歴と評価

七代目は長年の舞台活動を通して、数多くの賞や公的な評価を受けている。

主な実績は以下のとおり。

- 1986年:芸術選奨文部大臣賞
- 1987年:日本芸術院賞
- 2000年:日本芸術院会員
- 2003年:重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定
- 2015年:文化功労者
- 2021年:文化勲章

特に2003年の人間国宝認定は、歌舞伎の伝統的な芸を体現する俳優としての評価を示すものだ。

2021年には文化勲章も受章しており、長年の功績は歌舞伎界の枠を超えて認められている。

七代目は現在も活動している?

2025年の襲名によって七代目は舞台から退いた、という理解は正確ではない。

襲名発表時、七代目は病気療養を続けながら、自身が得意としてきた江戸の芝居を今後も勤めたいという意向を示していた。

実際、2026年10月の歌舞伎座公演「錦秋十月大歌舞伎」では、八代目とともに『義経千本桜』川連法眼館に出演した。

これは、親子の代替わりが単純な引退と後継者への交代ではなく、異なる世代が同時に舞台を支える形で進んでいることを示している。

【八代目尾上菊五郎】本名・年齢・経歴と代表作

2025年に誕生した八代目尾上菊五郎は、七代目の長男として生まれ、幼少期から歌舞伎の舞台で経験を積んできた俳優である。

古典歌舞伎の継承に加え、新作歌舞伎や現代的な演出にも積極的に取り組んできた。

八代目の本名と年齢

八代目の本名は寺嶋和康(てらしま・かずやす)。

1977年8月1日生まれで、2026年10月30日現在49歳となる。

1984年2月、歌舞伎座の『絵本牛若丸』で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台を踏んだ。

1996年5月には『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助などで五代目尾上菊之助を襲名。

以来、約29年間にわたり五代目菊之助として活動し、2025年に八代目尾上菊五郎となった。

八代目の代表作と幅広い芸風

八代目は立役と女方の両方を演じることができ、古典作品から新作まで幅広い舞台に取り組んでいる。

代表的な活動として知られるのが、次の作品だ。

『NINAGAWA 十二夜』

2005年、蜷川幸雄演出によるシェイクスピア作品を歌舞伎として上演した。古典的な歌舞伎の技法と西洋演劇の物語を組み合わせた舞台として注目された。

『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』

2017年に歌舞伎座で初演された新作歌舞伎。インドの叙事詩を題材に、従来の歌舞伎の世界観とは異なる壮大な物語を舞台化した。

『風の谷のナウシカ』

2019年、新橋演舞場で初演された新作歌舞伎。宮崎駿の漫画を原作とする作品で、従来の歌舞伎ファン以外にも関心を広げた。

こうした実績から分かるのは、八代目が単に父の芸をそのまま受け継ぐだけの俳優ではないということだ。

音羽屋に伝わる古典の芸を基盤としながら、新しい作品や表現方法にも取り組んできた。

八代目襲名で期待される役割

八代目の襲名は、芸名の変更だけではない。

尾上菊五郎という名跡には、江戸歌舞伎の伝統や音羽屋の家芸が積み重なっている。

その名を受け継ぐことは、過去の名優たちが築いた芸を守る責任を引き受けることでもある。

襲名発表時、八代目は歴代の菊五郎に劣らない役者を目指し、古典、復活狂言、新作歌舞伎に取り組む決意を示した。

2026年には歌舞伎座や博多座での公演、全国での襲名披露公演などを重ねており、新しい名跡を観客に浸透させる段階にある。

【尾上菊五郎の家系図】七代目・八代目・六代目菊之助の親子関係

尾上菊五郎を理解するうえで欠かせないのが、音羽屋の家系と名跡の継承関係だ。

今回の襲名では、祖父・父・息子という三世代が、それぞれ異なる芸名を名乗ることになった。

現在の尾上菊五郎家の家系図

現在の中心となる親子関係は次のように整理できる。

七代目尾上菊五郎
- 本名:寺嶋秀幸
- 1942年生まれ
- 八代目尾上菊五郎の実父

↓

八代目尾上菊五郎
- 本名:寺嶋和康
- 1977年生まれ
- 七代目の長男
- 六代目尾上菊之助の実父

↓

六代目尾上菊之助
- 本名:寺嶋和史
- 2013年11月28日生まれ
- 八代目の長男
- 七代目の孫

この三人の関係を理解すれば、現在の名前の違いが分かりやすくなる。

七代目・八代目・六代目菊之助の関係一覧

人物 本名 生年月日 現在の芸名 家族関係
七代目尾上菊五郎 寺嶋秀幸 1942年10月2日 七代目尾上菊五郎 八代目の父
八代目尾上菊五郎 寺嶋和康 1977年8月1日 八代目尾上菊五郎 七代目の長男
六代目尾上菊之助 寺嶋和史 2013年11月28日 六代目尾上菊之助 八代目の長男、七代目の孫

六代目尾上菊之助は、2016年に寺嶋和史の名前で初お目見得を経験。2019年には七代目尾上丑之助を名乗って初舞台を踏んだ。

そして2025年、父の八代目尾上菊五郎襲名と同じタイミングで六代目尾上菊之助を襲名した。

2026年10月30日現在、12歳。11月28日に13歳の誕生日を迎える。

このように、今回の襲名は単に父親が息子に名前を譲っただけではなく、次の世代まで見据えた名跡の継承として位置付けられる。

「尾上菊之助」という名前にも注意

検索時に混乱しやすいのが、尾上菊之助という名前だ。

2025年5月以前は、主に八代目となった人物が五代目尾上菊之助として活動していた。

しかし、襲名後は八代目尾上菊五郎となり、長男が六代目尾上菊之助を名乗っている。

したがって、古い記事で「尾上菊之助」と記載されている場合、現在の六代目を意味するとは限らない。

記事の公開年と襲名前後の芸名を確認することが、人物を取り違えないためのポイントとなる。

【尾上菊五郎の襲名理由】なぜ2025年に親子で名前を引き継いだのか

2025年の襲名で特に注目されたのが、七代目から八代目への名跡継承の背景である。

今回の襲名には、七代目自身の身体的な事情と、菊五郎という名跡を次世代につないでいく意志が関係している。

七代目が襲名を考えたきっかけ

「歌舞伎美人」が掲載した襲名発表時の説明によると、七代目は2年前に脊椎を痛めたことをきっかけに、襲名を考えるようになった。

七代目は、長く名乗ってきた七代目尾上菊五郎のまま歌舞伎人生を終えたいという考えを明かしている。

また、菊五郎という名前について、いつも元気に働いていなければならないという思いも語っていた。

そのため、身体の状態を考えながら、次の世代に名跡を託すことを決断したのである。

七代目はなぜ引退しなかったのか

今回の襲名で見落とされがちなのが、七代目が菊五郎の名を譲った後も、舞台に立つ意向を持っていたことだ。

七代目は襲名発表時、療養を続けながら自分の得意とする江戸の芝居を勤めたいという考えを示していた。

つまり、今回の襲名は現役引退を意味するものではない。

七代目が培ってきた芸を舞台で示しながら、八代目が新しい菊五郎像を築いていくという、二人の役割を並行させる形になった。

八代目は襲名をどう受け止めたのか

八代目も、菊五郎という名跡の重さを強く意識している。

襲名発表時には、歴代の菊五郎に劣らない役者を目指すこと、古典歌舞伎だけでなく復活狂言や新作にも取り組むことを表明した。

また、父が長く舞台に立ち続けることと、自身が新しい菊五郎として芸を継承することの両方に意味があるという考えを示している。

この発言から読み取れるのは、七代目と八代目の関係が単純な世代交代ではないということだ。

父は自らの芸を磨き続け、息子は新しい時代の菊五郎として成長する。二人が舞台で共演すること自体が、名跡の継承を観客に伝える機会にもなっている。

【尾上菊五郎の歴代】初代から八代目までの名跡の歴史

尾上菊五郎という名前は、江戸時代から続く歌舞伎の大名跡である。

現在の八代目に至るまで、各代がそれぞれの時代の歌舞伎を代表する芸を築いてきた。

初代から六代目までの歩み

初代尾上菊五郎は1717年に京都で生まれ、江戸時代中期に活躍した俳優である。

女方として芸を磨いた後、立役にも転じ、江戸でも人気を集めた。

その後、三代目は鶴屋南北の作品などで活躍し、『東海道四谷怪談』のお岩を演じたことで知られる。

五代目は明治時代を代表する名優で、河竹黙阿弥の世話物を得意とした。九代目市川團十郎、初代市川左團次とともに「團菊左」と称される黄金時代を築いた。

六代目は大正・昭和期の歌舞伎を代表する存在で、初代中村吉右衛門との「菊吉時代」を築いた。時代物、世話物、舞踊のいずれにも優れ、1949年には没後に文化勲章を贈られた。

こうした歴代の芸の蓄積が、現在の音羽屋の基盤となっている。

歴代の菊五郎と芸の特徴

代数 主な活動時期・生没年 歴史的な特徴
初代 1717~1784年 京都で生まれ、女方・立役として活躍
二代目 1769~1787年 初代の子。若くして亡くなった
三代目 1784~1849年 鶴屋南北作品や世話物で名声を得た
四代目 1808~1860年 三代目の娘婿として名跡を継承
五代目 1844~1903年 河竹黙阿弥作品、「團菊左」の時代を代表
六代目 1885~1949年 初代中村吉右衛門との「菊吉時代」を築く
七代目 1942年~ 女方・立役を兼ね、平成歌舞伎を代表
八代目 1977年~ 古典と新作の双方に挑む次世代の担い手

この歴史で注目したいのは、菊五郎の名跡が必ずしも単純な実父から実子への継承だけで続いてきたわけではないことだ。

養子や娘婿などによる継承もあり、芸の伝承と名跡の継承が重視されてきた。

つまり、歌舞伎における名跡は単なる家族の名前ではなく、芸の歴史と舞台上の責任を象徴するものなのである。

【2026年最新】八代目尾上菊五郎の公演スケジュール

2026年は八代目尾上菊五郎にとって、襲名後の活動を全国の観客に広げる重要な年となっている。

歌舞伎座だけでなく、博多座や全国公立文化施設での襲名披露公演などにも出演している。

2026年の主な公演実績

公式の公演情報をもとに、2026年の主な出演公演を整理した。

時期 公演・劇場 主な内容
1月5日~27日 新国立劇場 新春歌舞伎公演『鏡山旧錦絵』
4月2日~27日 歌舞伎座 『裏表先代萩』『浮かれ心中』
5月3日~27日 歌舞伎座 團菊祭五月大歌舞伎
6月2日~22日 博多座 八代目尾上菊五郎・六代目尾上菊之助襲名披露
7月2日~5日 MoN高輪 開館記念歌舞伎舞踊公演
7月7日~31日 全国公立文化施設 八代目尾上菊五郎襲名披露公演
9月2日~26日 歌舞伎座 秀山祭九月大歌舞伎
10月2日~20日 歌舞伎座 錦秋十月大歌舞伎

特に注目されたのが、6月の博多座公演だ。

八代目と六代目尾上菊之助の親子による襲名披露が行われ、『車引』『茨木』『ぢいさんばあさん』『連獅子』などが上演された。

『連獅子』では親子で獅子の精を勤めており、音羽屋の芸の継承を舞台上で示す演目となった。

また、10月の歌舞伎座公演では七代目と八代目が『義経千本桜』川連法眼館で共演。父子が同じ舞台に立つ機会も設けられている。

2026年11月の公演予定

注目公演

2026年10月30日現在、次に注目されるのが歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」だ。

項目 公演情報
公演名 吉例顔見世大歌舞伎
日程 2026年11月1日~25日
劇場 歌舞伎座
主な演目 通し狂言『仮名手本忠臣蔵』
八代目の出演 腰元おかる・女房おかる・遊女おかる
開演時間 昼の部11時、夜の部16時30分
休演日 11月9日・17日

今回の『仮名手本忠臣蔵』は、歌舞伎三大名作の一つとして知られる作品だ。

八代目はAプロで、昼の部の「道行」に登場する腰元おかる、夜の部の「五・六段目」の女房おかる、「七段目」の遊女おかるを勤める。

同じおかるという人物でも、場面によって立場や状況が異なる。演じ分けに注目すると、八代目の女方としての表現力を楽しめる。

なお、昼の部は午前11時、夜の部は午後4時30分開演。11月14日の昼の部と22日の夜の部は貸切扱いとなっているため、観劇を予定する場合は公演日ごとの販売状況を確認したい。

2026年の公演で注目したいポイント

2026年の活動を見ると、八代目には大きく三つの注目点がある。

第一は、古典歌舞伎の大役を重ねていること。『仮名手本忠臣蔵』のような歴史ある作品に出演することは、菊五郎の名跡を担ううえで重要な意味を持つ。

第二は、新しい劇場や地方公演への展開だ。博多座での襲名披露や全国巡業によって、東京以外の観客にも新しい菊五郎の芸を届けている。

第三は、親子共演による次世代への継承である。六代目菊之助との共演は、今後の音羽屋を考えるうえでも注目される。

公演日程や配役は変更される場合があるため、観劇前には松竹の公式公演情報で最新情報を確認する必要がある。

【プロの結論】尾上菊五郎を理解するなら名跡と芸の継承に注目

尾上菊五郎をめぐる2025年の襲名は、歌舞伎界における世代交代の象徴的な出来事だった。

しかし、今回の特徴は、前の世代が完全に舞台を退いてから次の世代へ交代するという形ではなかった点にある。

七代目は七代目として活動を続け、八代目は新たな菊五郎として芸を築き、さらに六代目菊之助が次の世代を担う。

この三世代の関係を理解すると、2025年以降の歌舞伎公演の見方も変わってくる。

尾上菊五郎の情報を見分ける三つの判断基準

1. 芸名だけでなく代数を見る

「尾上菊五郎」という表記だけでは七代目と八代目を区別できない。襲名前の記事では五代目菊之助が八代目に当たることも覚えておきたい。

2. 襲名と引退を混同しない

七代目は名跡を譲った後も七代目として舞台を勤めている。襲名は必ずしも引退を意味しない。

3. 公演情報は年月と配役をセットで確認する

同じ人物でも、襲名前と襲名後では芸名が異なる。過去の出演歴を調べる場合は、公演年と当時の芸名を照合することが重要だ。

菊五郎という名前の本当の価値は、代数そのものではなく、歴代の俳優が舞台で築いてきた芸にある。

2026年は七代目と八代目が同じ舞台に立ち、八代目と六代目菊之助が親子で襲名披露を重ねている。名跡の歴史が現在進行形で受け継がれている点こそ、今の尾上菊五郎家を見る最大の魅力といえる。

【尾上菊五郎に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:現在の尾上菊五郎は七代目ですか、八代目ですか?

A1:2025年5月に五代目尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を襲名したため、現在の尾上菊五郎は八代目です。ただし、七代目も引退しておらず、七代目として活動を続けています。

Q2:七代目尾上菊五郎の本名と年齢は?

A2:本名は寺嶋秀幸です。1942年10月2日生まれで、2026年10月30日現在84歳です。1973年に七代目尾上菊五郎を襲名しました。

Q3:八代目尾上菊五郎の本名と年齢は?

A3:本名は寺嶋和康です。1977年8月1日生まれで、2026年10月30日現在49歳です。1996年に五代目尾上菊之助を襲名し、2025年に八代目尾上菊五郎となりました。

Q4:七代目と八代目は親子ですか?

A4:はい。七代目尾上菊五郎が父親で、八代目尾上菊五郎が長男です。八代目の長男が六代目尾上菊之助であり、七代目から見れば孫に当たります。

Q5:七代目はなぜ八代目に襲名させたのですか?

A5:七代目が2年前に脊椎を痛めたことが、襲名を考えるきっかけになりました。長く名乗った七代目の名前を守りながら、次世代に菊五郎の名跡をつなぐ決断をしたものです。

Q6:八代目尾上菊五郎の2026年11月の公演は?

A6:2026年11月1日から25日まで、歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」に出演予定です。通し狂言『仮名手本忠臣蔵』で、昼の部の腰元おかる、夜の部の女房おかる・遊女おかるを勤めます。

Q7:六代目尾上菊之助は誰ですか?

A7:八代目尾上菊五郎の長男です。本名は寺嶋和史、2013年11月28日生まれ。2019年に七代目尾上丑之助として初舞台を踏み、2025年に六代目尾上菊之助を襲名しました。

Q8:尾上菊五郎の屋号は何ですか?

A8:屋号は音羽屋です。音羽屋は江戸歌舞伎の名門として知られ、尾上菊五郎の名跡や代々の芸を受け継いできました。

まとめ:七代目から八代目へ、音羽屋の伝統は次の世代へ

2025年の襲名によって、尾上菊五郎の名跡は八代目へと引き継がれた。七代目は引退せず、八代目とともに歌舞伎の舞台を支えている。

また、八代目の長男が六代目尾上菊之助を襲名したことで、音羽屋では三世代にわたる芸の継承が進んでいる。

2026年は博多座での親子共演、歌舞伎座での七代目・八代目の共演、11月の『仮名手本忠臣蔵』など、名跡の継承を実際の舞台で感じられる機会が続く。

尾上菊五郎という名前を調べる際は、七代目と八代目の区別だけでなく、それぞれがどのような芸を築いてきたのかにも目を向けたい。歴代の菊五郎が守ってきた伝統と、新しい世代が切り開く歌舞伎の可能性。その両方を知ることが、現在の音羽屋をより深く楽しむ手がかりになる。

主な事実確認資料
- 松竹「歌舞伎美人」襲名発表・七代目の襲名理由。
- 七代目尾上菊五郎公式プロフィール・受賞歴。
- 八代目・六代目菊之助のプロフィール資料。
- 2026年11月歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」公演情報。
- 国立劇場文化デジタルライブラリー「尾上家」。