【2015年引退から2018年独立へ】西岩部屋を創設した理由
若の里が現役引退を表明したのは、2015年9月3日。引退場所は同年9月の秋場所で、日本相撲協会の理事会で引退と年寄「西岩」の襲名が承認された。
引退の背景には、体の限界があった。2015年7月の名古屋場所では西十両11枚目で4勝11敗。幕下への陥落が決定的となり、23年以上続けた力士生活に区切りをつけることになった。
ただし、引退を決断してから発表までには時間があった。故郷・青森県で行われる夏巡業に参加したいという思いがあり、地元への最後の恩返しを果たしてから正式に引退を発表した。
引退会見では、長年続けた力士生活への思いを次のように語っている。
「本音を言えば、まだまだやりたかったですが、もう体がついてきませんでした」
この発言には、現役を続けたい気持ちと、体が限界を迎えた現実との葛藤が表れている。
引退後の夢だった相撲部屋の創設

引退後、西岩親方は田子ノ浦部屋で後進の指導に携わった。そして2017年11月、日本相撲協会の理事会で独立が承認され、2018年2月1日に西岩部屋が正式にスタートした。
場所は東京都台東区寿。浅草エリアに新設された相撲部屋で、当初は田子ノ浦部屋から移籍した内弟子の若佐竹、若野口らとともに新しい部屋の歴史を始めた。
2018年の独立時、西岩親方は部屋を持つことについて「部屋を持つことは引退後の夢でした」と語っている。現役時代の目標が自分自身の強さを追求することだったのに対し、親方になってからは弟子を育てることが新たな目標になった。
独立時の西岩部屋は、日本相撲協会が認めた46番目の相撲部屋だった。引退から約2年半で、自らの指導理念を実践する場所を持つに至ったのである。
【西岩部屋の力士育成】若の里杯と2026年の指導者としての活動
西岩部屋の指導方針を理解するうえで参考になるのが、公式サイトに掲載された親方挨拶だ。西岩親方は、自身が鳴戸部屋で経験した厳しい稽古や共同生活を、弟子たちにも伝えていきたいという考えを示している。
指導の対象は、相撲の技術だけではない。公式サイトでは、力士としての強さと同時に、人間的にも立派に成長できるよう育成・指導していく姿勢が示されている。
2026年も続く稽古見学と部屋の運営
西岩部屋の公式ブログでは、2026年も稽古見学に関する案内が掲載されている。
- 2026年2月:大阪宿舎での稽古見学を案内。
- 2026年4月:4月・5月の稽古見学日程を案内。
- 2026年6月:名古屋宿舎での稽古見学を案内。
- 2026年8月:9月の公開稽古について、一般見学者を含む事前予約制の案内を掲載。
こうした活動からは、部屋の運営が本場所での勝敗だけで成り立っているわけではないことが分かる。稽古環境を整え、弟子を育て、地域や相撲ファンとの接点を維持することも師匠の重要な仕事だ。
若の里杯相撲大会で青森の相撲文化を支援
西岩親方の活動は、東京の西岩部屋だけにとどまらない。故郷の青森県で相撲人口を増やす取り組みにも力を入れている。
その代表例が「若の里杯相撲大会」だ。2025年6月12日付の日刊スポーツの報道によると、西岩親方は青森県の相撲振興に貢献した功績などが評価され、永楽相撲功労賞を受賞した。
若の里杯には、経験者だけでなく相撲未経験者が参加できる部門も設けられている。2024年11月に開催された第2回大会には約300人が参加したと報じられた。
西岩親方が重視しているのは、すでに競技に取り組んでいる子どもだけでなく、相撲を始めるきっかけを持たない人にも門戸を開くことだ。相撲人口の減少という地域課題に対し、競技の入口を広げる方法で取り組んでいる。
現役時代に青森県弘前市から関脇まで上り詰めた経験を、今度は地域の子どもたちや次世代の力士に還元する。若の里杯は、西岩親方の引退後の活動を象徴する取り組みの一つだ。
NHK相撲解説でも生きる現役23年間の経験
2026年の西岩親方は、部屋の指導に加えてNHKの大相撲中継でも解説を担当している。
2026年7月14日の名古屋場所では、横綱・大の里が白星を挙げた取組について、左を使った攻めや相撲の流れを解説。9月18日の秋場所ではNHKラジオ、9月23日にはテレビ中継でも解説を務めた。
こうした解説では、単に勝った力士を評価するだけでなく、立ち合いの動き、得意の形に持ち込むまでの過程、相手の攻めへの対応などが重要になる。左四つと寄りを武器に幕内で87場所戦った若の里の経験は、こうした技術的な解説に説得力を与える。
西岩親方の現在は、現役時代の延長線上にある。自分が土俵で培った技術を弟子に伝え、相撲中継を通じてファンにも伝える。指導者と解説者という二つの役割が、2026年の活動を形づくっている。
【プロの結論】若の里の経歴から分かる本当の評価と3つのポイント
若の里の相撲人生を評価するとき、914勝という数字だけに注目するのは十分ではない。注目すべきなのは、長い現役生活の中で積み上げた実績と、引退後にその経験をどう生かしているかという点だ。
特に押さえておきたいのは、次の3点である。
1.関脇17場所という実績が示す幕内上位での安定感
最高位は関脇。大関昇進や幕内優勝こそなかったものの、幕内在位87場所、三賞10回、金星2個という実績は、上位力士と長く渡り合った証拠だ。914勝は下位から幕内までの全階級を含む通算成績であり、幕内だけでも613勝を挙げている。
2.隆の里から学んだ指導理念を次世代に継承している
若の里は元横綱・隆の里に見いだされ、鳴戸部屋で力士としての基礎を築いた。現在は自らが師匠となり、当時の経験を弟子の育成に生かしている。単に昔の稽古を再現するのではなく、自分の考えも加えて次世代に伝える姿勢が特徴だ。
3.地域振興と相撲解説にも活動の幅を広げている
西岩部屋の運営だけでなく、若の里杯を通じた青森県の相撲振興、NHK中継での解説などにも取り組んでいる。力士を育てることと、相撲を応援する人を増やすことの両方を意識した活動だ。
若の里の引退は、土俵人生の終わりではあったが、相撲界との関係が途切れたわけではない。むしろ2018年の独立によって、自分の経験を次世代に伝えるための新しい舞台を手に入れた。
【若の里の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:若の里は2026年現在、何をしている?
A1:元関脇・若の里は、年寄「西岩」として西岩部屋の師匠を務めている。力士の育成、部屋の運営、地域の相撲振興に加え、NHKの大相撲中継で解説も担当している。
Q2:若の里の生涯戦績と最高位は?
A2:日本相撲協会の公式プロフィールによると、914勝783敗124休。最高位は関脇で、幕内在位87場所、三役在位26場所を記録した。三賞は合計10回、金星は2個。
Q3:若の里はいつ引退し、西岩部屋をいつ創設した?
A3:2015年9月に現役を引退し、年寄・西岩を襲名した。その後、田子ノ浦部屋で後進の指導に当たり、2018年2月1日に独立して東京都台東区に西岩部屋を創設した。
まとめ:若の里は西岩親方として次世代の力士を育てている
若の里忍は、青森県弘前市出身の元関脇であり、914勝783敗124休という生涯戦績を残した実力者だ。1992年の初土俵から23年以上にわたって活躍し、2015年9月に現役を引退した。
引退後は西岩親方として後進の指導に転身。2018年2月には念願だった西岩部屋を創設し、2026年現在も師匠として力士の育成に取り組んでいる。
また、NHKの相撲解説や青森県での若の里杯相撲大会など、活動は部屋の中だけにとどまらない。現役時代に培った経験を、弟子の成長や相撲文化の普及に役立てている。
若の里を知るうえで大切なのは、914勝という記録だけでなく、引退後も相撲界に貢献し続けている点だ。土俵で戦った元関脇から、次世代を育てる西岩親方へ。その歩みは、力士としての実績と指導者としての新たな挑戦がつながったキャリアとして評価できる。
2026年の若の里は、現役時代の名声を背負うだけの親方ではない。自らの部屋を持ち、弟子を育て、相撲の未来を支える指導者として歩み続けている。