【歌手から料理愛好家へ】平野レミが料理の道に進んだ本当の理由

目次

1972年に和田誠さんと結婚したレミさんは、次第に家庭での料理に夢中になっていきます。

ここで重要なのは、料理への転身が、歌手としての才能がなくなったからではないという点です。

本人のインタビューをたどると、料理にも歌と同じように、人を喜ばせる楽しさを感じていたことが分かります。

和田誠の友人・八木正生が料理愛好家誕生のきっかけに

平野レミ若い頃

結婚後、和田さんの自宅には俳優や音楽家、文化人など多くの友人が訪れていました。

レミさんは来客をもてなすため、家庭料理を作って振る舞っていたそうです。

その料理を気に入った人物が、ジャズピアニストの八木正生さんでした。

八木さんは食通として知られ、レミさんの料理を高く評価。料理雑誌『四季の味』で執筆していたリレー形式のエッセイの次の書き手に、レミさんを推薦しました。

当初、本人は料理について文章を書くことに乗り気ではなかったそうです。

しかし、八木さんに勧められて初めて料理エッセイを執筆。掲載後、簡単でおいしい家庭料理を紹介してほしいというテレビや雑誌からの依頼が増えていきました。

これが料理愛好家としての活動の出発点です。

なぜ「料理研究家」ではなく「料理愛好家」なのか

平野レミさんの肩書きが、一般的な料理研究家ではなく「料理愛好家」なのにも理由があります。

当初、メディアから料理研究家という肩書きを提案された際、和田誠さんが、レミさんは研究家というより料理を愛する人なのだから「料理愛好家」が合っていると助言したそうです。

レミさん自身も、この肩書きが気に入り、現在まで使い続けています。

また、料理に対する基本姿勢を「シェフ料理」ではなく「シュフ料理」と表現していることも特徴です。

専門的な調理技術を競うより、家庭にある食材を使い、手間をかけすぎず、おいしい料理を作ることを大切にしています。

歌手と料理愛好家に共通していたもの

興味深いのは、レミさん自身が歌と料理の共通点を感じていることです。

歌を披露して拍手をもらう喜びと、料理を食べた人から「おいしい」と言ってもらう喜びは、本人にとって似たものだったそうです。

つまり、平野レミさんはシャンソンを嫌いになって料理へ転身したわけではありません。

人を楽しませるという根本的な喜びを、歌から料理へと表現する場所を変えたのです。

この視点で見ると、現在の料理番組での明るい振る舞いも、若い頃の歌手活動と地続きになっていることが理解できます。

【2025年に歌手復帰】平野レミとクミコが再びシャンソンの舞台へ

長年、料理愛好家として活躍してきた平野レミさんに、2025年、新たな転機が訪れました。

それが、約35年ぶりとなるシャンソン歌手としてのステージ復帰です。

この出来事は、オリコンが2025年10月24日に掲載した平野レミさんと歌手・クミコさんの対談でも詳しく紹介されています。

復帰のきっかけは2025年2月のシャンソン鑑賞

2025年2月、レミさんは代々木上原のけやきホールで、シャンソン歌手の仲マサコさんが歌う「いつ帰って来るの」を聴きました。

その歌に心を動かされ、改めてシャンソンの美しいメロディーを感じたといいます。

その後、銀座のシャンソンライブハウス「蛙たち」に出演する機会があり、次の2曲を歌いました。

- 「バラ色の人生」
- 「シャンソン・ド・レミ」

しかし、久しぶりに歌った自分の声を録音で聴くと、思うように歌えていなかったそうです。

本人は一度、もう歌うのは難しいと感じたと振り返っています。

クミコからの誘いが本格復帰につながった

そこで背中を押したのが、長年の知人であるクミコさんでした。

2人は1982年から親交があり、銀巴里でも一緒にステージに立った経験があります。

クミコさんから誘われたのは、2025年12月3日に有楽町よみうりホールで開催される「ニッポン・シャンソン・フェスティバル2025」でした。

レミさんは出演を決断し、改めてボイストレーニングを始めます。

オリコンのインタビューでは、クミコさんに背中を押され、新しい扉が開いたという趣旨の思いを語っています。

この公演には平野レミさん、クミコさん、松田美由紀さん、中澤卓也さんらが出演しました。

2025年の復帰が持つ意味

この復帰を単なる懐かしの歌手活動として捉えるのは、少しもったいないことです。

若い頃のレミさんは、歌手として活動しながらも、自分の望むシャンソンとレコード会社が求める流行歌との間にギャップを感じていました。

その後、料理という新しい表現の場所を見つけ、長年にわたって活躍してきました。

そして2025年、人生の中で長く離れていた音楽にもう一度向き合ったのです。

歌手としての成功を取り戻すというよりも、好きだったものを再び楽しむ機会を得たことに、この復帰の大きな意味があります。

【2026年最新】現在の平野レミは何をしている?歌手活動は続いている?

2026年10月現在、平野レミさんは料理愛好家・タレントとしての活動を続けています。

2025年のシャンソン復帰を経ても、料理の仕事が活動の大きな柱であることに変わりはありません。

2026年9月にはNHKの料理番組に出演

2026年9月21日には、NHKの「平野レミの早わざレシピ!2026秋」に生出演しました。

番組では、秋の食材を使った簡単で楽しい料理を次々と披露。

共演者との軽妙なやり取りもあり、長年親しまれてきたレミさんらしい姿が見られました。

NHKオンデマンドでも同番組の配信情報が掲載されています。

2026年もインタビューやイベントで活躍

2026年の活動としては、次のような話題もあります。

- 1月30日:名古屋で開催された雑誌『ハルメク』のイベントに登壇。
- 3月25日:NHK Eテレ「最後の講義」に出演し、和田誠さんとの出会いや結婚について振り返る。
- 3月26日:スポニチが番組で語った和田さんとの結婚秘話を報道。
- 7月:NTTファシリティーズのインタビューで、料理や音楽、和田さんとの思い出について語る。
- 9月21日:NHK「平野レミの早わざレシピ!2026秋」に出演。

2026年には自伝『平野レミ大百花』に関連するインタビューや紹介記事も掲載され、若い頃の歌手活動を含む人生の歩みが改めて注目されています。

現在もシャンソン歌手として活動している?

ここは少し区別が必要です。

2025年のフェスティバル出演によって、歌手として再び公のステージに立ったことは確認できます。

一方で、2026年10月時点で、定期的な歌手活動や継続的なシャンソン公演のスケジュールが公表されているとは確認できません。

したがって、現在の肩書きは料理愛好家・シャンソン歌手と紹介されることがあるものの、活動の中心は料理やテレビ出演です。

歌を完全に手放したわけではなく、長年大切にしてきた音楽とのつながりを保っている点が、2025年の復帰から見える変化です。


【平野レミの若い頃】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:平野レミは若い頃、本当にシャンソン歌手だったのですか?

A1:はい。文化学院時代からシャンソンを学び、日航ミュージックサロンや銀巴里で歌手活動をしていました。1970年には日本コロムビアからレコードデビューも果たしています。

Q2:平野レミの若い頃の写真や画像は見られますか?

A2:はい。オーディオテクニカの本人インタビュー記事などに、シャンソン歌手時代の写真、初リサイタルの写真、父・平野威馬雄さんと写った若い頃の写真が掲載されています。

Q3:平野レミと和田誠はどこで出会ったのですか?

A3:TBSの仕事を通じて接点ができました。和田誠さんが久米宏さんのラジオ番組を聴いてレミさんに興味を持ち、TBSのディレクターを介して1972年に初めて食事をしました。同年12月30日に結婚しています。

Q4:平野レミが料理愛好家になった理由は何ですか?

A4:和田誠さんの友人たちに家庭料理を振る舞っていたことが始まりです。ジャズピアニストの八木正生さんに料理を評価され、料理雑誌『四季の味』のエッセイを執筆したことから、テレビや雑誌の仕事が増えました。

Q5:平野レミは2025年に歌手復帰したのですか?

A5:はい。クミコさんからの誘いを受け、2025年12月3日の「ニッポン・シャンソン・フェスティバル2025」に出演しました。約35年ぶりのシャンソンのステージ復帰として紹介されています。

Q6:2026年現在、平野レミは何歳で何をしていますか?

A6:2026年時点で79歳です。料理愛好家としてテレビ、雑誌、インタビュー、イベントなどで活動しています。2026年9月にはNHKの料理番組にも出演しました。


まとめ:平野レミの若い頃を知ると、現在の魅力がもっと分かる

平野レミさんの若い頃を振り返ると、現在の料理愛好家としての姿とは違う、もう一つの人生が見えてきます。

文化学院で学び、父・平野威馬雄さんの影響を受けてシャンソンに親しみ、日航ミュージックサロンや銀巴里の舞台で歌っていた時代。

1970年にはレコードデビューし、歌手として本格的に活動していました。

その後、1972年に和田誠さんと結婚。家庭料理をきっかけに料理の仕事が広がり、独自の「料理愛好家」という肩書きで活躍するようになりました。

そして2025年、クミコさんとの縁によってシャンソンの舞台に復帰。2026年も料理番組やインタビューで元気な姿を見せています。

【プロの結論】平野レミの魅力は、肩書きではなく表現する力にある

平野レミさんの経歴から読み取れる大切なポイントは、人生の途中で仕事や表現の形が変わっても、好きなことを楽しむ姿勢は変わらなかったということです。

歌手時代には歌で観客を楽しませ、料理愛好家になってからは家庭料理で人々を笑顔にしてきました。

料理とシャンソンは一見まったく違う分野ですが、レミさんにとっては、どちらも人と喜びを共有するための表現だったのでしょう。

若い頃の写真に写るシャンソン歌手としての姿と、2026年現在の料理愛好家としての姿。その両方を知ることで、平野レミさんという人物の魅力はさらに深く理解できます。

平野レミさんは、料理愛好家になる前に歌手だった人ではなく、今も歌と料理の両方を愛し続けている人なのです。