【この国の空の結末】戦争が終わっても里子の苦しみは終わらない
戦争の終結が二人の関係を変える

物語の終盤で大きな転換点となるのが、戦争の終結だ。
里子と市毛は、戦争が続くという切迫した状況のなかで関係を深めていく。二人の間には、いつ死ぬかわからないという恐怖と、今この瞬間を生きたいという欲望があった。
しかし、戦争が突然終わると、その関係を支えていた状況そのものが変わってしまう。
市毛は生き延びたことを喜ぶ。一方、里子は戦争が終わったからといって、素直に喜ぶことができない。
なぜなら、市毛の妻と子どもが戻ってくるからだ。
里子にとって、市毛との関係は戦争が終われば自然に続いていくものではなかった。平時に戻れば、彼には家族との生活が待っている。自分は彼の人生のどこに位置づけられるのかという問題が、避けられなくなる。
里子にとっての「戦後」は新しい苦しみの始まり
この結末について、荒井晴彦監督自身が映画化に際して語った考え方が興味深い。
2014年の映画化発表時、監督は原作の結末について、戦争が終わって喜ぶ市毛を見ながら、妻と子どもが帰ってくることを考える里子の姿を説明している。
さらに、里子にとっては「戦後」が「戦争」になるという趣旨の解釈を示した。
ここに本作のタイトルが持つ意味も重なる。
戦争が終われば、すべての人が同じように解放されるわけではない。戦争によって生まれた関係や感情は、終戦という政治的な出来事だけでは消えないからだ。
市毛には日常を取り戻す可能性がある。しかし、里子には自分が経験した恋愛と、その後に待つ現実が残される。
結末はハッピーエンドなのか?
答えは、一般的な恋愛映画の意味ではハッピーエンドではない。
二人が結ばれて幸せになる物語ではなく、戦争という特殊な時間のなかで生まれた恋愛が、平和になった瞬間に別の現実に直面する物語だからだ。
ただし、里子を単なる失恋した女性として見るのも適切ではない。
彼女は戦争に翻弄されながらも、自分の感情を経験し、自分自身の人生を意識するようになる。
この意味で結末は、恋愛の成就ではなく、一人の女性が自分の生を引き受け始める場面として読むことができる。
【この国の空の評判・感想】二階堂ふみの演技と作品の評価を検証
映画レビューでは評価が分かれる
本作に対する評価は一枚岩ではない。
2026年10月18日時点で確認できるFilmarksの掲載情報では、作品スコアは3.2点、レビュー数は約2,962件となっている。映画.comでも作品レビューが掲載されており、評価は3.3点(58件)だった時期のデータが確認できる。いずれも投稿型サービスの評価であり、鑑賞者全体の意見を代表するものではない。
主な評価の傾向を整理すると、次のようになる。
| 評価の観点 | 肯定的な感想 | 批判的な感想 |
|---|---|---|
| 二階堂ふみの演技 | 里子の変化や心理描写が印象的 | 感情表現が強く感じられる場合もある |
| 長谷川博己の演技 | 大人の男性の複雑さを表現 | 市毛の人物像に共感しにくいという見方 |
| 映像・美術 | 戦時下の住宅や生活の雰囲気 | 映像の質感に物足りなさを感じる人もいる |
| ストーリー | 女性の成長と生への執着が印象深い | 恋愛の展開が中心で退屈と感じる人もいる |
| 戦争描写 | 日常から戦争の影響を感じられる | 戦争の悲惨さをもっと直接描いてほしいという意見 |
評価されているのは二階堂ふみの身体表現
Filmarksなどの感想を読むと、二階堂ふみの演技を評価する声が見られる。
特に注目されるのは、里子が少女から大人の女性へと変化していく過程だ。
里子は最初から恋愛に積極的な人物ではない。家族との生活を送り、戦況を気にしながら、将来に対して漠然とした不安を抱えている。
その女性が、市毛と接するうちに少しずつ変わっていく。
この変化を台詞だけで説明するのではなく、表情や仕草、身体の動きで表現している点が、二階堂の演技の見どころだ。
批判されるのは戦争映画としての期待とのギャップ
一方で、戦争映画を期待して鑑賞した人にとっては、物足りなさが残る可能性がある。
本作は空襲や物資不足を背景にしているものの、戦場での戦闘や戦争の政治的な構造を中心に描く作品ではない。
むしろ、物語の中心は里子と市毛の恋愛だ。
そのため、戦争の悲惨さを正面から描いた作品を期待すると、恋愛描写に比重が置かれていることに違和感を覚える場合がある。
ただし、これは作品の狙いとも関係している。荒井監督は、戦争そのものではなく、死が身近にある状況で恋愛する人間を描くことに関心を持っていた。
『この国の空』がおすすめできる人・できない人
おすすめできる人
- 戦時下の一般家庭の暮らしに興味がある人
- 二階堂ふみや長谷川博己の繊細な演技を見たい人
- 恋愛と倫理、欲望と社会的責任の関係を考えたい人
- 高井有一の原作小説を読んで映像表現との違いを楽しみたい人
- 派手な展開より人物の心理を丁寧に追う映画が好きな人
おすすめしにくい人
- 戦闘シーンや軍事史を中心にした戦争映画を期待する人
- 明確な善悪や恋愛の成就を求める人
- ゆっくりした心理描写より、テンポの速い展開を好む人
- 不倫や年齢差のある恋愛を扱う物語に抵抗がある人
【プロの結論】『この国の空』が2026年にも問いかける愛と生の意味
『この国の空』を単なる戦時下の不倫映画として分類すると、作品の本質を見落としてしまう。
この映画の重要なテーマは、戦争が個人の人生に何をもたらすのかという問いだ。
戦争は命を奪うだけではない。人が誰かを愛する時間、結婚する機会、将来を選択する自由、人生を自分の意思で設計する可能性まで奪っていく。
里子は19歳という、本来ならこれから人生の選択肢が広がっていく年齢にいる。しかし、戦争によって未来が見えない。
だからこそ、市毛との恋愛は彼女にとって特別な意味を持つ。
一方で、市毛の側には家族がいる。彼が生き延びたことを喜ぶ気持ちと、里子との関係をどうするかという問題は、同じものではない。
この対照的な立場が、映画の結末に複雑な余韻を残している。
作品を読み解く3つの視点
1. 戦争と恋愛は切り離せない。 死の恐怖があるからこそ、里子の恋愛感情は強くなる。
2. 平和は全員に同じ形で訪れない。 市毛にとっての終戦と、里子にとっての終戦は意味が異なる。
3. 女性の人生を社会や時代の側から考える。 里子の欲望や選択は、個人の問題であると同時に、戦争によって制限された女性の生き方を映している。
荒井監督が長い年月をかけて映画化した理由も、こうした戦争と戦後の連続性にある。
終戦を迎えた瞬間にすべてが解決するわけではない。戦争によって生まれた傷や人間関係は、その後の人生にも残り続ける。
『この国の空』は、戦争の終わりと人間の苦しみの終わりは必ずしも一致しないという事実を、19歳の女性の視点から描いた作品なのである。
【この国の空】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:映画『この国の空』の公開日はいつですか?
A1:2015年8月8日です。終戦70周年にあたる2015年に公開された日本映画で、上映時間は130分です。
Q2:『この国の空』の原作小説は誰が書いたのですか?
A2:高井有一です。1983年に出版され、1984年に谷崎潤一郎賞を受賞しました。新潮社から新潮文庫版も刊行されています。
Q3:映画『この国の空』の結末はどうなりますか?
A3:戦争が終わり、市毛は生き延びたことを喜びます。しかし、妻子が戻ってくるため、里子にとっては二人の関係と自分の将来を考えなければならない新たな現実が始まります。恋愛の成就を描く単純なハッピーエンドではありません。
Q4:二階堂ふみと長谷川博己は何の役を演じていますか?
A4:二階堂ふみが19歳の主人公・里子、長谷川博己が妻子を疎開させた38歳の銀行員・市毛を演じています。
Q5:『この国の空』はどのような人におすすめですか?
A5:戦争と日常生活の関係、人間の欲望や孤独、女性の成長を描いた文学的な映画が好きな人におすすめです。戦闘や軍事的な展開を中心とした戦争映画とは異なる作品です。
まとめ:『この国の空』は戦争が終わった後の人生まで描く映画
映画『この国の空』は、2015年8月8日に公開された、荒井晴彦監督による戦時下の恋愛ドラマだ。
高井有一の谷崎潤一郎賞受賞小説を原作に、二階堂ふみが19歳の里子を、長谷川博己が隣人の市毛を演じている。
作品の見どころは、次の4点に集約できる。
- 1945年の東京・杉並で暮らす人々の日常を描いている。
- 戦争によって未来を奪われることへの恐怖が、里子の恋愛感情を強くしていく。
- 原作小説の文学的な心理描写を、荒井晴彦監督が映像と俳優の身体表現に置き換えている。
- 終戦を迎えても、里子にとっての問題は解決しないという余韻のある結末を持つ。
2026年に本作を鑑賞する意味は、戦争の歴史を知ることだけではない。
戦争という時代のなかで、普通の人々が何を望み、何を失い、それでもどう生きようとしたのかを考えることにある。
空襲が止み、戦争が終わっても、一人ひとりの人生は続いていく。
『この国の空』が最後に残すのは、平和になった後、人は本当に幸せになれるのかという、簡単には答えの出ない問いなのである。