森脇唯人の経歴・戦績を総整理、東京五輪からアジア2冠獲得と王座陥落の全貌
森脇唯人(もりわき・ゆいと)は、2021年東京五輪のボクシング男子ミドル級日本代表を務めた実力派ボクサーだ。アマチュアで118戦92勝という実績を残し、2025年6月にプロ転向。わずか3戦目でOPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックのスーパーミドル級2冠を獲得した。
しかし、2026年10月9日、韓国・ソウルで行われたユン・ドクノとの3度目の対戦では、7回終了TKO負けを喫して王座から陥落。東京ドームでの戴冠から約5か月で、プロ初黒星を経験することになった。2026年10月30日現在、森脇はプロ4戦で2勝1敗1分け。五輪代表からプロへ進んだ30歳のボクサーは、再び世界を目指すための転換点を迎えている。
📌 この記事の重要ポイントまとめ

- 経歴: 1996年生まれ、東京都足立区出身。法政大学を卒業し、自衛隊体育学校を経て東京五輪に出場した。
- アマチュア戦績: 118戦92勝26敗。全日本選手権で5度優勝した実績を持つ。
- プロ転向: 2025年6月にデビュー。2026年5月2日に東京ドームでユン・ドクノを判定で破り、アジア2冠を獲得した。
- 王座陥落: 2026年10月9日の韓国再戦で7回終了TKO負け。プロ初黒星とともに2本のベルトを失った。
- 現在: プロ通算2勝1敗1分け。今後は再起と世界ランキングへの復帰が焦点となる。
【プロフィール】森脇唯人とは何者?年齢・出身・身長・所属ジムを紹介

森脇唯人は、アマチュアボクシングで日本トップクラスの実績を積み上げ、東京五輪を経験した後にプロへ転向したスーパーミドル級のボクサーだ。
188cmの長身を生かしたスピードと技術が持ち味で、アマチュア時代から国内外の選手と対戦してきた。プロ転向後も、その経験を武器に短期間でアジアの地域王座を獲得している。
森脇唯人の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 森脇唯人 |
| 読み方 | もりわき・ゆいと |
| 生年月日 | 1996年8月8日 |
| 年齢 | 30歳(2026年10月30日現在) |
| 出身地 | 東京都足立区 |
| 身長 | 188cm |
| スタイル | オーソドックス |
| 階級 | スーパーミドル級 |
| 最終学歴 | 法政大学 |
| 所属 | ワールドスポーツジム |
| アマチュア戦績 | 118戦92勝26敗 |
| 東京五輪 | 2021年東京大会・男子ミドル級日本代表 |
| プロデビュー | 2025年6月19日 |
| プロ戦績 | 2勝1敗1分け |
出典は日本オリンピック委員会(JOC)とボクシングモバイルの選手プロフィールなど。
ワールドスポーツジムとの関係
森脇の所属先は、東京都足立区を拠点とするワールドスポーツボクシングジムだ。
同ジムとの関係はプロ転向後に始まったものではない。森脇は駿台学園高校、法政大学、自衛隊体育学校で競技を続けていたアマチュア時代から、ワールドスポーツで練習していた。
2025年のプロ転向時には、同ジムの斎田竜也会長が米国でのプロデビューを模索していた森脇を支援。国内での活動を決める際にも、ワールドスポーツを選んだ経緯がある。
単なる所属先というだけでなく、アマチュア時代から築いてきた信頼関係が、プロとしてのキャリア形成を支えている。
【経歴と東京五輪】アマチュア118戦92勝からプロ転向を決断した理由
森脇唯人のボクシング人生を理解するうえで欠かせないのが、アマチュア時代の実績と東京五輪への挑戦だ。
プロデビューは29歳。一般的な若手プロボクサーと比べれば遅いスタートだが、その背景にはオリンピックを競技人生の中心に置いてきたキャリアがある。
高校からボクシングを始めた異色の経歴
森脇がボクシングを始めたのは高校時代。それ以前は空手に取り組んでいた。
2021年に公開された足立区の公式インタビューでは、中学まで空手を続け、高校からボクシングへ転向したことを明かしている。
格闘技好きの家庭で育ち、ボクシングにも以前から興味を持っていたことが転向のきっかけだった。
その後、駿台学園高校、法政大学へと進学。大学卒業後は自衛隊体育学校に所属し、競技に専念できる環境で実力を磨いた。
全日本選手権5度優勝というアマチュア実績
森脇のアマチュア戦績は118戦92勝26敗。
特筆すべきは、全日本選手権で5度優勝した実績だ。
2017年から2022年にかけてミドル級を中心に国内トップの成績を残し、2023年にはライトヘビー級でも全日本選手権を制した。
また、2018年のロシア国際トーナメントでは銅メダルを獲得。海外の選手と拳を交える経験も重ねてきた。
森脇の強みは、単純な勝利数だけではない。異なる国の選手や多様なスタイルに対応してきた経験が、後のプロ転向にも生きている。
東京五輪では男子ミドル級9位
2021年の東京2020オリンピックでは、男子ミドル級(69~75kg)の日本代表として出場した。
JOCの公式記録によると、最終順位は9位。2回戦で敗退し、メダル獲得には届かなかった。
五輪出場は競技者として大きな実績だが、森脇自身にとっては表彰台に届かなかった悔しさも残る大会だった。
2025年のボクシングモバイルのインタビューでは、当初の目標について次のように語っている。
オリンピックでの表彰台が目標でした。
東京五輪だけでなく、パリ五輪、さらにはロサンゼルス五輪も視野に入れていたという。
なぜプロ転向した?米国デビューを模索した過去
森脇唯人のプロ転向は、単純に五輪で結果が出なかったからという理由だけではない。
本人のインタビューによると、東京五輪後も当初はオリンピックでのメダル獲得を目標にしていた。しかし、競技生活の中で徐々にプロの世界への関心が高まっていった。
特に大きかったのが、米国ラスベガスでのスパーリング経験だ。
現地の強豪選手と練習する中で、手応えのある内容を残せたことから、プロでも十分に戦えるという自信を得た。
当初は米国でプロデビューする道を模索していたが、本人が納得できる契約条件には至らなかった。
そこで国内での活動を選び、以前から関係の深かったワールドスポーツジムを拠点にプロ転向を決断した。
2025年5月20日にはA級プロテストに合格。8回戦から出場できるライセンスを取得し、同年6月19日にプロデビューを果たした。
このように、森脇のプロ転向は五輪からの単純な撤退ではなく、海外での経験を通じて新しい競技目標を見つけた結果だった。
【プロ戦績・年表】デビューからアジア2冠獲得、初黒星まで
森脇唯人のプロキャリアは、2025年6月から始まった。
注目すべきなのは、プロ4戦という少ない試合数で、アジア地域の2つのタイトルを獲得し、その後に同じ相手との3連戦を経験したことだ。
森脇唯人のプロ戦績一覧
| 試合日 | 対戦相手 | 結果 | 主な出来事 |
|---|---|---|---|
| 2025年6月19日 | ベク・ハソ | 8回判定3-0勝ち | プロデビュー戦 |
| 2025年12月18日 | ユン・ドクノ | 4回負傷引き分け | アジア2冠王座に初挑戦 |
| 2026年5月2日 | ユン・ドクノ | 10回判定2-1勝ち | OPBF・WBO-APの2冠獲得 |
| 2026年10月9日 | ユン・ドクノ | 7回終了TKO負け | プロ初黒星、2冠陥落 |
2026年10月30日現在のプロ通算成績は4戦2勝1敗1分け。
KO勝利はなく、2勝はいずれも判定によるものとなっている。
2025年6月19日:ベク・ハソに判定勝ちでプロデビュー
森脇は2025年6月19日、大田区総合体育館でプロデビューを果たした。
対戦相手は韓国のベク・ハソ。76.2kg契約の8回戦で、森脇が3-0の判定勝ちを収めた。
試合ではスピードを生かした攻撃を見せ、3回には左カウンターでダウンを奪取。最終的に79-72、78-73、77-74の判定で勝利した。
一方、試合後には攻め急いだことを反省。勝利だけで満足せず、プロとしての課題も口にしていた。
2025年12月18日:ユン・ドクノとの初戦は負傷ドロー
プロ2戦目で森脇は、OPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックのスーパーミドル級統一王者ユン・ドクノに挑戦した。
試合会場は東京・後楽園ホール。
森脇は1回終了間際に右カウンターを決め、ダウンを奪う好スタートを切った。
しかし、試合中の偶然のバッティングによって両者が負傷。特にユンの左目上の傷が深く、4回1分41秒で試合がストップした。
規定ラウンドに達していなかったため、結果は負傷引き分け。森脇は王座獲得を逃した。
この試合が、後に3度にわたって繰り返される両者の対戦の始まりだった。
2026年5月2日:東京ドームでユンに2-1判定勝ち
2026年5月2日、森脇に大きな転機が訪れる。
東京ドームで開催された「NTTドコモ presents Lemino BOXING ダブル世界タイトルマッチ」に出場し、ユン・ドクノとのダイレクトリマッチに臨んだ。
前回の負傷引き分けから約4か月半。今度こそ決着をつける試合となった。
森脇は序盤から鋭いジャブや右ストレートを繰り出し、持ち味のスピードを発揮。ユンが距離を詰めてくる場面でも、接近戦に対応しながら攻防を続けた。
試合は10回まで続き、判定は次のとおりだった。
- 96-94:森脇
- 96-94:森脇
- 93-97:ユン
結果は2-1の判定勝ち。
森脇はプロ3戦目でOPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックのスーパーミドル級2冠を獲得した。
五輪代表として培った技術に加え、相手の距離や戦術に対応しながら最後まで戦い抜いたことが評価された一戦だった。
アジア2冠は世界王座なのか?
ここで注意したいのが、獲得したタイトルの位置づけだ。
OPBF東洋太平洋王座とWBOアジアパシフィック王座は、いずれもアジア・太平洋地域を対象とする地域タイトルである。
世界王座とは別のカテゴリーであり、2冠獲得によって世界チャンピオンになったわけではない。
ただし、地域タイトルは世界ランキングや世界挑戦を目指すうえで重要な実績になる。
プロ3戦目で2本のベルトを獲得したことは、森脇のキャリアにおける大きな前進だった。
【2026年10月9日試合結果】森脇唯人はなぜユン・ドクノに敗れ王座陥落したのか
2026年10月9日、韓国・ソウルの繊維センターで開催された「フェニックスバトル・ソウル」。
森脇にとって、プロ転向後初の海外試合であり、5月に獲得した2つのベルトを守る初防衛戦だった。
挑戦者は、これまで2度対戦してきたユン・ドクノ。両者にとって3度目の対戦となった。
敵地ソウルで迎えた完全アウェーの試合
今回の試合はユンの地元である韓国で開催された。
ワールドスポーツジムの試合レポートによると、ユンの入場時には大きな歓声が送られ、会場は地元選手を後押しする雰囲気に包まれた。
森脇にとっては、五輪やアマチュア時代に海外での試合経験を重ねてきたとはいえ、プロとして初めて海外のリングに立つ試合だった。
試合経過:序盤から激しい攻防
試合の主な流れは次のとおりだ。
1回:森脇がジャブで先制
森脇はステップを刻みながらジャブを繰り出し、距離をコントロールする展開を作った。ユンは右のショートパンチで応戦した。
2回:ダウンにはならず、森脇がカット
森脇の左フックがユンを捉え、相手が倒れる場面があった。しかし、頭部の接触も伴っていたため、レフェリーはダウンと認定しなかった。
このラウンドでは偶然のバッティングによって森脇の左目上にも傷が生じた。
3回:ユンが距離を詰めて反撃
ユンは前進しながら連打を繰り出し、得意の接近戦に持ち込んだ。地元ファンからはユンの名前を呼ぶ声援が上がり、会場の盛り上がりも増していった。
4回:森脇の右アッパーがヒット
森脇は右アッパーを決め、ユンの体勢を崩す場面を作った。ユンも左フックを返し、簡単には引き下がらなかった。
その後、頭部が接触し、森脇の左目下にも腫れが見られた。
5回:ローブローによる減点
森脇はジャブを軸に左ボディをヒットさせたが、このパンチはローブローと判定された。
レフェリーは森脇に減点を与え、試合の採点にも影響した。
前半終了時の公開採点は、3人のジャッジ全員が48-46でユンを支持。森脇は不利な状況で後半を迎えることになった。
7回終了:森脇陣営が棄権を申し出る
後半も接近戦を中心とした激しいパンチの応酬が続いた。
ユンの攻撃に対して会場の歓声が大きくなる中、7回終了時に森脇陣営から棄権の意思表示があった。
これによって試合は7回終了TKO負けとなり、ユンが2本のベルトを取り戻した。
王座陥落の原因は何だったのか
今回の敗戦を単にアウェーの不利だけで説明することはできない。
試合内容からは、いくつかの要素が見えてくる。
1. ユンの接近戦への対応: ユンは森脇のスピードを封じるように距離を詰め、近い位置で攻撃を続けた。
2. 偶然のバッティング: 森脇は試合中に左目上や左目下にダメージを受けた。
3. ローブローによる減点: 5回の反則判定がポイント面で不利に働いた。
4. 前半の採点差: 公開採点で48-46と3者全員がユンを支持しており、森脇は後半に巻き返す必要があった。
5. 7回終了時の棄権: 最終的に森脇陣営が試合続行を断念した。
特に重要なのは、今回の試合が単なる一発のパンチによる決着ではなかったことだ。
ユンは過去2戦で森脇のスタイルを経験しており、相手のスピードを封じる戦い方を繰り返していた。森脇にとっては、同じ相手と3度目の対戦をする難しさが表れた試合でもあった。
なお、陣営が棄権を判断した具体的な医学的理由については、試合結果の公表内容だけでは特定できない。
ユン・ドクノとの対戦結果を比較
3試合の結果を整理すると、次のようになる。
- 2025年12月:森脇がダウンを奪うも負傷引き分け。
- 2026年5月:森脇が2-1の判定勝ちで2冠獲得。
- 2026年10月:ユンが7回終了TKO勝ちで2冠奪還。
森脇から見れば1勝1敗1分け。
プロ転向後のキャリアを振り返ると、ユンは単なる対戦相手ではなく、森脇の強みと課題を浮き彫りにした存在だった。
【2026年最新の現在】王座陥落後の立ち位置と世界王者への展望
2026年10月30日現在、森脇唯人はOPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックの元統一王者という立場にある。
プロ戦績は2勝1敗1分け。プロ初黒星を喫したものの、アマチュアで積み上げた実績や、プロ3戦目で地域2冠を獲得した経験が失われたわけではない。
現在の課題は何か
森脇が今後のキャリアで取り組むべき課題として、特に注目されるのは次の3点だ。
1. 接近戦への対応力
ユンとの3試合では、距離を詰められた場面で攻防が激しくなった。
森脇の長所は188cmの体格とスピード、技術を組み合わせたボクシングだ。相手に距離を潰された際にも自分の攻撃を組み立てられるかが重要になる。
2. プロの長いラウンドへの適応
アマチュアとプロでは試合形式が異なる。
アマチュアでの豊富な経験は大きな財産だが、プロでは10回戦や12回戦を想定した持久力、攻撃の組み立て、ポイント管理が必要になる。
特にタイトル戦では、前半だけでなく後半まで戦術を維持する能力が問われる。
3. 世界ランキングへの再挑戦
2026年10月の初防衛戦前には、ボクシングモバイルでWBCスーパーミドル級34位として紹介されていた。
しかし、今回の敗戦で地域2冠を失ったため、今後のランキングや世界挑戦の見通しは改めて確認する必要がある。
まずは再起戦で実力を示し、地域タイトルへの再挑戦や世界ランキングの回復につなげることが現実的な目標になる。
スーパーミドル級の世界王者になれる可能性は?
森脇には世界を目指すうえで評価できる材料がある。
- 全日本選手権で5度優勝したアマチュア実績
- 118戦92勝という豊富な試合経験
- 東京五輪男子ミドル級日本代表の実績
- 188cmの長身とスピード
- プロ3戦目で地域2冠を獲得した実績
- 海外での試合やスパーリング経験
一方、プロでの実績はまだ4戦にとどまる。
世界王座を狙うには、強豪との対戦を重ね、プロ特有の距離感や試合運びをさらに磨く必要がある。
また、地域タイトルを獲得したことと、世界のトップ選手に勝てることは別問題だ。
森脇自身も2026年5月の初戴冠後、今後の対戦相手についてアジア圏だけでなくオーストラリアの選手とも戦ってみたいという希望を語っていた。
この発言からは、アジア王座の獲得だけで満足せず、より幅広い相手との対戦を視野に入れていたことが分かる。
今回の敗戦は世界挑戦への道を遠ざけたが、30歳という年齢やアマチュアで培った技術を考えれば、再起を目指す余地は残されている。
森脇唯人の今後を判断する3つのポイント
今後のニュースを追う際には、次の3点に注目したい。
- 次戦の発表: 再起戦がいつ、どの相手と組まれるか。
- ランキングの変化: WBCなどの世界ランキングでどのような評価を受けるか。
- 地域王座への再挑戦: OPBFやWBOアジアパシフィックのタイトル戦線に戻れるか。
2026年10月30日時点では、次戦の具体的な日程は公表されていない。
【よくある質問】森脇唯人に関するFAQ
Q1:森脇唯人のプロ戦績は何勝何敗ですか?
A1:2026年10月30日現在、4戦2勝1敗1分けです。2025年6月にプロデビューし、2026年5月にはユン・ドクノを破ってアジア2冠を獲得しました。同年10月9日の再戦でプロ初黒星を喫しています。
Q2:森脇唯人は東京五輪に出場しましたか?
A2:はい。2021年の東京2020オリンピックに男子ミドル級の日本代表として出場し、最終順位は9位でした。
Q3:森脇唯人がプロ転向した理由は何ですか?
A3:当初はオリンピックでのメダル獲得を目標にしていましたが、海外でのスパーリング経験などを通じてプロでも戦える手応えを得たためです。米国デビューも模索しましたが、条件面で折り合わず、国内でプロ転向しました。
Q4:森脇唯人とユン・ドクノの対戦結果は?
A4:2025年12月は4回負傷引き分け、2026年5月は森脇が10回判定2-1で勝利、2026年10月はユンが7回終了TKO勝ちです。3試合の対戦成績は森脇の1勝1敗1分けです。
Q5:森脇唯人は現在、アジア2冠王者ですか?
A5:いいえ。2026年10月9日のユン・ドクノ戦で7回終了TKO負けを喫し、OPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックのスーパーミドル級王座から陥落しています。
Q6:森脇唯人は世界チャンピオンになれますか?
A6:可能性を判断するには、今後の試合内容や世界ランキングの推移が重要です。五輪代表としての経験やアマチュアでの実績は強みですが、プロでの実績はまだ4戦です。再起後の戦い方が世界挑戦への大きな判断材料になります。
まとめ:森脇唯人は王座陥落からどう立ち直るのか
森脇唯人は、東京五輪日本代表という実績を持ち、アマチュア118戦92勝からプロの世界へ進んだボクサーだ。
2025年6月のデビューから着実に勝利を重ね、2026年5月2日には東京ドームでユン・ドクノを判定で破り、OPBF東洋太平洋・WBOアジアパシフィックの2冠を獲得した。
しかし、10月9日の韓国再戦では7回終了TKO負け。わずか5か月で2本のベルトを失う結果となった。
今回の敗戦で明らかになったのは、アマチュアで培った技術だけでは攻略しきれないプロ特有の駆け引きや、相手との相性の難しさだ。
今後は接近戦への対応、長いラウンドでの戦術、世界ランキングの回復が重要になる。
注目すべきなのは、森脇が2冠を失ったという結果だけではない。五輪代表としての経験を持つ30歳のボクサーが、プロ初黒星をどのように次の成長につなげるかという点だ。
東京ドームでの戴冠も、韓国での王座陥落も、森脇唯人のキャリアを形作る重要な経験である。次のリングでどのような姿を見せるのか、今後の動向に注目したい。
主な確認資料・出典
- 日本オリンピック委員会(JOC):森脇唯人のプロフィール・東京五輪公式成績。
- 足立区公式インタビュー:空手からボクシングへの転向、競技を始めた経緯。
- 法政大学:全日本選手権5度優勝と東京五輪代表の経歴。
- ボクシングモバイル:プロ転向の理由、2025年のインタビュー、東京ドームでの戴冠後の談話。
- ワールドスポーツボクシングジム:2025年12月、2026年5月、10月の公式試合結果と試合経過。
- 日刊スポーツ・スポーツ報知:2026年10月9日の王座陥落とプロ通算成績。