【2026年最新】福田永将の現在は?中日ドラゴンズ二軍打撃コーチとして活動
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
【検証資料 1】福田永将の当時の様子・関連報道写真(出典:中日スポーツ)
- 現在:2026年は中日ドラゴンズの二軍打撃コーチ。2024年から指導者として活動している。
- 引退理由:一軍で戦力になれていないという実感に加え、度重なるけがも引退を考える要因になった。
- 現役時代の実績:通算826試合、84本塁打、298打点、打率.257を記録した。
2026年10月現在、福田永将さんは中日ドラゴンズの二軍打撃コーチを務めています。現役引退後に球団を離れたわけではなく、選手として17年間過ごしたドラゴンズに残り、今度は指導する立場からチームを支えています。
中日ドラゴンズの公式プロフィールには、監督・コーチとしての在籍期間が2024年からと記載されています。また、日本野球機構(NPB)が公表している2026年度の監督・コーチ一覧でも、背番号84の福田永将さんは二軍の打撃コーチとして登録されています。
つまり、2026年現在の福田永将さんについては、現役復帰や他球団への移籍ではなく、中日ドラゴンズで指導者として活動しているというのが正確な情報です。
1988年7月23日生まれで、2026年10月時点では38歳。181cm、90kgの体格を持つ右投右打の元内野手です。現役時代に長打力を武器としてきた経験が、現在の打撃指導につながる経歴となっています。
なお、球団公式プロフィールや2026年度のコーチ名簿では役職が確認できますが、個々の選手への具体的な指導内容や、シーズン中の活動の詳細までは掲載されていません。
【横浜高校から2006年ドラフトへ】福田永将の野球人生とプロ入りまで

福田永将さんの野球人生を振り返るうえで欠かせないのが、神奈川県の名門・横浜高校です。
1988年7月23日に神奈川県で生まれた福田さんは、鴨志田第一小、鴨志田中を経て横浜高校に進学。高校時代から打撃力を評価され、将来の主軸候補として注目されました。
横浜高校では、プロでも活躍した涌井秀章さんらと同じ時代に野球に取り組みました。高校時代の実績を評価され、2006年の高校生ドラフトで中日ドラゴンズから3巡目指名を受けます。
捕手として入団するも、2年目に内野手へ転向

2007年、福田さんは捕手として中日に入団しました。しかし、プロの世界で求められる捕手としての守備力や技術を身につけることは容易ではありませんでした。
本人も2023年9月18日の引退会見で、捕手として入団した当初について「まず思ったのが無理だなと」と振り返っています。
転機になったのは入団2年目の2008年です。秋季キャンプで一塁手への転向を勧められ、内野手として新たな挑戦を始めました。
福田さんは引退会見で、当時について、打撃で勝負しなければならないという思いがあり、試合に出られるならどこでも守るつもりだったと説明しています。
ポジション変更は決して小さな決断ではありません。しかし、捕手という入団時の役割に固執せず、自分の長所である打撃を生かす方向へ進んだことが、その後の飛躍につながりました。
2009年にプロ初出場、初打席で初本塁打

福田さんが一軍公式戦に初出場したのは、2009年7月7日の東京ヤクルトスワローズ戦です。
神宮球場で代打として出場すると、押本健彦投手からプロ初本塁打を放ちました。プロ初打席で本塁打を記録するという、鮮烈な一軍デビューでした。
ただし、その後すぐに主力として定着したわけではありません。2014年までの一軍出場は限られ、二軍で練習を重ねる時間が長く続きました。
引退会見でも本人は、プロ入り後の数年間について、必死に練習していたものの、最初は厳しさを感じていたと語っています。華やかな初本塁打の裏には、長い下積みがありました。
【年度別成績を徹底検証】福田永将の通算84本塁打と打率.257の実績
福田永将さんの現役時代を数字から見ると、2015年以降に出場機会を増やし、2017年から2019年にかけて中日の長距離砲として存在感を高めたことが分かります。
NPB公式記録によると、福田さんの一軍通算成績は826試合、546安打、84本塁打、298打点、打率.257です。通算出塁率は.321、長打率は.432でした。
福田永将の年度別成績一覧
以下はNPBの個人年度別成績を基に整理した一軍公式戦の記録です。
出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績。通算は2009~2023年の一軍公式戦。
キャリアハイは2017年と2019年の18本塁打
福田さんの打撃が大きく開花したのは2015年です。オープン戦で好調を示し、開幕後も出場機会を増やしました。この年は79試合に出場し、6本塁打、23打点を記録しています。
2016年には89試合で10本塁打を記録し、一軍で初めて二桁本塁打に到達しました。2017年には95試合で18本塁打、49打点、打率.271と成績を伸ばしています。
2018年はキャリア最多となる133試合に出場。115安打、13本塁打、63打点を挙げ、初めて規定打席にも到達しました。
さらに2019年には105試合で18本塁打、66打点、打率.287を記録。打点は自身のキャリアハイとなり、2016年から2019年まで4年連続で二桁本塁打を達成しています。
特に注目したいのは、単純な本塁打数だけではありません。2018年の133試合出場と2019年の打率.287は、長打力に加えて、レギュラーとして試合に出続ける能力も備えていたことを示しています。
一方、2022年以降は出場試合数が大きく減少しました。2022年は25試合、2023年は19試合にとどまり、最後のシーズンの打率は.150でした。
こうした成績の変化は、福田さんが引退を決断するまでの状況を理解するうえでも重要なポイントです。
【福田永将の引退理由】一軍での限界と度重なるけがが決断の背景に
福田永将さんが現役引退を発表したのは、2023年9月18日です。同日、中日ドラゴンズは福田さんを含む4選手の引退を発表し、バンテリンドーム ナゴヤで引退会見を行いました。
引退理由として本人が明かしたのは、チームへの貢献度に対する厳しい自己評価でした。
「戦力になれていないし、自分自身一軍も通用しなくなっているのかなという実感があった。」
これは、球団から戦力外通告を受けたという説明ではありません。引退会見で本人が語ったのは、一軍で結果を残せなくなったという自身の実感を踏まえた決断です。
家族から続行を勧められても、本人の意思は変わらなかった
会見では、引退を決める前に家族へ相談したことも明らかにしています。
家族からは「本当にそれでいいの」「もうちょっとできるのでは」といった反応があったそうです。しかし、福田さんは自分自身が最も状況を理解しているとして、引退する意思を伝えました。
このエピソードからは、周囲の期待だけで現役続行を判断するのではなく、自分のコンディションや実力を冷静に見つめていたことがうかがえます。
けがの繰り返しも現役生活の終盤を苦しめた
引退会見では、最後の数年間について「怪我ばかり、怪我のくり返しで正直しんどかった」と振り返っています。
また、けがを抱えた状態で引退を決めたため、打ちたいという気持ちよりも、気持ちが楽になったという趣旨の発言もありました。
2022年から2023年にかけて出場機会が減っていたことも、当時の状況を表す数字です。ただし、特定のけが一つだけが引退の直接原因だったと断定できるものではありません。
福田さんの場合、引退の背景には、一軍での競争力に対する自己評価、繰り返すけが、年齢を重ねるなかでの身体的な負担など、複数の要素がありました。
本人は17年間の野球生活について、二軍で練習した記憶が最も残っているとも語っています。華やかな一軍での活躍だけではなく、長い下積みを含めて自分の野球人生を受け止めたうえでの決断だったことが分かります。
【2023年10月3日】福田永将の引退セレモニーと最後の試合
引退発表から約2週間後の2023年10月3日、中日ドラゴンズは本拠地バンテリンドーム ナゴヤで読売ジャイアンツとのシーズン最終戦を迎えました。
この試合は福田さんにとって現役最後の公式戦となりました。球団は試合後に引退セレモニーを開催し、福田さんのほか、堂上直倫さん、谷元圭介さん、大野奨太さんの4選手が参加しました。
最後の試合は5番・一塁手として先発出場
球団公式の引退特設ページによると、福田さんは最後の試合に5番・一塁手として先発出場しました。
2回裏、無死一塁の場面で打席に立ち、巨人の赤星優志投手と対戦。初球を打ち上げて遊飛となり、3回表に交代を告げられました。
ベンチに戻る際にはファンの声援に帽子を振って応え、立浪和義監督とも握手を交わしています。
最後の試合で本塁打を放つという劇的な結末にはなりませんでしたが、プロとして最後までグラウンドに立ち、ファンの前でユニホームを脱ぐ機会を得ました。
引退セレモニーで伝えた17年間への感謝
試合終了後のセレモニーでは、メモリアル映像の放映や花束の贈呈などが行われました。ナイン、家族、恩師らから花束を受け取り、福田さんはファンの前で最後のあいさつをしました。
あいさつでは、監督やコーチ、スタッフ、チームメイト、応援してくれた人々への感謝を述べています。特に家族への感謝を伝え、ファンに向けても、苦しい時期を含めて声援に支えられたと振り返りました。
印象的なのは、17年間の現役生活について語った次の言葉です。
「自分なりに必死になって17年間やってきました。悔いはありません。」
また、セレモニーの最後には、これからの中日ドラゴンズを背負う若い選手たちへの期待も口にしました。
引退する選手として自分の野球人生を締めくくると同時に、球団の未来を担う後輩たちへバトンを渡すようなあいさつでした。
【引退後のキャリア】福田永将が打撃コーチとして生かす現役時代の経験
福田さんは引退後も野球界に残り、2024年から中日ドラゴンズの監督・コーチ陣に加わりました。
引退会見では、引退後について「正直、想像ができないです」と率直な心境を明かす一方、「できたらずっと野球に関わっていきたい」と話していました。
その希望が形になったのが、2024年から始まった指導者としてのキャリアです。
2024年から2026年までの指導者としての歩み
球団の公式プロフィールと年度別コーチングスタッフの発表を整理すると、福田さんの引退後の経歴は次のようになります。
- 2023年:中日ドラゴンズで現役引退。
- 2024年:中日ドラゴンズのコーチに就任。
- 2025年:打撃コーチとして登録。
- 2026年:中日ドラゴンズの二軍打撃コーチとして登録。
2026年のスタッフには、井上一樹監督や松中信彦打撃統括コーチ、小池正晃打撃コーチらが名を連ねています。福田さんは二軍で打撃を担当し、若手選手の育成に携わる立場です。
福田永将の現役経験は若手打者の育成にどう生きるのか
福田さんの経歴には、指導者として生かせる経験がいくつもあります。
一つ目は、長い二軍生活を経験していることです。プロ入りからすぐに一軍へ定着した選手ではなく、試行錯誤を繰り返しながら出場機会を増やしていきました。若手選手が一軍に上がれない時期に直面する焦りや、練習を積み重ねる難しさを自ら経験しています。
二つ目は、打撃フォームを修正して成績を伸ばした経験です。引退会見では、プロ入りから約7年間は自分の感覚を頼りに打撃に取り組み、その後の秋季キャンプで徹底的に右打ちを覚えたことが、現在の打撃の土台になったと説明しました。
三つ目は、長打力と一軍での実戦経験です。通算84本塁打だけでなく、2017年と2019年に18本塁打を記録し、2018年には133試合に出場しました。長打を狙う打者が一軍で生き残るために必要な技術や準備について、実体験を踏まえた指導が期待されます。
もちろん、こうした経験が個々の選手にどのような指導方法で伝えられているかは、公式資料だけでは分かりません。ただ、現役時代の苦労と成功の両方を経験してきたことは、福田さんの指導者としての特徴を考えるうえで重要です。
現役時代は自分のバットで結果を出すことが求められました。現在は選手の成長を支え、チーム全体の打撃力を高めることが役割です。プレーヤーから指導者へと立場を変えた福田さんの次の挑戦は、ここにあります。
【福田永将】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:福田永将は2026年現在、何をしている?
A1:中日ドラゴンズの二軍打撃コーチを務めています。2024年から同球団で指導者として活動しており、2026年度のNPB公式コーチ一覧にも名前が掲載されています。
Q2:福田永将の引退理由は戦力外通告だった?
A2:本人の引退会見では、一軍で戦力になれていないという実感が引退を決めた理由として語られています。また、最後の数年間はけがを繰り返し、身体的にも厳しい状態だったと明かしています。引退の発表は2023年9月18日です。
Q3:福田永将の通算成績は?
A3:NPB公式記録では、一軍公式戦826試合、546安打、84本塁打、298打点、打率.257です。現役最終年は2023年で、最後の試合は10月3日の巨人戦でした。
Q4:福田永将は横浜高校出身?
A4:はい。横浜高校出身です。2006年の高校生ドラフト3巡目で中日ドラゴンズに指名され、捕手として入団しました。2008年から内野手へ転向しています。
Q5:福田永将の引退セレモニーはいつ開催された?
A5:2023年10月3日、バンテリンドーム ナゴヤで行われた中日対巨人戦の試合終了後です。メモリアル映像や花束の贈呈などがあり、福田さんはファンに17年間の感謝を伝えました。
まとめ:福田永将の現在は現役時代の経験を伝える指導者
福田永将さんは、2006年の高校生ドラフトで中日ドラゴンズに入団し、捕手から内野手へ転向するなど、試行錯誤を重ねながらプロ野球選手としてのキャリアを築きました。
2015年以降に出場機会を増やし、2017年と2019年には18本塁打を記録。2018年には133試合に出場するなど、中日の右の長距離打者として活躍しました。最終的な通算成績は826試合、84本塁打、298打点、打率.257です。
2023年には一軍での戦力になれていないという自身の実感や、繰り返すけがなどを背景に引退を決断。10月3日の引退セレモニーでは、ファンや家族、チーム関係者への感謝を伝えました。
そして2026年現在は、中日ドラゴンズの二軍打撃コーチとして新たな役割を担っています。
福田永将さんのキャリアを評価する際に大切なのは、通算84本塁打という数字だけでなく、長い二軍生活を経て一軍の主力へ成長した過程にも目を向けることです。その経験を次の世代に伝えることが、指導者としての福田さんに期待される役割です。
現役時代に果たせなかった目標も含め、その経験が中日の若手打者の成長にどう結びついていくのか。今後の指導者としての歩みにも注目が集まります。