【山市秀翔のプロフィール】読み方・年齢・ポジションを紹介

目次

まずは、山市秀翔の基本プロフィールを整理しておこう。

項目 内容
名前 山市秀翔
読み方 やまいち・しゅうと
生年月日 2004年1月20日
年齢 22歳(2026年10月現在)
出身地 神奈川県横浜市
身長 170cm
ポジション MF
利き足 左足
所属クラブ 川崎フロンターレ
背番号 25
出身大学 早稲田大学
出身高校 桐光学園高校

出典は川崎フロンターレの公式プロフィールと早稲田大学ア式蹴球部の加入内定発表。読み方は「やまいち・しゅうと」で、英語表記はYamaichi Shutoとなっている。

山市秀翔はどんな選手?

山市秀翔

山市の特徴は、170cmという体格を生かした大型選手ではなく、技術と運動量を組み合わせて中盤で存在感を発揮するタイプであることだ。

川崎フロンターレの公式プロフィールでは、MFとしての特徴を次のように紹介している。

- 左足のテクニック
- 広いカバーエリア
- ボールに積極的に関わるプレー
- パス&ムーブによる攻撃参加
- 豊富な運動量

また、本人が自身の武器として挙げているのは「球際、切り替え、ハードワーク」。

華麗なパスやドリブルだけでなく、ボールを奪う局面や守備への切り替えにも力を発揮する選手だ。

【桐光学園から早稲田大学へ】山市秀翔の学生時代と成長の軌跡

山市秀翔

山市のキャリアを理解するうえで欠かせないのが、神奈川県内で積み重ねてきた育成年代の経験だ。

横浜F・マリノスのプライマリー出身

山市秀翔

山市は幼少期からサッカーに取り組み、小学生時代には横浜F・マリノスプライマリーに所属していた。

その後、東急SレイエスFC U-15を経て桐光学園高校に進学する。

2026年10月30日の報道では、小学生時代に所属していた横浜F・マリノスのジュニアユースに昇格できなかった経験についても語っている。

本人は当時の気持ちを「ムチャクチャ悔しかった」と振り返った。

この経験は、プロとして迎える2026年11月1日の横浜F・マリノス戦にもつながるエピソードだ。

かつて育成組織への昇格を果たせなかったクラブと、今度は川崎フロンターレの選手として対戦する。自身の成長を示す機会としても注目される。

桐光学園時代は左利きのボランチとして評価

桐光学園高校時代の山市は、左利きのボランチとして評価されていた。

高校サッカー専門メディアの選手紹介では、技術力と運動量を兼ね備え、泥臭くボールを奪える選手として紹介されている。

さらに、2020年と2021年にはU-17日本代表候補に選出。2022年には日本高校選抜にも名を連ねた。

高校年代ですでに世代別の選抜候補として評価されていたことからも、当時から将来性を期待されていたことが分かる。

早稲田大学でキャプテンを経験

桐光学園卒業後は早稲田大学に進学し、ア式蹴球部でプレーを続けた。

大学での成長について、川崎フロンターレのスカウト担当者は、運動量など身体的な強度が増し、左足のキックやボールコントロールも向上したと評価している。

2025年には早稲田大学ア式蹴球部のキャプテンも務めた。

高校時代から持っていたリーダーシップに加え、大学ではチームをまとめる立場を経験。プロ入り前から精神面でも成長を重ねていた。

【デンソーカップMVP】川崎フロンターレ加入までの経歴を年表で整理

山市の大学時代を象徴する実績が、2025年3月に開催された第39回デンソーカップチャレンジサッカー静岡大会だ。

関東選抜Aの主将として大会MVPを獲得

2025年3月2日の決勝で、関東選抜Aは関西選抜と対戦。試合は2対0で関東選抜Aが勝利し、優勝を果たした。

山市はキャプテンとしてチームを率い、試合終盤の87分にはPKを成功させて追加点を記録した。

大会終了後には、最優秀選手に贈られる宇野勝賞(MVP)を受賞。

チームの優勝と個人のMVPを同時に手にしたことは、大学サッカーにおける大きな実績だ。

さらに、2025年の日韓大学定期戦でもキャプテンとして優勝に貢献し、優秀選手に選ばれている。

川崎フロンターレへの加入内定は2025年4月

2025年4月4日、川崎フロンターレは山市の2026シーズン加入内定を正式発表した。

同時に、2025年JFA・Jリーグ特別指定選手としての認定も発表されている。

特別指定選手制度は、大学などに所属する選手が在籍チームに登録したまま、受け入れ先のJリーグクラブの公式戦に出場できる制度だ。

加入内定の段階でプロクラブの環境に触れられるため、大学からプロへの移行をスムーズにする意味がある。

経歴を時系列で整理すると、次のようになる。

時期 所属・出来事 主な実績・内容
小学生時代 あざみ野FC・横浜F・マリノスプライマリー サッカーの基礎を習得
中学生時代 東急SレイエスFC U-15 育成年代で経験を積む
2020~2021年 桐光学園高校 U-17日本代表候補
2022年 日本高校選抜 高校年代の選抜選手に選出
2022~2025年 早稲田大学 ア式蹴球部で主将を経験
2025年3月 第39回デンソーカップ 関東選抜A主将として優勝、宇野勝賞受賞
2025年4月4日 川崎フロンターレ加入内定 JFA・Jリーグ特別指定選手にも認定
2026年 川崎フロンターレ 背番号25でプロ選手として活動

この経歴を見ると、山市は高校時代の選抜経験、大学での主将経験、大学選抜大会でのMVPという段階を踏んでプロ入りした選手だと分かる。

【左足と運動量が武器】プレースタイルと副キャプテンの理由

山市を評価する際に注目したいのは、単純な攻撃的MFではなく、攻守両面でチームに関与できる点だ。

プレースタイルの特徴は3つ

1. 左足のキックとボールコントロール

左足から繰り出すパスやボールコントロールが特徴。中盤でボールを受け、味方につなぎながら攻撃のリズムを作ることができる。

川崎のスカウト担当者も、大学進学後に左足のキックとボールコントロールの技術がさらに向上したと評価している。

2. 広いカバーエリアと運動量

川崎の公式プロフィールが強調するのが、運動量を生かした広いカバーエリアだ。

中盤では攻撃時にボールを受けるだけでなく、守備時には相手の動きに合わせてポジションを修正する必要がある。

山市の強みは、こうした攻守の切り替えを繰り返せる点にある。

3. 球際の強さと切り替えの速さ

本人が武器として挙げる球際、切り替え、ハードワークも見逃せない。

技術を持つMFでありながら、守備でも身体を張れることは、試合の流れを安定させるうえで大切な要素となる。

プロ1年目で副キャプテンに抜てき

2026年の川崎フロンターレ公式プロフィールには、山市がプロ1年目ながら副キャプテンを任されたことが記されている。

その理由として紹介されているのは、快活なキャラクターと意識の高さだ。

一般的に副キャプテンは、ピッチ内外でチームを支える役割を担う。

山市の場合、早稲田大学で主将を経験したことも、リーダーシップを評価するうえで背景となる。

ただし、副キャプテンへの任命とレギュラーとしての定着は別の問題だ。実際の評価では、出場時間、試合中の判断、守備への貢献、攻撃時の結果を分けて見る必要がある。

リーダーシップへの期待と、トップチームでの競争力。その両方が問われる立場にいる。

【2026年の怪我・手術】右鎖骨下静脈血栓症から復帰までの経緯

山市の2026年を振り返るうえで、避けて通れないのが長期離脱につながった健康上の問題だ。

3月9日:2つの診断をクラブが公表

2026年3月9日、川崎フロンターレは山市について、以前から症状があった部位を検査した結果、次の2つの診断を受けたと発表した。

- 右鎖骨下静脈血栓症
- 右胸郭出口症候群

クラブは継続して治療を行い、全治期間などは判明次第発表すると説明した。

ここで重要なのは、2つの診断が同時に公表されたことと、その後の手術対象が明確に区別されていることだ。

3月25日:右胸郭出口症候群の手術

4月23日、川崎フロンターレは山市が3月25日に右胸郭出口症候群の手術を受けたと発表した。

全治までの見込みは手術日から約3か月。

つまり、手術を受けたのは3月25日であり、4月23日の発表はその事実と回復見込みを公表したものだった。

また、クラブの発表では手術対象は右胸郭出口症候群とされている。右鎖骨下静脈血栓症についても同じ手術を受けたと解釈するのは正確ではない。

8月23日:U-21の公式戦で復帰

手術後の復帰を確認できる大きな節目が、8月23日のU-21 Jリーグだ。

U-21川崎フロンターレはU-21ジュビロ磐田と対戦し、3対2で勝利。

Jリーグ選手記録によると、山市はこの試合で先発出場し、90分間プレーした。

その後も9月13日、9月20日、10月3日のU-21 Jリーグで先発出場。10月3日のU-21東京ヴェルディ戦では得点も記録している。

長期離脱から復帰し、まずはU-21の公式戦で継続的にプレー時間を確保していった流れが読み取れる。

9月6日:J1リーグ戦デビュー

トップチームでのJ1初出場は2026年9月6日の清水エスパルス戦。

川崎フロンターレが3対1で勝利した試合で、山市は途中出場し、1分間プレーした。

復帰後、U-21で実戦経験を積み、トップチームのJ1リーグ戦にも出場したことになる。


2026年の怪我・復帰タイムライン


3月9日

右鎖骨下静脈血栓症・右胸郭出口症候群と診断されたことを公表。


3月25日

右胸郭出口症候群の手術を実施。


4月23日

手術と全治約3か月の見込みをクラブが発表。


8月23日

U-21 Jリーグで先発出場、90分間プレー。


9月6日

J1リーグ戦デビュー。


10月14日

ルヴァンカップ磐田戦でプロ公式戦初ゴール。


10月28日

ルヴァンカップ鳥栖戦で2試合連続ゴール。


【現在の出場記録】背番号25で川崎フロンターレに定着できるか

2026年10月30日時点で、山市は復帰後の出場機会を着実に増やしている。

背番号25は2026年のトップチーム登録番号

2025年4月の加入内定発表時、山市の背番号は34番だった。

これは大学在学中にJFA・Jリーグ特別指定選手として登録された際の番号である。

一方、2026年の川崎フロンターレ公式選手プロフィールでは、MF25として掲載されている。

したがって、34番と25番の違いは誤記ではなく、登録時期と所属カテゴリーの違いによるものだ。

J1リーグとルヴァンカップの出場記録

2026年10月30日時点の出場状況を整理すると、次のようになる。

大会・記録 出場数 得点 主な内容
J1リーグ 3試合 0 出場時間合計78分
ルヴァンカップ 3試合 2 10月14日・28日に得点
トップチーム公式戦合計 6試合 2 J1・カップ戦の合算
U-21 Jリーグ 4試合 1 360分出場

J1の3試合は、9月6日の清水戦で1分、10月21日の神戸戦で59分、10月25日の岡山戦で18分。

合計78分となる。

一方、ルヴァンカップでは10月14日のジュビロ磐田戦でゴールを記録。さらに10月28日のサガン鳥栖戦でも得点し、2試合連続ゴールを達成した。

なお、U-21 Jリーグの記録はトップチームのJ1・ルヴァンカップの成績とは別に集計している。

10月28日:鳥栖戦で決めた価値ある先制ゴール

復帰後の活躍を象徴するのが、10月28日のルヴァンカップ4回戦、サガン鳥栖戦だ。

川崎フロンターレはJ2の鳥栖と対戦し、2対0で勝利した。

試合が動いたのは65分。山市が先制点を挙げた。

公式試合記録によると、山市は先発出場。後半20分に得点し、チームの勝利に貢献した。

10月14日の磐田戦に続くゴールであり、カップ戦2試合連続得点となった。

長期離脱を経験した選手が、復帰後に得点という形で結果を残した点は大きい。

10月30日の本人コメントから見える現在地

10月30日、山市はオンライン取材に応じ、11月1日の横浜F・マリノス戦に向けて意欲を語った。

報道によると、本人は次のように話している。

「絶対試合に出て活躍する。得点を決める。本当にギラギラメラメラしている。自分の価値を証明したい」

また、現在は本職のボランチだけでなく、中盤の右サイドでも起用されているという。

攻撃に関わる機会が増えたことで、得点やアシストなど目に見える結果も求められるようになった。

本人も前線の選手は結果を残さなければならないという厳しい競争意識を示している。

今後の評価で注目したい3つのポイント

① J1での出場時間を増やせるか

現在はJ1で3試合、78分の出場。カップ戦で結果を残した次の段階として、リーグ戦で先発や長時間出場を獲得できるかが焦点だ。

② ボランチと右サイドの両方で存在感を示せるか

本職のボランチとして守備と組み立てに貢献しながら、右サイドでは攻撃参加やフィニッシュにも絡めるか。複数の役割をこなせることは出場機会を増やす強みになる。

③ コンディションを維持しながら継続してプレーできるか

2026年は手術を伴う長期離脱を経験した。今後は一試合の活躍だけでなく、継続的に練習と公式戦をこなせるかも重要な評価基準となる。

復帰直後の得点力だけで判断するのではなく、シーズンを通じたプレーの安定性を見ていきたい。

【山市秀翔に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:山市秀翔の読み方は?

A1:山市秀翔は「やまいち・しゅうと」と読みます。2004年1月20日生まれで、2026年10月現在22歳です。

Q2:山市秀翔の出身高校と大学は?

A2:神奈川県の桐光学園高校を卒業後、早稲田大学に進学しました。大学ではア式蹴球部のキャプテンを経験しています。

Q3:山市秀翔はなぜデンソーカップMVPを受賞した?

A3:2025年の第39回デンソーカップチャレンジサッカーで、関東選抜Aのキャプテンとして優勝に貢献。関西選抜との決勝では87分にPKを決め、宇野勝賞(最優秀選手)を受賞しました。

Q4:山市秀翔は2026年にどんな怪我をした?

A4:2026年3月9日、右鎖骨下静脈血栓症と右胸郭出口症候群の診断が公表されました。その後、3月25日に右胸郭出口症候群の手術を受けています。

Q5:山市秀翔はいつ復帰した?

A5:2026年8月23日のU-21 Jリーグで90分間プレーしました。トップチームのJ1リーグ戦では9月6日の清水エスパルス戦が初出場です。

Q6:山市秀翔の現在の背番号は?

A6:2026年の川崎フロンターレでの背番号は25番です。2025年の特別指定選手時代には34番を着用していました。

Q7:山市秀翔は現在何試合に出場している?

A7:2026年10月30日時点で、J1リーグ3試合、ルヴァンカップ3試合に出場。トップチーム公式戦では合計6試合2得点を記録しています。別カテゴリーのU-21 Jリーグでは4試合1得点です。

まとめ:山市秀翔は復帰後の成長とJ1での定着が注目ポイント

山市秀翔は、桐光学園高校から早稲田大学へ進み、大学サッカーでキャプテンとデンソーカップMVPを経験して川崎フロンターレに加入したMFだ。

左足の技術、運動量、球際の強さを備え、プロ1年目から副キャプテンを任されたことも、クラブの期待の大きさを示している。

2026年3月には右鎖骨下静脈血栓症と右胸郭出口症候群の診断を受け、右胸郭出口症候群の手術によって長期離脱を経験。しかし、8月のU-21公式戦で復帰し、9月にはJ1デビューを果たした。

そして10月にはルヴァンカップで2試合連続ゴールを記録。復帰後のプレーに確かな進展が見られる。

【プロの結論】

山市を評価するうえで重要なのは、学生時代の実績とプロでの実績を混同しないことだ。

デンソーカップMVPや大学での主将経験は、技術・リーダーシップ・競争力を裏付ける実績。一方、J1での評価は、出場時間を増やし、リーグ戦でも継続して結果を残せるかによって決まる。

特に注目したいのは、ボランチとしての守備力と中盤右サイドでの攻撃力をどう両立させるかという点だ。

22歳という年齢を考えても、これから経験を積み重ねる余地は大きい。2026年11月以降、川崎フロンターレの中盤でどこまで存在感を高められるか。背番号25の成長を追ううえで、今後のJ1リーグ戦は大きな見どころになる。