渡部健人の現在は?西武戦力外から岡山で再出発、成績とNPB復帰への挑戦を解説

目次

2026年10月現在、元埼玉西武ライオンズの渡部健人は、岡山県の社会人野球チームで現役を続けている。2020年ドラフト1位で西武に入団し、「ベッケン」の愛称で親しまれた長距離打者は、2025年10月に戦力外通告を受けた。しかし、同年11月のトライアウトでは豪快な本塁打を放ち、野球人生を終わらせない選択をした。

現在の所属先は、岡山市の建設会社・三協クリエイトが設立した社会人硬式野球チーム「三協グランハーツ」だ。プロ5年間で残した成績、故障に苦しんだ時期、戦力外通告に至る経緯、そしてNPB復帰を目指す理由とは何なのか。2026年10月までの報道と公式記録をもとに、渡部健人の現在と今後を整理する。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

- 現在の所属先: 2026年から岡山県の三協クリエイトが運営する社会人野球チーム「三協グランハーツ」でプレー。
- 西武退団の経緯: 2025年10月1日に戦力外通告。故障による離脱や一軍出場機会の減少が続いた。
- トライアウト: 2025年11月12日、元日本ハム・石川直也から145キロの直球を捉えて本塁打。
- プロ通算成績: 74試合、43安打、打率.178、7本塁打、27打点。
- 今後の目標: 社会人野球で実績を積み、NPB復帰を目指す。

【2026年最新】渡部健人の現在は岡山の三協クリエイトで社会人野球に挑戦

渡部健人

渡部健人は2026年、岡山県岡山市を拠点とする社会人硬式野球チームでプレーしている。

所属するのは、建設会社の三協クリエイトが創設した「三協グランハーツ」。2026年2月23日に設立が発表された新しいチームで、渡部は創設メンバーの一人として加入した。

ここで押さえておきたいのは、三協クリエイトが運営会社の名称であり、三協グランハーツが野球チームの名称だという点だ。報道によって「三協クリエイト」「三協クリエイト硬式野球部」「三協グランハーツ」と表記が異なるが、同じチームを指している。

三協グランハーツでの新しい生活

渡部健人

チームの初代監督を務めるのは、元中日などでプレーした亀澤恭平氏。元NPB選手を含む30人の選手でスタートした。

渡部以外にも、元楽天の引地秀一郎投手、元中日の福島章太投手らが加入している。

2026年2月24日のRSK山陽放送の報道では、記者会見に出席した渡部が新天地での意気込みを語っている。

1年目から都市対抗日本選手権に出られるように、頑張りたいと思います。

新チームの目標は、創部初年度から全国規模の大会に出場すること。渡部も主力選手として、その目標を追いかけている。

野球だけでなく会社員としても再出発

渡部健人

Full-Countの2026年2月25日の取材記事によると、渡部は三協クリエイトの正社員として雇用され、仕事と野球を両立する生活を始めた。

チームには専用球場がなく、岡山県内のグラウンドを借りて練習する体制だ。練習試合も月10〜15試合をこなす計画が紹介されている。

プロ野球時代とは異なり、競技だけに専念できる環境ではない。それでも、野球を続けられる場所を得たことは大きい。

2026年10月6日の日刊スポーツのインタビューでも、渡部が岡山で再出発し、NPB復帰を目指していることが取り上げられた。

【西武戦力外の経緯】ドラフト1位から5年で退団した理由とは?

渡部健人が埼玉西武ライオンズから戦力外通告を受けたのは、2025年10月1日。

西武球団は公式発表で、渡部を含む11選手に対して来季の契約を結ばないことを通告した。

2020年ドラフト1位という期待の大きさを考えると、プロ入りから5年での退団は厳しい結果だった。

2023年の故障が大きな転換点に

渡部のプロ生活を振り返るうえで重要なのが、2023年の故障だ。

2023年は一軍で57試合に出場し、6本塁打、25打点を記録。長打力を武器に一軍で存在感を示し、レギュラー定着への期待が高まった。

しかし、故障の影響で安定した状態を維持できなくなった。

本人も2025年10月の戦力外通告時に発表されたコメントで、2023年のけが以降、思うような状態をつかめなかったと振り返っている。

背番号8から66への変更も背水の陣を意味していた

2024年シーズン終了後、西武は渡部の背番号変更を発表した。

時期 背番号 状況
2021〜2024年 8 ドラフト1位入団後の背番号
2025年 66 背番号変更後のシーズン
2025年10月 退団 来季契約を結ばないと球団が発表
2026年 1 三協グランハーツでの背番号

2025年は一軍出場がなく、ファームでも54試合、打率.201、4本塁打、23打点という結果だった。

さらに、足の肉離れによる離脱もあり、調子が上向いたタイミングで出場機会を失っている。

日刊スポーツの報道によると、シーズン終盤には二軍で1試合4安打を記録するなど、打撃の感覚を取り戻しつつあった。

しかし、球団の来季構想に残るには至らなかった。

戦力外通告を受けた本人のコメント

埼玉西武ライオンズが2025年10月1日に公表した渡部のコメントには、悔しさがにじんでいる。

ドラフト1位で指名いただいて入団したのに、良い結果を出すことができず悔しいです。

さらに、本人は次のようにも振り返った。

2023年のけがから、つかみきれない状態が続いてしまっていて、今年の終盤にやっと良い手応えをつかめていたので、もっと早く気づきたかったです。

このコメントから分かるのは、本人が故障後の状態の変化と、打撃の感覚を取り戻すまでに時間がかかったことを強く悔やんでいたという点だ。

なお、西武球団の公式発表は契約を結ばない旨の通知であり、個別の退団理由を詳細に説明したものではない。成績や本人のコメントを踏まえると、一軍での実績不足、故障による離脱、ファームでの成績などが重なったことが背景にある。

【プロ野球成績】渡部健人の5年間を年度別に振り返る

渡部健人のプロ野球での実績を確認すると、長打力への期待と、一軍で結果を残し続ける難しさの両方が見えてくる。

日本野球機構(NPB)の公式年度別成績によると、一軍での通算成績は以下のとおりだ。

年度別の一軍打撃成績

年度 試合 打率 本塁打 打点
2021年 6 .063 1 2
2022年 0 ― 0 0
2023年 57 .214 6 25
2024年 11 .030 0 0
2025年 0 ― 0 0
通算 74 .178 7 27

※2022年、2025年は一軍公式戦の出場なし。2025年の二軍成績は別途掲載。

出典:日本野球機構(NPB)個人年度別成績。

2021年:プロ初本塁打とファーム2冠

2020年ドラフト1位で入団した渡部は、2021年4月4日のソフトバンク戦でプロ初本塁打を記録した。

一軍では6試合の出場にとどまったが、ファームでは別の顔を見せる。

イースタン・リーグでは90試合に出場し、打率.228、19本塁打、64打点を記録。本塁打と打点の2部門でタイトルを獲得した。

新人ながら圧倒的な長打力を示し、西武の将来の主軸候補として期待された時期だった。

2022年:一軍出場なし

2022年は一軍公式戦への出場がなかった。

プロ入り直後のファームでの活躍から、一軍定着への道を期待されていたが、継続的な出場機会を得ることはできなかった。

2023年:一軍で6本塁打を記録

渡部のプロ生活で最も存在感を示したのが2023年だ。

57試合に出場し、打率.214、6本塁打、25打点をマークした。

打率だけを見ると決して高い数字ではない。しかし、限られた出場機会の中で6本塁打を記録したことは、長距離打者としての可能性を示すものだった。

この時期に一軍での経験を積み、次世代の長距離打者として期待が高まった。

2024年:成績低迷と背番号変更

2024年は11試合の出場で打率.030、1安打、本塁打0。

前年の6本塁打から大きく数字を落とした。

シーズン終了後には背番号8から66への変更が発表され、翌年は巻き返しが求められる状況となった。

2025年:二軍でも苦戦し戦力外に

2025年は一軍出場なし。

NPBのファーム公式記録では、二軍54試合、154打数31安打、4本塁打、23打点、打率.201だった。

本人のコメントにもあるように、シーズン終盤には打撃の手応えを取り戻し始めていたが、結果を積み重ねるには時間が足りなかった。

プロ通算7本塁打という数字だけを見ると、ドラフト1位の期待には届かなかった。しかし、2023年に見せた長打力と、ファームでの新人時代の実績は、現在の再挑戦を支える重要な材料でもある。

【トライアウトで本塁打】渡部健人が見せた驚異の長打力

戦力外通告後も、渡部は現役続行を希望した。

2025年11月12日、広島県のマツダスタジアムで開催された「エイブルトライアウト2025」に参加。

このトライアウトは日本プロ野球選手会が主催し、38人の選手が参加した。

石川直也から145キロの直球を左翼席へ

渡部が注目を集めたのは第1打席だった。

対戦相手は元日本ハムの石川直也。渡部は145キロのストレートを捉え、左翼スタンドへ豪快な本塁打を放った。

報道によると、この日参加した選手の中で本塁打を記録したのは渡部だけだった。

長距離打者としての持ち味を、短いアピール機会で示した一打だった。

本塁打を放ってもNPB球団から連絡はなかった

しかし、トライアウトでの結果がそのまま契約につながるわけではなかった。

Full-Countの2026年2月25日の取材記事では、渡部がトライアウト後も西武の施設で練習を続け、契約が切れる11月末まで他球団へのアピールを続けていたことが紹介されている。

12月からは桐蔭横浜大学のグラウンドで練習しながら連絡を待った。

ところが、NPB球団からの連絡はなかった。

独立リーグや海外のプロチームからもオファーは届かなかったという。

本人は、トライアウトでアピールできた手応えがあっただけに、想定していた結果との違いに悔しさを感じていた。

この経緯は、トライアウトでの本塁打が印象的であっても、実際の契約獲得には長期的な実績や選手としての総合評価が求められることを示している。

【ベッケンの愛称とプロフィール】日本ウェルネス高校から桐蔭横浜大学へ

渡部健人は、恵まれた体格と豪快なスイングで注目されてきた選手だ。

「ベッケン」という愛称でも知られ、プロ入り当初は中村剛也の後継者候補として紹介されることも多かった。

渡部健人の基本プロフィール

項目 内容
名前 渡部健人
読み方 わたなべ・けんと
生年月日 1998年12月26日
出身地 神奈川県
年齢 27歳(2026年10月31日現在)
身長 176cm
体重 115kg
投打 右投右打
ポジション 内野手
出身高校 日本ウェルネス高校
出身大学 桐蔭横浜大学
ドラフト 2020年西武1位
愛称 ベッケン、よくばり君

日本ウェルネス高校時代

渡部は高校時代、横浜商大高校から日本ウェルネス高校へ転校している。

日本ウェルネス高校では、長打力を武器に成長。高校通算25本塁打を記録したと入団時のプロフィールで紹介されている。

桐蔭横浜大学で長距離打者として成長

大学進学後は、桐蔭横浜大学の野球部で1年春から4番を務めた。

特に注目されたのが4年秋の成績だ。

神奈川大学野球リーグで8本塁打を記録し、23打点をマーク。8本塁打は当時のリーグ記録に並び、23打点はリーグ新記録として報じられた。

大学時代の実績が評価され、2020年ドラフトで埼玉西武ライオンズから1位指名を受けることになった。

「ベッケン」と「よくばり君」はどう違う?

渡部の愛称には複数の由来がある。

「ベッケン」はファンや野球関係者に親しまれてきた呼び名だ。

一方、入団会見では本人が「よくばり君」という愛称を希望したことも日刊スポーツのプロフィールで紹介されている。

さらに、体格や豪快な打撃スタイルから、中村剛也に重ねて「おかわり君2世」と呼ばれることもあった。

ただし、これらはそれぞれ異なる呼び名であり、正式な登録名ではない。

【NPB復帰への思い】社会人野球で何を取り戻そうとしているのか?

渡部が三協グランハーツへの加入を決めた背景には、もう一度プロ野球でプレーしたいという強い気持ちがある。

Full-Countの取材によると、三協クリエイトから声をかけたのは、同社の松本直晃ヘッド兼投手コーチだった。

松本氏は2019年まで西武で4年間プレーした元プロ野球選手である。

渡部は野球を続ける意思を伝えられたものの、当初はNPB以外のカテゴリーでプレーすることを想定していなかったという。

ほかの球団からオファーが来る可能性も考え、約1週間の検討期間を設けた。

最終的には、野球を続ける機会を得られたことに感謝し、社会人野球から再び挑戦する道を選んだ。

社会人野球で求められる結果

三協グランハーツは、2026年の創設初年度から都市対抗野球大会への出場を目標に掲げている。

渡部は一塁手として起用され、クリーンアップを任される場面もある。

一球速報.comの試合記録では、2026年6月1日の都市対抗野球大会岡山県・島根県一次予選、MJG島根戦で本塁打と3打点を記録している。

また、同年10月の社会人野球日本選手権中国地区最終予選でも一塁手として出場した記録が残っている。

プロ時代に培った長打力を、新しい環境でも発揮しようとしていることがうかがえる。

NPB復帰を実現するための3つの課題

渡部が再びプロ球団から評価されるには、トライアウトで見せた一発だけでは不十分だ。

特に重要になるのは、次の3点だ。

1. 長打力を安定した成績に変えること

渡部の最大の武器は長打力だ。社会人野球で本塁打を継続的に記録し、相手投手のレベルが上がっても結果を残せることが求められる。

2. 故障を防ぎ、年間を通じて出場すること

2023年以降の故障は、本人にとって大きな後悔となっている。プロ球団が再評価する際には、打撃だけでなく、年間を通じて試合に出られる状態を維持できるかも重要になる。

3. 守備面も含めた総合的な評価を高めること

一塁手としての守備、打球への対応、走塁なども評価材料になる。長距離打者としての魅力に加え、チーム編成上の使いやすさを示すことが復帰への後押しになる。

2026年10月31日現在、NPB球団との再契約は発表されていない。したがって、NPB復帰は現段階では目標であり、決定事項ではない。

【プロの結論】渡部健人の再挑戦はドラフト1位の肩書を取り戻す戦いではない

渡部健人のプロ生活を振り返ると、ドラフト1位という期待と、故障や成績不振によって思うように結果を残せなかった現実の落差が見えてくる。

ただし、プロ野球の通算成績だけで選手としての可能性が完全に決まるわけではない。

2021年のファーム2冠、2023年の一軍6本塁打、2025年のトライアウトでの本塁打。こうした実績は、長打力という武器が失われていないことを示す材料だ。

一方、プロ球団が選手を獲得する際には、過去の期待値ではなく、現在の実力と今後の伸びしろを評価する。

社会人野球で結果を積み重ねることは、渡部にとって単なる現役続行ではない。プロ5年間で果たせなかった一軍定着を、別の環境からもう一度目指すための時間でもある。

2026年10月6日の日刊スポーツのインタビューで、渡部はプロ生活について「5年って短いんで。もうちょっとやりたかった」と振り返っている。

その言葉には、まだ野球を終わらせたくないという思いが表れている。

渡部健人に関するよくある質問(FAQ)

Q1:渡部健人は2026年現在、何をしていますか?

A1:岡山県の社会人硬式野球チーム「三協グランハーツ」で内野手としてプレーしています。三協クリエイトの正社員として働きながら、NPB復帰を目指しています。

Q2:渡部健人はなぜ西武から戦力外になったのですか?

A2:2025年10月1日に来季契約を結ばないと通告されました。故障による離脱、一軍出場機会の減少、二軍での成績などが背景にあります。本人も2023年の故障以降、思うような状態をつかめなかったと振り返っています。

Q3:渡部健人のトライアウトでの成績は?

A3:2025年11月12日のエイブルトライアウト2025で、第1打席に元日本ハムの石川直也から145キロの直球を打ち、本塁打を記録しました。参加選手の中で唯一の本塁打でした。

Q4:渡部健人のプロ通算成績は?

A4:NPB公式記録では、通算74試合、43安打、打率.178、7本塁打、27打点です。

Q5:渡部健人の愛称「ベッケン」の由来は?

A5:ファンや関係者に親しまれてきた愛称です。本人が入団会見で希望した「よくばり君」や、中村剛也にちなんだ「おかわり君2世」とも呼ばれていました。

Q6:渡部健人はNPBに復帰できますか?

A6:2026年10月31日現在、NPB球団との契約は発表されていません。ただし、本人は復帰を目指しており、社会人野球での成績や出場実績を積み重ねることが今後の評価につながります。

まとめ:渡部健人の今後は岡山での実績とNPB復帰への挑戦に注目

渡部健人は、2020年ドラフト1位で西武に入団し、長距離打者として大きな期待を受けた選手だ。

しかし、プロ5年間では故障や成績不振に苦しみ、2025年10月に戦力外通告を受けた。

その後、トライアウトで本塁打を放ち、2026年には岡山の三協クリエイトが運営する三協グランハーツに加入。社会人野球から再びプロを目指す道を選んだ。

今後の注目点は、次の3つに集約される。

- 社会人野球で長打力を継続的に発揮できるか。
- 故障を克服し、シーズンを通して出場できるか。
- NPB球団から再評価されるだけの実績を残せるか。

ドラフト1位という過去の肩書ではなく、現在のプレーで評価を勝ち取る段階に入った渡部健人。

岡山での新しい挑戦が、再びプロ野球の舞台につながるのか。2027年以降の動向も含め、今後の活躍に注目したい。

主な情報確認先: 日本野球機構(NPB)公式年度別成績、埼玉西武ライオンズ公式発表、日刊スポーツ(2025年10月・2026年10月)、Full-Count(2026年2月)、RSK山陽放送、三協クリエイト公式活動報告。