【2026年10月現在】田辺靖雄の年齢は81歳!生年月日とプロフィール
- 年齢: 1945年4月5日生まれ。2026年10月現在81歳。 - 家族: 妻は九重佑三子さん。1973年に結婚し、長男は音楽家の田辺晋太郎さん。 - 代表曲: 梓みちよさんとの「ヘイ・ポーラ」、「二人の星をさがそうよ」、「よせばいいのに」など。 - 現在: 日本歌手協会会長を務め、2026年もテレビ出演や夫婦コンサートを続けている。
【2026年10月現在】田辺靖雄の年齢は81歳!生年月日とプロフィール

田辺靖雄さんの生年月日は、所属事務所サンミュージックの公式プロフィールにも掲載されている1945年4月5日です。
2026年10月31日時点では81歳。2025年4月5日に80歳を迎え、2026年4月5日に81歳になりました。
基本プロフィールを整理すると、次のとおりです。
- 名前:田辺靖雄(たなべ・やすお)
- 本名:田邊靖雄
- 生年月日:1945年4月5日
- 年齢:81歳(2026年10月31日現在)
- 出身地:東京都世田谷区
- 身長:171cm
- 血液型:O型
- 職業:歌手・俳優
- 妻:九重佑三子
- 長男:田辺晋太郎
身長171cm、血液型O型という情報も公式プロフィールに掲載されています。
特に注目したいのは、80代を迎えても歌手としての活動だけでなく、歌手協会の運営にも携わっている点です。
妻・九重佑三子も2026年現在80歳

妻の九重佑三子さんは、1946年3月21日生まれです。
2026年10月31日現在は80歳。田辺さんとは約1歳の年齢差があります。
九重さんも歌手・女優として長く活動してきた人物で、1960年代には「シェリー」やテレビドラマ『コメットさん』などで人気を集めました。
夫婦それぞれが芸能界で実績を築きながら、長年にわたってデュエットやコンサートを続けていることも、2人の大きな特徴です。
【若い頃の経歴】田辺靖雄は16歳で芸能界デビュー!紅白出場までの歩み

田辺靖雄さんの芸能活動は、1960年代のテレビ・歌謡界の成長期と重なります。
若い頃から歌手として注目され、テレビ番組への出演、レコードのヒット、俳優活動と、複数の分野で活躍してきました。
1961年:六本木野獣会を結成
田辺さんは高校在学中の16歳のとき、仲間とともに音楽グループ「六本木野獣会」を結成しました。
その活動をきっかけに渡辺プロダクションからスカウトされ、テレビ朝日の「ザ・リクエストショー」に出演。
さらにNHKの人気番組「夢であいましょう」にもレギュラー出演するようになります。
当時はテレビそのものが家庭に普及し、歌手がテレビ番組を通じて全国的な人気を獲得していった時代でした。
田辺さんは、まさにテレビ歌謡の黎明期に頭角を現した歌手の一人です。
1963年:「ヘイ・ポーラ」が大ヒット
1963年、梓みちよさんとのデュエット曲「ヘイ・ポーラ」を発表。
この楽曲が大ヒットし、田辺さんは第14回NHK紅白歌合戦に初出場しました。
当時の若い世代を中心に人気を集め、デュエット歌手としても広く知られるようになります。
1964年:「二人の星をさがそうよ」で人気を確立
1964年には「二人の星をさがそうよ」を発売。
こちらもヒットし、ソロ歌手としての知名度を高めました。
1971年:俳優としても活動
歌手活動だけにとどまらず、1971年にはTBSドラマ「東京・浅草・雷門」の主演に抜擢されました。
そのほか「清水の次郎長」「ちん・とん・しゃん」などのドラマにも出演。
歌手と俳優の両方で活動した経験が、田辺靖雄さんの芸能人としての幅広さにつながっています。
【代表曲を解説】ヘイ・ポーラから「よせばいいのに」まで
田辺靖雄さんの代表曲には、時代の異なるヒット作品があります。
デュエット曲で人気を獲得した1960年代と、歌謡曲・有線放送を通じて幅広い世代に知られるようになった1970年代以降では、楽曲の魅力にも違いがあります。
「ヘイ・ポーラ」:梓みちよとの名デュエット
1963年に発表された「ヘイ・ポーラ」は、田辺靖雄さんと梓みちよさんのデュエット曲です。
男女の掛け合いを生かした歌唱が特徴で、昭和のデュエットソングを代表する作品の一つとして知られています。
この曲によって田辺さんは若手人気歌手としての地位を確立しました。
なお、梓みちよさんはこの曲の共演者であり、田辺さんの妻ではありません。妻は九重佑三子さんです。
「二人の星をさがそうよ」:ソロ歌手としての代表作
1964年に発売された「二人の星をさがそうよ」は、田辺さんのソロ歌手としての代表曲です。
1960年代の歌謡曲らしい親しみやすさがあり、デュエット曲とは異なる魅力を持っています。
2011年には芸能生活50周年を記念する時期に、同曲をセルフカバーして発売しました。
47年を経て自身の代表曲を歌い直したことは、長年の歌手活動を象徴する出来事です。
「よせばいいのに」:1979年の大ヒット曲
1979年に発売された「よせばいいのに」は、田辺靖雄さんの代表的なヒット曲です。
有線放送から人気が広がり、第12回全日本有線放送大賞の特別賞を受賞しました。
この曲は、1960年代の青春歌謡で知られる田辺さんが、1970年代後半にもヒットを生み出したことを示す重要な作品です。
「おれでよければ」も忘れられない一曲
1980年には「おれでよければ」を発売。
カラオケブームとも重なり、競作ブームに火をつけた作品として公式プロフィールにも記録されています。
代表曲を年代順に追うと、田辺さんが特定の時代だけでなく、長期間にわたって歌謡界で活動してきたことが分かります。
【家族関係】妻・九重佑三子との結婚は1973年!息子は田辺晋太郎
田辺靖雄さんの家族について調べると、妻の九重佑三子さんと長男の田辺晋太郎さんの名前が挙がります。
1973年に九重佑三子と結婚
田辺靖雄さんと九重佑三子さんは、1973年1月に結婚しました。
結婚の媒酌人を務めたのは、俳優の森繁久彌さん夫妻です。
2人は芸能界で活動するなかで知り合い、テレビ番組などで共演する機会もありました。
日刊スポーツの2025年12月の報道では、結婚当時の年齢は田辺さんが27歳、九重さんが26歳と紹介されています。
2023年には結婚50周年の金婚式を迎え、2026年には結婚53年目となりました。
九重佑三子のプロフィールと代表作
九重佑三子さんのプロフィールは次のとおりです。
- 生年月日:1946年3月21日
- 年齢:80歳(2026年10月現在)
- 出身地:東京都
- 身長:163cm
- 血液型:A型
- 代表作:『コメットさん』
- 代表曲:「シェリー」
1962年にダニー飯田とパラダイスキングの一員としてデビューし、翌1963年には「シェリー」でレコードデビューしました。
1967年にはTBSドラマ『コメットさん』に出演し、女優としても広く知られるようになります。
田辺さんとは異なる分野でも実績を持つ2人だからこそ、夫婦でのコンサートにもそれぞれの魅力が生かされています。
息子は音楽家・田辺晋太郎
田辺靖雄さんと九重佑三子さんの長男は、田辺晋太郎さんです。
1978年11月5日生まれで、音楽家、音楽プロデューサー、MC、ラジオパーソナリティーなどとして活動しています。
音楽家としては、グループChangin' My Lifeのメンバーとしてデビューした経歴があり、作曲やプロデュースにも携わってきました。
また、肉に関する専門的な知識を生かした「肉マイスター」としても知られています。
父親が歌謡界で活躍してきた歌手である一方、息子は音楽制作や食の分野にも活動を広げています。
田辺靖雄を取り巻く人物・作品の関係一覧
人物や作品との関係を整理すると、次のようになります。
【2026年最新】田辺靖雄の現在の活動と80★80記念ライブ
2026年の田辺靖雄さんは、歌手としての活動に加えて、日本歌手協会の会長としても活動しています。
日本歌手協会の会長として活動
田辺さんは2010年7月に一般社団法人日本歌手協会の八代目会長に就任しました。
その後も会長を務め、2026年6月12日に開かれた第16回通常総会後の理事会では、田辺さんの会長続投が決定しています。
日本歌手協会は、プロ歌手の権利保護や歌唱活動の環境整備、歌謡祭の開催、新人歌手の育成などに取り組む団体です。
2026年3月31日現在の会員数は531名。
田辺さんの活動は、個人の歌手活動だけではなく、歌謡界全体を支える役割にも及んでいます。
2026年3月20日「80★80」記念ライブを開催
2026年の大きな話題となったのが、九重佑三子さんと開催した「80★80(エイティ・エイティ)コンサート」です。
公演は2026年3月20日、東京・古賀政男音楽博物館けやきホールで開催されました。
この企画の背景には、2人の誕生日があります。
- 田辺靖雄さん:1945年4月5日生まれ
- 九重佑三子さん:1946年3月21日生まれ
2026年3月21日から4月4日までの15日間は、2人がともに80歳となる期間です。
この特別なタイミングを記念して企画されたのが「80★80」でした。
TBS NEWS DIGによると、公演では「ヘイ・ポーラ」「青春時代」をはじめ、田辺さんの「よせばいいのに」など、昭和のヒット曲を含む25曲を披露。
約2時間にわたり、夫婦ならではの掛け合いも交えたステージを展開しました。
孫2人も登場し、九重さんの誕生日を祝うケーキを届ける演出もありました。
80代を迎える節目を、夫婦だけでなく家族とともに祝うコンサートとなりました。
2026年10月もテレビ出演!11月には夫婦コンサート
2026年10月30日には、BSテレ東4Kの「プレイバック日本歌手協会歌謡祭」に田辺さんが出演。
番組では「ブランデーグラス」を披露する内容が紹介されました。
さらに、11月12日には東京都小金井市の宮地楽器ホールで、九重佑三子さんとともに「昭和の親子」コンサートを開催する予定です。
この公演はメモリアルアートの大野屋のメッセージキャラクターを務める2人による企画で、定員に達したため招待受付は終了しています。
2026年10月31日時点で確認できる活動を整理すると、次のとおりです。
- 6月12日:日本歌手協会会長の続投が決定
- 10月30日:BSテレ東4Kの歌謡番組に出演
- 11月12日:九重佑三子さんと「昭和の親子」コンサートを予定
80代に入った現在も、テレビと舞台の両方で活動を続けています。
【プロの結論】田辺靖雄が81歳でも歌い続ける理由と芸能活動の価値
田辺靖雄さんの経歴を振り返ると、1960年代の青春歌謡、1970年代の有線放送ヒット、1980年代以降の夫婦コンサート、そして現在の日本歌手協会での活動と、時代に合わせて活動の形を広げてきたことが分かります。
注目したいのは、歌手としての人気だけに依存していない点です。
1. テレビ・レコード・舞台を横断してきた経歴
田辺さんは、テレビ番組への出演で知名度を獲得し、レコードのヒットで歌手としての地位を確立しました。
その後は俳優活動やコンサートにも取り組み、活動の場を広げています。
音楽メディアがテレビからインターネットへ移り変わるなかでも、過去のヒット曲を歌い継ぐことのできる経験は大きな財産です。
2. 夫婦での活動が新しい世代にも昭和歌謡を伝える
九重佑三子さんとの共演は、田辺さんの活動を語るうえで欠かせません。
夫婦でステージに立つことで、それぞれの代表曲だけでなく、2人が歩んできた芸能生活そのものを観客に届けることができます。
「80★80」コンサートは、年齢の節目を記念するだけでなく、昭和歌謡の名曲をまとめて楽しめる公演でもありました。
3. 歌手協会会長として歌謡界を支える
現在の田辺さんには、歌手として歌を届ける役割と、会長として歌手の活動環境を支える役割があります。
これは、長年にわたって芸能界で活動してきた経験を生かした仕事でもあります。
個人のヒット曲を残すことに加え、歌謡文化を次の世代に伝えることも、現在の田辺さんの重要な活動になっています。
田辺靖雄さんの81歳という年齢は、単なるプロフィール上の数字ではありません。 60年以上に及ぶ芸能活動と、現在も続くステージや歌手協会での仕事を理解するための節目といえます。
【田辺靖雄の年齢】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:田辺靖雄は2026年現在何歳ですか?
1945年4月5日生まれのため、2026年10月31日現在は81歳です。
Q2:田辺靖雄の妻は誰ですか?
妻は歌手・女優の九重佑三子さんです。1973年1月に森繁久彌夫妻の媒酌で結婚しました。
Q3:田辺靖雄の息子は誰ですか?
長男は田辺晋太郎さんです。音楽家や音楽プロデューサー、MCなどとして活動し、肉マイスターとしても知られています。
Q4:田辺靖雄の代表曲は何ですか?
梓みちよさんとのデュエット「ヘイ・ポーラ」、「二人の星をさがそうよ」、「よせばいいのに」、「おれでよければ」などがあります。
Q5:田辺靖雄は現在も歌手活動をしていますか?
はい。2026年10月30日のBSテレ東の歌謡番組への出演や、11月12日に予定されている九重佑三子さんとのコンサートなど、現在も音楽活動を続けています。
Q6:田辺靖雄の身長と血液型は?
所属事務所の公式プロフィールによると、身長171cm、血液型O型です。
まとめ:田辺靖雄は81歳!2026年も歌手・会長として活躍
田辺靖雄さんは、1945年4月5日生まれの81歳(2026年10月現在)です。
16歳で芸能界に入り、「ヘイ・ポーラ」「二人の星をさがそうよ」「よせばいいのに」などのヒット曲を生み出してきました。
1973年に結婚した九重佑三子さんとは、2026年に「80★80」記念ライブを開催。長男の田辺晋太郎さんも音楽家として活動しています。
現在は日本歌手協会会長としての仕事も続け、テレビ出演や夫婦コンサートにも取り組んでいます。
81歳を迎えた現在も、歌を届ける活動を続ける田辺靖雄さん。 これまでのヒット曲だけでなく、夫婦でのステージや歌謡界への貢献にも注目したい人物です。