【夫は誰?】竹内まりやの結婚相手・山下達郎のプロフィール
2026年現在、竹内まりやさんの夫は、シンガーソングライターの山下達郎さんです。2人は1982年4月に結婚。山下さんは夫として家庭を支えるだけでなく、1984年以降は竹内さんの楽曲の編曲やプロデュースも担当してきました。
2人の出会いは竹内さんのデビュー当時にさかのぼります。結婚を機に一度音楽活動を休止した竹内さんが、どのような経緯で1984年に活動を再開したのか。そして、長年連れ添う夫婦の関係や子どもについて、本人のインタビューと公式プロフィールを軸に整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 夫:竹内まりやさんの夫は、2歳年上の山下達郎さん。
- 結婚:1982年4月に結婚。出会いは1978年のデビューアルバム制作にさかのぼる。
- 音楽面:山下さんは1984年のアルバム『VARIETY』以降、竹内さんの作品を編曲・プロデュースしている。
- 家族:竹内さん本人が出産と子育てを経験したことを公表している。子どもの個人情報は限られている。
- 2026年現在:2人とも音楽活動を継続。竹内さんは新曲や作品リリース、山下さんは全国ツアーを展開している。
竹内まりやさんの夫は、日本の音楽シーンを代表するシンガーソングライター、山下達郎さんです。
山下さんは1975年にバンド「シュガー・ベイブ」としてデビューし、1976年にはソロ活動を開始。1980年の「RIDE ON TIME」のヒットによって広く知られるようになりました。その後も「クリスマス・イブ」などの代表曲を生み出し、日本のポップスを支えてきた音楽家です。
一方の竹内さんも1978年にデビューし、「SEPTEMBER」「不思議なピーチパイ」「駅」「元気を出して」など、時代を超えて親しまれる楽曲を発表しています。
2人は単に有名アーティスト同士の夫婦というだけではありません。作詞・作曲を担う竹内さんと、編曲・プロデュースを手がける山下さんという、音楽制作における専門性の異なるパートナーでもあります。
2026年11月現在の年齢とプロフィール

| 項目 | 竹内まりや | 山下達郎 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1955年3月20日 | 1953年2月4日 |
| 2026年11月の年齢 | 71歳 | 73歳 |
| 出身地 | 島根県出雲市 | 東京都豊島区池袋 |
| 職業 | 歌手・作詞家・作曲家 | 歌手・作詞家・作曲家・編曲家 |
| 結婚 | 1982年4月 | 1982年4月 |
| 主な音楽活動 | 歌唱・作詞・作曲 | 編曲・プロデュース・歌唱 |
生年月日はそれぞれの公式プロフィールで確認できます。山下さんが竹内さんより約2歳1か月年上です。
2026年現在も2人はそれぞれの音楽活動を続けています。竹内さんは自ら歌う作品を発表し、山下さんはソロアーティストとしての活動に加え、他のアーティストへの楽曲提供や編曲も行っています。
【出会いと結婚】2人はいつ知り合い、1982年に結婚したのか

竹内さんと山下さんの出会いは、竹内さんが歌手としてデビューした1978年頃です。
竹内さんは2025年2月に放送されたTBS系「日曜日の初耳学」のインタビュー企画で、山下さんとの最初の接点について振り返っています。
竹内さんのデビューアルバムに収録された「夏の恋人」の作詞・作曲を山下さんが担当したことが、2人が実際に会うきっかけになりました。
当時の竹内さんは、山下さんが所属していたシュガー・ベイブの大ファン。憧れの音楽家と仕事をすることになったのです。
初対面ではサインを求めて注意された?
2人の出会いには、現在の夫婦関係からは想像しにくいエピソードがあります。
竹内さんは初対面の際、楽曲を提供してくれた山下さんにお礼を伝えたうえで、記念にサインをお願いしたそうです。
ところが、山下さんはプロの歌手として活動するなら、同業者にサインを求めるべきではないという趣旨で竹内さんを注意しました。
竹内さんは当初、山下さんに対して少し厳しい印象を持ったものの、帰宅してからその言葉の意味を考え直したといいます。プロとしての自覚を教えてくれた出来事として、後年のインタビューで語っています。
このエピソードはスポーツニッポンや日刊スポーツでも紹介されました。単なる有名人同士の出会いではなく、音楽に対する姿勢を通じて相手を理解していったことがうかがえます。
初デートは首都高速道路だった
2人の初デートについても、竹内さん本人が明かしています。
2014年に公開されたワーナーミュージック・ジャパンの公式Q&Aで、初デートの場所を尋ねられた竹内さんは、山下さんの車で東京の首都高速を一周したことを挙げています。
華やかな芸能人同士の交際というより、車の中で会話を楽しむような自然な時間だったことが伝わるエピソードです。
1982年4月に結婚
交際を経て、2人は1982年4月6日に結婚しました。
結婚日は、当時のデイリースポーツが1982年4月7日付の記事で報じた記録に残っています。東京・六本木の出雲大社東京分祠で挙式し、披露宴には音楽関係者や親族らが出席しました。
当時の記事では、山下さんが結婚式について「コンサートよりあがった(緊張した)」という趣旨のコメントをしたことも紹介されています。
結婚後、竹内さんはコンサート活動から距離を置き、作詞・作曲を中心とした活動へと軸足を移しました。この選択が、後の音楽人生を大きく変えることになります。
【年表・関係性】竹内まりやと山下達郎の結婚から現在まで
2人の関係を理解するうえで重要なのは、結婚前から音楽を通じたつながりがあり、結婚後もその関係が制作活動へ発展していったことです。
それぞれの経歴と夫婦としての節目を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 人物・出来事 | 関係性と確認できる事実 |
|---|---|---|
| 1975年 | 山下達郎 | シュガー・ベイブとしてデビュー |
| 1978年 | 竹内まりや | 歌手デビュー。山下が楽曲制作に参加 |
| 1978年頃 | 2人の出会い | デビューアルバムの楽曲制作を通じて接点を持つ |
| 1981年末 | 竹内まりや | レコーディング・コンサート活動を休止 |
| 1982年4月 | 2人の結婚 | 夫婦として新たな生活を始める |
| 1984年 | 『VARIETY』 | 山下が全面プロデュース・編曲を担当 |
| 1987年 | 『REQUEST』 | 竹内の代表的なアルバムとしてヒット |
| 2000年 | 竹内まりや | 18年ぶりにライブステージへ復帰 |
| 2014年 | 『TRAD』 | 7年ぶりのオリジナルアルバムを発表 |
| 2024年 | 『Precious Days』 | 10年ぶりのオリジナルアルバムを発表 |
| 2025年 | 全国アリーナツアー | 11年ぶりの全国アリーナツアーを開催 |
| 2026年 | 2人の音楽活動 | 新曲・ライブ作品・全国ツアーなどを継続 |
この年表は、竹内まりや公式サイトと山下達郎公式サイトのバイオグラフィー、ワーナーミュージック・ジャパンの作品情報をもとに整理したものです。
注目したいのは、結婚した1982年から、竹内さんが本格的にシンガーソングライターとして活動を再開する1984年までの期間です。この時期に、家庭生活と音楽制作の両方を大切にする2人独自のスタイルが形づくられていきました。
【活動再開の理由】竹内まりやはなぜ1984年に音楽へ戻ったのか
竹内さんは1981年末に休養を宣言し、レコーディングやコンサート活動を休止しました。
当時の竹内さんは、1978年のデビューから短期間で人気を獲得していました。「SEPTEMBER」や「不思議なピーチパイ」などのヒットに恵まれた一方、音楽を作ることと芸能活動をこなすことの間に、気持ちのずれを感じるようになっていたと振り返っています。
山下達郎の言葉が転機になった
2023年のデビュー45周年インタビューで、竹内さんはデビュー当時の苦悩について詳しく語っています。
音楽そのものは好きだったものの、芸能界的な仕事や忙しいスケジュールが続き、自分が望む音楽活動との違いに悩んでいたそうです。
ちょうど山下さんと交際を始めた時期でもあり、悩みを相談したところ、山下さんからは、自分がやりたい音楽を実現できないのであれば、一度やめてもよいという趣旨の助言があったといいます。
竹内さんは結婚を機に休業を選択。その後は作詞家・作曲家として他のアーティストに楽曲を提供しながら、自分の音楽を見つめ直していきました。
この時期に生まれた提供楽曲には、河合奈保子さんの「けんかをやめて」や薬師丸ひろ子さんの「元気を出して」などがあります。歌手活動を休んでいても、音楽家としての創作は続いていたのです。
1984年『VARIETY』でシンガーソングライターとして復帰
1984年4月、竹内さんはシングル「もう一度」とアルバム『VARIETY』を発表しました。
この作品は、竹内さん自身が全曲の作詞・作曲を担当し、山下さんが全面的にプロデュースと編曲を手がけたアルバムです。
オリコン週間アルバムランキングで1位を獲得し、竹内さんの新しい音楽活動の出発点となりました。
代表曲「プラスティック・ラブ」も収録されています。後年、国内外のリスナーからシティポップの代表的な楽曲として再評価され、海外でも広く知られるようになりました。
ここで重要なのは、山下さんが単に妻の復帰を手伝ったのではなく、竹内さん自身の作詞・作曲能力を中心に据えた制作体制を築いたことです。
竹内さんの個性を生かしながら、山下さんの編曲・プロデュース技術を組み合わせる。そのスタイルが、その後の代表作にもつながっていきました。
【夫婦仲を本人が告白】山下達郎と竹内まりやの関係は良好?
結婚から40年以上が経過した2人の夫婦仲について、竹内さんは複数のインタビューで率直に話しています。
2014年のワーナーミュージック・ジャパン公式Q&Aでは、夫婦円満の秘訣について質問され、相性や価値観の一致、そして多くの会話を挙げました。
また、夫婦喧嘩については、意見を交わすことはあっても、喧嘩に発展することはあまりないという趣旨で回答しています。
夫婦というより親友に近い関係
2024年10月の「婦人公論」のインタビューでは、竹内さんは夫との関係を「親友」と表現しています。
お互いに話すことが好きで、社会の出来事から日常の小さな話題まで、顔を合わせれば自然に会話が続くそうです。
さらに、2025年5月にテレビ朝日系「EIGHT-JAM」で紹介されたインタビューでは、山下さんとの音楽的な影響についても説明しました。
竹内さんによると、歌唱法そのものを山下さんに似せようとしているわけではない一方、長く一緒に会話をしているため、話し方や語彙が似てきたと感じているそうです。
食事中にも音楽の話をすることがあり、マスタリングの音を聴き比べて意見を交わすこともあると明かしています。
一方で、話題は音楽だけではありません。ゴミ出しなどの日常的な話もするとのことで、音楽家同士でありながら、ごく普通の夫婦生活も大切にしている様子が伝わります。
山下達郎が竹内まりやの音楽を支える仕組み
2人の関係を語るうえで欠かせないのが、山下さんによるプロデュースです。
山下さんは1984年以降、竹内さんの作品の編曲やプロデュースを担当してきました。竹内さんの作詞・作曲した楽曲を、どのようなサウンドで仕上げるかという重要な役割を担っています。
ただし、竹内さんがすべての音楽的判断を山下さんに任せているわけではありません。本人が作品の作り手として主体性を持ち、夫婦で意見を交わしながら音楽を完成させています。
この関係性は、長期間にわたって作品の質を保つうえでも大きな意味を持っています。
家庭内で音楽の相談ができる環境は、制作上の距離を縮めるだけでなく、日々の暮らしと創作活動を自然につなげる役割も果たしているのです。
【子供・娘について】竹内まりやと山下達郎の家族構成は?
竹内まりやさんと山下達郎さんの子どもについても、検索されることが多い話題です。
竹内さん本人は、ワーナーミュージック・ジャパンの公式Q&Aで、29歳のときに出産したことを明かしています。また、2023年のデビュー45周年インタビューでも、子どもを産み、育児に専念した時期があったと話しています。
したがって、2人が子育てを経験してきたことは、本人の発言から確認できます。
娘の名前や現在の職業は公表されている?
インターネット上では、2人の子どもについて娘がいるという紹介や、名前、職業に関する情報が流通しています。
しかし、竹内さんや山下さんの公式プロフィールで、子どもの氏名・正確な生年月日・職業などを詳しく公表しているわけではありません。
特に、娘の名前として紹介される情報や、イラストレーターとして活動しているという説については、本人や所属先による明確な確認が必要です。同姓同名の人物の活動を、そのまま夫妻の子どもの経歴と結び付けることはできません。
竹内さんはインタビューで育児について語っていますが、家族の個人情報を音楽活動のように積極的に発信しているわけではありません。
2024年の「anan」のインタビューでも、子育てを終えた現在の生活や、家族で食事を楽しむ日常について語っています。音楽活動と家庭生活を両立させてきたことが、本人の言葉から伝わります。
子育てと音楽活動をどう両立したのか
竹内さんは、子育てをしながら作詞・作曲を続けてきました。
2019年のインタビューでは、中森明菜さんに提供した「駅」を制作していた頃のエピソードを紹介しています。楽曲の世界観を考えている最中に子どもが泣き出し、いったん現実の生活に戻る。その後、子どもを寝かしつけてから再び曲の構想に戻るという日々だったそうです。
こうした生活は、竹内さんが自分に合った音楽活動の形を見つけるうえで大切な経験になりました。
大規模なツアーを頻繁に行うのではなく、家庭を大切にしながら、自分のペースで作品を発表する。竹内さん独自の活動スタイルは、家族との生活と切り離せないものだったのです。
【2026年最新】竹内まりやと山下達郎の現在の活動
2026年11月1日現在、竹内さんも山下さんも音楽活動を続けています。
竹内さんは2024年10月に10年ぶりのオリジナルアルバム『Precious Days』を発表。2025年には11年ぶりとなる全国アリーナツアーを開催しました。
そのツアーの映像作品『souvenir2025 ~mariya takeuchi live~』は、2026年7月22日に発売されています。
竹内まりやの2026年の新曲・作品情報
2026年9月15日、竹内さんの新曲「あなたでなければ」が、WOWOWの連続ドラマW『マイ・スイート・ホーム』の主題歌に決定したと公式サイトで発表されました。
同曲は2026年11月1日に配信リリース予定と告知されています。
さらに、アルバム『Bon Appétit!』の2026 Editionが11月25日に発売されることも発表されました。最新リマスターに加えてボーナストラックを収録し、アナログレコードも発売予定です。
また、2025年に開催された『九段下フォーク・フェスティバル’25』のライブアルバムが、2026年11月3日に発売予定です。竹内さんと桑田佳祐さんによる「Two Of Us」も先行配信されています。
こうした公式発表を見ると、竹内さんは過去のヒット曲を大切にしながら、新しい楽曲やライブ作品にも取り組んでいることが分かります。
山下達郎も2026年の全国ツアーを開催
山下さんも2026年に全国ホールツアー「山下達郎 PERFORMANCE 2026 Supported by Rakuten Card」を開催しています。
公式サイトによると、今回のツアーは11都市20公演。9月18日の神奈川公演から始まり、12月5日の大阪公演まで日程が組まれています。
2025年にはシュガー・ベイブのデビュー50周年記念作品も発売しており、ソロ活動だけでなく、自身の音楽キャリアを振り返る取り組みも続いています。
竹内さんの新曲発表と山下さんの全国ツアーが並行していることからも、2人が2026年現在も現役の音楽家として活動していることが分かります。
【よくある質問】竹内まりやの夫に関するFAQ
Q1:竹内まりやの夫は誰ですか?
A1:シンガーソングライターの山下達郎さんです。2人は1982年4月に結婚しました。
Q2:竹内まりやと山下達郎はいつ結婚しましたか?
A2:1982年4月6日です。当時のデイリースポーツの結婚報道にも記録が残っています。
Q3:竹内まりやと山下達郎の年齢差は何歳ですか?
A3:山下さんが約2歳1か月年上です。2026年11月現在、竹内さんは71歳、山下さんは73歳です。
Q4:2人の出会いはどこですか?
A4:1978年頃、竹内さんのデビューアルバムの楽曲制作がきっかけです。山下さんが「夏の恋人」の作詞・作曲を担当しました。
Q5:竹内まりやには子どもがいますか?
A5:います。竹内さん本人が29歳で出産したことや、育児に専念した時期があったことをインタビューで語っています。子どもの詳しい個人情報は公表されていません。
Q6:山下達郎は竹内まりやの曲をプロデュースしていますか?
A6:はい。1984年のアルバム『VARIETY』では、全曲の作詞・作曲を竹内さんが担当し、山下さんが全面プロデュース・編曲を手がけました。その後も竹内作品の編曲やプロデュースを担当しています。
Q7:2026年現在、2人は離婚していますか?
A7:2026年11月1日現在、離婚を発表した事実は確認されていません。竹内さんは近年のインタビューでも山下さんを夫として、また音楽活動のパートナーとして語っています。
まとめ:竹内まりやと山下達郎は音楽と家庭を支え合う夫婦
竹内まりやさんの夫は、シンガーソングライターの山下達郎さんです。2人は1978年頃に音楽制作を通じて出会い、1982年4月に結婚しました。
結婚後、竹内さんは一度音楽活動を休止しましたが、1984年に『VARIETY』を発表して本格的に活動を再開。山下さんが編曲・プロデュースを担当する制作体制は、その後の代表作にもつながりました。
夫婦仲についても、竹内さん自身が相性や価値観の一致、日常的な会話の大切さを語っています。お互いの意見を尊重しながら、家庭でも音楽でも自然に協力できる関係を築いてきたことがうかがえます。
また、出産や子育てを経験しながら、自分らしい音楽活動の形を見つけてきたことも竹内さんのキャリアを語るうえで欠かせません。
2026年現在も、竹内さんは新曲やアルバムの発表を続け、山下さんも全国ツアーを開催しています。長年にわたる2人の関係は、単なる有名人夫婦という枠を超え、互いの才能と個性を尊重しながら音楽人生を歩んできたパートナーシップとして注目されます。