柳亭市馬の現在は?年齢・芸歴・会長退任後の活動と2026年公演予定を徹底解説
落語家・柳亭市馬(りゅうてい・いちば)さんは、五代目柳家小さんに入門し、古典落語を中心に磨き上げた話芸で知られる落語界の実力者です。落語協会会長を10年間務めた後、2024年6月に会長職を退任。現在は同協会の顧問として活動を続け、2025年には紫綬褒章を受章しました。
2026年10月31日現在、64歳。本業の落語では寄席や独演会、各地の落語会に出演し、歌手としての一面も持っています。大分県豊後大野市出身というルーツや、五代目柳家小さんから受け継いだ芸風、得意演目の「高砂や」「青菜」、そして年末の独演会まで、公式プロフィールや自治体・公演情報をもとに、その歩みと現在を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- プロフィール:1961年12月6日生まれ、大分県豊後大野市緒方町出身。2026年10月現在64歳。
- 現在の立場:2024年6月に落語協会会長を退任し、現在は同協会顧問。2025年春には紫綬褒章を受章。
- 2026年の活動:寄席や独演会への出演を継続。12月18日には恒例の「年忘れ市馬落語集」が予定されている。
【プロフィール】柳亭市馬は何歳?出身地や本名、落語家としての基本情報

柳亭市馬さんは、1961年12月6日生まれの落語家です。本名は右藤泰幸(うとう・やすゆき)。出身地は大分県豊後大野市緒方町で、江戸落語の世界で長年活躍してきました。
2026年10月31日時点では64歳です。2026年12月6日に65歳の誕生日を迎えます。
落語協会の公式プロフィールには、出囃子が「吾妻八景」、紋が「丸に花菱・桔梗」と記載されています。出囃子は落語家が高座に上がる際に流れる音楽であり、寄席の伝統を彩る大切な要素です。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 芸名 | 四代目 柳亭市馬 |
| 読み方 | りゅうてい・いちば |
| 本名 | 右藤泰幸 |
| 生年月日 | 1961年12月6日 |
| 年齢 | 64歳(2026年10月31日時点) |
| 出身地 | 大分県豊後大野市緒方町 |
| 師匠 | 五代目柳家小さん |
| 前座名 | 小幸 |
| 二ツ目時代の名前 | さん好 |
| 真打襲名 | 1993年9月・四代目柳亭市馬 |
| 現在の協会での肩書 | 落語協会顧問 |
| 出囃子 | 吾妻八景 |
豊後大野市の公式紹介ページでも、生年月日や出身地、芸歴、受賞歴が掲載されています。同市とは現在もつながりがあり、2024年12月8日には豊後大野市のふるさと大使に就任しました。
同市の公式ページには、故郷について次のメッセージが掲載されています。
「しかし、心はいつも豊後大野市にあります。」
東京を拠点に落語家として活動する一方、故郷への思いを持ち続けていることが伝わる言葉です。自治体の紹介では、豊の国かぼす特命大使としての活動や、大分落語会の開催も紹介されています。
【芸歴・経歴】五代目柳家小さんへの入門から真打襲名まで

柳亭市馬さんの芸歴を語るうえで欠かせない人物が、師匠である五代目柳家小さんです。
1980年3月、五代目柳家小さんに入門。1981年4月に前座となり、小幸という名前で落語家としての第一歩を踏み出しました。
1984年5月には二ツ目へ昇進し、さん好と改名。そこから約9年の修業期間を経て、1993年9月に真打へ昇進しました。同時に四代目柳亭市馬を襲名しています。
師匠・五代目柳家小さんとの出会い

入門までの経緯については、2018年の「都民芸術フェスティバル」公式インタビューで本人が詳しく語っています。
子どもの頃から落語が好きだった市馬さんは、当初、噺家は江戸っ子がなるものだと思い、夢を半ば諦めていたそうです。
転機となったのは高校時代の剣道部でした。指導を受けていた先生と、五代目小さんの知人で剣道指導者だった中野八十二氏とのつながりから、小さんに入門する道が開けます。
当時の小さんは弟子を取らないと話していたものの、剣道を通じた縁もあって入門が実現しました。落語と剣道という二つの接点が、後の名人への道につながったのです。
柳亭市馬の芸歴と主な転換点
| 年月 | 出来事 | 主な意味 |
|---|---|---|
| 1961年12月 | 大分県豊後大野市に誕生 | 落語家としての原点 |
| 1980年3月 | 五代目柳家小さんに入門 | 前座名は小幸 |
| 1981年4月 | 前座となる | 池袋演芸場で初高座 |
| 1984年5月 | 二ツ目昇進 | さん好に改名 |
| 1993年9月 | 真打昇進 | 四代目柳亭市馬を襲名 |
| 2008年7月 | 歌手デビュー | 「山のあな あな ねぇあなた」を発売 |
| 2010年 | 落語協会理事に就任 | 協会運営に参加 |
| 2011年 | 落語協会副会長に就任 | 運営上の役職を歴任 |
| 2014年6月 | 落語協会会長に就任 | 会長としての10年間が始まる |
| 2024年6月 | 会長職を退任 | 顧問に就任 |
| 2025年4月 | 紫綬褒章を受章 | 芸術文化分野での功績が評価される |
この経歴で注目したいのは、真打昇進後も落語家としての活動にとどまらず、協会運営や後進の育成にも関わってきたことです。
2014年には、落語協会発足以来、史上最年少で会長に就任したと豊後大野市が紹介しています。高座での実績と組織を支える立場の両方を経験してきたことが、市馬さんのキャリアの特徴です。
【落語協会会長を退任】現在は顧問としてどんな活動をしている?
柳亭市馬さんは、2014年6月に一般社団法人落語協会の会長に就任しました。その後、2024年6月まで5期10年にわたって会長を務めています。
2024年6月に会長職を退き、現在は落語協会顧問です。この人事は、落語協会の公式プロフィールと豊後大野市の紹介ページの双方で確認できます。
会長退任は落語家引退を意味するのか
ここは検索する読者が誤解しやすいポイントです。
会長退任は、落語協会の代表として担っていた役職を離れたという意味であり、落語家として引退したということではありません。
実際、2026年も鈴本演芸場や浅草演芸ホールなどの定席に出演し、独演会や各地の落語イベントにも参加しています。公式スケジュールには2026年11月、12月の公演も掲載されています。
10年間の会長経験が持つ意味
2018年の都民芸術フェスティバル公式インタビューでは、会長としての主な仕事について、真打昇進披露や襲名披露の興行で口上を述べること、式典で協会を代表して挨拶することなどを説明しています。
また、寄席を生で見る機会が少ない地域に足を運んだり、学校で落語を披露したりする普及活動にも触れていました。
落語協会の会長は、単に組織を管理するだけの役職ではありません。伝統芸能を次の世代につなぎ、一般の観客に落語の魅力を伝える役割も担います。
10年間の会長経験を持つ市馬さんが、退任後も顧問という立場で協会に関わっていることは、長年の経験を落語界に生かす意味でも注目されます。ただし、顧問としての具体的な職務内容は、公式プロフィールでは詳細に示されていません。
現在の活動は落語協会の顧問だけではありません。豊後大野市のふるさと大使として故郷の魅力発信にも関わり、大分落語会の開催など、地域文化との接点も持ち続けています。
【得意ネタと歌手活動】「高砂や」「青菜」から「山のあな あな ねぇあなた」まで
柳亭市馬さんの魅力は、協会運営の経験や受賞歴だけではありません。中心にあるのは、古典落語を丁寧に伝える高座です。
代表的な得意演目は「高砂や」「青菜」
公式プロフィールに掲載されている得意ネタには、「高砂や」「青菜」「堪忍袋」「味噌蔵」などがあります。
なかでも「高砂や」と「青菜」は、市馬さんの代表的な持ちネタを知るうえで押さえておきたい演目です。
「高砂や」は、祝いの言葉や節回しが印象に残る古典落語です。言葉の調子や間の取り方によって、噺の雰囲気が大きく変わります。
一方の「青菜」は、植木屋と屋敷の旦那をめぐるやり取りから笑いが生まれる演目です。人物の違いを声や所作で描き分けることが見どころです。
また、「味噌蔵」も市馬さんが得意とする演目の一つです。2018年の都民芸術フェスティバルのインタビューでは、厳しく倹約家の旦那が留守にした間に奉公人たちが酒盛りをする物語として、見どころを解説していました。
五代目柳家小さんから受け継いだ芸の考え方
市馬さんの芸風を理解するうえで参考になるのが、本人が語った「噺の幹」の考え方です。
2018年の公式インタビューでは、弟子への指導について、噺の幹を押さえ、自然に話すことや、間合いを考えることを大切にしていると説明しています。
さらに、古典落語をそのままの言葉で語るだけではなく、現代の観客が違和感なく楽しめるよう、古い言い回しやイントネーションを調整する工夫にも言及していました。
古典の骨格を守りながら、聞き手に届く表現を選ぶ。この姿勢は、長く落語を楽しんできた人にも、初めて寄席を訪れる人にも理解しやすい魅力につながっています。
2008年に歌手デビュー!「山のあな あな ねぇあなた」とは
市馬さんには、落語家とは別の顔もあります。2008年7月、ポニーキャニオンから「山のあな あな ねぇあなた」を発売し、歌手デビューを果たしました。
落語協会や本人の公式プロフィールでは、この歌手デビューの経歴が明記されています。また、日本歌手協会の会員でもあります。
趣味として公式プロフィールに記載されているのは、流行歌を聴くことや歌うこと、そして歌舞伎見物です。歌への関心は一時的な企画ではなく、本人の趣味や芸能活動の一部にもつながっています。
落語と歌は一見異なる分野ですが、声を使って観客に何かを伝えるという点では共通しています。落語の語り口や節回し、歌唱という異なる表現を楽しめることも、市馬さんならではの個性です。
【2025年の紫綬褒章】受章理由と落語界への貢献
柳亭市馬さんは、2025年春の褒章で紫綬褒章を受章しました。
2025年4月28日、政府が春の褒章受章者を発表し、落語協会も公式ニュースで市馬さんの受章を公表しています。褒章の授与日は4月29日です。
紫綬褒章はどのような功績に贈られるのか
内閣府によると、紫綬褒章は学術やスポーツ、芸術文化の分野で優れた業績を挙げた人を対象とする褒章です。
市馬さんの場合、長年にわたる落語家としての活動に加え、落語協会会長を10年間務めるなど、落語界の発展に貢献してきた経歴が受章の背景にあります。
2025年4月28日のTOSテレビ大分の報道では、受章を知った市馬さんの喜びと恐縮する気持ちが紹介されました。
「嬉しいのと恐縮するのと本当もうごちゃごちゃです」
長年好きな仕事に取り組んできたことへの率直な感想として伝えられた言葉です。
紫綬褒章以前にも評価された実績
市馬さんの受賞歴は、2025年の紫綬褒章だけではありません。
1991年と1993年には、にっかん飛切落語会の若手落語家奨励賞を受賞。1995年には国立演芸場花形演芸大賞を受賞しています。
さらに2021年3月には、令和2年度の第71回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞しました。2024年には大分合同新聞文化賞も受賞しています。
こうした受賞歴を見ると、若手時代からの高座での評価に加え、長年にわたる芸の積み重ねや落語界への貢献が認められてきたことが分かります。
紫綬褒章は、その歩みを象徴する大きな節目となりました。
【2026年最新】柳亭市馬の公演予定・出演情報をチェック
2026年10月31日現在、柳亭市馬さんは落語家として現役で活動しています。本人の公式ホームページには、11月から12月にかけての公演予定が掲載されています。
2026年11月の出演予定
11月1日~10日:鈴本演芸場
上野の鈴本演芸場に出演予定です。公式スケジュールでは夜の部、19時10分上がりと案内されています。
11月2日:博多・天神落語まつり
JR九州ホールで開催される「第二十回 六代目三遊亭円楽名誉プロデュース 博多・天神落語まつりラスト公演!」に出演予定です。「一花咲かせる落語まつり」の公演で、柳亭市馬さんのほか、柳家花緑、林家彦いち、柳家三三、春風亭一之輔、春風亭一花が出演者として掲載されています。
11月3日:博多・天神落語まつり
同じく博多で開催される公演に出演予定です。会場はFFGホールで、「20年分の感謝を込める会」に出演します。
11月14日:柳亭市馬独演会
三鷹市芸術文化センターの星のホールで14時開演予定。ゲストはウクレレえいじです。市馬さんの高座を中心に楽しめる公演です。
11月15日:秋の特選落語競演会2026
兵庫県立芸術文化センターの阪急中ホールで開催される昼の部に出演予定です。桂南光、桂南天らと共演します。
11月16日:晩秋四景
有楽町朝日ホールで13時開演予定。柳家喬太郎、一龍斎貞鏡、春風亭一花らとともに出演します。
2026年12月の注目公演
12月5日:春風亭一花真打昇進披露特別公演・夜の部
有楽町朝日ホールで18時開演予定です。市馬さんは、春風亭一花の真打昇進披露特別公演に出演者として名を連ねています。
12月18日:年の瀬 恒例 年忘れ市馬落語集
有楽町朝日ホールで18時30分開演予定。市馬さん自身が出演する恒例の公演で、ゲストは神田松鯉です。
この公演で予定されている演目は「淀五郎」と「掛取萬歳」2026バージョン。古典落語を楽しみながら年末を締めくくれる、市馬さんのファンにとって注目の一席です。
2026年のスケジュールを見ると、東京の定席出演だけでなく、博多や兵庫など各地の公演にも参加していることが分かります。独演会や恒例の落語集も継続しており、会長退任後も高座を活動の中心に据えていることがうかがえます。
公演日時や出演者、チケット販売状況は変更される場合があります。最新情報は本人の公式ホームページや各会場の公演案内で確認できます。
【柳亭市馬の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:柳亭市馬は2026年現在、何歳ですか?
A1:1961年12月6日生まれで、2026年10月31日時点では64歳です。2026年12月6日に65歳になります。
Q2:柳亭市馬は落語協会の会長を辞めたのですか?
A2:はい。2014年6月に会長へ就任し、5期10年務めた後、2024年6月に退任しました。現在は落語協会顧問です。
Q3:柳亭市馬の師匠は誰ですか?
A3:五代目柳家小さんです。1980年3月に入門し、前座名は小幸。1984年に二ツ目へ昇進してさん好と改名し、1993年に真打昇進と同時に四代目柳亭市馬を襲名しました。
Q4:柳亭市馬は紫綬褒章を受章していますか?
A4:はい。2025年春の褒章で紫綬褒章を受章しました。芸術文化分野での功績が評価されています。
Q5:柳亭市馬の代表的な得意ネタは何ですか?
A5:公式プロフィールには「高砂や」「青菜」「堪忍袋」「味噌蔵」などが掲載されています。
Q6:柳亭市馬は歌手としても活動しているのですか?
A6:はい。2008年7月に「山のあな あな ねぇあなた」で歌手デビューしました。日本歌手協会の会員でもあります。
Q7:柳亭市馬はどこの出身ですか?
A7:大分県豊後大野市緒方町の出身です。2024年12月には豊後大野市のふるさと大使に就任しています。
まとめ:柳亭市馬は会長退任後も高座で活躍する落語界の実力者
柳亭市馬さんは、五代目柳家小さんへの入門から真打襲名まで、着実に芸歴を重ねてきた落語家です。古典落語の「高砂や」「青菜」などを得意とし、2008年には歌手としてもデビューしました。
2014年から2024年までの10年間は落語協会会長を務め、退任後は顧問に就任。2025年には紫綬褒章を受章し、長年の芸と落語界への貢献が評価されました。
2026年10月現在は64歳。寄席への出演や独演会、地方公演を続け、12月18日には恒例の「年忘れ市馬落語集」も予定されています。
市馬さんの歩みを振り返ると、会長という役職を離れたことは、落語家としての活動の終わりではありません。むしろ、組織運営の経験と長年培ってきた芸を背景に、今も観客の前で落語を届け続けています。
師匠から受け継いだ古典の魅力を大切にしながら、時代に合わせて聞き手に伝える。その姿勢こそが、柳亭市馬という落語家を理解するうえで見逃せないポイントです。
今後の公演情報や出演予定を確認する際は、本人の公式スケジュールを基準にすると、最新の活動を把握しやすくなります。