【プロフィール】安田善紀の経歴と現在の基本情報

目次


(やすだ・よしのり)

講談師名:旭堂南洋
- 生年月日:1985年9月20日
- 出身地:奈良県橿原市
- 年齢:41歳(2026年11月現在)
- 身長:177cm
- 血液型:O型
- 所属:吉本興業
- 趣味:読書・講談
- 特技:テニス

上記は吉本興業の公式タレントプロフィールに掲載されている情報だ。現在は芸人としての活動に加え、旭堂南洋の名前で講談にも取り組んでいる。

特に注目したいのは、安田が芸能活動そのものを辞めたわけではないことだ。漫才コンビの解散、東京から奈良への拠点移動、講談師への転身という複数の変化を経ながら、話芸を仕事にする道を選び続けている。

吉本興業のプロフィールでは、奈良県住みます芸人としての肩書も確認できる。

安田善紀の芸歴は1996年から

りあるキッズ安田

安田の芸能人生は、小学生時代に始まった。

1996年、テレビ番組の企画「次代のダウンタウンを創る」をきっかけに、長田融季とコンビを結成。当時11歳だった2人は、少年漫才師として注目を集めた。

安田は漫才ではボケを担当。後年のインタビューでは、コンビ時代のネタ作りを主に自分が担っていたことも明らかになっている。

少年時代からテレビや舞台を経験し、18歳でM-1グランプリの決勝に進出した経歴は、現在の講談師としての活動にもつながる話芸の土台といえる。

【りあるキッズの歴代活動】11歳で結成からM-1決勝5位まで

りあるキッズ安田

< Entity value="りあるキッズ" category="other" disambig="1996年結成のお笑い漫才コンビ"/>は、1990年代後半から2000年代にかけて活動した漫才コンビだ。

安田善紀と長田融季の2人は、子どものころから芸能活動を始めた異色の存在だった。

1996年、テレビ企画から誕生した少年漫才コンビ

りあるキッズ安田

結成のきっかけは、TBS系のオーディション番組「輝く日本の星! 次世代のダウンタウンを創る」。

当時小学5年生だった2人は、将来の大物漫才師を目指す企画で才能を見いだされた。

「未来のダウンタウン」という期待を背負い、11歳でコンビを結成したことは、当時の芸能界でも珍しい出来事だった。

1998年には心斎橋筋2丁目劇場で本格的な活動を展開。同年、今宮こどもえびすマンザイ新人コンクールで福笑い大賞を獲得している。

長田は映画『岸和田少年愚連隊 望郷』への主演やNHK連続テレビ小説『まんてん』への出演など、漫才以外でも活動の幅を広げた。

M-1グランプリ2003で決勝5位を獲得

2人の代表的な実績が、2003年のM-1グランプリ決勝進出だ。

当時18歳だったりあるキッズは、若さだけではなく、漫才の実力でも存在感を示した。

公式大会記録によると、2003年大会には1,906組が参加。決勝に進んだりあるキッズは601点を獲得し、9組中5位となった。

順位 コンビ名 得点
1位 フットボールアワー 663点
2位 笑い飯 656点
3位 アンタッチャブル 616点
4位 2丁拳銃 608点
5位 りあるキッズ 601点
6位 スピードワゴン 572点
7位 アメリカザリガニ 564点
8位 麒麟 554点
9位 千鳥 552点

当時のM-1は、若手漫才師にとって全国的な知名度を得る大きな舞台だった。

その決勝に10代で進出したりあるキッズは、将来を期待された存在だった。特に、安田がネタ作りを担い、長田がツッコミを担当するコンビとして、2人の掛け合いが注目された。

ただし、2003年の5位は優勝ではない。決勝進出という実績と、優勝を逃した結果は区別して理解しておきたい。

りあるキッズの活動と転換点を年表で整理

年 出来事 内容
1996年 コンビ結成 11歳で長田融季と活動開始
1998年 本格デビュー 心斎橋筋2丁目劇場などで活動
1998年 新人賞 今宮こどもえびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞
2003年 M-1決勝 601点で5位
2014年8月1日 コンビ解散 長田が吉本興業を退社
2016年 新コンビ結成 安田が浜田ツトムと新たな活動を開始
2023年 奈良へ帰郷 関西を拠点に活動
2025年8月 講談師デビュー 旭堂南洋として活動開始
2026年 講談活動 奈良を中心に公演などに取り組む

この年表から見えてくるのは、2014年の解散が芸能活動の終着点ではなかったことだ。

安田は解散後も芸人として活動し、別の相方とのコンビ結成を経験した。その後、活動拠点と表現方法を変えながら、芸歴を積み重ねている。

【解散理由と借金問題】長田融季に何があったのか

りあるキッズの解散を語るうえで避けられないのが、相方・長田融季の借金問題だ。

2014年8月、長田が吉本興業を退社し、コンビも解散したことが明らかになった。

ただし、この問題は報道された借金額と本人たちの証言を分けて理解する必要がある。

2014年8月に明らかになった借金問題

2014年8月12日付のスポーツニッポンは、長田が8月1日付でコンビを解散し、吉本興業を退社していたと報じた。

報道によれば、借金問題が表面化したのは同年6月初旬。

複数の関係者から知人や芸人仲間への多額の借金が伝えられ、当時の報道では数千万円規模ともされていた。

吉本興業は同紙の取材に対し、コンビ解散と長田の退社を認めたうえで、理由についてはプライベートな問題と説明している。

長田本人から契約解除の申し入れがあり、会社側が了承したという経緯も報じられた。

1億円以上という借金報道の背景

借金額については、2021年5月のFRIDAYデジタルの記事が詳しい。

同誌は、長田の借金が1億円以上にのぼったと報じた。

さらに、解散から7年後に実現した安田と長田の再会取材では、安田自身が当時の状況を説明している。

安田によると、吉本興業から借金問題について説明を受けた際、債権者リストに記載されていた金額は総額で約5,500万円だったという。

また、安田自身も長田に約300万円を貸していたと語っている。

ここで注意したいのは、約5,500万円は安田が当時見せられたリストについて語った数字であり、1億円以上というFRIDAYの報道とは数字の性質が異なることだ。

両者を単純に同一の確定債務額として扱うことはできない。

安田が解散を切り出した理由

FRIDAYの取材で安田が明かしたのは、借金問題だけではない。

当時、りあるキッズは東京進出を計画していた。しかし、長田の金銭問題が発覚し、コンビとしての活動継続が難しくなった。

安田は、吉本興業が長田の問題を把握し、事情を明らかにするよう求めていたことを説明している。

そのうえで、長田が契約解除になる前に自分から解散を切り出したと振り返った。

一方、2014年8月には安田自身もSNSで解散を認め、コンビを続けたかったという心境を明かしていた。

当時の安田の発言として報じられたのが、次の言葉だ。

「ずっと長田とコンビを続けたかったです」

11歳から18年間、一緒に活動してきた相方との別れだった。

金銭問題が表面化したからといって、長年のコンビ活動に対する安田の思いまで簡単に消えたわけではなかったことが伝わる。

【2025年に旭堂南洋へ】講談師に転身した理由と新しい挑戦

2025年、安田善紀の芸能人生に新しい転機が訪れた。

それが、講談師・旭堂南洋としての活動開始だ。

漫才師から講談師への転身は、一見すると大きな方向転換に見える。しかし、両者に共通するのは、言葉と話術で観客を引き込む芸能であるという点だ。

講談に興味を持ったきっかけは神田伯山

安田が講談に興味を持った背景については、2024年11月のスポニチの記事で紹介されている。

当時、安田は奈良県住みます芸人として活動する一方、講談にも挑戦していることを明かしていた。

きっかけの一つとなったのが、講談師・のYouTube動画だった。

講談という伝統芸能に触れたことで、自分も本格的に取り組みたいという気持ちが生まれたという。

さらに、芸人仲間が講談師へ転身したことも背中を押した。

安田は当時、将来的に襲名を目指していることにも言及していた。

東京での活動を離れ、奈良へ戻った理由

講談師への挑戦と並んで重要なのが、2023年末の奈良への帰郷だ。

安田は約8年間にわたって東京を拠点に活動していたが、2023年12月、地元の奈良に戻り、関西を中心に活動することを発表した。

スポニチのインタビューでは、東京での仕事について厳しい現実を語っている。

漫才などに取り組んでも仕事の機会に恵まれず、芸人がSNSで批評される環境にも疲れを感じていたという。

当時の心境を表す言葉として、次の発言が報じられた。

「喧噪の中でやってるのが疲れました」

この帰郷は、単なる活動縮小ではなかった。

奈良県住みます芸人として地域に根ざした仕事を行いながら、以前から関心を持っていた講談に挑戦する。東京での活動とは異なる働き方を選んだのである。

2025年8月5日、講談師の試験に合格

2025年8月5日、安田は講談師のプロテストに合格した。

師匠は旭堂南鷹。試験合格を経て、旭堂南洋という名前を授かった。

日刊スポーツの2025年9月のインタビューでは、講談師としての目標も語っている。

目指すのは、前座から二つ目、そして真打ちへと段階を踏んで実績を積み上げることだ。

本人は講談の稽古について、漫才よりも難しいと感じていることも明かした。

漫才の経験があるからといって、伝統芸能の修業が簡単になるわけではない。新しい芸の世界で一から学ぶ姿勢が求められている。

講談と漫才は何が違う?


漫才

会話の掛け合いを中心に笑いを生み出す話芸。ボケとツッコミなどの役割がある。

講談

歴史や人物の物語を独特の調子で語る話芸。釈台や張り扇なども使う。

漫才では、相手との掛け合いやテンポが重要になる。

一方、講談では一人の話し手が物語を展開し、人物の感情や歴史的な出来事を観客に伝える。

安田にとっては、これまで培ってきた話術を生かしながら、別の技術を身につける挑戦だ。

講談師への転身は、漫才を捨てたというよりも、話芸の可能性を広げる選択として捉えると理解しやすい。

【2026年最新】安田善紀・旭堂南洋の現在の活動

2026年11月現在

安田は2026年も、芸人と講談師の両方の肩書で活動している。

吉本興業の公式プロフィールには、旭堂南洋としての活動に加え、奈良県住みます芸人としての所属情報が掲載されている。

ならどっとFMでラジオ出演

現在のレギュラー出演として確認できるのが、ならどっとFMの番組「安田善紀のちなみに今日は日曜日」だ。

テレビだけに活動を限定せず、ラジオを通じてリスナーに語りかける仕事も続けている。

また、BSよしもとの「発信Live ジモトノチカラ!」にも不定期出演している。

これらは吉本興業の公式プロフィールにも掲載されている活動だ。

奈良を拠点に講談会を開催

2026年の具体的な活動予定として注目されるのが、11月23日に奈良県生駒市で開催予定の公演だ。

旭堂南洋presents「俺の講談会 vol.5」

2026年11月23日開催予定
- 会場:たけまるホール
- 所在地:奈良県生駒市北新町
- 時間:14時~16時
- 内容:安田善紀・芸歴30周年記念スペシャル
- ゲスト:旭堂南京、笑福亭笑利ほか

イベント掲載情報。開催内容は変更される場合があります。

この公演は、安田が11歳で芸能活動を始めてから30年という節目に合わせたものだ。

講談師としての名前を冠した自主公演を継続していることからも、単発の話題作りではなく、講談を自身の活動の柱にしようとしている様子がうかがえる。

また、同じ奈良県住みます芸人や講談師、落語家をゲストに迎える構成は、地域の芸能関係者との交流という点でも興味深い。

2026年の安田善紀をどう評価するべきか

現在の活動を見るうえで重要なのは、テレビへの出演回数だけで安田の芸能活動を評価しないことだ。

少年時代は全国区の漫才コンビとして注目されたが、現在は地域密着型の芸人活動、ラジオ、講談会など、複数の場所で話芸を披露している。

特に講談は、実績を積み上げていく必要がある伝統芸能だ。

2025年にプロテストへ合格した段階から、2026年はその後の修業と公演を重ねていく時期に当たる。

今後、真打ちを目指す過程でどのような演目を身につけ、どのように観客を増やしていくかが注目点になる。

【再結成の可能性】長田融季との現在の関係は?

りあるキッズの再結成を望むファンにとって、気になるのが安田と長田の現在の関係だろう。

解散当時は借金問題によって関係が大きく揺らいだ2人だが、その後、完全に交流が途絶えたままというわけではない。

2021年、7年ぶりの再会で見えた温度差

2021年5月、FRIDAYは安田と長田の7年ぶりの再会を取材した。

長田は借金問題について安田に謝罪したが、安田は当初、相方に対して強い関心を持っていないという態度を示した。

この時点では、安田は再結成について否定的だった。

ただし、再結成を望む人が多く、迷惑をかけた人たちへの謝罪が済んでいるなら、一度くらいは可能性があるとも話していた。

つまり、絶対に二度と一緒に仕事をしないという単純な拒絶ではなく、実現するためには乗り越えるべき条件があるという姿勢だった。

2022年には一緒に漫才を披露

その後、2人の関係には変化が生まれた。

FRIDAYの2022年12月の記事によると、2021年11月には安田のYouTube企画で2人が漫才を披露。

さらに2022年7月には、観客の前で一夜限りの漫才も行った。

長田のネットラジオにも安田がゲスト出演し、食事を共にするなど、解散直後とは異なる関係になっていたという。

ただし、これは正式なコンビ再結成とは異なる。

長田自身も当時の取材で、再結成は予定していないと説明している。

その一方で、コンビという形にこだわらず、今後も安田と一緒に何かをしたいという希望を語っていた。

2026年に再結成する可能性は?

2026年11月現在、りあるキッズの正式な再結成を発表したという確かな情報は確認できない。

過去には2人で漫才を披露した実績があるものの、現在の安田は旭堂南洋として新しい芸能活動に取り組んでいる。

再結成の可能性を考えるうえで、押さえておきたいポイントは次の3つだ。

1. 過去の共演実績があること: 2021~2022年には再会や漫才披露が実現している。
2. 長田との関係が改善したこと: 解散直後の断絶状態から、食事やラジオ出演をする関係へ変化した。
3. 安田の活動方針が変化したこと: 現在は講談師としても活動しており、コンビ再結成だけを目標にしているわけではない。

したがって、再結成の可能性を完全に否定することはできないが、現時点で具体的な計画があると判断できる材料もない。

ファンが期待できるのは、正式なコンビ復活だけではなく、過去の2人が再び舞台で共演するような機会かもしれない。

【プロの結論】りあるキッズ安田の現在から見える芸人人生の転換点

安田善紀の経歴を振り返ると、単なる元人気芸人の現在という言葉では説明しきれない変化がある。

11歳で芸能界に入り、18歳でM-1決勝に進出。順調に見えたキャリアは、相方の借金問題によって2014年に大きな転換点を迎えた。

その後も芸人を続け、東京から奈良へ活動拠点を移し、2025年には講談師・旭堂南洋として新たなスタートを切った。

この経歴から読み取れる重要なポイントは3つある。

第一に、芸能人としての成功は過去の肩書だけでは決まらない。

少年時代の知名度やM-1決勝進出という実績は大きい。しかし、それだけで将来の仕事が保証されるわけではない。安田の歩みは、芸能活動を継続する難しさを示している。

第二に、話芸という自分の強みを別の分野へ転用できる。

漫才から講談への挑戦は、まったく異なる仕事への転職というよりも、話す技術を別の形式で磨き直す選択だ。経験を生かしながら新しい技術を身につける姿勢は、芸能界に限らず参考になる。

第三に、地域に根ざした活動も芸能人のキャリアを支える。

東京での活動に限界を感じた安田は、地元の奈良へ戻った。奈良県住みます芸人として地域の舞台やイベントに出演し、ラジオや講談会にも活動を広げている。

全国ネットのテレビ出演だけが芸人の仕事ではない。地域の観客と直接つながることも、長く活動するための選択肢となる。

安田の現在を理解するなら、かつての「天才少年漫才師」というイメージだけで判断するのではなく、40代を迎えた表現者が新たな芸を身につけようとしている点に注目したい。

【よくある質問】りあるキッズ安田の現在に関するFAQ

Q1:りあるキッズの安田善紀は現在何をしていますか?

A1:吉本興業に所属する芸人として活動しながら、2025年8月から講談師・旭堂南洋としても活動しています。奈良県住みます芸人として地域の仕事を行い、ならどっとFMのラジオ番組にもレギュラー出演しています。

Q2:安田善紀が講談師になった理由は何ですか?

A2:神田伯山のYouTube動画を見たことなどが講談への興味につながりました。東京での芸人活動に疲れを感じ、奈良へ戻った時期に講談への挑戦を本格化。2025年8月5日に講談師のプロテストに合格しました。

Q3:りあるキッズの解散理由は長田融季の借金問題ですか?

A3:2014年の解散については、長田の多額の借金問題が大きく報道されました。長田は吉本興業に契約解除を申し入れ、同年8月1日付で退社。安田も当時、解散を認めています。吉本興業は当時、理由をプライベートな問題と説明しました。

Q4:りあるキッズはM-1グランプリで優勝したことがありますか?

A4:優勝はしていません。2003年大会で決勝に進出し、601点で5位になりました。参加1,906組の大会で決勝に進出したことが代表的な実績です。

Q5:安田善紀と長田融季が再結成する可能性はありますか?

A5:2021年の再会後、2022年には2人で漫才を披露するなど関係は改善しました。ただし、正式な再結成の発表は確認できません。長田も2022年の取材で、当面は現在の関係がちょうどよいと話していました。


まとめ:安田善紀は旭堂南洋として新たな芸人人生へ

りあるキッズ安田こと安田善紀は、11歳で芸能界に入り、2003年のM-1グランプリ決勝で5位を獲得した元少年漫才師だ。

2014年には長田融季の借金問題を背景にコンビが解散。その後もピン芸人として活動を続け、2023年には地元の奈良へ戻った。

そして2025年8月、講談師・旭堂南洋として新たな一歩を踏み出した。

2026年現在は奈良県住みます芸人、ラジオ出演、講談会など活動の幅を広げている。

りあるキッズの再結成は未定だが、過去には2人で漫才を披露したこともあり、元相方との関係が完全に断絶しているわけではない。

かつて漫才で注目された安田善紀は、今度は講談という伝統芸能で自分の話芸を磨いている。

2026年以降、旭堂南洋としてどのような実績を積み、真打ちへの道を歩んでいくのか。少年漫才師として始まった芸人人生の新章に注目したい。