【尾崎三兄弟の兄弟構成と年齢】長男・次男・三男は誰?
尾崎三兄弟は、徳島県出身のプロゴルファー3人です。兄弟の順番は、長男が尾崎将司、次男が尾崎健夫、三男が尾崎直道。3人ともプロゴルファーとして国内ツアーで優勝を重ねました。
2026年10月30日時点の年齢と生年月日は次のとおりです。
- 長男・尾崎将司(ジャンボ):1947年1月24日生まれ。2025年12月23日、78歳で逝去。
- 次男・尾崎健夫(ジェット):1954年1月9日生まれ。72歳。
- 三男・尾崎直道(ジョー):1956年5月18日生まれ。70歳。
3人はそれぞれ異なる時期にゴルフ界で頭角を現しました。長兄が先にプロとして成功し、その背中を追うように弟2人もゴルフの世界へ進んだという経緯があります。日本ゴルフツアー機構(JGTO)の選手プロフィールにも、それぞれの生年月日と競技経歴が掲載されています。
【尾崎三兄弟の経歴・通算勝利数】3人の実績を一覧比較

尾崎三兄弟を語るうえで欠かせないのが、国内男子ツアーで積み上げた優勝回数です。
特に注目したいのは、長兄・将司の圧倒的な勝利数だけではありません。健夫は15勝、直道は32勝を挙げており、兄弟全員がトッププロとして結果を残しています。
3人のプロフィールと主な記録

出典:JGTO、日本プロゴルフ協会(PGA)、ゴルフダイジェスト・オンラインの選手記録。プロ通算勝利とレギュラーツアー勝利、シニアツアーの勝利は集計範囲が異なります。
ジャンボ尾崎・尾崎将司:プロ通算113勝、賞金王12回

長兄の尾崎将司は、3兄弟の中でも突出した実績を持つ選手です。
1947年1月24日、徳島県生まれ。高校時代は徳島海南高校の野球部でエースを務め、1964年春の選抜高校野球大会で優勝しました。
翌1965年にはプロ野球の西鉄ライオンズに入団。しかし、野球選手としての活動を経てゴルフに転向し、1970年にプロ入りします。
転向後の成長は目覚ましく、1971年の日本プロゴルフ選手権で初優勝。そこから短期間で勝利を積み重ね、日本男子ゴルフ界の中心人物となりました。
特筆すべき実績は次のとおりです。
- プロ通算113勝。
- 1973年以降の国内男子ツアー94勝。
- 国内男子ツアー賞金王12回。
- 2010年、世界ゴルフ殿堂入り。
- 2002年、55歳で全日空オープン優勝。
賞金王12回は歴代最多記録です。特に1994年から1998年までの5年連続戴冠は、ジャンボ尾崎の強さを象徴する記録として知られています。
また、2002年の全日空オープンでは55歳で優勝。2026年時点でも破られていない、1973年以降の国内男子ツアー最年長優勝記録です。
JGTOの記録では94勝、日本プロゴルフ協会などが紹介するプロ通算記録では113勝となっています。これは数字の矛盾ではなく、1973年以降のツアー制度に基づく勝利と、それ以前や海外での勝利を含むプロ通算記録の違いです。
ジェット尾崎・尾崎健夫:ツアー15勝、シニア賞金王
次男の尾崎健夫は、1954年1月9日生まれ。
兄の将司と同じ徳島海南高校で野球に取り組みました。高校時代には野球選手としても実力を発揮し、プロ野球からドラフト指名を受けた経歴があります。
しかし、最終的には野球ではなくゴルフを選択。18歳からゴルフを始め、1975年にプロ転向しました。
ジェットの特徴は、恵まれた体格と豪快なショットです。国内レギュラーツアーでは15勝を挙げ、国内メジャー大会でも3勝を記録しています。
特に注目したいのは、シニアツアーでの活躍です。
2007年には日本プロゴルフシニア選手権で優勝。2008年、2009年にはファンケルクラシックを連覇し、2009年にはシニアツアー賞金王に輝きました。
レギュラーツアーだけでなく、年齢を重ねてからも競技者として実績を残した選手です。
ジョー尾崎・尾崎直道:ツアー32勝、賞金王2回、永久シード
三男の尾崎直道は1956年5月18日生まれ。
兄2人の活躍を見ながらゴルフの世界に入り、1977年にプロ転向しました。
ただし、プロ入り後すぐに成功したわけではありません。初優勝はプロ転向から8年目となる1984年です。
同年には3勝を挙げ、賞金ランキング2位まで躍進しました。
その後、1991年に初めて賞金王を獲得。1993年からは米国ツアーにも参戦し、2001年までシード権を確保してプレーしました。
さらに、1997年のヨネックスオープン広島でツアー通算25勝に到達。これにより永久シードを獲得しています。
1999年には米国ツアーのシード権を維持しながら国内でも3勝を挙げ、2度目の賞金王に輝きました。
この年には日本プロゴルフ選手権と日本オープンも制覇。日本タイトル4冠を達成した実力者です。
シニアツアーでも活躍し、2012年には2勝を挙げて賞金王に輝きました。2025年には関東プロゴールドシニアで11年ぶりの優勝も記録しています。
【ジャンボ・ジェット・ジョーの由来】愛称に隠された3兄弟の物語
尾崎三兄弟の名前を特徴づけるのが、3人それぞれに付けられた「J」から始まる愛称です。
単なる芸名ではなく、当時のゴルフ人気や3人のプレースタイルとも結びついています。
ジャンボ尾崎の由来はジャンボジェット機
ジャンボ(JUMBO)
長兄・将司の愛称です。大柄な体格と圧倒的な飛距離が、当時話題になっていたジャンボジェット機(ボーイング747)を連想させたことに由来します。
スポーツニッポンの報道によると、1970年5月、習志野で開催された関東プロの月例競技会で優勝した際、同紙のゴルフ担当記者が「ジャンボ・プロ誕生」と紹介したことが愛称の始まりでした。
当時のジャンボジェット機の登場と、豪快なドライバーショットが結びついたことで、愛称は全国的に広まっていきました。
ジェット尾崎の由来は豪快なショット
ジェット(JET)
次男・健夫の愛称です。兄のジャンボに続き、ショットの力強さや豪快なプレースタイルをジェット機になぞらえて名付けられました。
長兄の「ジャンボ」という愛称が先に定着し、弟にも飛行機を連想させる名前が付けられたという流れです。
ジョー尾崎の由来はファン公募
ジョー(JOE)
三男・直道の愛称です。兄2人のJから始まる愛称に合わせ、当時契約していたブリヂストンがファンからニックネームを募集したことが由来です。
直道には、粘り強いプレースタイルから「マムシのジョー」という異名もありました。
GDOのゴルフライターによる対談記事でも、3人の愛称がそれぞれの個性と結びついて紹介されています。
1999年には尾崎三兄弟が日本プロのトップ3を独占
3兄弟の実力を象徴する出来事として忘れられないのが、1999年の日本プロゴルフ選手権です。
この大会では、三男の直道が優勝。長男の将司が2位、次男の健夫が3位に入りました。
つまり、同じ兄弟が国内メジャー大会の上位3位を独占したのです。
日本ゴルフ協会のゴルフペディアでも、男子ツアー史上初の出来事として紹介されています。
兄弟が同じ競技で成功するだけでも珍しいことですが、国内最高峰の大会で表彰台を独占した事実は、尾崎三兄弟の実力を示す象徴的な記録です。
【尾崎将司の死去と2026年のお別れの会】弟2人の現在は?
2025年12月23日、78歳で逝去
2025年12月24日、JGTOは尾崎将司さんの訃報を発表しました。
亡くなったのは2025年12月23日午後3時21分。死因はS状結腸がんで、享年78歳でした。
約1年前に病気の診断を受けた後、本人の強い意志で自宅療養を続けていたと発表されています。
葬儀は故人の遺志により近親者のみで執り行われ、後日、お別れの会を開催することが告知されました。
2026年3月16日、帝国ホテル東京でお別れの会
2026年2月4日、JGTOは尾崎将司さんのお別れの会について正式に案内しました。
開催概要は以下のとおりです。
- 開催日:2026年3月16日(月)
- 会場:帝国ホテル東京 本館2階「孔雀の間」
- 式典:10時30分~12時(招待者のみ)
- 一般献花:13時30分~14時30分(最大15時まで)
- 発起人代表:青木功
- 喪主:尾崎智春
主催は日本プロゴルフ協会、日本ゴルフツアー機構、ジャパンゴルフツアー選手会の3団体です。
一般献花の時間も設けられ、多くのゴルフ関係者やファンが故人を偲びました。
お別れの会には約2,000人が参列
日本ゴルフ協会が2026年3月17日に公開した報告によると、お別れの会には式典に参加したゴルフ関係者と一般献花者を合わせて、約2,000人が参列しました。
祭壇は富士山とゴルフ場をモチーフに構成され、約5,000本の花が飾られました。
会場には、2002年に最後の優勝を飾ったANAオープンで撮影された写真や、数々の優勝杯、愛用のクラブ、キャディバッグなども展示されました。
発起人代表の青木功さんが弔辞を読み、海外ゴルフ界からもジャック・ニクラウスさんやトム・ワトソンさんらが惜別のメッセージを寄せました。
また、2026年度の日本ゴルフ殿堂プレーヤー部門にも選出され、亡くなった後もその功績が改めて評価されています。
弟の健夫と直道が語った兄への思い
お別れの会では、ジェットこと健夫とジョーこと直道も取材に応じました。
スポーツ報知の報道によると、健夫は兄について、亡くなる1週間前によく話をしたことを振り返っています。
直道も兄との別れを次のように語りました。
自分の思うまま、欲するままの人生で、戦い続けた人生だった。
また、直道は兄が自身のゴルフ人生に与えた影響についても感謝を示しています。
プロゴルファーとしての尾崎直道があるのは、兄が野球をやめてゴルフに進み、自分にゴルフを教えてくれたからだという思いです。
兄弟としての記憶と、偉大な先輩プロとしての敬意。その両方が伝わる言葉でした。
2026年現在、健夫と直道はどうしている?
2026年10月30日時点では、次兄・健夫は72歳、三男・直道は70歳です。
健夫は国内ツアー15勝に加え、2009年のシニアツアー賞金王という実績を持っています。
直道は2026年も国内シニアツアーに出場しています。ゴルフダイジェスト・オンラインなどの大会記録には、2026年の出場結果が掲載されており、10月24~25日の福岡シニアオープンでは55位でした。
また、直道は2025年の関東プロゴールドシニアでも優勝しており、70歳を迎えた後も競技の場に立ち続けています。
長兄の逝去によって尾崎三兄弟の歴史は大きな節目を迎えました。しかし、弟2人がそれぞれのキャリアを歩み続けていることも、2026年の現在を理解するうえで大切なポイントです。
【プロの結論】尾崎三兄弟が日本ゴルフ界に残したもの
尾崎三兄弟の記録を振り返ると、単に3人の有名プロゴルファーがいたという話ではないことが分かります。
長兄の将司は113勝、賞金王12回という歴史的な記録を築きました。次男の健夫は15勝を挙げ、シニアでも賞金王を獲得。三男の直道は32勝と2度の賞金王に加え、永久シードまで獲得しています。
3人のレギュラーツアー勝利数を合計すると、94勝+15勝+32勝=141勝です。
これは2018年のGDOによる尾崎三兄弟の特集でも紹介された数字です。
尾崎三兄弟の記録を見るときに知っておきたい3つのこと
1.113勝と94勝は同じ意味ではない
ジャンボ尾崎の113勝はプロ通算の記録です。一方、94勝は1973年以降の国内男子ツアー制度に基づく勝利数です。
この2つを混同すると、実績を正しく比較できません。
2.賞金王の回数だけで3人の実力を比較しない
将司は12回、直道は2回のレギュラーツアー賞金王です。健夫は2009年にシニア賞金王を獲得しています。
それぞれ活躍した時期や競技環境が違うため、賞金王の回数だけでは評価しきれません。
3.永久シードは直道の大きな功績
永久シードは、1973年以降のツアーで25勝を達成した選手などに認められる特別な資格です。
直道は1997年に25勝に到達し、長兄の将司とともに永久シード選手となりました。
この記録は、兄の知名度に隠れがちな直道自身の実力を示す重要なポイントです。
尾崎三兄弟を調べるときは、勝利数の集計範囲、賞金王の対象ツアー、永久シードの獲得条件を分けて確認すると、3人それぞれの功績がより鮮明になります。
【尾崎三兄弟に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:尾崎三兄弟の年齢は何歳ですか?
A1:2026年10月30日時点で、長男の尾崎将司さんは2025年12月に78歳で逝去。次男の尾崎健夫さんは72歳、三男の尾崎直道さんは70歳です。
Q2:尾崎三兄弟の通算勝利数は合計何勝ですか?
A2:1973年以降の国内レギュラーツアー勝利数を合計すると141勝です。内訳は将司94勝、健夫15勝、直道32勝です。なお、将司のプロ通算勝利数は113勝です。
Q3:尾崎三兄弟で賞金王になったのは誰ですか?
A3:長男の将司がレギュラーツアーで12回、三男の直道が2回獲得しています。次男の健夫は2009年のシニアツアー賞金王に輝いています。また、直道も2012年にシニアツアー賞金王を獲得しました。
Q4:尾崎直道が永久シードを獲得したのはいつですか?
A4:1997年のヨネックスオープン広島でツアー通算25勝に到達し、永久シードを獲得しました。
Q5:ジャンボ尾崎のお別れの会はいつ開催されましたか?
A5:2026年3月16日に帝国ホテル東京で開催されました。一般献花も実施され、約2,000人が参列しました。
Q6:尾崎三兄弟の愛称はなぜジャンボ・ジェット・ジョーなのですか?
A6:ジャンボはジャンボジェット機と体格・飛距離に由来します。ジェットは豪快なショットが由来で、ジョーは兄2人のJに合わせてブリヂストンがファンから募集した愛称です。
まとめ:尾崎三兄弟の功績は2026年以降も語り継がれる
尾崎三兄弟は、長男・尾崎将司、次男・尾崎健夫、三男・尾崎直道からなる、日本男子ゴルフ界を代表する兄弟プロゴルファーです。
ジャンボ尾崎はプロ通算113勝と賞金王12回という偉大な記録を残し、ジェット尾崎は15勝とシニア賞金王、ジョー尾崎は32勝と永久シード、2度の賞金王という実績を築きました。
2025年12月23日の尾崎将司さんの逝去は、日本ゴルフ界にとって大きな節目となりました。翌2026年3月のお別れの会や日本ゴルフ殿堂への選出は、その功績の大きさを改めて示しています。
一方、健夫と直道はそれぞれのキャリアを歩んでいます。
3人の合計141勝という数字だけでなく、異なる個性を持った3人が同じ競技で頂点を目指したことこそ、尾崎三兄弟の最大の魅力です。
ジャンボ、ジェット、ジョー。3つの愛称とともに、日本ゴルフ界に刻まれた兄弟の足跡は、これからも語り継がれていくはずです。