大竹しのぶの元旦那は誰?服部晴治との死別とさんまとの結婚・離婚を徹底解説
女優・大竹しのぶの元旦那は、明石家さんまだけではありません。実際には、1982年に結婚した最初の夫・服部晴治と、1988年に再婚した明石家さんまの2人がいます。ただし、服部晴治とは離婚ではなく死別しており、さんまとは1992年に離婚しています。この違いを理解することが、大竹しのぶの結婚歴を知るうえで重要です。
2026年10月現在、注目したいのは、2度の結婚と別れだけではありません。服部晴治が亡くなる前にさんまへ託したとされる手紙、長男・二千翔と長女・IMALUの父親の違い、そして離婚から30年以上が経過した現在も続く大竹とさんまの交流です。2025年の長男の結婚式や2026年に明かされた離婚当時のエピソードも交え、時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 元夫は2人:最初の夫はTBSドラマディレクターの服部晴治、2人目はお笑い芸人の明石家さんま。
- 結婚と別れ:1982年に服部晴治と結婚し1987年に死別。1988年にさんまと再婚し、1992年に離婚。
- 2026年最新情報:さんまとは離婚後も交流が続き、2025年には長男・二千翔の結婚式にもさんまが出席している。
【結論】大竹しのぶの元旦那は2人!服部晴治と明石家さんま

大竹しのぶの結婚歴を整理すると、夫は2人です。
最初の夫は、テレビドラマの制作に携わっていた服部晴治。2人は1982年に結婚し、長男の二千翔をもうけました。しかし、服部は1987年にがんで亡くなっています。
その後、大竹しのぶは1988年に明石家さんまと再婚。翌1989年には長女のIMALUが誕生しました。しかし、夫婦生活は長く続かず、1992年9月に離婚しています。
ここで注意したいのが、服部晴治は離婚した元夫ではなく、死別した最初の夫という点です。一方、明石家さんまは正式に離婚した2人目の夫です。
検索で「大竹しのぶの元旦那」と調べると、さんまの名前が最初に出てくることが多いものの、結婚歴全体を把握するには服部晴治の存在も欠かせません。
【初婚】大竹しのぶと服部晴治の結婚から死別まで

17歳年上のテレビディレクターと1982年に結婚

大竹しのぶと服部晴治が出会ったのは、大竹が23歳だった頃です。服部はTBSのドラマディレクターで、ドラマ「恋人たち」の演出を担当していました。
仕事を通じて知り合った2人は交際に発展し、1982年10月12日に結婚。当時25歳だった大竹に対し、服部は17歳年上でした。
大竹は2025年2月放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」で、最初の結婚を振り返っています。女優として充実していた時期だったことや、相手が年上で結婚歴もあったことから、周囲には反対する人もいたそうです。それでも、自分の気持ちに従って結婚を決めたと語っています。
同番組では、服部と座右の銘を見せ合った際、2人とも「まぁいいか」と書いていたという微笑ましい思い出も紹介しました。
結婚から約1年後にがんが発覚
幸せな結婚生活のなかで、大きな試練が訪れます。服部は結婚から約1年後、がんを患っていることが判明しました。
デイリースポーツが2017年に報じたテレビ番組での回想によると、服部には余命1年と診断されたといいます。当時、大竹は病状を本人に伝えられないまま、日常生活を続けなければならない状況に直面しました。
その後、大竹は妊娠し、1985年に長男の二千翔が誕生します。息子の名前には、21世紀に大きく羽ばたいてほしいという願いが込められました。
1987年、服部晴治は47歳で死去
闘病を続けていた服部晴治は、1987年7月に47歳で亡くなりました。死因はがんです。大竹は当時30歳でした。
最初の結婚は、夫婦の意思による離婚ではなく、病気による死別という形で終わりました。大竹は幼い二千翔を育てながら、女優としての仕事にも向き合っていくことになります。
この時期に大竹と交流していたのが、後に再婚相手となる明石家さんまでした。
【結婚・離婚の経緯】明石家さんまと1988年に再婚、1992年に離婚
出会いのきっかけは「男女7人夏物語」
大竹しのぶと明石家さんまの関係が広く知られるきっかけとなったのが、1986年放送のTBSドラマ「男女7人夏物語」です。
2人は共演を通じて親しくなりました。当時、大竹には服部晴治との間に生まれた長男・二千翔がおり、服部は闘病中でした。
意外に知られていないのが、服部とさんまにも交流があったことです。2人はテニス仲間として一緒に過ごす関係だったと、さんま自身が後年語っています。
1988年に結婚、1989年にIMALUが誕生
服部との死別を経て、大竹は1988年に明石家さんまと再婚しました。さんまにとっても、大竹との結婚は人生の大きな転機でした。
1989年9月19日には、2人の間に長女のIMALUが誕生します。大竹の長男・二千翔とともに、家族としての生活が始まりました。
テレビでの共演でも存在感を発揮していた2人の結婚は、当時の芸能界でも大きな話題となりました。
1992年に離婚。結婚生活は約4年間
しかし、2人の結婚生活は1992年9月に終わりを迎えます。1988年の結婚から約4年間で離婚することになりました。
離婚後も2人はそれぞれ芸能界で活動を続け、子どもを通じた関係も維持してきました。夫婦としての生活は終わりましたが、家族としてのつながりまで完全になくなったわけではありません。
大竹しのぶの結婚歴・家族関係の年表
| 年月 | 出来事 | 関係者・補足 |
|---|---|---|
| 1982年10月12日 | 初婚 | 服部晴治と結婚 |
| 1985年 | 長男誕生 | 二千翔が誕生 |
| 1986年 | ドラマ共演 | さんまと「男女7人夏物語」で共演 |
| 1987年7月 | 死別 | 服部晴治が47歳でがんにより死去 |
| 1988年 | 再婚 | 明石家さんまと結婚 |
| 1989年9月19日 | 長女誕生 | IMALUが誕生 |
| 1992年9月 | 離婚 | 明石家さんまと離婚 |
| 2025年5月29日 | 長男が結婚 | 二千翔が結婚 |
| 2025年9月23日 | 長男の挙式・披露宴 | さんまも出席 |
| 2026年 | 離婚後の交流が継続 | さんまが離婚当時の心境をテレビで語る |
この年表から分かるように、大竹の人生には、死別による別れと離婚による別れという異なる2つの経験があります。単純に「離婚歴2回」と理解するのは正確ではありません。
【離婚理由】明石家さんまと大竹しのぶが別れた本当の理由とは?
明石家さんまと大竹しのぶの離婚理由については、これまで双方がテレビやラジオで当時の出来事を振り返っています。特に注目されるのは、仕事と家庭の両立、生活習慣の違い、夫婦間の価値観です。
大竹しのぶが語った「花束を隠した」出来事
2025年1月、日本テレビ系「喫茶しのぶ」で大竹は、さんまとの離婚につながったと感じている出来事を明かしました。
IMALUを出産した後、大竹は約1年半仕事を休み、女優として復帰します。役所広司と舞台「ラヴ・レターズ」に出演し、久しぶりに仕事を終えて帰宅した際、大きな花束を持っていました。
ところが、大竹はさんまが嫌がるのではないかと考え、花束を隠して家に入ったといいます。
大竹自身は、この行動を振り返り、女優として仕事をする自分と母親としての自分を両立させる難しさを感じていたことを明かしました。
このエピソードからは、仕事への思いと家庭での立場をめぐり、大竹が気を遣っていた様子がうかがえます。
2026年9月、さんまが明かした映画にまつわる離婚の決断
2026年9月27日、ENCOUNTはフジテレビ系「指原千夏」に出演した明石家さんまの発言を報じました。
さんまが語ったのは、映画「フィールド・オブ・ドリームス」を大竹と一緒に鑑賞したときの出来事です。
この映画には、経済的に苦しい状況でも夫の夢を支える妻が登場します。さんまは、その妻の姿に強く感動しており、大竹にも同じ場面を見てほしいと考えていたそうです。
しかし、大竹は生活が苦しいなかで野球場を作るという展開に疑問を示したといいます。さんまは、その反応を受けて、価値観の違いを感じ、別れを考えたと振り返りました。
これは2026年にさんま自身が語った具体的なエピソードであり、離婚を考えるに至った心境を知る手がかりになります。ただし、映画の一場面だけが4年間の結婚生活を終わらせた唯一の原因だったと断定することはできません。
夜型生活など、日常のすれ違いもあった
2026年8月には、さんまがMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」で、大竹との結婚生活を振り返っています。
極端な夜型生活を送っていたさんまは、周囲から大竹がよく我慢していたという趣旨の言葉をかけられたことを紹介しました。そして、当時の大竹への感謝を口にしています。
夫婦の生活時間が合わないことは、日々の暮らしに影響する問題です。仕事の時間帯も生活スタイルも異なる2人にとって、こうした積み重ねが負担になっていた可能性があります。
つまり、離婚の背景には、仕事に対する考え方や家庭での役割、日常生活の違いなど、複数の要素があったと考えられます。
【子ども】二千翔とIMALUの父親は誰?さんまと服部晴治の関係
大竹しのぶの家族関係を理解するうえで、特に間違えやすいのが2人の子どもの父親です。
長男・二千翔の実父は服部晴治
長男の二千翔は、1985年に大竹しのぶと服部晴治の間に生まれました。実の父親は服部です。
1987年に服部が亡くなったため、二千翔は幼い頃に実父と死別しています。その後、大竹が明石家さんまと再婚したことで、さんまとも家族として暮らすことになりました。
さんまは二千翔と血縁関係がありませんが、幼い頃から一緒に過ごし、離婚後も親しい関係を続けてきました。
二千翔はウェブ制作会社を経営しており、2025年5月29日に結婚しました。
長女・IMALUの父親は明石家さんま
一方、1989年に生まれた長女のIMALUは、大竹しのぶと明石家さんまの実の子どもです。
IMALUはタレントとして活動しており、両親が離婚した後も、それぞれとの交流を続けています。
二千翔とIMALUは母親が同じですが、父親は異なります。二千翔の実父が服部晴治、IMALUの実父が明石家さんまです。
2025年、二千翔の結婚式にさんまが出席
2025年9月には、二千翔の結婚披露宴が開かれました。大竹がNHKラジオ第1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」で報告したところによると、さんまも式に出席しています。
披露宴では、さんまが新郎の父親の挨拶にあたる場面でスピーチを担当しました。
さらに、さんまは服部との過去の交流についても明かしています。服部が亡くなる直前に、自分宛てに「しのぶをよろしくお願いします」という趣旨の手紙を送っていたというのです。
さんまはその言葉を受け止め、大竹と結婚する理由の一つになったと披露宴で語りました。
また、披露宴には出席できなかった大竹の母と、二千翔の実父である服部の写真も飾られていたと報じられています。血縁関係だけでは説明できない、長い年月を通じた家族のつながりが表れた場面でした。
【2026年最新】大竹しのぶと明石家さんまの現在の関係は?復縁の可能性も検証
1992年の離婚から34年が経過した2026年10月現在、大竹しのぶと明石家さんまは、元夫婦でありながら交流を続けています。
合同誕生会を開くほどの良好な関係
2025年6月、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した大竹は、さんまとの現在の関係について語りました。
2人はともに7月生まれということもあり、合同誕生会を開くことが恒例になっているそうです。
大竹は、離婚後の年月のほうが結婚生活よりも長くなったことにも触れ、子どもがいるため縁は切れないという趣旨の話をしています。時々会って近況を報告し合いたいという思いも明かしました。
また、番組ではさんまと電話やLINEで連絡を取る関係についても紹介されています。
2025年の長男の結婚式でも家族として交流
2人の関係を象徴する出来事が、二千翔の結婚式です。
さんまは披露宴に出席し、実父である服部との手紙のエピソードを披露しました。二千翔にとっても、さんまは幼少期から自分を支えてくれた大切な存在です。
2025年12月には、大竹がNHKラジオで、さんまについて「いい人なんですよ、本当にね」と語っています。長男の結婚披露宴でのさんまの振る舞いについても、概ね事実だったと受け止め、感謝を示しました。
2026年も続く、互いへの感謝と率直な発言
2026年8月には、さんまがラジオで大竹への感謝を語り、9月には離婚を決断した当時のエピソードをテレビで明かしました。
興味深いのは、離婚した理由を語る一方で、過去の結婚生活を否定するような発言ばかりではないことです。さんまは大竹が結婚生活のなかで自分に合わせてくれていたことを振り返り、感謝の気持ちを示しています。
大竹もさんまを家族に近い存在として扱い、長男の結婚という節目を一緒に祝っています。
ただし、良好な関係と復縁は別の話です。大竹は以前、さんまについて楽しい人ではあるものの、一緒に暮らすのは難しいという趣旨の発言をしています。2026年10月現在、2人が再婚したという発表もありません。
【プロの結論】大竹しのぶの結婚歴から分かる3つの重要な事実
大竹しのぶの結婚歴を調べる際には、次の3点を押さえると、インターネット上の情報に惑わされにくくなります。
1. 死別と離婚は明確に区別する
服部晴治との結婚は死別によって終わり、明石家さんまとの結婚は離婚によって終わっています。どちらも過去の夫という意味では元夫ですが、別れの事情はまったく異なります。
2. 子どもの父親を混同しない
二千翔の実父は服部晴治、IMALUの実父は明石家さんまです。さんまが二千翔を家族として大切にしてきたことと、血縁上の父親が誰なのかという事実は分けて理解する必要があります。
3. 離婚後の良好な関係を復縁と解釈しない
合同誕生会や長男の結婚式への出席など、2人の交流は確かに続いています。しかし、これは離婚後も家族として良好な関係を築いていることを示すものであり、再婚を意味するものではありません。
大竹しのぶとさんまの関係は、結婚生活が終わった後も子どもや長年の交流を通じて続いている点に特徴があります。元夫婦という肩書きだけでは、その関係の全体像を捉えられません。
大竹しのぶの元旦那に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大竹しのぶの元旦那は明石家さんまだけですか?
A1:いいえ。最初の夫はTBSドラマディレクターの服部晴治です。1982年に結婚し、1987年に服部が亡くなった後、1988年に明石家さんまと再婚しています。
Q2:大竹しのぶの最初の夫・服部晴治の死因は何ですか?
A2:がんです。服部は1987年7月に47歳で亡くなりました。大竹とは1982年に結婚し、1985年に長男の二千翔が誕生しています。
Q3:大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由は何ですか?
A3:仕事と家庭の両立、生活習慣、価値観の違いなどが関係していたことが、双方の後年の発言からうかがえます。2026年9月にはさんまが映画「フィールド・オブ・ドリームス」にまつわるエピソードを明かしています。
Q4:二千翔とIMALUの父親は同じですか?
A4:違います。二千翔の実父は服部晴治、IMALUの実父は明石家さんまです。2人は大竹しのぶを母親とするきょうだいです。
Q5:大竹しのぶと明石家さんまは2026年現在も仲が良いですか?
A5:はい。合同誕生会や家族行事などを通じて交流しています。2025年には二千翔の結婚式にさんまが出席しました。ただし、復縁や再婚が発表された事実はありません。
まとめ:大竹しのぶの元旦那は2人、現在も続く家族の絆
大竹しのぶの元旦那は、最初の夫・服部晴治と、2人目の夫・明石家さんまの2人です。
1982年に服部と結婚し、1985年に長男の二千翔が誕生。1987年に服部と死別した後、1988年にさんまと再婚し、1989年に長女のIMALUが生まれました。そして1992年にさんまと離婚しています。
離婚から34年が経過した2026年現在も、大竹とさんまの交流は続いています。特に2025年の二千翔の結婚式では、さんまが出席してスピーチを行い、服部との過去のつながりまで明かしました。
大竹しのぶの結婚歴を理解するうえで大切なのは、2人の元夫を単に並べるのではなく、服部との死別、さんまとの結婚と離婚、そして子どもたちを通じて続く現在の関係を一連の歴史として捉えることです。
女優として第一線で活動を続ける大竹しのぶ。その人生には、夫婦としての別れを経験した後も、家族としての関係を大切にしてきた長い歩みが刻まれています。
主な事実確認に使用した報道資料
- デイリースポーツ:服部晴治との初婚、闘病、死別の経緯。
- 日刊スポーツ:2025年の大竹本人による初婚時代の回想。
- スポニチ:二千翔の結婚式、さんまの出席、服部からの手紙についての報道。
- マイナビニュース:2026年8月のさんまによる結婚生活の振り返り。
- ENCOUNT:2026年9月のさんまによる離婚理由の回想。
- テレビ朝日「徹子の部屋」関連報道:離婚後の交流や合同誕生会について。