中村江里子の旦那は誰?実業家バルト氏の職業・年収・出会いと2026年の夫婦生活
元フジテレビアナウンサーで、現在はフランスを拠点に活動する中村江里子さん。夫はフランス人実業家のシャルル・エドワード・バルト氏です。2人は2001年に結婚し、3人の子どもを育てながら、パリを中心とした国際的な生活を送ってきました。
バルト氏は化粧品ブランド「EviDenS de Beauté(エヴィドンス・ドゥ・ボーテ)」を創業した実業家で、ファッション業界での経営経験も持つ人物です。2026年には結婚25周年を迎え、当時のウエディングドレスとモーニングスーツを着用した「再々結婚式」も話題になりました。さらに、2025年からのミラノ移住を経て、現在は再びパリでの生活をスタートしています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 夫の正体:フランス人実業家シャルル・エドワード・バルト氏。化粧品ブランドEviDenS de Beautéの創業者。
- 結婚と家族:2001年に結婚。2004年、2007年、2010年に長女・長男・次女が誕生し、3人の子どもを育てている。
- 2026年最新情報:結婚25周年の再々結婚式を実施。ミラノでの期間限定生活を終え、夫と次女とともにパリで暮らしている。
【夫の正体】シャルル・エドワード・バルト氏の職業・プロフィールと実業家としての経歴

中村江里子さんの夫、シャルル・エドワード・バルト氏は、フランス出身の実業家です。日本では中村さんの夫として知られていますが、実際には美容・化粧品業界やファッション業界で経営に携わってきた人物です。
シャルル・エドワード・バルト氏のプロフィール

日本語の報道では「シャルル・エドワード・バルト」「シャルル・エドゥアール・バルト」など複数の表記が使われています。英語表記はCharles-Edouard Barthesです。
2026年の報道では55歳と紹介されています。中村さんの夫としてだけでなく、フランスの高級化粧品ブランドを立ち上げた経営者という側面にも注目する必要があります。
化粧品ブランド「EviDenS de Beauté」の創業者

バルト氏の代表的な事業が、2007年に創業したフランス発の高級スキンケアブランド「EviDenS de Beauté」です。
ブランド公式サイトのヒストリーによると、創業のきっかけは妻である中村江里子さんでした。中村さんは敏感肌で、自分に合うアンチエイジング化粧品を見つけることに苦労していたといいます。
そこでバルト氏は、妻が満足できるスキンケア製品を作ることを目指しました。フランスの美容文化と日本の技術を融合させ、敏感肌にも配慮した化粧品ブランドを立ち上げたのです。
ブランドの開発は2003年に構想が始まり、2004年後半から処方開発が進められ、2007年に正式にブランドが誕生しました。妻への思いが事業の出発点になったという経緯は、公式ブランドヒストリーでも紹介されています。
ファッション業界でも経営経験を持つ
バルト氏のキャリアは化粧品業界だけではありません。2026年5月に公開されたパリ観光局系メディア「Paris je t'aime」のインタビューでは、フランスのファッションハウス「Jean-Louis Scherrer(ジャン=ルイ・シェレル)」で10年間CEOを務めた経歴が紹介されています。
同インタビューによると、EviDenS de Beautéは2026年時点で14か国に約450の販売拠点を展開しています。ブランドの企画だけでなく、商品開発や国際的な販売網の構築にも関わっていることが分かります。
2013年のデイリースポーツの報道では、結婚当時は父親が経営する会社のファッションビジネス部門に勤務していたことも紹介されました。その後、自身のブランドを立ち上げ、経営者として活動の幅を広げています。
こうした経歴から、バルト氏は単に裕福な家庭に生まれた人物というより、ファッションと美容の両分野で事業を展開してきた経営者と捉えるのが適切です。
【馴れ初め】中村江里子と夫の出会いは東京のエレベーター!パリで再会した運命的な経緯
中村江里子さんとバルト氏の出会いは、映画のワンシーンを思わせる偶然の連続でした。最初に顔を合わせた場所はフランスではなく、意外にも東京です。
最初の出会いは東京のホテルのエレベーター
中村さんは2022年9月、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した際、夫との出会いについて語っています。
バルト氏が初めて日本へ出張に来たとき、ホテルのエレベーターで中村さんと偶然乗り合わせたことが最初の接点でした。
ただし、このときはエレベーターに乗り合わせただけで、会話も名刺交換もありませんでした。中村さんの記憶に残ったのは、大きな男性が乗っていたという程度だったそうです。
半年後のパリで偶然の再会
その約半年後、中村さんがフジテレビのアナウンサーとして働いていた時期に、一人でパリを訪れました。
知人と食事をするために訪れた店で、その知人の同僚として紹介されたのがバルト氏でした。
バルト氏から「僕のこと覚えてますか?」と声をかけられ、中村さんは東京のエレベーターで会った人物だと気づいたといいます。
ただ、この2回目の再会でも、すぐに交際が始まったわけではありません。社交辞令として食事の約束を交わし、その場はいったん別れました。
3回目の東京で連絡先を交換
さらに約8か月後、2人は再び東京で顔を合わせます。ここで初めて互いに自己紹介をし、連絡先を交換しました。
この3回の偶然について、スポニチアネックスが報じた「徹子の部屋」での中村さんの説明は、出会いの経緯を知るうえで重要な一次証言です。
最初の出会いからすぐに恋愛関係になったのではなく、東京、パリ、東京という異なる場所で再会を重ねたことが、2人の関係の始まりでした。
2001年9月に結婚し、パリへ移住
2人は2001年9月に結婚し、中村さんは生活の拠点をパリに移しました。
フジテレビを1999年3月に退社していた中村さんにとって、結婚は仕事と生活の両方を大きく変える転機となりました。
なお、結婚年については報道に表記の違いがあります。過去のスポニチアネックスやデイリースポーツの記事には2000年とする記載もありますが、フランス観光関連のプロフィール、2026年の日刊スポーツ、オリコンニュースでは2001年とされています。2026年の結婚25周年行事とも整合するため、ここでは2001年を基準にしています。
【年収・生活費】夫の収入はいくら?結婚当初は意外にも完全割り勘だった
中村江里子さんの夫について検索される疑問の一つが、バルト氏の年収や資産です。パリの暮らしや高級ブランドの経営者という肩書きから、非常に裕福な生活を想像する人も少なくありません。
夫の年収は公表されている?
2026年10月時点で、バルト氏個人の正確な年収や資産総額を示す公式発表は確認できません。
2026年5月のパリ観光局系メディアのインタビューでは、経営するEviDenS de Beautéの事業規模として14か国・約450拠点という数字が紹介されています。しかし、これはブランドの販売網を示す数字であり、バルト氏個人の年収ではありません。
実業家の場合、会社の売上、営業利益、役員報酬、株式の価値、配当などはそれぞれ異なります。ブランドの販売規模だけから個人の所得を計算することはできません。
したがって、ネット上で見かける具体的な年収や資産額については、本人や会社の公表資料による裏付けがあるかどうかを見極める必要があります。
結婚当初は夫の収入が高くなかった
興味深いのは、中村さん自身が夫婦の経済事情について率直に語っていることです。
2025年10月19日公開の文春オンラインのインタビューで、中村さんは結婚前からパリで生活を始めた頃について、夫婦が生活費を分担していたと明かしました。
「夫は当初、あまり収入も良くなく、でもそれを隠さずに伝えてくれた」
中村さんは、夫が収入について正直に話してくれたことを受け、自分も仕事を続けていたため、生活費を半分ずつ負担することを提案したと説明しています。
そして、2人目の長男が生まれるまでは完全な割り勘だったといいます。
生活費の分担を変えた理由は子育てと仕事
割り勘を続けることが難しくなった理由は、子どもの誕生と中村さんの仕事環境の変化でした。
中村さんはフランスの会社ではなく、日本の仕事を継続していました。しかし、子どもが1人、2人、3人と増えるにつれ、日本への移動にかかる旅費や、仕事中に子どもを預けるための費用が大きくなっていきました。
特に当時のベビーシッター費用は負担が大きく、仕事を続けるためには夫婦で費用分担を見直す必要がありました。
その後は負担割合を徐々に変え、例えば旅行では夫が旅費を出し、中村さんがホテル代を負担するなど、状況に応じた分担へ移行したそうです。
この話から見えてくるのは、夫婦間で収入の多さを競うのではなく、仕事と家庭の状況に応じて負担を調整してきたという姿勢です。
単純な男女の役割分担ではなく、互いの収入や仕事、育児にかかる費用を共有してきたことが、長く続く夫婦生活の一つの特徴になっています。
【子供は3人】中村江里子の家族構成とパリ・ミラノ・東京・ニューヨークの生活
中村江里子さんとバルト氏の間には、長女・長男・次女の3人の子どもがいます。子どもたちが成長した2026年現在、家族それぞれの生活拠点も変化しています。
長女・長男・次女の誕生年
子どもたちの誕生年は、2004年、2007年、2010年です。2026年8月には次女が16歳になったことも報じられています。
- 長女:2004年生まれ。2026年は東京での生活やインターンに関する情報が紹介されている。
- 長男:2007年生まれ。2026年1月からニューヨークで学生生活を開始した。
- 次女:2010年生まれ。2026年8月に16歳を迎え、両親とともに生活している。
3人とも海外と日本を行き来する環境で成長しており、フランス、日本、アメリカなど、複数の文化に触れながらそれぞれの道を歩んでいます。
2025年9月から夫の仕事でミラノへ移住
中村さんは2025年8月、ブログでイタリア・ミラノへの移住を発表しました。
理由は夫の仕事のプロジェクトです。2025年9月から1年間、夫、次女、中村さんの3人でミラノに暮らす計画を明かしました。
日刊スポーツの報道によると、中村さんはフランスでは家族が一緒に暮らすという考え方が強いことにも触れ、単身赴任ではなく家族で新しい生活に挑戦する選択をしたと説明しています。
一方、長女と長男は日本で生活することになりました。2026年1月には長男がニューヨークで学生生活を始めたことも本人が報告しています。
2026年9月にはパリでの生活に戻る
ミラノでの生活は当初から1年間の期間限定でした。2026年9月、中村さんは夫と次女とともに、以前から暮らしていたパリのアパルトマンでの生活を再開したと報告しています。
9月19日の投稿では、長女と長男がパリを離れてから、夫婦と次女もミラノへ移った経緯を振り返りました。久しぶりに同じアパルトマンへ戻ると、いつもの食卓が広く感じられ、子どもたちがいない寂しさが込み上げてきたとつづっています。
2026年8月には南仏ニースで7か月ぶりに家族5人が集合した写真も公開されました。離れて暮らしていても、家族全員で過ごす時間を大切にしている様子が伝わります。
【年表・関係性一覧】中村江里子とバルト氏の結婚から2026年までの歩み
2人の関係を理解するには、出会い、結婚、子どもの誕生、事業の成長、海外移住という節目を時系列で整理すると分かりやすくなります。
| 時期 | 出来事・人物 | 関係・ポイント |
|---|---|---|
| 1991年 | 中村江里子さんがフジテレビ入社 | アナウンサーとして活動開始 |
| 1999年3月 | フジテレビ退社 | フリーアナウンサーへ |
| 2001年9月 | バルト氏と結婚 | 生活の拠点をパリへ移す |
| 2004年 | 長女誕生 | 第1子 |
| 2007年 | EviDenS de Beauté創業・長男誕生 | 夫の事業と家族が新たな段階へ |
| 2010年 | 次女誕生 | 3人の子どもが揃う |
| 2025年9月 | ミラノへ期間限定移住 | 夫の仕事のプロジェクトが理由 |
| 2026年1月 | 長男がニューヨークで学生生活開始 | 長女は東京、次女は両親とミラノ |
| 2026年8月 | 家族5人が南仏で再集合 | 7か月ぶりの家族写真を公開 |
| 2026年9月 | 結婚25周年の再々結婚式 | 25年前の衣装を着用。パリ生活も再開 |
| 2026年10月 | パリで夫婦と次女の生活 | 次女の秋休みに合わせて東京にも帰国 |
この年表から分かるのは、夫婦の生活が一定の場所に固定されていたわけではないことです。パリを生活の中心に置きながら、夫の事業や子どもたちの成長に合わせて、ミラノや東京、ニューヨークとの関係を築いてきました。
また、バルト氏の事業が成長していく一方で、中村さんも日本の仕事を継続してきました。夫婦それぞれが仕事を持ち、家庭の事情に合わせて生活スタイルを変えてきた点が特徴的です。
【2026年最新】結婚25周年の再々結婚式と夫婦仲は?現在のパリ生活
2026年に大きな話題となったのが、中村さんとバルト氏の結婚25周年を記念した「再々結婚式」です。
25年前のウエディングドレスとモーニングスーツを再び着用
2026年9月、中村さんは自身のInstagramで、夫との再々結婚式を挙げたことを報告しました。
オリコンニュースが2026年9月16日に報じた内容によると、中村さんはこの式を「ReRe Mariage(再々結婚式)」と表現しています。
特に注目されたのは、夫婦が25年前の結婚式で着用した衣装を再び身につけたことです。
中村さんは当時のウエディングドレスを着用し、バルト氏も25年前のモーニングスーツを着用しました。結婚当時とは異なり、成長した3人の子どもたちも列席し、親しい人々に囲まれた記念のセレモニーになりました。
また、式の後には夫婦で浴衣姿になり、楽しそうに踊る動画も公開されています。
これは離婚後の再婚ではありません。結婚25周年を祝う、夫婦の誓いを改めて確認する記念行事です。
2026年10月も続く夫婦の自然な日常
結婚記念日の華やかなセレモニーだけでなく、日常生活からも夫婦の関係をうかがうことができます。
2026年10月18日付のスポニチアネックスの報道では、中村さんがパリの自宅での家族時間を紹介しています。
約2週間の出張から戻ったバルト氏と中村さん、次女の3人で夕食を取っていたところ、次女が父親の眉毛を整え始めたという微笑ましいエピソードです。中村さんは、次女の手際のよさに拍手を送ったと投稿しました。
こうした何気ない家族のやり取りは、豪華な旅行や記念写真とは違う、普段の家庭の雰囲気を伝えています。
2026年10月21日には次女と東京へ
10月22日の報道では、中村さんが次女の学校の秋休みに合わせて東京へ帰国したことも紹介されました。
母親や長女と合流し、三世代での時間を楽しんでいる様子をInstagramで公開しています。長女と次女が一緒に過ごす時間についても触れており、子どもたちがそれぞれの場所で生活するようになった後も、家族のつながりを保っていることが分かります。
夫婦仲の評判をどう見るべきか
中村さん夫妻については、夫婦で手をつなぐ姿や、結婚記念日のセレモニー、日常生活の投稿などがたびたび報じられています。
2026年9月の再々結婚式では、祝福のコメントが相次ぎ、25年を経ても仲の良い夫婦の姿に注目が集まりました。
一方、夫婦仲を判断するうえで、写真の印象だけに頼る必要はありません。長年の生活費分担について率直に語っていること、仕事の都合に合わせて家族で移住したこと、子どもたちの独立後も家族の時間を共有していることなど、複数の行動を合わせて見ると、互いの仕事や生活を尊重してきた関係性がうかがえます。
少なくとも2026年に公開された情報からは、結婚25周年を迎えた夫婦が、現在も家庭と仕事の両方を大切にしている様子が確認できます。
【よくある質問】中村江里子の旦那に関するFAQ
Q1:中村江里子の旦那は誰ですか?
A1:フランス人実業家のシャルル・エドワード・バルト氏です。高級化粧品ブランドEviDenS de Beautéの創業者で、ファッション業界でも経営経験があります。
Q2:シャルル・エドワード・バルト氏の年収はいくらですか?
A2:個人の正確な年収は公表されていません。2026年のインタビューでは、経営するブランドが14か国に約450の販売拠点を持つことが紹介されていますが、ブランドの事業規模と個人年収は別の数字です。
Q3:中村江里子と旦那の出会いはどこですか?
A3:最初の出会いは東京のホテルのエレベーターです。その約半年後にパリで再会し、さらに約8か月後に東京で3度目の再会を果たして連絡先を交換しました。
Q4:中村江里子はいつ結婚しましたか?
A4:2001年9月です。一部の過去報道には2000年とする表記もありますが、2026年のオリコンニュースや日刊スポーツなどでは2001年と紹介されています。
Q5:中村江里子には子どもが何人いますか?
A5:長女、長男、次女の3人です。2004年、2007年、2010年にそれぞれ誕生しています。
Q6:中村江里子夫妻は2026年現在どこに住んでいますか?
A6:2025年9月から約1年間、夫の仕事のためイタリア・ミラノで生活していましたが、2026年9月にはパリでの生活を再開したと報告しています。
Q7:2026年の再々結婚式は再婚という意味ですか?
A7:離婚後の再婚ではありません。結婚25周年を記念したセレモニーで、25年前のウエディングドレスとモーニングスーツを再び着用し、3人の子どもたちも参加しました。
まとめ:中村江里子の旦那は実業家バルト氏!25年続く夫婦の関係と2026年の現在
中村江里子さんの夫は、フランス人実業家のシャルル・エドワード・バルト氏です。2001年に結婚し、東京とパリでの偶然の再会をきっかけに、25年以上にわたる夫婦生活を築いてきました。
バルト氏は2007年に化粧品ブランドEviDenS de Beautéを創業し、ファッション業界でも経営経験を積んだ人物です。個人年収は非公表ですが、2026年のインタビューからは、国際的に展開するブランドの経営者としての実績が分かります。
また、夫婦の生活費は結婚当初から完全な夫任せではなく、2人目の子どもが生まれるまで割り勘でした。子育てや仕事の負担が変わるにつれて、費用の分担も柔軟に調整してきました。
2026年には結婚25周年を迎え、当時の衣装を再び着用した再々結婚式を開催。ミラノでの期間限定生活を経て、現在はパリを拠点に夫と次女との生活を続けています。
【プロの結論】夫婦の長続きの背景にある3つのポイント
中村さん夫妻の歩みから読み取れるのは、華やかな海外生活だけではありません。
- 経済面の透明性:収入や生活費について率直に話し合い、状況に応じて負担を変えてきた。
- 仕事への相互理解:夫の事業と中村さんの日本での仕事を尊重し、家族の生活環境を調整してきた。
- 家族の変化への対応:子どもたちの成長や独立に合わせて、パリやミラノなど生活の形を柔軟に変えてきた。
結婚25周年の再々結婚式は、こうした長年の積み重ねを象徴する出来事でした。2026年10月現在も、夫婦と家族の新しい日常は続いています。中村江里子さんとシャルル・エドワード・バルト氏の今後の活動や、国境を越えて成長する3人の子どもたちの歩みにも注目が集まりそうです。